1章 穂梨蛍の暇つぶし
これは去年の冬のこと。
私、穂梨蛍が下校していると、不意に頭の上に何かが落ちてきた。
それを手に取って見てみると、小さなサンタのぬいぐるみだった。
どこから来たのだろうかと雪の降る空を見上げるも、周囲に背の高い建物なんてない。
不審に思ったが、そのぬいぐるみに対して関心は薄かった。
きっと落とした本人か、あるいはそれ以外の誰かが拾って持ち帰るだろうと近場の塀の上にそれを乗せたところで私の人生は狂った。
『毎日毎日同じことの繰り返し。何の進展もなく過ぎ行く日常。全てのことに意味がなくて、人は死んだ時に無に還り、生きてきた意味なんて無いものだと感じる』
ぬいぐるみは、そう声を発したのだ。
他人にだったらまだ救われたのだろうが、それも私に対しての言葉だった。
そのサンタの言葉は日頃蛍が感じていることそのもので、帰ろうとした足を止めてしまう。
そのサンタのぬいぐるみを見つめていると、それは再び喋り出した。
『そんな君が少しでも生きることに意味を見い出せるように、僕がプレゼントをあげよう』
それは、どんな。
私は聞き返してしまったのだ。
こんなガラクタは無視して、どこかへ行ってしまっていればあるいは。
『君に魔法少女の力を与えよう』
そうして私は魔法少女となったのだ。
7月序盤。もう時期夏休みなんていう退屈な長期休暇が始まるにも関わらず、クラス全体は浮かれている。
夏休みどこ行くだとか、花火一緒に見ようとか、デートがどうのとか。
穂梨蛍は冷たいため息をつく。
非常に退屈だ。
だいたい、何故人と一緒に行動しなければならないのだ、そもそも何故休暇をとるのか。いろいろと不思議でならない。
友達がいないからそう感じるのかもしれないが、それ以前に友達の必要性を感じない。それどころか、生命に意味を感じない。
いつの日か「死ぬまでの暇つぶし」なんてフレーズを聞いたことがあるが、蛍は生命のある生活をその程度にしか感じていない。
むしろ暇つぶしさえ必要ないのかもしれない。
そんなお先真っ暗な考えを汚れきった理性で無理に拭う。
まあ、そんなことはどうでもいい。
少なくとも夏休み中はやることがあるだろうし、暇ではないのは明白なのだ。ならばこんな憂鬱な考えをする必要は無いだろうし、暇もない。
「蛍ちゃんもどう?夏休み、空いてる?」
声をかけられた。
夏休みにクラス全員で海に行くのだとか。
答えるまでもない。答えは決まっていて、それは当然イエスだ。
その日の帰りは、珍しくクラスメイトと一緒に帰っていた。
海に誘われて答えを返すと、そのまま家が同じ方向の人で帰ることになった。
言い出しっぺはクラスの中心できゃっきゃやっている無駄に髪色の明るい女子で、少し苦手なタイプだ。でも、嫌いじゃない。
嫌いじゃないというのはおかしいかもしれない。蛍は人に興味はないので、そもそも評価というものがないのかもしれない。
もちろんそんな蛍の目的はクラスメイトとじゃれ合うなんて訳では無い。
海に来るらしい宵姫ユメ、彼女の監視だ。
監視といっても誰かに頼まれたわけでも自分が警察か何かな訳でもない。
理由はないが、最近の彼女の行動が気になるのだ。
これも魔法少女の力なのだろうか。
魔法少女というのは通常の人間よりも五感が長け、人々の小さな異変にも気付いて人々をより救い安いようになっているらしい。
だからきっと蛍が宵姫ユメに感じている不審は何か特別なことなのだろう。
別に蛍には宵姫ユメを救う義務も気もないし、そもそも魔法少女なんてものにも興味はないが、死ぬまでの暇つぶしなのだ、非現実的なことの一つや二つをやって退屈をしのぐ方が有意義だ。
宵姫ユメはどうやらあまりクラスには馴染めてないようで、海に行くのも乗り気じゃないらしい。
風の噂に聞けば、彼女の両親は既にいないらしく、一人で弟の育て親をしているのだとか。もちろん生活費は自分のバイト代で、毎日毎日働き詰めなのだとか。
クラスメイトが彼女に声をかけないのは嫌っているなどの理由ではなく、少しでも休ませてあげようという志向なのだとか。
だがしかし、それはクラスメイトと関わりを持てないということに変わりはないため集団で帰宅途中の宵姫ユメは浮いてしまっている。
まあ、蛍も人の事は言えないのだが。
集団の隅にくっついている宵姫ユメをちらと見ると、彼女の目には光なんて無いように見えて恐怖を覚えた。