ぶつかる色と最後の戦い(3)
「フザケルナァァァ!!!」
顔が出来上がり、絶叫にも似た叫びが院内に響く。橙乱鬼の目は血のように真っ赤に染まり、正気すらなくしていた。
「ミンナソメテヤル! ムゴタラシイ姿デ!! 永遠ニ、コキツカッテヤル!!!」
もはや言葉の身体をなさないほどに怒りに満ちあふれた橙乱鬼は、藍から離れ紫亜に取りつき始める。
「そんなことをしても、肉体は乗っ取ることはできないわよ! 2人とも、藍をお願い」
藍を突き飛ばすように橙乱鬼から離し、きらりと翠が受け止める。
「紫亜、身体が!」
「えっ」
取り巻くように旋回する霧状の橙乱鬼に巻かれるように、紫亜の身体は藍色に重ね塗られ、見る間に明度が増していく。
「なんてこと、もうみんなを巻き込みたくないのに……」
「ハハッ、無様だな布津之の巫女。今度はお前が私のモノになる! 人間全てを巻き込む『色禍』を引き起こす、残った魂の絞りカスはイロクイとしてこき使ってやる!」
紫亜は橙乱鬼を払うように青色を撒きながら、手術室の扉にもたれかかる。手術室の戸が体重で大きく開き、紫亜は橙乱鬼に巻き付かれながら転倒する。
「でも、もうだめ……身体が、動かない」
氷のような冷たさを全身で感じながら、紫亜は染め上げられ、凍り付いていく。豊満な胸や巫女装束。そして手足や悔しそうな顔のまま、紫亜は1体の氷像となり、手術室の入り口に転がった。
「次はお前だ、紫の色使い!」
「まくろちゃん!」
「どこにも逃げ場無し。こうなったらトコトンまで!」
真畔は目をつむり、助け出した時のイメージを膨らませて色の剣を生み出す。手に握られた紫の剣を一目すると、橙乱鬼は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「色に強さを求めたか。私らと同じだなぁお前!」
「違う。この力は、みんなを守るための力として使う。あんたみたいに、悪さをするためのものではない!」
「なら、その剣でアタシを斬り殺してみな!」
胴体を造り、身をかわす橙乱鬼に素早く斬りかかる真畔。紫亜やサンが染め上げられて転がる中、戦いはさらに熱を帯びていく。
「すーちゃん、きらり達もいくよ!」
「でも、城奈がいない」
「大丈夫、城奈ちゃんは頑張って防いでくれる。それまでに倒そっ」
「……うん。迎えに行かないと」
きらりが、翠が色を飛ばし、真畔が切り込む。そして、城奈がシロクイの足を止める後のない戦い。一つ壊れただけで劣勢に傾く中、その均衡は破られようとしていた。
「翠ちゃんは、約束を守ってくれる。いい子なのーね。きらりちゃんも引っ張ってくれるいい子。だから、信じるの、あの2人を」
診察室の一室に、シロクイが詰まっている。橙乱鬼の絶叫を聞き、藍の救出が成功したことを悟った城奈は、囮となるのを止めてその身をシロクイに向けていた。
既に城奈のもつ"色"を吸い、パワーアップを果たしたシロクイをこれ以上強化してしまえば、色鬼と並ぶ脅威になりえる。役目を果たし、できるだけ時間を稼ごうとした彼女が取った行動は、身体の大きなシロクイを一室に押し込めて出にくくすることだった。
城奈もできるだけ出口に向かおうとしたが、既に少量の色では満足しきれなかった異形の怪物は城奈の出口を塞ぎ、新たな入り口――シロクイの腹の中へと収まった。
「何か聞こえる、助けに来たの?」
色が吸われていく中、聞こえる声。誰かが助けに来たのだろうか。
「でも、きっと届かないのね。このまま白化と同化して消えてしまう……でも、悔いは――」
言葉が止まり、城奈の目から涙が流れ出す。押しとどめていたものが、死に近い存在になることを前にして吹き出したかのように、ボロボロと流れ出した。
「やっぱり怖いよぉ、誰か、誰かぁ!」
必死に叫ぶも、既に身体も、手足も白い肉の塊となり、感覚すら失われていて、そして――。
「誰か……」
顔も白化し、漆黒空間の中、城奈だった肉の塊にはかすかに涙の痕が残っていた。




