ぶつかる色と最後の戦い(2)
一行は手術室へと足を向け、進む。途中いくつか診察室があり、周辺には同化した人間らしき塊がいくつか転がっている。それらを見ないようにしながら一行は先へと進んていく。
「翠ちゃん……」
そんな中、城奈の声に翠が警戒しながら声の方を向く。また"爆弾"に触れられるのではないかという恐怖が全身を駆け巡った。しかし、かえってきた言葉は謝罪だった。
「さっきは本当にごめん。城奈は、無神経すぎたの。翠ちゃんは"色"が嫌いなのね?」
しばし沈黙し、翠は首を縦に小さく振る。
「好きで持ってるものじゃないし」
「うん、黒は強い色だけど、真っ黒は嫌だし好きでもらった色じゃないのね」
翠の言葉を聞く城奈。爆弾を踏まないように気をつけながら、言葉を選ぶ。
「ねぇ」
「なに?」
「急にどうしたの? なんかこう、むず痒いけど」
翠の言葉に、城奈が若干取り乱す。
「あっ、ええと。最後の戦いを前に、気持ちを整理したいなーって」
「あぁ」
『何だ、そんなことか』と思いつつ、翠は「気にしていない」と城奈に返す。そして言葉を続ける。
「でも、やっぱり色は嫌い。押しつけられている感じがする」
「押しつけられている?」
「だってこれ、生まれた時からあって、それで嫌がられて、鬼の子扱いされて……」
城奈の表情が曇る。伝承の根付くこの街だからこその謂われ。自分ではどうすることもできない事態。
「だけど、これがなかったらみんなとも会えなかった。それだけはラッキーかなとは思ってる」
そう言い放つ翠の顔は、どこか穏やかだった。孤独だった翠が、今は色によってつながり、結ばれている。そして、今ある仲間でさらにもう一人助ける。顔こそ表情を出さないが、翠は諦めも達観もなく、どこか決然としていた。
「翠ちゃん、すっごく堂々としてる。これなら――」
「まぁ、フリだから」
「えっ」
「そういう風に見せるだけでも、あの色鬼に押し負けないかなって」
橙乱鬼に負けたくない。そんな想いを自信につなげ、翠は先を急いだ。
「なるほどなのね! 気を強く持っていれば……って待つのね、まっ」
城奈が追いかけようとした瞬間、後方の扉が爆ぜる音が響いた。
「シロクイです!」
「やっぱり待ち伏せされてた、急ぐよ!」
真畔の言葉に走り出す一同。しかし、これまで隠れていたシロクイが診察室から次々に飛び出し、前方の診察室からも這い出していく。
「挟み込んで押しつぶすつもり!?」
「いや、どんどん後ろに向かっている。今のうちよ」
紫亜が全員を急かし、手術室へと向かわせる。シロクイは足止めをすることも、紫亜や翠達を食うこともなく入り口の方向へと這っていく。
「サン君、よかったのね。早く紫亜達と合流しちゃうのね」
最後尾にいたサンを招き入れ、さらに足止めするかのように色を天井やより遠くへ飛ばす城奈。彼女の"赤色"を吸い取らんとシロクイはバラバラに動き回り、床をなめ回したり重たい肉体を弾ませたりして、城奈の撒いた色を吸い取ろうと躍起になっている。
「城奈はどうするつもりです?」
「このままシロクイの足を止め続けるのね」
「無茶です! そんなことしたら、食べられちゃいますよ!」
「心配いらないのね、それよりさっき伝えたこと、忘れないようになのね!」
「……わかった。絶対助け出します」
サンが奥へと向かう中、シロクイは城奈をも無視して色を強欲に吸い取ろうと動き回る。
「さぁどんどん寄って来るのね! お前達の大好きな赤い色、イロクイを強める色なの!」
城奈はみんなとは逆方向に進み、あちこちに色の雫をまき散らしていく。
そして手術室前にたどり着いた一行を前にし、手術室への両開き扉が激しく開かれた。
「遅かったな、色使い!」
飛んできたのは明るい赤と暗い青、もとい"橙"と"藍色"。狙いは――きらりと翠。
「させるかっ、あぁぁっ!!」
2人を狙った橙乱鬼の色は紫亜と真畔の腕にかかり、2人は染まった色鬼の力に思わず悲鳴を上げた。
「いたい……なにこれ、腕が焼ける!」
「氷を押しつけられたような冷たさ……なるほど、色の力が私らと段違いね」
色の付いた腕を押さえる真畔と紫亜。本来であれば"色"が人に害を与えることはない。しかし、色鬼の持つ強靭な力、そして藍の肉体から生み出される生命力は、人に害を与えるほどにまで強い力を発揮するようになっていた。
「シロクイの物量作戦でケリを付けられると思ったが……切り抜けられたのはさすがと言ってやる。だが! 色鬼の生命力と人間の肉体。この2つを持つアタシに勝る存在はいないんだよ!」
「ふざけるな、藍を返せ!」
「邪魔ァ!」
そのまま勢いを付け、真畔に膝を叩き込む橙乱鬼。
「ぐ……まだまだ」
「そのまま塗りつぶしてやる」
体勢を崩すさらに色で染め上げるべく、橙乱鬼は手を広げる。
「真畔ちゃん!?」
「雑魚の心配より自分のこと心配しな!」
さらに"橙色"をきらりに飛ばす橙乱鬼。色が付着し、ピリピリとした痛みを感じる。だが、痛みはすぐに収まる程度で紫亜や真畔ほどの痛みはない。
「色が合わないか。ちょうど良い、まずはそこの橙のガキからだ!」
「サン、隠れて!」
鋭く切れた瞳を光らせ、見据える先にいたのは、読み通り遅れて合流したばかりのサンだった。叫ぶ翠、しかし色を飛ばすべく、既に手を広げていた。
「油断しすぎよ、橙乱鬼!」
回り込んだ紫亜が橙乱鬼を羽交い締めにし、手首を締め上げて動きを封じる。
「離せ!」
「絶対離さない。サン!」
さらに足をつかむ真畔。羽交い締めにされ、動けなくなった橙乱鬼だが、それでもなお余裕を見せている。
「これで打てないとでも思ったか、浅いなぁ!」
隠れ場所を探さず、橙乱鬼と向き合うサン。その姿を橙乱鬼は好機と見たのだろう、躊躇なく上方に色を飛ばす。
「見ておけ、色鬼の持つ、"色"の恐ろしさを」
橙乱鬼の放った色は天井に一度付着し、色の軌跡を残しながら天井を直進。サンに迫る。
「こっちも見えました! この一発に、託します!」
「サン君、上!」
サンもまた色を放つが、それよりも早く天井から射出された橙乱鬼の色は、サンの足を橙色に染め上げた。
「なんなのこの色。生きているとでもいうの?」
「そう見るのならその通り。だがよく見てろ、色使いが色鬼に逆らうとどうなるか」
付着した色は全身に少しずつ広がり、うごめきながらサンの身体を塗りつぶしていく。
「だ、橙が広がっていく、です」
「同じ色同士がぶつかったらなぁ、もう後は取っ組み合いなんだよ。けどお前みたいな青瓢箪がどうなるか――」
水が弾けるような音と共に、橙乱鬼の胸に大きく橙色が付着する。
「奴の残りカスか、ふざけやがっ……!!」
付着してしばらくし、橙乱鬼が目を見開いて身体を震わせる。
「くそっ、あいつか、あいつが……やめろ! 今更目を覚ますんじゃねぇ!」
色鬼の身体に眠っていた『何か』がゆっくりと目覚めていく。長く抑え、屈服させてきた存在が覚醒することで、橙乱鬼の肉体は暴走し始めた。
漆黒の中、"私"は恐怖と暴力によって縛られてきた。自分の色を、存在を全て奪われ、何もない、真っ白な存在。
いつか、助けてくれる。色使いが、みんながきっと助けてくれる。例えそれがいつになろうと――そうやって、いつまでも待ち続けてきた。
そして今、私の中に"色"が入ってきた。橙乱鬼とは異なる、暖かな色。橙色。
今しかない。目覚めて、自分の身体を、取り戻さないと!
「胸が頭がぁ……アァァァァ!!!」
内側から響く声。叫びは延々と続き、橙乱鬼の身体から色の霧が吹き出し始める。
「上手くいった、ミクマさん! しっかりして、ミクマさん!」
「迎えに着たよ、藍。あとは藍がどれだけ抵抗してくれるかにかかってる」
「らんちゃんしっかり! 橙乱鬼なんて追い出しちゃえ!」
「これって……」
翠は橙乱鬼の様に呆然とした。奪われた藍の身体に残っている意識が、サンの色で呼び覚まされ、目覚めていく。橙乱鬼が人間の肉体を失うことは、奴にとっての弱体化を意味すること。
今までに見たことのない絶叫と焦りは、効果的なものであると一目でわかった。
「止めろ、私をその名前で呼ぶな。オレ、私は……見ろ、橙の色使いが消えていく! 絶望しろ人間!色鬼こそ強い!上に立つべき存在だ!」
声をかけ続ける面々に対し、錯乱したかのようにサンを見るように急かす。サンの身体は既に胸や顔の一部まで橙乱鬼の"橙"に侵され、全身を色の塊にされるのも時間の問題。
サンもまたそれを覚悟していたのだろう、その顔に恐怖が既になかった。
「ミクマさん、色はもう戻っています。だカラ――」
サンは言葉を最後まで伝えることができず、水風船が弾けるような音とともに、服を含めた全身がオレンジに塗りつぶされる。目も口もない、だけど髪や服と言った面影だけが残る橙色の塊。だが、橙乱鬼はその姿に、より激しく吠え、青と橙のオーラを一気に吹き出していく。
「……この身体は、私のもの。橙乱鬼は、出て行って!」
「ギイィィイィ!!?」
灰色の髪は黒く戻り、瞳も切れたナイフのような鋭さから、知的で穏やかなな黒い瞳に変わっていく。三つ編み姿に自信なさげな顔つきの、ひどく地味な外見。それでも、これが『三隈・藍』の本当の姿だった。
そして、叫びをあげながら橙と藍色の霧がとけあい、人の形に再形成されていく。真っ赤な髪に赤い切れ長の瞳。そしてややねじれた角を持った少女。
それが肉体を持たない『橙乱鬼』本来の姿だった。




