第四話
(19.02.11 改稿)
あの夜から思い出すことが増えたのは,幼い頃の記憶だ。
私が5歳の誕生日を迎えた日だったと思う,古くからある巫女の舞というものを母から教わった。なぜこの舞を教わることになったのか,母がどういっていたのか,細かい事は幼くて覚えていない。でも,母から舞を教わり,実際に舞った時の衝撃ははっきりと覚えている。
誕生日プレゼントにと母から渡されたのは,綺麗な鈴だった。透明とも見紛う綺麗な銀色の鈴が2対,しかしなぜか音が出なくて幼いながらに不思議がっていたと思う。しかし,両手に1つずつ持ち母の真似をして舞うと,綺麗としか表現できない優美な鈴の音が鳴るのだ。この舞を舞えば鳴ると理解した幼い私は,それはもう夢中になって練習を重ねた。もはや遊びの一つであったとすら思う。でもやはり,舞う時以外は鳴らない鈴に首を傾げたものである。
『おかーさん,みてみて!』
『上手よ,ミーナ。本当に,上手ね…。』
ただ,母に舞って見せた時に,少し寂しそうに褒められた時には何も言えなかった。
その後,母は病気で亡くなり,その後は魔学術院に入学して魔術師団に入隊,そして今がある。
そして子も身ごもった今,分かったのは自分の置かれた危うい状況である。
この国において,巫女とは見つかり次第,処刑される存在である。勉強したことを加味すると,教会の中でも巫女のみに扱える特殊な術具があり,大巫女を中心とした巫女の集団で国家転覆を策謀したのだ。よって,巫女は危険な思想を持った人種であるされた。その当時,現在の先々代の王様は教会の意義と存続の危機であり,また何よりも市民への被害を憂いて,巫女は一人残らず処刑するという決断を下した。実際に,その当時に存在する巫女は全員処刑されたと魔学術院で学んだ。
無論,私には関係ない話であると思っていた。母から教わったのは巫女の舞だとは聞いていたが,後に学んで分かった巫女は全員この世に存在しないという事実を学んで,母の作ったおとぎ話としか思わなかった。しかし,今,私のお腹に居る子は何だろう。少なくとも私は殿方と閏を共にしたことなどないが,治癒士にも産院でもお腹の子は順調であると言われた。もはや,母に秘密だと念押された,あの舞を舞った時のあの不思議な感覚以外に心当たりなどない。そもそも,母から渡されたこの鈴は,歴史に出てくる特殊な術具とやらではないのではないか。
私は,両腕で身を抱えて,気付いた事の恐ろしさに震えつづけた。
* * *
暗い豪奢な部屋の中,部屋の主人はゆったりと高級そうな皮張りの椅子に座りワイングラスをゆっくりと回していた。しかし,その表情はどこか苦々しげで,彼の優秀なその脳をフル回転させている。思考はまとまらずとも,考え続けることにこそ意味があるということを信条にしていると考えていた。と,思考がまとまらずそれる程度には動揺していたし苦々しく思っている証拠かもしれない。
ただ,やるべきことをひとつひとつこなしていくしかない。よって,腹心を呼ぶべく虚空に声をかけた。
「プルチーノ,ピングイーノ。仕事だ。」
「「御意。」」
「姫君が,儀式をしてしまった可能性がある。」
「ピヨっ?主が恐れてたサイアクーってやつっス?」
「プル,言葉に気を付けろ。」
部屋の主人が声かけに応えてしゅたっ,と音もなく部屋に降り立った2つの影。しかしながらプルチーノと呼ばれた少しばかり小太りな片側は大袈裟に反応し,ピングイーノと呼ばれたやたら細長いもう片側はプルチーノを諌めるべく短刀を抜きかけていた。部屋の主人はひとつ溜息をつきつつ手をひらひらと振って,制止した。こいつらは優秀ではあるのだが,癖は強すぎる。扱いづらいのが悩みの種でもあった。
「遊ぶな,今はそれどころじゃない。思い切りのいい姫君のことだ,居場所を確認して様子を探ってこい。場合によっては姫君の護衛として姿を見せても構わん。第一義は姫君の安全と御子の誕生だ。」
「「御意」」
再度しゅたっと音もなく姿を消した2つの影。居なくなったことを認めると,また部屋の主人はワイングラスをゆっくり回しながら考える。思考を巡らせることを辞めなかった。
難産回でした。
毎回読んでくださっている方、評価・ブックマークしてくださった方ありがとうございます。
まったり進めていければと思いますので、お付き合いくださいませ。