第六話
「なぁ相棒、オイラ気付いちゃったんスけど」
「無駄口は辞めろよ。」
「いや、侯爵様の領地に姫君が移動するのって主に言わなくていいんスか?」
「…言いに行くべきだな。」
「ピヨヨ、ヤバいっスよね?ヤバヤバっスよね?!」
2つの影の間に、何とも言えない空気が流れる。次の瞬間、そこに在った黒い2つの影が、しゅっと消えてなくなった。
* * *
ゼリーヴァ王国にはいくつもの川や大河があり、更には人口川まで作られていて水上の移動手段が発達している。そのゼリーヴァ王国の王都は、水の都と表現する人が多い。王宮を頂点として、始まりの湖と呼ばれる大きな湖から無数の人口川が四方に伸びており、人々の通り道となっている。また、王宮を中心に円を描く様に、貴族街、市民街が広がっており、貴族街と市民街を裂く様に大きな円形の人口川がある。そして、王都の端には背の高い重厚な壁があり、東西南北には人口川と更に大きな人口川が繋がっていて、そこに水門と港がある。王都の川は主要な都市とつながっており、水路が発達している。したがって、川は人々の生活と密接につながっており、水上魔車という船の移動手段が発達している。
水上魔車とは基本的に、アーモンド型の細長い船体をしていて、前方に運転席が在り、前後左右2輪ずつ水車の様な形の車輪がついている。この車輪は後方2輪に魔力が伝わり回転し前後に動く様になっていて、前方2輪は運転のハンドル操作によって左右に動くことができ、この4つの車輪により水上魔車は水上を自由自在に動くことが出来るようになっている。
「それで、何故ここにいるのですか。ルミナス様?」
「もちろん領地視察と、ミーナの監視ですわ。」
屋敷で親友殿と挨拶を交わしてから水上魔車に乗って王都の玄関である南水門まで来たのだが、ふふん、と目の前で得意げに笑う親友殿にがっくりと脱力した。
どうやら直前までゴネて領地へ向かう一行への同行の許可が下りたためご機嫌な親友はさておき、周りを見渡すと南水門近くの港は人が多く活気にあふれている。が、少しばかり様子がおかしいようにも思う。ロッソィーノの姫様が来たぞーっ、とか、早く魔車をどかせーっ、とか、危ないから退避しろーっ、とか何やら場が混乱しているように思う。親友の影響力、というより確実に数年前の親友殿のやったことの影響力に圧倒されつつ、目の前の大河に懐かしさを覚えていた。
余談ではあるが、貴族が使う水上魔車は青系統と決まっており、庶民が使える水上魔車の色は青系統以外であるため基本的には暖色系の明るい色合いの水上魔車が行き交っていることが多い。更に余談を言うならば、貴族街と市民街を裂く大きな川の名前は蒼碧川であり、毎年2大魔学術院対抗戦の開催場所で王都がとてもにぎわう一大行事がある。そして私たちが魔学術院に在籍していた頃に蒼碧川での対抗戦、通称蒼碧戦で親友殿は伝説を打ち立てており国民の記憶にも新しいと思う。
そんな訳で、私は親友と一緒に港にいるのだが。上記の通り、あのロッソィーノ侯爵家が、しかも侯爵令嬢が乗る水上魔車を出すということで、商人を中心に大騒ぎになったという訳である。
私たちの目の前には、立派な濃紺に赤を中心に華やかな色合いの花が描かれたロッソィーノ侯爵家の水上魔車が在り、大方の準備が出来たようで侍女の方が荷物の最終点検をしていた。
「さあ、乗り込みますわよ。腕が鳴りますわね!」
「…蒼碧戦ではありませんよ?」
「わかっていますわ!ミーナ、魔力炉に座りなさい。私が運転席よ。」
「ルミナス様、試合ではないですからね?」
本来であれば、水上魔車を運転するのはお付きの魔術師である。間違っても貴族令嬢がやることではない。ただ、ルミナス様に限っては事情が異なってくる。
蒼碧戦というのは、先ほど述べた2大魔学術院対抗戦の通称である。ルミナス様は魔学術院在籍時に水上魔車部に所属しており、部内屈指の実力者であったのだ。なお、私も水上魔車部に所属していてルミナス様の補佐をさせていただいていた。
何が言いたいかというと、ルミナス様は大の水上魔車好きであるということだ。どうやら競技の水上魔車であろうと、移動手段の水上魔車であろうと見境ないらしい。
水上魔車は、魔力を動力源に動くため魔術師が必須となる。というのも、始まりの湖を頂点に水が流れているため、始まりの湖の近くに在る王宮や行政府に行くには川を上る必要があるからだ。それに外に出ても川の流れは広大で穏やかなため、移動にはとても時間がかかってしまう。そういった問題を解消したのが水上魔車なのである。
構造は単純で、運転席にあるハンドルや隣の助手席にある水晶の機構は魔力炉につながっており、魔力を供給すると風と水の魔術が発動するという仕組みである。
本日は晴天なり、と言いたくなる良い天気。とても過ごしやすそうな気候である。ゼリーヴァ王国は穏やかな気候の地帯で、特に今は春から夏に差し掛かる頃なのでとても気温も天気も安定している。ただ、これから向かうロッソィーノ侯爵領地は、火属性の領主を表すように王都よりは少しばかり暖かく乾燥した地域であった。
「やはり魔車は気持ちいいわ!…それはそうと、ミーナ。手を抜くのはおよしなさい。」
「…いつも通りですよ?」
「でも不安定じゃないかしら?」
「久しぶりで感覚が鈍っているかもしれません。申し訳ございません。」
「なら、いいのよ。ちょっと気になっただけだから」
出港してしばらくした頃。ルミナス様と会話しつつ、周りを見渡せば辺りの様子は大分様変わりしていた。港では色とりどりの水上魔車がたくさんあったが、水門からだいぶ離れたので何台かとすれ違うのみで、川の向こうには小さな村大きな村をいくつも通り過ぎてきた。その村々の様子は幼少期を彷彿とさせる生活様式で、懐かしさすらこみ上げる。
「さあ、あともう少しで着くわ。ミーナ、頑張りましょう!」
「はい、ルミナス様。」
親友殿の声かけに合わせて、魔力炉につながっている水晶へ魔力を込め直した。