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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
34/35

33話『The Birds』



『アサギくんへ

 この手紙をあなたが読んでいるということは、わたしはもうこの世には……

 つまり、わたしは異世界に残ってアサギくんは無事に帰れたということを想定して書かれた手紙なのです。この世ってこの地球世界のことです。姉さん明日って今さ。

 別パターンも用意してますけどシチュエーションが違う場合はそっちを読んでくださいね』


 アサギはそんなこったろうと思ったよと言わんばかりに「フ──」と息を放ち手紙を軽く指で小突いた。心なしかドヤ顔だ。深刻な内容が書かれているはずがないと予め覚悟していた。

 続きを読む。


『久しぶりに日本の生活に戻ったアサギくんへ伝えておきたいことは様々にあります。

 ですが全て書くのも困難なので大事なことを教えておきます。

「アイドリングストップ」という用語は、アイドル活動を停止する、という意味があることを覚えておいて下さい』


 なるほど、と騙されながらもそんなことを伝えなくてはならないのだろうかと疑問にも思う。

 とりあえず先を読む。


『アサギくんが日本に戻り、わたしが異世界に残ったという状況を鹹味すれば恐らく、アサギくんは何らかの後悔と共にわたしを残して帰ったのでしょう』


 アサギは読みながら小さく頷いた。

 よくわからない視点を持つ娘だったが、こんなことすら予想していたとは……思った時に次の単語が目に映る。


『そうでない場合は文書11へ。違わない場合は先へ読み進んで下さい。何もかもわけがわからない状況の場合は文書3へ進む』

「──ゲームブックかよ!」


 アサギは一旦床に手紙を叩きつけて、拾い上げた。

 ともあれ違わないので先に進まなければならない。もしかして探せば様々に彼女の手紙がマジックポーチから見つかるのかもしれないが、面倒すぎる。絶対意味不明にゲームオーバーとか用意されている。

 

『アサギくんの心を抉る一言とか後悔喚起などをするつもりは毛頭ありませんのでお願いだけしておきます。

 わたしの家族に、わたしは元気だという事。必ず戻ってくるので心配はいらないということを伝えておいて欲しいのです。

 いきなり異世界で元気だと言われてもお母さんはともかく、お父さんは信じずにアサギくんをカットイン入り秘奥義でSATUGAIしかねませんので証拠の品をマジックポーチに入れておきます。

 日記です。わたしが異世界でつけていたそれを渡せば事情は飲み込んでくれるはずです。まあ、たぶん』


「日記──」


 アサギはマジックポーチに検索をかけて、小鳥の日記を発見した。

 取り出したそれを軽く眺める。一人称で書かれた小説のような形式で、自宅の部屋にいて転移に巻き込まれたところからアサギと出会い、別れるところまで詳細に書かれていた。

 サイモンと出会ったこともアイスに助けられたことも魔法学校で老吸血鬼と死闘を繰り広げたことも危うく二三回ダンジョンで死にかけたこともパルに騙され蕩け顔ダブルピースの写真を撮られたことも──あまり両親に見せたくない写真まで添付されていたりした。

 日記にタイトルも記されている。


【イカれた小鳥と壊れた世界】


 それが、彼女の異世界での生活を記した冒険の書だった──完。








「完じゃないが」


 一応呟きながらアサギは確かにこれならば彼女の両親も信じるのではないかと思えた。

 見ず知らずの若造が突然異世界がどうとか説明しだすよりは、遥かに。

 

『行くのが億劫ならこの日記を郵送しても構いませんので。住所は鳥取県鳥取市──ここから先は破れていて読めない』


「ここから先は破れていて読めないって書いてある!?」


 頭を抱えた。結局小鳥のフルネームすらわかっていない。わかったのは鳥取市に住んでいるらしいということだけだ。

 だがそれでも。

 ため息混じりに、日記を道具袋に仕舞って他の装備を準備しだした。行かねばならない。人外魔境らしい、腐敗と自由と暴力と勢いを増した向かい風のまっただ中──世紀末都市鳥取へ。




 *******




 どうしてこうなったかは不明だが理解したことは一つだけある。法治国家である日本では手配されている犯罪者が公共機関を利用するのは難しいという事だった。

 東京から鳥取へ出かける際、家族への説明で一悶着あってなんやかんやと妹が監視役として付いてくる事になったのは、まあ別にいい。いや、本当は危険地帯で入ったら出れないと評判の鳥取に妹を連れ出すのは不安ではあったが。

 鳥取が実際に危険かどうか……それは周囲の人間に聞いてみればわかるだろう。恐らく9割以上の人間が「鳥取には一度も足を踏み入れたことがない」と応えるはずだ。地域差こそあれども。

 ともあれ。

 鳥取は遠い場所なので当然徒歩ではいけない。鳥召喚士でもいれば別なのだが、ここは文明に頼るべきだと判断した。飛行機か新幹線か──妹が駅弁が食べたいと主張したために後者になったのである。

 ヴァンキッシュの飛行能力を使う事も可能ではあったが、同行する普通の女子高生が上空を生身でぶら下がって何時間もかっ飛ばされることに同意するかというとそんな筈も無かった。

 しかしながらあっさりと道中で警察に捕まりかけた。

 マントはスカーフ状に、魔剣はアジャスターケースに隠したのだが警察は見逃さなかった。黒髪で棒状の包みを持っていればそれだけで声掛け案件だ。

 ソッコーで逃げたが、やはりテロ騒ぎに発展した。

 一度起こしてしまった騒ぎは仕方がない。

 耐性のない人間が間近で聞いたら精神汚染を引き起こしそうな呪いの銃声を空に向かって放ちつつ、A級テロリスト手配犯浅薙アサギ──警察での通称は『顔無し』──は警察に見つかっていつもどおり仮面を被り大暴れ中だ。なるたけ怪我人は出さないように。


「こちらA班! 『顔無し』は建物の屋根などを跳びまわりつつ東京駅方面へ移動中! クッソどこの映画から飛び出てきやがった!?」


 おのれ、とアメコミ・ヒーローのように移動するアサギに悪態を付く。


「まるで最近はやりの3D映画とやらだ。これだから信用出来ないんだ、3Dメガネとやらは!」


 年のいった刑事はパトカーで追跡しながら怒鳴っていた。

 学生服に黒マントという馬鹿げた格好の犯人はビルディングとビルディングの谷間を飛び回るようにして高速かつ障害物を無視し移動している。明らかになんか飛行してる気もするが。

 既に機動隊もSATも展開されている。しかし昼間の市街地というのが警察にとっては良くない。射殺をするために部隊に入った射殺マニアの特殊部隊たちもウズウズとフェザータッチに改造されたトリガーに指をかけてもどかしがっているだろう。

 

「……向こうは好き放題打ててこっちは無理とかむかつくぜ」

「ああ」


 高速で移動しつつ無闇矢鱈に性格な射撃で車両を破壊してくる相手を忌々しく思う。こっちは銃弾の一発ごとに書類を書かなければいけない上に流れ弾で一般人を射殺したらアウトだというのに。

 そもそも建物の上を飛び回って移動する相手をパトカーでどう追い詰めればいいのか……苦々しく睨んだ空からばりばりと言った独特の音が聞こえてきた。


「来たか!【おおとり】に【はやぶさ】!!」


 ヘリだ。

 警視庁航空隊からの応援で武装したSAT隊員を乗せたテロ対策仕様のヘリコプターが立川飛行場からやってきたのである。

 7.62mmNATO弾を装填した小銃を構えた、射殺することに生きがいを感じるキラーマシーンが『顔無し』に風穴を開けにやってきた! 第三次世界大戦を待ちわびていたが僕らの合言葉!

 やつをここで仕留めなければ被害はどんどん広がる……! そう言い訳して隠し切れないほどに狂笑を浮かべ興奮した隊員は羽虫のように飛び回る学生服の男をスコープで狙い定めるのであった。


 



「──もう開き直るしか無いな」


 罪を重ねるアサギはとにかく騒ぎを大きくしていた。

 前回は不可抗力であったが今回は割と自覚的に騒ぎを酷くしている。警察車両も破壊するし謎の煙とか撒き散らしたりしてみる。ふははー俺は大破壊魔王テロ大帝ゴルティーンだー。背後に立ったらゴルティーンチョップだー。気分的にはそんな感じだともはやうんざりしながら考えていた。

 何故そのようなことをしているかというと、自分が目立つことにより発見時近くに居た妹の佐奈への関心を薄めようという算段であった。無関係の他人と思ってくれればよし。何なら人質にでも取ればよかったかもしれないが、「オレ、何やってるんだろう」と素に戻った時に即死したくなるのでやめたのである。

 とにかく暴れる。地獄の極楽音頭リミックスとか歌いながら。

 

「本当に済まないと思ってるんだ──」


 地上に降り立った瞬間、機動隊が集団で犯人の背骨をへし折る系格闘術を仕掛けてくる。常に飛び回っているわけにはいかない。常識的に考えて。

 常に警官隊が包囲するように指示を飛ばし合って連携している。もはや東京という町は対テロ厳戒態勢にあった。たった1人の凶悪犯を捕まえるために、警察も都民も協力しあってアサギを追い詰める。

 逆に言えば彼のために東京の治安はここの所非常に良くなっている。軽犯罪でもしょっぴいてブタ箱送りである。それらの保たれた治安を帳消しにするばかりの暴れ方をしているのではあったけれども。

 一瞬でも触れたら絡み取られるような巧みな拳捌きを、アサギは神経を加速させて避け逆に相手を突き飛ばすような打撃で穿つ。

 移動を止めた瞬間ラガーマン上がりのような体格の警官が体を張って突っ込んでくる。撃たれようが切られようが、アサギを捕まえて押しつぶしてでも抑える気迫が目から感じられた。

 

「だが──」


 アサギがポーチから一瞬で取り出したのはスタンガン『ミニ雷公鞭』。最大出力で放電をすればやや指向性を持った電撃が気体をプラズマ化させながら這うように周囲へ広がる。

 いかな気合と根性を持った大男でも筋肉を動かすには電気信号が必要だ。滅茶苦茶な電流を浴びた彼らは耐え切れない激痛と共に悲鳴を上げて地面へ倒れ伏す。内臓のどこかが駄目になったような芯から響く痛みと悔しさで涙を流した。

 取り囲む機動隊の大型盾をベニヤ板をへし折るように軽々と蹴り割って機動隊員数人をなぎ倒して包囲から抜け出し、走る。蹴り割る意味は無いが、まあ威嚇とかそういうのだ。


「御免──!」


 警察は自分の行動を阻害するが、彼らは何も悪くない。

 悪いのは世間を騒がし体制に逆らい公務を妨害する自分だという自覚もある。

 だけれども捕まるわけにはいかない。何故ならば捕まると不利益だからだ。申し訳ないとは思うが、捕まったら劣悪な石造りの便所も明かりもない刑務所に年単位で監禁されたり、ゲイのサディストがやってる処刑官に好き放題されたりするだろう。こっちの世界のムショ生活は知らないが、異世界で聞き及んだのとそう変わらないはずだ。かなりの確率で。

 思いながらも壁を蹴り8メートルはある建物の壁をよじ登る。途中で看板を1つ切り落として牽制した。そろそろヘリも集まってくるはずで──作戦の決行も近い。逃げる最善の地点を探しながら行かねばならないため、高いところにとりあえず登ったのだ。

 スポーツ用品を売っている店舗の屋上に上がる。同時に本能が警告を発してぶっ飛ぶように背部スラスターを使って屋上の床を転がった。地面に叩きつけられるように二転三転しつつ体勢を整える。

 そのような行動を取ったのは、一瞬前に自分の首があった場所を銀の刃物が通過したからだ。

 屋上には1人の壮年の男がいて、その手に持ったナイフで攻撃を仕掛けてきたのである。


「──!?」

「ほう、避けたか。面白い」


 口ひげを生やした警官服の男は──格好に不釣り合いな鋭いナイフを両手に持っている。警官がナイフを構えているのは初めて見たかもしれない。警官の装備にナイフってあったっけと疑問に思う。


「機動隊格闘術戦技官……人呼んで『切り裂き』の修郎だ」

「──物騒なあだ名だ──公務員とは思えん」

「まあ苗字が普通に桐崎だからそう呼ばれてるだけだが」

「──」


 油断なくアサギは睨む。この相手に背中を向けて逃げるのはぞっとしない想像だった。かなり使えるようだ。

 ナイフで襲ってくる相手はあまり得意なタイプではない。通常の武器ならば魔剣で切り飛ばせば簡単に無力化できるが、格闘と武器攻撃の組み合わせの攻撃は厄介だ。手加減がしにくい。

 人体に刃物を差し込めることだけを期待して警察に入った変態であろう桐崎修郎は朗々と語る。


「右手のナイフは先端から溝が掘ってあってな、刺せば血が止まらず干からびるように死ぬ。左手のナイフはグラスファイバー製で骨を易易と切断する……さあ、どちらで切られたいか願え」

「───客観的に警察である自分の姿を見直すことを願う」


 というか人体を切った経験がある話なのか、それは。ツッコミたかったがあまりこの相手に時間を取られていてもよくない。

 言葉と同時に踊りかかってきた。アサギはクイックドロウで散弾を相手に当たらない前の位置の足元に打ち込む。威嚇と足場潰しだ。


「……シャッ!」


 吐息とともに──アサギの指先のトリガー引く動きとほぼ同等の速さでナイフ警官は進路をステップでずらして散弾の撃ちぬく床を避けた。

 滑るような足さばきで接近してくる。神経加速速度を上昇させたのと間合いに入られたのは同時である。

 ナイフを捌くのを魔剣でやってはいけない。リーチの短い武器故に勢い余って相手を切り倒すことがあるからだ。いかにヤバ目の警官とはいえ、相手に大怪我を負わせる訳にはいかない。気がする。少し悩むぐらいナイフ警官はなんかヤバ目だった。

 武器を持つ腕を切るとかそういう挙動ではなく肋骨の隙間に刃をねじ込む必殺的な動きをしてきた相手の攻撃を、とっさにポーチから取り出した防御用の武装『インドラ十手』で受け止めて弾く。

 受け止められたと認識して、安心するような悠長な攻撃ではなかった。共に反対の手に持っていたナイフがアサギの脇腹めがけて打ち込まれる。判断して対応を選択。翻したマントで包んだ腕でナイフを掴みとる。ヴァンキッシュの布状に見える生地は生半可な刃物程度では一切傷つかない。

 掴んだと思ったら外され、連続で左右からナイフが頭目掛けて突き出される。頭部ならどこに当たっても致命打か行動の阻害になる。どうでもいいが、このナイフ警官必殺覚悟決めすぎである。

 突きに来るかと思えばフェイントで蹴りが飛んでくる──と見せかけて投擲用のナイフが眼前に到達している。どうにかインドラ十手でと押し込めるための刺突が襲い来て受け止めようとすればその腕をへし折ろうと掴んでくる。

 うんざりするほど周到な斬撃と格闘の連続。ゴッドハンドで補正された格闘センスとヴァンキッシュによる神経加速が無ければ数秒でなます切りにされているだろう。

 警官が犯人をナイフで殺傷。朝刊に一面ものではあるが、そのリスクを負っても凶悪なテロリストを都民の為に排除しようとしているのだろう。


「すまんが──貴様の得意分野に付き合う時間も無い」


 ゴッドハンドの出力を僅かに発動させる。

 アサギの振るった腕から衝撃波が発せられて躱したと思ったはずの修郎の全身を打ち付け、ガードを弾く。


「──!」


 動きの止まったナイフ警官の顔面を、ゴッドハンドで適度にぶん殴る。

 威力を出そうとすればオーガの顔すら陥没させるが、打撃音はあくまで軽かった。

 物理的には対した威力ではないそれだが、警官の脳を揺らす一撃だ。食らうと同時に頭がぐるぐると回るような錯覚に陥り、訓練された彼だからへたり込みこそしなかったが、歩くことも何かに対応することもできそうにない。

 そこにアサギは更に平手で顎をかすめて打つと、修郎・ザ・リッパーは意識を完全に失いぐらりと倒れた。

 ふう、と安心の息を吐きつつヴァンキッシュのエリアサーチ機能で周囲を表示して状況を確認する。

 妹が先に乗った新幹線が、トラブルから回復して発進するまであと僅か。

 線路上の隠れられそうな複雑な地形を探していると、更に敵の気配が生まれた。

 気配は声と同時に発生した。


「くっくっく……『切り裂き』の修郎を倒したか」

「だが奴は我ら警視庁二四将の中では欠番を埋めるために入れられただけの新入り……」

「警察官の面汚しよ」

「うん──まあ、凶悪なナイフで襲い掛かってくる警察官がイメージ的に面汚しなのは確かだと思うが」


 アサギは思わず首肯した。そんな警察どこの国にも居ねえよ。まだ銃で武装してるほうが正常だと思う。

 現れたのは警官姿の三人組にやぶにらみでアサギは尋ねる。


「何者だ──いや警察なのはわかるが──本当はわかりたくないな」


 普通の警察は屋上の貯水槽の上に仁王立ちして現れたりはしないだろうと確信を持ちつつ。

 三人の警察は己の身分を警察手帳を開示しながら名乗った。名乗る際には警察は手帳を見せることが義務付けられているのを几帳面に守っている。


「警視庁二十四将の二番『青田刈り』菅山供子だ。今日の本官は機嫌が悪い。ウェブ上に公開されている違法動画の捜査として【JCが複数の男に囲まれて破茶滅茶になるお宝映像】とやらをけしからん思いでダウンロードして確認したらジャッキー・チェンが複数の男に囲まれて破茶滅茶に立ちまわるお宝映像集だったからな」

「それはそれで面白いだろ───」

「同じく二十四将が八『五重誤認逮捕』瀬尾恵介……泣き言は弁護士に漏らすのだな。俺もよく世話になっている。人生の破壊者とまで誤認逮捕した相手に言われた」

「警察向いてないぞお前───」

「二十四将二四番目『巡邏直帰』水谷花子──非番なんで帰りたいです。小諸そばにでも寄ってから」

「帰れ──とか突っ込んだら負けなんだろうな──恐らくここでも」


 頭痛を堪えるようにアサギは呻く。

 日本はいつからこんなな連中が警察組織で派閥を効かせるようになったのだろうか。政治が悪いのか。教育が悪いのか。まあ恐らくノリノリな連中の頭が悪いのだろうが。

 おかしい。ファンタジーな世界から平穏無事な日本に帰ってきたというのに十と三年の月日を越えて、日本がおかしくなっている気がする。昔の日本は良かったと主張する人の気持ちが少しわかった。そう、昔はこんなではなかったはずだ。

 むしろ元の世界に戻ってきたと見せかけた限りなく近くて遠い似た状況の異世界に来てしまったのではないかというメタな思考のスパイラルが生まれた。

 とはいえ、これらの事実は平穏に暮らしていた時では気づかないだけで彼が犯罪者になって初めて気づいた事なので至って通常なのであったが、それらの考えは適当なところで断ち切った。

 断ち切らざるを得なかった。

 背部のマント──心臓の真後ろを銃弾が叩いた。


「──ッ」


 魔法技術だけではない超科学技術の結晶である超外装ヴァンキッシュはその防弾効果でNATO弾を貫通しなかったが衝撃はある程度アサギに伝わった。肉にめり込む打撃の感覚に改めて、馬鹿げた相手と対峙していたことによりつい意識の外に置いていたヘリの爆音と──銃声を把握した。

 銃撃された。

 もはや自分は問答無用で射殺されるテロリストなのだという事実に幾らか自嘲の気分だったが、それどころではない。

 狙撃は続く。アサギは神経加速速度を増幅させて正確に人体を狙う銃弾を魔剣で打ち払う。狙撃者はヘリの中から正確にこちらの急所を狙い銃弾を執拗に撃ちまくる。

 解除後に精神疲労が酷くなるレベルで神経加速を行い、正確無比の銃弾を躱す。反撃してやりたいが流石にヘリを撃墜するのは死人が出るので不可能だ。歯噛みする。

 あれは、と警察のええと誰だっけ……二四将の誰かが言う。


「あいつは十三位『反乱射』の三瀬信弘!? 犯人を故意に執拗に射殺しまくったトリガーハッピーエンドがムショから復帰してたのか!?」

「──警察ってなんだ警察を知りたい」


 もう嫌だ。

 このままだと二四将とやら全員と戦わされそう。そんなもん作るなよ公務員。

 多分他にも巡査四天王とか六大警部とか十警衆とか絶対居る。

 いつから日本はこんなイカれて壊れた世界になったのだ。自分が帰ってきてからか、あるいは認識するずっと昔からそうなのか。その2つに、矢面に立たされている自分にとってどれだけ違いがあるのかは疑問ではあったが。

 

「──付き合ってられるか」

 

 アサギは道具袋から複数の爆裂スイカを取り出して宙に放り投げた。夏の海でも使った危険物系の野菜である。

 狙撃警官が咄嗟にそれを銃撃するが──その衝撃でスイカが木っ端微塵に破裂四散した。誘爆しその威力は乗算的に増大する。

 周囲にベルリンの赤い雨のような血煙にも似た果汁が吹付け、咄嗟に身を低くして体を庇った警官らからアサギの姿が視認できなくなる。

 その隙にビルから飛び降りて壁を走るように新幹線の線路沿いに近寄る。地上からも大勢の警察が追いかけてくるが、


「くれてやる──!」


 道具袋から取り出した手のひらほどの大きさの包みを無数に地面に向かってばら撒く。

 警戒から一瞬警官隊の動きが止まり──大量に投げつけられたそれを確認した。

 カラフルな外装に包まれたそれは帝都で販売されていた『ポスタルフルーツパイ』である。つまり菓子だ。警官隊に向けて進駐軍の如く甘味を撒いたアサギであった。

 だが効果は覿面だ。


「くっ……何故か知らんがこの菓子を見てると耐え切れない欲求に苛まれる!」

「りんご味だ! 甘い!」

「よこせそれは俺のだ!」

「この素晴らしいフィリングに誰が耐えられるかよ」


 警官隊が我を忘れてポスタルフルーツパイに群がる。その場でサイケデリックなサブリミナルが添加されたパッケージを開けて次々と食べ始めた。狂気なほど甘い味だが、一度食べるとやめられない。

 帝都では大々的なコマーシャルとともに売りだされた商品だったが、外装に仕掛けられた誘惑系の呪いと表記されていない原材料、そして強烈な依存症と後遺症による凶暴性・異常性の発露などから訴訟沙汰になり販売が禁止されたお菓子である。

 製作者であり竜薬製菓社長の少女は「竜に乗って飛び回りこれを下にばら撒くとチョー楽しいでゲルゲ」などと証言している。アサギはその余った在庫を押し付けられ渡されたのだったが。

 ちらりと取り付かれたように違法薬物入りフルーツパイを貪る警察官を見て罪悪感を覚えたが、


「オレは1人で戦っているのではない──たとえ離れていても仲間の助けがあるから戦えるんだ」


 なんかそれっぽいことを呟いて誤魔化すことにした。

 何の罪もない警察をヤク漬けにしたことで罪状が有頂天に達しつつあるテロリストは新幹線の高架下へ駆け、柱に隠れる。

 振動を音を感じる。若干の遅れの後に駅から発進した新幹線が上を通過するようだ。己の世界を加速させて新幹線の速度を見極める。

 光路であり航路でもある瞬間移動の道具『無限光路』をスタンバイ。

 予めマーカーチェックされている移動ポイントが近づく。

 アサギは高架下から空間を跳躍し──警察を振り切った。駅周辺で暴れると新幹線が最悪運転を見合わせる可能性もあり、まともには乗車することができないと判断しての途中乗車作戦である。間違いなく新幹線には乗り合わせたと思われない為に安全に脱出できる。無論、彼の分の切符も妹には買わせて乗り込ませていた。

 これにより人員を大幅に増加させて展開させた警察の大捕物は失敗し──東京都民はまたテロリストに怯える日々と、毎日神経をすり減らして捜査を続行する警察だけが残るという後味の悪い結末となるのである。


 だが。

 それでも。


「……諦めてたまるかよ」

「俺達は負けっぱなしじゃ居られねえ」

「今は負け犬だがよ、あんな出鱈目のテロリストを捕まえてみろよ。俺ら、ヒーローだぜ?」

「すげーヤル気出てくるよな。初めてだぜ、死んでも捕まえてやるなんて思うのはよ……!」


 彼らは腐らない。諦めない。怯まない。疲れない。市民から非難されても無能を報じられても味方の誰が倒れようとも。

 社会秩序を守る為に、何度でも立ち向かう。

 オハギのように甘くてどこかしょっぱいリアル・フィリングが使われているフルーツパイを頬張りながら彼らはただ追い続ける。




 *******




 全国区でニュースになっているテロリストの妹は新幹線の中に居た。

 正確に言えば新幹線内の化粧室内だ。兄からの指示で予め先に上野駅から東京駅へ乗り換えで新幹線に乗り、人目につかない個室で待っているのである。便所とはいえ11号車両に設置されている車椅子対応の場所なのでそこそこの広さはあった。

 暇そうに携帯電話をインターネットに繋げると緊急報道としてもう台東区に現れたテロリストの情報が流れていた。銃器で車両を破壊、警察官に暴行、爆発物のようなものを所持。警察のヘリだけでなく各報道機関のヘリがその凶悪な顔のないテロリストの映像をキャッチしていた。

 不思議な事に顔が見えなくなる効果がある仮面を被っているだけだというのに、酷く印象が薄く感じる。数秒目を離したらその姿特徴を忘却してしまいそうだ。存在情報の不確定。それが仮面を創りだした悪意と悪戯の神格存在『渾沌』の込めた魔力である。

 ため息をつく。学校で、世間で例のテロリストの話題が出る度に胃が痛くなる。それうちの兄ちゃんだから。迷惑かけてゴメンナサイと。

 しかし明かせば家庭の崩壊だ。父は首になり自分は退学、母もうしろゆびさされ組。家には秘密警察とか入ってきて超法規的監獄に移送される。詳しくは知らないが、おおよそかなりの確率で。

 そう、兄ちゃんは何も悪いことなんてしていない。ただ町中で銃をぶっ放して警察車両を破壊したり警官を気絶させたり何らかの薬物で記憶を消したりして逃げまわってるだけ……! それを責める社会が悪い。起こさねばならないのは自首でなく革命だ。そんなことが頭に浮かびながらソッコーで消える。

 誰も得をしない兄のテロ行為から目を背けていると、外の入り口付近に誰かが立った気配を感じた。


「あ──」


 そういえば鍵をかけてなかった。あられもない排泄めいた格好をしているわけではないが、既に入っている個室で他人と対面すると気まずい。

 そもそもテロリスト兄がワープしてくる場所の確保なので、他の人に見られるのもあまり良くない。主に、うっかり目撃してしまった人の精神とか記憶とか薬物のアレルギー反応とかが良くない。

 声をかけて制止しようとしたが──扉の外に居た人物を見て声が止まった。

 青白くやせ細った長身に艶やかで長い黒髪。焦点の合わない目と常に笑っているような半開きの口をした黒ゴス姿の女子。頭に銀色の帽子をかぶっているのは、毒電波を遮断するためにアルミホイルで作った自作の物だ。

 同級生の、鈴川硝子だった。


「うふふー……あれ、サナちゃん? おはバタリアン」

「が、硝子ちゃん? なんでここにっていうかおーい!」


 挨拶をした後に普通に個室に入ってきて施錠をした硝子にツッコむ。

 なんで他の人が使用中のトイレに平然と入って来て鍵まで閉めるの? 

 意味不明の行動に戦慄する佐奈。


「超奇遇だねえサナちゃん西行きの新幹線とは──はっ、まさかサナちゃんも鳥取に?」

「なんでわかるのっ!? っていうか硝子ちゃんこそ何故に!?」


 尋ねると彼女はえへへ、と笑みを浮かべて答えた。


「そりゃあわたしってばさ、山ガールなもので──休みを利用して鳥取の霊峰である大山・剣ヶ峰に単独登山に」

「想像以っ上にガチな登山だよそこ!? ガールを受け入れる山じゃないよ!?」

  

 なんでそんな妙な偶然で同じ車両に同級生が乗り合わせた挙句個室で対面するのか、偶然を恨む佐奈であった。妙な絆に結ばれているのかもしれない。硝子は前も森ガールとか言って樹海に出かけていた。森ビルにも。

 閑話休題。それよりも切実なのが──恐らく次の瞬間にでも謎の空間転移で出現する東京最大のテロリストと彼女が居合わせてしまうのが問題である。さすがに顔見知りを薬漬けにして記憶を奪いたくはないから……背に腹は変えられないけれども。

 故に。

 

「そ、そんなことより硝子ちゃん早くトイレから出てくれないかな。おおう、ダイナマイト点火秒読み開始」


 追いだそうと言葉をかけた。内容は酷いウンコネタをこじらせたものだったが、切実ではあった。最善は何も知らないでいてくれることだ。妥協案は薬物などで脳を弄ることで、最悪は奥多摩あたりの土になってもらうことが提案される。

 さすがに友人を奥多摩に埋没させるのは良心が痛む。故にいざと為れば薬物をやるしかないのが世知辛い現代社会の闇だ。

 ともかく意味もなく既に満員だぜな個室に入ってきた硝子はにこりと笑みを浮かべいう。


「だがそれがいい」

「良くないよ!? なんで出ないの!?」

「便秘の話題?」

「違うよアホだなこの子!」


 兄妹揃って頭の痛んだ娘に振り回されるタイプである。

 いっそ殴って気絶なり何なりさせて追いだそうかとも思うが、彼女は佐奈の身長よりも10cmは上背で、近所に道場がある何やら槍とか弓とか拳法とか使う変な武術を習っている硝子に勝つことは不意打ちを行なっても難しいだろう。

 こうなれば逆転の発想だ。兄は自分の位置を謎アイテムのマーカー機能で把握してその側に瞬間移動してくるのだと聞かされている。

 故に急に現れるテロめいた兄がバレないように個室にいるわけで、つまりこの個室に拘る理由はない。別のところに移動するのは硝子ではない、自分だ。

 

「というわけで出るよ!」

「サナちゃんもウンコネタ引っ張りマスネー。出たり引っ込んだり」

「ちっがうってば! ───あっ」


 そう広くない個室内。

 対面していた佐奈と硝子──硝子の背後、僅かな隙間に例のテロリストが出現した。

 

「出たあ!?」

「えっ……あー、その、どんまいサナちゃん」


 勘違いしている硝子は背後に人物に気づいていない。むしろ憐憫めいた色の眼差しを佐奈に向けていた。

 だが気づくのも時間の問題というか数秒以内に確実だろう。最悪のシナリオが歯車のように動き出す前に、彼女は合図を出した。

 新幹線の個室内というのは予想していただろうが、もう一人人間が居る事に戸惑っているアサギへサインを送る。

 親指で喉を掻っ切る仕草だった。

 迷わず動き出す黒い影。邪悪なテロリストの魔の手にかかれば女子高生を黙らすなど朝飯を作るより容易い。まあ、素直に夢の杖ドリームキャストを取り出したのだが。

 何が起こったかもわからないうちに少女の意識は刈り取られ、毛布を被せたまま座席に寝かされて「死ぬほど疲れているから起こさないでください」と張り紙を貼って隠されるのであった。


 




 ──かくして問題を解決して一行を乗せた新幹線は鳥取へ向かい弾丸のように突き進む。まあ、途中で特急に乗り換えないといけないが。鳥取には。


 



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