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bukimi

受話器

作者: yuyu

 街中の横断歩道の信号が赤に変わる瞬間を眼で見届けながら、窪園理映は将来に不安を感じていた。


 後ろ姿だけでは、男に見間違えられそうな雰囲気を醸し出している。短く刈りあげられた黒髪。男の身長と並ぶ程の背の高さもある。学生時代はバスケ部に所属していた為、未だに男勝りな言動をする癖が抜けていない。


 その性格が災いし、大学を卒業した後もなかなか就職先が決まらない日々が続いた。かろうじて、事務職の内定を得て、働いてはいたものの、一年もしないうちに、職場の上司の物言いに腹を立て、すぐに怒鳴る等の反抗的な態度を取り続けてしまい、会社からはクビを言い渡された。


 理映にとって、自分の意見を聞いてもらえないことは、拷問にも近い苦痛を感じる。周りの優しい先輩からは、言い分も理解出来るが、言い方が強すぎるかもと何度も指摘を受けていた。


 しかし、理映は昔からこの性格を貫いていたので、急に変えることは困難を極めた。


 もちろん、職場に馴染めるように言動を変えようと試みた時もある。目線が鋭くなりすぎていないか。声が大き過ぎないか。


 先輩の方々の意見を取り入れ、意見を言う前に深呼吸して行う事も実施していた。しかし、いざ上司を目の前にしてしまうと、ふんぞり返った姿が気に食わなくなり、声を荒げてしまう日々の繰り返しであった。


 ついつい溜息をついてしまう。せっかく社会人として、貴重な一歩を踏み出したばかりなのに、一年もしないうちに、クビになるとは。横断歩道の前で立ち尽くす。


 「もう、この性格は治らないのか。親には

何と話したらいいものか」


 険しい目つきで、また信号の明滅が変わる瞬間を眼で追う。足は何かに掴まれているかのように、一歩も踏み出せないままでいる。


 「諦めるのもな。悔しいが、また仕事を探すか」


 眉間に出来た皺を指でもみほぐし、数十分程思案を重ねた上で、職場の相談を行える建物へと足を運んだ。


 相談所内には、無数のパソコンが設置されている。慣れた手付きで、必要書類に記入を行い、受付に新しい職場を探している事を相談。受付の女性から、大きく数字が印字された用紙を渡された。その数字が貼られているパソコンの前に座り、キーボードとマウスを操作する。


 今まで、何度も操作を行ってきた為、地域や職業の絞り方、検索の方法は網羅している。条件の設定もすぐに終えた。検索ボタンをクリックする。約50件程表示された。


 「なるべく家に近くて、給料良いとこ…….」


 パソコン画面に対し、ぶつぶつと独り言を呟く。周りにも、様々な年代の人が理映と同様にパソコンと向き合い、必死に職場を探している。少しぐらい呟いていても、些細な戯言として耳に入らないのであろう。


 左手で頭をかきながら、右手でマウスのホイールを回す。画面は連動して、下に流れていく。


 「ん?ここは、条件いいな」


 理映の険しい目つきがふと緩んだ。自分の家から、自転車で15分程の位置にあり、条件も丁度良い職場が募集一覧に表示されていた。


 すぐに、該当のページを開き、印刷ボタンを押す。横にあるプリンターから用紙が吐き出される。その用紙を手に取り、相談窓口へと向かった。


 数週間後


 スムーズに相談が進み、見事内定をもらえた理映は会社内で研修を受けていた。パーマをかけた見た目、50代の女性から、電話対応について指導を受ける。


 この会社の電話は、理映の自宅にある固定電話のように、片手で受話器を取るタイプの物である。コールセンターのように、両手が空くタイプでは無いことに、内心不満を抱えていたが、その気持ちはぐっと抑えた。


 また、受話器のすぐ横にある数字のボタンや、様々な部署に繋がるボタン等、複雑な仕組みについて説明を受けた。


 必死にノートに書きこんでも、なかなか頭の中に入り切らない。けれども、せっかく見つかった職場。すぐに離れる訳にはいかないと、心を入れ替え熱心に仕事に取り組んだ。


 約三年後


 一人でも、電話の応対が出来るようにまで成長した理映は、今日もいつものように応対を行っていた。


 「畏まりました。では、対応する部署へとお繋ぎ致します」


 定型文を相手に言い終えるかの間に、突然耳に不快な音が飛び込んできた。


 ブツ……ブツ……


 まるで、髪の毛を一本一本引き抜いているかのような音だ。たまらず吐き気がこみ上げてくる。理映は電波の状況が悪いのかと思い、


 「申し訳ありません。電波の状況が悪いようですが」


 「そうですか?しっかりと聞こえてますよ」


 相手からは躊躇いも無く、返事が返ってきた。不信感がますます募る。早々に切り上げる為、他部署へと電話を転送した。受話器を戻す。


 「何?さっきの音」


 今は夜の七時を過ぎており、理映の所属している部署には、もう本人しかいない状況であった。後は、いつも通りに最後の書類チェックを行い、フロアーに鍵を掛けて帰宅するのみであるが。


 「ちょっと調べてみよう」


 明日からの電話応対に支障をきたす恐れがあると考え、受話器にもう一度耳を当ててみる。


 ブツ……ブツ……


 まだ音は続いていた。自然と受話器を握る手が湿り気を帯びてくる。頭痛までしてきた。


 「何で?電波のせいじゃない?」


 受話器を縦や横に振ってみる。


 ガサガサ……


 何かが擦れる音がした。振った影響からか、通話口の細長い穴から黒い糸のような物が出てきた。


 引き抜いてみる。思ったよりも長い糸状の物が出てきた。怪訝に思い、思い切って力の限り引っ張る。


 ブツンッ


 テレビが突然消えたような音を発し、糸が切れた。


 「何この糸?気持ち悪い。捨てよう」


 ゴミ箱に糸を捨てようと、椅子から立ち上がろうとした理映の眼に受話器の通話口が映りこむ。


 気分が悪くなり、受話器を元の場所に戻そうと引っ繰り返す。


 ポタッ


 雫の垂れる音が耳に入る。両目を見開き、机の上を見る。


 赤黒い血が白い机の上に広がっていた。


 「きゃああああああああ!」


 受話器を放り投げ、自分の荷物も置いたまま、出入口まで駆け出す。


 ドアノブを捻る。捻る。何度も捻る。


 しかし、ドアノブはピクリとも動かない。


 「そんな!どうして!」


 ドアに肩から体当たりをする。肩が外れるのではないかと思う程の衝撃を与えるもびくともしない。焦りだけがどんどん募っていく。


 プルルルル…….プルルル……


 フロアー内の電話が一斉に鳴り響く。今まで聞いたことが無い音量だ。たまらず両耳を塞ぐ。それでも、耳に響いてくる。頭痛が更に悪化する。


 「ふざけないで!いたずらでしょ!」


 恐怖を怒りへと置き換え、フロアー内にある窓へと歩を進める。椅子を両手に持ち、ガラスを破ろうとした。持ち上げた両手が固まる。


 ガラスに女の姿が映っていた。もちろん、理映自身だ。しかし、両目からは涙のように血が垂れていた。両目だけではない。耳や爪の間からもだ。


 「え……嘘。嘘!」


 頭の中が真っ白になり、理映は意識を失った。


 翌日


 会社の職員が朝、いつもの時間通りにフロアーへと入った。眼に飛び込んだ光景に息が止まる。


 両目や耳から大量の血を流して、仰向けに倒れている理映の姿があった。誰が見ても、すでに亡くなっている事が分かる。


 更に右手には、コードが引っ張られた受話器がしっかりと握られていた。

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