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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
35/35

最終話『虚無への供物』


『サメ映画だったらメガシャークシリーズは外せません。何せどれ見てもあれです。ええ、いいですよ』


 小鳥にそう薦められた映画を見て後悔を覚えたのは何回目だろうか。こんちくしょう。トレイラーで充分だったじゃないかこれ。アサギはそう思いながらげんなりしつつ電車の中で見ていたポータブルDVDプレイヤーを閉じた。

 むしろ彼女の映画の趣味が悪いのかもしれない。小鳥の好きな映画会社はアサイラムだった。どれだけ鮫とアリゲーターが好きなんだ、あの子はと思う。




 ******




 鳥取県の西、米子市を特急列車が通過した際に窓から景色を見ていたアサギは「こんなものか」と思った。

 そこは東西の大きな線路道路の交わる発展した街であり、人口最小である鳥取県あるいは魔境鳥取とのイメージとは違う、発展して活気のある街並みだったからだ。

 だが列車が県庁所在地である鳥取に近寄るに連れて彼と妹は引きつったような笑いさえ浮かんできた。

 小粒の石ぐらいから素粒子単位に大きさの違いがある砂が日本海からの風で舞い散り続けている、一年中どんよりとした深呼吸をすれば肺をやられそうな空気。

 街を歩くのはうっかり日中に出てきたゾンビかミイラのように全身を隠している足元も不確かな住民。

 廃墟のようにゴミだけが散らばる商店街。

 騒音規制など何も気にしないような大音量を垂れ流すパチンコ屋の数々と駐車場に止まる違法改造はしてるものの整備もまともにしてなさそうなナンバープレートの無いオフロードバイク。

 死んだ顔で無人立ち食いカニ屋のバイオ養殖カニ足をハサミで切り分けて啜っている落伍者。天然カニは高級である上に危険でもある。

 セブンイレブンもスターバックスも無く、バックグラウンドにCR世紀末の音楽が流れる街。ユーはショック。暴力的な音楽を鳴らす建物には『パチンコ』『いつでも新台』『喫麻コーナー有り』など醜穢なネオンが薄暗い街を照らしていた。

 砂まじりの綿めいた化学物質がしんしんと積もる駅に、二人の兄妹は降りて呆然とした。

 神話の時代から妬みと殺意を齎す八十神の呪いを受けた死の土地──鳥取。それがこの土地の名前である。

 年を取った駅員が親切心で二人の余所者である少年少女に話しかける。


「お二人さん、そっちの道はタイヘーセン=ストリートつって鳥取でもヤバイ通りだから進むのは辞めたほうがいいですよ」

「いや、駅前の通りがヤバイってどうかと思うけど」


 頭を振る妹。駅の周辺など一番繁盛する地域なのだろうが、それが危険地帯とは何事だろうか。

 鳥取県鳥取市という県庁所在地に降り立ったのに、電車から降りたのは自分らだけだったのも恐ろしい気もする。

 鳥取に近づくに連れてどんどん乗客は減っていった。大体は米子駅で降りた。実際鳥取市より米子市のほうが人も多いし活気もある。

 うんざりしていても仕方無い。アサギは周囲に感じる殺気に警戒を行いながら、妹の手を引いて歩き出した。

 心なしか閉まったシャッターにすら人面めいたテクスチャが貼られている気がするような通りだった。人は前述したミイラ男の類ばかりしか見当たらないが、深く呼吸をすると病に掛かりそうな瘴気を持つこの街では顔及び全身を隠すのも当然と思える。

 自身は異世界アイテム『葉巻型酸素ボンベ』を咥えて妹には無貌の仮面──顔面の感覚器に対する異常無効化──を被らせて二人は太平線を北上した。

 ふと、砂の一部が弾けるように吹き飛んで小さい影が凄まじい速さで動きさる光景を見た。

 残忍にその狩猟者のハサミには獲物の死骸が突き刺さっている。


「ひ、酷い! カニがエビを食ってる!」

「──いやまあそう言うと普通の食物連鎖ではあるのだが──町中で松葉ガニとエビ──?」


 ※鳥取では実際よくある光景である。

 怯える妹を庇うようにして歩くと、ボロを纏った老人が這々の体で逃げ惑っている光景があった。その後ろにはモヒカンでレザーファッションのモヒカンが追いかけている。

 老人は手元の小袋を守るようにうずくまり、モヒカンは老人を囲む。


「ヒャッハーこの爺まだこんなに持ってやがったぜ!」

「止めてくだされ……! 今日より明日! 今日より明日なんじゃ!」


 小袋から取り出された中身はパチンコ玉だった。

 アサギは以前小鳥が言っていた。鳥取ではパチンコ玉が通貨として取引できるという嘘くさい話を思い出し納得。そしてパチキチの諍いは無視して歩みを進める。

 兄の袖を引きつつ佐奈は尋ねた。


「兄ちゃん、兄ちゃん。どっちに向かって歩いてるの? 目的というか目標というかどこを目指して?」

「ふむ──情報収集しなければならないからな。まずは──酒場を探そう」

「兄ちゃんが事あるごとに酒場へ繰り出す男に思えてくるね」


 失敬な、と胸中で呟いた。

 情報収集といえば酒場か、その近くの裏路地にいる男に何らかの単語を呟いて金の入った封筒を渡すことだとアサギの経験上の行動である。

 異世界では禁制品である蕎麦麺密売店の情報を得るためにサラリーマンの初任給ほどの金が必要だった苦い思い出が浮かぶ。うどんは優遇されているというのに。香川県民の陰謀かもしれない。

 とういうわけで手近なスロ飲み屋『アイヨーパチンコ』に二人は入店した。

 入った途端すえたようなタバコと店内にこびりついた大麻の臭いがアルコールと混じって淀んでおり、耳をつんざくスロ台の音が鳴り響いている隠れ家的なBARである。

 南蛮から連れてこられた屈強な戦闘奴隷と言っても信じそうな風貌の客が、場違いな少年少女である二人に嘲るような視線を送るが、怯える佐奈とは違いアサギは殺気混じりの表情を崩さずにカウンターへ進む。

 異界で自分への強盗襲撃者の根を潰す為に潜入した犯罪者専用の飲み屋に比べれば犬に睨まれたようなものだった。カウンターに座る客をそのまま写真にすれば手配書の完成みたいなそんな店だった。

 胸元に銃器のような膨らみのあるバーテンダーの前の席に座らず、折りたたまれた紙幣を放り投げて尋ねる。


「人を探している」

「……お客さん、ここを何の店と間違えてるんだい?」

「──そうだったな。これでダイキリとクレジットを」


 追加で金貨──異世界のものであるが金の含有率はそれなりだ──を弾いてバーテンダーに渡すと、彼は無言で銀玉の入った皿を渡してカクテルを作り始めた。

 アサギは興味無さそうに玉を妹に渡す。


「遊んでやれ」

「うう、なんか高校生なのにパチスロなんて不良な気分だよう」

「安心しろ──鳥取では普通だ」


 実際普通である。

 ルールもよくわからない佐奈はとりあえず手近な台へと向かった。

 けたたましい音楽が流れているCRデカイババア。世紀末シリーズのキャラ個別台である。他にもCR名無しの修羅とかCRターバンのガキとかある。

 

「なんでこんなキャラのまで……」


 執拗に毒入りの水を飲ませてこようとするデカイババアの演出を見ながら適当に佐奈はスロットを操作しはじめた。

 アサギはそれを尻目にアルコールの入ったグラスを口に含んだ。鳥取では水よりもアルコールのほうが安価で安全である。呪いに汚染された砂まじりの水を口にするにはリスクがある。デカイババアの出す水とどちらが危険かは救世主にしかわからないが。

 それで、と改めて切り出す。


「──教えてくれるか」

「人を探していると言ったな。どんな相手だ?」


 バーのマスターとあれば多少なり裏の世界に通じているものである。おおよそ、異世界でも外国でも鳥取でも大体の場合は。

 それでいて情報屋も兼ねている確率は50%だと判断できる。何故なら情報屋であるかそうでないかの二択なので可能性は半々だからだ。

 アサギの天才的直感に正しくそのパチ屋店主兼バーテンは情報屋だったようだ。

 

「少女だ。恐らく彼女は行方不明扱いになっているはずだがその家族の居場所を。小柄な女子高生で名前は──苗字は知らないが『小鳥』と云う」


 グラスが割れる音が一斉にした。

 カウンターで飲んでいた客の数人が持っていたそれを床に落としたのだ。彼らは顔を青くして何事か呟いている。


「違う、俺じゃない、俺は知らない」

「知ってることは全部吐いた……許してくれ……」


 思い出し嘔吐した客もいて、関わり合いたくないと判断した者はそそくさと退店し始める。

 露骨に嫌そうな顔をしたマスターは苦虫を噛み潰したような顔でいう。


「営業妨害は辞めてくれねえか。それともアンタもあの殺戮刑事のお仲間か?」

「殺戮て」


 とても率直な意味合いであり、やはり警察に相応しくない二つ名ではある。


「関わり合いにならないほうがいいし、下手にそんなこと聞いて回らない事をお勧めするね。娘が居なくなったてなもんであの黒い悪魔みたいな刑事──鳥飼輝久はヤクザだのマフィアだの市長親衛隊だのを片っ端から壊滅させて捜索してよう……違法パチンコ屋だって何店も潰された。『小鳥という少女を知ってるか』ってアンタみたいな事を聞きながら」

「……」

「ポン刀一本持って戦争用兵器満載のマフィアのアジトに1人で突っ込んで潰すあれは本当に人類か疑問に思うぞ」

「なあ──確認するがここは現実世界、日本国内の話だよな?」


 例えば浅薙アサギが元居た世界と、とても良く似た現代伝奇風のパラレル世界に帰還してしまったのではないかと薄ら恐ろしい考えが浮かんでしまう。

 安心を求めるようにしっかり成長していた懐かしき妹へと目線をやった。デカイババアが実はバットの村のババアだったリーチ中だった。やっぱりその飲ませようとしている水は毒入りだ。

 ともかく。目的とする対象が予想以上に有名人だったのは喜ぶべきことだろう。何も戦闘を仕掛けに行くのではないのだから。

 

「それでその鳥飼輝久とやらの家は──?」

「虎の住処を調べたがる奴はいねえな。知りたきゃ警察署に行け」

「──それもそうだな」


 小鳥の親が刑事ならば警察に行けば会えるだろう。そういえば前父は刑事で母は魔女だとか小鳥が話していたことを失念していた。

 少なからずあの少女の発言は狂言が混ざっていると常日頃から軽視し右から左に聞き流して適当に受け答えしていた為の忘却だ。あんまりな扱いだったと反省する。

 情報は得た。アサギは手元のダイキリを飲み干して席を立つ。


「佐奈──済んだか──?」

「に、兄ちゃん、なんか凄いリーチ出て離れられないっよ!?」


 彼女の台では核シェルターの中に居たババアと村のババアとデカイババアの三人の顔がグルグルと回っている三連ババアリーチ中だった。けたたましい演出とともにババアが乱舞するそれは新たな地獄の誕生を彷彿とさせる。

 時はまさに世紀末。淀んだ街角でババアは出会う。

 アサギは混乱して涙目になっている佐奈の襟を持ち上げてさっさと退店していった。


「ババアー!」


 悲痛な叫びが何故か佐奈から上がる。いまだに回り続けるババアの台に新たに座る客は──居なかった。




 ******

 



 まあ大雑把に言うと鳥取警察署は鳥取駅から北西に5kmぐらいの場所にあると地図で確認したので妹を抱えたままアサギは真っ直ぐ一直線にそちらへ進んだ。

 文字通り一直線である。鳥取市の住民は皆、俯いて下を向いて歩く習性があるために高度を取り飛行すれば認識されることはない。この習性は別段彼らが総じて陰鬱なわけではなく、有害な砂埃や過酷な現実から目を背けつつ足元に時折出現する蠍や蟹を警戒するためであった。

 警察署の近く、程よい物陰に飛び降りるように着地する。

 飛び降り慣れしているアサギはともかく、小脇に抱えられていたまま高速飛行と加速落下を体験した妹は恐怖のあまりに舌を飲み込んで窒息していた。

 冷静にアサギは魔力式掃除機『絶滅災害級オメガサイクロンリミッターカット』をポーチから取り出して妹の口に突っ込み舌を引っ張りだした。帝都で起こる餅を喉に詰まらせる死亡事故件数を半減させた傑作機である。まあ、これが原因による死亡事故はそれを補って余りある程度に発生しているようだったが。メーカーの応えはどこの世界でも同じ過ぎて形式美すら感じる。「仕様です」と。

 死んでるほうがマシなような疲弊した顔色で復帰した妹を連れて警察署へ入った。

 警察署の中は廃れた街と同じように閑散として静かな雰囲気か、それとも多発する犯罪に対しての騒動に包まれているか──アサギは予想していたが、どちらとも違った。

 見た目は普通の警察署だった為若干の肩透かしを感じつつ窓口へ行き声をかけた。


「聞きたいことがあるのだが──」

「あっはーい」


 席を外していたらしい婦警がバタバタと書類を抱えつつ窓口へ走ってきた。ショートカットに揃えた髪を中央分けにしている若そうな警官である。

 にっこりと営業スマイル──営業と言っていいのか微妙だが──を浮かべて婦警は尋ねる。


「どうされました?」

「ああ──人を探しているのだが──鳥飼輝久という刑事がここに居ないか──?」

「輝久君ですか? えっとアポイントメントとかは……無いですよね?」

「必要だったのか」

「そういうわけじゃないんですけど、彼は懲戒停職……こほん、欠勤してますから……」


 残念そうに口ごもり、婦警は続けた。


「どのような要件ですか?」

「ふむ──彼の娘──鳥飼小鳥について話があるのだが」

「……小鳥ちゃんに!?」


 アサギはいきなり胸元を掴みかかるような仕草を見せた婦警に対して、かなりギリギリの判断で片手に抱えていた妹を身代わりに押しぶつけるように差し出して身を躱した。

 ちなみに周囲に高速脅威物体反応があるとオートで神経知覚反応速度が十倍前後に上昇するようにヴァンキッシュに設定しているのだったが、それでも驚くような婦警の速度だった。その速度で振り回された妹はまあカエルが潰されたようなうめき声を上げている。

 非難がましく妹が抗議をしてきた。


「兄ちゃん!」

「どうした──我が妹よ──」

「なんで気取った口回しなの!? よく分からないけど若干わたしの扱いゾンザイじゃないかな!? 酷くないかな!?」

「オレや周りの異常な状況に振り回される一般人を見るのが嬉しくてつい───」

「素直に白状しないでほしいなっ!」

「ええと、とにかく」


 何故か喧嘩みたいになり始めた兄妹に、慌てた自分の感情を戻しつつ聞く。


「小鳥ちゃんの事、なにか知ってるの?」

「ああ──その、あまり他人には言えないのだが」

「……そうね、あの子の事なら輝久くんに直接伝えたほうがいいわね。ん、それじゃあ」


 彼女は他の職員に呼びかけた。


「これから私外回り行ってくるけど、後の仕事お願いしてもいいかなー?」

「了解です相原先輩!」

「おつかれ様です先輩」

「あれ、先輩今晩予定入れてた合コン大丈夫ですか?」

「あっ……うぐぐ……ごめんキャンセルしといて……いいや! やっぱり無理やりでも行くから!」


 慕われてるんだなと思う一方、見た目二十代高く見積もっても三十代前半な彼女が、割と中年職員にも先輩呼ばわりだった為に首を傾げるアサギ。若くは見えるのだが。鳥取警察署刑事課警部、相原捨子40歳独身彼氏募集中である。

 そのような深刻な結婚問題は思いもよらないが、アサギはともかく目的の人物に会える事に満足を覚えた。外回りの為の装備として殺傷力のありそうな特殊警棒と、ワイヤー付き電磁投擲用ダガーを二十本ホルダーに、彼女の代々続く家の家宝であるキニーネ系猛毒の塗られた短刀で武装する婦警を見ながら。

 

「……兄ちゃん、警官とナイフって似合わない組み合わせだよね」

「ああ──それ俺もこの世界に戻ってきて感じた──」


 妙な共感を得る兄妹だった。




 **********




 鳥飼家への道中は概ね安全だった。具体的に言うとアサギが武器を使用するまでもなかった程度だ。

 鳥取の街にはパチに脳をやられた犯罪じみた市民がスロ資金を求めて襲い掛かってくることが日常茶飯事ではあるのだがさすがに警官と同行してればその数も少ない。

 武器の投擲は結局あまり上達せずに諦めたな、とアサギは正確無比に電磁ダガーを投射をする捨子を見ながら考えた。そも異世界では対人よりも対怪物戦がメインだったため、ナイフよりもハンマーや鉄球を投げつけたほうが威力があると判断して練習もあまりしなかったのだ。

 いやしかし、こうして襲いかかってきた大型の蟹の甲殻の隙間にさえ見事に刃を打ち込む熟練警官の腕は見事だった。警官のスキルかどうかは、まあ置いておいて。


「なにかおかしいよね」

「うん」

「ヤバイよね」

「うん」

「どうしたの? 二人共。もうちょっとだから……ほら、あそこの煙が上がってる家が輝久君の自宅よ」

「……」


 不安な目印を指さされたもののよく見れば煙突があって安心する。

 古びた西洋建築の一軒家だ。建物自体はそう大きくないものの両隣の土地が空き地になっている為広い庭のようにも見えた。奇怪造形と彩色の植物を植えた菜園らしきものが家から空き地へ侵食しているあたり、勝手に使っているのかもしれない。やや不気味な瘴気が漂うその空き地は買い手も居なそうだ。

 玄関前まで来て、なにか中からドタバタと暴れる音。木造家具の破砕音。火薬の爆発などの異常が察知できた。

 警戒して妹を盾に──危うくしかけて、違う違う妹は守るんだったとアサギは考えなおした。異世界で容赦なく仲間を盾にしまくる召喚士に毒されたか。

 騒音を耳にした捨子は眉根を寄せた。


「この音は……輝久君、ベッドから脱出してるみたいね」

「脱出て──ああ」


 アサギは異世界から見た映像で、小鳥の父親が執拗にベッドに拘束されているのを思い出した。鎖でぐるぐる巻きにされた挙句謎の薬品を盛られていたようだったが。小鳥いわく、看病っぽいものだ。小鳥は母親の事を、元外科医兼薬剤師で神の腕前と悪意を同時に持つ超医師と言っていた。今はフリーの魔女らしいが。魔女ってなんだフリーでなれるのかと思ったが冗談だと判断していたのだが。

 気合じみた叫びが聞こえると同時に、捨子は玄関のドアから離れた。先を予見するように、安全圏まで。


「うおおお!」


 ドアをぶち破って家の中から、簡素なズボンを履いて上半身裸に黒のコートを羽織った男が日本刀片手に飛び出してきた。伸びた無精髭とボサボサの髪が無ければ男前の青年にも見えるが、その格好では不審者のようだった。

 続けて発砲音。ナチュラルに発砲音が発生するここは日本国内である。

 室内から外に逃げた男に向けて二連発で放たれたのはグレネードランチャーめいた大口径銃器から撃ちだされた捕獲網であった。

 錘の付いた網が広がりながら男と、ついでに近くに居たアサギと佐奈へも飛来してきた。狙われたわけではないだろうが、回避を潰すための予測射撃に巻き込まれている。


「む──」


 突然の攻撃にアサギは剣を取り出す。ただし、魔剣はケースに入れていて取り出しにくいので腰のポーチからコレクションの魔剣を選択。


『屠殺神剣ネフィリムドゥーム』

 天界より地上へ堕ちた、大地を腐らせ投射物を無効化する堕天巨人を、唯一効果のある接近戦で殺すために高位天使の血を使って創りだされた天界武装である。切断範囲の増幅という特性を兼ね備えていて僅かでも傷をつければその箇所から切断領域が広がり大きな範囲を切り取ることができる。

 山のような巨人の手足すらこの長剣サイズの武器で切り落とせる。ペナルカンドでお伽話にもなっているほど昔に起こった巨人と天界、勇者をめぐる争いで使用された後は天使たちによりこの危険極まりない武器は厳重に封印されて火口深くに沈められたらしいが……

 普通にダンジョンに落ちていたのでアサギが拾っていた。ダンジョンの魔力で再現された本物と変わらないレプリカ品だが。性能はそのまま、一瞬でも網に刃が食い込めばその全てをズタズタに切り裂くはずである。


「フ──」


 迫り来るネットに向けて涼し気な顔で神の武器を振るい迎撃する。

 ガツンという衝撃とともに、アサギと佐奈は網に絡まって地面に転がされた。

 巨人殺しの名剣は特殊強化されたワイヤーに一ミリも食い込まず、剣ごと身動きがとれない状況に。


「──あれ?」

「兄ちゃん……」


 一方で黒コートの男は自らに放たれたワイヤーネットを普通の日本刀で真っ二つに切り裂き油断なく刀を構えていた。形状記憶流体金属とアラミドポリカーボン複合ナノ繊維収束体を組み合わせた戦車でも引き千切れないネットだったが分子レベルの切断箇所を見切り両断したのだ。

 剣の技術は凄い速さと魔剣の性能頼りで振り回す程度しか持っていない哀れ的剣士のアサギは言い訳がましく叫ぶ。

 

「──いやおかしいだろ、この剣って鉄塊ゴーレムだって切れるんだぞ!? どんな材質だこのネット──ッ!」

「兄ちゃんが必死すぎる……」


 剣自体はそれこそ堕天巨人だろうが戦神合金砦だろうが切り裂ける性能を持つのだが、本来の持ち手でないアサギではそこまで力を引き出せないのだ。ペナルカンドの者が触れただけで呪われる装備でも問題なく使えるが、使えるだけで使いこなせるかは別だ。

 改めて取り出したプラモ製作用魔法具『バニティ・ニッパー』で丁寧に網を切っていくアサギ。刃先に虚数空間を発生させて厚さゼロミリの切断んを行える弩級ニッパーである。

 ドタバタしてる二人はともあれ。

 玄関から煙を棚引かせたランチャーを構えて現れたのは胡散臭い笑みを浮かべた女性だ。長髪に眼鏡をかけた小柄な妙齢の女性である。どこか顔のつくりが鳥飼小鳥に似ており、アサギも知らなければ彼女の姉とでも思ったかもしれないほど若くみえ、平坦な胸だ。名前は確か道中で捨子から聞いた。鳥飼明日里──鳥取の魔女である。


「てーるーひーさー……どこに逃げようというのだ? まったく、まだそんな余力があるとは薬の量を増やさねばな」

「俺の邪魔をするな……魔女めッ!」

「果報は寝て待て、可愛い子には旅をさせろと言ってるだろう。お前が痩せ犬のように駆けずり回ろうが悪党を病院送りにしようが、小鳥が帰ってくるかどうかとは関係しないというのに」

「黙って寝てなどいられるものか! 俺は二度と……あんなことには!」

「だからお前や捨子が死ぬほど探してても見つからん時点でただの事件ではないと言ってるだろうが……もういい、また少し寝てろ」


 続けて明日里は輝久──小鳥の父親に向けて小型の銃を構え、即座に放った。

 違法改造されたそれはデイザーガン──電極端子を相手に打ち込み高圧電流を流す鎮圧武装である。改造により音速を突破した勢いで放たれる端子自体に殺傷力があり、大口径弾丸と何ら変わらない。

 だが相手がそのような武装を所持していることは百も承知の輝久は、絶縁処理されたコートで打ち払うように秒速500メートル程の速度ですっ飛んでくる端子を受け止めた。

 やはり邪悪な笑みを浮かべたまま彼女は銃器のトリガー以外のスイッチを操作した。

 すると端子から、強烈な電流ではなくネズミ花火めいた音が発生してコートを巻き込み激しく発火し始めた。なんという事だろうか、予め油を染み込ませたようにコートは一瞬で火に包まれる!

 地面に積もる砂塵に身を転がす輝久。忌々しげな表情を隠そうともせずに妻に向ける。


「くっ……! 結婚記念日に妻から貰ったコートが……!」

「まあ燃やしたのも私なわけだが」

「罠か! どういう予想をすれば夫に油を仕込んだコートを渡すのだ!」

「フン、私のような天才と一般の尺度を一緒にするな。とにかくお前はまだ自宅謹慎続行だ」


 感情の見えない目で再び電撃銃を輝久に向けて発砲。

 視線と銃口からの弾道を瞬時に判断した輝久は飛来する端子を刀で切り払った。

 だが安心するのは早い。余裕の笑みを浮かべた明日里は続けて背後から機関銃のようなものを構えた。大型バッテリーと駆動モーター、追加弾倉を備えた彼女謹製の40連発電撃銃である。

 空間を紫電が幾条も走り輝久を襲う。


「うおおおお!」


 雄叫びとともに常軌を逸した速度で刀を振るい次々と来る電撃を這わせた鎖を打ち払い、切り捨て、身を躱す。

 電撃機関銃の連射力は実銃ほど無いにせよ間髪無く降り注ぐ銃撃を受け止める日本人──伝奇アクションものでない現実の──を見てアサギは不安になり「ここは日本ここは日本」とぶつぶつ呟き妹に心配された。

日本にだって夫に改造電気銃を乱射する女も、当然のように日本刀アクションで対応する男だって居るはずでそれがたまたま目に付いただけだ。元の世界までなにか壊れてないかなどと不安になる必要など無いと言い聞かせる。

 魔女は電撃銃を連射しながら左右非対称な奇妙な笑みを絶やさずに「くくく」と笑い声を漏らす。ちなみに容赦なく夫に放っている電撃銃だがあたりどころが悪ければ一発で心停止しかねない凶器である。

 そして剣士は失策を悟った。病み上がりで足の筋肉が大分に萎えていたせいもあるが、足を止めて攻撃を受け止め続けていたのが罠だった。

 いつの間にか輝久の足元に転がされていた手投げ弾──何らかの化学薬品が臨界反応となったフラスコだ──が爆発した。


「──無茶苦茶だな」

「兄ちゃん、兄ちゃん! 通報しないといけなくなくないっかな!?」

「落ち着け妹よ──暴れてる当事者も目撃者も警官だ」


 ネットから脱出したアサギと佐奈は危険回避の為に近くの電柱の上にまで退避して、眼下で起こる戦闘行為についてコメントをした。

 超外装ヴァンキッシュのブースト飛行により高所に避難したのだが、同じぐらいの高さの屋根に当然のように避難している捨子はなんだというのだろうと疑問だったが。どうやって飛び上がった。

 ため息混じりに頬に手を当てながら捨子が呟く。


「あーあ、また夫婦喧嘩しちゃって」

「喧嘩──喧嘩?」


 爆煙が晴れると片膝をついて刀を取り落とし動けなくなった輝久が姿を現した。

 嗜虐的な笑みを浮かべて特殊スカイネット合金製の鎖を片手に明日里が捕縛に歩み寄っている。


「そ。あの二人子供の頃からの付き合いなんだけど生真面目な輝久君と破天荒な明日里さんでいつも喧嘩してるの。結局輝久君が負けるんだけど──明日里さんは容赦無いけど輝久君、女の人相手に全力は出さないんだから。負けると凹む癖に」

「ふむ──女相手でも全力でけちょんけちょんに潰さねばならぬ時もあるというのに──」

「いやまあ兄ちゃん、その発言はどうよ」

「女と思って舐めてかかってはいけない。模擬戦だってのに生身で音速超過し本マグロみたいな重さのバットで殴りかかって来つつ上空に氷山を出現させて逃げ場を塞ぎながら足元を泥濘に変えつつ即絶対零度で凍らせて動きを止め足を破壊にかかった挙句別の女が超振動鋼線を360度配置して輪切りにしようとしクレイモア地雷のクロスファイアと毒塗りマキビシを敷き詰め核地雷ブルーピーコックを投石器で投げてくるような奴らもいるんだ──あの時が多分一番全力になったねオレ」

「そんな特殊な状況を作る女は居ないよ兄ちゃん。兄ちゃんあなた疲れてるのよ」

「居たんだ! オレはその一部始終を味わったんだ! 詳しいんだ!」


 異世界で一度だけ仲間同士で行った超全力模擬戦バトルを思い出しながら頭を抱える。あの時は確実に相手の女どもは殺す気だったに違いない。 確かバトルの理由は夕飯をアイスが作るかアサギが作るかだった。何故小鳥が参戦したのかは謎だ。助けてくれそうなサイモンはソッコーで逃げ出してどこぞの教会の炊き出しを食っていたらしい。呪われろ。

 ともあれ。

 手投げ弾に含まれる猛獣をも永眠させる痺れ薬により動きを封じられた輝久だったが、歩み寄る妻に血涙すら流れそうな感情を現している顔を向けた。食いしばる口元からは血が流れている。

 呆れたように明日里は言う。


「……ふう。何度も言うが、あの子は大丈夫だ」

「な、に、を……根拠に言えるんだ。俺は、またあの時みたいに手遅れになるわけには……!」

「小鳥が誘拐されて致死量寸前まで農薬を飲まされた事がトラウマか? あの時だって私が直して結果的に問題なかっただろう。いかなる危機に落ちいっても最後には死なず戻る流れに小鳥はある。私が断言するのだからそれは世界の真理だ。だからまあその──焦るな鬱陶しい」


 容赦なくドタマにどこからか取り出した太い注射器を打ち込んだ。解剖されながらも生きているカエルのように体を震わせ倒れる輝久。

 そして面倒臭げに髪を掻き上げて屋根の上にいる捨子に明日里は呼びかけた。


「おい捨子、こいつを運ぶのを手伝ってくれ。重くて運べんからな私には」

「一応わたしも女手なんだけど……」


 苦笑しつつ肩をすくめるが、実際は余裕なのか慣れているのか楽に運べそうな雰囲気はあった。

 一応アサギが空気を読んで家に運ぶ事にした。ようやく気づいたように明日里は彼の方を見て少し驚いたように「ほう」と息を漏らし──「くく」と小さく笑った。

 彼の背負うケース、そこに仕舞われた魔剣マッドワールドが小さく鳴動したような気がした。




 ********




 いきなりの訪問と唐突な説明であったが、小鳥が異世界に居ることは家族に信じられた。

 やはり彼女の日記を渡したのが良かったのだろう。まるで小説のように書かれていた異世界での冒険譚だったが、筆跡や癖なども小鳥本人だと断定され、その現実からすると突飛な内容もあの子ならばありえると信頼を持って受け止められた。

 多元論がどうの別時空からの粒子の観測がどうのと明日里が高説を述べていたがとにかく一般人には理解不能であった。

 とにかく結論として両親が尋ねたいことはひとつだ。


「小鳥は、帰れるのか?」


 イスに鎖で固定されている父の輝久が聞いた。

 その質問に、アサギは応えることができない。彼が13年間探し続けてようやく見つけたこの世界へ戻れる方法を、自分が使ってしまったからだ。もしかしたら他に異世界を渡る方法があるのかもしれないが、あるともないとも言えない。

 絶対に大丈夫だと小鳥はいうがそれを証明することも納得することもできないだろう。


 たとえアサギが久しぶりに帰って来た現代日本でB~D級ゾンビ映画を鑑賞している間に異世界では13年に一度、ダンジョンの魔力が全活性化して魔物が地上にすら溢れる『カーニバル』が発生して、それに乗じて召喚陣へ再び向かう小鳥とその時だけ接触可能なダンジョンの魔物である神域召喚獣『食い荒らす角獣』へ挑む牛召喚士の共闘が行われていたり。


 7つの異世界物である神域召喚士を揃えれば魔王の力が蘇り異世界へ渡れるようになるという情報を仕入れた為に、残りの召喚士達の契約に協力することとなり精霊召喚士と神域召喚霊『怒りの炎精』と関わっていたらアイスが過去に滅んだ魔女の残留思念に乗っ取られて魔女化し絶対熱量VS絶対超零度のバトルに発展したり。


 宇宙とその外側にある時と空間と天を司る存在へ挑む、星々を食う魔物や宇宙を消滅させる機械の化け物や進化とかもっと良い物とかインフレする上に終わらない戦いに巻き込まれたり。


 まあそんな感じのストーリーが展開されているのかもしれないがそれをアサギが知る由はない。

 アサギは神妙な面持ちでこう応えるしかなかった。


「必ず帰る──そう伝えてくれと」

「ふぅん、まあ大丈夫だろう」


 軽く肩をすくめる明日里。彼女はとことん無事を信じているようだ。小鳥がどうにか事態に対応して無事でいるというよりも、自分が彼女を無事と判断した事を絶対だと思っている。

 むう、だが、と考えこむ輝久。 

 大丈夫だなどと言われていても娘が非現実的な状況に巻き込まれて今この瞬間の安否も不明なのだ。安心するほうがおかしい。

 どうしたものか。

 アサギは考える。もっと具体的に、彼らに異世界で予想以上にお気楽している小鳥の姿を見せてやりたいものだが……


「あっ」


 声を上げたのは婦警・捨子だった。

 彼女は手元のハイテンションな兎をモチーフにしたストラップがかかっている携帯電話を見て発言したのだ。


「やだ、もうこんな時間……! 合コンが迫ってる」


 友人の娘の話を聞いていたらすっかり夜になっていた事に彼女は気づいたらしい。そしてアラフォーに外せない婚活があることも。

 馬鹿にしたような息を漏らして明日里が告げる。


「どうせ上手くいかん会合に参加する意味はあるのか? 捨子」

「はなっから決めつけてちゃいけないじゃない! ああもう、お化粧も直していかないといけないのに……ごめんね、先に帰るからー!」


 慌ただしく鳥飼家から辞去する捨子。40歳。まあ、見た目は20代後半程度なのだが……男に縁が無さすぎるのではある。おばさんと呼ぶとマジギレするので注意しよう。

 そういえばそんな時間か、と懐中時計を取り出してアサギは確認した。とはいえ、それは異世界基準で作られたものであり日本時間とはずれているのだったが。

 今は向こうも夜だった。いつもならば例の宿屋で小鳥の夕飯を食べながら酒を飲んだり人生真っ暗ゲームをしたりしていたか……思い出しつつ、窓から月を眺めた。

 満月だった。

 

「──待てよ、それなら」


 異世界で試したことはあった。魔剣の特殊能力。満月の夜に使用者の家族がいる場所を、次元を切り裂いて映し出す力。 

 向こうの世界からこちらの世界を覗くことは出来た。

 ならば逆は──試したことはない。でも可能性はあった。


「少しいいか──」


 


 *******

 


 場所は広い、鳥飼家の隣の空き地にした。

 外で剣を振るうのには多少勇気が必要だが、東京と違い鳥取では武装を振り回しても通報されない。地域差があるので実際にどうこうして問題が発生しても責任は取れないが。

 砂粒の混じった粒子が濃霧のような密度で舞い上がっている。それに月光が反射して夜だというのに薄明るい程だった。

 暗黒物質で構成された魔剣を両手持ちして剣士が構える。鳥飼輝久である。剣呑な鋭い目つきと引き締まった体つき、大柄ながら機敏な動きはいかにも強者然としている。或いはアサギよりも。

 数メートル離れて三人は見ていた。


「剣を振るい、合言葉を言えばいいのだな?」

「ああ──それで次元の扉が開くはずだ──異界に居る、縁ある相手へと」

「む……ではこう構えてだな」

「いや──もっと角度はこう──月を断つような軌道で──」


 何やら格好いいポーズを決める談義を始めた二人。身振り手振りですばらしい魔剣の発動を模索する。流石に実践的格好つけ術についてはアサギの方が一日の長があるからか、年下相手でも素直に認めている。

 しかし古流剣術と正式剣道を収めた輝久のピタリと型に嵌った構えの合理性にもアサギは頷くところがある。親近感を感じる二人であった。

 それを見ながら苦々しげに、或いは鬱陶しげに明日里は隣の佐奈へ零した。


「どうでもいいがあの二人が会話しているとやたら格好つけてる風で気になる。いい年こいて恥ずかしくないのかあの魔剣を手にして内心はしゃいでる中年は」

「真顔でそれに付き合う兄ちゃんも今年で三十路なんですよ」

「末期的だな……」

「ええ……」

「やはり脳改造が必要か……そっちもどうだ?」

「いえ、それほどでは」

「そうか」

「はい」


 真顔で会話をする二人だった。

 ともあれ。 

 魔剣発動モーション談義は纏まったようで、アサギが間合いから離れた。

 小鳥から指摘を受けた分では特に合言葉やモーションは関係ないようだが、無視している。必要ないのだとしたら長年やり続けた自分が哀れだからだ。だから必要なのだと主張は変えない。

 輝久は月を睨むように狙いを定め、剣に力を込める。両足に根が張ったように大地を踏みしめ、呼吸を整える。

 眼力と気合の奔流で周囲の霧がぞわ、と周囲から吹き飛んだ。彼の周囲のみ月明かりが直に照らす空間へと変わる。足元の砂が緊張から凝固し小さな柱となり固まり、また先端から砕けていった。

 アサギと佐奈は素直に「なにこれ」と呟いた。えっ個人の気合的な能力でこの現象出してるの? 信じられない。そんな調子である。

 輝久は叫んだ。


「開け……!『壊世の扉<マッドワールド>』……!」


 ノリノリで格好いいポージングも決める。


「あいつあれで40歳なんだぞ」

「う、うん」


 水を差す外野の声はともかく。 

 彼の一閃と共に周囲の因果律を魔法則重力で歪める。元から存在しなかったように周囲数キロメートルの砂天幕を斬り消した。月光と夜闇の境界を扉とし剣により生み出された空隙を扉とする。月が二つにわかれ世界の裂け目が生まれていく。

 世界の扉を開く天界の宝剣としての能力が超重力場によって歪み発揮され異界の光を投影するのである。

 夜空ににわかに色付き、異界の景色が映し出された……


「成功──か?」




 ******




「ウーサウサウサ! コトリさんいいことを思いついたウサ! まあ大体エロいことなんだけどウサ!」

「はあ。何を言ってるんですか。死ねばいいのに」


 わたしは手元に開いた哲学的娯楽本『毒ゾンビVS癒しゾンビ 幻の共演編』から目も上げずに応えました。

 夕食後の優雅な読書タイムです。とはいえ今日中にこれを読んで書評を纏めないと単位が危ないのでぶっちゃけ生き死にの次に大事な活動です。人間は呼吸の不足で死なない。人間は単位の不足で腐って死ぬ。まさに毒ゾンビに噛まれたように。

 呪術的ゾンビと科学的ゾンビと哲学的ゾンビがそれぞれの陣営に入り乱れる内容は一瞬目を離すと完全に忘却しそうなので大変です。結構読める様になったとはいえ異界言語ですし、何故かケーンって名前のゾンビと人が既に6体登場していますので。このケーンは癒し系哲学ゾンビのケーンだっけ? 凄く読みづらい。百年の孤独を読んだ時を思い出します。

 

「見て見て、ボクの耳ピコピコ動かして折りたたんだりできるウサ、可愛いウサー?」

「うーん、それって筋肉じゃなくて耳の中に通る毛細血管の血流を操って動かしてると思うとなんかキモイ気がしますよ」

「そう、ボクの特技の一つ血流操作……海綿に血液を流したり引っ込めたりしてるうちに目覚めたのウサ!」

「『あばよ……いい毒ゾンビも居たってことは覚えておいてやるよ』ケーンは振り向かずに、別れの言葉を発して歩き出した。

『ハハっ……げほっ、いい毒ゾンビなんて……いねえよ』皮肉げに笑ったケーンの顔はゾンビの土気色を通り越して腐った血のようにどす黒かった。肉がズルリと落ちるのにも、ケーンがもうこちらを見ていないにも関わらず彼は手を振って『さらば』と呟き、二度と動くことはなかった。

 実はこんな文章ですけどこの場面で登場するケーンは3人なんです」

「さらっと無視されたけどその本、作者はケーンにどういう意図を持ってるウサ?」

「作者もケーンです」

「凄く鬱陶しい性格なことはわかったウサ」


 うにょーとした顔でパルが呻きます。

 こうなれば原作よりも先に映画とか見ておいたほうがよかったかもしれません。Z級ホラーとして映像銀盤がレンタルされているらしいのですが、生憎と貸出中でした。恐らく高確率でわたしと同じ授業を受けている生徒の仕業です。ジーザス。

 大事なのは忘れないうちに必要な情報はメモしておき、読み終わった後そのメモを参考に文章を作成することです。

 

「まったく、こんだけケーンケーンと叫ばれれば確変入りますよ、と」


 メモしていると何やら胸元に違和感が。

 白くて板状の柔らかいものが器用にもにもにと胸のおもちを揉んでいました。

 その根本には頭を下げた金髪の小僧ことパルが。


「つまり耳を操作すればこんなふうにオパーを揉むことも自由自在ー! オ、オ、オパー!!!」




 ****




 大気を震わせる大音量の悲鳴の如き炸裂音が連発して鳴った。

 夜空に浮かぶ映像──に映る興奮したパルの顔──へ向けてアサギが冷たい目で魔銃ベヨネッタを連射する。

 忽ち映像が蜂の巣のようになって夜空に掻き消えた。

 呆然とこちらを見ている輝久に対して、彼は咳払いをして云う。


「どうやら──映像の乱れがあったようだ──」

「いや今俺の娘が変なウサ耳に胸を」

「映像の! 乱れだ──! やり直そう」

「あ、ああ」


 殺気立った気迫に思わず頷く輝久。

 改めて。


「開け……『壊世の扉』!」



「テンションは変わらないのな」

「みたいですね」


 冷めたギャラリーのコメントはともかく。




 ********


 

 空から大地に降り染みこむ液体があります。

 天気は雨。地面に既に染みた血を滲ませ、薄く拡散してくれました。それが吉と働くか凶と働くか──誰に対して?──皮肉げな笑みを浮かべて雨の下動きにくい合羽を着たままスコップを柔らかくなった地面に突き立てます。

 土を掬い、掘り除ける。穴は一度振るう度、腕の筋肉に感じる倦怠と引き換えに広がっていきます。


「はあっ……はあっ……」


 雷が光り、一拍置いて鳴り響きました。

 ひひ、と腕に感じる乳酸から妙なむず痒さすら感じて笑いが漏れました。

 穴の深さはそれほどではありません。犬が掘り起こすか鳥が啄むか──後者ならば儲けものなのですが。

 底に、布でグルグルに撒いたまま持ってきた死体を解きながら転がしました。

 金色の髪をした、青白い肌の少年。後頭部が割れ、血のような脳梁のようなものがこびり付いて固まっています。

 死体。

 死体でした。


「ひ、ひひひっ……やっちまいましたぁ~、やっちまいましたぁ~……ひひ」


 事故のようなものでした。まさかギャグキャラだというのに、頭部を強打しただけで死んでしまうとは。

 でも彼の死を乗り越えわたしは強く生きようと思います。

 そのためには司法とか警察権力とか資本家が邪魔です。革命を起こすには力が足りず。となれば埋めるしかありません。

 死体遺棄です。

 故郷のお父さん、娘は死体遺棄をしています、頑張ります。

 ここで素人の浅はかさを出すのは、離れた場所まで運んで埋葬するという行為です。運んでいる最中に見つかり、まあ大体後日取り調べに来た刑事に射殺されます。5割の確率で。

 なので敢えて宿の花壇に埋めています。あまりに身近すぎる? いえ、なぜならば……


「ここはイカレさんの部屋の窓の下……もし死体が見つかっても世間の目はあのチンピラが殺して埋めたという方向に向くこと間違いなしです……ひひ。

 検証の必要すら無くあの人ならば逮捕され裁判でも陪審員全員可決で有罪になるはずです……見た目で」


 他人に罪を擦り付ける勇気。それが今求められている。 

 穴の底に横たえたパルに土をかけながら、震える腕を収めるためにドラッガーちゃんから貰った怪しげな薬を飲み頭をスーッとさせながら埋め続け




 ******




「魔王翔吼拳──!!」



 犯行VTRの映る夜空に巨大なエネルギー波が直撃して消散した。

 叫びの元のアサギに注目が集まると、彼は右手の袖から肩口までの服を破り飛ばしながら強烈な神霊効果ジーザスエフェクトによる光弾を放ったのである。装備していた神篭手『ゴッドハンド』による奥義の一つであった。あまりに強力すぎて袖が破れるから普段は使わないのだが。

 肩で息をする。

 見た映像はどれも異世界では──あのパーティでは日常茶飯事的な出来事だったが、実際に第三者の目線から見るとセクハラと死体遺棄だ。あと違法薬物も使ってた気がする。それを心配している親に見せるとは。あいつらもっと真っ当に生きろよと心のなかでツッコんだ。 

 そっと横目で輝久を見ると、彼は小刻みに震えていた。まずい。

 続けて力が抜けたように膝を地面に付いた。よし、逃げよう。

 だが、


「よかった……元気そうだ」

「──いいんだ」


 あれで平常だと両親も認識しているのか。

 アサギはなんとも言えない表情で呟いた。まあ別にいいっちゃいいんだろうが。どうせパルも死んでないだろうしイカレさんが逮捕されても保釈金をアイスあたりが払うだろうし。

 頷きながら明日里が云う。


「小鳥が誰かを埋めるのは今までも何回かあったからな」

「最悪だね」

「安心しろ、あの子の力ではさほど深くは埋められん。息を吹き返して自力で這い出れる程度の浅さだから大丈夫だ」

「息が吹き返ればね」

 

 半目でやや引きながら佐奈は云うが、特に明日里が気にした様子はない。

 彼女は軽く肩を竦めて膝を付いている輝久に近づく。そしてぼんやりと今だ中空を見ている彼の肩に手を置いた。


「大丈夫そうだろう?」

「ああ……そうだな」

「まったくお前は昔から心配性なのだ。いざ危機が迫れば私がなんとかしてやるから安心しておけ」


 そして彼の手からするりと魔剣を取り上げて適当に構えた。

 じっと黒曜石を煮詰めたような刀身に異形の装飾がなされている鍔の意匠などをひと通り眺めて、ふんと息を吐いた。


「時界破りの鍵に多元圧縮エネルギー、因果律を固めたアカシャ物質に重力崩壊と重力支配の付与魔法──生贄は別の宇宙一個分……」

「──なんだ?」

「くくくっなんだこうすればよかったのか。まったく、これもあの子の差金か……?」


 にやにやしながら尋ねたアサギに向き直る。

 彼女は無造作に手を伸ばすと、アサギの腰に付けられた無限光路を奪い取る。


「何を──!?」

「使い方が下手糞なのだ、凡人め。超空間座標記録装置……これさえあれば簡単だったろうに。見ていろ」


 云うと、明日里は無限光路を弄り操作するとキューブ型のエピタフは細かなブロックに分解されていく。 

 虹色に輝く光の放射が中心から現れるが、眼鏡を光らせて彼女は気にもせずに組換え、それをマッドワールドの鍔元に融合させていった。 

 魔剣と転移炉の合体。普通に出来るものではない。それぞれに関連があったわけでも、元からその形を持っていたわけでもないのに、いとも容易く鳥取の魔女は二つの機能を合わせた。


「『狂世界の支配剣』<マッドワールド・ジャック>……何を不思議そうな顔をしている。私は天才だからな、貴様らには理解できんぞ」

 

 そう、きっぱりと。

 鳥飼明日里は云う。異世界ペナルカンドに於いて、かつて滅ぼされた魔女が作成した剣を更に改造して当然のように、鳥取の魔女は手にしている。

 彼女は剣を、虚空に突き刺すように振り──捻りを加えて、空間を切開するが如く動かした。




「これはこう使うのだ。……三千世界の軛を繋ぎ──開け」






 ******







 爆発する火山。割れる大地。落ちる空。

 亜宇宙の彼方から飛来する幾百万の宇宙艦艇。地上を侵略しに来た、嘗て宇宙の大半を支配した銀河皇帝ドリルガッデムが復活し、彼を滅ぼしかけたペナルカンドを征服に軍勢を差し向けたのである。

 奴らの目的はこの星に眠る宇宙を滅ぼす進化の秘宝。無限の戦乱を生む災禍の箱を手に入れることである。

 魔法を、精霊を、神をも凌駕しかねない超科学と圧倒的戦力に世界は破局危機に陥っていた。

 迫り来る狂気と内から湧き出す狂喜に支配されたかのように最古の吸血鬼にして暗黒魔道士ヴァニラウェアは叫ぶ。


「そうか、わかったぞ! イカレとは! コトリとは! 壊れた世界とは! ペナルカンドとは!」


「それは!?」


 その弟子の少女──小鳥が聞く。叫びとともに返される。


「それは!」

「それは!?」

「それは!!!」

 

 吹きすさぶ風が鳴り響く。

 問答の答えも待たずに若者が巨鳥ヴェルヴィムティルインに乗って惑星制圧宇宙軍の群れに向い飛び立った。


「奴らに地獄を見せてやらァァァ! まとめて星屑に分解してやるぜェ糞ボケカスがァ!!」

「フヘハハハハハハ!! 雑魚が群れようと無駄無駄ァ!!」


 続けて魔法の杖を掲げた魔女が大気中に固定した氷を足場に駆け上がる。


「銀河も、宇宙も、何もかも。やがて全ての分子は止まる。君らに停止宇宙の片鱗を味あわせてあげよう───!」


 大地に四つん這いになり嘔吐していた召喚士の少女がぶつぶつと呟いていた詠唱も地鳴りと空鳴りに消えていったが、その叫びは響いた。


「あ゛あああああ゛ああああいぃぃぃぃあははははは!! 召喚るよ『奪聖櫃神竜<ゲットアークドラゴン>』!!」


 弩級の巨竜が現出する。それはお伽話にある眠りについた星喰らいの神竜が、魔王に進化放射線炉心を核に組み込まれ改造された姿だ。


 輪回する緑翠光を纏いながら進化し、宇宙を滅ぼす機械の化け物となりつつも竜召喚士に呼ばれ復活することを待っていた最強のドラゴン。


 雄叫びを上げる。同時に放たれるのは金属物質を歪める光線と、螺旋回転する斧のようなエネルギー波だ。攻撃の前兆でしかないそれにより宇宙へ展開する無数の軍勢を削りとった。


 最強最大の決戦が始まる。星が滅ぶのが先か、戦士らが敵を滅ぼすのが先か──。





「おいこら、小鳥」


 その様子を空間の裂け目──鳥飼小鳥の背後から見ていた明日里は普通に声をかけた。

 闇魔導師と騒ぎあっていた小鳥は振り向いて、べろりと捲れた空間に現れ呆然としている父とアサギ、それに明日里を見ながら、


「あっどもです」


 と、普通に返事をした。

 明日里も「やれやれ」と困ったように呟いて空間の向こうへ手を伸ばす。


「そこはお前には危ないから、こっちへ来なさい」

「はい、お母さん」


 言われて、小鳥もその腕を掴んだ。

 引っ張られ──。

 ただ、窓を越えるように、容易く。

 熱気渦巻く世界の終焉戦争の現場から、薄寒い鳥取の世界へ、小鳥は母の手で連れ戻された。


「ええ──」


 アサギが膝をついて愕然としている。

 自分の十三年の生活の最後に、ようやく帰り着いた日本への道だったのだが──彼の持っていたアイテムを組み合わせたこの魔女はあっさりと、異世界間の門を開いて娘を軽く救出したのであった。

 魔女である明日里の異常なる能力と言わざるをえない。だが、異常なのだから不可思議な事が起きても仕方ないのだ。何故ならば異常だからだ。

 ともあれ。

 自宅の隣にある空き地──見慣れたその場所に引っ張られて現れた小鳥は周りを見回した。


「おや」


 そして固まっている父を見つけ、少し首を傾げてオーバーに抱きついた。


「お懐かしやお父さん」

「小、鳥……」


 壊れ物に触るようにゆっくりと、輝久の手も小鳥を抱きしめて、彼は深い吐息を漏らした。

 父親の胸元に頭を押し付けられた小鳥が、雨のような感触を感じて見上げると厳しい強面で、いつも妻や娘に振り回されて困ったようにしている彼が強く目を閉じて涙を零していた。


(お父さんが泣いているのを、初めて見ました)


 娘を守るために、二度と危険な目に合わせぬように、強くあろうとした男が男泣きに泣いていた。

 小鳥はそれを見上げて、囁く声音で告げる。


「お父さんでも、泣くんですね」

「ああ……娘の事だからな……お帰り、小鳥」

「ただ、いま……帰りました。ただいま、お父さん、お母さん……」


 そして彼女も泣く。そんな小鳥の頭を明日里は優しく撫でてやった。人を喰ったような魔女の顔ではなく、母親の慈しんだ顔で。

 人を悲しませた時に流す涙を覚えて、痛みで溢れる涙を知り、小鳥はこの日、ようやく嬉しくて泣くことが出来たのであった。

 家族の再開を見て、アサギと佐奈はやや離れた所でなんとも言えずに見守っている。

 これはきっと、小鳥が泣いた──ただそれだけの話だったのである。

 


「話じゃねェェェェ!! この忙しィのにファミリードラマってんじゃねェぞ、そこのォ!」



 チンピラのだみ声が異世界の門から響いてきた。

 千以上は展開されている小型大気圏内戦闘機に航空母艦の集団に魔鳥で反撃を仕掛けているイカレさんからである。

 彼は後ろ手に軽く百以上のマシンを破壊しつつ裂け目に怒鳴りつける。


「特にアサギはとっととこっち手伝えボケェ! 楽してんじゃねェぞ働け!」

「──あ、ああ──」


 名指しで言われて仕方なくアサギはネフィリムドゥームを片手に──マッドワールドは空間固定に使われている為だ──次元の裂け目から身を乗り出してペナルカンド決戦へ参戦することとなった。

 彼は行く前に、


「──絶対閉じないでくれよ、それ」

「仕方ないなあ、ほら行って来い。お前も行くか? 輝久」

「む……」

「頑張ってくださいねアサギくん、お父さん」

「見てろよ娘よ! うおおお!」


 と、小鳥に励まされアサギと輝久の二人が銀河皇帝との決戦へ臨むのであった。

 この鳥取出身の剣士もやたらめったら強く機甲化バトルアックス殺戮踊り陸戦部隊を蹴散らしまくっている。洒落にならない。



 こうしてアサギが居なくなった後も続いた小鳥の異世界を巡る物語は、語られること無く外野からの救出作業によって終わり──。





 *****





 それから。

 東京都立鳥越高校二年普通科の教室である。この高校はクラスが普通科、特進科、ビジネス科にクラスがわかれている。

 進学で忙しい特進科と就職で忙しいビジネス科に比べて、普通科はお気楽だったりヘンテコな生徒が集まり学校行事などの中心になっている。

 期末考査も終わり、夏休み前だと云うこともあって浮かれた雰囲気が包んでいる。高校二年の夏休み、さて皆も胸を躍らせ、一度しか無いその時間に心を踊らせたり、はたまた深夜のバイト疲れであくびをしている生徒や出された宿題の終盤に既に入っている生徒など思い思いに過ごしていた。

 しかしながら、その教室の一員で、生徒会長である女子が持ち込んだ噂も囁かれている。

 夏休み前のこの時期だと云うのに転入生が居ると云う。

 長らく休学していた男子生徒が手続きを終えて高校に復学してくることになったのだ。

 HRの時間に教室の前から入ってきた女教師が若干引きつったような笑みを浮かべつつ呼びかける。


「はーい、それじゃあホームルーム始めますよー」

「先生ー転校生が居るって聞いたけどー?」


 早速、生徒の一人が手を上げて呼びかけた。

 彼の隣の席に座っている女子、浅薙佐奈は机に突っ伏しつつ体をびくりとさせた。

 何故か教師は軽く頭を抑えながら、


「居ます。居ますねえ……っていうかマジ?って感じですけど先生的にも」

「?」

「それじゃあ入ってくれるかなー?」


 彼女が呼びかけると、続いて前の入口から一人の男子が入ってきた。

 二十年は変わっていない学校の黒い学ランに身を包み、百戦錬磨めいた眼光をした生徒──浅薙アサギである。

 首元にマフラーを巻いているが、これはヴァンキッシュを最大限小さく、目立たない形に収めた結果であった。送還により体調は良くなったのだが神経と融合したヴァンキッシュは外せないのである。

 彼はカッコいい決めポーズをしながら、名乗った。


「浅薙アサギだ───よろしく頼む」


 教室が静まり返った。が、一瞬後には再びがやがやと、転入生への印象を言い合ったりし始める。妙な個性の多いこの高校では、カッコイイ転入生などそう奇異な目線では見られない。

 女教師が紹介する。


「えー彼はこのクラスの浅薙佐奈さんのお兄さんにあたります。ちょっと行方不明になってて最近見つかり復学することになりました」

「へー佐奈ちゃんのお兄さんなんだ。何歳なんですかー?」


 アサギは指折り数えて、女教師の方を見ながら若干自信なさそうに言った。


「三十──で合ってた──よな?」

「なんで先生に聞くかなああ?」

「だって───君オレと高校の時同級生だったし──ぬう!?」

「しゃばああ!!」


 年をバラされかけ、アサギと同期である女教師──剣道部顧問である──は巨大定規で襲いかかるのであった。

 ともあれ、多少のドタバタはあるもののこうしてアサギはなんやかんや手続きをして高校に通うようになり──中卒はキツかった為──日常は戻った。


 時折休日には、メールで呼び出しが掛かることがある。


「──行ってくる」

「小鳥ちゃんによろしくねー」


 ヴァンキッシュをマントにして、ゴッドハンドを装備し、ベヨネッタとネフィリムドゥームをそれぞれ腰に下げる。

 妹にそう言って、アサギは自分の机の引き出しを開けてその中に飛び込んだ。

 魔女の謎技術により、アサギの部屋と鳥取の間に移動可能なワープゲートが作成されたのである。マッドワールドと無限光路は研究も兼ねて魔女の物となったが、やむを得まい。

 ワープホールを潜ると、空き地に立てた転移用ホームに忍者の格好をしたフル装備の小鳥が居た。


「いらっしゃいませアサギくん」

「準備は万端なようだな──」

「モチのロンです。あ、東京は最近どうですか? 砂漠ですか?」

「──馬鹿にしてたけどさ──調べたら実は東京にもマジで砂漠あった───正確には伊豆大島なんだけど───砂丘じゃなくて本当に砂漠で国土地理院に登録されてる場所が───」

「左様ですか。東京も鳥取も似たようなものってことですね。それじゃ行きますか」


 そして二人は並び、戦いの場へ向けて歩き出す。

 いつか異世界でそうだったように、変わらぬ日常と変わった日常の狭間を小鳥とアサギは行く。

 


「さあ、急ぎましょう───パチ屋へ!」



 鳥取市警察署前に新オープンしたパチンコ店[ヨグスロット]。

 CR[タイタス・クロウの事件簿]が好評中なのであった。異世界から暇つぶしにやって来た虹髪のチンピラも通っている。



 どうあれこうあれ、彼女らの物語は一幕終わりを告げ。

 

 わからぬ未来にはまた新たな騒動や混乱、危機がこの世界かあちらの世界か或いは両方に訪れることだろうが──それはまた、別の機会に。

 

 

 お

 わ

 り

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― 新着の感想 ―
ボーボボを見た時のようなわけのわからなさと疲労がありましたが最後まで読めました。ハッピーエンドで良かったです。
[一言] 最高でした
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