新しい色と理科室パニック(1)
「えと、青葉・サンと言います。よろしくお願いします!」
「……」
翠の学校にイギリスからの転校生『青葉・サン』がやって来た。どことなく女の子のような、しかしよくわからない見てくれ。パーカーに長ズボン。ショートカットと見た目は男っぽい。たぶん男だと思いたいが――。
「(勝ち気な真畔のようなのもいるしなぁ)」
正直、翠は転校生に対して興味はない。どちらかと言えば今は、きらりと共にしている真畔が気がかりで仕方がなかった。主に付きまとわれていないかという点でだが。
「それじゃ青葉くんは――六宮さんの隣、いいかしら」
「……えっ」
そんな朝礼の一幕に、まさか転入生が隣に来るなんて誰が思おうか。
「よろしくお願いします、リクミヤさん」
「うん。……」
気まずい、何を話していいのかわからない。先生が視線の先で授業をしているものの、まったく頭に入ってこない。かといって、サンに好意を抱いているわけでもない。強いて言えば――。
「(なんか、しきりに見てる!)」
サンが何度も翠に視線を向けていることだろうか。今まで隣に誰も座っていなかった窓際の席だけに、気になって仕方がない。
「あの、リクミヤさん」
「何?」
「教科書、見せてもらいませんか?」
「……いいけど」
一瞬声が高く上がったのが気にはなったが、緊張してたのだろう。変に突っ込んで嫌な印象をあたえるのも好きではない。翠はしぶしぶ教科書をサンに見せる。
「ありがとうです、リクミヤさん」
「(先行きが不安になってきた)」
教科書を見せつつ、早くも疲れてきた翠。一方でサンは教科書を見つつ、翠の様子がきになるのかしきりに伺っていた。そんな転校してきたばかりのサンを尻目に、この教室ではある計画が密かに持ち上がっていた。
昼休み、サンはクラスメイトの男子に引っ張られるように体育倉庫の前に連れて行かれた。そこいたのは男女合わせて4,5人。いずれもクラスメイトである。
「お前、六宮と席近いよな」
「はい、そうですけど……ええと」
「ケンでいいぜ、杉下健児。こっちは美奈子。あとは俺の家来だ」
短パンTシャツな少年、健児はつっけんどんに紹介する。ケンとは対照的に隣にいる長髪の少女、美奈子は言葉なく一礼する。その一方で家来と聞いて顔が少し曇るサン。家来という言葉は、サン自身も配下に引きこもうとするかのように聞こえたからだ。
「そう変な顔するなって。ちょっとお前に頼みたいことがあってな」
そういい、ケンがあるケースをサンに押し付ける。
「これは放課後、あいつに渡せ」
「あいつって、リクミヤさんにですか?」
「あぁ、絶対にだぞ」
「(ナンでしょう、ケンくんもリクミヤさんが好きとか?)」
「とにかく任せたからな!でないと――」
「でないと、なんですか?」
後ろ手を回すケンに警戒するサン。
「ドッジボールで集中狙いだからな」
「そ、それだけは!」
「ハハハ、冗談だって。引っ越して間もないんだろ?遊ぼうぜ」
健児が元気そうな笑顔を見せると、サンも心を許して笑顔を見せる。
「ナイスジョーク、よろしくお願いします」
しかし、健児は美奈子に引っ張られるとサンに『先に言っててくれ』と告げ、ドッジボールと謎のケースを押し付けて美奈子を連れてその場から去っていった。
「……フタマタ、ですか?」
サンは押し付けられたドッジボールと去っていく2人を交互に見、呆然とするしかなかった。
「あれでいいんだろ、美奈子」
「OK、後は放課後、わかってるよね」
「あぁ、青葉を理科室へ引っ張ってけばいいんだよな」
「そうそう。そして六宮さんをこの学校に来れないようにする」
先ほどまで無愛想だった美奈子の口から、恐るべき計画が放たれていく。
「そのために理科室から借りてきたのだから……あとはわかってるよね」
冷たく言い放つ言葉に健児も頭が上がらない。ただ美奈子の言いなりになるしかなかった。
「四谷さんにシカトしたり、言葉をかけてもらったのに走り去ったこと。全部後悔させてやる」
そんな陰謀もしらず、昼休みが終わり、授業を終えるチャイムが鳴り、帰りの回も終わった。
「やっとおわった」
隣に慣れないクラスメイトが居ることで緊張したのか、ぐったりとする翠。そんな翠にサンはねぎらいの言葉を掛ける。
「お疲れ様デス、リクミヤさん」
「お疲れなのね」
「!?」
突如サンの背後から覗きこんできたツインテールの少女に、サンは思わず驚きの表情を見せる。一方、翠はダルそうに言葉を返す。
「あぁうん。おつかれてる」
「ええと、あなたは確か」
「四谷だよー。四谷城奈。青葉くんもよろしくなのね」
ツインテールの少女、もとい四谷・城奈は若干間を伸ばした口調で翠に話しかける。とはいえ翠は城奈のことをある程度把握しているから、今更感はある。
城奈の家はこの町の名士であり、祖父は市議会議員という境遇にある。一言で表せば『お金持ち』だ。そんな城奈の周りにはなにかにつけて寄ってくるクラスメイトも多く、翠にとって一種の派閥のように感じ、その集まりが好きになれない。これが翠が城奈に感心を持ちたくない理由だ。
「だね、それでどうしたの城奈」
「いやいや、疲れてそうから大丈夫かなーと思ってねー。こういうのはノブリス何とかっていうのね」
「ノブリス・オブリージュ、ですか?」
「そうそう、ノブリン・オブリージュ!」
胸を張って語る城奈だが、サンが聞かなければ適当に濁してたに違いない。内心そう思いながらも言葉を伏せ、スマホを確認する。今日は珍しく、きらりからのメールが入っていない。
「いつもメールよこすのに……まぁいいや」
翠はそうつぶやき、ほかのサイトを見て回った。
互いに会話するサンと城奈。話しかけられてるのにスマホを見る翠。そんな光景をを見、焦り、怒りを募らせる人物がいた。
「(青葉のやつ、早く渡せって!)」
「四谷さん……なんであんな奴に近づくの?」
『抑えろ』と制止する健児だったが、美奈子の沸点は限界まで達していた。
「もう我慢ならない。四谷さん!」
健児の制止を振り切り、四谷に話しかける美奈子。
「ふえ? どうしたのね時任さん」
「いいから、来て」
時任・美奈子――もとい美奈子に引っ張られていく城奈。
「ああーっ、六宮ちゃんまたなのねー」
手を振る城奈に返す翠。そこに入れ替わるように健児が現れる。
「何だエロケンか。何か用?」
「お前に関係ねぇよ! おい、青葉。ちょっと来い」
「ハッ、そうでした。六宮さんこれを」
サンが六宮の机にケースを置くと、健児は慌ててサンの腕を強く引っ張る。
「アウッ、すみませんちょっと行ってきます!」
サンも健児に引っ張られ、教室を後にする。
「……何が何やら」
残された翠は、サンの残したケースを手に取る。裏には理科室の備品を示すシールがはられている。
「これ、理科の備品……なんであいつが?」
サンを引っ張っていった健児の顔をふと思い出し、どこか嫌な予感を感じさせる。
「まぁ、持ってこう」
一方、引っ張られたサンも理科室へと引っ張られていた。
「どうしたのですかケンくん!」
「お前タイミング悪すぎ! いいから理科室に、早く」
「えっ、ううん、なんかゴメンナサイ……」
しょんぼりするサン。結果オーライにはなったが、もしかすると理科室に翠をおびき寄せる目論見がバレたかもしれない。もしそうだとしたら、健児は美奈子と仲の良い女子によっていじめの標的にされてしまう。そんな恐怖が健児の頭の中を渦巻いていた。
杉下(すmぎした)・健児は学校でも評判のエロガキである。先生へのちょっかいはもちろん、女子更衣室の覗きやいたずらも平気で行うトラブルメイカーだ。そんな彼を嫌な目で見るものも居るが、庇い立てするものも居る。クラスであぶれた、健児のようにどこかあぶれた男子達だ。
しかし、彼らの支持で成り立っていた今の境遇は、美奈子によって突き崩されようとしていた。
「この写真を『先生に仲間を打っている写真』といってバラまいたら、どうなるのかしらねぇ」
あまりに単純。だが、そうなればあっという間に世界の敵に回ってしまう。『写真をばらまかれるのを阻止する』それが美奈子の手下に成り下がっていた一番の理由なのだ。
「どうしたのーね? 時任さん」
話は戻り、廊下へと引っ張られた城奈は美奈子に言葉をかける。
「いや、なんとなく……それより、なんで四谷さんは六宮さんに関わろうとするの?あんな――」
無愛想で、何も見てないシカト女に。そう言おうとしたがギリギリでこらえる。城奈に嫌われたらそこまでだ。
「うーん、しいていえばー、変わってるーでもないし。仲良くはなりたいのね。一人ぼっちってイヤじゃない?」
「だからって、なんでわざわざ何度も話しかけるの?」
美奈子の顔が曇る。その口ぶりは間違いなく、これからも城奈は翠に関わろうとする姿勢が見えた。
「確かにまだまだダメなのね。でも、何度も、何度でも失敗と挑戦を繰り返して、初めて成るものだーよって、うちを育ててくれた爺ちゃまの言葉でもあるのね」
にっこり微笑みつつ、城奈は美奈子とは対称的に明るく返す。
「……わかった。ごめん」
「だから時任さんも――あれ?」
これ以上話が進まないとわかった美奈子は、逃げるように城奈の前から走り去る。交渉決裂、美奈子の頭にその言葉が浮かんだ。
「(もう構わない、あいつさえ消えてくれれば済む話。そしてあのバカ男も一緒に陥れて、目障りなのは全部消える!)」
健児がサンを引っ張ってく姿が見える。遅れたが万事うまく行く。全てを完遂させるために美奈子もまた、理科室へ向かった。