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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
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7話『レベッカのお買いもの日記』




 料理を学ぶならばまず菓子がいいと云う言葉を残したのは、かのジャム作りで有名だったノストラダムスだという説がある。名言は残るべくして残る。残りたく無いのも含めて。

 いや、既に地球は火星人に統治されていることに人類は目を背けているだけかもしれない。試しにロキシー・ミュージックを流すのも良い。頭が破裂して死ぬ者が出たら、その事実を知った貴方は真理と引き換えに拉致されて脳に金属片とか埋め込まれる。まあほぼ、間違いなく。

 それはともかく。

 お菓子の調理法は絶妙だ。基本的にレシピから逸脱すると、例えばクリームは油と分離しスポンジは硬くなりキャラメルは焦げ飴は固まらずゼリーは崩れる。

 予言されたようにレシピ通り。

 分量をグラム単位で測って作る。科学の実験さながらにである。

 その繊細さがお菓子を普通の美味しさにする。例えば塩っけが濃いから薄めるだとか具材を追加してみようとかいう、普通の料理よりもずっとレシピの大事さを知る。

 菓子を作るならプリンがいい。

 砂糖の甘すぎず口当たりのよい量、卵の乳化作用、熱の入れ方……様々な要素が絡み合い、そして少ない量ごとに作れるので練習によい。

 であるから。

 アイスに小鳥は教えてプリンを作らせたのだが……。


 ※『冒涜的なスライム』が作成されました。


「むう……おかしい」

「いえまあおかしではないですけど、変ですね」


 うねうねと動きまわる黒いプリン状の何かを二人で見ながら首をかしげた。

 明らかに食品ではない。魔物的な邪悪核を持つスライム生命体だ。台所は基本的に動物や植物の死骸残骸を刻み損壊させる場だというのに、新たな生命を生み出すというのはある種の感動的な奇跡かもしれないが。

 確認するように言う。


「ええと、料理の過程を振り返ります」

「そうだな」

「まずはアイスさんが手を付けたのが駄目でしたね……」

「根本的な問題じゃないか!」


 評価に対してクレームが飛んできた。

 いつだって顧客は文句をつけてもその過程を聞こうとしない。彼らにとって大事なのは保証とか賠償とか、まあそんなものだ。だから企業側も「仕様です」というしか無い。結局、企業にとっても中途説明は保証とか賠償を逸らすための弁舌でしか無いのだから。

 はぐらかす事が大事なのだとわかっている小鳥はクレームにめげずに話を続ける。


「左様でございますか。それでは材料から振り返りましょう。アイスさん、使用した材料を言ってみてください」


 料理の失敗には材料の不備が第一に挙げられる。続いて熱加減の失敗、味見の不徹底などだがお菓子づくりに置いて大事なのは材料の種類と分量だ。

 肉じゃがを作ろうとしてジャガイモがないからカボチャをかわりに使っても、肉じゃがという名称ではないにせよ大体美味しい料理は出来上がる。一方お菓子の場合、クリームがないからマヨネーズを使用したら惨事になる。タンサンの代わりに重曹を使用してもダメだ。砂糖の一グラムの誤差がオールバックの美食家の無銭飲食を招く。

 アイスは顎に手を当てながら答えた。


「プリンの材料だろう? まずは卵に砂糖、牛乳にエッセンス類、そしてねばねば」

「ねばねば」

「いや、ぬるぬるだったかな?」

「ぬるぬる」


 オウム返ししてしまった。


「なんですかその移動力か投擲能力が下がりそうな、敵に使ってもそんなに意味ないアイテムみたいな名前の食材は」

「そうは言われても……プリンのプルプル感を出すのに必要だと思ったのだが」

「ネバったプリンは即廃棄になると思います」


 料理下手な人は何かとアイデアで食材を追加したがる。大体は苦い後悔に枕を濡らすだけの結果に終わるというのに。

 小鳥はため息を付きながら動きまわる冒涜的なスライムをお皿に移した。

 多少の失敗ならば教訓として、まずくてもアイスに完食させるつもりだったが。

 新たな生命を生み出してしまったのならばもはや食べさせることも出来ない。冒涜的なスライムは宿の大家さん──知恵あるスライム族である──にプレゼントすることにした。




 結構喜ばれた。





 **********





 朝起きて左手を突き出し「バーン!」と精神力を撃ち出す仕草をしつつ何も起きないので、自分は記憶を消しTS整形手術をして退屈な日常生活を送る宇宙海賊ではない事を確認するのが小鳥の日課だ。


 今日は休講日で学生は休みである。とはいえアイスは忙しそうに出かけて行ったが。教員は仕事があるのである。


(そういえばこっちに召喚される前に進路相談の紙を渡されましたが何と書いたやら。なんで学生という特権階級にいながら、労働者に成り下がるための相談をしなければいけないのでしょうか。今のうちに働かずに生きて行く方法を考えたほうが有意義なのでは)


 思いながらもともあれ。

 休日なので今のうちにやらなければならない事がある。

 買い物だ。鳥取風に言うならばスロ打ちである。鳥取県民は普通買い物をパチスロで補うのだが、一応小鳥にも貨幣を直接品物に換える物流システムがあることは知っている。


「イカレさんイカレさん、お買い物行きましょうよう」

「えェ……面倒ォじゃね? 何か買わなくても、氷水と砂糖ぐらいありゃ生きていけるっつーか」


 グラスに入れた氷を齧っている欠食児童みたいイカレさんである。

 基本的に貧乏生活の彼は浪費の仕方を知らないようだ。以前ダンジョンに潜ったことで手に入れた金も、ちまちまと切り崩しながら底辺の生活を続けている。

 小鳥としては外見との生活態度に合わせて金が手に入ったら女を買うか博打を打つか安酒で消費して貰ったほうが似合っていて嬉しく思うのだったが。

 少々困ったように小鳥は云う。


「次にダンジョンに潜るときのために色々用意が必要じゃないですか。わたしの装備とか。布の服じゃ戦えませんよ」

「装備ねェ」

「そして非情なほど残念なことにわたしはお金がありません。イカレさんに借りなければ買い物もできないのです。ああ、学食でクラスメイトが美味しそうにAランチを食べているときに哀れなわたしはお弁当でした」

「いや、手前の弁当クソ美味ェからいいじゃん」


 小鳥は学校に行っている間イカレさんが飢えないように彼の分もお弁当を作っているので味の感想を言われた。

 クソみたいに美味しいと言われると、イカレさんが糞を美味しく感じている人種のようにも聞こえるが、彼はそういう趣味は無いので安心して欲しい。


「まあそれはともかくスカトレさん」

「人をとんでもない性癖の持ち主のように呼ぶんじゃねェ。俺の名前はサイモンだ」

「イカレさんでしたね」

「……」

「おっと? 無言で椅子を振りかぶるのはやめてください。人質がどうなってもいいんですか?」

「人質ィ?」


 凶悪な人相で暴行を働こうとするイカレ氏に忠告する。


「わたしを殴るとそのダメージはEUの経済に影響を与えますよ?」


 吹かしをこいたものの小鳥は2発殴られた。床にうずくまり超痛がっている。もし元の世界に戻ってEUが崩壊していたら、原因の一因をイカレさんが担っているだろう。その罪の重さに小鳥は慄いた。


「とにかく、わたしはまだこの世界に来て買い物もしてませんし。異世界の市場とやらもみたいです。またパジャマでダンジョンに潜るわけにも行きませんので肩パッドとかモヒカンとか防具が必要です」

「モヒカンは防具なのかァ?」

「服だってコレ、アイスさんのお下がりなんですけどあまりに胸スペースが悲しいから自分で縫い直したぐらいですよ?」

「地味に小器用だなおい」


 家庭科の成績は良かったである。手縫いのセーターを一晩で作れたり、重箱の弁当を早朝に用意できたりするぐらいには。女子高生なら常識の範疇ではあるのでことさら自慢はしないが。

 イカレさんは頬杖を突きながら半目で尋ねてきた。


「つーか借りるっつっても返すアテとかあんの? 手前」

「そうですね……例えばここが土人同然の国ならばアイデア商品で一儲けできるのですが……」


 中世異世界っぽい雰囲気の帝都だが、文明レベルはそれなりに発展している。上下水道は完備しているし社会福祉もそこそこ充実していた。小鳥も役場で住民登録させられたぐらいだ。

 そんな中、女子高生が一言二言発した程度で大儲けできるものはそう無さそうである。コーラ瓶が降ってきた程度で大騒ぎは起きない。むしろ学内など自販機がある。何故か『つめた~い』と『あたたか~い』の他に『親の顔がみた~い』『親に孫の顔を見せてあげた~い』があるけれども。


「しかし考えはあります。漫画の新人賞で賞金を貰うとか」

「漫画ァ? 手前、漫画とか作れるの?」

「やったことはないですがうふふ、イカレさんわたしを誰だと思っているのです。異世界人ですよ?

 つまり、異世界で大ヒットした漫画を丸パクリしてもこっちでは著作権だとかパクリ検証とかトレス疑惑だとか『パクってるのにオリジナルに比べて全く面白くないよね』とかいう評価を受けなくても済むのです」

「なんだその最後の妙に物哀しい話は」

「少年漫画を描いて大ヒット大儲けでアニメ化されて美人声優と結婚しようと張り切る二人の少年の物語とかも人気でした。それにあやかりましょう」

「すげェ欲望丸出しだな少年二人」

「確か、サイコと囚人のコンビでしたっけ」

「社会復帰が先だろ少年二人」


 架空少年漫画家の話はともかく。


「どんな本が最近ヒットしているかも調べなくてはなりませんから、それも含めてお買い物行きましょう」

「……まァいいか」


 不承不承といった風にイカレさんも納得したようで、重たい腰を上げた。

 一人で行かないのかという問題については危なそうなので却下である。治安がいいか悪いか、ロウかカオスかで言えばカオスでダークなのだ。ヒーローの居ないヒーロータウン状態。だが安心してほしい。バッドマンが居なくてもゴッサムの平和を守るヒーローは居るのだ。酔って酒瓶で殴るマンとか。





 ***********






 帝都の街は活気がある。

 それだけは確実のようだ。以外に広い主要道路が碁盤のように並び、道の真中を馬車や運送用なのか、背負子付きのゴーレムが走り回っていた。左右には商店が立ち並び生鮮食品から服や小物を扱う店、オープンテラスの喫茶店なども多く見られる。

 道行く人も様々で、犬や猫の獣人、エルフ耳の人、リザードマン、中には下半身にスライムみたいなのを付けて移動している人魚もいた。夜になると更にゾンビや狼男、吸血鬼に蟲人などの姿も多く見られる。

 まるでモンスター博覧会だが、ゾンビであろうとハーフゴーレムであろうと役所で住民登録を行えば帝民としての権利は手に入る。住むための義務もそうだが。

 帝都は肌の色や髪の色、生まれや育ちに関係なく開かれた街である。

 

「勝手にうろうろしてはぐれたら知らねェからな俺」


 そう言いながらイカレさんは街中まで乗ってきた大型の鳥から下りた。

 鳥は現実的に考えるならばダチョウをマッシブにしたのような、地を走る鳥であった。宿の前からそれで道路に出て進んだのである。

 飛んで行かないのかと聞いたら着陸場所の確保が面倒なのだと返ってきた。そういうわけで、イカレさんの背中にしがみつきつつ小鳥も街を見物しながら来たのだ。結構揺れたが、物珍しい風景だった為に疲れは無かった。

 適当に路駐された鳥から降りると、イカレさんは召喚していたそれを消してふらふらと歩き出した。

 鳥取しゃんしゃん祭りのような人混みにイカレさんを見失わないように小鳥は慌てて付いて行く。とはいえ、髪の毛がレインボーな人などそういないので眼に付きやすい。

 今まで学校への行き帰りも馬車を利用していたため街中を歩くのは初めてであった。

 学校よりも雑多な人種に、時折鎧などを着た人も見える。いわゆるダンジョンへ潜る冒険者や傭兵も多く帝都には住んでいる。空には羽の生えたハーピーや飛行系竜人が飛んだり人を運んだりしているのは、空中運搬業だろう。

 商店からは客引きの声が常に上がり続け、立ち止まった客が値引き交渉なども行っている。

 鳥取では人工的な音声で蟻地獄の砂壷の如く人をパチ屋に呼びかける以外は寂しいものなのだが、それと大きな違いだ。

 小鳥は小走りでイカレさんの隣に並び、口を開いた。


「イカレさん、イカレさん。賑やかな街ですね。ところでどちらへ向かってるのですか?」

「冒険者用の武器だか防具だか道具が売ってるとこだ。知り合いの本召喚士にガイドブック借りた」

「本召喚士さんですか。そういえばイカレさんのエロ漫画の供給もそちらから?」

「ケケケ。あの本召喚士の女ァ、書痴の癖してエロ本は苦手だから反応がウケルんだよなァ……」

「セクハラ魔人か」


 邪悪な顔で笑うイカレさんに思わず突っ込む小鳥。基本的に紳士からは程遠い性格をしているが、そんな中学生じみた嫌がらせを好き好んでするとは流石童貞である。

 イカレさんの手にはそんなに厚くない雑誌のような物がある。それが件の召喚された本のようだ。


「ところで本召喚士というと本だけ召喚できるのですか?」

「あァ。正確には本の形をした紙の束なら歴史上世界中どこにある文書だろォが問答無用で召喚できる、召喚士一族でも変わり種だ」

「それはまた、使いようによっては怖い力ですね……」

「だろォ? 思春期のティーンエイジャーが記したポエムや設定ノートをこっそり読みふけるのが趣味らしィぜ。恐ろしい能力だ」

「やはりですか。魔王の如き所業ですな」


 危険過ぎる存在だ。そんな人物の存在が迂闊に広まれば気安く黒歴史も残せない。

 まあおまけ程度の能力だが、国や歴史に関する重要文書もサクサク召喚できる。本人は表には決して出ないし召喚士達の私事以外では協力もしないのだけれども。権力も世界もどうでもよく、日がな一日本を読んでいる引き篭もりらしい。


(誰にも気づかずに他人の黒歴史をニヤニヤと眺めているとは。どう考えても際どい人物。あまり関わり合いたくないですね)


 思いながらも小鳥はイカレさんの後をついていった。

 あちこちに目移りしながらやがて辿り着いたのは、かなり大きな建物だった。


「お買い物ならデパートで、か。わかりやすくはあるな。ガイドブックにも紹介されてたが。色んな店舗が入ってるらしィ」

「デパートですか……すみませんこのデパートの名前──百貨店[商店街ジェノサイド]とあるのですが。『当店に売上を貢献して表通りの商店街を抹殺することにご協力ください』って書いてますよ」

「えェと? 歴史あるデパートらしィぜこれでも。社名に関してはまァ色々あんだろ興味ねェが」

「その歴史とやらは恐らく争いの歴史ですよね。かつて戦争があった……」


 ツッコミたい気持ちもあったが、小鳥はひとまず納得してイカレさんと共に人の流れの早い入り口へと入っていく。

 デパートの中は、そう小鳥の世界のデパートと変ることはない。整然と並んだ商品に清潔感のある雰囲気。階層ごとに違う商品の種類。地下には食料品売り場。恐らくどの世界でも変わらないデパートという概念だった。

 ゴーレム動力で動いているエレベーターに乗って冒険者や傭兵、または登山家などのサバイバル用品店が集まる階に降り立った。


「お。ここか」

「武器屋チックですね」

「血のついた斧とか飾ってるしなァ」

「アレは食紅ですよ。酸化具合でわかります」


 言い合いながらモールへと入る。デパートの一角で、鉄の匂いのする場所だった。

 店内には剣を始めとして、斧や槍、弓矢等のポピュラーな武器からどう使うのかわからないような刃物も置かれている。

 キョロキョロとイカレさんも見回しながら、


「で、手前なに使うの。バトルアックスとか?」

「ロリが斧を使うのは形式美ではありますが、わたしはほら体型はともかくロリって年じゃありませんし。そもそもあの斧とかわたしより重そうですし」

 

 腕力で人を引きちぎれそうな大男とかが使いそうな巨斧を指さしながら答える。小柄で体重も軽い小鳥では持つどころか立掛けられただけで潰れそうだ。

 剣は鞘に入れられて飾られたものから、フランスパンのように適当に籠に突っ込まれた安物っぽいものまである。

 安物のブロードソードをひとつ握って持ち上げてみる。


「うわっ。重っ。ムリムリ。こんなん振り回せませんな」

「……わかってたことだが、貧弱だな手前」


 冷静に考えれば、ろくに訓練などしていない女子高生では鉄製の棒を持って素振りなどすれば多分二十回も行かないうちに筋肉は萎える。ベースボールのバットなどよりずっと重いのである。こんなものを持って歩くだけでくたびれるだろう。

 小鳥は剣を諦めたように棚に戻した。そもそも、モンスター相手に近接戦闘など訓練の一つもしていない女子高生にできるはずがなく、訓練したからといってバケモノと斬り合える女子高生などそういないだろう。ファンタジーやメルヘンじゃないんだから。

 

(……腕や腰の細さがわたしとそう変わらないアイスさんが、おおよそ体感20kgもあるバットを軽々ぎゅおんぎゅおんと風切り音を出しながら振り回すのは異世界人補正でしょうか)


 少し悩むものの、一部は正しくある。アイスの場合は身体能力強化術式を無詠唱発動で使用可能な為に、通常よりも遥かに力を増大させることができる。だが、20kgのバットを振り回しまくるのは素の腕力である。

 身体能力強化術式は基礎魔法に含まれる為に、強化倍率の程度はともかく小鳥も学校で学べばそのうちに使えるようになるだろう。

 とにかく自分の器にあった武器を選ぶ事が必要だ。腕力と体力と速度に関わりの無い道具がいい。いや、戦闘は一切合切イカレさんに任せるつもりで彼女はいるのだが。


「えーと軽いのはありませんかね」

「手前、忍者って設定だろ? 投げナイフとか手裏剣とかスタンガンとか……」

「ふむ」


 次に刀身の長さが人差し指より少し長い程度の投げナイフを手にした。

 同時に頭に文字が浮かんでくる……。



「名称:スローイングダガー

 攻撃力:19

 攻撃範囲:前方2マス

 属性:斬・投

 命中補正:90%      」

 

「何をぶつぶつ独り言で申告してるんだ手前きめェ」

「いえ。RPG風の武器のステータスが浮かんできた……フリをしただけで別に何もなかったですね。脳内で勝手に評価を出しただけです。実際の性能とは異なる部分があるのでご了承ください」

「……」


 小鳥が意味もなく攻撃数値を適当に算出したのだが、イカレさんはアンニュイな表情をしてしまった。

 ともかく投擲用ということなので、数メートル離れたところにある傷だらけの的に小鳥は格好良く腕を一閃。空間を銀線が通る。

 が、と音を立ててナイフは的から弾かれた。


「当てるのは出来るんですけど、刺さりませんね……」

「コツとかあるんじゃね? 知らねェが」

「でもナイフは罠の解除とか怪我の治療とか職質受けた時の証拠など何かと役に立つので欲しいです」


 買い物かごに10本セットのナイフを入れた。

 そして次に目をつけたのは、


「おお、コレは銃ではないですか」

「銃だが」


 激安、現品限りという広告のついた銃が売られていた。構造はシンプルなリボルバー式拳銃に見える。カートの中に山積みだった。

 そして一丁の値段はナイフ並の安売りだ。


「銃は良いですよ……わたしが使おうが筋肉モリモリマッチョマンの変態が使おうが、均一の威力を発揮してくれます」

「そんなによくねェだろ。前に帝都の銃士隊が演習でお茶汲み部隊に負けたぐらいだし」

「どうやって負けるんですかそれ」


 弾に水分がかかる……にしても、乾燥の魔法は風属性の初級術式だ。銃を扱う部隊に、最も考慮される火薬の湿潤に対応する術者が一人もいないというのも考えにくい。

 イカレさんはダルそうに頭を掻きながら云う。


「あーめんどくせェ……なんつったっけ? 茶やコーヒーに含まれるなんとかが銃のなんとかに作用してなんか……」

「全然わかりませんが……」


 イカレさんが頭をがりがりと掻きながら説明になっていない説明を口ごもっていると、ふと立ち止まった女性が居た。

 オーソドックスなメイド服を着用したやや背の高い、黒髪の女性だ。押しているカートには多数の地雷や爆弾が几帳面に積み込まれている。


「では私が解説致しましょう」

「誰手前」

「ペナルカンドで普及している銃には様々な弱点が存在致します。茶に関してはそれに含まれるカフェイン成分や熱が銃に使われるガンパウダーと化合して微量でも膨張爆発を起こす致命的欠陥が問題視致されています。

 故に実験的演習で、遠距離から茶を噴霧する装置を装備したお茶汲み部隊により銃士隊は三個小隊が負傷し壊滅致しました。それから改良をしても暴発については一切改善が不可能だと結論付け致されました。

 他の火薬の種類を変えても発生。銃弾を密閉しても発射した瞬間に暴発するようになってしまいます。恐らくは概念的作用が働いているのでしょう。加護を与える銃の神も有史以来存在しません。まだ様々な検証が行われているが少なくとも茶汲みより弱いという印象は中々拭えないと判断致します。

 また、それ以外でも現状の技術で作られる銃弾の速度では鍛えた戦士の半数は決闘の間合いからでも見きれる、デリケートな武器だから整備性に難がある、ダンジョンなど弾丸をどれだけ消費するか不明な場所では持ち込む重量との兼ね合いもある為に、少なくとも冒険者には不向きだと解説致します」

「誰だよ、だから」

「ダンジョン内で拾える異界技術で作られた銃はその限りではありませんが──通りすがりの侍女でした。これはお近づきの印と贈呈致します」


 そう言って、通りすがりのメイドは小鳥に熱々のコーヒーが入ったカップを渡して、一礼しカートを押して立ち去っていった。

 同時に、小鳥は首を傾げる。


「はて」


 何故かつい先程まで目の前で解説をして居たはずのメイドの顔が思い出せなくなったのである。メイド服を着ていた、髪が黒かった、地雷を買っていたなどと要素は覚えているのに──まったく、その顔を記憶できて居なかった。

 不思議なこともあるものだと良い匂いが立ち昇るコーヒーを小鳥は眺めたが、イカレさんはそれを軽く奪い取り、


「知らん奴から貰った変な飲み物飲むなよ、金とか請求されるかもしれねェから」


 そう言って適当にコーヒーカップを放り捨てた。

 するとそれはワゴンに積まれていた銃の山に飛んでいき──


「うわー! 誰か知らないけど熱々のコーヒーを銃にかけやがった!」

「って銃弾込めてるのあっただろあれ! 暴発してるぞー!?」


 爆竹花火を百倍の大きさにしたような、連続した爆破音がモールに響く。 

 防火ベルが喧しい程にがんがんとけたたましく鳴り響き、店員などが鎧を着て現場を鉄板で囲もうとしている。

 小鳥とイカレさんは物陰に隠れて爆発をやり過ごしつつも、店内大慌てになっている様子を無視して買い物を再開するのであった。



「肩パッド高いですね……」

「あァ……俺も売ってるかは知らなかったが、予想外に高ェな」

「ぶっちゃけ肩が凝るだけなのでやっぱり買わない方向でいいですか? 肩パッドが何かの役に立った事例を知らないですし」

「なんで欲しがったんだ手前」

「荒野を彷徨いながらダーダッダダッダーチャーラララダーダッダダッダーハイハイハイと口ずさむ為ですが」

「もう本気で死ねよ手前。死にまくれ」

「まくられても」









 ***********





 デパートで購入したものはナイフ十本、銃と弾。布と糸。針金にワイヤー。下着に服──ちなみに女性用下着売り場でもイカレさんは普通に付いてきて「あーだりィ」とか言っていた。そして画材だ。

 銃は結局捨て値同然なので購入したのである。何か役に立つこともあるだろうと小鳥が判断した。

 本も見たが、買うぐらいなら本召喚士に借りてきたほうがいいとの意見で立ち読みオンリーであった。それにより、この世界の売れ筋の漫画傾向は把握したと小鳥は主張する。


「次に流行が来るのはミナミの帝王をゆる萌え百合系にしたような感じですね……」

「異世界の漫画事情は知らねェが本当に合ってるんだろォな?」

「大丈夫です。案ずるより産むが易しというのはマンガ編集者が産み出した言葉だと言われていますから。では早速唸れGペン。ここから月刊少女小鳥ちゃんの伝説は始まる」


 言いつつ、原稿用紙に向かって初めて握ったペンを走らせる。

 踊るように指先が動き、線と点が平面に世界を創りだす。

 一本では意味のない線が重なりあい人物を浮かび上がらせ、一つ一つでは意味を持たない文字が組合わさりセリフと成す。

 プロットやネームは脳内で作り出しそのままアウトプットする。

 作画に鉛筆や消しゴムはお金の無駄だから使わない。直接にペンの一本でかき上げる。

 線の太さに対してペンを使い分ける必要はない。紙に対しての角度で緩急を作る。

 定規は不要だ。真っ直ぐ線を引くことなど、落ち着けば誰だって出来る。

 ベタを塗るラインに主線は入れず、直接ベタを塗りつけて時間を短縮。出来上がりを想像しながらやれば問題はない。

 漫画など誰にでも描け──


 描け────


(ううむ)


 小鳥は腕を組んで深く頷いた。


「わたしの絵が下手でなければ、ですが」

「根本的にダメじゃねェか! なにこの気の狂った触手が脳髄をキメキメ系にしてるみたいなヤバイ絵! 萌え百合はどこにいった!?」

「思い返せば美術の成績は低かったです。自由に描いた絵を見て心配した担任が精神科医に相談するほどに」

「そのまま入院しとけ手前!」


 紙に描かれたのは精神科医に見せたら幼少期の強烈な心理的外傷だとかを診断されそうな絵柄だった。

 新鋭ホラーとしてなら行けそうだが、見るものを異様な不安感で包むそれは決してメジャーにならないだろう。

 小鳥は美術の授業では「頼むからお前の絵は描き終えたら寺で焼却処分してくれ」だの「もしかしてクトゥルー的な生物以外は肉塊に見えてないよなお前」とか言われていたのをすっかり忘れていた。

 アウトサイダー・アートと言いはるほど開き直れないけれど、小鳥は絵が下手だった。


「一応初志貫徹でこの絵柄で萌え百合系にしてみましょう……正気度は大丈夫ですかイカレさん。どんどん描きますよ」

「召喚士は眼の七曜防護で見ても発狂はせんが……気色悪ィなあおい。その巨大な奇形蛇のチンポがはじけ飛んだみたいな奴ァなんだよマジで」

「乳首です」

「最悪だな! じゃあこの腐れきった鮫の死体が海流で複数癒着したのは?」

「大胆な水着で集まった女キャラの組んず解れつです」

「腸がまろびでて這いまわってる左右の比率が違う皮の剥げた熊みてェなこれは……」

「腸がまろびでて這いまわってる左右の比率が違う皮の剥げた熊です。やった! 絵で伝える技術上がってきてません?」

「萌え百合要素が行方不明じゃねェか……邪教の教会になら売りつけられるかもな、それでいいやもォ」


 などと生産的行為をしていると、部屋にやってきたアイスがガチ悲鳴を上げて二人を外に連れ出し説教してきた。解せぬ。

 なお当初の予定とは違うが、一応小鳥の描いた猥褻と醜怪と冒涜を混ぜあわせたような邪画はそれなりの値段で売れたという。


 ついでに何故かイカレさんと二人で買い物に出かけたって言ったらアイスが軽くへこんでいた。二人でお買い物はこの幼馴染歴が二十年ぐらいはある彼女でもやっていないイベントらしい。

 その哀れな人間関係に小鳥は同情してこっそりと彼女の枕の裏側に、邪教の儀式で惨死したイカレさんのようなイラストを描いておく優しさがあった。次の日の明け方に悲鳴が響いたが。

 



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