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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
24/35

23話『さらば復讐の狼たちよ』

 商売をするには。

 心構えとか売る物品の種類とか営業形態とかそういうことではなく、法の問題である。

 ここ帝都で、商売をするには基本的に許可がいる。当然だが、当然のように。役場や警察署など各方面に手続きをしたりしてぶっちゃけ面倒になっている。

 路上で色紙に『たまには振り返るのもいい、君の背中を押してくれる人が見えるから』などとこっ恥ずかしい文字を書いて売っていて思わず購入して十年後ぐらいに本人に送りつけたいなって小鳥が悩んでいる人も許可を貰っているはずだ。多分。どんな書類を提出して許可を貰ったのか想像するだけで面白い気もしたが。

 ともかく。

 勝手に商売はしてはならない。少なくとも、大っぴらには。逆らえば、恐らく死かそれに準じた罰が待っているのだろう。かなりの確率で。その想像を否定できる程、小鳥は法に詳しくなかった。

 しかし一般人が大手を振って個人で物品の売買を行える場所もある。

 バザー……所謂蚤のフリーマーケットであった。



「いやー人とか人じゃないのとかで賑わってますねー」


 小鳥はのんびりした声を出しながら帝都中央公園、及びそれに面した通りの路上にて行われている、半年に一度の帝都大バザーを眺め見まわした。

 そこには所狭しと都民が集まってシートを広げて様々なものを販売している。エリア分けされているのか、一応一般人と商人系、冒険者などで固まっているようだ。

 帝都の特徴である多種多様な種族の住人が集まってワイワイと騒いでいる様子はまさに祭りである。出店とかも出ていて、これもまた販売許可や保健所への申請無しで店を出せる。食中りなどが起きても店側は責任を取らないという特殊な形式なので、食べるには客が慎重に店を選ばねばならないが。

 このバザーに集まっている人の方が、鳥取県の総人口よりも多いだろう。鳥取県が少ないだけとも言うが。


「ウサウサ、このバザーは2日続けて行われるウサ。動くお金は数千万とも言われているウサね」


 と小鳥の隣、お互い迷子にならないように手を繋いだパルが解説を入れた。


「企業ブース以外のスペースは広いとはいえ限定されているウサ。無秩序に店を出したら足の踏み場もなくなるウサからね。だからかなり枠はあるものの売り側の参加者は抽選で場所をとっているウサ」

「今日は抽選に受かってバザーに参加しているアサギくんを冷やかしがてら見物に来ているというわけですねわたしたち」

「なんで今確認するようにそんなことを言ってるウサ?」


 確認するようにって確認のためだがそれ以外何があるというのだろうか。不思議なパルである。

 とにかく、大勢が露天を開いているとはいえ通路は用意されている。パルと二人でぶらぶらと物を見回りながらアサギを探していた。


「あ、すみませんこのキーホルダー下さい。パくんにぴったり」

「……コトリさん、兎の足の剥製キーホルダーは悪趣味ウサ」


 LUCK+10ぐらいの幸運のシンボルである。






 ******






 パルという女装少年について、小鳥は結構気に入っている。

 エロさは壊滅的だが見た目は可愛く、まああと見た目が可愛いので気に入っているのである。だいたい世の中の九割は見た目で決まる。

 どことなく実家で飼っていた兎を彷彿とさせるのが良いのだろうか。少なくともパルはそれで得していると思っていた。中々このご時世彼の性癖を知りながら普通に付き合ってくれる少女というのは貴重なのである。すでに三回は別件で訴訟されて刑務所に叩きこまれた過去があるのだ。

 ともかく。


「コトリさーん、冷やしクレープ買ってきたウサー」

「おお、ありがとうございますパルプンテくん」


 古着を物色していた小鳥の背中に声がかかった。何十枚も売りに出されている服は流行から外れていたり平時に着るには物々しかったりネタで買ったはいいけれどあまり着なそうな服が沢山あって、目移りする。

 暫く小鳥がショッピングしている間にパルが冷たい菓子を買ってきてくれたようである。


「何かいいのあったウサ?」

「ええ。ほらわたしの服ってぶかぶかなのが多かったですから、ここぞとばかりに。このTシャツとかよくないですか?」

「グロい! ゴアグラインドバンドのシャツはやめとくウサ! アサギさんも心配するウサ!」

「バンドマンみたいでいいかなって思ったんですが。これとか今日留守番の無職殿へみやげに」

「『この顔にピンときたら即交番』なんて書かれたシャツをサイモンさんが着てたら洒落にならないウサ!?」

「おやあっちの店の品揃えも」

「ふらふらしてたら危ないウサよ?」


 と移動の際はパルが手を繋いで行く。

 なんというか、パルからもアイスからもアサギからも彼女は注意されているのだが、あちこちをキョロキョロしながら歩いていて危なっかしいと云うか誘拐されやすそうに見えて心配なのだそうだ。

 もっともだ、と自分より背の低い男の子のやや冷たい手を握りながらカバーしてくれることに感謝する。

 

「地元でもわたし、親とか友達に危なっかしいからなるべく一人で出歩くなって言われてました」

「そうなんでウサか? コトリさん見た目可愛いし頭軽そゴホンゴホン、ちょっとぽわっとしてますウサからねえ」


 彼の微妙な本音と建前を聞きながら、否定は出来ないので言う。


「うーん、というか昔実際に犯罪者に拉致られたことありますからねえ」

「ちょっ……大丈夫だったんでウサか? 貞操とか」

「貞操は大丈夫だったんです。少女が苦しむ姿を見るのが三度の飯より好きなサイコパスだったので致死量寸前まで農薬とか飲まされまして。救助されたんですが腎臓とか肝臓が大分やられて長いこと病院生活でした」

「白昼堂々重い話しないで欲しいウサ!?」

「後遺症でお酒とか飲んだら体調が入院レベルで崩れることがあるから医者に一生禁止させられてるんですよねー」

「そ、そういうことは早く言って欲しいウサ! ごめんなさいウサもうしないウサ!」

「うふふ」


 騙してお酒を飲ましてきたのを思い出してパルが謝る。素直で結構なことだ。

 実際に小鳥は酒を飲んだ翌日は二日酔いとはまた別に、背中側の内蔵がひどく痛んだ気がしたので、二十歳になっても酒は止めようと思う。

 少しだけ落ち込んだような状態になっているパルの手を引いて会場をふらふらと移動する。一人よりは二人のほうが誘拐されにくいのはもちろんの事なので、パルの存在は居るだけでありがたい。

 会場は広く人も多いので運営側が雇った冒険者の警備員の他に、警察の方も見回りをしているからある程度は安全なのだが。

 少し離れたところを威圧するように歩いている、身長2メートルぐらいでライオン系筋骨隆々の警察帽を被った獣人を見送りながら小さく感心の吐息をした。超強そう。

 よそ見をしているとパルに引っ張られた。


「コトリさん! コトリさん! あそこの店見るウサ!」

「どうしたのですか? ……なにやら、店頭に女性用下着を並べているように見えますが」

「露天ブルセラウサ! 風営法的に怪しいけどそれがまた逆にマジっぽくて素敵ウサ……!」

「ええい、そんな非実用的な店にはよりませんよ」

「実用するから大丈夫ウサ!」


 実用ってなにさと口に出かけたが、禄な応えは帰ってこないことが明白だったために問うのは止めた。

 名残惜しそうにあえぐパルを引っ張って別の方向へと足を向ける。

 暫く進むと、ふっと太陽が陰ったような気がして空を見上げた。

 そう高い位置ではないが、黒い靄のようなものが会場の一部上空を覆っており、そこの下は若干薄暗くなっていた。

 

「これは……?」

 

 疑問の声を上げると同時に──溶けるように薄くなった小鳥の影からぬるりと。ずるりと。水面から立ち上がるように地面から湧き出すように、黒いローブを纏った人物が現れた。

 にたり、とローブを来た真っ赤な目の老人は言う。


「カカカ……ようこそ闇の市場へ。ここは世界の裏。光の背後。土の下……ありとあらゆる暗き者が集まる場所じゃ」

「あ。ヴァニラウェア卿じゃないですか。ちょりーす」

「……知り合いウサ?」

「わたしのゼミの教授です。ヴァニラウェア卿もバザーに来たんですか?」

「儂は闇バザーじゃけどな」

「闇って」


 確かに薄暗いが、非合法な印象のバザーが開かれるには堂々とした時間場所である。。

 この薄暗いエリアでは販売している人たちもどことなく黒いローブに身を包んでいたり、アンデット系住民だったりが多く見られるような気がした。

 ヴァニラウェアは解説を入れる。


「直射日光が苦手な夜型種族も帝都は多く住んでおる。で、昼のバザーに参加するために闇系魔法使いが日光を遮っておるのじゃ。それでこの一角は通称闇市」


 いろんな種族が住んでいると妙な習慣も出来るのである。

 二人はヴァニラウェアもシートを広げて品物が並んでいるようなのでそれに近づいた。


「ここが儂の店。家庭菜園で作った野菜の販売じゃ」

「闇市というにはあまりにオーガニックウサ……」

「えーとどれどれ。『挑戦朝顔』に『ジキタリスイセン』『デス人参』『トリカ葡萄』……毒草ばっかりですねえ」

「急に闇っぽくなったウサ……」


 毒草ガイドブックに記載されていた草の数々。ヴァニラウェアは笑いデス人参を手に取りながら、


「フリーマーケットはええのう。普段なら単純所持さえ規制されているヤツも売れるんじゃし」

「いやーマズイとは思いますけど」

「ほれこのデス人参、特製の土壌で作ったから神経系毒物含有量が通常の10倍で、生を一口やるだけチンカラホイぞ。あっちの業界の客は飛びついてくるわな」

「警察も飛びついてくる気がするウサ」

 

 パルがやや顔を強張らせながら、明らかにやばい薬の原料ともなる植物を摘んで見ている。それって確かハイテンション死する感じの麻薬の原料の薬だったような、と小鳥が首を傾げて思い出そうとする。

 そして売り物の中で目を引くのが、


「なんでメロンまで」


 ずっしりと大きな存在感をしているエメラルド色の球体。おおコレこそメロン。


「いつもは古い茶飲み友達に種を渡され頼まれて作ってるメロンなんじゃがな。今年は多くできすぎて折角じゃから売ろうかと」

「そうなんですか今すぐ買います。パルくん喜んで下さいわたし達のお宿にもメロンが来ますよ。子供の頃から憧れていたメロン。果物の王様メロン。貴族のデザートメロン。ああ、異世界の旅のクリアおめでとう……!」

「コトリさんが妙にテンション上がってるウサ」


 なにせ鳥取県民にとって果物で口にしていいのは二十世紀末梨とスイカぐらいで、メロンなんて食べたことない県民が大半である。

 サイコロを5つ振って出た目によって変動するという時価を小鳥はヴァニラウェアに支払い、メロンを風呂敷で包んだ。時価と云うものがそういう計算方法だとは初めて知ることであった。時価の寿司屋などはさぞかしサイコロの音が響いているのだろう。

 

「しかしヴァニラウェア卿、官憲も見回りしているので毒物の売買には気をつけてくださいね」

「そうじゃの……ん?」


 ふと彼は目線を落とし、小鳥もそれに釣られて視線を送る。

 そこには四つん這いになってヴァニラウェア卿の商品をふんふんと鼻息荒く匂いを嗅いでいる少女──虹色の髪が特徴的な少女がいた。いつの間に接近したのか、多分地面に這うように来たので見逃したのだろう。

 

「……見たことのある頭です」


 少女はがばっと顔を起こして叫んだ。


「レ・ア素材発見ンンンンン!! おうおう、小生の果樹園でも尽く栽培が失敗してるトリカ葡萄がこちらにあるとはアメッェェェェェジングッ!!」

「あーそれグラムあたり万は出して貰うからのう買うなら」

「非合法☆価格キタコレエエエ!! 摘発or札束考慮中……OK農場買いましゅううう!!」


 ヤク中で体は激痩せだというのにそこだけ発育が良い胸元から札束を取り出してあるだけの葡萄を買う少女──それは、竜召喚士のドラッガーであった。

 ちなみに国家公務員兼ドラッグストアチェーン店の社長なので金持ちである。基本的に貧乏性の兄とは大違いだ。

 ぐるり、と首が回転して小鳥を向きパルがびくりと震えた。

 初めて気づいたようにドラッガーは言う。


「はっ。汝はミス・ターザンヌと名高いメメンコリーチ」

「人違いです」

「ではもしかして戦国武将・鳥居元忠?」

「えーとうーんと……ドラッガーちゃんのお友達ですよ?」

「トリちゃん! トリちゃんぬ! おひさしブリの照り焼き! すんすん、トリちゃんスメルを摂取中!」


 抱きついてきて首元をすんすんと匂いを嗅いでくる。まるで犬のようだ。涎を垂らしっぱなしなところも。

 仄かに薬の匂いのするドラッガーを引き離して、その正気からは相変わらず遠のいた瞳を見ながら聞いた。


「ところでなんで戦国武将?」

「うん! 物知り博士が教えてくれたのっさ! トリちゃんもお買い物!? 買春!? へへへおじさんと飲み行こうやぁ……」

「行きませんよ」


 キラキラと虹色に輝く瞳を真っ直ぐに向けながら聞いてくるのでビシリと岩山両斬波を額に当てる小鳥。生憎とあの技でどこの秘孔を付けばいいのかわからなかったので単なるチョップになった。

 背後でパルが「百合? 百合ウサ?」と呟いているのを無視しながら、


「まあお買い物ですね。アサg……朝倉義景くんも店を出してるみたいですよ」

「うん! さっきアサくんの店にも寄ってきたのさ! テンション上ってアサくんの服の内側に怒涛の如く潜り込んだりテンション下がって糸の切れたマリオネットのようにだらーんと涎流しながら寄りかかってたら何か超怒られた……何故だ……」

「ツンデレでしょう」


 面倒臭いので適当に突き放す。


「お詫びに小生が会長のお薬ガンギマリ同好会のパンフ渡してきたけど喜んでくれるかどうか……よ、よろ、ヨロ昆布!」 

「警察に即しょっぴかれそうな会ですね……」

「まー今んとこ小生と服薬暗殺者やってる子しか会員いねぇんですけどね。パンフにはほら、小生とその子の写真が」

「ブチャラティが反逆しそうな薬の蔓延っぷりです」


 ドラッガーともう一人、恐らく薬で飛んでる表情でなければ素朴な感じの少女がダブルピースしてる犯罪臭い写真を見ながら帝都の闇を感じる。あとナチュラルにパンフに写真載るなよ服薬暗殺者と心の中で見知らぬ少女にツッコミを入れた。

 それにしても、と彼女はヴァニラウェア卿を指さした。


「そこのお爺さん! 明らかに違法植物販売だYOOOHOOO!? 人様の税金で法律を守るべく働いている公務員としてはどうかと思うけれどそこんとこどうなのですか教えて下さい」

「むしゃくしゃしてやったんじゃ。違法とは思わなんだ。今では反省しとる」

「じゃあオケー」

「いいんだ……」

「小生も買うしー。視察なんて形式的なものだしー」


 犯罪を取り締まったからって小生になんの得があるの? と笑いながら彼女は言う。

 召喚士は個人主義者で自分が良ければそれでいいという性格を大なり小なりしている。

 宮廷仕えであっても召喚士は「月給が貰えるから」という理由で務めているだけであり、国の為ではない。与えられた仕事は暇だったら受動的にはこなすようだが。

 召喚士の自由気ままな性格の最もたる例は、召喚士の中でもかなりの実力者でありながら無職その日暮らしのチンピラ青年イカレさんだろうか。

 とにかく、頭おかしいような値段でドラッガーはヴァニラウェアから毒草を購入している。レアで栽培困難なものが多いのだが、土壌操作の魔法も得意としているヴァニラウェア農園では上手く栽培出来ているようだ。

 

「うけへへへへ、トリちゃんいい買い物したよう」

「その草はどうするのですか?」

「加工して限定生産のお薬を作るよ! あぎぎぎぎょ希少な魔法薬はチョー高値で売れるんだよねん。トリちゃんもお一つどう? 『幸福ターン粉』とか3ターン幸福になる美味しいお粉だけど」

「あー……なんか味に想像がつきますわー」


 そもそも3ターンてどのぐらいだと思わなくもなかったが。

 ドラッガーはごてごてした服の袂から、ビニ袋に小分けされている白い粉を取り出した。

 首をぐねっと横に捻りながら頭に手を当てて、


「しっかし、小ぉぉ生もバザーでこんな薬並べて前売ってたら警察にしょっぴかれた悲しい過去がありんす」

「いやあ原料はまだしもこれは露骨すぎるでしょう」

「ポリスには怒られるわ迎えに来た姉ちゃんとかおっちゃんには怒られるわ会社の秘書や重役には怒られるわ帝王には馬鹿にされるわ最悪だよ!」

「露天の売人のほうが治安的に最悪だと思うウサ……」


 パルが率直な感想を漏らしていると、わいわいと賑わっているフリマ会場だが、やや遠くから呼びかけるような声がした。


「おーいドラ娘ー! どこ行きやがったー!」

「あっエア姉だ! こっちこっちー!」


 彼女は立ち上がってぴょんぴょんと跳ねながら手を振る。

 その声に気づいたのか、一人の女性がこちらに歩いて来た。モデルのような体型で背が高く、腰まで伸びたストレートヘアーがこれもまた虹色をしている。 

 顔立ちは三白眼のややキツそうな目をしていて強気の笑みを浮かべている、妙齢の女。年齢は二十代半ば程に見え、白いシャツと紺色のジーンズというラフな格好をしている。

 

「おいおい、ドラ娘ちゃんよお。なに買ってんだ?」

「ひっひひひひっ別に☆非合法なものじゃねええよおおおお!! ねートリちゃん!」

「わたしに……嘘をつけというのですか」

「愕然と答えてる所悪いけどコトリさん日頃から虚言まくりウサよね」


 小鳥の手を握ったまま薬臭い吐息を吐きかけてくるドラッガーに、わざとらしく気まずそうに視線を逸らしながら答える小鳥。

 ん? と女性は腰に手を当ててこちらに視線を合わせるように上体を屈めながら見てきた。


「んーコイツら誰だドラ娘」

「うん! 前言ってた小生のファッションレズ友のトリちゃんと……貴様は誰だ!? 汝は我、我は汝!?」

「えええ!? 今更ウサ!? ボ、ボクはコトリさんのセッションフレンド、略してセフレのパルですウサ!」

「二人して胡散臭げな関係を捏造しないで下さい」


 とりあえず小鳥は手近なパルのウサ耳に向かって細い棒を鼓膜に触れる程度に突き入れて引き抜くと悶え苦しんだ。

 それはともかく、お姉さんはやや身を引きながら、


「うわ……お嬢ちゃんこのドラ娘の友達なのかよ」

「トリちゃんはお兄たんとも深あい仲なんだよエア姉!」

「うっわあ……なんつーかおいおい、人間関係考え直したほうがいいって。ヤク中とチンピラが友達ってさあ」

「なんだかわたしもそう思えてくるけど平気です」


 虹色に光る三白眼に哀れの感情を込められた。この目付きの悪い女性もイカレさんのような反応をするので困る。

 小鳥はその女性が髪色から召喚士とはわかったものの、初対面であったためにドラッガーに聞いた。


「エリャーケンシドゥ?」

「プレパライキ」

「アラ・ラチ……」


「おいコラ、いきなり謎言語で喋るなその二人」


 ドラッガーと二人で即興独自言語を使用したら指摘を受けた。

 ヴァニラウェアが補足を入れる。


「つまりコトリは『その人は誰でしょうか?』次にその娘が『えートリちゃん知らないの』と答え『残念ながら』と返したわけじゃよ」

「なんで通じてんだよ」

「ヒグリーテリア・ゲンスーン」

「共通語で喋れ!」


 言葉の通じない彼女は怒鳴りる。予め決めたわけでもない独自言語によって人類はコミュニケーションを取ることにより新たな革新を得るということが、彼女にはわからないらしい。残念ながら蒙昧した旧人類と言えよう。哀れんだ目で三人から見られる。

 いずれにせよ彼女は苛々した様子で腰に手を当てながら言う。


「アタシの事知らねーのか? アタシは牛召喚士のエアリーって名前なんだがよ」


 牛召喚士。

 小鳥は何度かイカレさんから聞いた人物であった。曰く、宮廷召喚士の暴れ牛。際限なく出現させ暴走させる牛の群れと、フォロウ・エフェクトの特性により超強化される身体能力を持つ陸戦兵器。

 それが女性とは知らなかったが、彼女見た目は普通の胸以外引き締まった体型の女性であった。さり気なく、小鳥はメトロシティの市長かクイーンのボーカルのような姿を予想していたので少しがっかりしていた。

 パルが言う。


「思い出したウサ。前回の帝都ファイトクラブ決勝戦で『王獅子』ワリオンと正面からドツキ合っていた『暴牛』のエアリー……殴り合いでは帝都で二番目に強い人ウサ!」

「おいおい、女は一歩引いて男を立てるもんだ。だから二番でいいっつーか……うるせえよ黙れ」


 一度笑い飛ばした後に彼女──エアリーはパルの頭に手を置いてぐしゃぐしゃを髪の毛を乱すように撫でた。

 勢い良いために彼の頭もぐらぐら揺れる。そしてエアリーはしゃがんでパルの頬を両手で摘んで左右に引っ張りながら言う。


「いーか、今年の大会じゃ4年前に比べて強くなったアタシが勝つんだから精精応援すんだな」

「ふへーウサウサ、ふふふこれしきのスキンシップじゃボクは興奮するだけですなあ」

「なんというか可哀想な」

「こちとらコンビニで店にお釣りをそっと手で包んで渡されただけで恋に落ちるシシュンキーセンチュリーボーイウサ」

「ああ道理でパピルスジュゲムとコンビニ行くと支払いを進み出ると思いました」


 コンビニといえばイカレさんはこの前廃棄のお弁当を無料にしろと強請ってて警察呼ばれかけていたことがあった。彼にプライドは無い。 

 うにうにと弄られているパルを無視しながら小鳥は云う。


「そういえば鳥召喚士の彼からも牛召喚士さんのことは聞いていますね」

「どーせ物騒なことだろ? サイモンのいいそうなこった」


 確かに暴れ牛だとか体の構造が違うとか素手で鉄を砕くとか生身で音速を超えるとかいろいろ言っていたようだが。

 それを告げても喜ばれない気もしたので良い事を思い出そうとした。

 たしか、


「牛肉料理が得意だとか」

「ああー、エア姉の作る牛のタタキはすごいよ? なにせ小学生とか泣き出すし」

「なにそれ怖いウサ」

「注文を受けたらエア姉が笑顔で厨房に入っていって中から牛の悲鳴と肉を殴り潰す音が聞こえてしばらくしたら返り血まみれのエア姉が新鮮な牛のタタキを持ってくるんDEATHよ」

「こないだアタシの直営レストランは保健所騎士団から勧告受けてるけどな。何が衛生問題だっつーの。超新鮮だっつーの」


 腰に手を当てて憤るように息を吐くエアリー。

 

「……そんなアメリカナイズな飲食店は潰されますよそりゃあ。むしろ保健所の手にかかるまで営業してたのが怖いですなあ」


 ちなみに帝都では保健所騎士団の他に上下水道課騎士団とか地域振興係騎士団とか健康推進機関騎士団とか……まあ役場の職員の名称がこの世界ではだいたい騎士と呼ばれる。

 そういえば、と尋ねた。


「ドラッガーちゃんは薬屋、エアリーさんはレストランと副業を持ってるのですね」

「ん? ああ。正確にゃ飲食店は片手間で牧場経営してるんだがな。宮廷召喚士でも結構副業持ち多いからよ」

「犬召喚のおば……ねー様はOLやってたりー猫召喚のおじさんはカフェとかやってたりー猿召喚の爺ちゃんは猿回ししたりー皆フリーダムなんだよ? 暇だから」

「暇なんだ……」

「時々上から任務とか出されるだけだしな宮廷務めっつっても。書類関係は他の役人に丸投げしてるし」


 中々税金泥棒な職種である。

 元々破格の戦力である召喚士を監視する意味合いもあるのだろう、宮廷召喚士とやらは。中にはイカレさんや蟲召喚士で冒険者のルートヴィヒのように宮仕えしてない人もいるのだが。

 確かイカレさんが言うには、軍事費削減の為に帝国は召喚士を囲っているのだという。自前の軍隊は国の規模からするとかなり少なめではあるのだが、有事には例えば竜召喚士のような強力な召喚士を戦場に向かわせるのである。

 悪夢のように何百体もドラゴンを召喚する戦力がいればそりゃあ頼りになるし、国としても手放せまない。

 そんな訳で緩く首輪を巻いて利権や金などで国に所属していれば得だと思わせるのが肝要なのだ。イカレさんのようにそれすら嫌だと無職生活をしている反社会的存在も召喚士は少なくないが。


「さーてそろそろアタシらは行っか。おいドラ娘、さっきワリオンが警備で歩いてるの見かけたからインネンつけて喧嘩売っぞ」

「ライオンのおっちゃんをモフるの!? モフ☆モフ! 胸毛! じゃねートリちゃんにパルっち!」


 ブンスカと手を振って去っていく召喚士の二人。

 見送りながらパルがふう、と息を吐き首を振りながら言う。


「周囲のオッパゲージが急速に低下したウサ……コトリさん慰めて欲しいウサ」

「こんな事もあろうかと、と予想して作っている間はひたすら惨めな気分になりましたが。愛知名物『おっぱい饅頭』を自作してみました」

「こ、これは食べるのが勿体ないぐらいオッパイウサ! 食べるのが勿体ないから代わりにコトリさんのオッパに飛びつくウサ!」

「ああそう絡んでくるんだ……師匠ツッコミよろしくです」


 ヴァニラウェア卿に視線をやると彼は「ほう」といつものとぼけた顔のまま杖を向けた。


「土系術式『グレイブ・エンカウンターズ』じゃ」

「ウサー!?」

 

 突然パルの股間下にある地面が硬化・隆起して突き上がり、彼の自身に直撃した。

 絶妙に調整した威力らしく、ぴくぴくと倒れて震えている以外に肉体への損傷は少なそうだった。地面の隆起を操作する魔法だが、ヴァニラウェアが本気で使えば山を出現させることも出来る術である。

 男性機能破壊寸前のウサ耳を足でつつきながら、ヴァニラウェアに礼を告げてパルを背負って小鳥は闇市を去って行く。

 小柄なパルは小鳥よりも体重が軽く、彼女でも持ち運べた。

 歩き去っていく背中に別の客がヴァニラウェアの店に来た声が聞こえた。


「おーいヴァニラ爺さん来たよー」

「おおそっちから取りに来るとは珍しいのう。顔バレとか大丈夫かー■■」

「くふふー大丈夫大丈夫。下手なことを口に出しても情報を世界規模でロックしてるから誰にも認識できないって。それよりメロン出来た?」


 とかそんな会話が聞こえたが、特に振り返らずに小鳥は去っていった。




 *******




 冒険者区画。或いは武器、防具、魔法具その他ヤバめな物などを売っているフリマの区画である。

 ダンジョンで手に入れたアイテムや中古の武器防具などはギルドを初めとして専門の買取商店などで売却することが出来るのだが、実際はかなり買い叩かれている。

 なにせダンジョンでは既成品ではなく一品物の道具も拾えるのだが、そうなると値段の基準が無くて適当に付けられるからだ。

 という訳で冒険者の中にはギルドに売らずにフリマで直売して儲けを増やそうとしたり、オークションにかけたりする者も多い。無論、ギルドに売ることにもギルドランクが上がったり待遇が良くなったりと利点はあるのだったが。

 そんな中に店を出すアサギ。

 彼はこういうアクティブな事が苦手なのでフリマに参加するのは初めてだ。

 今回は商店街でおまけでついてきた抽選券に当たったので小鳥らの勧めもあり参加したのだったが。


「……アサギくんの店、人だかりが出来てる。女性客から屈強な獣人までいますねえ」


 ちなみに商品は使えそうで売らずに取っておいたアイテム全般である。結局使いどころがなかったものを売ると言っていた。

 小鳥とパルは人だかりから回りこむように移動して店主のアサギの姿を確認──


「……パルスィくん、なにやらアサギくんの膝に犬耳少女が座ってるように見えるのですが」

「パルパルパル……初めてですウサここまでボクを馬鹿にしてくれたオバカさんは……!」


 メラメラと嫉妬の焔を燃やしているパル。

 小鳥たちはたまたまフリマで購入したカキワリに身体を隠しながら顔を出してカッと目を光らせた。

 

「この泥棒猫……!」

「あ、パガラポガラくんアレ犬系です」

「この雌犬があ……! あ、ウサウサ」

「思い出したかのように語尾をつけるぐらい怒ってますねこの子」


 怒る権利とか義務とかこの子にあるのだろうかと訝しむ小鳥。

 思っているとアサギはこちらに気づいたように、犬耳少女が座っているあぐらを掻いた足は動かせないので腰を捻って顔を向けた。


「──いらっしゃい」

「アサギくん随分繁盛しているみたいですね。ところでその犬耳ちゃんは?」

「むう──これか──」


 彼は困ったように頬を掻く。

 よくよく見ればやや特徴が違うがその犬耳幼女はいつか見た、犬ドワーフの少女のようであった。

 違いといえば、鎧ではなく花染めの私服を着ている事と、アサギにやや切られた顎髭が今は綺麗に無くなっているところだ。

 

「わふ? アサギ様の仲間わふ?」

「そうですよ、ええと」


 ぱっと名前が出なかったので小鳥はメモ帳を開いて名前を確認し、


「ユークスちゃんでしたね。どうしてここに?」

「ナツメと一緒に来たわふけど、魔法道具を見てくるからってここで待ってるように言われたわふ」

「ほう。ところで顎髭はどうしました?」


 彼女は少し顔を赤くして顎髭のあったところを押さえた。

 文献に寄ればドワーフ雌は顎髭がミョイーンと伸びるものの、一度剃ったら二度と生えて来ないらしい。

 そしてそれを剃るのは、


「男の人に切られたら髭を無くすのは掟わふ……」


 照れたようにそう言うユークス。


(うわー。アサギくん犬耳少女とノボリが立ってますよこれ。雌ドワーフの髭は夫に切らせるとかそういう伝統ですよ絶対)


 この事実を万年モテないことに気を病んでいるアサギに伝えようか一瞬小鳥は悩んだが面白そうなのでやめておいた。

 当人のアサギは何も気づいていないらしくぼけっとしている。まるで鈍感系のようだがそもそもこの少女がストライクゾーンに入っていないことも理由だ。

 不意に接触されると鬼反応で殺しにかかるアサギだが、相手に邪気が無いとやや油断をするし、女子供には少しは容赦もする。自分になついてくる犬系幼女を無碍に扱えないだろう。


(ゲスが……っと何を思ってるのでしょうね)


 すると鼻息荒く正妻気取りのパルが、


「どっせいウサ!」

「わふー!?」

 

 ドロップキックでアサギの膝の上に乗るユークスを吹っ飛ばした。ちなみに兎人種族は脚力が強い。

 そのまま空中で身体を反転させてアサギの膝に、専門用語で言えば対面座位の形で座りこむパル。


「この場所は歴史的に見てボクの定位置じゃけえのうウサ! ぽっと出の使い捨て新キャラ風情がシマ荒らしとるんじゃねえウサ!」

「いや──お前に座らせたことはないがこの場所──」

 

 パルの奇襲にどう反応すればいいのやらといった様子のアサギ。

 しかし正妻気取りのホモに流されるのも嫌というかマジ嫌らしく、パルの脇の下に手を入れて持ち上げどかした。


「とにかく──商売の邪魔だ──」

「ウサあ……魅せつけてやりましょうウサ」

「失せろ──」


 超冷たい目でパルの脇腹に貫手を抉り込ませるアサギ。げふぁあと肺が破れたような悲鳴を上げてパルは倒れ伏した。

 

「ほうらアサギ様も邪魔にならない小ささのあっしならよしと言ってるわふ」


 よろよろと戻ってきたユークスだったが、アサギは手で制す。


「いや──遠まわしに言えば邪魔っていうか──君かなり重たいし──」

「凄いストレートわふ!?」


 ショックを受けて五体投地でうなだれるユークス。大きさは手頃な少女サイズなのだが、体重は日本人男性の平均身長体重程度のアサギより重い。ドワーフは骨密度が高いのである。

 ともあれ彼は店番を再開した。四畳半ほどのスペースに実物の商品をいくらか並べて、それ以外には目録を置いている。客からの注文があればポーチから取り出して交渉するようだ。

 並べられているのは剣や盾もあり、冒険者の目を引いていた。殆ど他の冒険者と交流の無かった魔剣士アサギの放出品ということで噂を呼んでいるのである。


「それにしても武器防具を結構売るんですね。便利そうなのもありますからちょっと勿体ない気も」

「ふむ──例えばこの短剣、『スチームブリンガー』。蒸気精霊の加護のついている魔法剣で霊体や一部の魔法も切り払える──」

「おお。どっかで聞いたことのある名前の武器ですが中々貴重な」


 アサギは白い鞘に収められた、鼠色の宝石があしらわれている剣を取り出し解説した。

 そしてやや残念そうな顔をしながら、


「オレもそう思って保管してたが──威力や特殊能力的にマッドワールド以外の剣は滅多に使わないなあって──最近気づいた」

「……なるほど」


 最強武器を手に入れたのに趣味以外で下位互換武器を装備することはあまり無い。ダンジョンで出会う魔物に於いては、接近戦ではマッドワールドが飛び抜けて強力なのである。

 そもそも、アサギのポーチの中はいかにも使ってなさそうなアイテムが大量にコレクションされていたので片付けするようにと諫言したのが小鳥なのだが。

 商品の目録を見ながら尋ねる。


「しかし使いどころがわからないアイテムとかも売りに出してますねえ。なんですかこの『水が熱湯になる円盤』って」

「鍋に水と入れると──湯が沸いて結構便利なんだが───」

「『マジカルニュートロンジャマー』……効果は周囲の核反応をマジカル凄い勢いで停止させる。あの、この世界に核技術は?」

「無い──」


 きっぱり云うアサギ。あっても困るが。

 首を振りながら小鳥は隣に置かれたシリコン製の丸い物体を突く。


「意味ないですね……何ですかこのおしりみたいなの。スーパー至極ですか。中古の性具を並べるのはどうかと思いますよ」

「性具云うな──これは名前はそのまま『尻』と言ってな───会話ができる高性能尻だ──話しかけてみるといい」

「おならで返事をするとかそんな安直なネタじゃないですよね?」


 小鳥が確認のように言うと、ビクリと臀部は震えた後にごごごと振動して、ジェットを吹き出し空の彼方に消えていった。


「───ネタ潰しされたから消えていったようだ」

「もうどうでもいいですよ。続けてこの『トライオキシンガスボンベ』……どうするんですかこれ」

「さあ──? 捨てるわけにもいかないだろう──」

「……」

「皆まで言うな──無駄な道具だというのはわかっている──」

 

 悲しそうに首を降るアサギ。何故そんなものを残していた。特にゾンビ化効果のあるガスは地中深くにでも埋めて欲しいところであった。

 ちなみに彼の売り物はギルドに収める時と同じ程度の値段で売っている為に、実際の市場価格よりも大分割安で販売している。普通のフリマの相場はギルド売りより高く設定しているものだが、彼の場合商売よりも道具袋の整理も兼ねているからだ。金はもとより使い切れぬ程持っている。

 多分大半は売れないだろうが。


「失礼──反りの入った刀を見せて頂きたいで御座るよアサギ殿」


 す、と気配薄く、小鳥の隣に立ったのは髪をポニーテール風にした妙齢の女侍である。藍色の着流しを着て腰には大小を下げている。涼やかな目元をし、頭と腰に犬っぽい耳と尻尾が生えている。

 見ない顔であった。まあ一期一会の客なんてそんなものだが。

 アサギも名前を呼ばれたものの知らない相手のようだったが、ふむと顎に手を当てて尋ねる。


「東国の抜刀術を使うのか──?」

「左様で御座る」


 アサギは「わかった」と小さく頷き、ポーチに手を入れた。

 そしてまず一本目。


「名刀『群鮫丸』──海に持って行くとやけにサメが寄ってくる特殊能力がある」

「なんの役に立つで御座る!?」

「爆刀『アドバンストつらぬき丸』──赤外線画像誘導式、超音速でかっとび目標を爆破する。使い捨てだが」

「ミサイルですよねそれ」

「魔剣『斬鉄剣』──鉄以外は一切斬れない使い所が微妙な剣だ」

「対人で! 対人でお願いするで御座る!」

 

 アサギは小さく舌打ちをしてゴソゴソとポーチを漁る。

 女侍は「拙者悪くないで御座るよう……」と言い訳がましい事をもごもごと言っていたが。

 一応話しかけてみる。


「奴の後ろに立たないほうがいいですよ。命が惜しければ……」

「ええー!? なんでいきなり怖い忠告飛んでくるで御座るか!?」

「ま、それはそれとして。お姉さんはお侍さんのようですが冒険者ですか?」

「え? ああいや拙者は日雇いの給仕とかメイドとかやってるで御座る。剣は趣味で。貴殿は忍者で御座るか。忍んでないで御座るなあ」

「いえまあ、本国の方でも忍者道場だと最高に格好いい決めポーズの訓練とか潜入シミュレートという名の卓上旅行とかやってますし」

「ああー拙者も一日体験入学に行った時そんな感じで御座って、こりゃダメだと忍術ではなく剣術を学んだで御座るが」


 適当ぶっこいたがこっちの世界の忍者そんなんらしい。

 小鳥は自分以外の忍者にあまり会ったことは無いのだったが。


「あっ、丁度知り合いの忍者が来たで御座る。おーいユーリ殿ー!」


 女侍が声を上げて手を振ると、これまた和装に赤いストールを巻いた目つきの鋭い女性がやってきた。

 彼女は気楽な顔で買い物をしている侍と、店主のアサギをそれぞれ見やって侍に拳骨を振るう。


「痛っ!? 何をするで御座るかー!」

「馬鹿が。何故にわざわざここで買い物をしている」

「そりゃあ良い刀持ってそうで御座るから……まったく、すぐユーリ殿は暴力を振るう。お嬢ちゃんもこうなっちゃ駄目で御座るよ? この女、戦いになると服を脱ぎ出す変態に御座る──痛い! 二度もぶった!」

「阿呆が」


 などと言い合っている。そのユーリと呼ばれた忍者を見て、アサギが無遠慮な視線を送るが、彼女はふいと顔を知らした。知り合いというほど親しくはないが顔見知り程度ではあるようだ。

 そして女忍者は同じく首にストールを巻いている小鳥を見遣り、何やら疑わしげな視線を送ってきたので小鳥はちらちらと袖口から折り紙で作った手裏剣を覗かせて忍者アピールをする。ヌケニンめいた存在だと思われて狙われては堪らない。


「そうだ、ユーリ殿も武器を新調するで御座る。この前間抜けにも壊されてまだそのままで御座ろう──なんで蹴るで御座るか!」

「黙れ。鎌は良い鍛冶に頼んでいる。後は鎖だが──」 

 

 そういうと彼女は置かれているアサギの商品の鎖に目をやった。

 魔法のかかった鎖──『チャーミングチェーン』。相手の目を引く効果があるものだ。彼女は手に取り、長さなどを確かめる。


「……中々よさ気だな。これを貰おう」

「フ──」


 紙幣を支払って彼女は鎖を手にする。

 そしておもむろに服を脱ぎだしたので店に来ていた男冒険者などは一斉に吹き出した。

 代表して顔を顰めたアサギが注意する。


「待て──何故脱ぐ──」

「装備心地を確かめるためだ。ほう、中々いいな」


 と、裸体に鎖を巻きつかせて何がいいのかさっぱり不明だが、パン一よりもパン一鎖の方が何か危険に見えるのは当然であった。胸や腰に鎖を巻きつけているが、それが他人の目を引く魔法効果もあるのだから尚更だ。

 ユーリが収めた忍び式鎖鎌術がまず裸になるという謎の流派なのが問題であるのだったが。

 それを女性忍者が習得した時点で羞恥心は特に無い、痴女の誕生である。

 軽く頭痛をこらえるようにしながらも、アサギがようやく何かを探し当てたように一本の刀を取り出した。

 それは日本刀風のものである。

 渡された侍は刀をゆっくり抜くと眉を顰めた。


「これは……? 頑丈そうな作りで御座るが、刀身にはびっしりサビが浮いているで御座るが」

「──この刀で大木の幹を両断してみろ」

「なっ!? 出来るわけが御座らん!」

「それが出来た時──お前は明鏡止水の心を手に入れる──と思う──これはその修業のためのありがたい刀なのだ──信じる心があれば恐れるものなど何もない──」


 微妙に言い淀みながらどっかで聞いたような事を云うアサギ。

 侍はどこか感心したように「おお」と言って改めて錆びた刀を見る。


「なるほど……安易に道具に頼らずに腕を磨けというアサギ殿から忠告で御座るな! 買ったで御座る! 代金は……」


 そう騙されて彼女は袂を漁り、小さな財布を取り出した。


「あれ? 小銭入れしか……」


 ゴソゴソと手を突っ込んで脇のほうまで探し、逆の袂も探して袖をブンブン振り回し、そしてついに上をはだけてサラシ姿になった。

 鎖で巻かれたパン一くノ一と合わせて白昼堂々の露出行為にパルは口笛を吹いてチップを弾く。

 彼女は顔を青くして、


「し、しまった財布を落としたで御座る! もしくはスられたで御座る!」

「其れはまた残念な」

「今月分の家賃も入ってたで御座るのにー! ウカツで御座ったー!」


 うあーんと泣き出した、東国の田舎から上京してきた女侍である。

 なんやなんやと関西風に店先が騒ぎになっているのにアサギはやや難色を示した表情で、泣いている女侍さんの肩を叩く。

 

「──その刀の代金はツケて置いてやるから泣くな──その代わりどんなに苦しくてもやり遂げろよ──」

「アサギ殿……!」

 

 彼女はその温情に涙目を見上げて手を取る。


(あ、女侍さん、尻尾ブンブン振ってます。アサギくん犬にモテるタイプなのかな……?)


 パルが再びカキワリに身体を隠してピーピング家政婦みたいな状態で赤い目を光らせている。

 耳がピロピロ動いてるのが可愛いのか、アサギはつい無意識に女侍さんの耳をツマんだ。身長差的にちょうどアサギの目の前に来るので気になったのだろう。狼侍さんはビクリと身体を震わせる。13年間ソロプレイヤーだったアサギとしては、獣人の姿は当然見慣れているが触ったことなどはあまり無いらしく、ちょっと興味深げである。

 カキワリに隠れてパルパル嫉妬光線を放つ人物に犬耳幼女ユークスが加わった。アサギは一切気づいていないが。

 耳を撫でられて目を閉じていた女侍は、ふと我に返ったように慌てて飛び退き、錆び剣を片手に言う。


「それでは拙者、明鏡止水の境地に達することを魔剣士殿とこの刀に誓うで御座る! さ、さらば! 露出してないで行くで御座るとユーリ殿!」


 言って顔を赤くしたまま走り去った。

 うおおお、と狼の叫び声を上げて何らかのエナジーを放出させているような彼女の後ろ姿を見送りながら、小鳥は尋ねた。


「いいんですか? あの剣」

「ああ──ただの錆びたゴミ剣押し付けただけだから──」

「だと思いました。というか何か妙に馴れ馴れしいお客さんでしたがお知り合いで?」

「いや──? 全然知らんしもう会わんだろう──」


 感慨深げに頷く。アサギはどうでもよさそうにまた座り込み読みかけの萌え系ラノベ読書を再開した。

 女の子に興味を示さないことホモの如し。


「アサギくん、大丈夫でしょうか……彼を見る兎の赤い瞳だけが不安の種を植えつけます」

「ウ~サッサッサ」







 ******




 後日宿にて。



「アサギ殿、アサギ殿ー! 例の明鏡止水の刀……大木もよく切れるようにしっかり研ぎ直したで御座るよー!」

「そうじゃないだろ──!! 研ぐなよ──! っていうかなんで宿知ってんだ──!」



 修行を勘違いした侍が自慢気な顔でやってきて追い返すアサギが居た。



 

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