よどむ色とすれ違う2人(2)
「バカな奴ら。これで白も黒も潰しあって、残りも各個撃破。本当に扱いやすいよな」
2人の戦う病院玄関近くにある木の上、灰色の髪をした三つ編み少女『橙乱鬼』は翠ときらりの修羅場を遠くから楽しげに観察していた。
言うまでもなく、きらりに細工を施したのは橙乱鬼だ。彼女はきらりを神社から連れ去った後、病院の一室を使ってきらりの全身に呪印を書き込んのだ。あえて最後に必要な色である『黒』を残し、翠に呪紋を完成させるように仕向けたのも、翠の弱い部分を見抜いた橙乱鬼の策略だった。
「全身の呪紋だけで十分操れたけど、やっぱこうじゃないとな。黒の色使いの心が脆いってのはイロクイを通してしっかり判った。あとは――」
橙乱鬼は器用に木から顔を出し、身を乗り出す。
「私の好きなように黒の色使いを壊しておもちゃにする。ただ潰すなんてつまらないからな」
友人同士だった2人が憎しみ合い、周辺ごと白と黒に染まる様を見物するその顔は、明らかに自己満足そのもの。黒の色使い――翠の心を揺さぶることができれば戦わせる必要などない。このお膳立ては、橙乱鬼の趣味でしかなかった。
「さぁもっと、もっとだ。2人して弱ってもいいし、黒の色使い。お前だけでも食いつぶしてやる!」
そんな野次をよそに2人の少女は互いに汚しあい、罵り続けていた。
…………
……
「仲違い!?」
帆布中央病院に向かうさなか、真畔が驚きの声を上げる。
「えぇ、橙乱鬼がイロクイや色使いの居場所を察していたとすれば、きらりちゃんをさらったのも合点がいくわ」
向かう最中に紫亜が懸念したこと。それがきらりと翠の仲違いだった。何故あそこできらりだけをさらったのか紫亜は疑問に感じていたが、翠が城奈と離れたことで疑念が悪い形で晴れることとなった。
「翠ちゃんはすごく荒れてたのーね。そんな状態で、もしきらりちゃんと何かあったら……」
間違いなく翠は心のバランスを崩す。色使いとしても、そうでなくても色鬼の近くに居るには危険すぎる。
「とにかく、今は急ぎましょう。それから考える、ですよ」
サンの言葉に首を縦に振る城奈。彼女の様子はまだ完全とは言わず、サンが近くに寄り添ってようやくまともに動くことができるぐらいの憔悴ぶり。かつての楽観的な口調もすっかり失せ、どこか不安が尾を引くかのような自信のなさがにじみ出ていた。
「すーちゃんは、城奈にとって、抜けてた何かなのーね。だから、絶対、絶対……」
『謝りたい』許してもらえるか判らないが、今はそれだけで精一杯だった。
「サン君、地図は!」
サンと城奈が足を止めて巻物を開くと、病院の場所に白と黒。そして橙と青のまだら点が浮かび上がる。それは3人が集まってる証拠であり、最悪の徴候を示すものでもあった。
「みんな、急いで! このままじゃ、2人共――!!」
号令をかける紫亜の声は、もはや悲鳴じみていた。
そんな一行の努力を無にするかのように、きらりと翠は戦い続けていた。
「目を覚ましてなんて言わない。どいて、こんなことした色鬼を殺してやる」
「やーだ。すーちゃんはきらりが片付けるし、もっと遊びたい!」
「きらりのバカ! 流され屋!」
「いくじなしで弱虫のすーちゃんにいわれたくないもん! べー!」
きらりと翠との距離は身体3つほど離れ、その位置から互いに色をぶつけては避けていく。きらりは手に白い液状の珠を作り、翠は直接手や指から色を吹き付ける。避けこそするが、逃げて陣取ることもない。まるで子供のケンカでもするかのようにひたすら色を投げてはぶつけるを繰り返す。
その余波が石畳や木々、草を白と黒に染め上げ、黒色が枯らし、白色が青々と茂らせていた。
「(やだ、やだ! こんなことしたくないのに!!)」
いくら心の中で止めようと嫌がっても、操られた身体は一向に止まらない。呪紋によって縛られたきらりの心と身体。だが、彼女の持つ白は少しずつ呪いを自浄していった。それでも身体はいまだ橙乱鬼の支配下にあり――鬼の視線が判る。今、きらりの身体は橙乱鬼の手足であり、目であり、口だ。その一切を封じられ、動かすことができない。
「(何とかして、何とかしてすーちゃんに知らせないと。誤解を解かないと!)」
一方で橙乱鬼は単調な戦いに飽きてきたか、あくびをし出す始末だった。
「もうちょっと血が出たりする殴り合い燃やし合いを期待してたけど、ガキだしこんなものか」
彼女――もとい元の肉体である藍の身体も大人とは言えないが、そのようなことは橙乱鬼には関係ない。飽きたら壊す、それだけだ。
「隠してたイロクイ、出すか。後ろから食ってしまえば一発だしな」
色を食らうイロクイとはいえ、黒色を吸い出せば絶命しかねない。それでも色使いである翠の"色"を吸い出して白化――あわよくば地面と同化させ、肉体を亡きものにしてしまえば勝負ありだ。そのような卑劣な手を止める者など、誰一人としていなかった。
「すごいねすーちゃんの色!流石鬼の色、みんな枯らしちゃう!こんなに強い色ったらないよ!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
翠の黒色がぶつかり、ひるむきらり。それでも動揺する姿もなく、狂ったように笑みを浮かべる。
「でも、色だけしか取り得ないもんねすーちゃん! 城奈ちゃんって子とだってお情けだし?」
「……」
「何、違うって感じしてるけど、城奈は友達なの?」
「友達……未満かな、まだ。でも嫌いじゃない」
『何かおかしい』。確かに引き金を引いたのは翠自身だ。しかし、それを差し引いても何かおかしい。冷静になったから? 違う、きらりの動きがいつもとは違う。むしろいつも以上にオーバーだ。
「へー。でもね、すーちゃんの友達は、きらりだけ! だけどすーちゃんが壊しちゃった」
「違う」
「違う?」
きっぱりと言い切った翠の言葉に、きらりの動きが鈍る。
「やっぱり、きらりはきらりじゃない。きらりならきっと、友達ができたら一緒に遊ぼうって言ってくれるはず。誤解してた真畔とだって、そうしてた」
かつて翠を『鬼の子』と誤解していた真畔。しかし、友人としての縁を取り持ったのは紫亜ではなく、きらりだ。彼女がいなければ2人の関係は『単なる戦友』という釈然としないものに違いない。
「それにきらりだけじゃない。もうきらりだけじゃないよ。私だって、私だって……何か変わろうって、がんばりたいの。だから――きらりの他にも友達は、作りたい」
その言葉に、きらりの身体がこわばる。
「だからきらり、元に戻って。今度は……私がきらりを助けるから」
「う、うぅぅぅっ! なな、なにをいってる! きらりは正気だよ!!」
そして、きらりは苦悶するかのように動揺し始めた。もう止めるにはこのチャンスを使うしかない。秘められた『本当のきらり』は、全ての力を振り絞るように身体に命じた。
「(なんでも良いから前に、進んでぇー!!)」
その願いが通じたのか。きらりの身体はたたらを踏み、言葉にならない奇声を上げ、勢いのまま翠へと突進をかけた。
『突っ込んできた』翠はすかさず突撃に対して身構える。
だが、そんな翠を覆うかのように陽が隠れる。雲ではない、傘のような、何かが頭上にある。
「えっ」
あわてて後ろを振り返る翠。きらりの身体が重なり、ぶつかり合い、そして――。
バクンッ!
白のイロクイは色使いを大きな口でくわえ込み、丸呑みにした。管のような首から浮き出るようにもみくちゃになった2人のシルエットはゆっくりと下に押し出され、イロクイの中へと消えた。
「……」
2人の色使いを飲み込み終えた白イロクイは長い首をうなだれ、そのまま動かなくなる。そして、色を吸い出すのに専念するかのように、真っ白な身体は白と黒のまだら模様に変色しつつあった。
呪印:色鬼が会得している人を操るための文様。




