最終章~新たなる居場所
見慣れた天井……ここは【おもいでや】だ。周りを見渡してもブレイクルームには誰もいない。隣の部屋からは物音が聞こえる。
俺、時間内に戻ってこれたんだな――
そう言えば、俺はどのくらい眠っていたのだろう?急に気になり部屋の時計を探す。時刻は朝の7時過ぎ……
6時間で24時間だろ?昨夜の9時に出たから3時に戻ったってわけで、4時間くらい寝てたんだな――
そうして俺はゆっくりと起きだして店の方に向かった。話すことや聞きたいことが沢山ある。蒼の事や風の事、無事に帰れたのだろうか?
礼央はどうなったんだろう?言いだすとキリがない。
ガチャ――店につながるドアを開けると早朝だというのに元気なユイが笑顔で突進してくる。
「きゃーっ、おはよう!少しは休めた?」
「うん、眠ったって言うか、眠れたと思う」そしてユイの肩越しから、長椅子に横たわっている男・オーナーを見た。
「オーナーは、眠っているのかな?」俺はユイに小声で聞いた。
「寝てない、目を瞑り横になっているだけだ。誰かさんのおかげで神経が昂りすぎて眠れん」
「わ、オーナー起きてたんですか!つーか、相変わらず――」
「相変わらずなんだ?俺はお前に感謝こそされ、何か言われることは全くないはずだが?」
「もう、朝からオーナーも、静かに!まず楓太君が無事に帰ってきたわけだし、ね?そうそう、美味しいコーヒーを2人に入れてあげるから、寝不足でお疲れかもしれませんけど機嫌をなおしてくださいよぉ」そう言って部屋をパタパタと出ていった。
俺はオーナーの側に座り、まず無事に帰ってこれたことを報告し、お礼を言った。
オーナーは何も言わずに目を瞑って横になっている。これはオーナーがちゃんと俺の話を聞いている証拠。オーナーの態度がどういうものかわかって来た自分に驚きではあるが……
そして一番心配していることを聞いた。
「オーナー、俺はお札を使って戻ってこれたんですが、蒼や風は?蒼は凄く深手を負っていて……大丈夫だって言ってたし信じてるけど、俺あんな怪我も人が本当に血を流して死んでいくのを自分で経験したことが無くて心配で――」思い出すだけでも涙が出そうになる。
「まず、風は大丈夫だ。狐の婆さんを、お前も見たんだろう?棗様にちゃんとくっついて山に帰れたよ。蒼は確かに、かなりの深手を負ったようだが、そんなに軟なやつじゃない大丈夫だ。」いつものオーナーよりもゆっくりと話してくれている。きっと蒼のことも本当に心配だったのだろう、そしてオーナーは話を続けた。
「今回は風の面倒を見て、助けたってことで狐の婆さんが特別に蒼を治してくれたようだ。さすがに齢何百年となると出来ることが大きくなるな……ふふっ」
「そうなんだ……本当に良かった。ううっ、うっ……」それを聞くだけで涙が溢れ出る。
「おい、楓太!男が泣くな、マジで気持ち悪い。無事だって言ってんだからやめろ!」オーナーが楓太に憎まれ口をきく。
「いいじゃないっすか!ホント怖かったし心配だったんです」安心したからか俺もつい笑ってしまった。
「お待たせしました、皆さん眠いかもしれないけども世間は朝だし、起きちゃいましょうよ!モーニングコーヒーです、はいはい起きて起きて!」ユイがテーブルにコーヒーを並べてくれる。
部屋中にコーヒーのいい香りが広がる。カップを持ち上げて口に運ぶ、数時間前の出来事が夢のようだ。
「はぁ、本当にいい香りだ。美味い、そう言えば向こうじゃ何も口にすることが無かったもんなぁ……はぁ、帰ってこれて良かった」コーヒーが現実に戻してくれる。
「ふふふ、でも無事に帰れてよかったね、今回は結構危ない目に遭ったんでしょう?ねぇ、オーナー、蒼さんからのメッセージが飛んできた時あったでしょう?あの時、本当は私めちゃめちゃ慌ててたんですよ」とユイが俺を見つめる。
「えっ?蒼さんからのメッセージ?」俺は何のことかわからずユイに聞き返した。
「あぁ、えっとね、楓太君があっちの世界で蒼さんや風とはぐれたんでしょう?」ユイが順序立てて、俺の知らない間の話をしてくれる。
「うん、それをどうして知っているの?」不思議そうに聞く俺に満足そうにユイは話し続ける。
「蒼さんは時間をかければ自分で楓太君を探せるだろうけど、向こうにいられる時間が決まっているじゃない?だから、オーナーに楓太君のエネルギーって言うのかな目印を教えてくれって連絡が来たんだよ」
「俺の目印?何それ?」意味が分からなくて聞き返すと
「人に個性があるように、そして指紋などと同じで個体を識別できるくらいにエネルギーはそれぞれ違うんだ。俺はお前を向こうの世界に馴染めるよう調整して育りだしただろう?」オーナーは話しながら身振りで人の形を表す、まるでそれがエネルギーの形だというように。
「だからお前のエネルギーの色も形も知っているからな、それを蒼に教えたんだ。あいつならそれだけの情報で十分に探すことができるからな、実際に会えただろう?」
「はい、確かに会えました。はぐれた時は本当に焦りましたけど……有難うございました」オーナーの説明を聞きながら、あの状況を思い出す。
「全く、はぐれるなんてお前らしい。蒼から説明はなかったのか?」
オーナーはそれだけを言いフンと鼻で笑った、すると先程まで聞いていたアノ声が背後から聞こえた。
「ちゃんと、説明しましたよ如月さん――」静かに笑い、店の入り口に蒼が現れた。
その瞬間俺は立ち上がり蒼に駆け寄った。
「蒼さん!無事だって聞いていたけど良かった……俺、マジで心配で心配で。あの時1人で帰るのが辛くて……死んじゃったらどうしようって……うっ、ううっ」
「また泣くのか、楓太!それ以上泣いたらお前をクビにするぞ」
オーナーが楓太に飽きれたように言う。
「仕方ないじゃないですか、どんだけ蒼さんが弱って血が出ていたか!」
俺は反論した。その様子をユイは嬉しそうに眺めている。
「楓太、有難う。妖の為にお前があの熊の妖に言ってくれた事、そして俺や風や礼央……それだけじゃない妖の為に泣いてくれたこと俺は本当に嬉しかった。この気持ちをあの熊の妖……あのオヤジにわかってもらいたかった」
蒼が思い出すように俺に言う。
「俺、生意気な事ばっか言ってたと思うけど、あの時の言葉は本当の気持ちです。ここで働いていろんな経験をしてきて少しずつ変わって来たんだと思う。礼央にしても熊の妖にしても根本は孤独だったんですね。人も妖も1人では生きていけないんだって思った……」
あの時を思い出しながら、蒼に伝えたかったことを俺は伝えた。
「ああ、人も妖も同じさ」蒼が呟く。
「同じことがもう1つある……人も妖も孤独や心の問題を外のせいにする。本当の問題と解決は自分の中にしかないんだけどな」
そう言いオーナーは煙草を手に取る。
「オーナー、今回の内容や何故【おもいでや】がターゲットになったか理由はもう知っているんですか?一応、俺達って取られた袋を取り戻すのと何で呼ばれたかを追求に行ってたはず……」
そこまで言って俺は慌てて周りを見渡した。
「あっと!え??俺、今自分で言ってたけど青い袋どこに置いてきたっけ?忘れてきたかも――」1人慌てる俺に皆は笑う。
「お前は役に立たないなぁ、面倒ばっかりじゃねーか」
そう言ってオーナーも大笑いしている。
「すいません……本当に」
俺はみんなに笑われているけれど、その笑いが俺を受け入れてくれているものだとわかる。本当に俺は幸せものだ。
皆で笑っていると店のドアが開く音がして2度と聞けないと思った声がした。
「青い袋の忘れものだぜ」
【おもいでや】の青い袋を突き出して照れくさそうに笑っているやつがいた。
「礼央!何?お前本物なの?」
俺は何が何だかわからない状態で礼央に近づく。
「なんだよ、お前、もうこの俺様を忘れちゃったのかよ!」
この話し方、この姿――
「本物なんだね……良かったよ、もう一度話せて良かった」
また涙が出てきそうになる、そんな颯太を見て礼央が口を開く。
「楓太――俺さ、お前に会えて本当に良かったよ、お前や蒼さん、あのガキにも酷いことを沢山した。信じてくれとか、許してくれとか簡単に言えない立場だけど、死んだ俺にもう一度チャンスを与えてもらったんだ、棗様から――」
礼央が真面目な顔で俺に説明する。
「棗様から!」思わず俺は呟く、本当に棗様はどんな力があるのだろう。
「そうなんだよ、楓太。こんな俺に、風も蒼さんも涙を沢山流して棗様にお願いしてくれたんだ。棗様はこんな俺の為に自分の寿命を分けてくださったんだ!こんな俺の為に――」
礼央は棗様との出会いから自分を振り返るように、俺に話し続ける。その姿はあちらの世界で一瞬見た本当の優しい礼央だ。
「俺は初めて心から温かい気持ちになったんだ。誰かの為に生きたい、俺の事を信じて求めてくれるやつらがいる、俺も颯太みたいになれる気がするんだ。それで生き返らせてもらった今、俺は棗様の下で修業を積ませてもらうことになったんだぜ」
心の底から信用されて、信じることを知ると人も妖もここまで変わるのだと目の前の礼央を見るとわかる。そして俺もそれが、自分のことのように嬉しくなった。
「ねえ、楓太君、その人も一緒にコーヒー飲んでもらったら?」 ユイが俺に声をかける。
「そうだね、あ、ユイさん彼は新しい友達なんだ、礼央って言う人間から妖になった凄いやつ!な、礼央!」
俺は勢いよく礼央を紹介した、いきなり振られる礼央は少し慌てて
「なんだよ、変な紹介すんなよ!」
そう言い、礼央はユイさんをまともに見ることも出来ず、俺を店の端に引っ張っていった。
「ちょ、なにあの子!超美人じゃん、人間?妖?彼氏いんの?まさか、お前が狙っているとかないよな。すでに彼氏とか――楓太向こうで会いたい人がいるとか言ってたのあの子とか!」
部屋の隅に俺を連れていき、質問攻めにしてくる。
「礼央!うるさい!何慌ててんだよ、お前遊びまくってモテモテみたいなこと言ってただろ」
「ばっか、あんな美人初めてだよ」
しばらく俺たち二人が部屋の隅で小突きあっていた。
ユイの視線に気が付いたのか、礼央は今までにない真面目さで近づいて行った。
「えっと、初めまして。人間からどういう訳かいろんなことがあって妖に生まれ変わったやつです、人間やめたから苗字は無し!礼央って読んでください。。棗様の所で真面目に修行するから、えっ……仲良くしてください!」
真っ赤になって頭を下げる。
「人間から妖?しかも君は生き返ったってこと?へぇーじゃあこれからここにも、思い出を届けに来るってことね。私はユイです。頑張ってね!じゃコーヒー入れるから皆で座ってて」
そう言ってユイはさっさと裏に戻って行った。
「ふぇー緊張した」そう言う礼央に
「全く、何だよそれ!それよりこっちが先だろ」
部屋を出たユイを気にする礼央を連れて蒼とオーナーの所に行った。
礼央はそこで改めて蒼とオーナーに謝罪をした、友人となった俺から見ても潔かったと思う。
蒼さんはいつものように静かに礼央の話を聞き、オーナーは礼央を上から下まで見定めると
「妖も楽じゃねぇ、だが俺たちはお前に期待をしている。棗様の所でしっかりしごいてもらえ」
それだけ言って、煙草を口にやり蒼と何か話し始めた。それが蒼とオーナーの許した印なんだと思った。
ユイがコーヒーを運んで来たと思ったらドアをすり抜けて風が走ってきた。
「風!お前も来たのか?1人で?また迷子になるんじゃやないか?」
俺が言うと風が首を振る。
「今日は私が付いております」
入口からそれは落ち着いて優しい声がした。振り返ると人で言うと30代半ばの美しい上品な女性がいた。
「楓太、棗様いる。もう風は迷わない。あ!蒼と礼央・ユイもいる」
たたたっと走って行った。
俺は棗様の余りの若い姿に驚き、しばらく口をパクパクさせてしまったけれど、今回の礼央の件や蒼の件についてしっかりお礼は伝えることができた。
それでも挙動不審な俺に、棗様の方から風や妖について今まで俺が接していた態度に感謝すると言ってもらえた。
その話の中で、俺に人と妖の橋渡しなんていう言葉も出てきたが、そんな大それたことは今の俺には出来ないときちんと伝えた。
人は謙遜と言うものを、本当によくするのですね――と棗様は笑っていたが、そう言われたことは俺にとって本当に嬉しいことだった。
「それにしても朝から、なんだよこの店は。営業時間じゃねーぞお前ら!」
オーナーがぼ皆を見まわして、大声でぼやく。
それを聞き俺とユイさんは肩をすくめて笑う。
蒼も棗様も礼央も風も皆が「今」無事にここにいる。人間と妖が共存できる場所がここにはある。
俺に何ができるだろう?もちろんすぐに答えは見つからない。それはそれでいいと、楽しいと「今」の俺は心の底から思える。
それが一番素敵な事、それが【おもいでや】なんだ――と楓太は心で呟き、ユイの入れた美味いコーヒーを飲み干した。。
了