かさなる色、おわりの色(2)
橙乱鬼の引き起こした大混乱は、帆布市を一日中麻痺させる程のモノだった。おかげでマスコミや色んな人が押し寄せてきたが、次第に人も少なくなり、元の落ち着きを取り戻していった。
帆布中央病院は大分壊されたようで臨時休業。学校もイロクイ被害の対処もあってしばらく臨時休校。まさに麻痺したと言っても差し支えない状態だった。インターネットでは自分の街のことが頻繁に取りざたされ、何だか複雑な気分になった。親から文句を言われつつも、私は前と比べ、自分のやりたいように出来るようになった――のかも知れない。
そんな戦いから3日もすれば、公園や病院、壊れた建物やオブジェも元の風景に溶け込みつつあった。
学校も再開し、いつもの教室、いつもの席、いつもの授業が始まって、再びいつも通りぼっち――では無かった。
「六宮さん」
「……翠でいいよ。城奈のこと?」
おっと、と声を漏らすサン。図星だったか。
「ですです、翠。少し相談が……」
「いいよ、暇してたし」
サンは転校してきたばかりの時よりも、大分日本語らしくなっていた。聞く話によると日本語の勉強をしつつ、真畔と一緒にこの街の伝承について色々調べてるらしい。大変だなと思いつつ、わたしは紫亜の説教を聞くのが嫌なのであまり関わっていない。真畔の手伝いにも付き合っているので、女子の間でも『サンが筆咲の女子と付き合ってる』と評判になっている。間違っているが、あえて私は突っ込まず、様子を見ることにした。
「OK、内緒にしておく」
「サーン! ドッジボールやろうぜ」
「それじゃぁまた放課後です!」
エロケン――もとい健児の声に答え、走って行くサン。理科室での一件や操られたこともあって、一時は戦うか迷っていた健児だったが、すぐに元気を取り戻した。今ではサンといい仲になっているし、相変わらず男子のリーダーをしている。もちろんスカートめくりは度々やるから『エロケン』のままだ。
「なんで男子ってこう……と」
スマートフォンが振動し、メールの着信を伝える。送り主はいつもの通り、きらりからだ。
『今日も遊べる!?』とだけ書かれたメールに返事をし、そこに『男子も来るけどいい?』と一文加えて送り返す。しばらくして『もちろん!』と帰ってきたのは言うまでもなかった。
放課後、帆布中央公園。ねじれたジャングルジムは修復され、森は当分の間立ち入り禁止となった。イロクイがいようといまいと、森の中は危険だという認識は解けないままだった。
「すーちゃん、こっちこっち!」
きらりが手をふる奥で、森の中から真畔が出てくる。イロクイの動きを調べ、出る時間とエリアをまとめる。これが真畔の日課になっていた。
「たまには翠とかにも手伝って欲しいけどね」
「気分が乗らないのでやだ」
わざわざ自分の時間を割いてまで付き合いたくはない。翠はイロクイが出たと木にぐらいしか動きたくないのも、これまで通りだ。
「あぁそう。まぁこれも修行の一つと思うことにするわ」
真畔は他にも家が引き継いでいる剣術の練習や指導。布津之神社の巫女見習いと動き回っている。彼女の目指す先にあるもの、それはまだ定まっていない。色鬼『零無』の言葉通り、イロクイと共存するか、それとも滅ぼすか。色んな面から動きながら考えている。
「サン君もケン君もきたきた! あれ、城奈ちゃんも?」
「……なんかおどおどしてるけど、多分城奈だと思う」
城奈は家で勉強を行いつつも、白化で失われていた色を取り戻していった。だが、一つだけいえない物がある――それを癒やしに来たと言うことか。
「さ、サン君。こんなの聞いてないのーね」
「ちゃんと仲直りするためですよ。さ、ファイトです」
サンに押し出され、翠の目の前に出てくる城奈。
「ぁー……ええと」
サンの影で怯える城奈。こんな姿は見たことが無い。なぜ震えているのか私にも解らない。だけど、話だけは聞きたい。聞かなくちゃいけない。今はそう思った。
「一緒に遊んでも、いい?」
私はただ一言「いいよ」とだけ返した。正直、あとに引きずるのが嫌なだけだったが……それだけで、城奈の顔から明るさが戻っていった。
「また……またよろしくね、翠ちゃん!」
思わず抱きしめる城奈の目には、涙があふれていた。
「それで、今日は……やっぱりあそこ?」
「うん、布津之神社。たまにはきなさーいって紫亜さんからも言われたでしょ?」
「それはそうだけど……」
「あそこに行きにくいんだよなぁ」
操られていた健児が壊した布津之神社も、今ではすっかりキレイに修復されている。その軒先を、黒縁眼鏡に三つ編み姿の巫女少女が清掃していた。
「いらっしゃい皆さん。いま紫亜ちゃんを呼んできますからね」
「いや、そのままあがっても良いかな? ある程度そろってるし」
「いいけど、色神様が顔を見せるか解らないよ真畔ちゃん」
「それでもいいの」
笑みを向けた少女――藍はまだまだ身体が本調子でないものの、罪滅ぼしを兼ねて神社の手伝いをする様になった。まじめな性格と容姿もあって、神社に来る人も少し多くなったとか……もちろん眼鏡はそのままだ。
なにより、橙乱鬼に身体を奪われていた後遺症か、イロクイの気配をかすかであるが察知できるようになってしまった。だからこそ色使いとしての活動を真畔を止めたが……藍は「それでも役に立ちたい」と神社に足を運ぶようになった。
「紫亜ちゃん、みんな来てるよ」
「ちょうど良かった、色神様が待ってるから伝えて」
「え、どうしてわかるの?」
「直感よ、直感。見えなかったら私が話をすればいいだけなんだから」
紫亜も真畔の話には一応賛同し、色神についてもいずれお披露目するべくあちこち動き回っている。ただ、非公開のものをお披露目するのは大変らしく、難しいことだらけ。何より人目に触れすぎて大事にならないよう、真畔や藍を加えて日夜話し合っているほどとか。
「うん。それにしても、何だか大変なことになっちゃったね紫亜ちゃん」
「うちは構わないよ。それぞれ動きつつ、どう進むか決めてるのはいいことだからね」
「私もそう思う。あの子達がいなかったら、戻ってくることすら出来なかったから」
うなづく紫亜。まだ練度が高い訳ではない。それでも2つの街に隔てられ、バラバラだった色使いが集まり、交流を深める。その一歩が大切。紫亜はそう思うことにした。
「ところで、そろそろ迎えに行かないと。真畔ちゃんやエロケン君が勝手に上がるんじゃない?」
「あっ!?」
すっかり話し込んでいることに気づいた藍は、慌てて玄関へと走って行く。その姿を、紫亜と彼女の周囲に取り巻く霧のようなものが見つめていた。
「……まだ練度が足りない。目の前にいたというのにの」
「そう拗ねないでください色神様。それはそうと、翠ちゃんに話したこと、忘れていませんよね?」
「色違いの呪い、か。そうだな、話さねばなるまい」
色違いの呪い。零無が色使いに与えたことなる色に変えてしまう弱体化の呪いは、今も続いている。そして、今も続けなければならないと、零無は紫亜に語る。
そうしなければ、色使いは強くなりすぎてしまう。子供が強力な"色"を持てばどうなるか……零無がその先まで語ることはなかったが、不安だからこそ呪いをかけた事実は、零無にとって複雑な心境を残していた。
紫亜は零無の話を受け止めながらも、他の面々をある一室へと案内する。小さなほこらに大量の鎖。そして鍵という物々しい姿は、近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。
「ここが色神様、零無様が祀ってある場所よ。まだ姿は見せてないけど、少しだけ、お話ししましょうか」
…………
……
『手短に』と頼んだ割に、話が終わることには日が落ちかけ、公園まで送ってもらった時には公園の街灯がともり始めていた。
「話、長くなっちゃったね」
「だから来たくなかったんだけどさ」
「ぅー、でもたまには来なくちゃだよ」
「解ってる、出来るだけ……きらりと一緒ならいいよ」
渋々乗っかる返答に、きらりは満面の笑みで『きらりもすーちゃんと一緒がいい!』と答える。場所が違っても、私たちの関係が変わることはない。今だけかも知れないし、色使いが必要なくなっても多分変わらない。
居なければ出来ないことは沢山あった。逆にきらりに教えることもあった。そんな関係でいい、緩やかで、だけど暖かい。そんな関係。
「またねすーちゃん!」
「うん、また明日」
帆布の街に日が落ちて、子供達は家路に付く。夜はイロクイ達の時間。明日はどんな日になるか。
それを見るのは白い鬼。うっすら、ぼんやりとほこらから月を眺めていた。
「人間も、ずいぶんと変わったものよ」
「えぇ、変わりました。かれこれ300年でしょうか」
「もう昔のことは思い出したくない。人間の解り合えぬ血なまぐさい世界など」
「……」
「のう、橙乱鬼との話、聞かせてくれないか? なぜ、ままに戦えない色使いが立ち回れたのか、知りたくての」
色鬼――零無は紫亜に呟くと、少女は笑顔を見せ『おまかせください』と告げた。
夜はまだ長い。長く、そしてまた朝が来る。朝が来るまで語ろう聞こう。
歴史の先を往く、今を生きる色使い達の活躍を。
初の長編でしたが、そもそも長編になっているかどうか……矛盾点や分からないところも結構あったのではないか。なんてことを思いつつ何とか書きあげはしました。
書いてて思ったのは、やはり絵がないと見られないのかなという点――は、まやかしだったという話。絵の前に文章力がなければ、目にも止まらないのかなぁ、なんてのは感じるとこです。
見てくださった人には本当に感謝しています。
良ければ感想や叱咤などいただけたら喜んで飛びつきます。
今後ですが、気が向いたら補足となり得るようなSSを挟むかもしれません。




