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第九話  約束を超える



 モンスターと戦いでボロボロになって倒れていたゼノは、戦場で突如輝きを発した光に身体を起こす。


「なんだあれ? 黄金の光?」


「すごく温かい光……」


 同じようにボロボロになりながらもその光を見たリコリスは、その輝きに自然と胸を高鳴らせていた。


「そうだ。あれが、セルンさんの光だ」


 初めてセルンに会ったとき、彼から感じものをその光の中に見出す。


 弱い自分を、大嫌いな自分を、それでも必死に好きになろうと足掻くことを決めた少年の姿に、同じものを抱えていたリコリスは目を奪われた。


 自分の胸に手を当てる。

 とくんとくん、と熱く震える鼓動の意味を、ようやくリコリスは理解した。


「……ああ、そっか。これが、愛だ」


 リコリス・ハーヴィンという出来損ないの人形は。

 あのときあの瞬間、セルン・ベルクルトという一人の人間に。


「一目惚れ、してたんだね」







 ハスターを逃がさないように食い止めながら、ローリエもまたその輝きに目を細める。


「ついに至ったのね、セルン」


 ならば、ここでローリエがするべきことは……。


「炎よ!」


 ローリエは紅蓮を剣から放つと、ハスターを取り囲む檻を作り出し、その肉体を一息に焼き尽くした。


 だがそれで終わりではない。かつてハスターを倒したローリエだからこそ、この先があることを知っている。


 次元が揺れる。名状し難き翼のはためきが世界の壁を破壊する。


 空間が割れ、そこから顔を出す巨大ななにかの貌。

 風そのものが邪悪を帯びて、形となった風の旧支配者。


 触覚を倒されたことで、ハスター本体がこの世界に現れたのだ。


 あのときは自分の炎をもって、触覚ごと次元の裏側に潜むハスター本体も滅ぼした。けれど、今のローリエにそこまでの力はない。


 ローリエができるのはこの世界に引きずり出すところまで。


「あとは任せたわよ、セルン」


 





 主と心をひとつにしたとき、トアレは彼の心象風景を刹那の瞬間に垣間見た。


 灰色の空と、舞い散る虹の欠片。

 そのただ中に、輪郭のぼやけた黒い自分が立っている。


 彼女はそっと虹の欠片を手のひらに乗せると、トアレに向かって差し出した。


「これは……」


 ローリエとの思い出ばかりが刻み込まれていると思ったそのいくつかに、別の人の姿があることにトアレは気が付いた。


 それはリコリスであり、マリエールであり、他にもセルンが出会った多くの人々の笑顔がある。ユーストリア勇者学校で過ごしたほんのわずかな日々に、セルンが胸に刻んだ幸福な思い出。そして、手のひらにのせて差し出された欠片には、トアレ自身の姿が刻まれていた。


 監獄島で過ごした半年間、二人で重ねた日々の記憶。


「ああ、そうだな。わかっているとも」


 黒い自分からその欠片を受け取って、トアレは自分の胸にぎゅっと抱きしめる。


「マスターは過去に縛られている。けれど少しずつ、未来に向かって進んでいる。大切な人を少しずつ増やしていって、大切な思い出を少しずつ増やしていって、そうしていつか」


 前に向き直る。そのときにはすでに、黒い自分は消え去っていた。


 淡い黒い光に、微笑みの残滓だけを残して。


「誓おう。もう一人の我よ。最後のそのときまで、我はマスターを支えると。だからここから見ていてくれ。我らの愛しいマスターが、最高の勇者になる様を!」


 胸を張って、トアレは主の許へ行く。


 選ばれた自負を胸に、託された想いを背負って。


「「神器覚醒――」」


 主と共に、万感の想いを込めて誓いの言葉を口にする。


 そして自分と世界に向かって、高らかにその名を謳い上げた。



「「共に――『勇者に捧ぐ英雄歌トゥルーエンド・サーガ』!!」」



 爆発するように膨れあがった黄金の光から、セルンは足を踏み出す。


 覚醒と共に、その姿は解放位階のときから変化していた。


 右腕のみだった雷光が全身に及び、鎧のようにセルンを守っている。

 だが最大の変化は、その傍らにトアレの姿が宙に浮かぶ形であることだった。身体の一部に宿り、道具として振るってもらうのではなく、主のすぐ傍で共に戦うために。


「一緒に行くぞ、トアレ!」


「応! 一緒に戦おう。マスター!」


 交わす言葉も鮮明に。二人は戦いへ臨む。


 そのとき次元を壊し、ハスター本体がその上半身をこの世界に表す。


 それは形のない風の怪物だった。貌と触手のようにのたうつ二本の腕はあるが、そのどれもが上半身にはつながっていないように見える。それもそのはず、貌も腕も高密度の風の集合体でしかない。異界を吹きすさぶ風の集合体が、ハスターというモンスターの正体なのだ。


 今なお、その下半身は異界と繋がり、そこから無制限に力の供給を受けている。


 滅ぼすには、目に見えているものだけではなく、ひとつの世界を滅ぼすほどの力が必要だ。


 行けるか? ああ、行けるとも。


 あれを放置しておけば、瞬く間にこの世界の大気を汚し、人の住めない世界に変えるだろう。


「世界なんてどうでもいい。けど、ここには守らないといけない人もいる」


「そうだとも。我とマスターは、その大切な友の笑顔のために戦うのだ」


 セルンは地面を蹴り、さらには空中も蹴って空を駆ける。

 なにもない虚空に紫電が迸り、セルンの足を地面同様に受け止め、その身体を雷の速度で空へと打ち上げていく。


 ハスターは、向かってくるセルンたちに向かって両腕を振るう。


 それは解け、すべてを押し流す風の鉄槌となってセルンを叩きつぶそうとする。


「させん!」


 だがそれを、トアレが放った雷撃が食い止める。


 今の彼女の放つ雷撃は、解放位階のときとは出力の桁が違った。牽制のために放った攻撃は、そのまま風を吹き飛ばし、ハスターの身体を貫いた。


 ハスターは貌を憤怒のそれに変えつつ、巨大な竜巻を呼んで解き放った。


 回避は不可能。触れれば切り裂かれ、跡形もなく消え去るだろう。


 けれど――そのただの中を、セルンたちは無傷のまま突破する。


 身体を纏う雷の密度が違うのだ。その程度の攻撃、もはやなんの痛痒も感じない。竜巻の中心に飛び込んだセルンが大鎌を振るえば、それだけで風は雷名と共に消え失せた。


 同時に、幾重にもトアレより放たれた黄金の雷撃が、ハスターの全身に杭のように突き刺さり、その動き縫い止める。


 風である自分すらも封じる得体の知れない力に、ハスターは戦慄する。


 存在するだけで世界を穢す。それだけしかできない怪物は、今初めて恐怖を知ったのだ。この世界には、おのれを滅ぼすものが存在していると、気付いたときには遅かった。


「マスター!」


「ああ!」


 セルンは右腕を振り上げる。

 その手に握られるのは、より強大に、より荘厳に輝く雷光の鎌。


 柄を握るセルンの手にトアレが手を添えれば、その瞬間、輝きは倍増する。


 覚醒神器『勇者に捧ぐ英雄歌トゥルーエンド・サーガ』――その能力は解放位階のときと変わらない。


 神器殺しの雷光。そして、邪悪を滅ぼす二人の黄金の輝きだ。

 セルンとトアレ、お互いがお互いを信じるかぎり、その輝きは陰ることなく、すべての邪悪を滅ぼす力となる。 


「「消し飛べぇええええええ――ッ!!」」


 ハスターに近付いて一閃、二人は雷光の鎌を振るう。


 切り裂かれたハスターが、邪悪な風が、その光に飲み込まれて消えていく。


 防御も、相手の性質も、すべてを無視した必滅の力。異界の風はその力を失い、勢いをなくし、やがては無害なただの微風となった。


 さらにはこの世界を侵していた穢れた大気もすべて浄化される。


 まさにそれは、本当の勇者の一撃であった。


 地上に戻ってきた二人はお互いの顔を見ると、この結果は当然だと言わんばかりの笑みを浮かべて、拳をぶつけ合う。


 もはや迷いはない。

 二人はこれからも、この光を信じて共に立ち向かうと決めた。


「俺たちの勝利だ」


「うむ。あの程度、敵ではないわ」


 そう、ハスターなどある意味では前哨戦に過ぎない。


 セルン・ベルクルトは勇者に聖別される資格は得た。けれど、未だに勇者に聖別される様子はない。ユーゴに勝利したセルンが覚醒した以上、最も勇者にふさわしい覚醒者となったにもかかわらず、だ。


 つまり勇者を選ぶ聖戦の意志が迷っているのだ。ここには未だ、勇者にふさわしい候補者が二人いる、と。


「セルンさん!」


「セルン!」


 リコリスとゼノが笑顔で駆け寄ってくる。


 そしてその向こうから、赤い髪の勇者候補が近付いてくる。


 その手に紅蓮の剣を握り、戦いの疲れを感じさせない威風堂々とした姿。それでいて、すべてを包み込む慈愛の笑みを浮かべている。


 ……ああ、認めよう。あなたは本物だ。


 セルンは静かに、彼女が自分の知っている愛しい勇者であると受け入れた。


 だから、その名を呼ぶ声には愛しさと、それ以上の闘志をこめて。


「ローリエ。俺は勇者になる。そのために、あなたを超える」


「ああ。その言葉を待ってたわ。セルン」


 未来に向かうため、宿命の戦いに挑むときがやってきた。


 セルン・ベルクルトにとって、勇者になる最後の壁。

 それはこの先代勇者、ローリエ・エルジェラントに他ならない。




五章はこの話で終了となります。

ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。


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