恥も外聞もなく
膝の皿が痛む。
この鍵、一体何なんだろうか。指輪が導いてくれたもの……だろうか。不思議とそんな感じがした。美女に見つからないようにしたのも、それを直観的に抱いたからかもしれない。
「そろそろわたしは帰ろうかな。目的の盗賊は討伐したし、財宝もあらかたよさそうなものを頂戴できた。君の探していた指輪も見つかったようだし、お腹も減ったしな」
彼女の言うように私のお腹も限界を迎えていた。何しろこの異世界に来てから三日間。服に染みついた雨水をしゃぶったのを除くとほぼほぼ何も食べれていないのだ。ただまあ醜いのを承知で、鹿のような生き物が食い散らかしていたネバネバした何かを何度か頬張ったりはしたが。
「ボクもお腹がすいちゃいました。ところで何か恵んでくださいますか? えーっと」
彼女の名前を言おうとして、そこでまだ名前を聞いていないことに気づく。私が言いよどんでいると、彼女は口を開いた。
「君は図々しいな。実に図々しい」
そういいながらも、懐に入れていた硬いパンをナイフで切り渡してくれた。その際、彼女の服のタグっぽいやつに名前らしきものが書いてあった。ちなみにパンは噛みちぎるのがやっとの硬さだった。
「いつもこんなのを食べているんですか」
「まあな、安い食べ物で済ませればその分武器を買える。武器が買えればまた稼げる。そうやって生きてきたんだ」
なんだか大変そうだなあ。この世界ではこんな大変なことが日常と化しているのだろうか。めっちゃ帰りたい。老人が言うにはこの指輪が帰り道を指し示すと言っていたけど、未だにそういった気配はない。なにかヒントはないのだろうか。
急に黙った私を見て何を思ったのか彼女は立ち上がる。もうそろそろ行くようだ。
「ではわたしはこれで帰るが、君はこれからどうするのだ?」
「……」
正直に言おう。ここまでお世話になっておきながら、人のいる場所まで案内してください、なんて言葉は口が裂けても言えやしない。あまりにも図太いではないか。無神経な奴だとは思われたくない。
「ぜひご一緒させてください」
背に腹は代えられなかった。
彼女は「そうか」と残念そうにぼやくと、仕方ないといった風で嫌々に承知してくれた。無理もない。
「よし、それならばもう行くぞ。日が暮れてからでは遅い。ここのモンスターは夜間見づらいやつらばかりだからな」
日がそろそろ沈みかかる。彼女の視線の先には、何体かの生き物が徘徊していた。色合い的に確かに夜間見づらい。一つ一つと数えてたら後ろから声が掛かる。
「こいつらの馬車を借りよう。わたしが使うルーンは一人用だからな。ちょうどいい乗り物があって助かったよ」
八匹目まで数えていたあたりで、自分が「一つ」を八回言っているだけなのに気づき「これじゃ数えられてないじゃん」とどうでもいいツッコミをする。
何はともあれ、馬車に乗った私たちは馬に鞭打ち走らせた。
「どこまで行くんですか」
「そりゃ決まっているさ。ウエスタン公国だよ。君はそこから来たんじゃないのか」
ウエスタン公国……。楽しみだ。私の帰る道程にその国は果たして含まれているのだろうか。まだ見ぬ国を思っていると、突如首筋に衝撃が走った。
痛みで意識を手放しかけ、私は馬車から落ちる。その時、かすかに見えたのは盗賊風の男……。
「もう一人隠れていたのか……」
激しく地面に打ち付けられ、私は意識を完全に失った。
ネバアリネバナシネバネバ。よく勘違いされやすいがネバネバしている。高原で繁殖しており、スネイクディアのエサと化している。よく似たものにスライムがいるが、そちらと違い人間でも食べれる。やたら甘い。