プロローグ
ある夜、宵姫ユメは困っていた。
ユメの両親はとっくに他界していて家におらず、引き取られるべき親戚もなかったため、父が残した遺産で唯一無二の生きた親族である中学二年生の弟、宵姫ユウとこじんまりと暮らしていた。
そんな大切な弟が学校で高熱が出たとの報告が昼過ぎにあってからおよそ7時間。3年間通っているバイト先から帰っている途中である。
中学校の教師は弟を家に返すと言っていたのでしばらくした頃に家に電話をかけたのだが大丈夫との事でバイト休むということはしなかった。
だが、熱で寝込んでいる弟をよそにバイトに出て良かったのだろうか、自分は親代わりどころかそれ以前に姉失格なのではないか、などというネガティブな思考に困らされていた。
「悩んだってユウの熱が治るわけじゃないし、悩んでもしょうがないよね。早く元気になるようにお土産買って帰ろう」
と言うものの、病人に買っていくお土産というのもなかなか思い浮かばない。
しばらく思案した後に家の近くにあるコンビニに寄ってユウの好物であるプリンを4つ買ってから二階建て各階三部屋のボロっちい古アパートへと向かう。
一つはユウ、もう一つはユメ、残る二つは両親へのお供え物である。
もっとも、甘いものが苦手な父は喜んでくれるか分からないが。
アパートに着き、錆びれて今にも崩れてしまいそうな階段を軋ませながら二階に上がると宵姫のネームプレートがある扉の前に何か黒い布切れのようなものが落ちていた。
「何…これ…」
拾い上げて見てみると、ぬいぐるみだった。うさぎかくまか、はたまた混合させたものにも見える見た目で、中身の綿が少ないのか銅も頭もよれよれで、終いには継ぎ接ぎだらけで縫われた先とその手前とでは色が違っている。
全体的な色は灰で、後から縫い付けられたような布は黒である。
そんな見た目とは裏腹に、こんな所に捨てられているのに汚れは一切ついていない。
一般的な人に意見を聞いたら大半の人が気味が悪いというようなぬいぐるみだった。
「かわいい…?」
だが、そんな気味の悪さが地味で根暗なユメには心地よかった。
こんなところに置いていかれたんだ、きっと持ち主もいらなかったんだろうとぎゅっと胸に抱き寄せた後カバンにしまって家の扉を開ける。
「ただいま、プリン買ってきたよ」