第五話
更新再開します。
第一話からかなり設定が変わっていますので、見直して頂けると嬉しいです。
「ファルミーナ様、寝付けないようでしたら、ホットミルクご用意いたしますわ。」
「ありがとうございます。頂きたいです。」
星々がキラキラと煌く夜、晴れた夜だから星空観測にはぴったりである。きっと、今日も城の前にある大きな『始まりの湖』は星がキラキラと反射していて綺麗だろう。壮大で神秘的な湖が織りなすあの光景は一度見たら忘れることが出来ない絶景なのだ、もう見ることも叶わないだろうけど。
ただ、その綺麗な星空とは裏腹にファルミーナの心の内は穏やかではなかった。どうしても夜になる度に、あの夜のことと自分の幼少期のことを思い出しては思い悩んでしまうからだ。でも、侍女の方に心配されてしまうほどには夜更かしし過ぎてしまったらしい。といっても、ここ最近毎日のようにこの有様なので、侍女の方も慣れたようにホットミルクを用意して差し出してくださる。考えるのはやめて、寝るよう努力しようとホットミルクに口を付けた。
親友殿ルミナス様にお茶の伴に誘われたのは、翌朝の朝食後のことだった。無論、少々暇していた私は諸手を挙げて伺うこととなった。
「放って悪かったわ、少し立て込んでいたの。許してちょうだい。」
「もちろんですわ、ルミナス様。」
「いい子ね。」
どこか疲れた様子の彼女は、それでも淑女然としながらクッキーをつまんでいた。相変わらず甘いものには目がないらしい。紅茶にもジャムを少し混ぜているようだ。彼女の甘いものが好きなエピソードは色々あるのだがそれはさておき。勧められるがままに、一礼してから着席して、私はフルーツジュースをいれてもらった。気分的にさっぱりしたものが欲しい、目の前の甘さに胸やけしてしまったかもしれない、なんて冗談を思う。
彼女は茶目っ気たっぷりに笑うと、爆弾を落とした。
「立て込んでいた理由の一つにお父様に話を通していたのもあるのだけれど、それがミーナに私の侍女として傍に居てくれるよう手筈を整えていたからなの。もちろん、受けてくれるわね。」
「そんな…、ご迷惑をおかけしてしまいます。予定通り、故郷に帰ります。」
「いいこと、ミーナ?敢えて声に出して言うけれど、マジカを捨てて帰るということは、貴族絡みの赤子であると言っているようなものよ。貴族絡みの面倒事は、貴女よりわたくしの方が理解しているわ。貴女の立場は危うい、でも貴族家の後ろ盾はないでしょう?学園に入学する際の後ろ盾という程度ではダメよ、それでは足りないわ。」
彼女の言葉にはっと息を飲む。あまり人目に触れずに子どもを育てようと考えていたが、もしかすると既に手遅れなのかもしれない。更には貴女がその子の父親のことを話せば、もっと話は早くってよ?と意味ありげに笑う彼女に、嫌な予感がする。そもそも、彼女がそうすると言ったら実行してしまうのだ。身勝手ではないが、何手も先を見ているので従う方が最終的に上手くいくのは学園時代からそうであった。学園時代は、『貴族令嬢としての仕草を身につけなさい』という彼女の一声で、壮絶な淑女教育が始まったのには参ったなぁ…、なんて現実逃避したくなってきた。もちろん、きちんとした仕草を身に付けたからこそ回避できた厄介事というのは色々あるのだけれども。
彼女は自分の言葉を撤回するつもりはないらしい。私の了承の言葉を引き出す以外、考えていないに違いない。
「ルミナス様、私は妊婦でありこれから働けなる可能性もあると聞いています。」
「未来の自分に降りかかる事象を忌憚なく見て聞けるのだから、問題ないわ。」
「私はマジカの名は捨てましたが、研究者としての自分は捨てていません。侍女としてというのは…。」
「肥沃な土地ではなく、痩せ細った土地でも役立つ魔術の研究はしてみたいでしょう?必要なだけ、我が領地で用意できるものなら用意するわ。」
むしろ研究はお願いしたいくらいねぇ、と妖艶に笑う親友殿に項垂れたくなった。これでは暖簾に腕押しである。ただでさえお世話になっている上に好条件を提示されれば、強くは出れない。
「ああ、心配しなくてもあなたが子を産み、身を立てたら煩くは言わないわ。」
「そこを心配している訳ではないのですが。」
「どうしても気になるなら、研究者ファルミーナ・マジカに依頼があるの。」
「だからマジカはお返ししたと…。」
「そろそろ、時期的に一部の地域で干ばつに備えなければいけない時期なのよね。水と土魔術のスペシャリストのミーナから意見をもらえれば、こちらとしても助かるの。」
「…詳しく伺いましょう。」
私が興味を持ったことに、親友殿は嬉しそうに契約成立ね、と笑った。うっかり引き受けることになったが、お世話になった彼女に恩返しが出来るのであればそれもいいかと、握手を交わした。