9話『パンズ・ラビリンス』
新たな仲間を加えて小鳥たちの探索は今日も行われる。
何度目かのダンジョン潜りである。その日もいつも通り、パルと入り口で待ち合わせしてお気楽に冒険は始められた。
「では今日も鼻歌交じりで軽く行きましょう」
それが……彼女の最後の言葉だった。もちろん嘘だ。誰も信じてはいけない。この世は欺瞞に満ちている。面倒な事に、当たり前だが。
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「コトリさんは、どうやって罠を見分けてるんでウサ?」
と聞いてくるのは新たなパーティにしてウサ耳シスターのパルである。
ですます丁寧口調だと小鳥と被るので、地雷解体をしながらの交渉により彼の語尾に特徴をつけることに小鳥は成功した。フグリッシュは無理だったが。
ともかく。
このイカレさんと小鳥とパルのパーティにおいて罠を警戒するのは小鳥の役目である。ダンジョン内に罠がぎっしりと云うわけではないけれども、最低ニ時間に一つは普通に進んでいたら誰かが引っかかりそうな位置に罠が仕掛けられている。実際多いのではないかとやはり思い直す。
罠には種類がある。トラバサミや落とし穴、転移罠、矢が飛んできたり石が落ちてきたり地雷だったりと様々だ。特に矢が多い。膝に矢を受けて引退した冒険者は数を知れない。
とりあえずそれらに引っかかると致命的な被害を受ける事もあるので、なんとか防ぎ続けている小鳥の働きは、まあイカレさんもそれなりに認めるぐらいであった。
パルの疑問に小鳥は葉巻を取り出して火をつけながら答える。
「10%の才能と20%の努力、30%の臆病さと残り40%は運……でしょうね」
「答えになってねェぞ、それ……」
「えほっ、えほっ……うえ゛え……すみません噎せました葉巻とか吸えませんようこれ。未成年者の喫煙反対」
「じゃあなんで吸ったんだアホ!」
「だってちょっとクールに決めるところだと思って……収録の際は黒塗りお願いします」
小鳥のようなとぼけた少女ではゴルゴになれない。コブラにも。葉巻を吸ってワインをくゆらせ膝の上の猫を撫でる夢はもはや叶わない。狭まれた人生の未来は無常だが、誰にでも訪れる諦めだ。
彼女がヴァニラウェア卿から貰った葉巻は先端を切り落として懐にしまわれた。何の葉が巻かれているのか不明だが、警察に見つかったら公園にいたイラン人から貰ったと答えるようにと釘を刺されていたものだ。
「要するに最初から罠があると疑ってかかれば、最低限安全なルートを注意するぐらいはそんなに苦じゃないわけですよ。あとお約束的に仕掛けられてる罠が多いですし」
「そうウサか?」
「例えばこんな会話をしていると噂をすれば影とばかりに罠が現れます。イカレさんの十歩手前にまた地雷が仕掛けられていたり」
地雷と聞いてイカレさんの足が止まった。小鳥は特に考えも無く煽る。
「へーいマスターびびってる。男なら地雷ヒロインはフラグ潰えてもゲットしろというではないですか」
蹴られた。
仕方が無いので先行して十歩先にあったワイヤー連動式クレイモア地雷を無造作に回収する小鳥。誰かが置いたにしろ自然発生にしろ、仕掛けたのならば回収出来ない道理はない。国際条約的にもそうだ。
そしてクレイモア地雷に印字されたものを見ながら首を捻る。
(米軍のやつかな? 英語だけど)
ダンジョンでは様々な世界の物質が現出するのである……。
*********
ふと小鳥は後鳥羽上皇のことを高校で歴史教師は『後鳥羽JK』って板書していた事を思い出して訝しんだ。今の状況とは特に何の関係も無いが。
歩きながらパルのハミングでリズムを取りダンジョンを進む一行。魔物を倒したりお宝を探したりとダンジョンを満喫している。
魔物同様にダンジョンではお宝も自然発生するのだが、無機物として発生したお宝は壊さない限りは消えないし、消えても魔鉱は発生しない。これは、魔物の発生原因とアイテムのそれは別なので起こることである。
中にはこの世界に二つとない、国宝として知られる物や伝説上に残るが既に破壊されたと記録にある物、または製造概念がそもそもこの世界には存在しない物まで出現して好事家も多い。
そんなお宝見つかればいいねと言いながらも、精精回収できているのは古い硬貨やキノコみたいな物質、後はトラバサミとかだった。貴重なものは中層以降に現れ、それも話に残るほどの貴重品は数えるほどしか出てきていない。
「そういえばパラッパッパッパーくんはどうしてダンジョンに?」
「あの……パルですウサ。だんだん原型がなくなってますウサ」
「諦めとけ」
諦め癖の付いてきているイカレさんの助言にパルはがっくりと項垂れた。
「えーとウサ……ボクの家は小さな教会なんですが、お金が無くてやりくり出来ないんでウサ。
最初はたちんぼとかパンパンで稼いでたんでウサが、神様から『いやうちの信徒なら歌で稼げよ!』って天の声が来て、それで冒険者とか酒場の歌い手になったでウサ」
「……そりゃ神様もツッコミ入れるわなァ。ツッコミどころ満載だ」
「ツ、ツッコミ所ってそういう意味ウサ!? 興奮してきたウサ」
「仲間の選択を非常ォォにミスった気がするぞ俺」
後悔と哀愁を背中に漂わせたイカレさんにとりあえずフォローの言葉をかけることにする。
「そんなことありませんよイカレさん。特に召喚士と忍者は相性がいいんです」
「……なんで?」
「召喚士は魔力が高くなるので忍者ジョブに召喚のアビリティを付けておくと、投げるのコマンドで火遁とかのアイテムの威力がパナくなります。二刀流で片手にエアナイフを装備していればシルドラ召喚の威力が更にドンですし」
「……ナニソレ」
小鳥のゲーム脳から発せられたアドバイスに怪訝な感じになったイカレさんはともかく。
「戦闘面においては大体イカレさん一人で十分ですしね。そういえばイカレさん、やたらと召喚術を使ってますが魔力は切れないのですか?」
「問題無ェ。召喚士は勝手にそこらの大気中に散らばった魔力の回収できんだよ。それを使ってりゃ余程のことがねェ限り魔力切れはならねェからな」
「ほう、其れは便利な」
「つーか手前も俺からの魔力供給で魔力切れも無いだろ」
「魔力供給というと……体のパスを繋げて……つまりエロ系儀式……ウサ、ウサー!」
「……このエロバニーも興奮すると魔力が増えるタイプみたいですし」
「ウサウサ、一発抜くと魔力が減」
「うるせェ黙れ」
乙女には理解不能なことを言いかけたパルを軽く小突いて黙らせるイカレさん。
この三人で問題らしい問題といえば、殺到する殺人魔鳥の弾幕を抜けて接近されたときに対応力が無いことぐらいだろうか。イカレさんは素手で、パルはショタでやはり素手だ。女子高生が銃とナイフ持ったぐらいじゃはしゃいだ中型犬にも勝てはしないだろう。何せ中型犬でも熊を殺す能力を持っている。つまり熊は中型犬以下なので女子高生と同レベルということだろうか。研究が急がれる。
イカレさんの鳥召喚術で抑え切れない相手に接近されたら全滅必至である。暴れ牛の群れとか。爆走するゴーレムとか。
(唐突ですが人生というのはお約束で出来ている気がしなくはないですか)
誰にともなく、小鳥は心のなかで呼びかける。
遊泳禁止の場所でこそ子供は泳ぎ、熊注意の看板のないところに熊は出ない。恐らく。まあ、2分の1ぐらいの確率では。
つまり警戒を促すこと事象を発生させる第一原因になる。そういう説を出したのは三人も殴り殺したフランスの脚本家だ。彼はチェスボクシングの際に起こったやむを得ない紳士的過失として無罪を主張していた。
パルが耳をピクリと動かした。
「……前方から『助けて』と絶叫しながらダッシュでこっちに逃げてくる人とその後ろを爆走するゴーレムの足音みたいなのが聞こえますウサ」
「やはり」
「爆走か。んー止まってる相手だったらロック鳥でバリバリ食わせるんだが……この空間じゃ一撃で吹っ飛ばす鳥を召喚すると多分逃げてくる奴も一緒に吹っ飛ばすことになるな」
イカレさんが腕を組みながら言う。
今進んでいる通路はせいぜい一車線ほどの幅と高さ3メートルほどの空間であった。上に張り付いてやり過ごすなどもゴーレムの身長次第では難しい。
ならば。
「イカレさん、どうします」
「決まってんだろ、逃げてくるヤツごと吹っ飛ばす」
「あちゃー」
会話をしているうちに、パルの高性能聴覚でなくても悲鳴とゴンゴンと激しい足音が聞こえてきた。
イカレさんは一応大声を出して注意を喚起する。実際優しい。彼にも人の心はあったのだ。祝福せよ、天よ。
「おォーい。今からそっちに高火力ぶち込むからその、なんだ。頑張れよ?」
「酷い助けが来たああ!!??」
叫びが帰ってきたことに満足したイカレさん。
「召喚『デススターリング』8羽編成」
中型召喚陣が中空に8つ出現。そこから黒色の椋鳥がぎゃ、ぎゅ、などと鳴き声を上げながら出てきた。
イカレさんの手の合図と同時に鳥達は一直線に通路の向こうへ羽を広げて飛び向かう。速度はそれほどでもないが、ビシリと進んだ通路の壁に僅かな亀裂が入り空気が乱されたような感覚がこちらにも伝わる。
小鳥にも打ち込んだことがあるそれを顰めっ面をしたまま彼は解説する。
「あれァ羽ばたくと羽根から衝撃波を出す種類の鳥でなァ。特に群れになると衝撃波が増加してすれ違った家すら崩す。数百羽の群れの大移動は地面を抉った跡が残るんだぜェ?」
「ツッコミがわりに人に向けるべきで無い魔鳥ですな」
「ウササ……悲鳴の種類が変わったのが凄く気の毒ウサ」
そしてイカレさんは夜光鳥を先行させてつかつかと通路を進み、その先に倒れてうめき声を上げている鎧姿の戦士と魔法使い、僧服のパーティを一瞥。
素通りして粉々になって薄れいくゴーレムに蹴りを入れつつ、完全に消えたゴーレムの魔鉱を回収した。
(イカレさん予想より攻撃力高いなあ……遠距離っていうのもありますが)
それこそ空腹で倒れそうなときに襲われた以外はピンチになったことがない──この一瞬で倒したゴーレムも、普通の冒険者なら危ないのだろう、逃げてるに──イカレさんへの評価を高める。
「ちっシケてやがる。おい冒険者共。助けた謝礼寄越せ」
「キャーイカレサンステキチンピラー」
「この人いつもこんなんウサ……?」
「いつもです」
断言する。
パルが絶句しているのを尻目にイカレさんは鎧の人をつま先で蹴りながら催促。これは酷い。
ぐぐぐ、と鎧の男が顔を上げて答える。鎧の男は鎧の男なのでそれ以外の特徴も無い。ザ・鎧マン。超人強度低し。
「しょ……召喚士か……?」
「はいはーい。そォだぜ。助けられた事を理解したなら謝礼寄越すんだなお兄さんよォ」
「ぐ……召喚士はどいつもこいつも性格悪いな!」
「あん? 蟲のやつと比較してんのか? どォでもいいぜ。とにかく身ぐるみ寄越せ」
「冒険者相助協定を知らんのか! 追い剥ぎは違法で行動不能冒険者には救助努力義務があるのだぞ!」
「えっ本気ィ? ……おい手前らァ、見なかったことにしてさっさと先に進むかァ」
面倒くさいので即見捨てるイカレさん。
しかし行動不能になった冒険者の方は、このまま戦闘不能の状態で魔物と遭遇したらたまったものじゃないとばかりにがっくりと頭を下げて頼む。
「すまんマジ助けてくれ……一応行動不能冒険者を救助すれば保険金が報酬としてギルドから支給されるぞ」
「ちっ。最初からそォ言やいいンだよ。そろそろ腹も減ったから帰るぞ手前ら」
「ウサウサ、せめて体力回復の歌でも歌っておくウサ」
イカレさんが運搬用のダチョウの如き鳥を召喚しつつ、パルは体力小回復と怪我治癒効果のある聖歌『軽やかなる音楽団』を口ずさむ。
あくまで少し癒されるという程度の効果なので、全身ズタボロになって気絶している者の意識はすぐには戻らないが。
「そっちの僧侶の人が起き上がれば少しは回復も楽になるウサけど。癒神信仰の僧侶みたいウサし」
「ほう、僧職にもいろいろ種類が」
「もちろんウサ。癒神は回復系秘跡が得意ウサ。他にも冒険者だと、戦神の僧侶が多いウサね。能力強化系でリアルモンクウサ。後は旅神司祭。最初に深層に到達した人が居るぐらい有名で便利ウサ」
「そいつは魔力が切れて秘跡も使えないんだ……だから期待はしないでくれ」
鎧の人がぐったりと鳥の上に横たわりながら告げる。
しかしそれにしても、と小鳥は三人を見回して考える。
鎧の人:姿は見えないけれど鎧の大きさからして筋骨隆々戦士。
僧侶:中年の恰幅のいいオッサン。
魔法使い:不健康そうな青年。
のパーティである。これは、
「ヒソヒソ……きっとこの人達ホモですよパーくん」
「魔法使いの人総受けだと思うウサ。ああPTってそういう……」
「そこ! 不名誉なうわさ話をするな!」
「あーうっせうっせ。とっとと帰っぞ」
イカレさんは救助人を乗っけた鳥を先行させてきた道を引き返し始めた。
彼は鳥を探すという目的でダンジョンに通い始めたのに攻略態度が真面目ではない。来たくもないのに仕方なく来ているとかそんな感じがする。隙あらばサボろうとするし気合を入れて泊まり込みでは中々来ようとしない。でも目的は達成しなければならない。
どちらにせよ、メイン火力であるイカレさんの行動指針が小鳥らのパーティの決定だ。それに適当に戦って適当に帰ってもそこそこ稼げるのでパルも文句は無いようであった。
「そうやって今回の冒険は終わりました……帰る途中で救助者を載せた鳥が地雷踏んで吹っ飛ばされ鎧の人の首の骨が外れかけましたが、わたしの応急手当でなんとかなったので些事ですね。元医者のお母さんには医者には向いてないと進路相談で言われましたが、捨てたものじゃありません。対案として将来の目標は魔女を薦めてくるあたり真っ当なお母さんではありませんが」
「おい、出口近ェんだから独り言やめろ。周りの視線がうぜェ」
*********
冒険者の宿入り口でそれなりの額の救出報酬を貰うと流れで解散ということになった。
時刻は夕方。小鳥はそろそろ宿に戻って夕飯の準備をしなくてはいけない。
「そうだ、パリスくん。たまにはうちでご飯食べていきません?」
「え? コトリさんのところでウサ? いつの間にフラグが勃ったのかな……」
「全然立ってませんが。出会って間もないというのに図々しいウサギですね……とにかく、仲間なのですから手料理を振る舞うぐらいしますよ」
パルの住処は小さな教会である。
本人談では冒険者になるまでは日頃市場から出た野菜くずを食べていたようだ。食生活が質素すぎてアレだが、一応最近は改善されて野菜くずから傷んで半額のシールが貼られた野菜に変更されているらしい。
うきうきと喜んで付いてくるパルが小声で何やら言っているのを小鳥イヤーでキャッチ。
「ウサウサ、ご飯を作ってくれるとはもうルート入ってるウサね……モテるショタボーイは辛いウサ」
……。
(作るのやめよっかなあ)
かなりマジでそう思った。
スライムもりもり亭。
小鳥とイカレさん、アイスの住まう宿の名前である。その名の通りスライム族が店主をしている。普段は排水口の掃除とかしててあまり見かけることは無いがいい人……というかスライムである。
パルを連れて入り口をくぐると、テーブルでコーヒーを飲みながら読書をしている、巨乳ニットセーター姿のアイスがいた。
こちらに目を向けて彼女は軽く手をあげる。
「お帰り、サイモンくんにコトリくん」
「おォ」
「ただいま戻りました。今日は冒険仲間も連れて来まして一緒に夕飯でも──パっくん?」
何故か両目を抑えてうずくまるパルに声をかける。
彼はひねり出すように叫び出した。
「ぐああああオッパイが! 巨乳が突然目に飛び込んできて帝都のモラルがハザードランプ点灯ウサ!」
「意味はわかりませんが」
「コトリさん巨乳がいるなら『あのね、喜ばしいニュースがあるんだけど』と前もって言ってくれないとびっくりするウサ! う、嬉しい誤算だよこれは……!」
謎の非難を浴びて思わず自分のぺたりとした胸を撫でる小鳥。
ぽかんとした目で見ているアイスによろよろと彼は近寄っていく。
「持病の球体数え症候群が……いっぱーい、にーぱーい、即ちボク元気なのですよわかるウサ!?」
アイスさんの胸のふくらみを指さし確認しつつ叫ぶ。狂ったように発情期のように若さとはそういうものだと主張するがごとく。
怪訝そうに彼女がやや表情を苦くしながら尋ねる。
「……コトリくん、コレは?」
「なんというか仲間ですけどうまく言葉に出来ないですね」
「……仲間は選びなさい」
鬱陶しそうに目の前で顔をキラキラさせているウサ耳少年を見る。
「初めましてパルですお姉さん! ところでオネショタという単語に興味はありませんか!」
「無いよ」
「オーパーツ鑑定士の資格を持っているものですがおっとその胸は? ウササ貴女は実にラッキーウサ。ボクのお目にかかるなんて幸運、ここで逃す選択は無いウサよ?」
「……」
アイスはジト目をしながら、デコピンの要領で指を弾いた。
それはパルの顎に快音──デコピンでそんな音出るのってレベルの──を出して当たり、
「ウサ……!? 平衡感覚が……」
「ちょっと脳を揺らしたのだ。落ち着くといい」
ふらつくパルはそれでも赤い瞳に淀んだ光を灯し、
「おっとふらついて頭が枕っぱいの方へ倒れこんだウサー! でもふらつかせたのはアイスさんなので自業自得ウサー!」
凄い勢いで頭をアイスさんの胸へ倒れる。侮れない。
弾力を感じるより先に二撃目のデコピンが今度は「めき」という骨体が軋む音を立てて彼の額に直撃し、鮮血を額から吹き出しながら後ろに吹き飛ぶ。
「ウサー!? ただでは起きないぞそのままボクの頭は反対方向へ──!」
そして起き上がり小法師のような動きで小鳥に向かって倒れる。
急にパルが来たので彼女は反応も出来ず、身体で受け止めてしまう。彼の頭は、ご、と音を立てて小鳥の胸に当たった。
「あ、コトリさんすみませんウサ。胸骨、大丈夫だったウサ?」
「胸骨……一応オパイに頭が当たったのに心配されるのは骨ですか」
やれやれと思っているとパルは振り返って来て熱弁し始める。
「いいですかウサ、ボクは何も貧乳に価値がないとか思っているわけじゃないウサ! 貧乳好きには大きく2つのグループに別れるウサ。1つはロリ体型が好きなガチ野郎、もう1つは『貧乳にコンプレックスを持ってる子』好きな人ウサ! まあボクは両方ウサが。
コトリさんの場合貧乳をなんとも思っていないからいけないウサ! その慎ましやかな胸をオパイ扱いして欲しかったらまずは自覚を持つことが大事ウサ!」
「なんで他人に胸についてどうこう言われなきゃならんのでしょう」
「随分いい空気を吸っているようだが、その子」
胸にコンプレックスと言われても別に自分に巨乳が欲しいわけじゃないのでピンと来ない小鳥である。
(うちのお母さんも貧乳でしたし)
パルはいいですか、と前置きしたので何事かと思わず頷く小鳥。
「よっしゃ許可出たウサ」
そう言うと彼は両の手を小鳥の胸にぺたりと触れた。
「え、いいですかってそっちの許可なの?」
それどころか顔面を押し付けてふんがふんがとしている。
「ほーらこうされてもちゃんとオパイ扱いして慌てるとか暴れるとか赤面するとかしないからいけないウサ。もっとコトリさんはオパイを大事にするウサ!」
「むう……納得がいくようないかないような」
「少年、ちょっと調子上げすぎだ……」
ゆらりと怖い笑顔でアイスが立ち上がった。片手に例のバットを持ちながら。
それはそうと、小鳥は思い出したことを口にする。
「確かに多少自分の身体に無頓着ではありますが……両親や友達には、ちゃんといやらしいことをされそうになった時は対応しろと言われましたね」
「ウサ?」
「コカンに一子相伝の暗殺系打撃で」
「不具リッシュウサー!!」
殴ることなどそうそう無い小鳥は手加減ってどの程度必要なのかわからなかったが、とりあえず拳をパルのコカーンにぶち込んだ。生暖かい嫌な感触を覚える。拳が泣いている。そして崩れ落ちるパル。
小鳥は汗を拭うような仕草をして、泡を吹いて白目になったパルを一瞥。
「悪は去った。それではお夕飯の準備をしますので」
「時々容赦ないなあコトリくん」
「ったくおいパル公、手前のせいで飯の時間が遅くなっただろォが」
「ぐ、ぐぐぐプラスマイナスゼロ、言葉巧みに貧乳堪能したから損はしていないウサ……! あと結構女の子に殴られるって嫌いじゃないウサ……!」
「……結構ォしぶといのなこいつ」
そんなやり取りを聞きながら厨房へ行った。
中華は火力、と叫びながら中華鍋っぽいものを振り回しドジャアと油の跳ねるいい音を出しながら創ったのが、
「こちらのクリームシチューです」
「いつも思うんだが納得いかねェ」
「たっぷり鍋で煮込んで創ったミートパイも一緒にどうぞ」
「鍋から出てきたのにカリッとした焼き目がついているウサ……」
過程はともかく結果が伴えばどうでもよかろうなのだと云うのが彼女の持論だ。
一口食べれば素材の味がどうであれ幼い頃から洗脳を受けていたかのように美味いと判断してしまう味付けの料理である。
パルは一口スプーンでシチューを掬って食べた後、ウサーと叫んで猛烈な勢いで食べ出した。
「おいしいウサ、おいしいウサ」
「ゆっくり食べるといいですよ、ほら口元汚れています」
ごしごしと素直に拭われる姿は見た目相応の子供なのであるが……。
(あ、これ布巾じゃなくて雑巾だった。まあいいや)
適当に布を放り投げつつ、軽く涙ぐむパルの話を聞く。
「こんな美味しいご飯を食べたのは、ホモだった教会の司祭様が生きてた時以来ウサ……クスリのキメ過ぎで早死したウサけど」
「それはそれは。碌でもないですね」
「ウサウサ……コトリさんとっても良い人ウサ。結婚しようウサ」
「その選択肢を選ぶには好感度が足りませんなあ」
うふふ、と談笑しながら食事を進める。
イカレさんがミートパイを齧りながらふと声を上げた。
「ん? 変わった食感の肉だなァおい。何の肉だ?」
「ウサギです」
「ふゥん」
「…………」
パルが口にミートパイを咥えたまま動きを停止した。
「なァるほど。いざというときゃ食えるのか」
イカレさんの鈍く光る眼差しがちらりとパルを捉えると、顔を青くしてブルブル震え出した。
確かにイカレさん程のチンピラならば人肉を齧り泥水を啜って薄汚く生き延びるのが似合っているだろうと小鳥も納得したので大きく頷く。
食後はカードゲームなどをして遊び、適当な時間でパルは住処の教会へ帰って行った。
そんなこんなで新しい仲間とも仲良くやっている小鳥であった。