いつもの色と怪物の噂
小説家になろうではR15規定があったため、これに沿う形で掲載しています。
直接的な性描写はありませんが、何かまずいものがありましたら一報いただけると幸いです。
「すーちゃんすーちゃん!この前すごいもの見つけたんだよ!」
「なにきらりちゃん。宿題やったの?」
「もーっ、すーちゃんったらお母さんみたいなこと!でもでも」
「遊びに行くんでしょ」
「うむ!」
『すーちゃん』と呼ばれた黒髪の少女がひとつため息をつく。
彼女の名前は六宮・翠、まだ小学生だ。
こっちで待ちわびているワンピースの少女は七瀬・きらり。色々あって友だちになった同い年の少女だ。
同い年と言っても校区が少し違うので学校も違う。だけどスマートフォンもあるし、こういうのは防犯のためって親も買ってくれるので、連絡もすんなり行く。
……と言っても、きらりからバシバシ連絡してくるからあまり関係ない。翠は往々にして言われるがまま、きらりと行動を共にしている。
そして2人は待ち合わせ場所にしている公園に集まっていた。
この公園はわたしの住む『色淵ヶ丘』と、きらりの住む『筆咲』2つの校区の間にあるせいか子供達の遊び場でもあり、陣取りの場にもなっている。
「さ、行こう行こう!」
「行こうって、あぁもう……」
子供だらけの公園からきらりが飛び出し、翠も彼女についていった。
「いつも言ってるけど『あれ』は内緒だよ」
「うんうん、バレたら大変だもんねー。この前洗濯物白くしちゃって大変だったもごもご」
「しー、早く行かないと帰りが遅くなっちゃう」
思わずきらりの口を押さえつつ、翠はきらりを急かす。彼女、翠にとっては『あの秘密』は2人だけの内緒にしておきたい。しばらく歩き、森を入ってさらに進む。この先は私有地になっており、別の子供が入って怒られたことがある場所だ。
「ここって入ったら怒られるんじゃ」
「しー、内緒内緒」
それでもきらりは奥にすすむ。森を抜けるとさらに森、その一角に枯れた大木がぽつんと立っていた。
「ここ? すごいものって」
「そうそう、クラスメイトに聞いたら夕方にね、ここの木が桜みたいになるって!」
「でも、枯れてるように見えるし……嫌な予感」
ふとスマホを見る。時間はそろそろ5時だから、きらりのいう時間とぴったり合う。
目の前には枯死した大木。今にも倒れそうなほど枯れているのに嫌な予感が翠の体中に響く。まるで体が「ここから逃げよう」と言っているかのように感じた、まさにその時だった。
「きゃーっ!」
きらりの悲鳴に慌てて翠が振り向くと、そこには木の枝に片腕と片足を取られたきらりの姿があった。すでに腕や足はすでに木のように節くれ、まるで木と一体化しているかのようにも見える。
「助けて! すーちゃんたすけて! やだ、やだよぉ……」
「きらり……」
きらりの軽率な行動を責めたってしかたないのはわかっている。分かっているが、ハッキリ言ってこの手の怪物は気味が悪い。まるできらりを木に変えるかのように脈打つ枯れ木の枝は、翠に生理的な嫌悪感すら催す。
きらりを助ける手立てはあるにはあるが、助ける為には『あの秘密』を破らなければならない。破るのは出来るだけ避けたい。助けたいと思う気持ちと、秘密を守りたいと思う気持ちが拮抗しあう。
「うん、今助ける」
試しに近くにあった石を投げてみるが、木の枝はひるまない。長い木の棒で節くれた枝を突くと、きらりが嫌そうな顔をする。
「痛いってすーちゃん! ……もしかしたらこれって混じってるかも?」
「混じってるって……ホントだ」
よく見ると木の枝の先端がみえず、きらりの太ももと融合している。スカートの中はすでに白の下着を履いた木の幹になっており、恐らく服の中も、この幹と同じようになっているに違いない。不用心に切ってしまえばきらりを怪我させるだけだ。
「うわーん! どうしよう。このままじゃ本当に木になっちゃうよ!」
「どうしよう、もうちょっと叩いてもいい?」
「いい……いや、やっぱダメ、それにすーちゃんその枝、なんかまずい!」
きらりの向けた視線に合わせる翠。そこには人の腕に似た5股の枝が手を招くように上下にばたついているではないか。これには翠も思わず『ひっ』と声を上げ、枝を放り投げる。
そうこうしている間にも、きらりの顔にまで木の幹を思わせる焦げ茶が伝搬していく。きらりも力を入れて振りほどこうとしているが、元となる大木がざわめくだけ。
こうなれば秘密を破ってでも助けるしかない。翠は覚悟を決めた。
「きらりちゃん『色』使える?」
「ううん、だめ、それに、なんだか変」
きらりは首を振る
「どうしたの?」
「さっきから『色』が吸われてる、全く出ないというか……なんだか木が元気になってる」
きらりがさらに力を入れると、気が活力を取り戻したかのように葉を付けはじめ、逆にきらりの顔半分が一気に樹木になっていく。
「分かった、分かったから止めて!」
慌てて翠が止めると樹木の活性化が収まる。これで何となく察しは付いた。やはり私がやらなくちゃダメなようだ。
「きらりちゃん、ちょっとごめん」
「もう色々まずそうだから何でも良いから、早く!」
翠は集中し、きらりのごつごつとした太ももを握る。きらりの足に幻痛が走り、手は焼けた棒を掴んだかのように痛みと熱が走る。木が自らの『色』を発し、激しく抵抗している証拠だ。
「あつっ! ……でも、助けなきゃ」
それをも我慢して目を見開き、さらに力を入れる。すると握った場所から少しずつ黒い色が侵食し、蝕みとともに木の枝が激しくのたうちはじめた。
「やっぱり、私の『色』だと効果ありか」
「すーちゃんすごい!早く、声、もうや、う゛ぁ」
さらに力を加えるも、木も抵抗して侵蝕すらも早め、ついにきらりの口元や目元が木になり、完全に葉の代わりに髪が生えた樹木と化す。それでも翠が色を加え続けると、ついに木の枝がきらりを切り離した。
「これでおしまい」
翠の『黒』はさらに拡がり、木の枝にへばりつき、そのまま弱らせていく。しばらくすると木の枝は炭のように真っ黒に染まり、動かなくなってしまった。
これが翠の持つ色の力、さしずめ『黒色の力』といったところだろう。
きらりのもつ『白の色』とは対照的に生き物を弱らせ、退け、枯らすことも出来る『黒』は、きらりを守るにうってつけの色でもあり、人を傷つけるかもしれない色でもある。翠はそれをよく知っていたから、色のもたらす力を秘密にしているのだ。
そのきらりはというと――。
「きらり、まだ大丈夫?」
翠が声をかけても反応はない、動かなくなった黒い樹木にはきらりの青い髪が葉の代わりに生い茂り、根元から少しずつ樹木の色である緑に変わっていく。
「ねぇ、ちょっと。しっかりしてよ、ねぇ?」
揺さぶるも反応がない。『本当に変わってしまったか』という不安が翠の頭の中をよぎった。
きらりは昔からこのような怪異に襲われては難を逃れてきた。生き物を活性化させ、引き寄せる色を持つきらりは、あらゆる場所に現れる魔物『イロクイ』から逃げ続けていた。
確かに『色』は魔法のようなものだけど、爆発させたり敵を倒したりするような強い力は秘めてはいない。あくまで色を持つ生物に作用して、相手に色の特性を与えるだけにすぎない。
だけど、きらりの色の力は『生命力そのもの』と言っても過言ではない。命の色、きらりの『白』はその特性からか、今日みたいにイロクイに狙われ続けてきた。そして狙われれば最後、このように色を奪われ、塗り替えられ、モノにされてしまうのだ。
「ねぇ、聞こえてるでしょ。もうイロクイは除けたんだから」
樹木と同化したきらりは応えない。
「そうじゃないと、私どうして良いか分からないんだけど」
樹木に反応はない。いつの間にか葉の侵食が止まっていたが、翠は気づかない。
「ねぇ、ねぇ!」
翠は泣き出しそうな顔をあげ、きらりの形をした木を強く叩く。すると徐々に色を取り戻し、きらりが元の姿に戻っていく。樹木の節くれた堅さも、少女の持つ柔らかさへと変わっていった。
「……えへへ、驚いた?」
翠は思わずきらりの胸をさらにたたく。
「あはは、もうごめんったら、ごめん」
あっけらかんとした笑顔で言葉を返す。きらりは翠の持つ色は、イロクイから色を奪われたり塗り替えられたとしても、自分の色で塗り直すことができる。これが他の人にも出来るかどうかは分からないが、きらりは戻ると知っていてこのようなイタズラを仕掛けてくる。
そうやって、いつもからかっていることに、翠は今になって気づいた――。
「……ふざけすぎ、本当に焦った」
「ごめん。でもすーちゃん本当に頼りになるよ」
そう言って頭を撫でるきらりの顔は、してやったりと満足気な笑顔にあふれていた。
森を抜け、家路につく2人。空はあかね色から暗く、夜の帳が降りようとしていた。
「それにしてもいつもありがとね、すーちゃん」
「いつも思うんだけど、私ってきらりのボディーガード役になってない?」
「あ、バレた?」
『バレるよ』と心の中で思ったものの、伏せておく翠。それによく考えたら、今に始まったことでもなかった。
「でも、頼りにしてる。すーちゃんの行きたいところとか、興味のあるところも私が連れてってあげる」
ね、と返されると反論が出来なくなる翠。生まれた時からこの帆布町に住んでいても、きらりの方がさまざまな場所を知っている。知っているし、イロクイに襲われることもある。
しかし、どこか楽しんでいるようにも見える。このような怪異とたまに出くわすからこそ、馴れてしまったのだろうか。そして、翠は"ボディーガード"を口実にきらりといろんな場所へ行ける。だから退屈しない。そういう意味ではおあいこかもしれないと考えていた。
「もうすぐ日が暮れるし、帰らないと」
「だね、また遊ぼっ!」
「うん、またメールちょうだい」
公園から出発し、公園で別れる。それが2人のお約束。
少し不思議で、だけど退屈しない毎日。
そんな2人を、1人の少女が見送っていた。
「桜の情報を撒いたけどダメだったわね。逆にきらりを危ない目にあわせてしまった」
少女が誰もいなくなった公園の遊具から出てくる。傍目から見ればまるで2人から隠れているかのようにも見えた少女。
「だけど、必ず鬼の子から引き離してみせる。絶対、必ず」
夕闇に溶け込むような赤茶けたストレートヘアが、風になびく。
この少女は何者なのか、それはまた別のお話。
◆今回のおさらい
登場したキャラや用語などを紹介するコーナー
・六宮・翠
ちょっとダウナー系。好奇心はあるが引っ込み思案
黒く染める力があり、強力な力だということをうすうす自覚している。
・七瀬・きらり
ものすごくアッパー系。好奇心はあるが大抵地雷を踏む。
白く染める力があるが、イロクイを強く引き寄せてしまう。
・色
生命力が具現化したもの。流し込むことで相手を染め、様々な効果を与える。うまく相手に流し込んだり、染め上げたりするにはコツが必要。
・木の『イロクイ』
古木に扮して獲物を待ち、人間を狙う。
吸い取った色は色喰いの養分になりきれいな桜の花を咲かせる。
吸われた人間は樹木となって色喰いの一部と化す。
・謎の少女
赤褐色髪ストレートの少女。
色喰いの情報をきらりに与えた張本人のようだが……?