帰りたいだけなのに
豚の生姜焼き定食480円
やばい、指輪盗まれた……。
この異世界に来てから三日が過ぎ去った。扉のようなものは私がここに来た瞬間に跡形もなく消え去り、残った私はただひたすらに高原を歩く羽目に合わされた。どうにも万能ではない老人は、私を簡単に帰らせるつもりはないらしい。
「本当に異世界なんだな」
高原、と言っても草が生い茂るだけの原っぱではなかった。扉を潜り抜けた時にも見たが、遠くの方でドラゴンが飛んで行ったのを目撃したのだ。
地には青い粘液めいた物体が跋扈し、それを追い狩ろうとする一本角の鹿。鹿はその尻尾が蛇の姿をし、独自に動いていた。
「とりあえず、人が居そうなところにいくか」
遠くを見渡し、建物らしき影をとらえた私はそちらに歩を進めた。その時だった。
「おらおらあ! 金目のもんをよこせえ!」
突如として首根っこを掴まれた私は浮遊感を覚える。突然の出来事で暴れかかる私だが、足元を見てそれをやめた。高速で後ろに流れていく景色に恐怖を覚えたからだ。
おとなしくなった私を、掴んだ張本人が馬車のようなものに引き込む。
「うわ! いてて……」
ものすごい力で投げ込まれた私は、クッションもないところに思い切りしりもちをつかされる。
「おい、てめー! 命がほしけりゃ素直に金目のものを渡しな!」
見上げると顔に古傷をこさえた盗賊らしき男と、豚の覆面をかぶったもう一人の仲間がいた。
「おい、聞いてんのかてめー! 高原にバカみたいに一人で歩いてんだからそれなりのアイテム持ってんだろお! それともなにか? 迷子にでもなってあそこに突っ立ってたんかあ?」
大声で怒鳴りかけられるたびに顔に唾がかかる。めっちゃくさい。豚の覆面もその口を大きくあけて笑っていた。あ、覆面じゃねえ、あれ顔か。
「えっと、ボクよくわからなくて……。人が住む町まで案内してくれませんか。これあげますので……」
私はポケットに入っていた日本銀行券を差し出す。命のためだ、諭吉とはこれでおさらばだ。
だがしかし、男たちはそれを受け取ると顔を見合わせ大声で笑いだした。
「バカかてめー! 盗賊がそんな親切すると思うかぁ? というかお前変な服着てんなあ。どこに金目の物を入れてるんだ」
金目の物……というより金自体を渡したのだが、やはりこの世界では日本銀行券は通じないようだ。言葉が通じるからもしやと思ったのだけど、諭吉が紙切れ同然ってのは日本人としてはちょっと切ない。
盗賊は拉致があかないと思ったのか私の服を漁り始める。身一つでここに来た私としてはこれ以上のものをないはずだからどうしようもないのだけど。
「おい、これなんだ」
盗賊は私のズボンから取り出した指輪を見せる。
それは老人からいただいた大切そうな指輪だった。
「へへ、いいもん持ってんじゃねえか、見ろよこれ。魔法文字が刻まれたらあ。きっと値打ちもんだぜ」
傷のある男はにやにやしながら豚男に話しかける。豚男もまた満面の笑み?で返す。
「これでお前には用はねえ、とっとと降りな!」
そういって馬車の扉をあけた男は私を再びつかみ、外へ放り出そうとする。必死にもがくも、圧倒的な腕力に敵わず私は再び原っぱに投げ出された。スピードもついていたので、激しく転び、全身に擦り傷と共に激痛が走った。
「くっそお、痛い……。ああ、僕の諭吉……」
走り去る馬車を手で追うものの、無情にも戻ってくることはなかった。
老人の手渡してくれた指輪も失い、とうとう帰る道標もなくなってしまった。
「ボクはただ帰りたいだけなのにぃ」
帰り道ってなんでしんどいんですかね