鬼の色と昔のお話(1)
「本当にやるつもり?」
夜の帳に包まれる公園で、2人の少女が言葉を交わす。
かたや黒髪の直毛にシャツとブラウス、そしてスカートの少女。
そしてもう一方は黒のゴスロリドレスにレースのベールをまとった、少女と言うには少々年を得た少女。
「決まってるわ、あの鬼の子を倒してきらりを取り戻す。紫亜さんにも言ったはずでしょ?」
紫亜と呼ばれた女性はしばし黙り込む。体格差では紫亜のほうがすらりと背が伸びている。
黙り込んだまま、何か期待するかのように少女をちらちらと見る。
「分かった、分かったわよ。呼べばいいんでしょ! ……紫亜姉さま」
「はい、よくできました」
おっとりとした声がベールの下から響く。
「でもね真畔、あなたはもう少し私の話を真摯に受け止めるべきなの。この真実の書に記されている内容を受け止め――」
「またそれ、そう言うのって中二病って言うの知ってる?」
「うぅ……」
顔も夜の帳とベールによってハッキリとは見えないが、紫亜と真畔もまた『色』を持ち、そして少々変わった趣を持っているに違いない。
「私は決めたの。あの翠って子が鬼の色を持っている以上、きらりに近づかれると危険だわ。それぐらい分かってるでしょ……紫亜さん」
最後だけ嫌々ながら付け加える真畔。
「だったらいいけど、あまり激しいことはしないでね。あの子は確かに黒だけど、私にはそう悪い子には見えないの」
「紫亜さんがそういうのなら構わないけどね。私は私で動くわ。それじゃね」
「あ、まって真畔」
「なに?」
呼び止められ、足を止める真畔。
「あのイロクイの話、誰から教わったの?」
「内緒!」
「……そう、変な人に気をつけてね。月の祝福あれ」
家路につく真畔を公園から見送り、紫亜はベールを外す。街灯に照らされた顔には憂いが浮かんでいた
そして翌朝。市立筆咲小学校ではいつも通り生徒が通い、和気藹々とした話に浸る。
「おはようきらりちゃん」
「おはよう真畔ちゃん! ねぇねぇ、昨日はすごかったよ」
同じクラスであるきらりと真畔も椅子を傾けながら話に浸る。先生が来るまでのおしゃべりは定番中の定番だ。
「あの大木の話、本当だったの?」
「うんうん。こう、わさわさーって襲いかかってきて大変だったけど、すーちゃんが助けてくれたんだ!」
「……そう。そのすーちゃんって子と仲良いんだ」
少しだけ声が曇る真畔。彼女のもう一つの懸念がこれだ。
実は真畔もきらりや翠と同じく『色』を持っている。彼女が持つ色は『紫』、対象を覆うことで圧迫感を持たせ、自分を覆うことで地位の高い印象を持たせることが出来る色だ。
だが、色喰い相手にはいまいち役に立たない色だった。それでも害が及ばないようにいつも付いてきた所に現れた少女。それが翠だ。
きらりが翠と遊ぶようになってからと言うもの、真畔は心のどこかに孤立感を抱えていく。そう、五木真畔はただ鬼の色を持っているという理由だけで翠を目の敵にしている訳ではないのだ。
「そうだよ? あっ、もしかして真畔ちゃん」
「はーい朝の会始めるぞ。席に戻れー」
先生が教室に入ると、これまで話に興じていた生徒が物音を鳴らしながら一斉に席に着く。
「あとで、あとでね!」
きらりと真畔も席に戻り、つつがなく朝の会は幕を上げたのであった。
場所と時間は変わる。時間は昼休み、場所は筆咲小学校の隣に当たる、市立色淵が丘小学校。
翠が通っている小学校でもあるが、彼女を取り巻くような子はいない。どこか孤立感すら感じられるも、翠は特に気にすることもなく、図書室から借りてきた本を戻そうと準備をしていた。
そんな時、スマートフォンが激しく震え、メールを知らせる。相手はいつも通りきらりだ。
『今日の放課後、いつもの公園でね!』
キラキラマークをたくさん付けたメール。それに『わかった』と素っ気なく返す翠。また何か見つけたのだろうか。だとしたら今度はどんな怪異が出てくるのだろうか。翠はあまり表情を出さずとも、気になってしょうがなかった。
「ひゃっ!」
「あうっ、ごめんなさい」
前方不注意に思わず謝る翠。
「ちょっと、四谷さんにケガでもあったらどうするの!?」
「いやいや気にしないで。でもよそ見しちゃダメなのーね」
にいっと笑顔を見せる少女。翠に文句を付ける少女を節目に図書室へ急ぐ。何故だかその場にいる空気が居たたまれなくなったからだ。
「うーん、六宮ちゃんって恥ずかしがり屋なのかなぁ」
放課後、翠は家に帰らずにそのまま公園へと向かう。きらりのことだからもう来ている頃だろう。そう思い、きらりがいつも座っている遊具の近くを見る。
すると、そこにいたのはきらりだけではなく他の子もいた。なにやら話をしていてそことなく仲良くも見える。
「(もしかして小学校の友達かな)」
一抹の不安を抱えつつ、翠が姿を見せるといつものようにきらりが手を振ってくれる。
「いたいた、今日は紹介したい子がいるんだ!」
「紹介したい子って、その子?」
隣に座る翠。
「うん、五木・真畔ちゃん。同じクラスメイトなんだ」
「初めまして、五木です」
きらりの言葉に、頭を下げる真畔
「六宮 翠です」
それに合わせ、ぺこりと挨拶する翠。
「ねぇ六宮さんは鬼の子って知ってる?」
「知らない」
始めて聞く言葉に首をかしげる翠。
「鬼の子はね、この町の昔話に出てくる鬼で、子供から色を奪っちゃうの」
「どうやって奪うの?」
「わからない。でもね、鬼の子は他の色使いにやっつけられちゃうの」
「倒されちゃうんだ」
何を話しているのか分からない顔で真畔を見る翠。どこか顔も険しくなっていく。
「だけどね、鬼の子はまた悪さをして皆を奪ってしまうの。私の大切な人も」
場に緊張が走る。
「だから……あなたをここで倒す」
手をかざす真畔。その言葉に危険を察知し、翠はとっさに逃げた。
「あっ、待ちなさい!」
「ちょっと2人ともどうしたの!?」
色を吹きつけようとするのをやめ、真畔も間髪入れずに追いかける。あとに残されたきらりは、よくわからずにぼんやりとするばかりだった。
「真畔ちゃんも、色が使えたんだ……」
逃げる翠、追う真畔。2人は公園にある林の奥へと入っていく。辺りには真畔が飛ばした紫色の霧が立ちこめ、どこか息苦しさを感じる。
「私、鬼の子なんかじゃない」
「ならなんで逃げるのよ!」
当たり前だと返したいが、真畔の様子は明らかにおかしい。まるで私を親の敵のように追い回しているが、心当たりが全くない。
「鬼の子は色を吹きかけられるのをすごく嫌うの。だからにげてるんでしょ!
「違う、ちがう!」
「昨日だってそう、きらりちゃんと一緒に、色喰いの所まで行ったくせに!」
「!?」
つまづき、体勢を整える翠。追いつく真畔。
「つかまえた、これで!」
「……使いたくないのに」
真畔の手を覆う紫の霧がふくれあがり、翠も身を守るために手を黒く染めていく。まさに、色がぶつかり合おうとしていた。その時。
「ブルー・エクストレイション!」
闘争を遮るかのように声が、そして"青"が飛び、驚いて飛び退いた2人を分けるように青色の線が引かれた。
「……色は争いに使うものにあらず。ここはわたしが取り持たせてもらうわ」
そして2人の前に現れたのは、紺色のセーラー服を纏った詰め髪の少女だった。