これって特別手当じゃね?
簡単に話をまとめると――
子猫の妖の男の子は、箕面に住む大物の妖狐から思い出の入った青い袋を託され【おもいでや】に使いに来たが、ここに来る道中に何者かに騙され袋を奪われてしまった
もちろんここまで話が分かったのは、男の子の話を聞き出してくれた、お客さんの蒼という男性のおかげでもある。何と言ってもこの妖の男の子は、妖としては幼く、人型になれたのもここ最近、上手く話せるにはあと少しかかるらしい。
「ところで、オーナー。あの青い袋って奪われたら何か問題でもあるんですか?あの価値って妖にはないと思うのだけど……妖にはどちらかと言うと、思い出を取り出す際に入り込む夢の方がいい、価値があるって教えてくれませんでしたか?」ユイが切り出す。
「そうですよね、オレもそれをユイさんから聞きました。で、思い出を買い取った人に新しい思い出を入れるのはうちの瓶が無いと無理なんですよね。なんか仕掛けがあるんですよね?だったら焦る必要はないんじゃないですか?」
オーナーに俺たちの話が耳に入っているのか全く読めないが、表情を変えずに胸元から煙草を取り出した。火をつけた煙草を口の端にくわえ、煙がしみるのか片目を瞑る……
しばしの沈黙が流れ、おもむろにオーナーが口を開く
「狙いは何か……だな」
「狙い?」裏返った声をあげたのはユイだ。
「ああ、確かに楓太の言うように、思い出だけを奪っても何もできない。こぼしたり、中身を開けてもこの間、楓太が経験したように人の思い出の中に入るだけだしな。出てこれなくてもそれは俺の知ったことじゃないさ。本来のお客との契約は、思い出を抜き取った段階で済んでいる訳だしな」
「この間の俺みたいな経験をするんですよ、危ないじゃないですか!」この間の自分の経験を思い出しオーナーに詰め寄る。
「思い出に取り込まれようと、俺らには関係ないさ。奪った段階で奴らも中身は知ってるだろうし、お前らが言うようにあれは妖が使って人に何かできるものじゃないからな、お前が経験したようなことは起きないさ。それより問題なのは、俺の店のものと知って騙し取った……そうだろう?そこが問題なんだよ」
「【おもいでや】の物だとわかって狙った。その狙いこそが問題なんですね」
言われてみれば確かにそうだ。妖が持っても役に立たないものなのに奪うのは無駄な事。だとすればオーナーの言うこの店を狙った理由を考えなければならない。狙いは何だろう……
ユイも蒼さんもオーナーの言う事を聞いて黙っている。恐らく俺と同じことを考えているようだ。その間も男の子は蒼さんの隣で大人しくしている。そして、ふと思い出したかのように蒼さんに何かを訴えた。
「ん?なんだ?まだ何かあるのか?」聞き返した蒼さんに向かって男の子は頷いた。蒼さんはさっきと同じ様に男の子の頭に手を置き目を瞑る。やはり何かを感じ取っているようだった。そして、しばらくして目を開けると話し始める。
「こいつまだ妖として幼いだろう?【おもいでや】の誰かをここに連れてきたら、凄い術を教えてやるって言われたそうだ。代わりに袋はそいつが持って行ってやるから、お前は先に【おもいでや】に行けってな。妖として強くなったら、狐の婆さんも喜ぶだろうって上手く言われたみたいだぞ」
「誰かを連れて来いって?誰がそんなこと言うのよ?何で?」ユイが聞く。
「それは知らねぇよ、ただこいつはそう言われて預けてきちまったってわけさ、な?」と言って男の子を撫でる。子供はすっかりなついているようだ。
「ちっ、やっぱり面倒じゃねぇか。店の名前まで出されたら無視も出来ないしな。狙いは何だ?店の人間を連れて来いだって」
オーナーは吸い終わったそばから煙草に火をつけ、煙をはき出し眉間にしわを寄せる。
「ね、楓太君はさ、狙いは何だと思う?恨み買うようなこともしてないしねぇ……」
そう呟くユイと俺は、オーナと子猫の妖だという子供を、しばらく交互で眺めていた。
最初に声を上げたのは蒼だった。
「で、どうするよ。袋は取られているしここの人間を連れて来いって、ご指名だぜ」軽く話しながら蒼の目は妖しく細めオーナを見つめる。
「そうよ、この子もいるし。って言うか誰かこの子の名前聞いてるの?」ユイが子供の前に屈みこみ顔をのぞく。
「そうですね、まだ聞いてない気がする」俺もユイの横に屈み名前を聞こうとすると男の子が急に呟いた。
「風」
その声は小さいけれどもしっかりしており、その名前をとても誇りに思っているような感じがした。
「え?風って言うのね?それが君の名前なのね?」ユイが確認するとにっこり笑って頷く。少し恥ずかしそうに蒼の服の裾を掴む。
「なんだか、蒼さん懐かれてますね」ユイと俺がその様子を笑うと
「懐かれたって、親でもないし関係ないからな」と蒼は言いながら風を見ていた。
「さてと……ガキの名前もわかったことだし、そいつが誰で狙いがあるにしても、かかる火の粉は避けなきゃいけないし、売られた喧嘩も買わなきゃならないって言うだろう」
オーナーがさらりと言うが、よく聞いていると物騒な感じだ。
「オーナー、火の粉は避けるのはわかるけど、喧嘩ってこれ喧嘩なんですか?そもそも売られる覚えがあるんですか!」つい突っ込んでしまう。
「お前な、何でも100パーセント【善】で出来てると思うのか?うちは慈善事業じゃないし、俺は恥じる仕事もしてないつもりだが気に入らない奴がいたっておかしくない。それが世の中だ。妖の世界だって同じだろう。何かあるなら知りたいじゃねえか、この仕事もなめられていたら出来ないのも事実だ。それに、今回は俺の店、俺ってわかって言ってきてるんだろう?いい度胸だ」そう言って俺の方を向く、オーナーに見つめられると動けない、その状態を見透かしたのか、オーナーはニヤリと笑って話を続けた。
「さっきから言うように、最悪、抜き取った思い出は取り戻せなくても構わない、お客との契約に問題もないし、妖達の世界にあるなら被害も少ないだろうしな。それより呼び出していることの方が問題だ、そこで……」急にオーナが黙る。なんだか嫌な予感がした。
「楓太、お前が行ってこい」
「え!目が合った段階で怪しいって思ったけど、俺が何で?そもそも、この店ってわかって狙ったわけだし、あっちの世界も知っているオーナーが行くのがいいんじゃないですか?」慌てて俺は言い返した。
それを聞いてもオーナーは悪びれるわけでもなく、さも当然と言わんばかりに
「何言っているんだ、俺はオーナーだぞ。従業員のお前が行くに決まっているじゃないか」と言い、また煙草に手をやる。
「いやいや、オーナー!何ゲームのラスボス的な発言をしてるんですか!ユイさんも何とか言ってくださいよ」ユイに助けを求めると
「いいじゃん、楽しそうだし。滅多に行けない場所だもん。大丈夫だよオーナーがああ言うってことは何かあるはず」俺はこの返事ですでに逃げ場がないことを確信した……
観念した俺を見てオーナーはこれからの話を俺達にし始めた。
「楓太、冗談じゃなく俺はそう簡単に向こうには行けねぇんだ。お前を今から向こうに送り出す。俺たちの世界と、妖の世界をつなぐドアを開かなくちゃならない。そのドアをホールドしておく為には俺がこちらの世界にいなくちゃダメなんだ。それに、ユイは女だしな、お前も男ならカッコいいところ見せて来いよ」
そこでユイさんの名前を出されたら、嫌だなんて言えないじゃないか!言い返したい言葉を飲み込み
「オーナーがこちらにいなくちゃダメなのは何となくわかりましたけど、俺は妖の知識もないしどうしたらいいのかわかんないですよ」と出来る限り落ち着いて聞き返した。
「最低限のことは教えてやるし、そこまで心配はないさ、それに……なぁ、蒼!もちろんここまで残っていたんだ、頼まれてくれるってことだろう?」と頭だけ振り返る。
今まで黙っていた蒼は、この流れを想定していたのか、クスリと鼻で笑ってオーナーの方へ歩み寄る。そして――
「こう言うのも久しぶりだな、あんたのことだからこうなるって当然わかってたさ」とオーナーの耳元で囁いた。その返事を聞くとオーナは満足そうに笑い、立ち上がった。
「よし!話は決まりだ。今からお前ら3人で向こう側へ行ってもらう。目的は3つだ、青い袋を取り戻すこと、相手の狙いを突き止めること、そしてそのガキを、狐の婆さんのところへ帰してやることだ。簡単だろう?俺は今から1時間程で向こうと繋がるドアを開く準備をする。少しの間、お前らは食事でも休憩でもしておけ」言うだけ言ってオーナは部屋の奥へ戻って行った。
残された俺達だが、急展開でボサッとしている俺にユイが変わって仕切ってくれる。
「風ちゃん、おなか空いてない?空いてるでしょ?蒼さんと【うまうま】行ってご飯食べておいで、好きな物食べていいよ。蒼さんも、もし良かったら食べてきてください」と勧める。
風が蒼を見上げると
「なんだ、お前腹減ってんの?仕方ないなぁ行くか?」と優しく言い、軽く食事をしたら戻るとユイに目で伝えて【うまうま】に向かった。
残った俺に向かってユイが話しかける。
「楓太君、緊張してんねやろ。大丈夫、大丈夫。よーわからんけど楽しんできてや」完全に自分モードだ。
ユイが関西弁で話すときはリラックスしているときか仕事オフの時らしい。俺の前でリラックスしてくれることに喜ぶべきか、ただ気を抜かれているのか微妙なところだだが。
「また、そんなユイさん呑気に無責任な発言を……」
「だって、なかなか行けない不思議空間やん。蒼さんもついて行ってくれるし、オーナーも今回は最初から店にいてくれはるし安心やろ?オーナーが考えなしに決めたりせんと思うんよね」
「ユイさんは、妖の事を良く知っているの?向こうの世界とか見たことあるんですか?それにオーナーは向こうの世界を開く準備だとか言っているけど、オーナーって一体……」
まだ、実感はないけれど行ったことのない場所に行くのだ、不安が無いと言えば嘘になる。
そんな俺の不安を感じ取ったのか、ユイは優しく話し始めた。
「オーナーみたいに妖の事や、不思議な事を知っているかと言われれば違うけど、ここで働く前から漠然と不思議な存在は知ってた。ここで働いてからは実際に触れ合うことになったでしょ、だから身近な感じはしているかな。被害にあったこともないしさ。ただ私達とは理が違う存在だから一緒に生きていくことはできないのかなと思う。身近に感じながら、存在を認めて思いあえる存在なのかも……ごめん、答えになってないね。とにかく、今回はオーナーが判断した事だからそのことに関しては安心していいんじゃない?」
「まぁ、俺もここでの経験が無かったら物語の世界の事だって思って生活してたと思う。わかんないことの方が多いけどさ……」
2人が会話をしていると店の端の方からガタガタとオーナが音を立てている。
「あ……あと、ユイさん!オーナが向こうの世界につながるドアを開くようなことを言ってたけどオーナーって何者なんですか?」と少し大きな声が出てしまった。
不思議な人、通常では理解できない力のある人だとはわかるけれど、さすがに聞かずにはいられない。ユイはそれはそうだと頷いて楓太に向き合った。
「私もね、オーナ―のプライベートの深い所まではわからないのよ。だから知っている事と私が言ってもいいと思う事だけ言うわね」とオーナーの話と【おもいでや】の歴史を話し始めた。
ユイの話によると、オーナーの家系は陰陽師の流れをくんでいるらしい。昔は陰陽道の呪術的儀式や占いなどを主に行っていたようだ。
陰陽道と言うのは聞いたことはあっても詳しく知らなかったが、古代中国の陰陽五行説の思想に基づき、暦や天文・占術などの学問的なものから天人相関思想、また呪術や祭祀など包括したもので、日本で体系化されたらしい。
そしてオーナーの祖父は陰陽師としての知識だけではなく不思議な力も強かった。陰陽師としての仕事だけにとどまらず時代の流れに合わせこの【おもいでや】がここに作られたという。戦前からと言うならこの古いビルに店があるのも納得だ。
オーナ―の父親も本来ならば、継ぐはずだったが、時代と共に不思議なことが否定され、廃れてくる。現実的な生き方を進める世の中になってくると、そのあたりの親子関係も思ったように行かなくなる――
継がせたい祖父とオーナーの父親との仲が険悪になり疎遠になっていった。だが、オーナーは幼少の頃より陰陽師としての才能に恵まれていたのか、不思議な事を教えてくれる祖父に父より懐き、オーナー自身も可愛がられて自然にオーナーがここを継ぐことになった。
「陰陽師か……まさに映画みたいな不思議な話だな、なんだか凄く難しそう」つい俺がそう呟くと、ユイはそれに答えた。
「そうね、ちらっと聞いたことがあるんだけど、そのおじい様は知っていることを全部オーナーに伝えたそうだよ、そしてオーナーはここのお店を継いで現代の闇に合わせて昔からの【おもいでや】を今の【おもいでや】に進化させていったみたい」
「でも、オーナーのお父さんとお祖父さんは継ぐことで険悪になったのだから、オーナーがこの店を継ぐことになった時に反対したんじゃないのかな?」
「うん、私の口からなんとも……見た目にも仲がいい訳ではないけれど家族としてのつながりはあるから……いつかさ、何かまた打ち解けあうと思うんだ、ま、これは私がどうこう言えることでもないし、親子だけに難しいことだと思うけどね」
ユイの話を聞いて、少しだが不思議に思っていたことや、お店のことが少しわかった。
オーナーが陰陽師の家系で何故ここを継いだのかという事も……
自分の頭の中で今までの事や、ユイから聞いたことを考えて黙っていると心配をしてくれたのかユイが急に俺の頬を両手でバチッと挟んでその顔をユイの方に向けた。
「私から言えることはここまで、そしてそれ以上に今から大切なことは、この間の様に楓太君が自分を信じること、ここに帰ってくることを心にしっかりと決めていくことだと思う」
「俺は自分を信じて、ここに必ず帰って来ると決めることか……それだよな信じて決めること。この間の出来事の時もそうだったよね。、オーナーに言われた3つの仕事をしてくるよ。そして俺は俺を信じる。ユイさんさぁ、また帰ってきたらこの間みたいに美味いコーヒー入れてくださいね、ちゃっちゃと帰って来るよ!」と元気に答え、俺の頬を挟んだユイの手を彼女の元に戻した。
不安はあるけれど、好奇心と内側から力が湧くような感じがする。妙な高揚感とでも言うのか。その俺をユイは確認し、いつものテンションに戻る。
「そうそう、私の分も楽しんできて、帰ったらコーヒー用意するから!私はオーナーと2人で待ってるわ!どうしよう、嬉しいけど緊張するーっ」彼女のテンポに慣れてきたとは言え、先程までの真剣な表情は、一気に乙女になり、壁の向こうのオーナーに萌えている……
「何だよ!もうオーナーとの心配かよ!本当に、ユイさんと話していると不安って何?って感じだよ。悩むのも不安になるのも無駄に思えるよ」俺は思わず笑い出してしまった。
「え?どういう意味?いい意味で言ってるよね?」二人で目を合わせてもう一度大笑いをした。
――ガチャ!
突然俺たちの部屋のドアが開き、あからさまに不機嫌な顔をしたオーナーが立っている。バカ笑いをしている俺たちの顔をみて、フンと鼻で笑い
「お前ら、何をバカな話をして笑ってんだ、俺が面倒くさいのに、珍しいことしてやってるんだぞ」上から目線、まさに俺様な様子で言う。
「オーナー、準備できたんですか?うるさかったですか?だって、楓太君が緊張してるかなーって思って元気づけてたんですよ」そう言ったユイは、俺にも微笑みかけて同意を求めた。
「そ、そうです俺が不安がってると思ったユイさんが、元気づけるというか、色々教えてくれてたんです、えっと……」俺が言い終わる前にオーナーは
「おい、ユイ!あと少しで準備が整う。そろそろ蒼たちも店に戻るように言っとけ。お前たちもな」と言い残し戻って行った。
「ふふっ、急にドアが開くから驚いたね」とユイが笑いながら言う。
「本当だよ、一瞬オーナーが怒ってるのかと思った」
「ははは、そんなことでオーナーが怒るわけないじゃん、でも笑い声はうるさすぎたかもね」
「確かに!」ユイにつられて俺も笑う。
あのオーナ―がこんな小さなことで怒るわけは無いと思うのだが、不機嫌な顔つきにはもう少し慣れが必要なのかもしれない。
「それにしてもオーナーはユイさんの話は最後まで聞くのに、俺の話っていつも途中で切られる気がする」と呟くと
「そうだっけ?何よ楓太君、ジェラシーとか!ほら、それこそバカな事言ってないで、オーナの所に戻るよ!」と背中をパンパン叩かれながら俺たちはオーナーのいる部屋へと向かった。
いつも俺がお客様から青い袋を預かる【おもいでや】は入口にカウンターがあり、その後ろに思い出の詰まった赤い瓶が詰まった部屋。そしてカウンターの左奥の方に少し縦長だが6畳くらいのスペースがある。今、俺たちはそのスペースに全員集まっている。
その部屋の突当りには細いドアがあった。そこにはいつも飾り棚が置かれており、俺はドアがある事を今日初めて知った。
ドアの両端、真ん中には呪符が貼られておりドアの足元には大人が3人は立てる大きさの魔法陣のようなものが描かれている和紙が敷かれていた。
正直言って俺は、以前より不思議な事を信じるようになったし、不思議な体験もしたけれど、改めてこの映画やアニメでしか見たことのない状況に置かれると、先程までのユイとのバカ笑いも忘れて、どんどん緊張していくのがわかった。
その時、不意に俺の手をユイがきゅっと握った。俺の緊張を感じたのだろうか、だがそのユイも少し緊張しているようだった。ただ、そんな状況でも俺は不思議なことに、緊張と未知のものへの少しの不安はあるけれど、恐怖心は全くなかった。
オーナーは全員が揃ったのを確認するとこれからの流れを説明し始めた。
「ここはすでに結界を張っている。俺が許可した者しか入り込めない。蒼と風は妖だ。向こうの世界のやつらだから問題はないが、楓太!お前は一応、今生きている【人間】だ。向こうの世界に行くには準備がいる。本来いてはいけない世界なんだからな」
「本来は、俺はいてはいけない世界……」
「そうだ、たまに入り込んでしまう人間もいるがそんな奴は戻れなくなるのがほとんどだ」
「戻れなくなるとどうなるんですか?」思わず聞き返すと
「長時間向こうにいると、思い出の中の様にこちらの世界には戻れなくなるのさ。もしくは腹の減った妖に食われるかもな。人間の魂や肉が好きなのも多いんだ、神隠しなんて言うだろう?このことさ」オーナーの答えに少し背筋が寒くなった。
「だから準備してたんだ、お前が今のままじゃいくら向こうへ繋がるドアを開いても入れない。向こうの世界にお前の体を合わす為にちょっとした術を使う。お前は目を瞑って俺の言うとおりに体を動かせばいい。俺の声だけに集中しろ。そしてこの腕時計をつけるんだ説明はちゃんとする」そう言ってオーナーは俺に腕時計をつけさせ、その後、俺と蒼さんと風をドアの前の魔法陣の中に手をつないで立たせた。
俺たちは3人手をつなぎ目を瞑る。小さな風の手は温かい。
もう一方の手は蒼さんだ。風と違って大きいが細い指、そしてとても冷たい。オーナーの声と不思議な煙の香りがしてきた。
「ゆっくりとした呼吸をするんだ、呼吸と俺の声だけに集中しろ。今から印を結び真言を唱える。楓太にわかるように言えば魔法の呪文みたいなもんだ、いいな?」
オーナーの問いかけに俺は目を瞑りコクリと頷いた。オーナーはそれを確認したようでパンと手を叩く音が聞こえその後に聞いたこともない言葉が聞こえ始めた。
オーナーの言う真言と言うものだ。聞こえてくる真言はお経の様で何を言っているかわからない。本当に魔法の呪文のようだ。お香の様な香りが漂っている。10分程たった頃、オーナーが呪文を止めて話し始めた。
「楓太、お前は【人間】だ、向こうに滞在するリミットは渡した時計で6時間。もうすぐ午後9時だ。こちらの6時間は向こうの24時間だ。時間を確認しながら行動しろ。向こうの奴らに食い物を進められても絶対に食うな。食ったら戻れなくなることを忘れるな。そして最後にこちらに戻る時は帰ってくると心から念じて、今お前のポケットに今から入れる呪符を空中に投げるんだ。俺とユイはこのドアを安定させ、お前が帰って来るのを信じて待っているからな」そう言い再度真言を唱え俺のポケットに呪符を入れた。
瞑った目にオーナーは手を当て耳元でも真言を唱え続け、最後にフッと息を短く吐いた。
だんだん俺の意識がぼーっとしてくるようだった。先程から続けて聞こえていたオーナーの真言、そして漂うお香の香り。目を瞑っているから余計に意識が遠くなる。
心が遠くに行きそうだ――
「楓太、俺の言う通りに体をその場で動かすんだ。足踏みをするんだ、ゆっくりと……」
俺は聞こえるままに体を動かす。
「次は右を向いて足踏みを5回、もう一度右に向いて足踏みを5回、最後に左を向いて5回足踏みを。蒼と風の手をしっかり握っていろ。最後に深呼吸をして5回その場で足踏みをしたらゆっくり目を開けるんだ、楓太、お前なら大丈夫だ、頼んだぞ……」オーナーの声が少し遠くに感じた。
ゆっくり目を開けるとそこは見た事も無い景色が広がっていた。
――どういう事だろう!俺は【おもいでや】に確かにいた。大きな移動はしていない、その場で足踏みをしてオーナーの言う通り向きを変えていただけだと思っていたのに、いつの間にかあのドアを抜けていたというのか。
とうとう来たんだ、妖の通る道、妖達のいる世界へ。俺は蒼と風を見ると二人は何も言わず手を握り返してきた。
人ではなく妖達が過ごす世界。俺たちの本当に近くに存在する。楓太は振り返ってドアを確認するとそこには何もなくなっていた。
腕時計を確認する、オーナーが言っていた通り今は午後9時、これから6時間以内に帰るのか……少し緊張を感じた。目の前に広がる風景は夜の住宅街のようだった。
蒼の視線を感じ、楓太はつないだ二人の手をを離した。
「あ……蒼さん本当に俺こちらの世界に来たんですね。」
「そうだな、俺は人ではないからどうでもいいんだが、お前は長くこちらの世界にいれないんだ。早く用事を済ませて戻らなくちゃいけないんだろう?ほら、行くぞ」蒼は先に進み始める。その蒼に風は急いで付いて行っていた。
「はい」俺も急いで付いて行く、そうだここまで来たんだ、もたもたしていられない。
蒼について夜の住宅街を進む。
「蒼さん、これからどこに行けばいいのか知っているんですか?」
「大体は、こいつに聞いたからわかる」蒼はそう言い風を見る。風は何も言わず頷いている。
「まずは、ここを抜けて街に出る」蒼はぶっきらぼうに言った。蒼に付いて住宅街を進むのだが一見ここは俺たちの住む世界に似ていた。
大きく違うのは路地ごとに空間が交わるようになっているのだった。つまり路地ごとに立ち止って左右を見ると、全く違う空間なのだ。
今俺が立つ路地の右手前方には大きなビルが見える、そして左手には竹林が続いている。蒼がいなければ俺は確実に迷子になると思った。周りを見回す俺に蒼は話し始めた。
「俺から離れると迷子になるぞ、ここは路地ごとに空間が違うが、時間ごとにそれらもずれていく。お前ら人なんてあっという間に行方不明さ」
「行方不明……」確かに今一人にされたらヤバい。
「神隠しって知ってるだろう?子供がいなくなったとか、大人でもだが。あれはこちらの世界に迷い込んで帰れなくなったやつらさ。爾のように、えっとオーナーの様にこちらにつなぐ方法もあるが、俺たちも自然の一部だから、こちらの世界がお前らの所と繋がってしまう事があるんだ。たまたまそこに迷い込んだ奴らが帰れなくなるってことさ。」
「じゃあ、帰れた人は運よく出てこれたということですか?という事は、出れなくなった人はどうなっているんですか?」
「帰れなくなった人……お前さ、オーナーに腕時計をつけられただろう?お前らの時間で6時間が限界さ、運が良ければ12時間。こちらの時間で2日。それを過ぎると人でなくなるんだよ」少し想像していた、けれど怖い返事だった。
「人でなくなるって、人が妖になっちゃうんですか?」
「妖になる奴も多いけど、中途半端な奴もいるな、見た目は同じだけど。あ、ガキなら食われる奴もいるな。妖も獣から変化した奴も多いから」
「く、食われる、妖になったら……どうなるんですか?神隠しにあった人は理解しているんですか?見た目は変わらないって蒼さん言うけど――」ショックな内容だが聞かずにはいれなかった。
「妖って色々さ、動物からなるやつもいれば植物やお前らが使う道具からもなるやつはいる、付喪神みたいなやつな。だから人間がなってもおかしくない。こちらに来て時間がたち過ぎると心も体もこちらに馴染んでくるんだ。記憶がまだらになり人として制限している感情が外れてくる」
「感情の制限が外れる?」
「ああ、人って我慢したりするんだろう?怒りのままに人も殺したら駄目なんだろう?欲しいと思ったものを奪い取るのも駄目なんだろう?そういう事が曖昧になって人ではなくなるんだ。元が獣の俺たちはそんなの知らないからな、食いたい時に食うからな」ニヤリと笑い蒼が楓太を見つめる。
一瞬楓太は背筋が凍った……
「俺たちがここから出れなくなると、妖になるとそうなっちゃうんですか?蒼さんは、いや蒼さんも……そうなんですか?」おそるおそる聞き返すと、蒼は噴き出して
「ははは、俺も元が獣だからな、昔はそうだったさ。ここまで来るのに何年かかっていると思うんだ、そうやって長く生き、他の妖を知ってお互い上手くやりあう事を学ぶのさ。そして妖でも人の理、妖の理を理解して時代に合わせてお前らとやり取りするようになっていった。俺たちとお前たちの世界の時間の流れ方も違うだろう?」確かに進み方が違うようだ、現にオーナーにも注意されている。
「俺たちはお前たちの時間の概念は無いから問題ないんだけどな。とにかく人間は寿命が短かいだろう?もちろん妖も死ぬが、寿命は人間に比べるととても長い。それにしても、妖も暮らしにくくなったもんさ、だけど生きているからには時代に合わせていくことを妖も学んでいるんだ……こうやって人の様な街並みも、妖の森も林もある。ただ、妖になって浅い奴はそのあたりの理解とバランスが崩れてやっかいなのさ」そう言い立ち止った。
楓太も蒼の隣で立ち止り、目の前に広がる先程とは違う、町並みを見た。今までの住宅街と違い楓太が子供の頃、父親から見せてもらった昔の町並みだった。
腕時計は先程より1時間とちょっと、こちらの時間では午前3時くらいになろうとしていた。
町は静かだった。商店街が広がり、道路はアスファルトと土の部分がある。楓太の知っている道路は全てアスファルトだったが父に土だったと聞いたことを思い出した。今の住宅よりこじんまりしている様に感じる。
「昭和の町って感じだなぁ……」思わず呟いた。その颯太をみて蒼が話しはじめた。
「こいつはこの町を抜けている時に、若い男に騙されたらしい」蒼はそう言い、風に向かって再度確認をする。
「風、お前はここでその男に袋を取られたんだろう?店のやつを連れて来いって、ここのどこか覚えているか?」蒼に聞かれて風は首を傾げる。一生懸命思い出しているようだ。
そして申し訳なさそうに俺たちを見上げ
「ここ来た、でも思い出せない。風はここ、もっと歩く」そう言い、俺たちの手を引っ張る。
「風、大丈夫だよ。皆で探そうな」俺も声をかけ町を歩いた。
妖の町は本当に人間の町の様に様々なお店もある。こちらの時間は進むのが早いので、もう朝になってきた。空を見上げると、俺の知っている太陽よりくすんだ感じがする。
夜の間は気が付かなかったのだが、ドームの様な形の空なのだ。太陽はそのドームの外から当たっているみたいで何となくしかわからない、形もぼんやりとしている。
それにしてもテレビや写真でしか見たことのない古い町は面白い。もしかしたら江戸時代の様な町も残っているのではないかと思ってしまう。
明るくなってきたからか、先を行く蒼の姿がよく見える。
蒼は見た目は細く背が高い、獣の妖と言うだけあって俊敏な感じがして、服の下にはしっかりとした骨格や筋肉を感じる。蒼は黒髪で少しだけ長さのあるショートだ。
顔はオーナーの様に男前で細面の綺麗な顔、男に綺麗と言うのは適しているのかわからないけれど、男の俺から見ても綺麗だと思う。
鼻が細く高く、目は切れ長の二重。薄い唇なのだが形が良く話すたびに見える白い歯が美しい。表情が余りないのだが、時折笑う顔やドキっとする妖しく冷たい眼差しはどんな人でも釘付けにされて動けなくなりそうだ。
さっき俺に蒼は、昔は俺も……と妖になりたての頃の話をしてくれたが、それを聞いてあらためて蒼が妖なのだと思った。
怖いかと聞かれると答えは「わからない」だが、俺はオーナーを信じているし、目の前で風に向けている眼差しや、風が懐いている様子を見ていると、蒼はとても強くて優しい妖なのではと思う。
そう思って3人で風の記憶を頼りに、袋を取られ【おもいでや】の人間を連れて来いと言われた場所を探す。町は段々活気が出てきたようで人型の妖が行き交う。
普通の町と違うのは人型の妖達の間にも沢山の動物も共に歩いて話をしているのだ。外に置かれている箒までも妖なので口を利く。ついキョロキョロしていると蒼が近づき俺の耳元で囁いた。
「おい、キョロキョロしすぎるな!怪しまれるだろう!お前は【人間】だ。あと余計な話をここの奴に絶対するな、ばれないようにしろ。人間を嫌っている奴は昔からいるからな、後は何かしてやろうと思う、やらしいやつらもいる。しかも、今回は【おもいでや】の【人間】を連れて来いと言われているんだ。何があるかわからない。いいな」そうだ、ばれてはいけない。俺は黙って蒼に頷いた。
引き続き町を歩いていると足元に風よりも小さな女の子が泣きながら近づいてきた。
「ママ、ママー」泣いている。俺が声をかけようとしたら蒼が止めた。
「そいつはもう戻れない、さっき話していた神隠しにあった子供だ」
「なんで蒼さんはすぐわかったんですか?でもあの子泣いてますよ、どうにかできないんですか?」まだ、その子は泣いて俺の方を見ている。
「その子の影を見てみろ、もう人の形の影はないだろう」蒼に言われて地面を見るとその子の影が人の形ではなくなっている……
はっ!として蒼の方を見ると(わかっただろう)という顔で先に行こうとした。今頃気が付いたのだが蒼も風も影の形が違う、尻尾が見える。俺の影も周りがはっきりせず崩れている様で明らかにいつもと違う。
「お前はオーナーが細工してるだけだ、安心しろ」と言い捨て先に行く。それでも俺が前に進めずに女の子を見ていると
「楓太、こればかりは仕方ない。俺たちには何もできない。その子はもう戻れないんだ」
「でも、泣いていて放っておけないよ」
「大丈夫だ、どれだけの子供が神隠しにあってここにいると思う?そんな奴らで集まって生きたりする。上手くいくと、風じゃねえけど妖でも子供が好きな、物好きなやつが拾って世話をしてくれるさ。ほら、言ってる傍からだ、楓太見てみろよ」
蒼の言う方を見てみると、商店街の一つの店から小太りだけれど優しそうな顔のおばさんが出てきた。子供に声をかけ何かを食べさせ店に連れて行った。気にはなるけれど道に置いていくより安心できた。
蒼によると、獣や物から妖になっても、冷たく怖い妖だけでなく、親のような気持ちを持っているものや、優しい気持ちのものも沢山いるらしい。
随分歩いた、向こうを出て3時間こちらで言うと朝の9時。古い町と商店街を抜けると空き地があった。
「疲れただろう?少しだけ休もう」と空き地の端に座った。俺もその横に座る、風は元気に走り回り、その様子は子猫だった頃が想像できるようだ。
「蒼さん、本当に見つかるかな?風は思い出すかな?」ドームの様な空の色が昼に変わっていくのを眺めながら俺は聞いた。
「もう少しで何とかなるだろう、呼び出したやつも探して俺達を待ちうけているだろうし接触してくるはずさ」次に起こることがわかっているのか蒼の返事はとても冷静だった。
「そうか、向こうも探してますもんね」こう返事をしている間も蒼は周りを警戒している様だった、風が遊ぶ姿からも目を離していない。
「何を見ている?おれに言いたい事でもあるのか?」怪訝そうな顔をし俺を睨む。
「い、いやその蒼さんって何でも知ってるなぁって、周りも警戒してる感じで凄いなって……気になったならすみません!」と慌てて謝った。
「オーナー……爾に頼まれているからな」風を見ながら蒼が呟いた。
「あの、立ち入ったことを聞いてしまうかもしれないんですが、蒼さんとオーナーって長い知り合いなんですか?」ずっと気になっていたことを楓太は聞いた。
蒼は目線は風に合わせたままで話し始めた。
「オーナーは生まれる間から知っているさ。俺は如月の奴等とは300年前からの知り合いさ。町も何もない頃から……」
「さっ、300年!」
「その頃の俺は妖になったばかり、俺はもともと京都の山にいた獺さ。どうやって妖になったかなんてわからない。気が付けばこの状態さ。お前に言ったように獣の血が騒ぎ悪いことばかりしていた。そこで困った人間は退治をしようと爾の先祖に頼んだんだ」俺は蒼の話に引き込まれていく。
「蒼さんは、退治……されてないから今ここにいるんですよね?」
「ま、退治って殺されるだけではないからな、お前も知っているだろうけれど爾の家系は陰陽師だ。俺はあいつの先祖に調伏されたんだ。それから俺は如月家に逆らえないんだ」と笑う。
「調伏ってずっと?」
「一応見えない契約みたいなもんでな、でも力が俺の方が強い場合は正直どうとでもできる。だが俺は如月家の奴らを気に入ってしまったんだ、特に爾は最初に俺を調伏したやつに力も態度も良く似てる。俺は爾を気に入っているんだ」その話をする蒼は、昔を懐かしんでおり、オーナーを気に入っているという言葉も本当なのだと感じさせた。
「なんて言っていいのか、蒼さんとオーナーはそういう関係でありながらも、仲良しなんですね。あれ、言い方おかしいかな、信頼してるって言う感じ、そう長年の信頼関係です!」何と間抜けな表現なのだろう、答えていて恥ずかしくなる。
「お前、変なやつだな」蒼が珍しく声をあげて笑った。俺はその蒼の笑い声で、少し蒼の近くに寄れた気がした。
「さ、休憩と無駄話は終わりだ。一気に行くぞ、急ごう」俺と蒼は立ち上がり風を呼ぶ。
空き地を出て先程の町に出るのだが昼ご飯の匂いが漂っている。風は子供だ、お腹がすいてきたようで蒼を見る。仕方なさそうに蒼が目の前にあるパン屋の様な店で風に食べ物を買ってやる。
店の主人は俺にも勧めるので断るのに一苦労だった。
俺は人間だからここの食べ物を口にするなと言われている、口にすると戻ることが出来なくなるのだから。風は蒼に買ってもらった食べ物を食べ、ご機嫌に歩いている。風は子猫だったからか人になっても懐く様子がとても可愛い。
「風!お前は箕面に住んでいるんだろ?俺さ、子供の頃に箕面の山に遊びに行ったことがあるんだよ。今度さ、箕面の山にまた行くよ」
「楓太、来る?会える、嬉しい、蒼も来る?」
「俺は、知らねーよ」蒼はさらりと答えると
「蒼くる、棗様喜ぶ、楓太も来る、棗様喜ぶ」そう言い蒼の周りにまとわりついている。
恐らく、風の言う棗様というのは、風を拾って妖にした箕面の山に古くから住む妖狐なのだろう。いつまでも風が足元をグルグルとまとわりつくので蒼の方が降参したようで
「わかった、わかった、今度な」そう言い風の頭をまた撫でていた。
すると急に風が何かを思い出したかのように走り出したので俺たちも後に続いた。
「ここ、風は青い袋渡した」そこは町の端にある神社の境内だった。
「ここに来いと言われたのか?風」蒼は屈んで風の目線に合わせていた。
「忘れた、でもここ袋渡したところ」
「風、どんな人に渡したの?どんな妖に渡したの?」俺も屈んで風に聞く。すると風はニコリと笑って俺を指さし、そして言った。
「楓太に似てる、楓太みたいな人」俺みたいな人?どういう事だろう――人間なのか?
「おい、風!それは妖か?」蒼が聞き返す。
「わからない、でも颯太みたい。でも匂い人間じゃない。でも蒼と同じ匂いしない」
「妖になりかけているのか?でもそれだとしたら……いや、ただの人にはここの世界の事はわからないはず。誰かが裏で糸を引いているのか」風の話を聞いた蒼は独り言のように呟き神社を見回った。
風は境内の階段で座りお菓子を食べ続けているのでその間に俺も境内を見回ってみた。
鳥居の辺りまで一人で戻ってみると視界に青い袋を持った人型の妖が横切った気がした。
――えっ?あれはうちの青い袋?
思わず俺は袋が見えた方向に走り出していた。色んな妖が歩いている。たった今見たのだから近くにいるはずなのに見当たらない。気が付くと先程の町と似てはいるのだが違う!
――しまった!
蒼が言っていた事を思い出す。ここは路地ごとに空間が変わるという事を……俺は先程の神社に戻ろうと来た道を探すがわからない。
店も町も変わっている。角まで走って左右を見るが神社がない。
今、楓太のいる場所は右手にはうっそうとした林、左手には古い洋館が立ち並ぶ町並み。振り返るとさっきと似たような昭和な町。少ししか走っていないはずなのに見事に楓太は迷子になった。
「くそ、迷子ってシャレにならないよ。俺が神隠し状態じゃないか」自分に悪態をつくがどうしようもない。
――大丈夫、絶対なんとかなる。
蒼さんも気が付いてくれるはず。時計は1時、こちらは午後2時くらいだ。大丈夫、この間の思い出の川を流れるよりましだって!必死で俺は冷静になろうとしていた。
「下手に動きすぎても駄目だよな」そう呟き路地で立ち止った時だった
「ねえ、自分さぁ人間だろ?俺と同じだよな?」明るい男の声が背後から聞こえた。
「わぁっ!」大きな声をあげ振り返ると若い男が俺に声をかけてきた。
「ごめんな、驚かせて。君はここがどこかわかる?俺さぁ、何が何だかわかんないんだよ。変なとこばかりだし、化け物みたいなやつに追っかけられたりさ。帰れなくて夢でも見てるようでさ。マジ焦ってたらなんだか同じようなやつを見かけて思わず声かけちゃったんだ」見ると男は楓太と同じ年くらいに見えた。見た目も服装も似た感じで、人懐っこい笑顔で話を続けてくる。
「昨日、俺は友達とバーベキューに行っててさぁ、帰りに京都の山にドライブに行ったんだ。友達と車から降りて景色を眺めて少し山に入ったら急にこんな所に出てきてさ。戻れないし変なやつらに追っかけられるしでマジ疲れた。自分は?どこから来たんだよ?それと名前、名前だよなんて言うんだよ」
「え、俺?えっと……名前は櫟楓太。あの……仲間と神社に行ってたら何かわからないけど、君と同じでこんな状態、はは……」一人は心細かったのでこういう状態でも誰かと話せるのは嬉しい。
だがここは異世界、気は抜けない。妖も人も混ざっている。楓太は確信に触れる話は避けて目の前の男に話を合わせた。
「ふーん、とにかく一人で俺困ってたんだ。一緒に何とかここから出ようぜ」と馴れ馴れしくその男は楓太と歩き出す。
「あのさ、下手に歩いたらますます迷うと思うんだけど、俺は仲間とはぐれたわけだし……」楓太はその男に言う
「大丈夫だって、俺たちも探してるんだから向こうも探してるさ。1人より2人の方が心強いだろ」その男は強引に楓太を連れて歩き出す。
町はずれの薄暗い道を歩いていると、その男は自分の事をべらべらと話し出した。
――男は景山礼央と言い、専門学校生で仲間も多く毎週のように海や山で遊んでいることや、自分がどれだけ女の子に人気があるとか、こちらが聞いてもいないことまで止まらず話し続ける。
俺はこのタイプの人間が苦手だ。悪い人じゃないのかもしれないが、そんなに自分の事を押し付けられても困るし一体誰の視点で生きているのだろうと思う。馴れ馴れしさも度を超えていて不愉快だ。会話もチャラい、そのくせに端々で高圧的な感じが否めない。
早く帰りたいのに1人で何もわからず不安で困っていた、楓太に会えて本当に良かった、戻ったら一緒に遊ぼう――などと言ってくる。
それでも、本当に困っている人ならば蒼に相談して一緒に連れて帰ることになるだろうから、俺は当たり障りのない返事を続けていた。無駄だと思う世間話をしばらく聞いていたのだが、その中で俺は彼の1つの話を聞き逃さなかった。
――ここで売っている飯ってなんか不味いんだよな
えっ――この男はここの世界のものを食べたんだ!その瞬間、俺は焦った。
オーナーはここの物を普通の人間が食べたら戻れなくなるって言っていた。だから少し腹が減っても俺は何も口にしなかった。
それなのにこの男は食べたと言っている……
相手に気が付かれないように影を確認しようとするのだけれと、町はずれのこの道は薄暗く確認がしにくい。またこの男立つ場所は影が見えにくいポジションなのだ。
楓太の頭の中に嫌な予感が走った――
風は俺に似た男に袋を騙し取られたと言っていた、この男はタイミングよく現れ過ぎていないか?迷って妖達から怖い思いもしたというのに余裕すぎないか?なんで俺が人だとわかったんだ?この短い時間の間に沢山の事を思い返し、俺なりに答えをはじき出した。
――怪しい、出来すぎている。俺たちを呼びだし袋を騙し取った奴らに違いない
随分と時間が経った、オーナーは楓太たちを向こうの世界へ送ってから一言も口をきいていない。魔法陣と向こうの世界とつないだドアの前に座っている。
ユイは、何か自分にも出来ることはないかと考えるが全く見当が付かない。自分の力不足を歯がゆく思いながら見つめていると
「ユイ、白湯を淹れてくれないか」と振り返り声をかけてきた。
「はっ、はい。白湯ですね、すぐに用意します」不意な要求で驚いたが、何か少しでも役に立つのならばと嬉しくなってお湯を沸かしに行った。
こんな事しか出来ない――それでも自分を使ってもらう事がユイは嬉しかった。
「オーナー、お持ちしました。ここでいいですか?」ユイは魔法陣の外側にまで張る結界内に座る彼の傍に白湯を静かに置いた。
「すまない」白湯を淹れた湯呑を片手で持ち、ゆっくりと飲んだ。
「オーナー、楓太君たち今頃どうしてるんでしょうね、袋を取ったやつらに会えたかなぁ」ユイも彼と同じ方向を向いて呟く。
「そろそろ、何か動きがあってもおかしくないな。あいつらの事だから何も問題を起こさなければいいんだが、ま、蒼が付いてるから大丈夫だと思ってるけどな」
「蒼さんって、オーナーは昔からの知り合いなんですか?凄い信頼ですね、なんかいいなぁ、オーナーにそんなこと言ってもらえて羨ましい」
「羨ましい?おかしなことを言うやつだな、蒼は俺のじいさんの頃からの付き合いだ。俺を子供の頃から知っている。遊んでもらったこともある……懐かしいな」
「え!そんな昔からの付き合いだったんですか?オーナーを小さい頃から見てきてるってことですか?あんなに見た目が若いのに、さすが妖……何歳か想像できない」
ユイがそう答えて彼の方を向くと、クールなオーナーには珍しく昔を思い出しているような様子だった。瞬間とても無邪気な顔になる――見惚れていると、ユイの視線に気が付いたのか
「あいつらといると、調子が狂うな」フンと鼻を鳴らし、いつもの顔つきに戻った。
「ふふっ、早く無事に戻って来て欲しいですね」いつものように明るくユイは言う。
「ああ、本当だ。俺はここから動けないし、あいつらが戻ってくるまでは煙草もコーヒーも飲めねえ、ったく白湯だけじゃ飽きちまう」
「オーナーが煙草なしで6時間!確かに辛そう!あ、でも体に悪いから本当は禁煙して欲しいんですよ、私としては!」
「禁煙なんてする理由が俺にはない」
「もう!体に悪いとか昔から言われているでしょう!それでなくても量が多いんですから、オーナーは気を付けないとダメなんですよ」止める気なんて全くないオーナーに、ユイはしばらく煙草の害やコーヒーの過剰摂取について講義の様に話をしていた。
コーヒーなどの話の流れからなのか、ユイは思い出したように質問をする。
「あ!オーナー、さっき楓太君と聞こうとしてたんですけど……あまりの緊張で忘れてた話。どうして、人間は向こうの世界の物を食べたらダメなんですか?戻れなくなっちゃうんですか?妖達は大丈夫なんでしょう?蒼さんや風ちゃんは、こちらの食事をしても問題ないみたいなのに不思議で……」
「あぁ、俺達は【こちら側にいる人間】は向こうの世界の食べ物は食べてはいけない。食べるとこちらの世界には戻れなくなる、あちらの世界の住人になるんだ。つまり……」
「戻れず、妖になってしまうという事ですか……?」再確認するようにユイは聞き返す。
「ユイ!お前は黄泉戸喫を知っているか?古事記を読んだことがあるか?」
「黄泉戸喫?古事記ですか?古事記なら簡単に訳されているのなら読んだことはあります、ええと国生みや、国造りの話ですよね。沢山の神様の話も出てきて……伊邪那岐命と伊邪那美命とか、天照大神とか。でも、子供の頃に読んだくらいだから何となくの記憶ですが」曖昧な記憶を思い出しながら正直に答えた。
「そうだ、今お前が言ったように伊邪那岐命と伊邪那美命の話を思い出してみろ。伊邪那岐が子を産んで亡くなった伊邪那美に会いたくて黄泉の国に行くだろう?何故、伊邪那美は黄泉の国から戻れなかったか覚えているか?」
「ええと……確か伊邪那美がすでに黄泉の国の物を食べていたからです。あ!じゃあ今回の話もこれと同じという事ですか?」
「そうだ、向こうの物を食べて伊邪那美は戻れなくなる。黄泉の国の物を食べただろう?それが黄泉戸喫だ。それをこちらの世界とあちらの世界は繋がっているが理は全く違う。妖達と寿命からして違うだろう?あいつらはこちらの物を食おうがどうってことが無いが、俺達人間は無理だな。まさに伊邪那美命と伊邪那岐命の話の様だ」
「そうなんですね……まだまだ勉強しなくちゃわからないことばかりだぁ。楓太君お腹空かしてないかなぁ、すすめられて断り切れずに食べちゃってたら!なんか心配になってきた」
「そうなったら、そうなった時だ。運が悪かったか、あいつがバカかだな」オーナーが笑う。
「そんな、笑ってますけど強引にされたら押し切られそうな楓太君やもん、マジ心配になってきた」思わずユイの関西弁、本音モードになってしまっていたようだ。魔法陣とあちらと繋がるドアに向かって祈るように立つユイに向かって彼は囁いた。
「楓太は大丈夫だ」
「えっ?」今までも頼りになるオーナーとして、優しい言葉は聞いたことはある。
でも今ユイに囁いた彼の声やトーンは初めてのものだった。優しくても違う、もっとあたたかい。驚いて見つめ返した――いつものユイなら、照れ隠しで先程の彼の優しい言葉にツッコミを入れる所だが、何故か今回は彼の優しい言葉を自分の中だけのものにしたくて黙っていた。それに気づいたのか気づかないのかユイを一瞥した後
「蒼がついているから大丈夫だろう」ぶっきらぼうだけれど、いつもの頼れるオーナーのものに戻っていた。
そしてユイ達は再びでドアの向こうの3人の帰りを祈る様に待った。
蒼は楓太と風を神社の境内付近に残し、風から青い袋を騙し取ったという男を探していた。しかもその男は風に【おもいでや】の人間も連れて来いと言っていた。
目的が今の段階ではわからないけれど、ピンポイントで【おもいでや】と言うのだから相手の狙いを定めなければいけないなと蒼は思っていた。
風がその男と出会った神社は、人と妖の世界が繋がるルートを持つ場所で、人がこちらの世界に良く迷い込む神社の1つだった。
広くて山の中に溶け込むような佇まいの神社で、古くから人にも妖にも知られている。山の新鮮な空気と神社の清々しい【気】によるものなのか、心も体もピンとして癒されていくようで、いかにも現代の人間が好みそうだと蒼は思った。
――大体、最近はパワースポットに行けだとか、良い気・エネルギーにあたりましょうなんてわかんねぇこと言うから、何も知りもしない人間が馬鹿みたいにこっちの世界に迷い込むんじゃねえか!
それにしてもいつからだろう……妖の俺が、人と妖の両方の立場が分かるようになったのは。蒼は神社を歩きながら思い返していた。
以前の蒼は自分たちの暮らしが変わることが許せなかった。人が勝手に自然を自分のものにして破壊をしていくからだ。人里に近かったからか、蒼たちの山も短い時間で変わっていった。自然も動物も妖も何も出来ずに死んで減っていったのだから……
若かった蒼や他の妖達は自然を破壊したことは無いが、破壊する人達をを許せずに害を与えることも少なくなかった。
そんな中で蒼は、オーナーの如月爾の先祖と出会い、数百年と言う時代の流れで様々な事を学び、人との違いや立場が分かるようになってきたのだ。
――如月家のやつらは面白い、陰陽師と調伏された妖と言う関係にも関わらず、あいつらは俺を友達のように接してくれ、若かった俺にも色んなことを教えてくれた。そんな人間がいることが信じられなかったものだ、代が変わっても如月家のやつらは変わらずに接してくれた。
調伏されたとは言え、俺の力がその時の如月家の陰陽師を超えていたら言う事を聞く必要もなくなるのだが、現在の如月爾【おもいでや】のオーナーは陰陽師としての力もさることながら、人としても面白いやつなのだ。そうでもなければこんな面倒な頼みごとを聞く訳ない。
その如月家との付き合いのおかげか、最近は人に対しても昔ほど嫌悪感も絶望感も無くなった。もしかしたら如月家の様な人間が他にもいるのではないかと思えたからだ。
きっと他にもいるというのなら、自然破壊にしても何か違う形で答えを出すことができるかもしれないと思うようになったのだ。妖よりも寿命が短く学ぶ時間も短い人間だが、心は繋ぐことができる。
人間たちが人生と呼ぶ道の中で、現在の自然破壊などは次のより良い生活への過程なのではないか、現に今の癒しブームや癒しスポット巡りと呼ばれるのも、その過程なのではないか?
いくら人間が繁栄して進歩しても、自然が無いと生きられない。どこかで自然を求めるという事は生き物として逆らう事の出来ない性なのかもしれない……だとすれば人間達が気が付き自然との共存をもう1度見直し、新しい形を作る可能性がある、自然が増えれば妖も住みやすくなる。蒼は次第にそう思えるようになって以前のように悲観的ではなくなったのだ。
人と妖の橋渡しが出来ればいいと、長い年月の間に、蒼は如月家と付き合って思うようになったのだ。
――ちぇっ、何を思い出しているんだか。
こんな事を思い出したのも、あいつと出会ったからだぜ……蒼は自分に笑ってしまう。
櫟楓太――若いころのオーナー、如月爾に出会った時の様な感じのするやつだ、柄にもなく蒼は嬉しく思ったのだった。
蒼が神社から神社の裏手まで不審なものが無いか、風から青い袋を取ったやつや、何らかの形跡がないか調べて風のいる場所に戻ってきた。
「風、待たせたな」蒼は、本殿の前の階段に腰を掛け、買ってもらったおやつを食べながら遊んでいる風に声をかける。風は蒼を見ると嬉しそうに走ってくる。
駆け寄ってくる風の頭をくしゃくしゃと撫でると、猫の妖の風は喉を鳴らす子猫の様に気持ちよさそうに蒼に懐く。
蒼は楓太の姿を探し神社の境内や本殿の付近に目をやるが見当たらない。風を連れて本殿の辺りまでもう一度戻ってみるが、楓太の姿は見えない。
――嫌な予感がする。
蒼は風の目線に合わすように、屈んで尋ねる。
「風、楓太はどこに行った?お前はどのくらいここで1人で遊んでいた?」
「楓太は、あ!って言ってあっちに走って行った!蒼があっち行ってすぐに楓太もあっち行った」風は鳥居の方を指さした。
「鳥居……風、楓太は鳥居をくぐって出ていったのか?」
「うん、鳥居。赤い所出てあっちに走って行った」
「あっちって鳥居を出て右に行ったのか」
――1人にしなければ良かったのか。
今さら言っても仕方がない、蒼は風の手を引き鳥居まで行く。鳥居をくぐり前の道を左右確認をするが当然ながら、楓太の姿はない。蒼は風を連れて右手の方に進んでいった。
右に進んで次の角を見ると古い港町と海が見える、空間がどんどん変化していくのだから当然なのだが、時間が経てばたつほど楓太を探すのに手間がかかる。妖はこの世界にいても問題はないが、楓太は人間だ。長くいれば人ではなくなる――
タイムリミットが迫ってくる。
もう少し進んで今度は左の角を見る、忙しそうに働いている人間たちが見えるが楓太の匂いも形跡もない。
――ここも違うな、こうしていても埒が明かねえ
蒼は胸のポケットから白い紙を2枚取り出し、それぞれに指で何かを書き始めた、書き終わると2つに折り手の平に挟み呪文を唱え、最後に手の平の紙に「ふっ」と息を吹きかける。するとその紙は意思を持ったように飛び立ちどこかへ消えた。
「風、いいか?絶対に俺から離れるな。楓太を探して必ずお前を連れて帰ってやるからな……棗様の所へ」そう言って風の頭に手をやる。
風はしっかりと蒼の言葉にうなずき手を握り返した。握った手を確認した蒼は立ち止り意識を集中し始めたのだった。
楓太は人間なので妖と発するエネルギーの種類が違う、そのエネルギーの違いを感じ取り、その痕跡を追えば楓太を探し出すことができるはずだと蒼は考えた。
今回、楓太はこちらの世界に術を使い人間である事を隠し入っている、パッと見たくらいでは、その辺りにいる妖達ではエネルギーの違いを見分けることができないだろう。
だが、300年は生きている蒼くらいの妖にもなると、かなりの妖力も術も使えるようになる。つまりエネルギーを見分けて追う事は少し集中すると出来る。
蒼は意識をどんどん集中する、目を瞑り額の中央辺りで世界を見る感じだ。蒼の頭の中に沢山のエネルギーが流れ込んでくる。
それはその空間にいる妖達のエネルギーで、それぞれに色を持ちぼんやりとし丸い輪郭で動いている。さらに意識を集中すると沢山あったエネルギーがよりクリアな色で形も綺麗な球形に変わってくる。
蒼はそのエネルギーを判別しながら鼻もクンクンとさせている。蒼は特に嗅覚が鋭い、意識を集中しているのでいつもよりもさらに鋭くなっている。
――いい調子だ、後は爾……急いでくれ
蒼が集中しながらオーナー如月爾を思い浮かべた時、何かが凄いスピードで飛んでくるのがわかった。それはビュンビュンと音を立てて近づく。
シュパッ ――蒼は目を瞑っているが右手で飛んできたものを手の平で受けた。
飛んできたものは光の矢の様で白い紙が結ばれていたが、不思議なことに受け止めた蒼の手の平には刺さっておらず怪我もしていない、そしてその矢は瞬時に蒼の手の平で消えた。
蒼が受けた矢は、オーナが文をつけ放ったものだった。
今回は攻撃をする矢ではなく、とある術を使っているものなので傷を受けずに蒼の中に入り込み、意識へと文とイメージが流れ込むというものだ。
その文の内容は、蒼が先程飛ばした白い紙の返答だった。楓太をこちらの世界に送るために術を使ったのがオーナー如月爾、つまり彼なら楓太のエネルギーの形も色も知っている、時間をかければ蒼でも探すことができるのだが、楓太がこちらにいれるタイムリミットが迫っているとなれば聞くのが早い。
そして返答はエネルギーの色は輝くほどののエメラルドグリーン、形は球ではなく楕円形と言うものだった。
――これか……見つけたぞ楓太!爾、ありがとうよ
にやりと口元から白い歯を見せて、そっと呟き、ゆっくりと目を開けた。そして不安そうに見つめる風に向かって安心させるように
「風、楓太を見つけたぞ!大丈夫だもう少しだからな」と優しく声をかけて、見つけた颯太のエネルギーの痕跡を2人で追っていった。