守銭奴はチャンスを逃さない
前回のあらすじ
宇宙の危機を救ったサトルは満を持して特大のカップケーキを口にしたが、誤ってホイルまで食べてしまう。そのホイルはあろうことか義歯に仕込んだ爆弾までもが起動させてしまい、サトル自身が一つのマッチ棒のように爆ぜてしまう。しかし瀕死になったサトルの前に、一人のヒーラー、サクラがあらわれた。膨大な金と引き換えに治療してもらったサトルだが、サクラのふとももに掘られたタトゥーの正体に気づいてしまって……。
半日も立たずして馬車は再びその歩を止めた。また私の帰路を妨害しようとするものが現れたのだろうか。この世界に来てからそうだ。常に何かしらの障害が私を襲う。三日間の飢餓の末に盗賊に出くわすものなど、一年分の不幸を詰め合わせてもそうそう起こるものではない。最低でもかつての世界の私では。
しかし様子を伺うために帳から顔をのぞかせると、それを狙ったかのように上から声が掛かる。
「着いたぞ。ウエスタン公国だ」
次の不幸はどんなものだろうと考えていたがなんということはない。目的地に着いたのだった。
質素な門の前に並ぶ行列に美女は続く。
「今のうちに入国料を準備しておけよ。手間取ると後ろのやつらに抜かれて最後尾まで並ぶ羽目になるからな」
「入国料……?」
入国するのに金が要るのか。いや、考えてみればただで入国させてくれるところのほうが珍しいのかもしれない。そんなことをすれば移民が増えて治安が悪化したりする原因になってしまうからだ。しかし私にはお金どころかこの世界での常識すら持ちえていなかった。
「そうか、そういえば盗賊に全部盗られていたな。仕方ない、本来は報酬としてわたしがいただく予定だったが、もとはお前の分も入っているのだろう。いくらかやる。ふむ、これくらいでいいだろうよ」
何を勘違いしたのか、美女は私にいくらかの硬貨を手渡した。盗られたものは指輪と諭吉くらいのもので、受け取ったこれらは元は僕のではない。ではないのだが、ここは勘違いを是正するよりも己を優先しようか。
手のひらに乗せられた硬貨は二十枚。銀や銅の色、蒼くさび付いたものもあった。これが一体いくらの価値があるのか想定できなかった。
まあ私が元の世界に帰るまでの間まで保てばよいのだからあまり気にすることはない。なくさないように指に嵌めた青色の指輪をさする。
「はい、次の人ー。入国料をお願いしまーす」
順番が回ってきたのか、門番の声がかかる。しかし美女が入国料を聞くと、おもむろに顔をしかめた。
「なぜそんな高いのだ。もっと安くできないのか!」
まさか入国料を値切ろうとしてるのだろうか。一体どんな顔の厚さをしているのだろう。見習いたいものだ。しかしそれは私の勘違いであったことは門番の言葉からわかった。
「すみません、現在検閲が厳しくなっているのです。そのため、入国料の引き上げが行われまして……。お支払いできないのでしたら誠に申し訳ないですが入国を認めるわけにはいきません」
「おいおい、それじゃあわたしたちはどうすればよいのだ。このあたり周辺には小さな村々しかないぞ。十日前まではこんな値段ではなかっただろう!」
なんということだろうか。入国できなければ困るではないか。まあ私は帰る手段があればそれでいいのだが。しかし、急にそのような高騰が起きるのはなぜなのだろう。美女はそこを問い詰めると、渋々といった感じで門番は口を開いた。
「実はですね、最近国内で暴動が起きているんです。一部の反乱組織が各地で暴れはじめてしまってて……」
なるほど、それでコスト調整的に入国料が上がったのか。だが外部から入国しようとする者からすればとんだ手痛い出費のようだった。
美女は尚も文句をつけていると突然大きく爆ぜた音が響いた。
周囲のどよめきが広がり、爆発音のした方向を一斉に向く。見れば黒煙がもくもくと空に昇っており大きく抉れた塀が無残にも崩れ落ちていた。
突然の出来事に皆が呆け、私自身もあっけにとられていたがその中でも動揺せず動く者がいた。美女は私の耳元まで口を近づける。
「おい、何か知らんが今のうちにここを抜けるぞ」
どんだけ金にがめついのだろう。返事も聞かず馬に鞭を打つ美女。門番が気づき大声をあげるがどこ吹く風といった表情で手綱を握る。この様子だと、先ほど受け取った金も、雀の涙ほどの価値しかないのだろうと、半ばどうでもよくなった私であった。
サトルという人物は登場しません。サクラもです。