第七話 結末は戦いの前に
二人の戦いは街の外に場所を移して始められることになった。
街に被害が及ばないところにまで来たところで、互いに向き直って構えを取る。
「トアレ。最初から全力で行くぞ」
「覚醒か?」
「ああ。解放じゃあ、間違いなく勝てない」
セルンとトアレは手を結び、互いの温もりに心を寄せる。
解放とは違い、神器の覚醒には一定の手順というものが存在する。セルンの場合はトアレと手を繋ぎ、心を重ね合わせることが必要だ。
わずかとはいえ隙が出来てしまうため、聖戦などではそこを狙った相手からの妨害が予想されるが、ローリエは静かに覚醒を待つ。
だがその身体からあふれる闘志はどうだ。
放たれる気配は、前回までは明らかに違う。
有言実行、覚醒にまで高めてから戻ってきたのだろう。
本当にローリエがかつての覚醒と同じ領域まで力を取り戻したのならば、今のセルンであっても勝利は不可能だ。歴代最強、いや、未来永劫において最強の勇者であるローリエを超える勇者は存在しない。
だがそこまで力が戻っていないのなら、勝ち目はある。
「なんて、相手の弱さに期待するのはダメだな」
「そうだ。相手がどれだけ強くとも、それを超える。一人では無理でも二人でならば超えられる!」
「ああ、今日俺は最強に勝つ! 行くぞ、トアレ!」
「応よ!」
「「神器覚醒!」」
声を揃え、心をひとつにし、再び二人は覚醒に至る。
「「――『勇者に捧ぐ英雄歌』!!」」
雷光が弾け、二人の身体が黄金の輝きに包まれる。
セルンは大鎌を構え、その切っ先をローリエに向けた。
トアレはふわりと浮かび上がり、セルンの翼になるような位置からローリエをにらみ据えた。
「ああ、やっぱりその覚醒はいいわね。何度見ても惚れ惚れしちゃうわ」
二人で一人の勇者になる。常に孤高であったローリエには想像もできなかった在り方だ。
ただ、それでも孤独ではなかった。
セルンがいてくれたから、ローリエは最期の瞬間を笑って迎えることができた。
けれど……それももう終わり。
この理想を叶えるためならば、孤独であるしかない。
「そうよ。私は強いけれど特別なんかじゃない。だから、なにもかもは救えない」
ローリエは紅蓮の剣を喚びだし、その燃え盛る切っ先を大切な人に向けた。
「大切は一個だけにするしかない。天秤世界の救世主となるために、それ以外のものはこの手で切り捨てるしかないのよ」
「矛盾しておるな、ローリエ・エルジェラント」
ローリエのつぶやきを聞きとがめて、トアレがいたましいものを見るような目で告げる。
「なにもかもを救うために足掻いていたはずなのに、ここで取捨選択に走るとは」
「矛盾してる? 私が? ……ああ、そうなのかもね。昔の私なら、それでもすべてを救おうと足掻いたかも知れない」
自嘲するような口ぶりでローリエは肯定する。
「でも一度死んで、自分の限界がわかってしまった。私は全力でがんばって、すべてをなげうって、それで出来るのはこの世界を救う手助けをすることだけなんだってね」
「あるいはすべてを捨てて俺と一緒に歩むか、だ」
セルンのその言葉に、ローリエは淡い微笑みを返した。
「ゼスティの考えそうなことはわかる。ここで私が理想を諦めれば、セルンがこの先全力で私を守ってくれることも。……でもね、わかるでしょ?」
「ああ、わかるよ」
わかるから、セルンはあのときゼスティの誘いに乗らなかったのだろう。
「私は理想を諦められない」
予想できていた言葉、予想できていた答えだった。
「……この戦いで俺が勝ったとしてもか?」
「そうよ。それとも、セルンは負けたくらいで自分を諦められるの? ならきっとそれは本当の理想じゃない。本当の理想は、何度負けても、たとえ死んでも諦められない」
「それ、ローリエが言うと説得力があるな」
「でしょう?」
得意気に笑うローリエ。それを見て、セルンももう笑うしかなかった。
「セルンが望むなら、勝ったあとで私を好きにすればいいわ。それで私が手に入ると思うならね」
「遠慮しておくよ。俺が惚れたのはそんなローリエだ。理想を追いかける馬鹿な女が俺は大好きなんだ。完膚無きまでに叩きのめして、すべての理想と人格を否定して、そうして生まれたローリエの姿をした残骸と結婚しても、きっと誰も幸せになれない」
「……馬鹿なのはお互い様なのね」
「知らなかったのか? 本気で勇者を目指す奴は、大概は馬鹿なんだよ」
「あはっ! 言えてるわね!」
「だろう?」
「ええ、ならそんな大馬鹿者同士――」
「――ああ、殺し合いと行こうか」
ここに結末は定まった。
この戦いのあと、二人が手を取り合って過ごす未来はあり得ない。
ゼスティの誘いに意味なんてなかった。
世界とか、裏切りへの罪悪感とか、そんなものは関係ない。なにもかもに背を向けて二人で生きるという選択肢を選ぶには、ローリエという女は理想に生きていたし、セルンはそんな彼女を愛しすぎていた。
だから――決着はどちらかの死でしかありえない。
さながら聖戦のように。けれど、これは世界をかけた崇高なものなどではなく、一人の人間としての我が儘を貫くための戦いだった。
「最高の勇者、ローリエ・エルジェラント」
「その最高の勇者の仲間、セルン・ベルクルト」
この名乗りが相手への手向けになると信じて。
「私の全部を受け止めてね? セルン」
「ああ、お前の全部を受け止めるよ。ローリエ」
恋人のような睦言を交わし合い、二人の宿命の戦いは始まった。
◇◆◇
「……なによそれ」
始まった二人の戦いを遠い離れた位置から見下ろしながら、ゼスティが声を震わせる。
額の眼を露わにした彼女には、戦いの前に交わされた二人の会話が聞こえていた。そこでセルンは言ったのだ。この戦いはどちらかの死でしか終わらない殺し合いだと。つまり彼はゼスティの誘いに乗らないことを選択したのである。
「あり得ない。大好きなんでしょ? 愛してるんでしょ? 愛し合っているんでしょ? なのになんで、共に生きようとしないの? ましてや自分の手で殺すだなんて……そんなの、狂っている!」
冷静に考えてみれば、ゼスティの言い分の方が正しいはずだ。
常識的に考えてみれば、セルンがゼスティの誘いに乗らない方が間違っているはずだ。
ローリエだってそうだ。セルンのことを愛しているのに、殺すだなんて……。
「わからない。なによあいつら? 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」
「……愛は狂気に似ている、とは誰の言葉だったかのう」
理解不能の嫌悪感に頭を掻きむしるゼスティの横で、ミルヒアイゼンは仕方がないと言いたいようにゆらゆらと横に揺れる。
「たたでさえ、他者の愛など理解できんというのに、あやつらのそれは生と死が複雑に絡み合って、当人たちにしかもはや理解できんものじゃろう」
ローリエの死で一度は終わったはずの愛が、彼女の蘇りをもって新生した。
たとえ言葉を交わし、睦言を交わし合うことができるとしても、それでも本質的には生者と死者の愛なのだ。普通の恋愛観で推し量れるわけがない。
「だからな、ゼスティ。そんなものは考えなくていい」
今ここで考えるべきはただひとつ。
「見るべきことは、奴らがそれゆえにあそこまで強いという事実じゃ」
雷光が弾ける。紅蓮が迸る。
両者の戦いは、まさに覚醒者同士の戦いにふさわしい代物だった。
実際には剣と鎌とがぶつかり合っているだけに過ぎないというのに、込められた熱量の桁が違う。腕の一振りで大地が砕け、空が割れ、破壊の奔流が荒れ狂う。
お互いが最初の一撃をぶつかり合わせたところで、このままだと街を巻き込むと理解し、すさまじいスピードで街から離れつつ戦っていたが、それでも戦いの余波でユーストリアの街には被害が及んでいるようだった。
かといって、これ以上離れても、今度は別の街に近付くだけ。
ならば――と、二人が戦いの舞台を変えようとするのは当然の流れだった。
紅蓮の大輪を咲かせ、セルンを吹き飛ばすと、ローリエがまず先に『門』を開いて世界を渡った。
それを追いかけるように、稲妻が天から地へと落ち、『門』を潜る。
「ゼスティ!」
「わかってるわ!」
ゼスティとミルヒアイゼンも、『門』を開いて二人を追いかける。
境界を超えた先で二人が見たものは、より激しさを増して展開されていた二人の戦いだった。
幸い、つながった『門』の出口は人里からは遠く離れた場所だった。黒い空と不毛の荒野。それ以外にはモンスターの姿しかない場所だ。いくら暴れても誰に迷惑がかかるわけでもない。
だが当然のことながら、モンスターにとっては大迷惑極まりないことだ。突然現れた異邦者たちに、無数のモンスターが一斉に牙を剥く。
百を超える眷族級モンスターの群れ。多くの人にとっては死と同義のその脅威も、あの二人にとっては花が太陽に向かって揺れているのと違いはない。
のんびりと景色を楽しんで歩いているときには気に留めるかも知れないが、お互いに夢中である現状、視界の片隅にも映らない。
完全に無視したあげく、そのすぐ近くを戦いながら通過しただけで、無惨な死体を大量生産する。モンスターたちは、花が踏まれて潰れるよりもあっけなく全滅してしまった。
ごくり、とゼスティは生唾を飲み込んだ。
セルンが仲間にならない以上、あの二人のどちらかが聖戦の対戦相手となる。
ゼスティには理解できた。同じ覚醒位階である自分でも、どちらが勝ち上がってこようともはや戦いにすらならないことに。
ローリエは当然のことながら、セルンの力も並の勇者を遥かに凌駕している。歴代においても五本の指に入るだろう。
そしてセルンのなお恐ろしいことは、こうして戦いながらその強さがどんどんと増していることだ。
セルンの想いの源泉はローリエへの想い。彼女との戦いを通じて、強くなっている。つまりセルンはローリエと殺し合いをしながら愛し合っているのだ。
いや、愛し合いながら殺し合っているのか。
どちらにせよ、今や彼にとって殺すことと愛することは同じこと。想いは際限なく膨れあがり、トアレがそれを汲みとって主の力に変えていく。
あのまま行けば、今は拮抗しているが、時期にローリエの力を超えるのも時間の問題だろう。
つまりローリエが敗北する――そう、見る者たちは予感して。
けれど、いつまで経っても二人の均衡が破られることはなかった。
世界への想いが募っていく。
セルンが強くなるほどに、ローリエもまた強くなっていた。
なぜならば、ローリエにとって世界とは即ち目の前にある現実だ。
どうしようもない現実。立ち向かわなければならない現実。残酷なこの現実を指して、ローリエは世界なのだと認識している。
簡単な話、ローリエは目の前にいる相手が強ければ強いほど、その想いをこじらせて強くなれるのだ。
そういう意味では、まさに今のローリエにとってセルンは最大の障害であり、最愛の敵だった。
膨れあがる敵意と現実への焦燥は愛に昇華され、今、ローリエはかつてない純度の想いをもって戦うことができていた。
「ああ、セルン! 世界で一番愛してる! あなたこそが私にとっての世界の形よ! だからあなたを超えて、私はあなたに尊敬される勇者になる!」
笑顔で名前を呼び、剣を振り下ろすローリエ。
身体を深々と切り裂いていく灼熱に、セルンは激痛を覚え、だからこそより口の端をつり上げて笑ってみせた。
込められる一撃一撃に、ローリエからの想いを感じる。どれだけ自分のことを愛してくれているのか、その愛情を感じられる。
ならこの痛みこそが悦楽だ。あなたがくれた傷の分だけ強くなり、それ以上の傷に変えてあなたに返そう。
「ローリエ! 俺も世界で一番愛してる! だからあなたを超えて、俺はあなたにふさわしい勇者になる!」
愛してる。愛してる。殺したいほどに愛している。
世界のあげる悲鳴も、聖戦のことも、今は二人の頭にはない。お互いがお互いを超えるためだけに、二人の戦いは加速する。
どちらかが死ぬ。その定められた結末に向かって。
「ローリエッ!」
「セルンッ!」
愛し合う者同士の想いは、疾走していくのだった。




