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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
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8話『シスターACT』




 地下迷宮『ダンジョン』

 異世界召喚術を持った魔王が居を構えていた城の地下が元となっている、複雑怪奇不可思議にして空間や次元が歪み乱れた空間。

 そこには魔鉱と呼ばれる魔力を宿した石と、それを核に生み出されたモンスターが半異次元と化したダンジョンで魍魎跋扈している。

 生息する魔物は、地上では人間社会に溶け込んだ亜種族や知恵ある獣と同一の姿をしていることもあるが、一様に凶暴で攻撃的である。そして致命傷を与えれば石に戻る性質を持つ。

 故に、ダンジョンに潜る冒険者の中でオークやリザードマンなどの亜人族は身分証明を兼ねているダンジョン開拓公社──通称ギルドの社員証が失くせない貴重品である。

 逆に言うと。

 ダンジョン内で違法行為っぽいことをしている亜人や人間で社員証を持っていなければ魔物とみなして問答無用で攻撃しても対して問題はない。本当に失くして困っているのならば他の社員に会った時に戦闘意志の無い事を主張しなければならないのである。

 そんな基本的な事を思いながらイカレさんと小鳥が見ている光景は、


「へっへっへ。殺す前にいい想いさせてやるゴブよ」

「ああー! や、やだ、エロ注意なことさせらますぅぅ-!」

「こんな危ねえところに一人でくるなんて無用心なやつゴブ……叫んだところで誰も助けに来やしないゴブ」


 何らかの気配を感じて──或いは小鳥の勘で進んできたわけだが、異種陵辱系エロゲみたいなイベントが行われていた。

 以前に酒場で歌っていた気がするウサ耳で修道服の小柄な少女が縛られて放置されており、緑褐色の肌をした小柄なオッサンめいたゴブリンだかに襲われてかけている。恐らくは性的な意味で。

 小鳥とイカレさんはやや離れたところからウォッチしてイベントCGを回収。


(いや、違うか)


 これも何らかのフラグであると小鳥は無意味にズレた思考をしながら、声を潜めてイカレさんに囁きかける。


「イカレさん、イカレさん。あれは犯罪orデッドイベントでは」

「そォだろーな、多分。魔鉱で再現されたゴブリンだろ」


 ゴブリン自体はペナルカンドでも見かける亜人だが、多くは他の種族と交流をしておらずに害獣か野盗めいた存在として知られている。


「ではイカレさん、格好良く登場して助けあのウサ耳シスターとフラグを立てて来てください。よっ、このエロゲー主人公」

「時折手前を心底殺したくなる衝動に耐えてる俺はお人好しなんだろォか」


 微妙に嫌がるイカレさんの手を引いて陵辱未遂現場にこっそりと近寄る。

 イカレさんに下手に助けさせたら遠距離からの魔鳥の襲撃で一掃という、身も蓋もない助け方になってしまうだろう。鳥が助けたのかイカレさんが助けたのかこれではわからない。

 故に目立ってから助けさせる。恩を売るにはコレが定番であると小鳥は信じている。

 彼女は息を大きく吸い込んで声を出した。


「助けならいるさ、ここに一人な!」

「手前は数に入ってないんだ」


 ポツリとうんざりしたイカレさんのつぶやきは、無視した。

 彼女の叫びにゴブリン達の視線がこちら──虹色発光体ことイカレさんへと集まる。小鳥は彼の後ろにやや下がっているので目立たない。


「な、何者コブ!?」

「ええい、邪魔をするというのなら容赦はしないゴブ!」


 棍棒を構え出したゴブリン二名。イカレさんも面倒そうに手を上げる。


「あ、ちょっと待ってください。OP流しますから」

「ちっ……仕方ないゴブね」

「仕方ねェのかよ」


 小鳥の制止の声に動きを止めたゴブリン。イカレさんはもう本当にどうでも良さそうに頭を振った。

 BGM発生装置は無いので小鳥が代わりにテーマソングを口ずさむ。


「街を包む~ふんふーんふーん~♪」


 記憶に曖昧な歌詞を語感で誤魔化し、歌う。

 シスターもやや肌蹴た修道服のまま呆然とこっちを見ていた。歌は続く。


「孤独な~フンフンフーン、フンフフーン♪」


 イカレさんは苛立たしげに足をカツカツ鳴らしている。


「フフフー、紛れもなくやーつさー♪」


 ゴブリンはごくり、と唾を飲む。

 歌はサビへと入った。




「フーフフーン♪」



「曖ッ昧ッすぎるだろおおおがああああ!!」




 イカレさんの絶叫と共に、八つ当たり気味の召喚術でゴブリンらは吹っ飛んだ。

 折角歌詞の無断転用を気にして曖昧にしたというのに、小鳥は悲しむのであった。 


(許される、はずのない……フンフフーン)




 *************





 現在小鳥とイカレさんはダンジョンに潜っている。

 ダンジョン攻略は経験がものをいう世界だ。金があるからといって日がな一日氷水を齧っているイカレさんにもそう説明して、時間があるときにダンジョンへと潜り少しずつ慣れていこうということにした。

 そもそも彼はダンジョン奥深くに居るとされる鳥が目的なのだから自主的にサボっててはいつまでも目的が達成できない。卒論前だと云うのに無駄にごろごろと時間を潰す学生のようではいけないのだ。

 死んで覚える不思議なダンジョン。それが帝都地下の魔王城地下壕である。死んだら終わりだが。生憎と蘇生してくれる教会や次のレベルを教えてくれる王は居ない。

 というわけでさっさと小鳥も冒険者登録を済ませ、この前に買った布で作った忍者ルックに身を包みダンジョンへ行くことにした。紅いストールにおしゃれカタビラは欠かせない。その二つさえあればだいたい忍者だ。

 そして魔物を倒したり罠を回避したりしながら進んでいた。

 ダンジョンは無数に枝分かれした地下迷宮であり、それも時折入れ替わり空間が歪んで距離が異なる構造になっているためにマップも入る度に変わると言われている。それでも浅い階層、中層部、深層部などと魔物の強さで一応は分けられている。

 正しいと云うべきか罠というべきか、特定の分かれ道を選べば早く中層部の敵が出てくるようになる。そこを選ぶ道の選択は謎の直感力がある小鳥が担当して、戦闘ではイカレさん一人で基本的に充分であった。

 遠距離から無尽蔵かつ一方的に攻撃できる鳥召喚術はどのような局面でも強力な攻撃方法だ。

 小鳥の基本的な役目は荷物持ちと迷わぬようにマッピング、罠の看破など補助的なことである。どれも鳥取県民ならば基礎技能だ。これが無くては万年呪われし砂漠に沈む都市で迷い裏世界でひっそりと幕を閉じる。この場合の裏世界とは、裏日本のことだ。

 ともあれ、その探索の途中で陵辱寸前ウサ耳シスターを助けたのであった。


「あ、ありがとうございましたぁ……」


 そこはかとなく、ゴブリンごとふっ飛ばされた影響でボロボロになったシスターがペコリと頭を下げた。その頭に付属しているウサ耳も垂れる。

 シスターは儚げな印象を持つ美少女で、子供が背伸びして修道服を着ているようにも見え、そして頭についたウサ耳が幼さを感じさせる。

 イカレさんは素敵なゲスチンピラ笑顔で言う。


「おォ。で、助けた謝礼は」

「え」

「謝礼だ謝礼。命と貞操の対価を払えっつってんですけどよォ」

「うわ笑顔で最悪ですねイカレさん。チンピラー」


 なんとでも言え、と開き直りながらイカレさんはシスターの頭をハンドボールのように掴んで恐喝を繰り返した。

 

(これは犯罪or犯罪では)


 小鳥は訝しむ。ギルド内では冒険者通報窓口があることも確認済みだ。

 しかし共犯者扱いされても困るので、黙殺することに決めた。この場合の殺とはまあこのウサ耳が殺されることも含めて。諦めが肝心なのだ。

 ビクビクして涙目になったシスターは口をあわあわさせて必死に云う。


「すすす、すみません、今お金とか持ってなくて……」

「じゃあよォ、食料とか魔鉱とか、ともかく何か寄越せや」

「本当に何も無くて……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

「ちっ。手ぶらでダンジョンたァ何考えてやがるボケ」

「その言葉イカレさんにもブーメランですからね。荷物わたしが持ってますし」


 この前もソロ素潜りしてたイカレさんが云う台詞ではない。

 しかし。

 小鳥は華奢な見た目の後衛系シスターが一人で居るのは少し違和感を感じた。

 ゴブリンにやられるぐらいにひ弱なのである。バットを振り回してゴーレム級を殴り壊すアイス、遠距離から卑怯なまでに魔鳥攻撃をするイカレさんのように強くなければこの暴力の支配する時代では生きていけまい。

 イベント進行のために小鳥は話を聞くことにした。


「プリューアシ」

「は、はい!?」

「おっとすみません。思わず独自言語を使ってしまいまして。まずは背中を向き合いお互いに十歩。振り返りざまに自己紹介と行きましょうか」

「凄まじく意味わからねェ行為を始めんな」

「自己紹介といえば学園モノの登場人物でやけに周りのキャラにスリーサイズを認識されてたりする現象って自己紹介で暴露してるんですかね。あと学園のアイドルとかマドンナとか王子様って実在するのかしらん」

「知るか」


 彼女の通っていた学校のアイドル的偶像と言えば校庭に飾ってあった安曇磯良という深きものどものような造形の海神像であったのだが、卒業生が寄贈したというのは呪いか何かだという噂が絶えない。

 ひとまずイカレさんの気のない返事を聞きながら、小鳥は荒野のルールの通りにバニーシスターに背を向けようとする。


「あの、そういえば名前も名乗らずにすみません。歌神信仰のシスターをやらせてもらっています、兎人のパルと申します」

「まさかの不意打ち。いつだって悪役ガンマンは約束を守らないものです。しかし決闘の儀式に反した悪党は、荒野では死よりも辛い扱いとなるのです。顔面の皮を削いで精霊に捧げましょう。ああ偉大なるモケーレムベンベ様……」

「えええええ!?」

「おいコイツの言うことを一々聞いてても意味ねェぞ。適当に聞き流せ」


 どうしよう、と言った風に小鳥とイカレさんをキョロキョロ見回しているウサ耳──パルという少女である。


(約束を破られても負けたわけじゃないです)


 かつてガンマンの決闘で銃声が重なった後に先にヒーローが膝をついて、悪役がにやりと笑った後に悪役のほうが倒れてやられるという演出を使った監督は偉大だ。まあそんな感じで最後の勝利を確信しながら小鳥は名乗り返した。


「新感覚闇魔法系忍者ガンマン、鳥飼小鳥でござれる」

「ござれる?」

「こちらは晩御飯前でも氷とか齧ってることに定評のある健康不良青年、その名もイカレサンタニエッロ──むぎゅ」

「サイモンだ」


 イカレさんに顔面を掴まれて黙らせられる小鳥。

 いつだってメディアは権力とか暴力とかに屈する。表現の自由を取り戻すには主にギロチンの使用と資本家の犠牲が必要だ。


「……拘りますね、イカレさん」

「だんだん手前に名前を呼ばれたらと思うと怖気がしてきたからもう手前はそれでいいが、勝手に人に紹介するんじゃねェぞ」


 イカレさんとのじゃれあいに戸惑ったようなパルだったが、とにかく小鳥は話を続けた。

 

「それでパルちゃん、どうして汝は装備や仲間の一つも無くダンジョンにいたのか言うてみよ」

「なんで居丈高になるんだよ」


 すると彼女は少し俯いて掠れるような声を絞り出した。


「その……仲間が二人居たんですけれど……見捨てられて、持ち物も奪われて縄で縛られたまま置いていかれたんです。そこをゴブリンに襲われて……」


 思い出して恐怖が蘇ったのか、真っ赤な目から涙をぼろぼろと零し始めた。

 イカレさんはゴミの分別をしない人がいるらしい、とでも聞いたようなどうでも良さ気な声で返事をする。


「ふゥん。悪ィやつもいたもんだ」

「おおよしよし、怖かったですねパルちゃん、ほらイカレさんに抱きつきつつ涙を拭って」

「ありがとうございましたあ……怖かったですう……」

「はっ!? オイコラひっつくな! 手前、何誘導してやがる!」


 イカレさんに日頃の感謝を込めて役得させているというのに彼は不満そうに振り払おうとしている。

 ウサ耳美少女シスターに抱きつかれているのにこの反応。


(やはり……ホモ……)


 疑いつつもこれはパーティ加入イベントだとネジが弾け飛んだ頭で判断して提案する。


「まあまあイカレさん。わたしの故郷では兎だって鳥の仲間なんですからいいじゃないですか鳥召喚士として面倒を見ても」


 イカレさんは疑わしげな視線を送りながら、


「はァ? そォなのか? つっても俺ァどっちかって言うと亜人だとハーピーが好みなんだが……



                                                 ……!」


 突然イカレさんの動きが止まった。顔も表情が凍ったままになる。

 ひしりと彼の腰に抱きついているパルをぎぎぎ、と見下ろしてイカレさんはいつになく低い声を搾り出す。まるでスリッパを履いたら中から昆虫を潰した感触がしたように。


「……お、おい……俺の太ももに……何か固いスティック状のものが当たってるんだが……」

「はい?」


 小鳥は視線を彼に抱きついているパルへ向ける。だいたい、身長差からしてイカレさんの太もも辺りにパルの股が。

 

(……股にあるスティック状のもの?)


 パルの着ている修道服はもちろん女性用でややスカート丈の短い、頭にはフードの付いていないものである。小鳥は密かに風俗店のパチモノシスターみたいとか思ったことは内緒だ。小柄な少女体型なパルだが、体の起伏は小鳥より無いように見えて……

 いや。起伏あった。

 一部にあった。

 露骨に股間に。イカレさんと密着しているそこに。保健室で『おとこのこのからだのひみつ』を読んだことのある小鳥には理解できた。直接は見たこと無いけれど。彼女の父は恥ずかしがって一緒にお風呂入ろうとはしない。

 頭の中で終わりのないディフェンスに立ち上がるイメージを浮かべながら確認のように呟く。

 

「ショタシスター……実在していたのですか」

「うがァァ! コイツ男じゃねェか! しかも発情してるしィィィィッ!」

「すすすすすみません、ボク、すぐに興奮する体質でして……!」

「離れろボケェェ! 召喚『キーニングイーグル』!」


 ホモと断ずるにはあまりにひどい少年への仕打ち。イカレさんが召喚した鷹は耳をつんざくような「キー!」という鳴き声をダンジョンに鳴り響かせた。小鳥は耳を塞いだものの、イカレさんの直ぐ側で叫びを受けたパルは頭を抑えて倒れる。

 肩で息をしながら、目を回したパルを見下ろすイカレさん。


「ウサギってそういえば万年発情期なんですってね」

「あークソ思い出した。兎人種はよく風俗とかキャバクラとかで働いてんだ。行かねェから忘れてたが」

「関係ないですけど当時中学生のうさぎちゃんと付き合っていた大学生のタキシード仮面様って結構アレですよね」

「本当に関係無さそうな話題だな」

「あの格好で原付とか乗ってるタキシード仮面様は当時からどうかと思ってましたが……おや、パル蔵が起きましたよ」


 ゴブリンの陵辱されそうになり、イカレさんの衝撃は付き鳥召喚術でふっ飛ばされ、おまけに高周波攻撃まで受けたパルはもう満身創痍といった感じによろよろと起き上がった。


「ううう……前の野良パーティの人たちも『男じゃねーか!』とか言ってボクを放り出したんです……ひどい……」

「まあ勘違いするのは相手の勝手ですからねえ」

「ひどいよう……ボクは相手が男の人でも大丈夫なのに……っていうかバッチコイなのに……」

「おいもっかい哭け」


 何かやらしい事を言うパルに再びキーニングイーグルが高周波追撃。パルは陸に打ち上げられた魚のように体をビクンビクンさせた。

 それでも何とかぐぐぐ、と顔を上げてパルが懇願するように言う。


「すみませんすみません、すぐに収めますから本当に音波攻撃はやめてくださいお願いします」

「収めるって……こんなところで妙なことを」

「違います! 歌です! 歌を歌えば性欲だって収まるんです! 性欲で増大した魔力を聖歌で発散さえすれば……!」


 涙目で首を振りながら、パルは息を大きく吸って仰向けになりながら歌声を紡ぎ出した。


「い、いきます。聖歌『軽やかなる音楽団』」


 歌のタイトルらしきものを唱えてから、パルの歌が始まった。恐らくは女性シンガー向けの高い音域な歌だ。

 神聖さとか荘厳さよりも、楽しく明るいアップテンポの曲である。教会で歌うよりは大きいお友達を集めてライブ会場で歌うほうが似合っているような軽さがある。

 

「イカレさん、ソロシンガーなのに、楽器の音も聞こえるんですが」

「声に魔力を載せることで空気を振動させて音を発生させてるんだろ。歌神信仰の能力だ」

「ほう、それはバンドメンバー募集中当方ボーカルの人などには便利な能力」


 言いながらもパルの歌を聞いているとそこはかとなく疲れが取れてくるのを小鳥は感じた。聖歌は魔力を込めて神への奉納を行い、[秘跡]を行使する司祭の能力である。戦神や癒神などでそれぞれ秘跡に必要な奉納も効果も違ってくる。

 この歌の効果は体力の回復と小さな傷程度ならば治す事ができるものであった。 

 やがて元気も戻ったのかパルは歌いながら立ち上がりリズムを取りつつ踊りって一分半ほどの長さの曲は終了した。


「──と、お粗末さまでした」

「いえいえ。なかなか良かったですよ。こっちの体力も回復したし。ねえイカレさん」

「あん? 俺の体に作用する効果は七曜防護で打ち消されたから一切効いてねェが?」

「えええええ……」


 七曜防護レインボウエフェクト……思い出したかのように出てくるイカレさんの虹色に発光している目と髪の毛だ。

 スキル効果はイカレさんに眼や耳など頭を仲介して効果が発揮される状態変化などの無効。

 味方の使う補助魔法も無効化されるってのは不便でもある。一応、薬とかなど体の内部に取り入れるものは効果があるのだが。

 折角の歌声による効果が無かった──或いはそれにより多少の立場の挽回を企てていた──パルはがっくりと項垂れた。

 イカレさんは冷たい声で告げる。背中を向けて歩きだしながら。


「じゃァなエロウサギ。そのへんで野垂れ死ね。おい手前。さっさと行くぞ」

「ああああのちょっとすみません見捨てないでくださいっていうかその置いて行かないでくださいお願いします」

「引っ付くなクソボケチンポコが!」


 無自覚なのか意識的なのか抱きつくように縋り付くパルにローキックを入れるイカレさん。

 捨てられてはたまらぬと、パルもイカレさんにしがみついて引きずられるように移動する。

 小鳥は涙目のパルの頭を撫でながら一応弁明した。

 

「まあまあイカレイパーさん、落ち着いて」

(殺そう)

「あっ今物騒なこと考えましたねダメですよ忍法で読めますよ。それより折角のイベントで知り合ったのでダンジョン攻略の仲間にパル公を加えてはどうでしょう」

「はァ!? その万年発情期クレイジーホモをか!?」


 露骨に嫌そうな顔をするイカレさん。


「しかしほら、攻撃役のイカレさんに加えて補助や回復係も欲しいじゃないですか。イカレさんに効かないとしても。ついでにわたしの担当しているBGM係を交代できますし」

「BGM係?」


 パルが不思議そうに聞き返した。イカレさんは嘆息しながら、


「そのアホは歩いてる間ひたすら鼻歌歌ったりしてるんだ」

「鈴を鳴らしていたほうが熊には襲われないのですよ?」

「はあ……」

「でも人が食料を持っている事を知った熊は鈴の音の方向に寄ってくるようになるらしいですね」

「どォでもいいわ。つーかゴブリンにやられる程度の雑魚シスターが役に立つのかよ」

「うう……」

「そうですね……」


 いいながら一つ、小鳥はこのバニーボーイを有効活用出来ないか試してみることにした。


「ええと、例えばパピリオ君、耳は良い方ですよね? 悪いとか言ったらその邪魔なやつを引きちぎりますから」

「ひぃ……も、もちろん良いですよう! 教会の三軒先のお宅の睦事だって聞き取れます! おかずにできます!」

「いらない情報をありがとう。で、風通しだとか魔物の足音だとか反響音だとかで、道の先に何があるかわかります?」

「はい、もちろん! 探索では旅神司祭に次いで歌神司祭を連れて行くのが冒険者の鉄則なのです!」

「ほら、微妙に役に立ちそうですよイカレさん。どうせ戦闘はイカレさん任せで平気へっちゃらなのですから」

「ちっ……まァどォでもいいわ。拾ったんなら世話は手前がしろよ」

「ペット扱いですねえ」


 頭をガリガリと掻きながら云うイカレさん。ダンジョンにおける順路選択の大切さは彼にもよくわかっている。実際に行き止まりなどに捕まると大いな時間の浪費になってしまうことを体験しているからだ。

 戦闘で困ればイカレさん以上に強いとなるとアイスぐらいしか居ないわけで、おまけに彼女は忙しいから誘わない方針である。貸し借りを作るのが面倒なのだと云うイカレさんの考えだ。

 ならば後は罠回避の小鳥と、補助のパルがいれば丁度良いのかもしれない。

 

(まあ後それと、なんかイベントっぽい出会い方をしたのでお約束的に仲間に引きこむのが面白いかなって思ったんです。そこはかとなく実家で飼っている兎を思い出すのも原因の1つでしょうか。お母さんが造ったクローン兎のクロちゃん、元気にしてるでしょうか。共通点ウサ耳だけですが)


 仲間を失ったパルもお願いしますお願いしますと頭を下げて、イカレさんは「あーもう」と苛立った声を立てながらもとりあえずは認めたようである。

 甘いというか、面倒がそれ以上面倒に為ろうとするのならばあまり頓着しないようにしているのだ。


「よかったですねとパルやんに声をかけます」


 小鳥は彼のウサ耳を撫でながら祝福した。やはり触り心地が良い。いざ彼が頓死したら切り取って鞣して飾りにしようと計画を立てる。

 すると彼は顔を赤くして、何故か内股になって腰を引いた。

 ……その行動は? と小鳥が訝しむ。


「あ、あのあの、女の人に撫でられたらつい興奮してきて……」

「どんだけ淫獣だよこいつ! 両刀か!」

「パルライザーくんの興奮を落ち着かせるため三十秒ドローイングで描いたイラスト、題名『クルミクラッシュマシーン』を見せます」

「うわあ玉ヒュン」

「うわァ玉ヒュン」


 取り出したスケッチブックに描かれた、衝撃的前衛的残虐的破滅的嗜虐的テロリズム絵画に、男性二人は股を抑え異口同音に感想を言って数歩下がった。

 そうなるほど、


「生理的嫌悪感を感じる……」


 絵だったのである。


 結局性欲を抑えるためにも、移動中のBGMという名の魔力発散歌唱をパルは義務付けられた。

 殺人魔物が出現するダンジョン道中を無駄に明るい声の響かせて三人は気だるげとお気楽に進んでいく。


 こうしてダンジョン探索隊に新たなパーティ、両刀発情系ウサ耳ショタシスターのパルが参入した。

 ……小鳥は属性が多いと思わなくもなかった。




「 ※パルが仲間になった!

  名前:パル

  種族:兎人

  職業:歌神信仰シスター

  技能:聖歌

     高性能聴覚

     性欲ブースト

     体力30

     魔力80~230

     攻撃50

     防御20


                   」


「だからなんで手前、口でわざわざ意味のわからん説明すんの? 馬鹿なの?」

「いえまあなんの基準もない適当なステータスですが」

「もしかして何かある度にそれを云うんですか?」

「面倒なのでやめます。ぱやぱや」


 早くもパルは小鳥を軽く狂人だと認識するようになった。





 **********






 なお、その後三人でやや進み。



「早速罠踏んでるんじゃねェよエロウサギィ!」

「ごごごごめんなさい、コトリさんが軽く『そことそこ罠ですしおすし』なんて言うものだからてっきり冗談かと……」

「地雷原で嘘なんて付きませんよ。はいはい、動かないでくださいねパルシーくん。足を離したら爆発しますから」

「ひいいいいい」

「やったことはないですが、ようつべでの見よう見まねでナイフで地雷を解体しますから暫く耐えてくださいねー。あ、それとパルスターくん、ですます口調だとわたしと被るから特徴的な口癖とかどうですか?」

「なんで今そんな話を!?」

「個人的には男の娘なので、語尾に『フグリッシュ』をつけるとかマジおすすめですよ」

「無理ですー!」

「こいつら置いて先に進もうかな……あン? なんか踏んだ」

「あ、イカレさんも地雷踏みましたね? 動いたら足が吹き飛びますよ?」

「うォォい早く助けろォォ!」

 



 まあこんな感じで今日は冒険して帰還したと、小鳥は冒険の書に記したのであった……。




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