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街戦記  作者: 生肉G
1/1

巨大帝国ユメユリ。第一大陸の大部分を占めたその帝国には、成立から滅亡までたった一人の女帝が君臨し続けた。彼女は臣民に個人崇拝を強制し、出版や議論などの文化的活動を弾圧することによってその統治の正当性を維持してきた。しかし、その支配はある男の登場により綻び始める────。


その男、ガブリオ・アンカスは緑の大地で生まれた。東南殻第三門から輸送用列車で2時間ほど行ったところにある名も知れぬ村が彼の生地だ。ユメユリには女帝の根城である神都、臣民が商業などの生活を営む内世、臣民の食料を生産する緑の大地の三つの区画が存在する。内世は殻と呼ばれる外壁に囲まれ、臣民はその周りに広がる緑の大地へは足を踏み入れることができない。なぜならば、緑の大地は広範であるが故に、様々な民族が独自の文化を維持しながら生活しているからである。女帝は臣民が思想の多様性を獲得することを嫌っていたため、多民族との交流を刑罰の対象として定めた。しかし、かといって多民族を弾圧するわけではなく、緑の大地では緩やかな統治が行われてきた。女帝は彼らの思想ではなく、彼らとの接触を禁止したのだ。そのため、思想的に無害とされる特定の民族は内世へ入ることを許されている。ガブリオはこの制度により、内世で商業を営む権利を得た。

内世に入った緑の大地出身者、通称緑の民は門で戸籍の登録を行うと共に女帝を崇拝する宗教への入信を義務づけられる。その宗教の名は赤眼教、ユメユリの国紋である赤眼印に因んだものだ。ガブリオはその時初めてその教典を手にした。ユメユリにおける民族の区分は文字であり、緑の民が臣民となるためには識字能力が一定以上なければならない。その理由は、臣民として活動する際には必ず文字を使用するからだ。緑の大地の多くの村々は、内世を追われた者を教師として迎え、子供たちを内世に送り出すための言語教育を実施していた。ガブリオの村もそうしたうちの一つであった。教典はすなわち内世における法である。それは戒律的要素が強く、臣民の守るべき規範や身分制度の規定、また信仰心を強めるための儀式についても記載されている。彼はそれを眺めながら、自分に割り当てられた商区画に向かった。

町の様子は、緑の大地とかなり違っていた。まず自然が全く見当たらない。内世の大動脈、商店華街には道なりに様々な商店が立ち並び、道は様々な服を着ている人々や個人用の乗り物などで溢れていた。数々の商店からは客寄せの声が行き交い、人々の交渉の声や乗り物から発せられる警笛などにガブリオは都市独特の騒がしさを覚える。喧騒から逃れるために路地に入ると、布切れだけを身に纏っている、酷く痩せこけた人間たちが所狭しと横たわっているのが目に入った。骨と皮のみが残る彼らはもはや性別すらも判断し難く、死んだように動かない。死んでいる者もいるだろう。陰湿な雰囲気に圧されガブリオはその場をすぐに後にした。大広場に出ると、そこには時計塔があった。時計塔は一定の間隔毎に建てられている様で、塔の前にはそれぞれ祭壇が備え付けられてあった。そこには頭蓋骨と肋骨のみの人骨が吊るされ、それに祈るように膝を地につけている人が数人いた。その格好は先程の路地裏にいた人々のようなものから、比較的裕福であるようなものまで様々で、彼らの手には一様に人形の様なものが握られていた。

内世の様々な風俗を見ながら歩き続けること40分程、目的の場所にたどり着いた。外観はさほど新しいという印象はなく、店の中は埃やクモの巣などが溜まっていた。苦笑いしながらガブリオは割り当てられた商店で開店準備に取りかかる。

「お、新入りか」

陽気そうな男が店を覗いてきた。隣の店の者だという彼にガブリオは軽く挨拶をして店に招き入れた。

「にしても、なかなか古い店を割り当てられたなぁ」

壁に付いた埃を指で掬いながら彼は笑った。

「おっと、気分を害したならすまない。俺はイエリだ。隣で薬屋をやってる」

商人のルールとして、複数の商店を持つことは出来ないことと、一つの商区画では同一の物品を扱う商店が複数存在してはならないということが定められている。商区画の中では個人の商取引は独占を約束され、その優先権は先に商店を確立させた者になる。そのため、商人同士の争いは起こりにくい。

「何を売るんだ」

「花です」

「花か…聞いたことねぇや。それは薬になるか」

他愛もない会話が続いた後、イエリは商人として生きていく上での狂人にまつわる知恵を教えた。赤眼教は臣民の身分を商人、狂人、廃人、失人の四つに分類している。商人は商売を行う者であり、経典の中で最も多くの権利を認められている。狂人はいわば軍人・警察の役割を担っている存在であり、内世全体の秩序維持のために武器の使用を認められている。狂人は商人と廃人以外の殺害は認められているが、経典は彼らの分立を防ぐため集団的に行動することを義務づけている。狂人は商売をしてはならない。一方、何も仕事を持たない臣民は廃人と呼ばれる。彼らは大抵の場合病弱であったり薬物中毒であったりして、臣民としての生活を送ることができなくなった者である。しかし中には一切の義務を放棄するためにその身分に転落したものもいる。廃人は女帝の徴収の対象であり、能力がある者は官僚や女帝直属の軍隊に入隊することもある。いずれにせよ徴収された者たちは内世へは二度と戻ってこない。これら三つの身分は平等とされており、身分間の闘争というアイデアすら彼らは持たない。残る失人は犯罪者、他民族がこれに該当する。先に述べた三身分とは異なり、彼らに対する生命や権利の保障は一切行われない。また、三身分は彼らとの交流を持った時点で失人に転落する。違法者に対する徹底的な廃絶姿勢がこの帝国の秩序を保ってきたと言える。イエリが言うには、武器を持つことが許されない商人は失人の攻撃から身を守るために狂人と同盟を結ぶことができるということだった。ここ数年国内にはネズミと呼ばれる失人の集団による強盗事件が相次いでいるとのことだった。

「接触したら失人になってしまうんですよね。攻撃を受けることも罪になってしまうんですか」

「そんなわけないだろ。王様もそこまで考えてないわけではねぇよ。例え商人が奴らを殺しても違法じゃない」

「武器を持っている相手を殺せるんですか」

「奴ら、あぁネズミな。奴らは武器なんか持っちゃいないさ」

その時、向かいの店から騒がしい音が聞こえてきた。鍋などの金属製品がぶつかり合ったような音である。どうやら店のなかで何かがあったようだ。陰った店内に見える店主と思わしき屈強な男性は、薄汚い子供の頭を地面に押し付け訛りの強い言葉でもって怒鳴り付けていた。子供の年齢は10そこそこであったが、男はまるで物であるように子供の頭を執拗に地面に叩きつけ、強烈な罵倒を繰り返していた。

「あぁ、またか」

イエリは見慣れた様子でそれを冷視している。

「いつもあぁなんですか」

「いつもだったらたまったもんじゃねぇよ」

「そうですよね、よっぽど悪いことをしてしまったんでしょう。でも、あれは過剰では」

イエリは笑いだす。

「何故笑うんです」

「お前何言ってんだよ。ネズミに同情するのか」

子供の顔面は土にまみれ、いたるところから血が零れ出している。その皮膚の状態からはもはや、彼の元々の肌の色すら窺い知ることはできない。気絶したのか少年が暴力に対する抵抗をやめても、追い打ちと言わんばかりに店主は勘定場にぶら下げてある鍋を手に取り、何回も後頭部を殴り付けた。人々は誰一人としてその様子を気に止めない。苦悶の表情と虚ろに涙を浮かべる彼の目を見ていたのは、ガブリオただ一人だった────。

────踏み出さずにはいられなかった。止められるかどうか、ましてや規則などは全く考えていなかった。このままだと彼は死んでしまう。とにかく今は、幼い彼の死を遅らせなければならないと、ただそれだけのために駆け寄ろうとした。影の外に踏み出したその肢体は昼の陽に照らされた────。

───しかし、直ちにその光は空から訪れた何かによって遮られ、彼の体は再び影の内に引き込まれた。彼の視界に再び光が戻るとき、辺りの悲鳴と共に襲来した者のシルエットが浮かび上がった。

「女王だ!女王が来たぞ!」

イエリが声を荒げる。女王と呼ばれるそれはマントのようなボロ切れを身にまとっており、小動物の頭蓋らしき物を被った頭部からは、体長と同程度まで白い髪が伸びていた。四肢には所々血が滲む包帯が巻かれているのみであり、右手には長い鉄パイプが握られている。着地の動作を終えたそれは一跳びの内に少年を抑えつけている店主と間合いを詰め、移動の力が乗った左手の一撃を下顎に叩き込んだ。鈍い音と共に男は崩れ落ち、女王は動かない少年の側に寄ると、首元に頭を寄せた。

「大丈夫か!」

イエリがガブリオに駆け寄る。

「あ…あれは」

「後で話す。だからまず戻れ」

半ば引き摺られる形で店内に戻されてからも、ガブリオはそれから目を離すことは出来ない。

「あれはな──」

イエリの声を遮るように、辺りで歓声と金属音が沸き上がる。人びとは店先や家の窓から金属の板と棒を両手に持った腕を出し、それらを激しくぶつけ合わせながらみな興奮した様子で声をあげている。

「来やがったか!ちょっと借りるぜ」

そう言うとイエリは開店用の荷物から木の棒を引っ張りだし、声を出しながら壁にそれを何度も叩きつけ始めた。

「何してんだよ!やるぞ!」

「何、が来たんですか」

「え!何が来たか!そんなん狂人様に決まってんだろ!早くやれ!」

女王は立ち上がり少年を肩に担ぎ上げるとそのまま店の外に出た。そこへ二人の男が乗った車が止まると、歓声は最高潮に達した。車は銅色のオープンカーのような出で立ちであり、車輪を持たずその場に浮いている。中に乗っている男はどちらも白いシルクハットとスーツを身に付けており、一方はタバコを吸っている。二人は車を降り、女王に近づいていく。

「お目にかかれて光栄だよ、女王様」

タバコの男が言う。その手元には上着の上からであるが、確かに拳銃が握られているのが分かった。女王は背負っていた少年を自分の体が盾になるように地面にそっと置き、交戦の構えをとった。女王の黄色い隻眼が男を睨み付ける。その目は殺意に溢れていた。

「待て待て、落ち着けよ。二対一だぞ。降伏するならなにもしない。ほら、その汚ぇ棒切れ捨てちまえよ」

女王が姿勢を変えることはない。暫しの沈黙が訪れる───。

「………早く捨てろよ…!ぶっ殺されてぇのか!」

しびれを切らしたもう片方の男は、懐に隠していた銃を女王に向ける。その手は震えていた。

「おい、待て。あまり刺激するな」

「兄貴、こういうのは、こっちが本気だってことを見せつけなきゃダメなんすよ」

手の震えは大きく、銃を持つ手を反対の手で抑えてもなお焦点が定まっていない様であったが、女王は構えの姿勢を緩め始めた。

「そうだ!そのまま武器を捨てろ!早くしろ!」

女王は身構え体を小さくしたような状態から直立に近い状態になり、武器を構えていた腕を下ろす。銃を構えていた男は安堵したのか、銃口を一旦女王から外した───。

一瞬の油断、それは誰の目から見ても明らかだった。その油断を突き、女王は左足を前に大きく踏み出した。力強い肩から放たれたパイプがタバコを吸っていた男に槍のように襲いかかる。その軌道はまるで重力を感じさせないほど直線的であり、いとも簡単に男の腹部を貫いた。タバコの男は咄嗟に銃を構えたが、女王は腹部のパイプに跳び蹴りを食らわし、手に持っていた拳銃を素早く奪い取った。もう一方の男は拳銃を構え直そうとしたが、それよりも早く女王が撃ち放った弾丸が彼の左膝を潰した。足元から崩れ落ちる男の胸に女王は更に強烈な蹴りを食らわし、頭部を強く打ちつけ動かなくなった男の手から拳銃を取り上げ、その拳銃で倒れた男の頭部を一切の躊躇いなく撃ち抜いた────。

────辺りはとうに静まり返っていた。女王は腹に刺さったパイプを抑えて悶えている男の元に立つ。足で男の胸を抑え、パイプを引き抜くと、男は泣き叫びその場を大量の血液が染め上げた。銃口が頭に向けられる────。

「────やめろ!」

声をあげたのはガブリオだ。

「確かにそいつは─」

銃声が耳をつんざいた。女王の持つ拳銃からだ。先程まで生きていた男の命は、今終わった。

「え…」

女王は少年を再び拾い上げ、店の屋根に跳び乗りそのままどこかに消えていった。倒れた三人の男を残して────。


2へ続く

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