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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君覚ゆ

作者: ユウギツネ

ねえ、人間を殺めることに、免罪符はあるのかしら。

ラブレターをあの子宛に書きながら、ふとそんなことを呟いた。

例えどんな理由があっても殺人なんて駄目だと世間は言うけれど、私にはあの子を殺さないといけない理由があったのだ。だから私は今こうして死刑を待つ身になっているのだし、地獄であの子に再会したときに渡すためのラブレターを毎日書いて、その日を待っている。

瑠衣を……あの子を殺したときの話は何度も警察に聞かれた。度々私たちの愛を馬鹿にしてそれは犯罪だと貶める彼らに、嫌気がさしていないと言えば嘘になるが、それでも不満は無いのだ。だって殺したのは事実だし、むしろ無罪になったらあの子を愛した事実を汚されるようで嫌だ。だから私は有罪にしてくれた彼らとこの状態に、むしろ感謝すらしている。


「瑠衣さんへの君の気持ちはあくまで愛情ってことかい?今までニュースでは『猟奇殺人』とか『強い恨み』とか報道されていたけど」

「どうも何回訂正しても解らない連中っていうのはいるみたいね。ねえ、篠崎さん、あなたも記者なんだから必ずしも報道が正しいってわけじゃないことくらい知っているでしょう。嬉しいってあの子は言っていたもの。望みを叶えてあげただけなのよ、私。篠崎さんもそう思うでしょう?」


ううん……と篠崎さんは難しそうな顔をして、今までの話を書き留めたメモを見返しながら話を整理する。瑠衣の件で私に取材を申し込んだ篠崎さんは、今までの記者より余程誠実な人だ。大部分の記者は私の話を聞いても、怨恨だとか異常者だとかで私の殺人を片付けていた。たぶん大手の報道はなにかと制約がかけられるのだろうと思うけれど、さすがに鬱陶しくなって取材をお断りし始めた私に、篠崎さんはマイナーな雑誌だからなんの制約もかからないと言って取材を申し込んできた。確かに彼は言葉通りに私の殺人について細部まで尋ね、理解を示して、理解できなかった部分はきちんと私に意味を聞いて真剣に考えてくれる。瑠衣のことについてもそうだ。大部分の記者は私の心理ばかりを聞いてきたけれど、篠崎さんは瑠衣が殺されたがった理由もちゃんと聞いてくれる。瑠衣と私の愛を穢したりしない。


「今君が言いたいのは、瑠衣さんを愛していたからこそ殺して、瑠衣さんもそれを望んだ……ってことだよね。ネックになるのはなんで殺されることを望んだのかってところなんだが」

「我慢していたのよ、あの子。子供の頃からずっと。途方もない時間、愛に飢え続けていたの。濃霧の中を彷徨うみたいな、いつ愛を得られるかも解らない先の見えない人生の中でね。ねえ、そんな子を助けるのって至極当然のことでしょう。飢えからあの子を救ったら私は殺人者になるとは勿論解っていたけど……そうするしか無かったのよ」

「世の中はままならないものだねえ……つまり君は殺したくて殺したわけじゃないのか。かの人を殺すしか方法が無かったから、仕方無く?」

「苦渋の決断だったわ、今思い返してもね。……ねえ、だからって私が死刑を嫌がっているとか書かないでちょうだい。いつまでも瑠衣と一緒にいるために、私はむしろ死刑になりたいの」


ノートに話を書き留める篠崎さんは、勿論だよと頷く。苦渋の決断の果てに貫いた愛を、今更第三者の僕が穢すような真似はしないと。当然のことだけれど、その当然を蔑ろにしないから、私は彼との話だけは好きなのだ。


「大丈夫そうね、あなたなら。ラブレターもちょうど書き終えたし、色々と詳しく話してあげましょうか。彼らには話せなかったけれど、あなたなら誠実に聞いてくれそうだし……どう?」

嬉しそうに綻んだ彼の表情を見れば、聞かずとも答えは解った。楽しめそうな予感を胸に、私は長い話を彼と始めた。




確か、出会った頃からあの子は愛されたいっていつも言っていたわ。私があの子を呼んでも無視するくせに、口癖のように愛されたいとそればかり。理由を直接聞いたことはないけれど、母親は早くに亡くなって、父親は趣味の昆虫標本に夢中で瑠衣を全然構わないって家庭環境を知っていれば、大体の想像はつくでしょう。生みの親から愛を満足に貰えなかったあの子は、愛に飢えていた。

ただ、あの子の思う愛は……少し周りの人とは違ったの。吞気なもので、あのときの私はそれに気づかずに嫌われていると思い込んでいたけれど。どうしようもないじゃない、あの子は私のことだけを無視していたのよ。余程察しが良くなきゃ……いいえ、察しが良くてもあれは気づけないわ。私には決して向けられず皆には振りまかれる笑顔を見ながら、きっと私だけが嫌われていて、皆にはあの子を愛する資格があるのだと思っていた。たくさんの人に囲まれて誰にでも優しく接するあの子が、唯一無視してまるで存在しないように扱うのは私だけだったから。

ラブレターにも少し恨み言を書いちゃったわ。私たち、今となっては揺るぎなく愛し合っているけれど、あの頃のあなたの態度は酷いわって。手を繋いだりとか一緒に帰ったりとか、普通のカップルみたいなこともしてみたかった。たぶん地獄で再会できるから、死んだあと存分に愛し合うつもりだけど。

……どうも話が脱線しちゃうわね。ねえ、何が一番聞きたいか教えてくれる?瑠衣の話を始めると歯止めがきかなくなるというか、惚気ちゃって事件の話から遠ざかるのよ。よくあることだから、懲りずに話を聞いていてほしいんだけれど、たぶんあなたが聞きたいことを優先して話したほうがまとまりが出ると思うから、教えてちょうだい。……いいわ、瑠衣の思う愛と殺されたがった理由ね。


ねえ、あなた、昆虫標本ってわかる?瑠衣の父親がはまっていたやつ。終ぞ私には魅力が解らなかったけれど、あの子は昆虫標本に憧れていたみたいで。でも、憧れているって言っても、欲しがっているとか感動しているとかの生半可なものじゃなくて、もっと狂った思い。いつからかは解らないけれど、あの子は昆虫標本になりたがっていた。たった一度きりの人生なのに、母親を早く喪ったあの子には父親しかいなくて、その父親にも構ってもらえないまま、父親の好きな標本に自分もなれたら愛してもらえるんじゃないかって間違った考えを抱いて。手の施しようがないくらい壊れていたわ、初対面のときからもう既にね。ねえ、酷い話だと思わない?一度きりの人生をまともに楽しむことも無く、死んで標本になるのが唯一の愛される方法で正しいことなんだって思って生きていたのよ。世の中って残酷すぎるわ。

解る?瑠衣の考える愛。一応これを話すだけで瑠衣が殺されたがった理由も解るはずなんだけど……解ったでしょう?うん、そうよ、昆虫標本にされるのが愛だと思っていたあの子は、そのために殺されたがったの。ノートにちゃんと書き留めておいてね。


ねえ、次は何を話す?好きになった理由は聞かないでちょうだいね、自分の恋の始まりを話すのはさすがに恥ずかしいわ。私が瑠衣と両想いだって気づいたときの話くらいなら平気だけど。……どうして今怪訝そうな顔をしたの?ノートに書き留めたそのメモはなんのためにあるのよ、ちゃんと私と瑠衣は愛し合ってるって書いてあるでしょう?うん、まあ、あなたの言いたいことも解るわ。私と瑠衣が両想いになっている要素なんてどこにも無かったものね……私は無視されているし。仕方無いのよ、そこも含めて全部瑠衣の作戦だったんだから。楽じゃないのよ、あの子と付き合うのって。手負いの獣のほうがまだ扱いやすいかも。もっとも、そういうところも含めて大好きなんだけど。

……どうしよう、また惚気ちゃった。退屈させちゃうと悪いし、そろそろ次の話にいきましょう。嬉しかったあの日……私と瑠衣が両想いだって気づいた日の話よ。よーく聞いていてね、この話は同時に私があの子を殺す日の話でもあるから。


ライトはついていなかった。確か今日みたいに黒い雨雲がびっしり空を覆っていた日で、酷く薄暗かったのを覚えているわ。私はあの子に無視され続けて、それでも好きな気持ちを捨てられなかったから、遠くから眺めるだけで耐えていて……でもあの日の帰り、あの子と出くわしてしまったの。呪ったわよ、自分の運の無さをね。ねえ篠崎さん、好きな人に無視され続けたことある?瑠衣を好きなのは確かだったけれど、私の存在を見てくれず、周囲にも迷惑がられてるんだからやめろって言われて、その頃は少し疲れていたというか……辛かったのよ。世の中の恋する乙女は好きな人に出会ったら喜ぶんでしょうけど、私はむしろその状況を呪った。

ただ……その日は時間が遅いのもあってか、二人きりだったのよ。よく皆と一緒にいるあの子と二人きりになれたのは、あの日が初めてだった。確かちょうどその頃、あの子の家庭環境を小耳に挟んだりもしていてね、私、その場を離れられなかったのよ。予感がしたのかな。なんでかお互いにその場を離れずに留まってた。確か最初に口を開いたのは私。信じられない言葉だったわ、自分でもあんなことを言うなんて思っていなかった。たぶん……愛を欲する似た者同士、何かを感じ取っちゃったのかも。もう本当に、不意に口が動いたというか、無意識というかね。

『ねえ、私が標本にしてあげるって言ったらどうするの?』

……脳がいかれたのかと思うでしょ?正直自分でもそう思うわ。私何言ってるんだろうって直後に慌てて撤回したんだけど、あの子、逆にさっと振り返って、初めて目と目を合わせてくれて、それどころか歩み寄って私の両手を両手で掴んだのよ。

『ようやく気づいてくれた……!たぶんあなたなら気づくって、あなたは他の人とは違うって、そう信じてて良かった。たくさん時間をかけてやっと見つけた同類さん、あなたの標本になれるなら嬉しいな』

何を言ってるか全然解らないでしょう。うん、私も。もうそのときは半ばパニックみたいなものだったわ。私の片想いが急激に進展したかと思ったら、標本になれるのが嬉しいとかなんとか。簡単に説明してもらって、あの子が私を無視していた意味は解ったけど。

どうやらあの子、私が同類だと初めから見抜いていたらしいの。濃霧のように先の見えない人生の中で愛に飢え、愛に焦がれる者同士。深刻さの度合いは少し違ったわ。私はあの子に焦がれていたけれど、別に標本とか異常性の持ち主じゃない。いずれ普通に愛を得て満たされたら、道を戻れる可能性はあった。ただ、そうすると、あの子に愛を与えられる人間はまたいなくなるのよ。ようやく見つけた同類を、手放すわけにはいかなかったのね、瑠衣。いつか私が瑠衣の求める愛を見抜くまで、絶対に私を満たさず、飢えさせて、標本にする以外の選択肢をとれないまでに追い詰めた。大した子でしょう?運命に見事囚われた私は、あの子の思うがままに愛を求めて、あの子に愛を与えて助けてあげたいと望んで……あとはあなたも知っている通り。理由を知って、むしろ私のほうが被害者に見えるかしら?




ライトが、じじじと音を立てながら点く。食い入るように話を聞いているうちに夜になっていたらしい。今まで見ていた事件の形が大きく変わるのを目の当たりにして、思わず息を吞む。向かいに座る彼女は冗談っぽく被害者だと笑っているが、おそらく被害者だなどとは思っていないのだろう。嬉しそうな顔をしているのだ、今まで出会った誰よりも。


「もう私の話は一通りしたけれど、何か聞きたいことはある?」

「……瑠衣さんの遺体がどこにあるのか、だけ」

「決してそれだけは教えられないの、ごめんなさい。今までの捜査でも見つかっていないあの子を、あなただけに教えるなんて特別扱いはできないわ。私はあの子と約束したのよ、標本にした遺体は隠すって。手がかりさえも渡さない」

「いつまでだい?」

「いつまでも。もう二度と見つからないように隠したから、私の死後もあの子は静かに標本として生きられる」


瑠衣は火葬を望んでいないから、と言う彼女の笑みは、まるで女神のように慈愛に満ちていて、心から瑠衣さんを愛しているのだと感じさせた。たぶん、彼女ももう壊れているのだろう。上の人たちが遺体を発見しないまま死刑判決を出したと聞いてどんな事件かと思ったが、この壊れ方なら納得だ。


「だいぶ話し込んでしまったな……記事の取材は大体終わったから、そろそろお暇するよ」

「喜ばしい一日だったわ。私の話をちゃんと聞いてくれたあなたの記事は、きっと良いものになる。瑠衣も喜んでいるでしょうね」


寝ずに記事を書き上げて真っ先に見せに来るよ、と彼女の可憐な笑顔にこちらも笑顔で答えたが、彼女は僕の言葉に少し申し訳なさそうな顔をした。


「たぶん……いいえ、きっと、私はあなたの記事が書き上がるのを待てないわよ。予感がする。瑠衣が私を迎えに来ているの」


脳にピーンと来てるのよ、と彼女は言う。嘘ではなさそうだ。誰かが死刑の日程を漏らすわけもないので、彼女には本当に瑠衣さんのお迎えが見えているのか。彼女を見つめると、その傍らに薄らと影が見えた気がした。


「……尋ねてもいいかい、最後にあと一つだけ。結局君の思う免罪符ってのはなんだい?一番初めに言ってたろ、人間を殺めることに免罪符はあるのかと。問いの答えを聞かせてくれないか」

「回答は単純かつ明快。いつまでも愛せる相手のためなら、殺人だって許される。瑠衣のための犯罪に間違いは無いし、愛する相手に殺してくれと望まれたらそれが正義だわ。……私の答えがあなたの満足するものかは解らないけれど、参考になったら嬉しいわ」


別れと感謝を告げ、回答を書き留めて今度こそその場を後にする。留守番電話になっている編集長へ良い記事ができると宣言し、ぷつりと電話を切った。




『楽しそうだね』

「眠るたびにこの日を夢見ていたのよ。ようやく私もあなたのいる地獄に行けるわ。私、今日という日を本当に待ち望んでいたの」

『乃愛……嬉しいなあ。ありがとう』

「嬉しいのは私も同じ。じゃあ今から逝くわね、愛してるわ、瑠衣」

『今から歓迎の準備でもして待っているよ。ようこそ地獄へ、愛してるよ、乃愛』

気まぐれな遊び心で、タイトルからあとがきの終わりまで全部しりとりにしました。例えしりとりの意味が解らなくても「。」の前後の文字をよく見れば解りやすいと思います。すべて読んでもしりとりの意味が解らなければ聞いてください。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ユウギツネさん、お久しぶりです(*´▽`*)  短編読ませていただきました。  たぶんしりとりは「。」だけじゃなくて「?」や「セリフ」の前後もですよね? 半分くらい読んだ時から「あれ、ね…
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