変人『野分鏡花』の処世術
思いつきと勢いで書きました。
後書きはネタバレがあるので、本編からお読みください。
僕の敬愛する先輩は変わった人だ。
「キミは『シュミレーティッドリアリティー』というのを知っているかい? 簡単に言えば、この世界がマンガやゲームみたいなフィクションの世界なんじゃないかって本気で思ってる頭のおかしい奴のことさ。この私、『野分鏡花』みたいにね」
初対面で、開口一番がこれだった。
あまりに馴れ馴れしくて、しかも堂々と脈絡のないことを言われて、思わず僕が忘れているだけで彼女が僕と前からの知人だったのではないかと錯覚するような、そんな印象的な邂逅だった。
「この世界には筋書きがあり、神様だか作者だかが描いたそれを辿るように私達は生きている。運命論の極端な解釈の一つさね。それに従って考えれば、キミが偶然にも屋上に来て私を見つけたこともまた運命だと言える。だからこれは何よりも優先されるべき神様の意向かもしれないのだよ後輩君。だから、頼むから先生にチクるとかってつまらない展開はやめておくれよ。神のクソ野郎の怒りに触れるのも癪だし、なにより私はここが好きなんだ。キミの身の安全のためにも、ここで私と神様に従っておくのが利口だと思うよ?」
すごい言い分だったけど……要するに、立ち入り禁止の屋上を勝手に使ってたことへの言い訳だった。
まあ、僕も屋上に出られるのかどうかが何となく気になって、来てみたら本当に出れちゃっただけだから別に先生に言いつけるとかって気はなかったけど、この先輩には興味を持ったから、僕はよく屋上に来て、ここを無断使用している先輩と話すようになった。
「おや、昨日ぶりだね? もしやキミも『シュミレーティッドリアリティー』を患っていて、私に運命でも感じたのかい? それとも、まさか私に一目惚れでもしたかね? もしそうだとしたらやめた方がいい。こんな変なやつと恋愛なんてしようものなら、キミは周りから好奇と憐みの目で見られることになる」
先輩は変な人だ。
そして、彼女自身がそれを自覚してる。
「ん? 私自身が好奇と憐みの視線を向けられることについてかい? まあ確かに、何も感じないというわけではない。しかし私は思うのだよ、変人であることを怖れていては、世界に必要とされるような主要登場人物にはなれない。いや、キミの感覚に合わせてもっと普通に言えば歴史に名を残すような人物は大抵変人なのだよ後輩君。歴史の偉人というのは、要するに過去という創作世界の主要登場人物だ。私はそういう人たちに憧れていて、私が私として生きるために自ら変人であることを課しているし、許容している。だから、覚悟の上で皆の視線を浴びているんだ。まあ、流石に常にというのはキツいからこうやって屋上に来ているわけだがね」
先輩は変な人だ。
放課後、屋上に行くとよく本を読んでいるけど、それについての感想も変だ。
「ん? この絵本かい? これはかの有名な作家エドワード・ゴーリーの代表作さね。知らないのかい? AからZまで、子供たちが死んで行くお話さ。私はこれを読むといつも、胸の中がポカポカと温かくなって、とっても優しい気分になれるのだよ」
試しに読んでみると、とてもそんな気分にはなれなかった。
ある日の先輩は、今にも泣きだしそうな顔で読み終えた本について教えてくれた。
「ああ、これかい? これは今話題の携帯小説の書籍化したやつさね。ネタバレになっちゃうけど、内容は主人公が異世界に転生してチート能力を使いまくるって……ん? 泣き所? そんなもん、ありはしないんだけどね。強いて言うなら、せっかく死ねたのに勝手に第二の人生とかやらされる主人公が可哀そうでしょうがないかもねえ」
先輩は変な人だ。
普段の学校生活でも、変な人らしい。
たとえば、実は合法的に使用できる屋上をわざわざ無断使用していたりする。
「あ、そういえば今日は生徒会の会議だったかもねえ。ま、元々行くつもりなんてないんだけど。え? 私かい? 私の役職は生徒会の会計さね。サボってていいのかって? 構わないよ、私にはここで時間を潰すっていう大事な仕事があるからね。どうせ生徒会のデスクワークなんて『今日は生徒会の仕事があるからあいつは欠席だ』みたいな感じで省略されるだけなんだから。どうせ、私がいようがいまいが関係なく辻褄が合うんだよ。実証済みさね」
先輩は変な人だ。
自分でも自覚のある変人だ。
でもそれを、悪いこととは思ってないらしい。
「みんな変人だの普通人だのというけど、普通であることがマトモだなんて誰が決めたかねえ。よく考えてもごらんよ。普通というのが他の大多数と同じだということなら、普通人というのは全くの同一規格の人間である必要があるだろう? そうでなくとも、個性も何もない、いくらでも替わりの利くような人間ばかりが世に満ちているとか、気持ち悪いと思わないかい? それこそ狂気の極みだと私は思うよ。そんな、自分を自分だと定義できるもののない世界で、自分がいなくてもすぐに何一つ問題なく変わりが補充されるとしたら、私は自我を保てる気がせんのよ。たとえそれがこの世界の住人のあるべき姿だとしても、そんな存在になるくらいだったら世界でたった一人の変人でいた方がずっといい。大袈裟な話じゃない。私は他人のやらないようなことをやって、自分が代役の利かない存在だと認識することで自分の価値と自我を保っているのさ。小学生が目立ちたくて突飛なことをするのが、ちょっと大きくなっても続いてるだけさね。ま、私はいつまでたっても大人になるつもりなんざこれっぽちもないけどね」
先輩は変な人だ。
もしかしたら、その先輩に興味を持ってる僕も変人なのかもしれない。
「馬鹿言うんじゃないよ。自分と違うものに興味を惹かれるのは当然のことさね。常識とかを大事にしてるやつは変なのを見ると見てないふりをして触れないように避けるけど、結局それを避けるには見てないといけない。キミは他に人がいない場所でしか私と会わないけど、他の場所なら知らんぷりするだろう? それは普通のやつが周りから避けられる存在になるのを防ぐための当然の反応なんだよ。下手に近付きすぎれば『こっち側』へ引きずり込まれるからねえ。でもまあ……キミが本当に『こっち側』へ来たいというのなら、私はそれを止めはしないよ。いや、むしろそっちの方がキミにとっていいかもしれない。割り切ってしまえば、案外『こっち側』の方が生きやすいかもしれないよ?」
先輩は変な人だ。
ある日、彼女は体中包帯まみれで屋上で寝ていた。
「やあ、どうしたんだミイラでも見たような顔をして。ああ、この包帯かい? ちょっと妹と喧嘩してねえ。ああ、そうだ。私には『野分鏡子』という可愛い妹がいるよ。どうしたんだい? こんな変で自由奔放なやつが一人っ子でないことがそんなに驚きかい? 言っておくけど、私は変人であることを自覚しててちょっと誇ってすらいるんだけど、それでもキミの反応で傷つかないわけじゃないんだよ。時々キミに隠れてちょっと泣いてるんだよ、嘘だけどね」
先輩は変な人だ。
彼女の家族にも、変な人がいるらしい。
「ん? うちの妹が気になるかい? 姉をそんなボコる妹がいるかってかい? 安心しなよ、この包帯も嘘さ。妹がいるのとケンカしたのは本当だけどね。実はうちの妹は殺人鬼でメチャクチャ強いんだ。運が悪いと実際にこのくらいの包帯が必要になるから、今回は無傷で済んだけど習慣というか願掛け的に包帯してたんだよ。こうしておけば、しばらくは妹は反省モードになって大人しいから……おいおい、マジに受け取るなよ。妹が殺人鬼とかジョークに決まってるだろう? 本当にそうだったら、普通に考えてこんな軽々しく口外するわけないだろう。ただ、怒ると殺人鬼みたいに恐いって比喩だよ」
先輩は変な人だ。
でも、彼女なりの哲学をもっている。
「ん? 『普通に考えて』とか言っても、私は普通じゃないって? そりゃそうだ、だけど、普通の奴だって嘘くらい吐くだろ? 結局のところ、何が嘘で何が本当かなんて口先だけじゃわかんないんだよ。私に妹がいるかどうかも、いたとして本当に殺人鬼なのかそうじゃないのかも、もしかしたらキミが実は普通人を装った殺人鬼だなんて展開もあるかもねえ。ま、その場合は私が殺されて妹が復讐する展開とかになるかもしれないから伏線を張っておくとするよ。うちの妹はとにかくヤバいから関わり合うようなことにならないように注意するといい。これはフリじゃないよ?」
先輩は変な人だ。
でも、悪人じゃない。
「ケンカの原因かい? 簡単さ、ちょっとスキンシップに失敗したんだよ。実は私は妹のことが大好きでねえ、よく思うんだよ『弟じゃなくて妹で本当に良かった』とねえ。いや? 別に弟だったら嫌いになってたわけじゃないさ。むしろ逆さ、もし弟だったら私は生物として致命的な間違いを起こしていたに違いない。そしたら今頃、警察のお世話になっていただろうね。だけど妹なら間違ってもそんなことにはならない。風呂を覗こうがおやすみのベロちゅーをしようが全て合法さね。まあ、うちの可愛い妹は照れ屋だから昨日はそれでちょっと怒られたんだけどねえ。全く、ちょっと眼球舐めたくらいで、本当にシャイな子だよ」
先輩は変な人だ。
でも、面白い人だ。
「何をしてるのかって? 見てわからないのかい、人生ゲームだよ。え? 一人きりでやるものじゃないって? 人生嘗めんなよ、人生ってのは一人きりだろうと生きなきゃいけない時があんのさね。人類が自分以外全部滅ぼうが、全く知らない国に漂流しようが、世界がゾンビに溢れようが、私は意地でも生き抜くつもりさ。だからこうして、一人で人生ゲームをやってそのシュミレーションをしてるんだ。今は丁度家を建てたところさね。だがまあ……たまには他人との競争のシュミレーションも悪くないかもねえ。見てるだけじゃつまらないだろうし、今からでも参加するかい? 途中からかって? 後輩君、人生とは不平等なものだよ。このくらいのハンデ、楽しみながら生きていく気概を鍛えてあげようと言うんだ、感謝してくれていい。何さその顔は? 勘違いするんじゃないよ、別にゲームに勝ちたくて有利な状況を作ってるわけじゃない。本当さ」
先輩は変な人だ。
でも……
「んー……キミは最近毎日ここに来るねえ。そろそろ寒い時期だし、ここに来るのはやめた方がいいんじゃないかい? 私かい? そうさね、キミが来なくなった日の翌日から場所を移すとするかねえ。ん? それだとまるで自分と会うために屋上で待っててくれたみたいじゃないかって? 何だい、待たれてないとでも思ってたのかい? 私はてっきり、キミと私の間には放課後ここで会うって暗黙の了解があると思ってたんだけど、今口に出したから暗黙の了解なんかじゃなくなっちゃたじゃないかい。どうしてくれるんだい? ああそうだよ、こういうはっきりとした言葉での約束もなしに男女が待ち合わせするって展開はちょっと青春っぽいから面白いと思ってたのに、キミが雰囲気ぶち壊したんだよ。そういうのは、何も言わずに通じ合うのが王道だと思ったのにさ。何かね、それは私がキミに惚れたってことかって? なんでそうなるんだい? 私はただ、キミにチャンスをあげようとしただけさね。キミが、ちょっとでもラブコメっぽい経験をして登場人物としてのレベルが上がるようにね。何のために……かい? そうだねえ、強いて言うなら、私の奇行を逃げずに観測してくれるキミへのちょっとした恩返しと、私自身のためだねえ」
先輩は、やっぱり変な人だ。
でも……僕は、そんな彼女が嫌いじゃない。
「実を言えば、私が変なことをしてるのは人前だけなんだよ。私一人だけの時にやっても、あんまり意味がないからねえ。でも、厄介なことに普通の観測者は変なやつから離れて行こうとしたり奇行を止めようとしてくるんだ。キミみたいに、何もせず興味本位でも詳しく私の変な部分を観測してくれるユニットはあんまりないんだよ。ま、要するに私の全てをありのままに受け入れてくれるキミを気に入ったってわけさ。もしよければ、キミはこのまま私のことを見続けていてほしい。もっと欲を言えば、キミ自身も少し個性を持って『こっち側』に来てほしいんだ。何せ、一人より二人以上の方が互いを観測できて安定性が段違いに増すからねえ。一応うちの妹も『こっち側』なんだけど、いかんせんあの子は性質的に絡みが多すぎると命に関わるからねえ……いや、『こっち側』の話さ。もし『こっち側』に来てくれたら、全てを話してあげてもいい。今は何の話かわからないだろうけど、今の君は話せないんだ。世の中には知らない方が幸せに生きられることもたくさんある」
先輩は変な人だ。
喋り方も、趣味も、話すことも、何もかも変な人だ。
そして、自分でそれをわかってて……きっと、それが寂しい人なんだ。
だからきっと、理解者を求めてる。
『こっち側』とかはよくわからないけど、きっとそれは彼女の周りの世界の話。
自分の変なところを受け入れて……自分のさらけ出した全部を受け入れてくれる人を探してる。そして、その相手にも同じように自分の隠してる部分まで見せてくれる、そういう人を求めてる。
僕は先輩に『明日も来ます』と宣言して、暗くなり始めた空の下、家路についた。
いつもは自転車に乗りながら帰るけど、今日は考え事をしたかったから、自転車を押して歩いてゆっくり帰ることにした。
もし先輩が理解者として僕を求めてくれているとしたら……それは、いわゆる恋愛対象とかって感情になりえるのだろうか?
もしかしたら変人を自負する彼女はそこら辺に関しても特殊な性癖とかを持ってたりするかもしれない、妹へのスキンシップの話とかもあれだったし……いや、だけど変なことをするのは人前だけで、意識してやってるみたいな節もあるから、ちょっと油断したところで普通な顔も見せてくれるかもしれない……
そんなことを考えていると、目の前に女の子が立っていることにふと気付いた。
僕は反射的に会釈して、道の端に寄りながら通り過ぎようとして……一瞬だけ見えた女の子の顔が、先輩に似てる気がしたのに気付いた。
先輩のことを考えてたからかもしれないけど、年も何歳か違いそうな女の子にイメージがかぶるのは不思議な気がした。
確認のためにちょっとだけ振り返って、名前を口に出してみると……
「もしかしてキミ、野分きょ……ヒュ、ヒュ?」
何故だか、途中で声がうまく出なくなった。
その代わりに下手な笛みたいな音が、口じゃなくて喉の辺りから出てる。
それになんだか、首から漏れ出した温かい液体が空気に当たって冷えた皮膚を温めながら流れ落ちて行く。
急に頭に血が行かなくったみたいに、意識が朦朧としはじめて、世界が揺れる。
そうして、わけも分からず倒れた僕の見た女の子の右手には、赤く濡れたカッターナイフ。左手には携帯を持っていて、その向こうの相手と話していた。
「お姉ちゃん、鏡子だよー。またやっちゃった、片付け手伝ってくれない?」
「おお、死んでしまうとは情けない……なんてね。だから『こっち側』に早く来るように何回も言ったのさ。この子の名前……なんだったかねえ?」
妹からの電話で現場かけつけた私こと『野分鏡花』は、そこで死んでた『後輩君』を見て嘆息したよ。
タイミングと場所でもしかしたらとは思ったけど、やっぱり思ったとおりだったねえ。
「妹とは関わりを持たないようにって言ったのに……ま、流石に名前を知ってた程度で『接点』が完成して即死は運が悪過ぎたね。確かに『明日も来る』とかって死亡フラグがあったし、私と関わったことで伏線補正があったとしても……ホント、運が悪い」
『運が悪い』……うちの妹の凶刃に引っかかった後輩君については、この一言に限るだろうねえ。
だって、偶然自転車に乗らずに歩いて帰ってた時に、偶然殺人鬼である私の妹に遭遇して、しかも私と似てるのに気付いたからだろうけど興味を示して、それが妹の殺意の網に引っ掛かった。
もし彼が『こっち側』の人物だったら、きっと自転車に乗っていて逃げきれたか、興味を示しても殺意の網をすり抜けて妹と仲良くなれただろうに。
「ま、これもクソったれな運命とか神様のせいだから……しょうがないことさね、後輩君。いや、名もない『モブキャラ』君」
そう、これは運が悪くて、神様とか運命とかが悪くて、何より……彼が、世界に対する価値の低い『モブキャラ』だったから起きた出来事さね。
何故なら……
私のいるこの世界は、実は小説の世界なのだからね。
この世界は、物語の中にある世界。
それも大方、『表面的にはごく普通の現代社会』という枠組みの世界観で、しかもネット小説の二次創作とかで多いクロスオーバーみたいなものが発生しやすい世界なのさ。
そして、うちの妹の役柄が『殺人鬼』であって通り魔的に殺人を犯しても何故か捕まらないみたいに妙な運命補正みたいなものがあって、それに隠れて裏では結構いろんな闇が暗躍しているのさ。
テロ組織は核兵器を割と簡単に入手するし、ウイルス兵器も割と頻繁に盗み出される。現代まで生き残ってる魔法使いと異世界からの侵略者がドンパチやるのも割と珍しくないし、数多くの一般人が何も知らないままそれらの事件に巻き込まれて惨劇の小道具として舞台から下される。ここは、そういうグロや残酷系の少し大人向けのマンガで描かれるような物語が集まる世界さね。
この世界で生き残れるのは……代用の難しい個性を持った、普通とは大きく違う登場人物だけ……いわば、『主要登場人物』であって、少なくともそれに近い振る舞いをする『変人』である方が格段に生存率が高いのさ。
もちろん、ただ変なことをすればいいというわけでもないけれど、ある程度の法則に従えば後輩君みたいに誰かの物語の巻き添えでわけもわからないまま即死という事態はかなり防げるよ。
たとえば死んだらテレビに出るような誰にでも名前を知られる有名人は死に辛くなっているけど、初対面の相手に名前を名乗るだけでもかなり生存率は上がる。
ある意味変なやつではあるけれど、変質者とか性犯罪者とかって小物っぽいのは『モブキャラ』ではなくても、うちの妹や、他にも夜の街なんかを歩くとよく見かける裸の女性っぽい超生物やら怪異やら、私が『地雷』と呼んでいる部類の存在に引っ掛かって無残な最期を遂げる場合が多いから、そういう方面の変なことは避けた方がいい。きっとそういう小物が生き残っても読者受けがよくないんだろうねえ。
あと、学校の屋上を無断使用してるだけでも結構生存率は稼げるんだけど、確実じゃない。現に、私を見に来てただけだった後輩君は割と頻繁に屋上に来てても死んでるしね。
私はそんな感じで法則性を探って、自分が生き残るための方法を模索しながら生きているのさ。
この隠れた真理を知るのは、この世界の中には多分私以外にそう多くはいない。
大抵の一般人はそういうのに関わったらすぐに死ぬか、運が極端に良くても関わった事件の後処理として記憶を消されたりするから。どうやら、全体的にこの世界に関わる物語は表の社会に裏側の存在が知られるのを防ぐ傾向が強いせいか、大抵は騒ぎになる前に隠蔽されるし、そこにそういうものがあっても認識されないようにご都合主義な結界とかっていうのが設定されている場合もあるんだよ。いや、そもそもこの世界全体に異常が異常と認識されないようなフィルターがかかっているのかもねえ。
そんな中で私は、その認識妨害を排除して客観的に世界を観測できる『舞台裏を知る能力』の持ち主なのさ。
ふふ、厨二臭いだろう?
私だって、これを認識できるようになったのは、偶然が重なった結果だよ。
私自身は、元々なんの役柄もない『モブキャラ』だったんだよ。でも、何の因果か妹が『殺人鬼』という役柄を世界から与えられて、私のすぐ側で物語が展開されるようになった。そうなってから、私は妹の周りで起こることに違和感を持つようになって、世界の裏側を認識できるようになったんだよ。ま、私が妹を異常に気付くほど見続けた、愛の力とも言えるかもしれないけどねえ。
私が気付いたのは、言わば偶然とかでは説明できないような確率の偏りというか、運命の強制力みたいなもの……この世界には、ご都合主義な『辻褄合わせ』が発生するのさ。
世界観はあくまで表面的には普通の世界だからねえ、私が生徒会の仕事をしなくても学校の運営に問題は出ないし、殺人鬼が夜な夜な徘徊してても噂話以上の恐慌とかパニックにはならない。妹はそれほど計画性とかはないけど現場を目撃されることはないし、こうやって死体を手慣れた感じで処分するだけで警察は証拠を見逃して『プロの犯行で、犯人に繋がる手がかりなし』ってなるんだよ。
おかしいだろう?
私は、それまで自分がこれに気付かなかったことが一番おかしかったけどねえ。
ま、それは『世界がおかしい』っていうのを認識しただけだったのだけれど、私は幸運か不幸か、近くに無差別殺人鬼の妹がいたから、もっと踏み込んだ生存率の法則に気付いたんだ。
妹は本当に気分で選り好みすることなく殺すタイプの殺人鬼なのだけれど、というかそういう役柄なんだけど、こうやってそれに気付いて世界の違和感を探るために片づけとかを手伝ってたら気付いたんだ。死にやすいのは、個性の薄い『普通人』、妹の気分だけじゃなくいろんな偶然とか奇跡も含めて生き残れるのは強い個性のある『主要登場人物』ばかり。いわゆる主人候補生みたいなものかねえ。まあ、物語上はそれでも一部は死ぬんだけど、没個性よりはずっと生存率が高いってわかったんだよ。少なくとも、妹みたいな『物語』の重要人物と関わる人間に関してはね。
私は割と頑張って法則を探って、より生き残りやすいキャラを作ったのさ。その結果が後輩君に見せたような老獪で、偏屈で、思わせぶりな発言ばかりしてなかなか伏線を回収しない変人キャラだよ。本当は異能とかも隠し持ってたいけど、そっちの異常性が高い方の世界に関わると今の私のキャラじゃまだ危険だからねえ。
「そういえば、『身近な人が珍しい死に方をしている』っていうのは結構生存率上がる要素だったねえ。せっかくだし、ちょっと失礼するよ?」
後輩君のご遺体から生徒手帳を拝借して、中を確認。
「ふーん、『茂武英一』? また随分と手抜きな名前だったんだねえキミは。そりゃ死んじゃうわけさね。まあだけど、『以前よく話した行方不明の後輩英一君』くらいには認識して、利用させてもらうとするかねえ。お喜びよ、キミは私の設定の一部としてこの世界に残るんだ。もう回想シーンくらいにしか出番はないだろうけど、その時にはせいぜい美化してあげるから」
ま、キミがいなくなっても学校や町は何一つ支障ないように辻褄合わせされちゃうんだろうけど、誰にも憶えられてないよりましだろう?
『モブキャラ』は辻褄合わせのために知らない内にいくらでも補充されるから、キミもまたこの世界のどこかに『モブキャラ』として使い回されて生まれ変わって出てくる予定だったかもしれないけど、私が名前を押さえたからもう全く同じ登場人物にはならない。今度こそは、もうちょっとキラキラした名前に生まれ変わって、生き残れるといいねえ。
「キミには『登場人物側』に来るチャンスを与えたし妹と関わらないように警告もした。それでも死んだのは本当にただの不幸だ。悪いとは思わないよ。私はキミをだしにしてでも、私として生きることに決めてるんだ」
私は『野分鏡花』……このどこか頭の異常な世界の裏側を知る、頭の正常な女さね。
私は必ず、この世界の歴史に名前を刻む。
この世界の主要登場人物になって、いつか来るかもわからない結末まで生き残るのさ。何があっても、絶対に。
さて、時は変わって数日後の屋上さね。
今日は気分を変えてコンビニで買ったエロ本を読んで見てるけど、やっぱり誰も見てないところで変なことしててもあんまりキャラ付けにならんのだよねえ……
「異世界からの転生者でも落ちてこないかねえ?」
欲を言えば、ほどほどに人格が破綻しててうちの妹とも仲良くできるような、それでいて周りの人を守ってくれるチート能力持ちとかがいいけど、そうだねえ……いっそ人外でもいいから、吸血鬼とかゾンビとか、殺されても死なない系なら英一くんみたいにはならないかもねえ。妹に一回殺されてからの付き合いとかも面白そうだし。
ギシリ……と、屋上の扉が開く音がしたよ。
来たかね、次の新キャラ候補。
「あ、人が……すみません! まさか、えっと、そんなの読んでるなんて!」
おやおや、今度は女の子かね。エロ本ごときで真っ赤になっちゃって、ウブな娘だ。
「本当にごめんなさい! 私、今日この学校にきたばっかりで、校舎を見学してて……」
「いやいや、謝ることはないさ。逃げる必要もない。ただちょっと、言い訳くらいさせるのが筋ってもんさね。相手が屋上で堂々とエロ本を読んでる頭のおかしい女だとしてもねえ」
真新しい制服に校舎見学……転入生かね。
これはまあ、悪くない個性だねえ。これならまあ……いつか私と一緒にこの世界の秘密を共有できるかもしれないねえ。やっぱり、一人ぼっちは寂しいもんだ。
「私は『野分境花』、時にキミは『シュミレーティッドリアリティ』というのを知っているかい? それに従えば、私がキミにエロ本を読んでるのを見られたのは神様が決めた運命かもしれないとは思わないかい?」
最後まで楽しく読んでいただけていると幸いです。
登場人物
『野分鏡花』
……変人。
偶然にも世界の秘密を知ってしまった高校二年の女子高生。一般人が容赦なく死んでいく世界観で生き延びるため、キャラ付けによって生存率を引き上げるため苦心している。世界が作り物にしか見えないため死体などへの嫌悪感がなく、社会の闇で発生する死体を片付ける『掃除屋』でアルバイトをしていて、その職業柄様々な物語を認識している。
ちなみに、シスコンはキャラ付けではなく生来の本気なやつで、世界の秘密を認識して生きることに異常な執着を持つようになってからも『もし理想の死に方を選べるなら妹を庇って死にたい』と考えている。
『野分鏡子』
……殺人鬼。
気分次第、手当たり次第に人を殺す殺人鬼の女子中学生。以前変質者に襲われたときに誤って相手を殺してしまい、世界から『地雷』に認定され、夜な夜な辻斬りをしている。物語での主な役割は『殺さない系主人公』が取り逃がした『悪役』のトドメを刺すこと。
最近の悩みはおねしょが治らないことと、いつもそれを処理してくれる姉に頭が上がらないこと。