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Prologue



「セルンはさ、この旅のあとにやりたいことってある?」


 暗い夜の森の中、たき火の前で二人寄り添って暖を取っていると、ローリエが突然そんなことを聞いてきた。


 彼女とはかれこれ半年以上旅を共にしているが、旅が終わったあとのことを聞かれたのはこれが初めてのことだった。どういうつもりなんだと思い、彼女の表情をうかがう。


 すぐ近くにあったローリエの横顔はどこか物憂げで、いつも明るい彼女とは様子が違っていた。それでも誰よりも綺麗なのは変わらず、炎に照らされた長い赤色の髪が、燃えるように煌めいていた。


「セルン?」


 見とれて黙り込んでしまった俺の顔を、ローリエが逆に覗き込んでくる。


「どうしたの? そんな難しい質問だった?」


「べ、別にそういうわけじゃないけど」


 照れくさくなって視線を逸らしたところで、ようやく俺は彼女からの質問に思いを巡らせることができた。


「やりたいこと、か。……そんなこと考えたこともなかったな」


 ローリエと出会う前は日々を生き残るのに精一杯でそんな余裕はなかったし、彼女と出会って旅を始めてからは今が楽しくて楽しくて、未来のことなんて考えようともしなかった。


「どっちかと言うと、この旅がいつまでも続けばいいなと思ってるよ」


「ああそれ。私も私も」


 ローリエも笑って同意する。


「セルンとの旅は楽しいよ。すっごく楽しい。永遠に続けられたら、どれだけいいんだろう」


 けれど、俺たちの旅は目的のある旅だった。

 終わりは必ずやってきて、そしてそれは遠い未来の話ではない。


 ローリエが今、将来について話題に出したのも、彼女なりに予感があったからだろう。


 旅はまもなく終わりを告げる。――魔王との決戦の時は近い、と。


 けれど、それですべてが終わりというわけではない。旅は終わりを迎えても、俺たち二人の関係は終わらない。終わらせたくない。


「ローリエこそ、この旅が終わったらどうするつもりなんだ?」


「私?」


「そうだ。俺はローリエについて行く。故郷に戻って騎士になるっていうなら俺も同じ国に仕えるし、傭兵団を作るつもりなら俺がその団員一号になるよ」


「ちょっとちょっと、なんで私の選択肢が騎士とか傭兵とか、戦いを生業にすること前提なのよ! 他にも色々とあるでしょ!」


「ローリエに戦い以外の選択肢……?」


「そんな心底怪訝そうな顔しないでよ! 私にだって他に色々選択肢はあるわ! ほら、たとえば可愛いお花屋さんとかどう? 似合うと思わない?」


 ローリエはそう言って、すぐ傍に咲いていた野花をつんで俺に差し出した。


 意外にも、ローリエにもそういう普通の町娘みたいな夢があったらしい。てっきり俺と同じで、これまで戦いしかしてこなかったのだと思いこんでいた。


 それはともかく、こういうときどういう反応をしていいかわからず、俺は小さな花とローリエの顔を交互にじっと見つめた。するとなぜか段々とローリエの顔が赤くなっていく。


「そ、そんな眼で見ないでよ……うぅ……やっぱ似合わないかぁ……」


 彼女はそっと花を咲いていた場所に戻すと、こほんと咳払いをする。


「私のことはいいわ。今はセルンの話ね」


 頬を少し赤らめたまま、ローリエは真剣な顔で俺を見つめた。


「旅が終わっても私を支えようとしてくれるのは嬉しいけど、自分のやりたいことをやってもいいの。セルンはもう自由なんだから、なんだってできるのよ? 今は夢がないなら、いつかできたときのために学校に通うってのも手だし」


「学校?」


「そう。私の国に、ユーストリア魔導騎士学校っていう大きな学校があってね。実は旅が終わったら、そこの教師にならないかって誘われてたりもするのよ」


「ローリエが教師になるなら、俺もそこの生徒になるよ」


「いやね、だから」


「俺は旅が終わってもローリエと一緒にいたいんだよ!」

  

 なにもわかっていないローリエに、俺は立ち上がってはっきりと告げた。 


「ずっと一緒にいよう! 俺、ローリエのことが好きだ!」


「セルン……」


 一世一代の告白に、ローリエは驚いたように目を見開いて、それから嬉しそうに微笑んでくれた。


「うん、私もセルンのことが好きだよ」


「ほ、本当に!?」


「本当に! 世界で一番大好きだよ、セルン!」


「おわっ!」


 いきなり抱きついてきたローリエに、俺は後ろに倒れそうになるのを必死に堪える。この場面で倒れるのは、あまりにも男として情けないだろう。


 けれど体重の差は歴然で、少しずつ押し倒されていってしまう。それでも地面に転がらなかったのは、途中で気付いたローリエが身体を離して支えてくれたからだ。


「ごめんごめん。つい嬉しくて」


 ローリエは俺をまっすぐ立たせると、屈んで手を伸ばしてきた。

 

「好きって言ってくれてすごく嬉しかったよ。ありがとね、セルン」


 頭を撫でられる。優しく、優しく、まるで自分の弟か子供にするように。


 ……やっぱり、ローリエにとって俺は弟みたいな存在なのだろう。


 ローリエは十八歳で、俺はまだ八歳。彼女からすれば俺は子供でしかない。たとえ俺がローリエのことを一人の女性として見ていても、彼女にとっては弟が姉を慕っているようにしか受け取れないのだろう。


 けれど諦めない。いつか必ず、俺はこの人に振り向いてもらう。


 ローリエ・エルジェラント――俺を救ってくれて、導いてくれた、最強で最高の、俺にとってたった一人の勇者様。 


 あなたと一緒にいたい。永遠にそばにいて欲しい。そのためならなんでもできる。それがたとえ世界を滅ぼすようなことだとしても構わない。そう思えるほどに、俺は彼女を愛している。


 けれど……俺はどこまでも子供でしかなかった。


 この旅が終わったあとのことをローリエが明言しなかったことも、ずっと一緒にいようと言った俺に頷いてはくれなかった事実にも、このときの俺は気付いていなかった。


 自分の願いばかりを優先して、自分の感情ばかりに囚われて、好きだと告白した相手のことをなにも理解していなかった。彼女がそのときどれだけの想いで覚悟を決めていたのか、察しようともしなかったのだ。


 それに気付けたのは、仲間だった俺だけなのに見過ごしてしまった。


 そのことを、俺は永遠に後悔することになる。


 ……この夜の数日後、勇者と魔王の聖戦は始まった。


 そしてその戦いから、俺の愛した人が帰ってくることはなかった。




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