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しろくろにっき  作者: 猫艾電介
24/25

かさなる色、おわりの色(1)

 健児とサンが一つの部屋となった診察室で見たのは、予想通り大量のシロクイだった。恐らく城奈は病院中のシロクイをここに集め、時間を稼いでいたのだろう。どのシロクイが城奈を飲み込んだのか、見当も付かない。


「これでは、どこにいるのか分からないです」

「なにかこう、レーダーみたいなの持ってないのか?」


 健児の言葉に、サンは首を振る。だけど、ここで諦めるわけにはいかなかった。


「とにかく、見える範囲から打っていきましょう。ケン君が色を飛ばし、弱らせて吐き出させるのです」


 サンの色にはまだイロクイを追い払うほどの力はない。しかもシロクイは普通のイロクイとは形質がことなるイロクイ。だからこそ健児の色が鍵になっていた。


「おう、きついけど城奈を助けたいしな。頑張ろう――」


 健児がサンを励ますように声をかけたその時、診察室の奥からガラスの割れる音が聞こえた。


「何だ?」

「まさか、外に出るつもりです!?」

「バカ言え、ここにも出られない結界が張ってあるんだぜ?」


 慌てる2人を尻目に奥から絶叫が響く。結界の中で何かが暴れ、シロクイを倒しているのだろうか。シロ

クイ達が一斉に暴れ始める。その中で1体だけ、赤色をした重たそうな動きを見せるシロクイが居た。


「ケン君、アレです、アレに色を!」

「よっしゃ、邪魔するぜ!」


 結界内に飛び込んだケンはシロクイの後ろに素早く回り込み、手に緑色を纏わせる、そして両手を合わせ、中のように構え――。


「これでも食らえ、色付きカンチョー!」


 前に突き出し、軟らかい肉に指を突き刺した。


「うわ、ぶよぶよしてる、そのまま四谷を吐き出してしまえ!」


 緑の"色"を注ぎ込むと、シロクイは毒の色に苦しみ、暴れ出す。そして、腹の底から響くような声を出しながら口から白い塊を吐き出した。全身何も纏っていない、しかしどこか満足そうな顔をしている真っ白な少女――紛れもなく城奈だった。


「よし、あとは外に運び出すだけだ」


 城奈をおぶるように持ち上げる健児。身体が触れあっている部分から力が抜けていくような感覚に焦りを感じつつ、前に進んでいく。


「その前に色を与えないと同化が……ケン君、後ろ!」


 健児の後ろには、城奈を吐き出したばかりのシロクイが首をもたげ、獲物を見下ろしていた。まるで怒っているかのようにシロクイは吠えた。


「くそっ、おぶっている状態じゃ避けられねぇ! ここまでか!?」


 万事休す、シロクイはそのまま健児を城奈ごと丸呑みにする――はずだった。


「ケン……あ、あれ?」

「なんだ? 影が崩れてる」


 健児が城奈を一度下ろし、サンが同化を行い始めている城奈の身体に素早くオレンジ色を流し込む。崩れて消えていくシロクイ、その後ろから見えたのは、橙乱鬼と同じ角を持った白髪の少女だった。


「その角……クソ鬼の仲間か?」


 全身真っ白、瞳だけが青く存在を誇示している"色鬼"は、一度首を縦に傾け、2人に告げた。

「色使いの少年、橙乱鬼の元へ招いて欲しい。私は、ぬしに危害を加えるモノではない」


…………

……


「やった!?」

「……多分」


 色の渦が薄れ、そこには白黒の渦に飲まれてうつむく橙乱鬼の姿があった。壁に打ち付けられ、まるでぼろ布のように果てた彼女は、もはや動けないようにも思えた。


『どうする?』と問うきらりに対し、翠は言いよどむ。このまま黒に塗りつぶしてしまえば確かに早い。しかし、それでは橙乱鬼はどうなるのか。


『殺すのか』。橙乱鬼の言い放った言葉が頭の中を駆け回る。それは塗りつぶすのではなく、存在そのものを消すこと。これまでのイロクイとはまるで異なる。そのような覚悟を――翠は持っていなかった。


「このまま放っておこう。もう動かないし」

「うーん、そうだね。ここはすーちゃんを信じて真畔ちゃんなんとかしよう」


 翠の決定に考えこむも、友人の言葉を信じ、きらりは手術室を出ようとする。さっきまでの怒りと悲しみを混ぜ合わせたような表情は、橙乱鬼のぶつけた色と共に、どこかに消え去っていた。


「ほら、早く」

「う、うん」


 手を引っ張るきらりに釣られる様に翠も橙乱鬼に背を向け、染め上げられた真畔を左右から肩を抱える。それに合わせるかの様に、倒れていた鬼から、霧の様なものが立ち始めた。


『(コレハ、チャンスだ。アタシの、スベテをツカッテ、クロのイロツカイに、シルシを刻む)』


 霧はいつしか人の形を失い、一本の濁った色をした矢に変わっていく。


『(アタシの、スベテヲキザミ、"オニ"に変える。アタシはキエルが、オニは残る)』


 矢は、翠の背中に狙いを定め、駆けだす。


「紫亜さん、だいじょう――うわっ!」


 きらりが手術室のドアを開けようとした瞬間、突風が吹き、何者かが手術室に飛び込んだ。


『(新たな仲間を、アタシが――!?)』


 その姿は、鋭く尖った異形の腕は、ありありと矢に狙いを定め――2つに切り裂いた。



「すまぬ、だがぬしは人に害を与えすぎた」


 橙乱鬼だった矢は異形の腕に吸収、分解されていく。



『ウラギリモノ』そう言い残し、街を騒がせた鬼はその魂の一片すら残さず消失した。



「な……」

「何が起こったの?」


 おそるおそる後ろを向く2人。そこには白い着物を身に纏い、目と角以外の全てが真っ白になった色鬼が佇んでいた。


「六宮、今そっちに色鬼が……いた!」

「気をつけてください、害は与えないと言っても、彼女は、色鬼です」


 遅れて診療室から戻ってきた健児とサン、その肩には色が戻りつつある城奈の姿があった。


「えっ、えっ。でも、この人真っ白」

「それに……橙乱鬼は?」


 状況が飲み込めない4人に加え、結界を張っていた式部も予想外のことに狼狽する。今もなお、手術室にイロクイと色鬼は入ってこれないはず。なのに目の前の鬼はこじ開けて入ってしまったのだから。


「……そろそろ良いかの」


 色鬼は口を開くと、思わず身構える4人。


「そんなに警戒しなくても良い。橙乱鬼はもういない。それに私は、人の色を食わない」


 色を食わない。それを聞いた瞬間、皆が『えっ』と言う顔をし、うろたえ始めた。


「色を食べないって、じゃぁなんでここに?」

「わからない、けど、気をつけないと」

「あのクソ鬼とお前は、違うってのか?」

「見たいです。全くの別物――」

「うぅぅ、さわがしいのねぇ……」


 思い思いの言葉を並べつつも、ため息をついて色鬼は歩を進める。その先には橙乱鬼によって複数の色に染め上げられた真畔を抱えた2人。

「す、すーちゃん……?」

「気をつけろ、あのクソ鬼みたいになにかやってくるかもしれねぇ!」

「うるさいエロケン。それにあの鬼、何か様子がおかしい」


 翠の言葉通り色鬼に目を向ける面々。

「……このようなことはしたくないのだが」

 彼女は真畔に腕を向け、触れると、染め上げられた少女の身体を蝕むまだらな色が吸い出されていく。


「う、うぐ……」


 苦い声をあげた色鬼とは正反対に、真畔の体内には自分の色だけが戻っていく。橙色を使わず、橙乱鬼によって上塗りされた色だけを抜き出したのだ。


「――あ、あれ、何?」


 意識を取り戻した真畔が見たものは、手を突きつける色鬼の姿。その腕は青と橙に染まっていた。


「もしかして、助けてくれたの?」

「そうだ、これで信頼してくれると良いが」


 腕を振るい、吸い出した色をぞんざいに払う鬼の少女。払った色は壁に付着し、そのまま霧散した。


「びっくりしたぜ……何だよ助けてくれるならそう言ってくれよぉ」

「と言っても、城奈……さんを助けてくれた恩人でもありますし」

「そう言って警戒していたのは紛れもない主らじゃないか。まぁいい。イロツカイはこれで全員か? 布津之の巫女はどうした」


 鬼が見渡すと5人の色使い。思ったよりも少ない。


「あの」

「何だ?」

「……誰?」


 翠が声をかけると、色鬼は拍子抜けしたかの様にため息をつく。


「私は『零無(れいむ)』。様々な呼ばれかたをしているが、色使いにはこの名が分かりやすいだろう。見ての通り色鬼だ。そして橙乱鬼が迷惑をかけた」

「こっちこそありがとうです! 真畔ちゃんも元に戻ったし、一件落着!」


 きらりの言葉に笑みだけを返し『布津之の巫女は』と問う零無。彼女の問いに、あっちとばかりに指をさす翠の先には、藍に解放される紫亜の姿があった。


「布津之の巫女、でしょ。なら紫亜で良いはず」

「……」


 二度あきれる零無。


「どうやら、色使いとしてままに動かぬまま、橙乱鬼を追い詰めたのか。運が味方したと言うべきか」

「どういうこと、なのね?」

「私は、もっと村々で手を取り合いイロクイを適度に抑えてくれるモノと思っていたが、見込み違いだったか」

「てめぇ、見込み違いってどういうことだよ!」


 激高する健児を抑えるサン。色鬼相手には分が悪いと思ったのだろう。


「こうしてそろったのは確かに嬉しく思う。だが練度がお粗末と言っている。さらに強いイロクイをぶつけられればそこまで。そこの緑の少年、主が一番弱い。身のこなしで立ち回っている様なものだ」

「ぐぐ……じゃぁ、どうしてきたんだ?」


 確かに操られていたことが多く、色を使うのに不慣れだ。看破された怒りをこらえつつ聞き返す。


「うむ、苦言を言ったり橙乱鬼にとどめを刺しに来た訳ではない。イロクイについて話そうと思っての」

「イロクイについて、です?」


 零無はサンにうなづき、話し始めた。



「イロクイは本来、自然に生息する色の力が自然に宿り、知恵を持ったものだ。よって自らの領分を増やし、それを色鬼は狩り、糧とするのが本来の摂理。しかし近年その力が衰え始めてきた。故に私はイロクイの力を強め、活力を与えた」

「ちょっと、まって。それってイロクイがここ最近増えたのは――」

「私の力が行き届いた証だ、紫の色使い。もっとも橙乱鬼は自分で異形を作り、色を集めていた様だが、やりすぎた。なおかつ色禍しきかを起こそうなど」


 イロクイを再び増やした元凶。そうとも取れる言葉に真畔は苛立ちを隠せない。そして、続く様に翠が言葉を告げる。


「それじゃぁ、森のイロクイや学校に出たイロクイって」

「橙乱鬼が目覚めさせなくとも、早かれ遅かれイロクイとして目覚めて領分を増やそうとしていた」

「……」


 翠が不快な顔をする。あの場で必死に戦い、イロクイのせいで学校にも来られないクラスメイトもいる。街の人、病院の人も助かるか解らない。


「みんな、抑えて。この方は、色神様でもあるの」

「色神様」

「そう、この街に古くから居る土地神様。訳あって封じられてきたけど……」

「色の脆弱なヒトの不満を一矢に受け、神格化された神はこうして顕現した。布津之の巫女が色鬼にやられるとは――」

「黙って」


 真畔が零無の言葉を遮る。


「紫亜は、私たちを取りまとめるために必死だったのよ。あんたみたいに、自分のご飯ほしさで他人に迷惑をかける様なことはしなかった」

「なら、色鬼は飢えて死ねと言うのか、紫の色使い。それに獲物に色をまとって振り回すなど……これではいずれ、橙乱鬼と変わらぬ様になるぞ」

「ふざけないで! あんな奴なんかと一緒にするなんて、やっぱりあんたも人のことなんて、なんとも思ってないんでしょ?」


 全ての原因を作った"色鬼"が、ここにいる。そして、真畔の言葉は場をさらに刺々しいものに変えてしまった。高まる真畔の激高。自分のために起こる姿を見、紫亜は悲しげに水を差す。


「真畔ちゃん、もういいの。どう言われようと、各々の練度の足りなさは自覚してたのだから」

「でも!」

「周りを見て、真畔ちゃん。みんな怯えてる」


 真畔が言葉を飲み込み、周りを見るときらりや健児、そして翠すらも2人の舌戦に気圧され、話せる様な状況ではなくなっていた。


「……わかった。今は飲み込む」


 口をつぐんだ真畔に続き、きらりがおそるおそる声をかける。


「ねぇ色神様、そしたら他の人は……食べられちゃうの?」


 剣呑とする雰囲気に飲まれぬよう、怯えた様子で声をかける。


「零無で良いと言った。色使いではない人は……主らが守ることだ」

「私たちが?」


 零無はうなづき、落ち着いた口調で語り出した。


「イロクイは本来自然の色しか食さぬ。しかし、何かしらの原因で暴走したイロクイは、周囲の色を暴食し、人間の色すら食らう。主らの言うイロクイとは、暴食するイロクイ。それを止め、人を助けるのは色使いの役目ではないか?」

「うんうん。でも、どのイロクイも暴れてたのはどうして?」

「橙乱鬼が暴食するよう急かし、導いた。そうであろう、緑の少年」

「少年じゃねぇ、健児だ。なんで知ってるのかわからねぇけどその通りだ。あのクソ鬼に操られてあちこちやらかしちまった」


 後悔の念が抜けない健児だったが、零無は特に叱責することなく、ただ健児を懐かしく見据えている。


「色鬼はイロクイを喰らい、イロクイの色で生きる。そして暴走した一部のイロクイや色鬼を主らが弱める。それが我が提案することじゃ。もはやイロクイは私の力を使わずとも、自然の流れに寄り添うようになった、あとは――」

「冗談じゃないし」


 意気揚々と話す零無に口を挟んだのは、翠。


「何も無しに色鬼を目覚めさせて、暴れたのは私たちで何とかしろって、身勝手も良いところ。それに……」

「黒の色使い」


 零無は翠を見据える。光のない零無の瞳は、不気味ささえ感じる。


「私をどう恨もうと構わない。いずれその黒で塗りつぶしてくれても構わない。だが、白の色使いと共にすること」

「白の……きらりと? 話をすり替えないで」

「すり替えてはいない。主のよどんだ心も、深まる闇も、分かつことで薄れるだろう。仲間を大切にすることで、いずれ望む展望も来るだろう」


 そう言い残し、零無の身体が白い霧になっていく。


「まって、色違いの呪いは!」

「その呪いを知りたければ布津之の神社に来い」


 そう言い残し、白い霧は壁に混じるかの様に消えていった。



「あれが、色神様……初めて見ました」

「なんて奴、あれじゃ押しつけじゃない」


 藍が遠くから眺める一方、真畔がゆっくり身体を起こし、壁をにらみつける。その目は単なる怒りではなく、どこか悔しさの混じった目でもあった。


「でも、悪い人じゃないっぽい?」

「……」


 きらりは零無の思惑にのってしまったのか。それとも真意だったのか。それを今知ることは出来ない。ただ、零無の言うことが破られることはない。白の色使い――きらりが居なければここまで来て、橙乱鬼を倒すことも無かったのだから。



「……帰ろうか」

「うん!」

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