5話『聖トリニアンズ女学院2 不良女子校生たちの最悪ミッション!パイレーツの秘宝をねらえ!!』
「思い出すのはいつも通り夕飯で囲んだ家族との食卓。またねと言ってわかれた友達の顔。見たかったドラマの放送。
どんなくだらないことも今は遠く思えてしまいます。
この世界が悪いわけではないですし誰かを恨みたいわけでもありません。
ただ──あの日常に帰りたいんです。いつも通りみんなと過ごしたいんです。本当にそれだけなんです……」
「……」
「帰りたいんです……」
「……」
「ま、それはそうと今後のことを話しましょう」
「死ね」
ちょっと深刻な顔をして大げさに望郷の念を語ったらこれだよ、と小鳥は肩を竦めた。イカレさんは胡散臭い彼女の演技に苛々しっぱなしだったが。
「こんにちは鳥飼小鳥17歳です。出身は帝国の海を隔てて東にある島国、東国の片田舎です。忍びの里で生まれ育ったわたしは都会に憧れて帝都へ渡ってきました。
イカレさんとは彼が東国を自分探しの旅していたときに出会い、宿と食事と生贄の肝臓を提供したことから知り合いとなっていてお中元や年賀状を送る関係でした。彼が帝都に住んでいるということで頼ってきたのです。わっふわっふ」
復唱して、設定を確認する。
その他もろもろは忍びの里の掟により秘密だと言い張れば良いと適当に決めた。
天使とのハーフだとか本気を出すとオッドアイになるとかそんな感じの設定を小鳥は提案したのだが次々に却下されて、結局イカレさんが面倒臭がって余計なことは喋るなと言ったのである。
その点東方のアサシンこと忍びは便利だ。ペナルカンド世界にある東国連合と呼ばれる島国は大陸から離れているため独自の文化を持っているから、多少奇抜な行動や世間知らずでも通用しそうということで採用された。
そんなわけで彼女は今日からにわか女忍者である。使える忍術は読心の術とか。あと折り鶴。
当面彼女の方針としては、元の世界に帰る方法を探しながらこの異世界を観光気分で楽しもうという事にした。だから深刻なホームシックなわけでもない。
泣こうが喚こうが、帰れるかどうかとは関係ない。方法を見つけようが場所を見つけようが、帰れる運命の時はそう云う流れになるのだ。闇雲に動いても前には進めずに間違った迂路へ入りかねない。
「それこそが冷酷な殺人マシーンへとなるべく訓練を受けた女忍者の落ち着きでござれりる。あれ? ござれりるであってたっけ活用形」
「知らねェよ。もォマジ疲れたから今日は寝るぞ俺。手前も隣のアイスの部屋に行け」
イカレさんなど会議の途中からベッドで横になって掠れるような声しか出していなかった。ダンジョン帰りで怠いのもあるが、小鳥と会話しているだけでがんがん疲れが溜まっていくのであった。
宿の二階、イカレさんの部屋は6畳ほどのワンルームでいくらか本の入った本棚、テーブルと椅子、ベッドぐらいしか置かれてない部屋。私物っぽいのが本とかぐらいしか無い、貧乏臭い感じがした。
床には埃があってここの床で寝るとなるといくらか覚悟が必要である。つまり、覚悟さえしてれば寝ることに問題はないのだが、それでも多少は寝場所がアイスの部屋に変わって良かったと思える小鳥である。
「それではイカさんもおネムのようなので退散しますかね」
「腹立つ。コイツと会話してるだけで異様にムカツイて悪玉コレステロールが増加して行きそうだ。一秒でも早く失せろ眠ィ」
「それは病気だと思いますが……ああ、一応言っておきますと」
もはや顔をうつ伏せに寝の体勢に入っているイカレさんに、小鳥は部屋から出る前に一言投げかけた。
「わたしは別にイカレさんを恨んでないですよ。わざわざイカレさんがわたしをほっぽり出さずに都合してくれるだけでも結構感謝してるんですからね。あ、なんか今ツンデレっぽくなかったですか?」
「……」
「おやおや? ちょっとわたしがデレた態度を見せただけで狸寝入りですか。うふふのふ」
眠りにつこうとしていたイカレさんは極悪チンピラカイザーに等しい凶暴な眼差しを向けて攻撃の召喚術を打ち放つ。
「眠ィつってんのが聞こえねェのかクソボケがァ! 召喚『デススターリング』!」
「ぎゃー」
***********
飛行時に振動衝撃波を出す鳥を召喚されて部屋の外にぶっ飛ばされた小鳥は、一応怪我はしていない事を確認して立ち上がった。
(まったくイカレさんときたらコミュ障なんだから、しょうがない人ですね)
自分の鬱陶しさは棚に上げてそのような事を思う。
ともあれ今日はもう眠い。小鳥も日本にある自室で寝る直前に召喚されてダンジョンを歩きまわったのだから当然ではあった。
(アイスさんの部屋でさっさと寝よう。冒険の書へは明日記録すればいいや。寝ればきっとここまでの冒険をセーブしますかとか出るでしょう)
そう決めて、イカレさんの隣、アイスの部屋の扉をノックした。
「おや、コトリくんか。どうぞ、開いている」
「失礼いたしまする」
ひんやりとしたドアノブを捻り、外開きの扉を開けて彼女の部屋に入った。
アイスの部屋──間取りはイカレさんと同じはずだった。6畳ほどの広さの部屋には分厚いカーペットが床に敷かれている。天井には精緻なガラス細工の灯りがつられており、窓には分厚い魔術文様が刻まれ物質の劣化を日光から防ぐ魔法のかけられたカーテンがかかっていた。
テーブルはイカレさんの使っている野ざらしの公園からパチってきたようなものではなく職人臭い作りの椅子と揃いのもので、壁の一面を占める棚には分厚い本や資料、魔法薬の瓶が並んでいる。
ベッドもダンボールに藁敷いたのがマシな隣室みたいではなく、大きくてふわふわした布団が敷かれていた。よくよく見るとスペース削減のためか、天井に吊るせるようになっている。
さらにはイカれさんと反対側の部屋の壁に扉まであった。
家賃が1万円台後半みたいなイカレさんの部屋とのギャップを感じながら、センスが最悪な模様のパジャマ姿のアイスを胡乱気に見る小鳥である。特にパジャマ柄のセンスが最悪なのが気になる。
「隣の部屋を用意できれば良かったのだが生憎と物置にしていてまだとても客を寝させられる状態ではなくてな」
「アイスさん、二部屋借りてるんですか?」
「魔法使いで教師などやっていると物ばかり増えてしまって参る。私物の大半は実家に保管してあるのだが」
部屋に入るとほわっとしたカーペットの感触に慌てて汚れたスリッパを脱ぎ捨てた。
ホコリっぽいこともなく涼しく、そしてわずかに甘い匂いのする部屋だ。あちこちを見回すと置いてある小物や調度品がどれも高そうである。
ちなみにイカレさんの部屋はうっすらと夏休みの鳥小屋のような臭いがしていた。
「アイスさんってもしかしてお金持ちですか?」
「まあ、一応月給は貰っている立場ではあるな。無職のサイモンくんと比べたら多少は……」
「無職童貞だったんだ……」
「……いや、童貞は余計というかあまりに悲しいから付け加えないでやってもいいんじゃないかなあ」
顔を背けながら擁護するアイス。
「しかしアイスさん、お金があるならこんな無職さんが住むような下宿を改造してまでわざわざ借りなくても」
「え!? え、えーと……それは、寝る部屋は小さいほうが……べ、別に深い理由があるわけではなくて……」
急に挙動不審になった彼女を訝しげに小鳥は見る。
口を半開きにしてわたわたと言い訳がましいことを言い始めたのは後ろめたい事があるのではないかと疑ったのだ。
アイスは帝国──600万人からなる人の集団の中でも十指に入る知られた腕前の魔法使いであり、それでいて定職に付いているということは実力を認められて雇われているのだから無論、高給取りである。
それなのにこんな狭いところに泊まっているとは。
学園モノの漫画とかで万年赤点を取るようなキャラといつも満点を取るような天才キャラが同じ学校に通っているぐらい違和感ある。そんな天才なら普通もっと上のランクの学校行くはずだが。敢えて底辺高校の授業で満点を取って優越感に浸っているとかそういう悲しい設定が無い限りは。
陰謀を感じた小鳥は意味ありげに微笑んで言葉をかける。
「なるほど……そういうことですか」
「い、いや何を納得しているのかと疑問視するわけだが単にここはそう学校との交通の便が良くて全力疾走で30分ぐらい走れば到着するのだから」
「それは全然近くないと思いますが」
何らかの事情を悟ったふりをする小鳥。全然わかっていないが実際は。彼女に人類の感情の機微を理解しろというのが難しい。
しかし露骨に彼女の目的を分かったと見せるのもよくない。即座にその場で捕縛、口封じ、洗脳、悪堕ち、ハイライトの消えた目などをされることが考えられる。小鳥は警戒した。
ひたすら被験者を眠らせないままで意味不明な講義などを聞かせまくって、最後に優しい言葉で洗脳するという方法が昔の詐欺で流行ったことを思い出し注意をしながらも小鳥は欠伸をする。
「眠いです……何らかのスタンド攻撃を受けたみたいに」
言いながら床にそっと冬眠中のナマズの如く横たわろうとする。
慌ててアイスが抱きとめた。小鳥の後頭部に巨乳の感触がある。
「大丈夫か、コトリくん。床で寝なくてもベッドを使ってくれ」
「ありがとうございます──わぁベッドやわらか」
大きなベッドは二人で寝ても大丈夫な感じであった。
頭がぼんやりする。瞼が重い。疲れた。
(こっちの世界にくる前の、今日鳥取で過ごした一日は……いつも通り学校で……友達と進路とか……話しあったり……放課後はスロに寄ったり……松葉ガニが侵略を……砂漠から飛んでくる毒を含んだ砂塵が……爆発させて……)
眠い。人類の誰もが眠たいように。明けない夜と覚めない夢が訪れるかのごとく。
「ぐっすりすやすや夢の中」
そう呟いて瞼を閉じた。
こうして鳥飼小鳥の異世界の一日目が終了した。なんか一日が超長かったような気すら彼女はした。
半ば寝ぼけながら抱きついたアイスの体は少しひんやりしていて巨乳は巨乳だったと君は冒険の書に記録してもいいし、次のチャプターに移っても良い。
********
「えっここで章替えじゃないの」
そう言って彼女は起床した。言葉に意味など無い。意味のある言葉しか喋らない者はやがて口封じされるのは歴史的に見て明らかだ。
小鳥が眠気眼を擦ると眼の前にアイスの寝顔があった。さらさらした蒼い髪の毛と、眼鏡を外したら意外に童顔な彼女の寝顔に思わずどきりと──いや、別段百合ではないのでまったくしないのだが。西欧風の顔立ちだが不思議と日本人である母に似ている雰囲気はした。性格は真逆だが。
とりあえず彼女は布団から這いでて、伸びをする。重力によりたわみから解消された背骨を伸ばして意識をしゃんとさせた。
高そうなカーテンを引いて、窓から日の登った異世界を見る。
帝都の朝は涼しく西か東かか分からないが、ともあれ彼方から上ってきた太陽──という名前かは彼女に判断が付かなかったが恒星が、波長や種類は不明の日光を出して窓から見える通りを照らしている。
なお、彼女は無駄な心配をしているがこの世界では神の決めた規則により恒星は東から西に動くし、名前もしっかり太陽で通じる。名称に関しては旅神が手頃に翻訳しているので大抵は気にしなくても良い。
小鳥はむずりとした腹のあたりを抑えて、毎朝の作業を行おうと呟く。
「トイレに行かなくては」
部屋から音を立てずに廊下へ出る。なにせ彼女は今日から忍者なので造作も無い。
建築物の構造上、雪隠や厨房の位置などは大体想像が付けることが小鳥にも出来た。
(多分風水的にはこっちだな)
猫のように足音を殺し進んだ先でトイレと洗面所を発見。洗面台には水道がある。
試しに洗面所の水道を捻ると見た目は透き通った冷たい水が出てくる。多少警戒しながら、そこに置いてあったカップで水を掬って口に含み、ウガイをして吐き出した。
水の味で安全さを確かめる程度の能力がなければ鳥取では生きていけない。
とりあえず水がすぐさま体に悪影響を齎すわけではないと満足した彼女は下腹部に感じる焦燥に急かされ個室へと入る。
「小鳥です。異世界のトイレはウォシュレットでした。すげえ」
独り個室で呟いた。
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名前も知らない材料を使って見た目だけはご飯と味噌汁、焼き魚に大根おろし、おひたしを作って朝食を完成させる小鳥。
完全に材料が揃っていたわけではないので他の材料も使って見た目を整えればそこはかとなく出来上がった。足りないものは他から補う。戦争の基本であり台所は戦場だ。
それぐらいの時間になると部屋から一階へアイスが降りてきた。
「おやコトリくん、随分早いな。それに朝食を作ってくれたのか」
「ええ。そうですね、アイスさんはあの人を起こしてきてくれませんか。えーと具体的にはこう、頭の上でバットの素振りをするとかスリリンガー」
「そ、それはちょっと大胆すぎないかな! でもいいとも、やってみせるさ……!」
笑顔で踵を返したアイスの脇腹に足が突き刺さった。
バランスを崩して階段を頭から転げ落ちるアイス。イカレさんは欠伸をしながら頭をボリボリと掻いて、ヤクザキック気味に足を突き出したまま言う。
「もォ起きてるっつーの」
「マスター・イカレ。おはようございます」
「誰手前ェ……」
「貴方がサモンした小鳥ですよう。フォースとともにあらんことを」
「ああ、なんか頭痛と一緒に思い出したわ。朝日と共に消えてないかな、とかちょっと願ってたんだけどよォ」
ため息混じりに言いながら階段を降りる。そして階段の端に倒れているアイスを一瞥して、
「あれェ、アイス。んなトコで寝てっと危ねェぞ」
「そ、そうだなサイモンくん。忠告感謝する……」
体中傷ませながらと立ち上がってアイスはテーブルについた。
三人分並べた食事。イカレさんも目の前のメニューを眺めながらどこか胡散臭げだ。
「わたしの故郷──えーと東国鳥取の里での一般的な朝食風献立です」
「トットリの里……それが昨日コトリくんが言っていた故郷か」
「ええ。忍者トットリ・ミヤツコを祖とする忍の里です。古事記にも載ってます。──今はそこまでしか言えません。すみませんが」
「いやいや、結構だ。君と知り合ってまだ二日目だが、少なくとも君は真っ当な人間であることは見ればわかる。信じよう」
「コイツすげェ節穴アイ」
ぼそりとイカレさんが呟く。そしてチラリと小鳥を見ながら、
(どう考えても頭が軽くイカレてるとしか思えん女だっつーのに)
などと失礼な──或いは当然のことを考えていた。
小鳥はしたり顔で頷く。
「そんな目をしていますよ? うふふ忍法読心の術」
「金払ってでも本来なら関わり合いたくねェタイプだな手前」
「ささっ。そんなことより召し上がってください。一応見た目は調整してますけど、冷めたらどんな変化を齎すか分かりませんよ?」
「そんな評価を受ける料理なんざ初めて聞くわ」
言いながらもスプーンで味噌汁──味噌を含まないが、少なくとも見た目は──をかき回していたイカレさんは口をつけた。
胡散臭げな表情から驚いた顔、そしてやや綻んで次に苦い顔と百面相を見せる。
「……美味い、けどやっぱり釈然としねェ」
「まあまあ、サイモンくん。いいではないか。一流の料理屋でも滅多に味わえない美味さだ」
「いやだからご家庭の材料でこんな味になるってのは絶対ェおかしいっつーか」
それでも舌には勝てずにバクバクと食べるイカレさんであったが。
料理の味は国も文化も超えるらしい。どこかの誰かが言っていた。よく覚えていないがきっと誰でも思いつく普遍的な真実なのだろう。
コメを使っていない銀シャリや魚を使っていない焼き魚、緑だったらなんでもよかったおひたし、何か白っぽい粉を使った大根おろしも好評のうちに胃の中に収まるのであった。味だけは無駄に素晴らしい。自然素材がなくても人は生きていける。ソイレント色の未来がもうすぐそこまで。
食事を終えてその日は、
「俺ァ今日用事あるから」
というイカレさんの言葉で小鳥の予定は宙ぶらりんであった。
まあ確かに、3日も彷徨っていて翌日早速ダンジョン攻略に行けるわけもない。プライベートな用事なのでついてくるなと言われればそれまでである。
というわけで小鳥は観光がてら、アイスの職場──帝都第一魔法学校へ付いていくことへとなったのであった。オープンキャンパスは知恵の共有だが革命の意志を広める効果もあると信じて。
*****
帝都第一魔法学校は仰ぎ見れば帝都の中心、墓標の名を持つ赤銅色をした巨大な王城が見える場所に広い敷地を持って作られている。
帝都はかつてこの地に存在した魔王城の主にして史上最悪の神殺しにして世界崩壊級犯罪者の魔王ヨグと、広域指名手配されていた転生する魔法災害の魔女イリシアを倒した後に、それを成し遂げた勇者にして帝王ライブスが神からの栄光を持って人を集め国を作った。
魔王が持っていた召喚能力を脅威に思い[宮廷召喚士]という役職で幾人かの召喚士を子飼いにし、魔女に近しい魔法能力を育成するために魔法学校の奨励を行った。
魔法学校を卒業して資格を取れば高級取りの国家公務員[宮廷魔導師]への道が開けるために、学費こそ高いがこの地の魔法学校には毎年多くの魔法使いの卵が入学し研鑽を行っている。
小鳥はアイスに連れられて、彼女が教員をしているその場所へやってきた。
「うぉだっしゃらあああああああああ!!」
叫びと共に魔法学校の5階建て校舎、その屋根から人影が飛び降りてきた。
小鳥はもしかしてこの世界では飛び降りコンテストが流行のスポーツなのかと驚いたが、違うようだ。
声が届くが早いか、小鳥は隣を歩いていたアイスから軽く手で押されて数歩──すなわち声の落下地点から退けさせられた。
アイスはもう片方の手で軽々と、自らの武器である魔杖アイシクルディザスターを頭上に構える。その杖は見た目はかの東急フライヤーズの英雄大下選手の青バットのようだが、一度持たせてもらったところ重量は軽く20kgはあるものだ。一般人ならばまともに振れるものではない。
打撃音。
続けて風圧を感じた。熱を伴った風と冷風が入り乱れて吹き荒れ、小鳥の体を纏うアイスから貰ったややダブダブな古着がはためく。
大上段に構えたアイスに、屋根の上から重力加速を伴いつつ襲いかかってきたのは──犬を人間的にした顔立ちの毛深い人、つまり犬型の獣人だった。その手に持った無骨な棍棒型の杖で、彼女に飛び降りがてら打ち下ろした。
その一撃を余裕で受け止めての、短い時間やや拮抗。重量と速度の差からか、アイスの足元がわずかに陥没し地面にめり込んだが彼女は涼し気な表情を崩そうともしない。
杖の打撃による拮抗は崩れ出す。アイスの持つ氷の魔杖に触れていて獣人の棍棒が、込められた魔力による氷の発生により包まれ始めた。慌てて獣人が長い口を開き牙を見せながら叫ぶ。
「炎系術式『レッドヒート』ッ!」
言葉と同時に彼の持つ杖を炎が包んだ。魔力により発生された火が杖全体を包み、杖を凍らせかけていた冷気を打ち払い癒着状態から離れる。
奇襲が失敗したにも関わらず即座に次の魔法を使ってきた襲撃者にアイスは「ほう」と息を漏らしてうっすらと笑う。
そして火の魔法に対応すべく彼女も呪文を──
「朝の八つ当たり蹴りだよ」
訂正。呪文は使わなかった。平均的女性より少し身長が高そうなアイスさんよりも、頭一つ分以上大きい獣人を事もなげに蹴り飛ばした。
細脚の何処にその力が篭っていたのか、容赦なく相手の骨を軋ませる音を響かせる威力だ。
数メートルは体をくの字に曲げて獣人は弾かれたように地面に転がる。が、一瞬で立ち上がり油断なく杖をアイスに向けた。
気合の声を叫ぶ。応、とも聞こえる叫び。
耳に入った瞬間小鳥の体が怯むような戦慄を感じる。叫び──咆哮に力を乗せたように。幾らかの獣人が可能な恐慌作用を乗せた声である。
同時に地面から弾かれたように再び目の前の敵──咆哮を軽く受け流したアイスへ杖を振りかぶりながら再び襲いかかる。
一歩目から最大速度を出しているような速さで離れた間合いを詰める。そして未だ炎に包まれた杖で──打ち砕かんと叩きつけた。
瞬間、アイスは小鳥の位置──避けて巻き込まないかを心配した目線を送って、口元にはまだ余裕を残したまま自分の魔杖で攻撃を受け止める。
削岩機のような音を立てながら一度、二度と杖が打ち合う。攻め手は獣人でアイスが受け止める形だが両手で上半身の筋肉を盛り上がらせて打ち込む獣人に対してアイスは片手で振るう杖で容易く打ち払っている。
一般人たる小鳥には見きれない速度で連続した快音と残像すら残りそうな影が戦っていた。
(……おや、あれは)
小鳥が違和感に気づいた瞬間、一撃を受け止めようとしたアイスの杖が空振りをした。
獣人の高さが50cm程下に落ちた。
予め掘っていた落とし穴──アイスを引っ掛けるつもりだったかもしれないが──を踏み抜いて虚を突いたのだ。
「ほう」
予期せぬ動きの変化に僅かに隙が出来た。
上段の攻撃を空振りさせた獣人は、その体を地面にへばりつくほどに更にしゃがんでアイスを見上げた。
短く持った杖の先に魔力が集中する。狙っていたように目を光らせて、叫ぶ。
「そして喰らえ──炎系術式『ファイヤーボール』!」
オレンジ色をした灼熱の火球を生み出す、わかりやすい魔法。頭程の大きさのそれは、殆どアイスの目の前で発生した。
だが杖を空振りさせたかのように見えたアイスは飽く迄冷静に、
「焦ったのか構成が甘い。炎系術式『バックドラフト』」
「なっ!?」
彼女が唱えると同時に発生した不可視の魔法の効果は、相手の術式へ干渉。
そのまま彼女を見上げていた獣人の方向へと向けて火炎球は指向性を持った爆発を起こした。相手の魔法を逆方向に向けて爆破展開し自爆させる術式である。すぐ近くで爆発したにも関わらず完全に制御していたアイスには火の粉一つかからない。
当たると同時に熱と衝撃波を同時に伝えて彼の体は黒焦げになりながら穴からも飛び出て吹き飛んだ。
ぐったりとした獣人はもはや虫の息で、首をようやく上げてアイス見て、うめいた。
「うう……炎系術式はおれの技なのに……」
「その思い込みは減点対象だグレフ補助教員。君には得意属性だけではなく他属性の補講を命じておくよ」
淡々と告げるアイス。もはやグレフと呼ばれた犬人間は立ち上がることも出来ないようだ。
「アイスさん、アイスさん。知り合いですか?」
「この学校の補助教員……正教員になるための学部生だが、何かと私を倒そうとしてくる問題児だ。きっと正教員を倒せば昇進できると思っているのだな」
肩を竦めるアイス。
小鳥は焦げて動かなくなったグレフを木の棒で突っつきながら尋ねた。
「えーと周囲の安全確認からでしたっけ」
「彼の事は気にしなくても──ほら来た」
指を向けた先から小学生女児みたいな子供がとことこと走ってきていた。長い薄緑髪に額を出すカチューシャをつけている可愛らしい少女であった。
そして鈴のように高い声で負け犬に声をかける。
「グーレーフー! まぁたアイス先生に殴りかかってばかじゃないのっていうかばかでしょこのバカ犬!」
「うううう」
「先生見てみなさいよ朝飯前というか少々鬱陶しい小虫を片付けた程度にしか感じてないわよあんたじゃ100年かかっても勝てないんだからいい加減諦めなさいよ負け犬! 座敷犬!」
「うううううううううう」
「もう、昔っから本当にばかなんだから。毎回手当するあたしの身にもなってみなさいよ。……仕方ないわね。水系術式『ウォーターホース』」
言いながら少女はタクトを取り出して呪文を唱え、獣人の上にバケツで被せたぐらいの量の水をぶっかける。
焦げた体や火傷を治せば、獣人の強い生命力ならばそうそう怪我が残ったりはしない。
小鳥は伺うようにアイスに視線を向けたらやや顔を曇らせている彼女がいた。
「あの子は?」
「グレフくんの幼馴染で生徒の一人、アクリアくんだ。幼女に見えるがハーフエルフの18歳。主に水系、回復系の魔法を専攻しているのだが……」
そしてアイスはバットをブンブンを振り回して怒鳴った。
「こらぁ! 諸君! 私の目の前で幼馴染ネタでいちゃつくなといっとろーが! さっさと教室に戻りなさい!」
「い──いちゃついてなんかありません! アイス先生! あたしはこのばかが勝手に怪我するから仕方なく……」
「その言動が典型的なのだ! ええい散れ! 散!」
よれよれと立ち上がったグレフと彼の手を引いて追い立てられる幼女を見送りながらも、いつも冷静なアイスが肩を怒らせていた。
そしてふう、とため息をついて一言。
「……幼馴染。はあ……サイモンくんはなんでこうああなんだろーか」
「ちなみに例のお方と幼馴染ネタで甘い体験などは」
「彼に言われた言葉で一番多いのが『ウゼエ』。次が『関わるなボケ』。『どォでもいいからあっちいけ』『飯をゴミかクソに換えるだけの生物だなお前って』……まあそんな感じなんだ」
そう言いながら少し寂しそうな背中を向けて、アイスは自分の研究室へと足を向けたのであった……
「ちなみにあのグレフくん、レベルとか脅威度はどれぐらいで?」
「うん? レベルは5で炎属性近接型魔法使い……生徒から去年上がったばかりでレベルは結構上のほうだけど……脅威かどうかと言われると正直夏場の蚊の方が厄介なぐらいで」
「おっとっと。あれで蚊は媒介する病気や寄生虫などで結構怖いのですよ?」
「ふむ、確かに。ううむ……川遊びをしている時にまったく気づかない足元に居る小さな水生生物のような……その程度?」
むしろ手加減が大変なのだが、とアイスは困ったように言う。
本気で彼を倒そうとすれば回避不能な速さで防御不能な先制攻撃を叩き込むだけで魔法も使わずに終わるからである。
アイス・シュアルツはこと戦闘に関しては帝都どころか、世界でも屈指の人間なのだ。
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魔法学校の母屋は二本の長方形の箱を重ねたような建築物であり、建物と周囲にある他施設や運動場、公園のような広場などがありイメージとしては大学のようだと小鳥は感じた。鳥取にだって大学があるので見たことぐらいあるのだ。
関係している生徒や教員はぱっと見たところでは普通の人間種族が多いが、ちらほらと獣人や耳の長い人など異種族が見られて、
(異世界なんだなあ)
と、小鳥は思った。来る途中に学校送迎用の乗り合い馬車から外を見た風景でも様々な人種が居たが。
入ってすぐに獣人の補助教員に意味のない襲撃を受けたわけだが鎧袖一触に跳ね除けて──日常なので一々訴訟やトドメを刺したりはしないらしい──小鳥は案内されアイスの教員用個室へ入った。
アイスの部屋にあった本や薬などがズラリと天井まで並び、机の上には無数の資料が散乱しているそこは職員室というよりも研究室に見える。
壁には数個の模型か剥製のような動物が飾られ、冷蔵庫のような箱もあった。
この世界の文字は小鳥には読めないのでどのような本か詳細不明だが、それなりに広いはずの部屋もみつしりとスペースを埋めるものがあると息苦しく感じる。
「やあすまない。こちらは片付けるのが手間なので散らかっているのだ」
言いながら、棚に並んだ薬瓶のラベルを一つ一つアイスは確認をしている。
「折角コトリくんが魔法に興味があるというのだから、特別に君の属性を確かめる薬を使ってみようではないか……ええと、どこに置いたかな」
「属性──ですか。アイスさんは氷、さっきのケモは炎と言ってましたね。他にはどんなものが?」
「炎、水、氷、風、土、雷、光とレアな闇だね。後は誰でも使いやすい基本魔法の無属性術式がある。自分にあった属性の魔法は覚えやすく、魔力の消費も少ないよ。もちろん他の系統の魔法もちゃんと学べば使えるのだが、単一属性に拘る術者も多い」
「ほほう。器用貧乏よりは一芸に秀でようという判断ですね。アイスさんも氷魔法をよく使っているようですが」
「私の場合は魔杖を発動媒体にしているおかげで氷系統ならば殆ど魔力消費無しで使えるから──っとあった」
アイスは目薬のような小さな瓶を棚の奥から発見して小鳥に見せた。
透明の、やや粘度のある液体が揺れている。ラベルには何やら文字が書かれているが、やはり小鳥には読めない。
「これが属性試験薬──正式名称『オッサンーヌの涙』」
「凄く正式名称知りたくなかったですそれ。オッサンーヌて。涙て」
「飲み薬だ」
「うわー」
「帝都は人口が多いが魔法使いの人数はそれほどではない理由がこの薬の名前と値段なのだろうなあ」
自嘲気味な笑みを浮かべてオッサンーヌの涙をくゆらせるアイス。
オッサンーヌという名称は残念ながらその試薬が取れる相手の名前だ。とは言っても、その姿を見たことがあるものはそう居ない。
偽薬天使オッサンーヌという三等神格存在から抽出した体液や素材は多様な効果を齎すが、一体何処から流通してくるのかは薬屋もわからぬ秘密のベールに覆われている。大抵は行商人から街に持ってこられるがその行商人は別の街で仕入れていて、その街も別の行商人から仕入れる……と辿ってもまるで出処が不明だという。
属性試験薬として使われる涙の値段はというと、日本とは物価や貨幣価値が異なる為に正確には表現できないが、予約の居る高級料理店でフルコースを頼める程度の値段である。
魔法使いになるには。
まず高い上に名前が嫌なオッサンーヌの涙を飲み干して高い魔法の杖を用意して学費を払って学校に通い一人前になったら魔法協会へ会費も払って……それで並の魔法使いになれるかどうかの才能は人によりけりである。
魔法は使えたら便利だけれども、そこまでして使いたいわけじゃないという人が多いのも当たり前ではあった。
「隣の神聖女王国などは魔法大国だから、基礎教育で魔法を収得させるのだが。帝国は人種などが入り乱れているのでそのような教育は出来ないのだな」
「ほほう。しかし、いいのですかアイスさん。わたしにそんな高価なオッサンーヌの涙を使っても、返せるものは肝臓とかしかないですよ」
「いやいらないが肝臓は。肝臓を貰ってどうするというのだ」
「え? 魔術ってなんか処女の肝臓とか生贄に捧げてそうなイメージなのですが」
「おどろおどろしいイメージだな……まあそのオッサンーヌの涙は私が学校で使う仕入れ数を間違えて隠蔽していたものだから。持て余していたのだオッサンーヌの涙」
「なるほど、それは渡りに船ですね。遠慮無く飲み干させて貰いますよオッサンーヌの涙」
「しかし何だ、私たちさっきからオッサンーヌの涙と言いすぎて語尾みたいになってきたオッサンーヌの涙」
「どうせここで使ったらもう二度と人生で登場するはずのない単語ですからねオッサンーヌの涙」
互いに真面目な顔をしながらオッサンーヌの涙を言納め、小鳥は改めて薬瓶の口を開いた。
オッサン臭い匂いが漂う。一度引いたらもう進めなくなる。もう負けないとあの日交わした約束を胸に秘めつつ一気に飲む。
こんな時に味覚を伝える器官の舌が口にあるのを、理不尽ながら嘆いた。涙はほろ苦く、温く、妙に味が口に残った。脳裏でバーコードハゲのオッサンが踊り狂う姿が浮かんでは消え、消えてはしつこく浮かぶ。
不味い、不味すぎる。お砂糖とか蜂蜜とか炭酸とかで薄めて飲みたかった。血管注射したほうがマシではないだろうか。ああ、吐き気がする。オッサンーヌ。
「口直しに二十世紀末梨を食べたい……」
「そこはかとなく荒廃した雰囲気の名称だなあ、それは」
「鳥取名産なんです。勢いを増した向かい風の中でも平気で育つ品種で、食べたら今日より明日を望んで種籾を持って彷徨います」
「……まあ、それはそうと。薬の効果で一時的に魔力が色を持つはず。この水晶に手を翳してみてくれ」
言われて、ソフトボール大ほどの水晶に手を翳した。
すると手の先から何か違和感を感じる。魔力的な物が抜けているのだろうか。あるいはギランバレー症候群か。実はただのストレスか。
水晶の中の透明な場所が──まず赤く染まり、その色がやや橙になったかと思えば黄色く変わった。変化は続き、緑色を経て青くなり、それは藍色の次に赤みを加え紫となる。
そして全ての色がぐちゃぐちゃに混ざり合い──やがて全てが混ざり、何も見えない闇色が残った。色を全て足すと、黒になるように。
アイスがやや驚いたような顔で眼鏡を直した。
「む……何だ今の変化は。いや、それよりも──ふむ。コトリくん、君の属性は闇だね。珍しい」
「闇属性ですか。いやーちょっと合わないですね。やはり形から入るために包丁でも忍ばせますか」
「どんなイメージだね、それは。ううむ、しかし闇属性は普通吸血鬼やデュラハンなどアンデッド種族に出るのだが」
「そうなんですか?」
「ああ、それに吸血鬼にしても闇属性の魔法は大体身内に習うので、この学校でも闇属性の生徒はゼロ……教師が一人いるぐらいだが、専ら土属性を教えている程度で、闇属性の講義のカリキュラム自体無い。予算の都合で」
それに闇属性の魔法は初歩にしても適性が無ければ使えないことが多いのだとアイスは説明した。
実際にアイスも闇は専門外で幾つかの複合術式として闇属性の混じった魔法は使えるが、単属性としての闇系術式は基礎程度しか使えない。
(これが……わたしに秘められた能力……)
と一応驚愕しようかと思ったが、別に対して実感が沸かないのでやりはしなかった。
それに珍しいとはいえ極端に希少というわけでもない。
アイスは難しそうな顔をして呟きました。
「闇属性の先生に会ってみるかい? ちょっと気難しい方なのだが」
「順当にイベントを進行させるとなるとそうなりますか。何故かやけに面倒を見てくれる魔法使いのお偉いさん的な。ちなみにその先生とやらはどのような方で?」
「種族は吸血鬼なのだが……少し頭がボケ──いや突飛な発言をすることも多い変わり者なのだ」
「ほう。しかし百聞は一見にしかず、人は見かけによらないという名台詞もありますので話してみないとわからないですね」
吸血鬼と聞いて丸太と日本刀が自生する島に暮らす者達を小鳥はイメージする。
(しかし、こちらのオークは草食らしいですし、現代地球を基準に吸血鬼を恐れても仕方ありませんね)
名前からして血を吸うということだけ確実なのだろうが。もしかしたら物質電送機で蚊と体が混じった吸血体質の人間かもしれない。
彼女は個人的に吸血鬼よりも、空を飛んで飛行機を襲うゾンビのほうが怖かった。ゾンビの多様性は人間よりも多く感じる。普通にガーデニングとかするゾンビも泳いでクルーザーを襲うゾンビも魔法を使うゾンビも映画で見たことがあった。
ともあれ。
吸血鬼の闇属性教師の研究室に寄ることになった。
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「──二人はまだ知らない……この出会いが後に3000年に及ぶ神の軍団との戦いの序幕となることを……聞いてます? イカレさん」
「知るか。要点を言え要点を。手前の独白混じりの意味不明な説明なぞ聞き流したわ」
小鳥の本日の活動報告を受けてぶっきらぼうに返すのはイカレさんである。
時刻は既に夜になっていた。
結局あの後から一日中魔法学校に居て、帰る頃には街は茜色に染まっていたのだ。
闇属性教員、吸血鬼ヴァニラウェアは少々変わった所がある老人なのだが、小鳥と突飛で謎な即興で作った独自言語すら使う会話を成立させて仲良くなったのである。それを端から聞いていたアイスが頭痛をこらえたような仕草で見守ってたのだが。
見た目と味は良いのに材料が不明瞭な夕食も終えて、ここはイカレさんの部屋。今後の事とかを召喚主のイカレさんと相談タイムしていたのである。
「手前と会話が成立するのはボケ老人ぐらいっつーことだろォが」
「ヴァニラウェア卿の事を悪く言わないでください。ちょっと突然砂丘の緑化防止運動の話とかで盛り上がるだけですから」
「なにそれ」
気のない返事をしながら彼は分厚くて太い本をペラペラと捲っている。
小鳥には薄い、真新しい印刷のこの世界の絵本を投げ渡してきた。[空飛ぶチョコレートの守護竜]と[図説・機神シュニュン<アニメ版>]に[悪戯魔女と苦労の騎士]というペナルカンドで子供に人気なものであった。文字の勉強のために用意して欲しいと、昨晩寝そうな彼に言っておいたのを律儀に覚えていたようである。
他の本を借りてくるついでだったのだろうが。
「それで結局、ヴァニラウェア卿に気に入られたので個人的な生徒にならないかと誘われました。学費も免除してくれるらしいです。闇属性の講義は本来無いですからね」
「ん? 手前、魔法使いになるのか?」
「ダメですかね。異世界なんて場所で女子高生が生き延びるために魔法の一つでも覚えておきたいという気持ちが」
「いや別に手前の事は手前で決めていいんだが……そォだな、おい。今調べてる途中だが、あのダンジョンは魔王の居城跡だからな。異世界召喚士だった魔王が残した送還用の仕掛けとか残ってるかもしれん」
古い本を読みながら言う。そこにはどうやらダンジョンか魔王に関する記述が記されているようだ。
「と言われると」
「つまりまたダンジョンに潜ることもあるだろォから自分の身ぐらい守れるよォにしとけ」
「護身完成ですねわかります」
「……わかってるのか?」
小鳥は肯定の意思を伝えるために中指を立てて無機質に微笑む。そしてサムズアップには中指と親指を間違えていたことに気づいて、直してやり遂げた顔をした。
イカレさんから「イラッ」とした心の声が聞こえてくるようだったが、言ってくれなくてはわからないじゃないですか父さんと心のなかで自己弁護を行って無視することにした。
「ところでイカレさん、その古い本を借りてくるのが用事だったんですか?」
「あァ。知り合いの本召喚士に魔王関係の本を借りた。本召喚士は帝国図書館より便利だからな」
「なるほど。しかしアレですね。わたしの絵本はついでと言いましたが、結局異世界関係もわたしを元の世界に返す為に調べているんですよね。イカレさん優しいところあるじゃないですか」
「……はァ? 意味ワカンネ。全然手前の為とかじゃねェし? エロ本借りてくるついでだっただけだし?」
「またまた~」
「変な勘違いしてんじゃねェぞボケ。ほらこれだエロ漫画借りてきただけだっつーの」
彼は手元から肌色とピンク色の比率が多いカラーな本の表紙を見せてきた。
慌てるのは小鳥の方だ。有害図書を直視しないように手で目を隠す。えっちなのはいけないと思うのは彼女が純粋な女子高生だからである。
「イカレさん……そんなに昨日アイスさんから不能呼ばわりされたのを気にしたからってお友達からエロ本を借りてまで証明しようとするのはちょっと……」
「あークソうるせェ何様だ手前」
「やはりお姫様という設定ではどうでしょう」
「知るかッ死ねッ」
声を荒げているイカレさん。まったく、血圧が上がってしまいますよと彼の身を気遣う。
「とにかく、当面の方針はわたしは魔法を勉強しつつイカレさんは異世界召喚を調べる、ですね」
「そォだよ。俺ァさっさと手前を元の世界に戻して縁切りたいんだから」
「袖釣り込みも他生の縁といいますが」
「なにその投げ技みてェな言葉」
こうして小鳥の異世界生活二日目は終わった。
その後風呂にも入った。普通に湯船にお湯を張っていたが、そのあたりはアイスが魔法でやってる。イカレさんがこの宿に一人で住んでた時は面倒臭いから水を浴びてただけだとか。
小鳥の下着はアイスから借りたのだけどブラジャーが容赦なくぶかぶかだった。それ以外でも基本的にアイスの服はフリーサイズではなく、腰回りは細いけど巨乳用に胸元に布が余ってるので起伏の少ない小鳥が着ると悲しいことになるのである。
後で縫い直そうと決めつつも、自分で使う金を稼ぐ為に、この世界にパチンコ屋が無いのかと思いつつも眠りにつく小鳥であった。