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こんな夢を観た

こんな夢を観た「永遠に失われた言葉」

作者: 夢野彼方
掲載日:2014/11/10

 町の図書館から、「日本語大辞典」という、とても重要な文化財が盗まれてしまった。

「なんとしても、『日本語大辞典』を取り戻さなくてはなりませんよ、むぅにぃ君」志茂田ともるが毅然として言う。「あの本に書き並べられている語を消されては、世の中からその言葉が消えてしまうのですからね」

 すでに、「牛肉をこね、固めて焼いた」あの料理の名前が失われてしまっていた。ファミレスで、それが頼めないとなると、とても困ってしまう。

「わかってるけど、手がかりがないんじゃなぁ」早くも、わたしは挫けそうだった。

「手がかりならあります」

「えっ、どこに?」

「古本屋ですよ」当然、そうに決まっている、と言わんばかりの口調である。


「なんで、古本屋?」わたしは聞いた。

「あれだけ厳重な保管室から奪われたのですよ。とても、人間業とは思えません」それが志茂田の答えだった。

「図書館で働いている人とかは? だって、あの部屋へ案内してくれたのって、受け付けの人だったじゃん」

「あり得ませんね」一蹴されてしまう。「図書に携わるというのは、単に整理し、管理することではありません。言霊を預かるに等しいのです」

「そういうものなんだ……」いつにない重々しい言葉に、自分がただの愚か者に思えてきた。

「この辺りで、一番大きな古本屋、そこを当たってみましょう」 

 この町に古本屋は何軒かあるが、図書館に近く、大きいと言えば、最近できた、あのチェーン店だ。

「ブッキング・オフか。あそこなら、色んな本が揃ってそうだね」わたしはうなずいた。


 黄色い看板が目印の中古本専門店に入るなり、店員総出で、「いらしっしゃいませーっ!」の盛大な歓迎を受ける。

「相変わらずだよね、この店って」とわたし。正直なところ、少々うんざりしていた。

「専門書コーナーへ急ぎますよ、むぅにぃ君」そう言うと、志茂田はさっさと2階へ駆け上がる。

「なんていう本を探せばいいの?」わたしは尋ねた。

「いいえ、本ではありません。『入り口』を探すのです」

「入り口って、今、入ってきたじゃん」

「店のではなく、秘密の入り口です。『日本語大辞典』は、きっとそこにある、わたしはそう踏んでいます」志茂田は自信たっぷりに言った。


「それって、どんな入り口?」

 志茂田は、奥の「この先、18歳未満の方はご入場いただけません」と書かれたブースへ向かう。

「ちょと、志茂田。そこは――」わたしは慌てて、引き止めた。

「わたしの勘に狂いがなければ、この先に違いありません」断固とした態度で入っていく。内心、単なる好奇心ではないか、と勘ぐった。

 入り口の前で待っているのはもっと恥ずかしいので、仕方なくついていく。

 パーティーションの脇に、店員が1人立っている。わたし達を見るや、立ちふさがるように前へと進み出た。

「お客様、この先は立入り禁止です」

「わたし達が18歳未満に見えますか?」志茂田は穏やかに答える。

「ですが、今日はダメです。えーと、その……。そう、棚卸しがあるんです」


 驚いたことに、志茂田はいきなり店員の腕をつかみ、捻り上げた。

「ウソを言ってはいけません。このチェーン店の棚卸しは月末のはず。今月はまだ、始まったばかりですよ」

「イタタッ、何するんですか、お客さん! 放して下さいっ。さもないと、警察を呼びますよっ!」店員は悲鳴を上げる。

「それは好都合」志茂田はわたしの方を向き、「むぅにぃ君、警察に電話をして下さい。ここに、『シミ』が1匹、紛れ込んでいる、とね」

「シミ?」何がなんだか。

「この男は店員などではありません。シミです。古本に憑く妖怪ですよ。古本が多く集まれば集まるほど、こやつらは力をつけるのです」

 店員は、薄ら笑いを浮かべた。

「なんだ、ばれちゃってたのか。だけど、この先にゃ行かせないよ。結界があるんだ。通れるもんか。そして、このオレ様も、みすみす捕まってはいないのさ」

 そう言うと、体がすうっと透けていく。

 図書館へは、こうやって侵入したのか。


「これを見るんです」志茂田は、後ろポケットからカード・ケースを出した。妖怪シミは、イタズラを見つかった子供のように、ドキッとした顔をする。

「お前、図書委員長だったのかよっ!」消えかけた体が、再び実体へと戻った。

「しょせんは本の虫、元の姿に戻りなさい」志茂田は、カード・ケースで九字を切る。シミは、煙と共に消失した。

「死んじゃったの?」わたしは言った。

「足元をよくご覧なさい。それが、正体です」

 床の上を、銀色をした小さな虫が這っていく。

「ゲジゲジみたいなのがいる」

「ヤマトシミです。古本を食い荒らす害虫ですよ」

 ヤマトシミは、本棚を登って、手近な古本の隙間に潜ってしまった。

「逃げちゃったよ、志茂田」

「放っておきなさい、むぅにぃ君。もう、ただのちっぽけな生き物です。命まで取ることもないでしょう」


 シミが本来の姿に戻ったことで、結界が解けたらしい。これと言って抵抗もなく、奥へと行くことができた。

「何これっ、壁一面、文字だらけ!」わたしは目を見張った。部屋の真ん中に置かれた机には、古くて大きな革表紙の本が置き去りにされている。

「ああ、これこそまさしく『日本語大辞典』ですよ」志茂田は本を開いた。「だいぶ、文字が抜かれてしまっていますね。壁に貼ってあるのが、そうなのでしょう」

「あっ、あれ、あの文字。読めないけど、見覚えがある」わたしの頭の中には、「牛肉をこねて固め、ジュウジュウと焼いた」料理が浮かぶ。

「むぅにぃ君、それを壁から剥がして、この本に重ねてみて下さい」志茂田が指示する。

 言われた通り、爪の先でめくって、シールのように剥がす。それを本の上に置くと、染み込むように消えていく。


「あっ……」突如として、忘れていた記憶が蘇った。「そうだ、『ハンバーグ・ステーキ』」

「シミめ、『言葉』を乾燥させてから、じっくりと味わうつもりでしたね。さあ、むぅにぃ君。手分けして剥がしにかかりましょう。剥がす時、文字をあんまりじろじろと見ないよう、手際よくお願いしますよ」

 何百、何千もの「言葉」を、わたし達は片っ端から剥がし、「日本語大辞典」に戻していく。

 それにしても、こんなにたくさんの言葉を、一時的とは言え、失っていたのか。案外、不自由しないものだなぁ。


 とある「言葉」がわたしの注意を惹く。本に戻していないので読めないが、陰鬱で、ひどく嫌な感じがする。

「むぅにぃ君、手が留守になっていますよ」志茂田が声をかけるが、よほどぼんやりしていたらしい。まったく、耳に入っていなかった。

「むぅにぃ君っ、そら、文字に見入ってはいけないと言ったはずですよっ!」そう怒鳴りつけられ、ハッと我に返る。

 見ている目の前で、その「言葉」がどんどん崩れていく。そしてついに、どこの国の文字でもない、絡まり合った糸くずのようになってしまった。

「えっ、どういうこと?」取り返しのつかないことをしてしまった、という恐怖が湧き起こる。

「ゲシュタルトの崩壊ですよ」志茂田が静かにつぶやく。「もう、その『言葉』はこの世には存在しません。いったい、何を消してしまったのです?」


 おろおろと、わたしは考えつく限りを述べる。

「確か、国と国とがいさかい合って、武力で相手を攻めたり、攻め込まれたり……」

「なるほど、なるほど。わかりました、あの言葉ですか。人間の作った中で、とりわけ愚かなものの1つですね。消滅してくれて、いい厄介払いができましたよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] とても考えさせられる作品でした。 このような作品を書けるなんて、本当に素晴らしいと思います! この世から無くなったほうが良い言葉というものも、やはりあるんですね……
2014/11/17 19:59 退会済み
管理
[良い点] いつものようなコメディーオチかな、と思いましたが、まさかの終着点。 色々考えさせられる、中身の濃い小説でした。
[良い点] こんばんは。 図書委員長、恰好良くて好きです! 言葉が盗まれるなんて、発想が斬新で面白かったです。 あの国と国との諍いを表す言葉、無くすと対義語はどうなるのでしょう? 一緒に無くなってしま…
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