暖の取り方
「美桜~、みかん取って~」
「もー、それくらい自分で取ってよ」
「動くの面倒い。早く~」
「しょうがないな。ほら、投げるね」
「ん、サンキュー」
こたつを挟んで、私の向かいに寝転がっている若葉にみかんを投げてあげると、それを掴むための手が伸びてきて、そのあと私に向かってひらひらと振ってきた。
「ねぇ、本当にどこにも出かけないの?」
「だから、こんなに雪が降ってたらどこにも行けないだろ。ここまで来るので精一杯だ」
確かに窓の外を見ると、強い風と一緒に埃のような雪が降ってきては、景色を白一色で埋め尽くしていく。彼女の言うように、とてもじゃないけど外に遊びに行くような天気ではない。
「じゃあ、玄関のところに雪だるま作ろうよ。大きいの作って、みんなを驚かせたりして」
「やだよ。寒いし。大体、大学生にもなってその発想はないだろ」
ごもっともで。
私だって本気で言ったわけじゃないけど、それにしても会話のチョイスが幼稚過ぎたと反省している。
「こんな日は温かい部屋で、こたつにくるまっているのが一番だ」
そう言うと、若葉はこたつの中で身をよじらせて、その拍子に彼女の足が私の足にぶつかった。
最近の私たちはいつもこんな感じだ。
去年の四月、私が入学早々にナンパされていたところを若葉が助けてくれて、それがきかっけで彼女とはよく話すようになった。
二人共大学が終わると、寮で暮らしている私の部屋に若葉が転がり込んできては、一緒にお菓子食べたりテレビ見をたり、時々夕御飯を食べたりして過ごしたりと、ここ最近はこんなことばかり繰り返している。
別に不満があるわけではない。こうして若葉と一緒にいる時間も楽で好きだし、今だって、こんな雪の降り積もる中を無理して出かけたいわけでもない。
でも、せっかく一緒にいるのに、毎回何もしないで時間が過ぎていくのは、やっぱり不毛に感じてしまう。
「じゃあ、何かして遊ぼうよ。トランプとか」
「二人でやって楽しいやつじゃないだろ」
「じゃあ、映画でも見る?」
「ここにあるのは一通り見たしなー」
「それじゃあ、一緒にお菓子作らない? チーズケーキなら作れるよ」
「私の料理が壊滅的なのは知ってるだろ」
「……じゃあどうするの? ずっとこのまま寝ているつもり?」
私は不満全開で、こたつの中の若葉の足を蹴った。
「分かったよ。分かったから足を蹴るな」
面倒くさそうにしながら、ようやく若葉は上半身を起こした。大きな口を開けてあくびしながら、少しボサついた頭を搔いているその仕草は、こういっては何だけど、とても現代の若い女性とは思えない。
彼女は顔立ちが整っていて、背も私なんかよりもずっと高いから、大学でも結構な注目を集めている。だけど、当の本人が好きなように生きているというか、他人の目を気にしない性格だから、こういうところが残念に思える。
「若葉はさ、恋人が欲しいとか思わないの?」
「あぁ? 興味ないな」
「そうなの? でも、若葉は男子からの人気があるから、その少し大雑把なところを直したら、彼氏とかすぐにできると思うよ」
「だからそんなのいらないって。それに人気の話なら、美桜の方が凄いって」
「? どういうこと?」
「いつも笑顔で誰にでも優しくて、ほわほわしているところが可愛いって、みんな言ってるぞ」
「えっ、なにそれ。初めて聞いたんだけど。ってか、私ってそんなふうに言われているの!? ほわほわってなに!?」
「さぁね。それに私だって、自分が人気があるとかないとかなんて話は聞いたことないし。そういうのは大抵、本人の知らないところで広がっているものなんだよ」
「へー、そうなんだ」
と、妙に納得してしまったが、いつの間にか話がずれてしまっていた。
「いや、そういうことじゃなくて。せっかく大学生になったんだから、恋の一つや二つしてみたくないのかなって」
「美桜は、恋人が欲しいのか?」
「え? うん、そうだね。今までそういう経験がなかった身としては、やっぱり憧れるかな」
「……ふーん。そっか」
その時だけ、心なしか若葉の返事が少し冷たかったような気がした。けどまぁ、普段からそっけないといえば、そっけないんだけど。
「…じゃあ、私がなるよ」
「なるって、何に?」
「私が、美桜の恋人になるよ」
「え? ……ええ!?」
不意に若葉が立ち上がると、急にそんなことを言い出した。
「実は、最初に会った時から美桜のこといいなって、ずっと思ってたんだ。こうやって友達でいられるだけでもよかったけど、もう限界だ。美桜は恋がしたいって言うから。美桜が他の男のものになるくらいだったら、私のものにしたい」
ちょっと何? どういうこと? 私の恋人になるの? 若葉が?
いきなりの展開で混乱している私に、若葉がじりじりと詰め寄ってくる。私も後退して距離を取るが、いつの間にか壁際に追い詰められていた。
「さあ、捕まえたぞ」
若葉が壁に手を付いて私に覆い被さるような形になって、完全に逃げ道がなくなってしまった。お互いの吐息が掛かる程に、顔が近い。顔を逸らそうにも、若葉の潤んだ瞳が、それを許してはくれなかった。
「好きだ、美桜」
「そ、そそ、そんなこと急に言われても、こ、困るよ……」
「美桜は私のこと、嫌いか?」
「そ、そんなことないよ。好きだよ。で、でも、その好きは友達としてであって、恋愛的な意味じゃなくて。それに私たち女の子同士だし、そういうのよく分からないし。周りの目とかもあるから。もちろん若葉の気持ちは嬉しいけど。でも、お父さんとお母さんにどうやって紹介しようとか、同性結婚が認められている国ってどこだったとか。そもそも私パスポート持ってないし。えっと、あーと……」
「落ち着いて。私、本気なんだ」
「……本気、なの?」
「ああ。美桜、お前を必ず幸せにする。約束する」
若葉は静かに目を閉じると、さらに顔を近づかせてきた。凛々しい顔立ちに少し上気した頬、柔らかそうな唇が甘い香りと共に、私との距離を縮めていく。
「その……や、優しくして、ください」
私も覚悟を決めて彼女を受け入れようと、そっと目を閉じた。だけど何も見えなくなったことで、吐息や甘い香りを余計に意識してしまい、緊張と高揚で心臓が破烈しそうだった。
けど、いつまで待っても柔らかな感触が触れる様子はなく、気付くと、
「くっくっく……」
何故か、忍び笑いが聞こえてきた。
不思議に思って恐る恐る目を開けると、私から離れたところで、腹を抱えて笑いを堪えている若葉の姿があった。
「はははっ、冗談だって」
「……じょーだん?」
「ちょっとからかってやろうと思ったんだけど、まさかあそこまで本気にするなんて。パスポート持ってないとか。っぷ、はははっ」
ああ、冗談か。
頭の中で平仮名表記だった言葉が漢字に変換できて、その意味が分かった。
だんだんと脈が落ち着いてきて、ようやく今の状況を理解することができた私は、一回深呼吸をして、とりあえず、
「もう、ばかっ!」
手元にあったクッションを、思いっきりぶつけてやった。
「ははっ、悪かったって」
「信じられない! ふざけてあんなことするなんて。ホントにビックリしたんだから」
「だから謝ってるじゃないか」
「もう、知らない! 若葉なんて大ッ嫌い!」
「……本当に悪かったよ。だから機嫌直してくれって。それに、もしかしたら本当に本気だったかもしれないぞ」
そっぽ向いている私に、若葉が後ろからそっと抱きしめてきた。耳元で聞こえる彼女の声が、とても心地よく感じた。
「……もう、ばか」
本当にばか。
そんなこと真顔で言われたら、ホントに本気にしちゃうんだから。
「さてと、雪も止んだみたいだし、メシでも食べに行くか」
「こんな日は温かい部屋で、こたつにくるまっているのが一番じゃなかったの?」
「だから、今まで暖を取っていたんだろ」
そう言って繋いできた彼女の手は、確かに温かかった。
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