ぶつかる色と最後の戦い(1)
病院に入った一同が見たのは、奇妙なオブジェが転がる奇怪な光景だった。
「これって……」
怪訝に翠が見ていたのは、床が人の形にせり上がったかのように立ったオブジェ。胸に手を押し当て、うずくまるようにしている人の形をした何かは、ワックスによってピカピカな病院の床と混じり合い、光沢のあるオブジェとして転がっていた。
「白化のなれの果て、"同化"よ。きっと『シロクイ』に色を吸われて放置されたんでしょうね」
「シロクイ?」
「白いイロクイ、じゃ呼びにくいでしょ? ともかく、橙乱鬼を倒さないとね」
紫亜はオブジェを一瞥し、あたりを警戒する。対応に首をかしげる翠だったが、ふと見た悔しそうな顔つきに『彼らを元に戻せないこと』を察した。
床には同じようなオブジェがいくつも転がり、中には受付にもたれかかった為か全身が3色に色分けされているや、待合室の椅子にもたれかかったせいで椅子の色と同化し、クッション素材でできているかのような人型までさまざまだった。これらは全て橙乱鬼の放った白イロクイ――シロクイの仕業なのだろう。
「それにしても、橙乱鬼はどこに逃げたのやら」
「この巻物だと細かいところまではわからないのね。だけど確かに……」
友人をことごとく手駒にされ、怒る真畔に城奈は自信なさそうに巻物を拡げる。確かに居る。巻物には病院のある位置に色鬼の居場所を示す橙と青の渦が渦巻いている。しかし病院の内部まではわからないため、正確な場所は探すしかない。
「こんな時にエロケンが居ると楽なんだけどね」
「エロケン……あぁ、確かにあの子なら橙乱鬼が居た病室を知ってるしね」
とはいえ、神社で身体を休めている以上頼りにはできない。紫亜も無理に色を使わされていた健児を酷使することをよしとはしなかった。
そんな考えを吐露していた時、紫亜の懐に入っていた携帯が震え出す。
「こんな時に……はい、あぁお母さん――えっ!?」
電話先の言葉に紫亜の顔が曇る。
「本当なの?」
『えぇ、車に何人か乗ったけど、買い出しかなって思ったのよ。そしたら住み込みの人が慌てて「刑部さんと子供が居なくなった。娘さんに電話してくれ」って』
紫亜は携帯の番号を住み込みの人には教えていない。住み込んでいる人を取り仕切っている男性『刑部』には教えているが、彼が健児をそそのかしたのか、それとも健児に乗せられたのかはわからない。少なくともこっちに向かっているのであればすぐにでも色鬼を倒さなくてはならない。
「……わかった。みんなには落ち着いて、神社の後始末をお願い。こっちは何とかするから」
不安げに言葉を返す紫亜に不安そうにする紫亜の母だったが、彼女は『大丈夫』とだけ返し、電話を切る。
「病院で電話しても……なんて、この有様じゃ説得力ないか」
「健児君が神社を抜けたみたい。来る前に決着を付けたいところね。」
「だったら、奥から探してみるとかどうかな?」
「奥?」
きらりの言葉に紫亜が問い返す。
「なんかこう、でっかいベッドにおっきなライトが付いている部屋に寝かされたような、気がするの」
「それって……手術室!」
「そう、手術室! すーちゃん、場所のわかるものって近くにない?」
「もう見てる。このエントランスから道なりに進んだところ」
しかし、行く先には診断室がいくつかある。待ち伏せされた時は強行突破の他にない。
「それでも……行くしかないわ。健児君もそうだけど、色使いじゃない人を危険に晒したくないもの」
「できるだけサポートするけど……サン、城奈の様子は?」
サンはいくらか城奈に言葉を交わし、指で『○』のサインを作る。不安は残っているようだが、動けるようだ。
「よし、これで最後の戦いになると思う。橙乱鬼を倒して街に平和に――って、何だか正義の味方っぽいわね」
「まぁ、実際そうだし」
「だったらヒーローになっちゃおうよ!」
「ヒーロー……か。ま、やれるだけやってみようかな」
真畔の顔から緊張が解け、一層気合いが引き締まる。そんな状況とは対照的に、サンは城奈を気遣ってばかりいた。
「本当に大丈夫です? 無理だったら動かなくても……」
「平気なのね。それに、少しだけどうしようかって決めたのね」
「城奈ちゃん……無茶だけはダメ、ですよ」
「わかっている。と言いたいけど1つだけお願い事があるの」
サンが小首を傾け、城奈の話に耳を貸す。
「いざとなったらサン君はみんなと一緒に橙乱鬼のところに行くの。そして三隈さんを救って欲しいのね」
色を同じくするサンの色が救うための鍵と踏んだ城奈だが、それは『サンを見捨てて先へ行け』という話に過ぎない。サンは首を横に振るが、城奈は笑顔だけ返してサンから距離をとり、翠の元へ向かった。
「城奈は、無茶ばかりします。寂しいのに意地っ張りです」
城奈は多忙な両親もあって、愛情に恵まれない幼少時代を送っていた。唯一の心の支えが祖父母であり、遠縁であるサンだった。彼女の独特の口調や性格、そして威厳を持ち続けるスタンスは全て祖父から継がれてきたものだ。
しかし、幼稚園を卒業する直前に祖父は他界。後を追うように祖母も亡くなってしまった。これまで見せていた明るく、自信に満ちていた彼女の顔はすっかり沈み込み、何事にも怯えるようになった。だからこそ、一緒にいたい。そう考えていたサンも家の都合でイギリスに戻ることになる。
幼くして孤立の渦中にいた城奈は、友人を作ることに執着した。家柄を前面に出し、友人と名乗る人も快く招き入れて何事も一番であろうとした。にこやかな顔も、立ち振る舞いも、全て孤独を晴らすための演技なのかも知れない。
だからこそ、サンにとって城奈と一緒に居ることは一種の罪滅ぼしかもしれない。離されると覚える寂しさ。頼られない寂しさはサンの心を痛めた。
「こんな痛みを感じてたのかな? ……城奈も」




