第八話
「ねぇ、ベルナルト。僕が言いたいことは分かるよね?」
「…殿下の御心を御拝察できず、申し訳ございません。」
「こんなにも長い付き合いなのに悲しいなぁ。まあ、わかったら怖いけど。」
王宮の第二王子殿下の居室。王位後継権を持つ者の部屋であるためか、豪奢でどこか気品のある調度品が並んでいる。川を中心としているこの国のカラーを表すかのように、絨毯やカーペットは濃紺に薄水色で模様が描かれており、調度品は白に青系統の絵付けがされるなど、落ち着いた雰囲気である。
そこに2人の男がいた。1人は部屋の主であるゼリーヴァ王国の第二王子であるジリーノ・ゼリーヴァ殿下、もう1人はベルナルト・ヴェルデットロ公爵子息であり彼はジリーノ第二王子殿下の側近候補である。
「でね、ベル。お願いしたいことがあるんだ。」
「殿下、恐れながら先ほどのお話について詳しく伺いたく。」
「ベルは細かすぎるよ、そんなことより僕の花嫁殿の動きが気になるんだよね。」
ベルナルトは内心、溜息をついた。ジリーノ殿下が自由すぎるのは今更な話であるし、この御方に仕えたいと思ったのは確かなので構いはしないのだが。ちょっとばかり振り回し過ぎではないかと一言申し上げたい。しかし、すぐに居住まいを正すと目の前の殿下の話に耳を傾けた。ジリーノ殿下は、自分の髪を掻きあげると困ったように、切なそうにベルナルトへと語り続ける。
「本当にルーはあの少女が好きでね、あの子のために領地に帰るって言い出すんだ。」
「…魔学術院の時から変わりないということかと。」
「残念ながらそうなんだよね。更に残念なことに僕は忙しくて王都を離れられないからね、ロッソィーノ侯爵領にベルが行ってきてくれるかな。君の所属隊に王宮業務の申請はしてあるし、君の代わりにリュエ君が王都で頑張ってくれる予定になっているから。」
ベルナルトが最初に思ったのは、リュエ巻き込まれたのか…という同僚兼友人への同情だった。ベルの代わりなんて無理だよっ!?殿下の鬼!という友人の声すら聞こえてくる気がする。なぜなら、ベルナルトの代役ということは、ジリーノ殿下と王立魔術師団の二足草鞋ということに他ならないからだ。リュエ自身も普段はベルナルトの補佐はしているが、それでもリュエに泣きつかれるのは時間の問題と思われる。
しかし、ジリーノ殿下にとってはそんなことは関係ないのだろう。あっけらかんと自分の要望を伝えてくる。
「そう遠くないうちにルーが僕のところに来るように、説得してきてね。」
「…承知いたしました。」
殿下にそう言われてしまえば、持ち合せている返事など1つしかない。ベルナルトは静かに跪き、騎士の礼を取った。
「マジカを返上したあの子のおかげで、面白い動きが見えてきたんだ。ルーが居ないうちに終わらせるから、護衛は任せたよ。」
「御意。」
この殿下は何が見えているのだろうか。全ては彼の掌の上で転がされているのか。しかし、同じ世界は見えずとも、手伝うことは出来る。ベルナルトは再び、深く頭を垂れた。
* * *
「───…したがって、ジリーノ殿下より拝命してロッソィーノ侯爵家に出向くことになりました。いつも通り、念のために当家からも彼の家へ早馬を出す許可を頂きたく。」
「そうか、殿下は変わらずルミナス嬢に傾倒しているか。」
ベルナルトは帰宅後、自身の父が帰宅して今後の予定について報告すると、父は大きくため息を吐いた。
父は、許可を出すのでロッソィーノ侯爵に断りを入れておきなさい、とベルナルトへ指示すると退室を命じられた。素直に従って退室するが、父の反応が芳しくないことに首を傾げては必死に考えを巡らす。
しかし、すぐに頭を振ると自分に下された使命に意識を切り替えて、侍従に指示を出した。