うたがう色と少女の過ち(2)
「城奈さん!」
森にいる樹木イロクイをあらかた追い払い、一息ついてきたところにやってきた城奈の姿。サンは城奈を出迎え、何があったかを訪ねた。
「……イロクイ、また来るのーね」
息を切らす城奈。イロクイは撒いたものの、城奈の色によって強力になったイロクイはきっと見つけ出し、大挙して襲ってくるだろう。
「あれ、四谷さん。翠は?」
竹刀の代わりに木の棒を振る真畔に、城奈の表情がいっそう曇る。
「翠ちゃんは……はぐれた」
「どういう――」
「サン君」
泣きそうな顔で震える城奈。理由を問いただそうとした真畔をサンが止め、代わりに周囲の警戒を促した。
「サンくん、大丈夫じゃなかったのね、嫌われちゃったかもしれない」
泣きべそを掻く城奈を制するサン。彼の読みが当たったのは決して偶然ではない。
実は似たようなことを、以前サンもやられていた。あちこち動き回り、サンを振り回していた城奈。そして振り回されていたサン。 自分しか見えず、ついて行ける人だけを相手にしてきた彼女は、いつしかサンにとっても近寄りがたい存在となっていた。
いつしか成長とともに考えを改め、久々にあった時はすっかり変わったもの――そう思っていた。
だが、実際には昔と変わりなかった。どこかで他の人を引っ張り回し、嫌がられてしまう。そんな城奈の性格をサンはよく知っていた。だからこそ、怒るに怒れなかった。
「城奈ちゃん。リクミヤさんは、城奈ちゃんみたいに強い人ではないのです」
「強く、ない? 城奈が、強いの?」
サンは首を縦に振ってうなずく。明るく、前を向く性格、根の強さはあまりに強い。しかし、色はそこまで強くない、支援系だ。一方で翠の持つ色は全てを塗りつぶすことのできる色。イロクイと戦うに当たって非常に有利に働く――だからこそ城奈は真っ先に翠とペアになったのだ。
「確かに色は強いです。でも、それだけでアレコレと言われるのがいや。でも人と一緒に居たい。七瀬さんみたいに……。それってきっと、もっと自分を見てほしい、支えてほしいってことじゃないです?」
「そんなの、甘えん坊さんなのね」
「だから、です」
城奈が再びアッとした顔になる。あれだけ打ち解けようとしていた自分が、簡単に翠を切り捨ててしまっていたのだから。
「それじゃぁ、どうすればいいのね?」
「それは――」
その言葉を告げようとした瞬間、ガチャガチャと騒がしい音が鳴り響く。
「イロクイ……ちょっと数が多すぎない?」
真畔の足が1歩、2歩と下がる。もはや『一塊』と言う言葉が合うほどに大量の標識を伴って探し回る標識イロクイは、城奈を求めて探し回っている。見つかれば多勢に無勢。しかし気づいていない今であれば勝ち目はある。
「きっと増えちゃったのーね。サンくん、こうなったら『色合わせ』なのね!」
「あ、あれです!? 上手くできるかどうか分からない――」
「つべこべ言わずにやってみるのーね。どっちにしてもこれじゃないと勝ち目がないのね!」
城奈が強引にサンの手を引っ張り、力を込め始める。標識イロクイはまだ横を向いていて、こちらには気づいていない。襲われてしまえばあっという間にイロクイの操る標識の仲間入り。その前に大技を決めて片付けなければ。
「何だか、ちょっと恥ずかしいです」
「何言ってるのーね! 幼稚園の時とかよくやって怒られてたのね!」
「それっていつの……とにかく、集中です!」
2人が目を閉じる。手の中にオレンジと赤が混ざり合い、より濃い、赤みを帯びたオレンジ色となって広がる。イロクイの数が多い。もっと出す色を多くし、心の中でタイミングを数える。そんな中、ふと城奈がサンに声をかける。
「ねぇサンくん」
「何ですか?」
「……城奈、翠ちゃんと仲良くなりたいのはホントなのね。でも性格が邪魔しちゃう。それでもやっぱり何とかしたいのね」
サンは城奈の言葉に無言でうなずく。
「だから、そんなときは手を貸してほしいのね。こういうふうに」
握る手が一層熱く、痛みを感じる。
「……僕で良ければ」
「ありがとうなの。いくのね!」
「はいっ!」
イロクイが色の高まりに感づいたのか、少しずつ身体を2人の方に向け始める。だが、遅い。
『せーの』のタイミングで、サンと城奈は握っていた手を標識イロクイの群れに向ける。すると、2人の手のひらから放たれるたのは濃いオレンジ色の光。
光は瞬く間にイロクイを包み込み、周囲をオレンジ色の光と暖かな熱で包み込んだ。
「まぶしい、でも……暖かい?」
光と熱は1分もしないうちに収まった。しかし光のあとには1本のイロクイも残らず、イロクイに操られていた標識――もとい人々が元の姿のまま転がっていた。
違う色を混ぜ合わせ、強力な効果をもたらす戦術。これを『色合わせ』という。慣れないとできない技ではあるものの、今回はお互いに昔の呼吸のまま放つことができた。その呼吸が、サンにとってどこか心地よかった。
驚きながらも変えられてた人はそれぞれ帰路につき、イロクイの待ち構えている方面に向かう人は、姿を確認できない山の方へと向かわせた。
「これであとは紫亜ときらりちゃんだけなのね。翠ちゃんも早く見つけないと」
「すぐに襲われることはないと思います。でも……真畔さん?」
携帯で紫亜に連絡する真畔の顔が冴えない。サンは不安げに訪ねるが、彼女は電話を切ったあと、首を横に振った。
「きらりが、橙乱鬼にさらわれた」
2人して『えっ』と驚く。どうやら操られていた少年の洗脳は解けたものの、突然橙乱鬼が乱入してきらりを誘拐したそうだ。
「これから紫亜と合流して帆布中央病院に向かう。そういう段取りになった」
苦々しい顔になるのも無理はない。大人びても真畔はきらりと同学年。何より守りたいと固く誓っただけに、話を聞かされたショックも大きかった。
「……七瀬さんも、助け出さないとです」
「うん、2人して仲良いから、助け出さないといけないのね」
落ち着いたところに舞い込んできた事態に、不安を隠せない3人。紫亜がくるまでの間、ひとときの休息を得ることができた。しかしその心中は穏やかではなく、気を抜くことができなかった。
城奈とケンカ別れの翠。さらわれたきらり。
しばらく修羅場が続きます。




