第一話
今どき流行のテンプレ悪役令嬢やざまぁはありません。キーワードの残酷描写は保険です。大切なので2度目。
(19.02.11 改稿)
ここは、この世界においても有数の大国であるゼリーヴァ王国。この国は豊かな自然や資源が豊富で、穏やかな王政国家である。また、精霊に力を借りる魔術が発展しており、人々の暮らしを支える魔術師は崇められることも少なくない。しかしながら精霊や魔術にはまだまだ謎が深く、研究が続いている。
「ファルミーナ・マジカ!いい加減、わたくしにも説明なさったらいかが?」
「私はただのファルミーナですわ、ルミナス様。」
「ミーナっ、私が聞きたいのは斯様なことではなくってよ!」
そのゼリーヴァ王国王都の中心街にある屋敷で、悲鳴のような金切り声が木霊した。言うまでもないが、私の目の前に座る彼女の瞳はギラギラと燃えており、手許の扇をギュッと握りしめ、そしてそれに応えるかのように魔術共振である火花がパチパチと飛び散り始めている。この魔術共振が起きているということは、彼女がかなり怒っている状態に他ならない。なぜなら魔力共振とは、魔力を持つ人間の感情がとても高ぶった時に精霊まで反応する現象だからだ。しかし、彼女に仕える侍女は涼しい顔をして待機しているので見慣れているらしい。…もしかして、隅にある壺は水瓶なのだろうか。火花が引火した時の備えかしら、などとつらつらと私は現実逃避していた。
そもそも彼女を怒らせている今の状態に陥ったのは、ついこの間、私自身の近況を告げる文を目の前の彼女に郵送したというだけなのだ。そうしたら送った翌日には、そのまま王都にある彼女の屋敷への招待状という名の迎えを寄越してきたのである。まあ、怒るかもしれないな~なんて少しばかり予想はしていたけども、この怒りは予想外である。
招待状には出来るだけ早く遊びに来てほしい、なんて書いてあったが私が乗る馬車を含めて家に寄越してくるのだから、相変わらずせっかちな友人だとその時は苦笑いしただけだった。すぐに支度して彼女の許へと馳せ参じて、すぐにお目通りが叶ったのがつい先ほど。ひとつ文句を言わせていただけるなら、由緒正しい侯爵家の彼女の家の馬車に乗る事になったため非常に座り心地はよく、しかし平民にとって居心地の悪い旅だったので次があるならばやめて欲しい。ついでに言うと、友人の家への初めての訪問がお怒りの彼女に迎え入れられる形になったのは非常に遺憾である。できれば彼女のお気に入りと聞いたテラスで優雅にアフターヌーンティーのお伴をさせて頂きたいところだ。
それはさておき、再度近況を尋ねられて素直に先日送った手紙の通り伝えたところ、先ほどのやり取りの通り彼女を怒らせた事になる。……彼女が怒ることは、なんとなく想像ついてはいたが、魔術共振を起こすほどお怒りである彼女を見ることになるとは思わなかった。彼女は自分を律する人だから、魔力共振を見るのは初めてではないだろうか。そもそも魔力共振など幼少期に制御を覚えてからは滅多に起こるものではないが。
「ミーナ、貴女に無体を働いた下衆はどいつですの?」
「先ほども申し上げた通り、私は望んでマジカを辞退したまでですわ。」
「そんな稚拙な嘘でわたくしを騙せると思って?いい加減におよしなさい。」
「ルミナス様…。」
パチン、と手元の扇を閉じる良い音を鳴らして彼女が立ち上がる。言葉こそ貴族令嬢らしく振る舞ってはいるが、彼女がこのままだと色んな関係各所に迷惑がかかりそうだ。残念ながら私が伝えただけでは、言葉足らずで彼女になにやら勘違いさせてしまっているようだ。しかしながら、ここまで憤ってくれる友人が居てくれるのはとても有り難いことだとそっと目を伏せた。
私、ファルミーナは平民出身の魔力持ちである。この国では魔力持ち、すなわち魔術師の素養を持つ者は少なくは無いが多くも無い。そして魔力を持つ者は、突如として魔力が暴走することがあるため力の扱い方を覚える必要がある。それに、魔術が発展しているこの国では少しでも魔術が扱えるのであれば力を伸ばした方がいいと言われるくらいである。したがって、成人の儀を行う際に魔力や適性を全員が確認するよう国で義務付けられており、また魔力をきちんと扱えるよう、少ない魔術師を養成するために魔術学園へと入学することが義務付けられている。すなわち、魔力持ちとは、努力さえすれば引く手数多な生まれながらにして食いっぱぐれる事のない資質で間違いない。
運よく魔力持ちの資質を得た私は、もちろん諸手を挙げて王国立ゼリーヴァ魔術学園へと入学し、そこで出会ったのがロッソィーノ侯爵家令嬢ルミナス・ロッソィーノ様だった。学園ではあれやこれやと大変苦労したし、ルミナス様の助力なしに満足に卒業できたかはとても怪しい。それほどにお世話になって頭が下がる思いなのだが、どうやら私のことを親友として思ってくださっており、こんなにも私の進退を気にしてくださる。もちろん平民として身を弁えてではあるが、私も彼女のことは親友と思わせていただいている。本当に、魔術学園では得難い経験をしたものである。
であれば、この親友殿に誠意を尽くさずして何が親友であろうか。既に心の整理はつけたつもりであるし、女は度胸!と豪語する母の言葉を借りて、落ち着かずウロウロと歩き回りながら先ほどよりも大きな火花を散らしている彼女へ打ち明ける事にしよう。
「…魔術師団には根回ししましたし、研究所もしたはず。ならば貴族家以外に、でもそれもわたくしの庇護下にあると・・・」
「ルミナス様、ルミナス様。聞いて下さいませ。」
「まあっ!ようやく首謀者を話す気になりましたのね!」
「首謀者とは…、まあ首謀者と言うのであればここに居りますわ。」
そう告げて、自身のお腹を撫でる。まあお腹の中に居るとはいえ、自覚が薄く不思議な感覚だし、お腹が大きくなっている訳でもないので傍目にはわからないが。私も治癒師に診て貰ってはっきりとわかったくらいなのだ。
それはそうと、先ほどまでずっと脚を動かしていた彼女は足を止めポカーンとした表情をして固まり、すかさず侍女の方が彼女の顔を覆うように扇を広げた。コントのような光景に、場違いではあるが思わずクスッと笑うと彼女は思い出したように自身の扇で顔を覆いながら私を凝視して、すごい勢いで叫んだ。
「わたくしのミーナに毒牙を掛けた下衆野郎はどこのどいつですの!?」
…ルミナス様、いつから私はあなたのモノになったのでしょうか。なんて、現実逃避した。というか現実逃避させてください。