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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
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27話『あるスキャンダルについての覚え書き』


「ふう……中々今回のダンジョンでは苦労しましたね」


「あァ。まさか魔王城で稼働していた無数のアサルトルンバが解き放たれて襲いかかって来るとはなァ」


「ウサウサ、でも仲間同士の協力とか連携とかトンチで見事に撃退したのでウサ」


「フ──」


「……」

「……」

「……」

「……」




「じゃ、今回の冒険はこれで終わりで」

「なんだろうか──凄く理不尽な始まり方をした気がする」


 何事もなかったかのようにいつも通り冒険を終えて宿に戻ったメンバーの中で、アサギのみ何か胸につっかえるような感覚を覚えたようである。

 終わりとか始まりとか宇宙の真理だとかそういうのかもしれない。

 或いは凄くどうでもいい馬鹿げたことか。どちらにせよ、それは解決を迎えないまま話は進む。


 ダンジョンから帰ってきたが、途中で時間がずれる罠に引っかかったため出てきたら日を跨いで昼頃であった。

 ダンジョンには所謂「お宝」が眠っている。これは途中で倒れた他の冒険者の装備であったり、既存のこの世界で作られた道具や薬であったり、或いは非常に貴重で普通出まわらない神や天使の道具、更には異世界から齎されたとしか思えない珍妙なものまで存在する。なお、他の冒険者の遺品を回収して持ち戻れば多少手当がギルドから出るシステムがある。

 前者2つはともかく、謎としか言えない複製不可能な道具は一品物であることを鹹味しても値段の付け方が難しい。好事家もいるにはいるが、無秩序なアイテム全てに手を伸ばす者は少ない。

 故にダンジョンで発見されたアイテムは、特に有用な武器や薬品などは冒険者がそのまま使う事も多いのである。

 今回小鳥達が奥地から持ち帰ったのは薬。

 タバスコめいた赤い瓶とデスソースのような髑髏の描かれた瓶に入れられたそれはてっきり調味料か毒薬と思って鑑定は後にひとまず持ち帰った。

 テーブルの上に2つを並べて命名神の眼鏡を装備し、メガネ女子になった小鳥が鑑定をする。


「マジ赤い薬は『婚活最終兵器☆乙女の秘密ちょっと辛い恋のお薬~違法版~』。婚活天使ゼクシリンが作ったクスリで、飲んだ人が持つ特定の他人への好意を増幅させる効果があるみたいです。あと違法。

 毒っぽいのは『墓場駆け抜ける旅神の秘薬』。旅神が作った……やばい勢いでゼクシリンの加護を持つ相手に迫られた時にその意識を解除させるクスリですね」

「……?」

「つまり惚れ薬とその解除薬みたいな」

「──使えんな」

「婚活天使と旅神何があったウサ……しかしこれエロ目的で使えそうウサ」

「黙ってろ」

「はい」

 

 私にいい考えがあるとばかりに立ち上がったパルだが一言で黙らせられ素直に座った。

 如何にも赤い薬をくゆらせながら真剣な声で全員に告げる。


「効果がわかった以上大事な事はただ1つです」

「それは──?」

「誰に使ったら一番面白いか」

「……」


 当然のように小鳥が言うと2人は怪訝そうな顔、1人はなるほどと言った顔をした。

 はい、と手を上げるのはなるほど顔のウサ耳。


「常に万人にエロ感情抱いている僕に使ってもあんまり変わらない気がするウサ。もしかしたら理性のリミッターが外れるかもしれないウサけど」

「──そいつに絶対飲ませるなよ」


 パルからのエロ被害を半分ぐらい受けているアサギが釘を刺した。ちなみにアサギ5:小鳥3:他2ぐらいの割合で手を出している。チンピラ風なイカレさんや巨乳女教師アイスもパルは好みなのだが、反撃が手加減抜きのマジ殺しに発展するのでタイミングを計らねばセクハラ出来ない。

 そうまでリスクを背負ってセクハラしたいものなのかは他人には理解し難いが、パルの生まれながら持っている癖……つまりは性癖であるので仕方ない。その果てに待つのが破滅でも人は進む。いつか地球がパンクするとわかっていても他人に施し寿命を伸ばし病を癒しエネルギーを貪る。つまりは資本主義の限界だ。次に時代が来るのは虚無主義である。早めに移行しよう。

 

「話が逸れましたね」


 ということで小鳥はアサギへと水を向けてみた。


「アサギくんちょっと飲んでみません?」

「いや──オレはそういう薬で心を支配する系はちょっと──」

「うーん基本的にアサギくん、信用できる大手メーカーの薬かシリーズオッサンーヌしか飲まない系のヤク中ですからねえ」

「──否定はしない。というかこんなエロコメに出てきそうな鈍感系リア充を喜ばせるだけのカスアイテムはゴッドハンドで強化したワイルドなピッチングで空の星に変えてしまったほうがいいとオレは提案しまくる」

「あからさまに警戒と不信の眼差しを薬に向けていますね……」

 

 恋とか愛とか最初に言い出した奴は残虐蹂躙刑と常日頃言っている喪男は朽ちた魚の眼でそう告げた。

 彼は薬に関してはそれなりに煩く、下手なもの怪しいものを口にしたら咄嗟に吐き出すかもしれないのである。この世界で作られる睡眠薬毒薬の味はかなりの範囲で覚えて、食事に盛られてもすぐに気づくようになってしまっている。彼が主に信用するのはオッサンの臭いのする薬だ。

 では、と隣を見て、


「イカレさんは……」

「興味ねェな」

「言うと思いました。個人的にはイカレさんがツンデレ風に発情する姿を見たくて仕方ないのですが……うっすみません嘘をつきました吐き気が」

「死ね」


 断られるのもわかっていた。

 ともあれ上っ面だけを取り繕った吐き気を催すイカレさんを見るより、小鳥は優先して惚れ薬を使用してみたい人物が居たためにあっさりと諦めた。

 

「他に使いたい方の主張も無いようなのでやむを得ません。わたしがこの薬を飲みましょう」

「──なんで?」

「なにせわたしは恋に恋する花の乙女なのですきゃぴる~ん……なんで三人とも突然のけぞってブリッジした挙句お腹にヤカンをのっけているのですか」


 いきなり揃ったように意味不明な行動を取った三人の仲間に尋ねた。こういう時だけ妙に息の合う連中である。


「ヘソで茶が沸きそうだったから」

「花の乙女て──」

「恋に恋……ブフッそれはギャグで言ってるウサ?」


 完全に侮った声の三人に、形だけ怒ったような態度を見せいつも通りの抑揚の少ない口調で返す。


「ええい、ヒロインに対してなんという態度ですかぷんぷん」

「ヒロ──イン──? え──?」

「こんな扱いなのでそろそろテコ入れの時期なのですよ」

「テコでも手前のクソ残念な立ち位置は変わんねェと思うが」

「もっと逆ハー要員の皆様にはちやほやしてもらわないと」

「ボクを笑い殺す作戦ウサ?」


 凄く周りからの評価が可哀想だった。

 常日頃からファッション狂人の変な女やってればそんなものである。

 もちろん小鳥とて自身を異世界転移系女主人公モテカワ逆ハーで魔法実力もチート級そのうち貴族とかそんなんになるタイプとは、まあ口にはするものの本気で思っているわけではないのでどうでもいい評価だったのだが。

 それよりも、


(恋とやらの感情を味わってみるのも一興)


 とまるでAIに異常をきたして人類に反逆しだしたロボットのような考えがあっただけあった。

 鳥飼小鳥は人間らしい感情を手に入れたい。演技のようにではなく泣いて笑って怒って好きになることができれば、きっと両親も喜ぶ。そう考えているだけの、やはりどこかズレた少女なのであった。

 しかし問題となるのは、


「誰を好きになるかですね……」

「選べるウサか? こういうのって」


 パルのぶつけてきた疑問に首肯する。


「効果は『特定の他人への好意を増幅させる』とありますから、誰か一人好きな人へと恋に堕ちるはずです。

 問題はその好きな人ってとこですよ。イカレさんはコクワガタの次ぐらいに好きですし、アサギくんはチャーハンと同じぐらい好きです。パルも6月よりは好きですよ?

 つまり誰にせよ相対的な好意を持ってる乙女ゲー的なわたしはどうなるのかしらんと思いまして」

「規格をせめて統一しようよ───チャーハンて」


 チャーハンアサギがジト目で提案するが、そうとしか言えないのでなんとも言えない。

 正直に言って何かと相対的に考えれば、嫌いなものなど無いのかもしれ無い。下には下が居て、心のどん底で笑顔を見せている薄黒い何かに比べれば吐き捨てられたガムでもマシになる。

 とにかく、小鳥にとってこの仲間の男性らは誰もがレーズンパンよりは好きな人達なのではあった。

 恋愛達人ことショタビッチのパルが言う。


「つまり薬を飲む人の意識が大事なんじゃないウサ? 飲む時に強く思っていた人が優先的に好きになるのではウサ」

「なるほど」


 誰もが好きならば、その瞬間だけでも特別好きだと思っていれば効果は顕著に現れるかもしれない。

 彼は凄く真面目な、狂った眼で言う。


「だから紳士と名高いボクを対象にするといいウサ」

「……いや、パタゴニアくん絶対わたしが惚れたをいいことにエロいことしますよね?」

「はあ!? 当然しますが!? このチャンスに薬が切れようが催眠が解けようが人質が解放されようが依存させますが!?」


 ダメだこの兎……早くなんとかしないと。

 彼の相手をしていたらR指定なことになりそうなので選択肢から外した。小鳥の冒険は至って健全で卑猥は一切無い。

 ともあれ順当に選択肢を1つずらす。


「じゃあイカレさん──」

「そういうのマジでやめろ」

「イカ──」

「ごめん

 そういうの

 マジで

 やめて」

「……はい」


(……初めてイカレさんからごめんとか言われました)


 額に汗を流しながら本気で嫌そうに彼は拒否した。普段嫌がらせを口にすると「やめろォ!」なのに今回は「やめて」である。懇願系すら使った。

 そこまで嫌かとちょっと男性にマジ拒否される自分の女子力に疑問を持ちそうになる小鳥。


「仕方ありません。消去法的にチャーハン」

「凄い選ばれたくない呼び名だよねそれ──!」

「いえ、アサギくんを好きになることにしましょう」

 

 指名するものの彼はやや渋い顔をして、


「いや──そういうあれはなんというか本当にあれで──遠慮したい──余り物扱いとか既にオレの精神的にキツイし──」

「そう言われましても。他に選択肢の無いわたしが行きずりのエロ漫画に出てきそうなオッサンにベタ惚れしてもいいと?」

「なんで女子高生がエロ漫画に出てくるオッサンに詳しいかはともかく──オレにもプライドがある──」


 彼はきっぱりと言う。

 これは小鳥の言い方が悪かったかもしれない。適当に好きになられて喜べと言うのも困る。


「タダで、とは言いませんよ。相応の報酬を用意しています」

「フ──喪男ではあるが金だけはあるオレにどんな報酬を──?」

「そうですね、アサギくんに、心の篭った報酬をあげます」

「む──?」


 彼は怪訝な顔で云う。

 小鳥は道具袋から彼への報酬となる道具を取り出して見せた。

 分厚い札束であった。


「現ナマ~」

「──話聞いてた!? 金はもうあるんだって──!」 

「まあまあ、ほらよく見てください。これ日本円の1万円札束なんですよ」


 アサギは絶句する。


「待て──それは──どこで──」

「うふふ、この前のバザーでこれの価値がわからない人が安値で売っていたのですよ。ここじゃ評価されないお金ですからね。故郷に帰れたら色々物入りになるかもしれませんから、持っていて損は無いですよ」


 ぬ、と彼は手を伸ばしかけて若干躊躇う。

 年下の、妹と同じ年頃の少女から現ナマを貰って恋人ごっこをするという現実がふと脳裏によぎったのかもしれない。

 良くない。

 非常に良くない。 


「つまりは交際の報酬として援助をする……援助交際ですね」

「───ごめん報酬いらないので普通に手伝います」


 頭を抱えてアサギはげんなりと、札束を断って小鳥の申し出を受けた。

 自分が断って他の誰かと援助交際させるのも大人としてはやらしてはいけないと思ったからだ。

 良識ある大人としては当然のことである。


「それじゃ、惚れ薬飲んで半日遊んで、夜前には解除してもらって結構なので」

「ああ───はあ───」


 しかしそれでも、演技だろうが薬の効果だろうが、憎いリア充の如き恋人ごっこをしなくてはいけない未来に彼のストレスがマッハである。耳汁とか出そうな表情をしている。

 ともあれこれで小鳥の恋人候補は出来た。全くもってロマンスもへったくれも無い、おっさんを巻き込んでいるだけだが。

 後は恋するだけだ。


「それじゃあ早速飲みましょう。あ、飲んだ後のわたしが何を主張しても期限には解除薬飲ませてくださいね。わたしがマトモな判断ができなくなって拒否るかもしれないので先に言っておきます」

「──わかった」

「うう、辛そう。ではぐいっと」


 そう言ってタバスコに似た『婚活最終兵器☆乙女の秘密ちょっと辛い恋のお薬~違法版~』を半分程一気に呷る。

 

(アサギくんのことを意識しながら。わたしの命を助けてくれた大事な人。何かと異世界にきたわたしを気遣ってくれる人。格好つけたりするところが大好きなお父さんに少し似ている雰囲気。お父さんといえばうちではお母さんが作るのが焼き飯でお父さんがチャーハンです。どっちも大好き。アサギくんと同じぐらい好き……)


 念じる。念じるのは簡単だ、脳があれば可能だからだ。可能ならば小鳥だって出来る。ニューロンを誤魔化すことだって、恐らく可能だ。

 瞬間、口腔の粘膜と喉に刺激。 

 肺の空気が全て飛び出したような咳が出た。勢いで薬が鼻にも逆流。鼻の粘膜にまで凄まじい激痛。 

 

「タバスコですこれ! げほっげほっうぇっほっ! がはっ、ぐえっほっ……えほっ、あ゛ーあ゛ー」

「──大丈夫か」

 

 激しく咳き込む小鳥を、心配そうにアサギが背中をさすった。

 少し離れた場所でパルとイカレさんが話をしているのが、耳まで痛くなるような辛味の中で小鳥にも聞こえた。


「っていうかあの薬飲んだらどォなんだ? 見た目なにか変わったりすんのか?」

「いやーつまり媚薬とかそれ系統だから変わらないんじゃないウサか?」


 会話を聞きながらタバスコの影響だろうか、体がどんどん熱くなっていくのを感じる。

 

(おお、何か凄い。凄いのが来る)


 小鳥の口から叫びが漏れた。


「ゼクシリンのことかあああ……!」

「こ、小鳥ちゃんの体から気っぽいエフェクトが──!?」

「見た目すげェ変わったぞオイ!」


 しゅいんしゅいんと体から放出されるエネルギーを感じる。薄赤色のオーラが駄々漏れするように溢れ出ている。

 小鳥は己の両手を握るポーズをしながら呼吸も荒く呟いた。


「これが女子力……わたしは宇宙一の女子パワーを得たのです」

「違うと思うウサ」


 冷淡なパルのツッコミ。

 エネルギーを放出していると宿の入口が勢い良く開いた。


「何事だ! 凄まじい女子力を感じて急いで帰ってきたのだが!」

「合ってた!?」

 

 飛び込んできたアイスは全身から女子力を吹き出す小鳥を見て愕然と、眼鏡の位置を正した。

 ぴぴ、と電子音を立てて眼鏡の内側に何か投影されている。


「まさかコトリくん……女子力5000、7000、10000……馬鹿な、まだ上がるというのか! スカウターの故障だ!」

「いや……アイスの眼鏡にンな機能付いてるなんて初耳なんだが」


 イカレさんの言葉と同時にボン、とアイスの眼鏡は煙を吹いて爆発してしまった。

 彼女はぐしゃりと眼鏡の残骸を握りつぶしながら言う。


「私の女子力はたったの5だというのに……」

「低すぎるウサ……ゴミレベルウサ……」


 哀れんでパルが言う。

 ともかくあまり女子力を放出させて減ったら勿体無いと小鳥は思い。体に留めるようにイメージして……すぐ成功した。 

 

「ふう、落ち着いた」


 すると改めて彼女は気づいたが、目の前にイケメンが居た。

 アサギである。


「──大丈夫か?」

「う」


 返事をしかけて。

 酒を飲んだように頭がぽわっとしている自分に小鳥は気づいた。

 

(おいおい、なんだよ惚れ薬ってこの程度かよお酒と同じぐらいとはがっかりですな)


 思いながらアサギの少し冷たい両手を握って自分の顔に当てている小鳥。


「ううう、なんか顔が熱いですアサギくん、冷やして下さいね」

「──!?」

「ああ、冷たくて気持ちいいなあって」

「────」


 彼の手に頬ずりしている。周りの皆は馬鹿みたいに口を開けてそれを見ていた。


(まあいいですよね。これぐらい普通普通…………はっ)


「ふ、普通じゃないですよね?」

「──あ、ああ──」

「危ない危ない。い、いいですかアサギくん最初に言っておきますけど、わたしは自ら望んでこんな状態なわけですが薬なんかには絶対負けないの精神でいきますのでよろしくお願いします」

「───」

「あ、でもですねだからといって薬に抵抗してるからアサギくんの事が好きじゃないってわけじゃなくて、実際かなり好きなんですから安心というかいえ薬とかじゃなくて普段からアサギくん好きなのでしてあの結構変なこと言ったりおどけた態度とったりしてるのも未熟な好意の表現だったりするのでウザいとか思って見捨てて欲しくないっていうか、なんでしょうねこんな女々しいこと言う重い女とかは思われたくないのですからその好きにして欲しいのですけれどもアサギくんが別にわたしの事を好きじゃなくても他の人が好きでもわたしは好きなわけでそれで別にいいのでずっと……いえたまにでいいから側に居させてくれればそれだけで。あのだから薬とかじゃなくちゃんと好きでいるので誤解しないで欲しいのでして」


「──────」


 小鳥が顔を赤らめてぺらぺらといつも以上に回る口から発せられる支離滅裂な言葉が止まらない。アサギも唖然としている。

 言葉を出せば言葉を出すほど焦って顔が熱くなるような感じであった。アイスは声を潜めて周りに事情を尋ねた。


「どうしたというのだあれは……」

「実はぱるぱるうさうさいう事があってウサ……」

「なに? 童貞をこじらせたアサギくんが薬でコトリくんをラブラブに? ……ゲスが」

「ちょっと──!? オレ酷い誤解されてない──!?」


 冷たい目で見られたアサギが非難を受けているので、小鳥は当然のように擁護した。


「アサギくんが悪いわけではなくて。その、わたしがア、アサギくんを好きになりたいと思って……ううう」


 自分で言ってて恥ずかしくなり顔を俯かせる小鳥。

 基本的に恥知らずなパープリンヘッズであった彼女がこうも変貌していることに、イカレさんなどは笑っていいものやら気味悪がるものやら、微妙な顔をしている。


「こんなに恥ずかしいって思えるのも凄く珍しい感動です。でも別にアサギくんを好きなことが恥なわけではなく、そのなんというか……恋愛経験など皆無なわけで上手く言葉が出ませんね」


 そして、ふと今自分で恋愛という言葉を口にしただけで体温が上昇した。 


「ふぉおおお!」

「うわっコトリくんが聞いたことのない叫びを上げて窓ガラスに頭を突っ込んだ!?」


 血がだくだくと漏れると少し冷静になった気がする。

 

「ふう……薬なんかに絶対負けない」

「……ならなんで飲んだんだ手前ェ。常日頃から気味の悪いアタマしてると思ってるが極め付きだな」

「なんだか酷い言われよう。抵抗したほうが面白いのですよ。個人的に」


 イカレさんの疑問に答える。

 催眠術とかも抵抗してしまうタイプである。彼女の自己評価では正気度が高くそうそう惑わされないのだが───ゼクシリンの呪いにも似た薬効がモロにキマっている。


「しかしこれはかなり凄いですね……もしかしたら今のわたし、アサギくんのことチャーハンよりも好きかもしれません」

「その評価基準は変わらないんだ──しかも微妙な変動値──」


 少しがっかりしたようなアサギ。

 小鳥的には十分だと思うのだが。

 しかし折角アサギを好きになったのでいろいろ試したくなってきた。


「ちょっといいですかアサギくん。笑ってみてください」

「──?」

「いいですかーイケメンが笑うと女の子が喜ぶのです」

「フィクションだろそれ───」


 と、小鳥は彼の口に手を当てて、ぐいっと口角を上げた。困惑したようにアサギも眼を細めて、一応は下手くそな笑い顔のような感じになる。

 笑い顔自体はぎこちなく、元の冷たい印象が残るのだが。

 無愛想系イケメンが困ったような感じで笑ってるように見えて。

 

(あらやだ素敵に思えます)


 いつも光が見えない死んだ魚めいた目をしている小鳥の瞳孔にハートのように見える模様が浮かんでいていて、とても怖いとアサギは思う。


「見てるとなんかこうなんでしょう破壊力というか嬉しい気持ちになるというか、ちょっとリアルなサメの人形を可愛くはないのだけれどもぎゅっと抱きしめたいような不思議な感じになります」

「は──?」

「次は頭を撫でてみて下さい」


 訳がわからないとばかりに、やや躊躇しながらアサギの少し皮がごつごつした手が、髪を押し潰さないぐらい軽く触れる程度に撫でた。

 その感触は、恥ずかしがって滅多に撫でてくれない彼女の父親が不器用に褒める時にしてくれるみたいであり。

 小鳥は無意識に手が離れないように、ぎゅっと握って頭に押し付けさせていた。

 アサギの困惑したような手の動きでふと我に返り。


「……これが噂のナデポ現象……!」

「──いや何が──?」

「今のわたしは、アサギくんと触れると幸福に思う感情を……クスリに支配されているのです!」

「──じゃあ解除薬飲もうよ」


 疲れたような彼だったが、まだ契約期間はこれからである。


「これからですねえーと……えーと……マズイですね、アサギくんにくっついてお喋りしてるだけで割と幸せなのですからプランが思いつきません」

「──はあ」


 オレも思いつかんけど、と彼は言う。 

 すかさず眼鏡を光らせたアイスがすらすらっと手元のメモ帳に何かを書いた。


「ここは恋愛経験値を積んだオットナーな私にお任せしてくれ。完璧なプランはこれだ!」


 アイスが見せたメモにはこうある。


『1:映画とか行く。

 2:ショッピングでイチャラブ。

 3:一緒にお食事。

 4:二人は幸せなキスをしてハッピーエンド……』


「ヘソで茶ァ湧いた」

「ぶへほっげほっ、プププげはげはっ! かなり大爆笑ウサ! ヒヒヒヒヒ! ウサーウサー!」

「───経験値って──何を参考にしたのか異様に貧困な想像力を使ったのかは知らんが───ひっでえな──」


 男性連中は死ぬほど馬鹿にした様子。

 アイスが死んだ笑顔で鴨居に結んだ縄に首を括り始めたが、小鳥は素直に頷く。


「では、これでお願いしますアサギくん」

「なん──だと──!」

 

 何故か驚愕の反応。

 彼は口と眼から血を流して爽やかに汗を拭う仕草を見せながら、


(いやだ……)


 と心の中で呟いた。

 床に血溜まりを作るほどデートが嫌な喪男である。

 その様子に小鳥は若干俯いて、自分を慰めるような雰囲気になっていた。


(ええとですね彼はリア充みたいな雰囲気になるのが嫌いなわけであって個人的にわたしを嫌っているわけではないはずなのです。うう……)


 泣きそうな彼女を見て──或いは小鳥を泣かすとかぶっ殺すぞヒューマンと恐るべき視線を向けるアイスの殺気に耐えられずに──アサギは言う。


「よしじゃあ映画と買い物と食事にでも行こうか小鳥ちゃん!──それ以上はマジ勘弁だが──」

「うふふ、アサギくんと一緒ならどこへでも」

「ちなみに映画は萌え系特撮映画で───買い物はサブカル系ショップで───食事は焼肉だけれどいいよね───」


 アサギがなるたけロマンティックな雰囲気にならない、デート対象として負け組な選択肢を敢えて選んだ。

 だがそれでもヤク中小鳥は、


(敢えて、薬でぶっ飛んでいてるわたしを気遣ってそんなダメっぽい方向性を選ぶなんて……やだ、格好いい)


 と思ってしまってぎゅっとアサギに抱きついた。

 彼は血の混じった冷や汗を掻きながら、他の三人に言う。


「いいか──間違いあらば容赦なくオレを殺せ───」

「こんな悲壮な決意でラブコメに挑むとは……」


 ともあれ、三人は頷く。

 監視の為に出かける準備を始めるアイスとパル。

 イカレさんは堂々と寝袋に入りながらフルーツ缶とか開けて、肘杖をつきながら言う。


「すげェ面白そうで興味深々、やる気満々だぜェ」

「ああ、もう面倒でくつろぎモードに入ってる!?」


 



 *****



 帝都商業区第二映画館。

 その名の通り帝都で3箇所ある映画館の1つで、日に2回程度映画を放映している。

 小鳥とアサギ、そして何となく監視役のアイスさんとパルが後ろからついてきていた。イカレさんはまあいつも通り家で寝ている。

 顔色の悪いアサギの横に並んで映画のパンフを受け取った。

 

「これから見るのは『カオス系魔法少女ニャルラコントン~南海の死闘・滅ぼせダゴン教団編~』ですね」


 ふりふりの衣装を着ている女性が犬のマスコットを連れて居るピンナップが載っていて、確認する。


「ああ。魔法少女ニャルラコントンシリーズの最終章でな。密かにこのシリーズを追っていたんだがファーストシーズンニャルラコントンが9歳の設定から10年後、19歳のギリギリ魔法少女というのが最終章たる所以だ。ちょうど今日から放映日でな。

 いい年をした魔法少女が9歳時とさほど変わらないカワイイ系の服装で戦うあたりマニアックなファンがいるのが特徴だ。

 ニャルラコントンは約20年ぐらい前の帝都に実在していた魔法少女で、活躍を描いた映像化作品も実際の事件を元に作られている。オレも10年ぐらい前、まあつまりこの滅ぼせダゴン教団の時期に実際に会ったことがあるんだ。

 個人的には9歳から13歳ぐらいまでのシーズンが脚本的に面白いのだが年齢が上がるにつれ露骨なお色気描写で売り上げ自体は上がっていて──」


「……いい年こいた大人が魔法少女物の映画について熱く語っているよパルくん」

「大きなお友達ってああいう人のことを言うウサね……」


 後ろでヒソヒソと監視役が言い合う。

 だがやはり小鳥は目を蕩けさせながら、

 

「このシリーズ物の映画を初めて見るわたしの為にわざわざ説明してくれるなんて……やだアサギくん嬉しい」


 などと言っている。

 尊敬の眼差しでシリーズごとの魔法少女の仙力パワーインフレなどを説明しているアサギを見ていた。

 そしてチケット売り場に行くと売り子のオッサンがにたにたと笑いながら、


「へいらっしゃい。今日は家族と恋人割引デーだよ!」

「ええっ、あ、あの……別にわたしら恋人ってわけじゃなくてってアサギくんが早速血を吐いてます……」


 リア充のような眼で他人から見られた反動で内臓を酷く痛めたアサギ。

 薬物とストレスで傷んだ内臓をさらに投薬で治療しようとするのだからひたすらリスクは高まっている。

 小鳥とて無駄に彼を傷つけたいわけじゃない。故に彼がダメージを負うのならば恋人と主張するわけには行かない。

 故に、


「ええと、お、お兄ちゃん、家族割引にしようか」

「ぐはあ」

「ああっアサギくんの全身から血の霧が立ち昇る」


 そして彼は、壮絶な笑みを作った。彼の眼には凄く優しい光と、血涙のようなものが見える。


「妹────じゃない──恋人料金にしてくれ」

「そうですかい?」

「この子は妹じゃなくて──そう、彼女だばあ」

「とりあえず病院行ったほうがいいんじゃねえですかねあんちゃん」


 ニの打ち要らず、七孔噴血とばかりに血を流しているアサギ。本当に大丈夫なのでしょうかと心配になる。

 そしてつい、小鳥は妹キャラになろうとしたが、彼には13年間会えない妹が居るのである。本当の家族として大切な、再会する日を未だに待っている人が。

 迂闊に大事な人間関係に踏み入るような真似をしてしまった小鳥は普段ならば無表情を保てていたのだろうが、ついしょげたようになってしまった。

 そんな彼女の頭をぐしゃぐしゃと彼は震える冷たい手で撫でて、死兆星が見えているかのような顔で言う。


「気にするな──それじゃあ──ジュースとお菓子を先に買って席についていてくれないか──オレはちょっとポーションで顔を洗ってくる」

「……はいっ!」


 軽いスキンシップを貰うだけでつい嬉しくなって、泣いた鴉がなんとやら小鳥は健やかな気分で売店に行った。

 後ろでチケット屋に、


「他人料金というのは無いのか。通常より割増でいいのだが」

「酷いウサー!」


 とやりあっている声が聞こえた。

 真っ暗闇の映画館の部屋に座り、アサギの席との間にジュースとお菓子を置いて映画の開始を──いえ、アサギが隣に座るのを待つ小鳥。

 始まる前なのでまだがやがやと他の客の声が聞こえた。小鳥は早くが来ないかなあとじっと待って耳を澄ませている。

 ふと、前の方の席に少しだけ虹色の光が漏れている頭が2つ見えた。

 光る頭髪に黒い帽子をかぶって抑えているようだったが、何やら会話が聞こえる。


「なんでこんなの今のわたしに見せるの。ぶっ殺す気なの?」

「くふふいやあ最後の活躍ぐらい振り返るのがいいじゃん……ぶふっ」


 小鳥イヤーは地獄耳なのである。女性召喚士の二人連れのようだが、闇ではやはり発光する髪は目立つ。

 思っていると、音もなく隣にアサギが座っているのにようやく気が付いた。黒髪黒目に黒服なので闇に紛れていたのだ。

 

(男は黒に染まれかっこいい……おっといかんいかん)


 顔を洗ってきたアサギはつやつやとした凛々しい表情に戻っていて、十人小鳥が居れば十人で囲んでガン見しそうな感じのクールニヒル系魔青年──小鳥主観でだが──へと変貌を遂げていた。

 イケメンめ……その顔の皮を剥がしてわたしだけしか見れないようにしてやりたいとすら小鳥は思う。

 しかしそんなことしないでも同じ家に住んで毎日食事を一緒に食べる生活をするだけでも幸せ──あれ? 今もそんな感じ──つまりもはや結婚も同然──


「──? ちょ!? 小鳥ちゃん──!? 前に座ってるゴーレムさんにヘッドバッドするのは迷惑だし怪我するから止めなさい──!」

「はっ……すみませんちょっと正気に戻りたくて。薬の効果で思考がヤバい方向に」


 額から血を流しながら何とか正気に戻る小鳥。

 前の席に座っている大柄なゴーレムが「すみません見えづらいですか?」とやや屈むようにしたのが申し訳なく二人で謝りまった。


(落ち着けー。迂闊にデレてはいかんぞーわたし)


 何か危険なアクションを起こす度アサギから「解除薬飲む?」と聞かれるのでまだ耐えねばならない。

 そうこうしている間に映画が始まった。

 魔法少女ニャルラコントン役の女優が名状しがたきスマイルでこれまでのダイジェストを見せながらナレーションを入れつつOPが始まる。

 ふわふわしたゴスロリっぽい服を着た犬耳で虹色髪な魔法少女がニャルラコントンである。マジカル仙術とマジカル宝貝を使って深きものどもな敵モブをなぎ倒したりしているOP映像であった。

 少女が可愛い決めポーズを見せながらキラキラとした必殺技を見せる映像を真剣な顔で見るアサギを、格好いい……と横顔に見惚れる小鳥である。

 あとデート中の女のことなんか忘れたようなペースで二人分買ったお菓子をマッハで食べ始めるのも男らしいと感心する。

 映画に夢中で、二人でカップル飲みするような大きさのジュースも気にせず飲んでいる。

 意図的に無視されているような気もするが、小鳥はアサギと一緒に居れば幸せなのでそれで良いと思えた。


『一気にぶっ殺すの! マジカルパオペエ【五火七禽扇】!」

(説明しよう【五火七禽扇】とは扇ぐことで空・石・木・精神・人それぞれを燃やす5種類の焔を相手に浴びせかけ消滅即死させる宝貝である)


 画面上でニャルラコントンが凄いエフェクトを出すアイテムを使って、彼女の肩に乗っている毛がふさふさした犬型マスコット渾沌が解説している。

 そもそもなんで異世界なのに中華系の宝貝が露骨に登場しているのかという疑問も、ぼーっとしながらアサギに寄りかかって画面を見ていれば気にならない。

 焔に炙られて巨大な蛸の怪物が一旦海中に姿を隠した。まだ序盤なので後で復活するのだろう。

 それから地元のインスマウス顔をした人らが住まう集落に魔法少女は向かいつつ情報を収集し、奇怪な地元の儀式やストーンヘンジを目撃したり夜中に七色に光る窓ガラスから窓が窓がしたりする。

 画面には新キャラの、黒衣を着たミステリアスな雰囲気の剣士がオークの神父と共に事件に巻き込まれている。

 どことなく隣に座る彼に似た雰囲気なので指で肩を突っついて目線で疑問を訴えかけてみた。

 彼はどこか苦笑したように、


「──あの【黒衣の剣士】、役者は勿論違うがモデルはオレだ──当時ダゴン教団を巡る事件に──隣のオーク神父と共に偶然旅先で巻き込まれてな──」


 萌え系魔法少女映画に自分を元にしたキャラが登場したということに彼は照れくさいような誇らしいような顔で言った。


(なんていなせなガイでしょうか……惚れ直します……)


 とりあえずなにがあっても好感度は上昇していくようだ。

 画面上では黒衣の剣士が、


『言葉の語尾に「の」って付けてるのってキャラ作りか──? 19で流石にそれはどうかと──』


 とかツッコミ入れている。どこか前の席で血を吐く音が聞こえた。

 魔法少女は激昂して叫ぶ。


『まままマジぶっ殺すのー! 超必殺マジカルパオペエ【盤古旛】!!』

(説明しよう魔法少女ニャルラコントンが身にまとっているマント型宝貝【盤古旛】は結界に閉じ込めた相手に月質量と太陽熱量をぶち込む最終必殺技なのだ。

 しかしニャルラコントンは加齢と共に仙力が低下しているのだ! 映画館の皆! マジカル宝貝【杏黄旗】を振って仙力を分けてくれ!)


 マスコットの犬がカメラ目線で呼びかけた。

 やや溜めモーションが入り、映画館の観客の皆さんが小さなライトを振り回すのが見えた。そういえばチケットと一緒に貰った気がするが暗闇なので取り出せずに小鳥らは振るタイミングを逃す。

 どっちにしても、役者とはいえアサギモデルのキャラを倒すためのパワーチャージを小鳥はしないのだが。

 すると映画館の客から、


「パワーが吸われる……!?」

「ぐう……いきなり疲れが……」

「手が、手がライトから離れない! 止めたいのに振り続けて……生命が奪われて……」


 と、悲鳴が少しの間聞こえたがそのうち静かになった。何事であろうか。画面上の犬がにやにや笑っている。

 ともあれ映画のストーリーは進み、凄まじく険悪な関係のまま魔法少女と剣士は仲間になり、ホラー系事件の解決に挑む。

 最終的に見たら死ぬ系の化物へとパワーアップしたダゴンを、千里眼の術を使う魔法少女と、魔法少女から渡された無貌の仮面で発狂効果をシャットアウトした剣士が撃破・別次元へと追放するのであった。

 EDクレジットが終わったあたりで、アサギはずっと小鳥が寄りかかっていたことに気づいて残ったジュースの氷を自らの頭にぶちまけて冷やそうとした。その行動で小鳥も危うく、


「おっとっと。アサギくんにデレているみたいではないですか。わたしも引っ被りましょう」


 と、ジュースを用意したら後ろで見ていたアイスに二人して怒られたという。

 ひとまず、一行は次の場所へ向かう為に映画館を去ることにした。

 帰っていく観客の中で「若さが……若さが憎いの……時が未来に進むと決めた奴はぶっ殺すの……」と呟いている30歳ぐらいの死んだ目の元魔法少女兼犬召喚士女性と「くふふ」と笑っている本召喚士の少女が居た。魔法少女とて、いつかは三十路になるのだ。




 ********


 


 メインストリートから少し離れた場所にある店。

 美少女がカラーで描かれた看板などがかかっており、漫画の新刊などのお知らせを店頭に貼ってある。ガシャポンめいた機械も設置されていて子供や大きなお友達が出入りしている、まあ所謂そっち系のサブカル系ショップであった。

 小鳥はアサギに連れられて初めて来た場所である。何ら怯むこと無くオタショップにマント翻して入るアサギに、なんて男らしいんでしょうか……と見惚れるバッドステイタスに侵されっぱなしの小鳥。

 彼は颯爽と、一見様みたいにキョロキョロせずに目的のエリアへ向かう。

 そこには小分けにされた包装に包まれたカードのようなものが売られていた。トレーディングカードというやつである。5枚1組になっており、1パックあたりは小遣いを工面してなんとか子供も買える値段だ。

 帝都でも人気のそれは手工業で生産されている為に、一度売り切れたら中々再入荷しない。

 アサギはふ、と和んだように笑いながら、カードの詰め込まれた箱に手を伸ばした。

 そして子供から見たら目玉が転げ落ちて爆発するような高額紙幣を取り出し番台に置いて言う。


「全部貰おう──」


 近くで選んでいた子供が絶望と驚愕に引きつった顔で泡を吹いて倒れた。

 大人気なく財力を誇示するアサギである。小鳥は胸がきゅんきゅんした。

 そしてその場でレアカードチェックして、彼のデッキからダブったゴミカードを小鳥にプレゼントした。


「なんて優しい人なんでしょうか……ドキがムネムネします」


 後ろから見ていたパルとアイスが低い声で、


「……なんだろう。やけにイラっとくるのは」

「一度売り切れたら新しくカードが補充されるのは2週間はかかるウサ……」


 二人してショップの売り物の鼻眼鏡をかけながら言っているが、なんら小鳥には気にならない。次は連コでガチャを根こそぎ奪っていくアサギのワイルドさにうっとりしているだけである。

 彼が気高い態度で──ついてきている小鳥は歯牙にもかけずに──同人誌とかを立ち読みしていると店主が話しかけてきた。


「旦那ぁ、頼まれてた例の本入荷しましたぜ」

「なにっ──! はっ」


 彼が珍しく喜色を浮かべた表情をした後、三人の視線に気づいて店主が懐から取り出したハードカバーの本を隠すように促した。

 そして慌てた様子で財布から取り出した紙幣を多めに店主に渡し、本に表紙を隠すようなカバーをつけさせる。

 音もなく重力を振り切ったようなするりとした動きでアイスが彼の背後に移動した。


「本チェーック」

「待て──! 痛──!?」


 本を掴んでいる指一本一本に瞬間的に関節技をぶち込まれたアサギは投げるように本を手放してしまった。

 天井近くに飛んだ本は、自慢の脚力で天井まで飛び上がって張り付いていたパルがキャッチ。本をざっと開いて眺め、期待に光っていた眼をつまらなそうな色に染めて小鳥に投げて渡す。

 受け取ったハードカバーの本を開いた。


(特殊性癖とかのエロ本だったらどうしましょう……頑張ります)


 開くと、本には犬の写真が乗っていた。

 きゃっわいいー感じに激写した様々な犬のファンシーな写真集である。仕事に疲れたOLとかが買いそうな本だ。

 アサギは恥ずかしそうに顔を染めて言い訳を口にしようと、もごもごと何か呟いている。彼とて日々のストレスを癒したいのだ。だが孤高の魔剣士的には動物写真集などを買っているとは思われたくないのであった。

 小鳥はふと気づいて言う。


「アサギくんって……いぬ好き?」

「む──」


 よくよく思い出せば。

 

(よくよくよーく思い出せば! 犬耳の女侍さんの犬耳を撫でたり、犬耳の幼女ちゃんを膝の上に乗っけたり、犬耳の魔法少女の映画を観に行ったり……)


 それもこれも、アサギが犬派だからだったのではないだろうか。

 アプローチを間違っていた事に気づいた小鳥は頭を抱える。

 しかしめげる鳥飼小鳥では無い。鳥属性から犬属性へチェンジすることなどこれまで3つの試練を乗り越えてきた小鳥には容易い。

 そんなわけで、ここはそっち方面のショップなのでコスプレアイテムもいろいろ置いてある。

 手頃な犬耳カチューシャを頭に付けてみた。

 上目遣いで見上げながら言う。


「わんわーん」

「……」

「……」


 哀れんだ顔でアサギは撫でてやった。えへへと顔を綻ばせる小鳥。

 ドン引きした顔でパルは見ていたが、アイスがつかつかと近寄ってきた。

 がしっと小鳥を掴んで小脇に抱え言う。


「お持ち帰りしたいのだが幾らだねこの子は」

「──お持ち帰りさせたいのだが──一応まだ契約期間だ」

「かぶりを振るアサギくん格好いい……」


 一応言っておく小鳥。


「絶対にわたしはデレない」

「やだこの子──もう薬でかなり自己判断できなくなってる──」


 そんな事無いと主張する。

 その後首輪とかもつけようとしたら無理やり店から連れだされた。強引なアサギくんも素敵……と思うあたり症状が深刻化している。脳への悪影響が懸念されそうである。





 ******




 焼肉屋にて。


「レバーとハラミとハツとセンマイとミノをそれぞれ10人前──」

「ランプ肉とフィレとサーロインを一頭分ぐらい貰おうか」

「なんで速攻ステーキ肉と内臓を網に広げるウサか……ともかくニンニク漬けカルビ20皿ぐらいまず持ってきて欲しいウサ」

「ええと……わたしはとりあえずお米を」


 厨房の奥で嬉しい悲鳴が聞こえた。


「オーナー! 内臓とか足りませんー!」

「おっしゃ任せとけっつーの! 今裏で用意してくっからよう!」


 威勢のいい女性の声の後。

 暫く肉を殴る音と牛のぶもーという悲鳴が聞こえてから肉が届いた。とても、新鮮。なお現実では屠殺してから熟成期間を置くがこれは異世界牛なので実際その場で食べても問題はない。

 ガツガツ食べる3人を見ているだけでお腹いっぱいになりそうな小鳥であった。彼女は一般女子高生なので、そこまで大食らいではない。

 あまり食べていない小鳥を見て、アサギはボーイの一人にコインを弾いて渡した。


「この子に牛乳を一杯」

「え? は、はい。臨時店長ぉー! その牛まだ牛乳出るー!?」

「頑張って絞ってみっからちょっと待ってろ!」


 アサギに気を使ってくれて嬉しいです……と洗脳されたような眼差しを送る。しかし出てきた牛乳はなにか生臭い血のような臭いがした。パルに飲ませてみたらトイレに走ったまま出てこなくなった。

 食事を終えて──パルはトイレで尻が新たなステージに到るぐらい酷い状況になっていたので放置し──店を出ると同時に腕に『保険・衛生課』という腕章をつけた騎士団が突入していった。

  



 *********




「えーと4段階目は……『幸せなキスをしてハッピーエンド』」

「NG──!」


 アサギが叫んだ。

 ちょっとした草木が植えられていて都会から離れられるような公園にやってきているのだが、小鳥は顔が熱かった。

 ううむ、と唸って自分でもペタペタと頬を触るとかなりの熱を持っているのを感じた。

 

(昔誰かが言いました。薬物で得た悟りも瞑想で得た悟りも、本質は同じものであると。つまり今の状態はお薬でアサギくんを好き好き大好き超愛してるな状態なわけですが、きっとわたしが本当に彼を好きになっても同じような顔熱状態になるのでしょう。うわー、恥ずかしい。死にそう)


 ぽむふ、とふらつく頭を彼の胸に押し付ける。

 彼は心因性の疲れで体の指先など末端部分の毛細血管が破裂して出血しつつも儚い笑顔で、自分を粉々に消し飛ばしてくれる通り魔的なアイスを探した。彼女は近くのベンチで3キロはありそうな量のポップコーンをバクバク食べながら他人事のように見ていたが。


「アサギくん」

「な──なにかな──」

「今わかりました……アサギくんのこと、チャーハンより好きです」

「よーしすっげえ嬉しいぞオレ──! じゃあもう終わろうかキミ──!」


 にこやかな希望にすがる笑顔を見せるアサギをうっとりと見ている小鳥。

 実際、薬の効果自体には満足したので解除してもだいたい目的は達したので構わない、と小鳥は思うのだが。


(なにせ、ちょっと頭壊れてたわたしにも他人を好きになれる感情があるとわかったのですから。愛されるよりも愛したいマジなのです。だから、アサギくんにも感謝です。大好きです。お父さんの作ってくれた大好物のチャーハンより、ずっと。)


 しかしまあ、薬で精神がややアレな状態であることには利点もあるとは別の感情で判断している。何の行動をしても全て薬のせいだと言い訳できる。知らない薬と謎の中国人を出したミステリの如く好きに出来る。

 そんなわけでアサギに聞いてみようかとぼんやりと考えた。

 

(……わたしのこと、好きですか、と)


 思うと、頭を抱えて小鳥はキャラも崩し叫んだ。


「って馬鹿ー! わ、わ、わわたし面倒臭い女化してますよ!?」

「いきなりどうした──!?」

「いいですかアサギくんわたしはまあ異性関係や恋愛の機微には疎いところもありますが面倒臭い女にはなりたくないのでして勘違いしないでくださいよ実際!」

「自覚無いのかもしれないけど相当既に面倒臭いよ──!?」


 ショックを受けるもののツッコミを入れるアサギくんハッピー……と、薬効でもはや多幸感さえ感じているヤバ目の小鳥である。

 相当やばいことも自覚している。そして自意識がかなり歪められそれで固定されかかっているのも。


「こ、こうなれば猶予はありません。名残惜しい気もしますがお薬の効果を解除しましょう」

「そうだな──! うんそうだな──!」


 嬉しそうにアサギは、旅先で厄介な女性に引き止められそうになる度に逃げまくったとされる、イケメンで有名な旅神が作成した薬をポーチから取り出した。


「しかしやっぱり最後に幸せなキスを……」

「するか馬鹿娘──!」


 我慢の限界で疲れやら怒りやらその他諸々の感情を込めたアサギの容赦無い一撃で口に瓶の中身を叩きこまれた。

 デスソースみたいな瓶に入っていた割には、無味の液体である。

 むせるのを堪えながら嚥下すると効果は顕著であった。

 体温がすっと下がるのを感じる。

 眼の前で荒んだ眼をしているアサギの顔を見て、ああ終わったんだなと小鳥も自覚できた。

 彼女の瞳に浮かんでいたハートマークも消え、いつもの軽く目が死んでるような光無い感じに変る。

 

「……」

「──」

「あさぎくんのことなんかなんともおもってないんだからねー。かんちがいしないでよねー。つーんぐしゃー」

「ぐしゃー!?」

「アイスさーん、初恋が終わりましたよー」

「おめでとうこれで君も初恋が終わったことで一段上の大人だ」

「ちなみにアイスさんは初恋終わってます?」

「終わってない……つまり私が下ってことだ……師匠って呼んでいい?」

「はあ──マジ疲れた──本ッ当にしんどかった──」


 見てもドキドキしなくなったアサギがへたり込んで地面に座ったので、小鳥は屈んで謝罪をした。


「ご迷惑をおかけしまして。半日ぐらいでしたけれどありがとうございました」

「まったくだ──迷惑だった」


 率直に迷惑だと言われると小鳥といえどもちょっと傷つくような気がしなくも無い。

 アサギは少し反省した彼女にため息混じりに柔らかな表情を作って云う。


「だが──子供は大人に迷惑をかけて育つものだ──気にするな」

「……はい」

「それと──妙にデレデレした小鳥ちゃんより───いつものヘンテコなほうがオレはいいと思う」


 聞こえようによっては二度と惚れるんじゃねえぞと云う宣言にも取れる。

 今日一日で致死量ぎりぎりまで血流したような青白いアサギの、少し優しい顔に小鳥は頷いた。








「ところでいつまで犬耳付けてるのだコトリくん?」

「はっ早く言って下さいよそういうのは」

 





 *******




 宿に帰った小鳥はまず、晩ご飯にチャーハンを作った。焼肉をとんでもない量食べた仲間達だったが、容赦なくチャーハンもガツガツ食べる。

 料理の基本は母親に習い、メニューは料理本から覚えたのだがチャーハンだけは父親から習った。

 基本的に料理は苦手な父親が唯一しっかり作れる料理なので、母親も自分からは作らずにニヤニヤと不器用ながら教えるところを見守っていたという。

 ともかくフライパンの大きさからあまり多い量を作れないので、最初にアイスとイカレさんの2人分。次にアサギの分だけ作った。パルは保健所に送られたので居ない。

 皿に盛りつけてアサギの前に出して言う。


「結局、アサギくんはチャーハンと同じぐらい好きということで」

「──まあいいか」

 

 彼はスプーンで掬って口に含み、少し眼を見開いて尋ねた。

 

「──? ちょっと辛味があって美味しいな──」

「うふふ、隠し味を入れてますから。美味しいですよね?」


 食べながら頷くのを見て、少しだけ顔を近づけた。




「そうでしょう。わたしも大好物なんですよ、実は」




 少し自然に出せるようになった笑顔で、そう言った。






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