22話『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』
世界は簡単に時間を進めるがそこに生きる人達は日々戦い、暮らし、複雑そうに自身の物語を進めている。
この異世界へ小鳥がやって来てからはや数ヶ月。
彼女の物語も様々なイベントを消化しながら急加速していく。終わりに向けてか、始まりに向けてか──或いはその両方かどちらでもないのかもしれない。
心機一転というほど明確な境界があったわけでは無いが。
今日も冒険は続く──
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「あれ? パックマイヤーくんこの漫画6巻が無いですよ?」
「今サイモンさんが読んでるウサ。4コマ漫画だから別に飛ばしてもいいんじゃないウサ?」
「いえ、わたしはそんなずぼらな事はしませんよ。宇宙英雄ペリー・ローダンだって一巻から読んで追いかけたぐらいですし。っていうかイカレさん顔に本かけて寝てるじゃないですか。取りますよ」
「──女子高生がペリー・ローダン追いかけるかなあ───って違う!」
アサギがいつもの宿屋のいつもの食堂の椅子から立ち上がった。
今日はいつも通り小鳥が宿で料理を作ったり勉強したりしていると、パルが漫画とかを持って暇つぶしにやってきたので読書タイムだったのである。
小鳥が読んでいた漫画は4コマ漫画の『イカニモ熊太郎』。ファンシーな絵柄にナチュラルに頭のおかしいホモ漫画なので一見ギャグに見えて逆にセーフというギリギリ有害図書であった。
「物語全然加速してない──! また日常をダラダラ過ごし始めてるぞオレ達──!」
「アサギくんも先程までパルシオンくんの持ってきたロボ系SF小説『ガンホリSEEDダシタネー』を読んでいたではないですか」
「危うくホモに洗脳されるところだと気づいたんだよ───まさかそんなストレート展開は無いだろうと思ったら露骨濃厚ヤンホモ展開だった──!」
はっとして小鳥は怪しげな陰謀に気づいた。
もしかしてこういうソフトホモの媒体を使いパルがお二人をホモに理解ある男にしようとしているのでは無いかという疑惑だ。
仲間を疑うようなことは、と彼女は一抹の希望を思いながらパルに目をやると赤い狂気の瞳をにいっと細めて笑っていた。
「怖っ。本気ですねコイツ」
下半身のモラルに関しては一切の信用を許さない少年シスター、それがパルである。
それはともかく。
「いいですかアサギくん。いきなりの日常だったからといってわたしたちがダンジョンに潜ってないわけないじゃないですか。ほうら思い返せば一昨日も潜ったし先週は2回ぐらい行きました」
「───そうだっけ?」
「時間経過を考えてくださいよ。ダンジョンの構造変化が終わってから今日まで漫画読んだりゲームしたりして暇してたみたいじゃないですか」
ゲームとはいえもちろんテレビゲームではなくゲームブックやTRPG、草野球に花札などである。
当然ダンジョンにもいつもの様に潜って冒険して魔物と対峙し退治していたわけだが……
「遠くに魔物を発見するとイカレさんがヒャッハーしながら大火力で駆逐しますし。イカレさんの攻撃をすり抜けるか耐えるかする高レベル魔物が現れてもアサギくんのマッドワールド:効果即死で終わりますし。
鍵のかかった扉や宝箱を意気揚々とピッキングしようとしたらアサギくんがさっくり切って開けるしでわたしの活躍がほぼ無いですから冒険の書にも残していませんとも。
精精最近のわたしの仕事は仕掛けられていた地雷ブルーピーコックを解体するとか四方の壁に数万個の紫の目が描かれた部屋の仕掛けを解いて脱出するとかそんな地味な作業ですし」
「───其れはそれで凄いと思うが──なんで女子高生がそんなことを───」
「いえ、大体勘というか適当というかやけっぱちの後先考えない選択肢がたまたま上手くいっているというか」
「───いま生きている事が奇跡に思えてくる」
流石に普通の対人地雷の類なら目を閉じていても解体できる経験は得ている女子高生である。家庭科が5ならそうあり得ない話ではないだろう。
「いずれは警察の爆弾処理班になってベテランの男と組まされ爆弾を次々に解体する名コンビとなります。ところがわたしがブルったことで任務失敗。男は片目を失い離職。わたしは処理班を辞めさせられ閑職に付くのですがある日爆弾テロリストからの声明が発表され、処理班にわたしを指名してくるのです。あんなチキンハートに処理が任せられるかと大騒ぎになりますが背に腹は変えられずにわたしがトラウマを抑えながら精密な爆弾を解体していき、そしてその仕掛けはかつてわたしの失敗で腕を失ったベテランの仕業だと気づくのです。復讐のために最も屈辱的に爆死させてやろうと悪質な爆弾を幾つも仕掛けた男の影に怯えながらも処理をします。最後の1つ。失敗すれば自分どころか大勢の命が失われるそれを男への怒りと緊張でかつての意気を取り戻したわたしにもう手の震えはありませんでした。無事に任務を終えたわたしの下に男の部屋へと警察が踏み入れた知らせを受けます。そこには拳銃自殺した男と、『やるじゃ無いかチキン……いや、小鳥だったな』という書き置きが残されていた事を知るのです」
「知らないが──」
将来への展望を語ったが、アサギの反応は素気なかった。
「そんな訳で魔物のレベルが上がって他の冒険者さん達は偉く苦労しているのですがわたし達は通常運行なのでした。まる」
「何故説明口調──というか妙な間が挟まったような」
魔剣と召喚術の攻撃性能は群を抜いている。
もちろん冒険者の中にはこんなチート武器に頼らずに今のダンジョンを潜っている強者も居る。魔剣程じゃないがの強力な魔法の武器を持ってる者や、高位の魔法使いなども名を馳せているのである。
小鳥はパルが持ってきた雑誌の1つを無造作に開いた。
冒険者ギルドが発行している月刊誌の1つで、ダンジョン構造変化特別号となっている。様々なダンジョン関連の情報や冒険者向け求人情報なども掲載されているものだ。
そこには冒険者格付けランキング情報などというものも掲載されている。
「アサギくんは前期ランキングが全冒険者中9位ですね。しかもトップ10位はアサギくん以外パーティでのランク付けの中、ソロで」
「ああそれか───冒険者としてのギルドへの貢献度とか───オレの場合は魔鉱納品量とダンジョンのアイテムをギルドに売ったりしてるのが評価されているわけだ───」
ページを捲り写真が乗っているページを隣に座っているパルに見せた。ちなみに魔法技術カラー写真である。
「ほーらアサギくんの写真とインタビューが載ってますよパルッパルッそいつに触れることは死を意味するくん」
「本当ウサ」
「いや待てそんなインタビューを受けた記憶は無いぞ───!?」
身を乗りあげて雑誌を確認するアサギ。
「インタビューを受けたのはわたしです。アサギくんのことを色々聞かれたので答えておきました」
「───なんでそんな事するかな───」
「わたしはアサギくんの良い所は100個ぐらい言えますよ。悪いところは101個ぐらい。あれ? 比率逆だっけ?」
「──そんなにか?」
「例えば……イケメンだったり……端整な顔立ちというか」
「オレの価値って───顔だけ?」
「悪いところは……ええと、一応言っておきますがガチで101個心を抉るように数え上げたほうがいいですか?」
「──君時々無駄に凄いキツイよね」
「まあとにかく見てくださいよ」
テーブルの上に平面に広げて雑誌を開示した。
まずは大きくアサギの盗撮写真。酒場の椅子に座り神妙そうな顔で冷うどんに箸をつけている。
既にツッコミを入れたそうなアサギはぐっと我慢した。
記者からの質疑応答には、こうある。
Q:その素性が謎に包まれていると評判の魔剣士アサナギ・アサギさんですが一体どのような方なのでしょう。
A:顔はいいですよね。あと上から読んでも下から読んでもアサナギアサギ……え? 違いますか? そうですか……
ぐっ。こらえる音が物理的にアサギの胃のあたりから発せられた。
Q:彼のファンの女性も多いですが……
A:世の中顔ですかやっぱり。
ぐっ。
Q:10年以上ソロだったアサギさんがパーティに加入されたとのことですが。
A:最近そんな顔してますもんねえ。
アサギはそっと雑誌を閉じた。
そして少し哀愁を宿した瞳をしながら、
「──本当に顔のことしか喋ってないじゃん───」
と呟く。
む、と少し小鳥は考えながら彼を励ます言葉をかけようとした。
「ううんと、ツーンあんたのいいところなんてわたしだけ知ってればいいじゃないツーン」
「無理にツンデらなくても──」
「思いつかなかった言い訳臭いウサ。あ、ボクはアサギさんがイケメンだろうと汚いオッサンだろうとバッチコイの中身重視派ですウサ! 褒めて! 性的に! 激しく!」
「お前は単に──下半身に節操が無いだけだ───」
げんなりとしたアサギ。
少し哀れなので豪華な冷やしおうどんを作ってあげようかと小鳥は思う。名付けて鍋焼き冷やしおうどん。世紀のチャレンジが今始まる。
*********
また、ある日の事である。
魔法学校と云うと象牙の塔のような悪の要塞的建造物に陰気な魔術師が篭り生贄の処女を解体しているように思われがちだ。少なくとも小鳥はそう思っていた。
しかし帝都に於いては魔法使いはメジャーな資格──1種や2種免許にも分類される。学生であり、冒険者登録をしている小鳥は仮免2種──なのでさすがに悪の要塞雰囲気では無い。大学のキャンパスのようなオープンな雰囲気だ。大学と違って部外者は授業を見学出来ないが。
生徒たちは様々な年齢種族が在籍していて、学業以外にもそれぞれキャンパスライフを楽しんでいたり、サークル活動も行われている。
という訳で、
「それでは本日は東国出身コトリくんによる気まぐれ東国料理研究活動を始めよう」
いつもより増し気味拍手がアイスの開始宣言にかかった。調理室にはお料理研究会……クラブ名は略して『りょうき会!』のメンバーが集まっている。
学業と冒険者活動の合間を縫って小鳥もアルバイトやらクラブ活動に手を出しているのだ。
「若いころの忙しさは年をとってからの思い出になりますから、異世界でも怠けてばかりはいられません。アサギくんにそう言ったら素敵に顔を曇らせてました。うふふ」
「せんせーまたコトリちゃんが独り言をー」
「放っておきなさい」
そう考えつつ、故郷で待っている家族にも思うことはある。
(……異世界でもわたしは楽しくやってるんですよ、ちゃんと帰りますから安心して下さいと心配して帰りを待ってるお父さんお母さんに伝わればいいのですが)
ともかくりょうき会である。顧問はアイス──ではなくディアファック=アイトリー教授という男性教員だ。
魔法学校初等教育担当主任で名前通りファック言語を連呼する男性教員である。魔法はオールラウンドレベル5の秀才教師で人気と不人気が大きく別れる、ファッションマジギレティーチャーだ。上手く付き合うにはとりあえずF言語をスルーする能力が必要。
「ファック! 静まりやがれクソッタレのウジ虫ども! 調理班はメモにある材料が全部あるか確認したな!? 試食のためにたかって来た寄生蝿のウンコ連中は椅子に座ってろ! 後でアンケート書かせるから食い逃げしたらクソが垂れられないようにケツを溶接するからな! アイス=シュアルツは料理出来ないんだからジュースに浮かべる氷でも作ってろ豚が!」
バンバンと手を叩きながら神経質そうに眉を寄せた三十路男性のディアファック教授が怒鳴る。りょうき会のOB兼最終兵器──無論ダメな意味で──のアイスはしょんぼりと体育座りして俯いてしまった。
ディアファックは汚い口癖を持っているがその授業自体は初心者でもわかりやすく、低レベル魔法使いへの指導は熱心である。ただし自分より高レベルになったら態度がツンケンしてくるが、助言などはしてくれる。
子供の頃は七属性を持っていて神童か魔人かと持て囃されたのだが、才能の限界が早かったのが彼を歪めたようだ。己の才能を[聳え立つ七本のクソ]と自称している。
ともかく、りょうき会の今日の講師は小鳥が務めることとなった。時折学食で料理作っていることや、数少ない東国出身の魔法使いということで、交流はあるけれども未だにマイナーな東国とやらの料理再現を時折手伝わされているのであった。小鳥の作る謎料理の麻薬的効果に毒された可能性もあるが。
実際には東国料理というより、小鳥が作ってる料理は日本で食べられる普通の料理がメインであるが、今のところ本格気取りの美食家に指摘されたりはしていない。
もし東国の人にツッコミを入れられたら田舎料理だとか隠し里名産だとか言い訳すれば良いと考えている。自国のマイナー料理を全て網羅している人などいない。美食漫画だって何故か審査員も料理人も出された料理や材料に毎回驚き解説を受ける。
「えーそれでは。本日の料理はいい卵が某召喚士さんの伝手で手に入ったということでして。カニ玉と茶碗蒸しを作りましょう」
言いながら小鳥はゲスト席で懸賞品付きクロスワードパズルに頭を悩ませているイカレさんに視線をやった。そこの縦の列は『けんこうこつ』ですよとテレパシーを送りつつ。
材料としてはイカレさんの伝手──鳥関係に大きなコネがあるのだ──から提供された一個あたり日本円で1000円ぐらいする大きい超高級卵、帝都は海に面しているのでそこの港で取れた新鮮な蟹、ネギっぽい野菜にキノコやタケノコなどの食感のあるもの、鶏肉やエビなどの具にだし汁を作るための乾物や調味料。
生徒たちは「カニタマ」「チャワンムシ」という単語をメモした。
そして小鳥は一抱えある食材をまな板に全て載せ、
「まあこんな感じでシュヴァ──ンと作ります」
作った。
生徒及び教師らは完成品を見ながら狐に摘まれながら豆鉄砲を集中砲火されたように目をこすっている。
「何故だ……目の前で作るのを見ていたはずなのにさっぱりわからん……!」
「過程を吹っ飛ばす能力……!?」
「卵と材料をフライパンで焼いていると思ったらいつの間にか餡掛けと茶碗蒸しが出来上がっていた!?」
「ふむ──あのとろりとした物は……スライムだね?」
などと観想が送られる。
最低限の手順で最速に作るというあまり参考にならない手段を使ったので初見では混乱するだろう。つまり、先取点を小鳥が取った形になる。
「なんで相手を先に混乱させたほうが勝ち、みてェになってんだ……っていうか研究ってそれでいいのか?」
「うふふ、そんなものです。はい、イカレさんの分」
とカニ玉を切り分け、湯のみ程度の小さな器に盛った茶碗蒸しをイカレさんの前に出した。
基本的に食べたいと立候補された者──各料理班にはそれぞれ一人分ずつと観衆──には小鳥作の料理が回るように分量を計算して作成している。しばし味の評価と分析タイムとなる。
各班の代表が味に唸る中、イカレさんは料理を口にしながら言う。
「ん? うめェが……なんつゥか素材の味が生きてる旨さっつゥか。いつもの理不尽な美味さよりァ美味くねェが普通に美味い……なんだこりゃ」
「いやですねイカレさん。普段作るものみたいに、調味料で強引に脳内で多幸物質を作り出す料理は人様に教える時は流石に作りませんてば。これは単にレシピ通りに味付けした料理ですよ」
「あっれェ普段食わされてる料理に妙ォな不安を感じてきたぞォ!?」
「大丈夫ですよ、化学調味料が体に悪いというのは80年代から割りと長いことブームだっただけの迷信ですから。チャイナタウンシンドロームってあれ単に塩分の過剰摂取なんですよ?」
文句は言いつつ料理は食べるイカレさん。
各調理班では試行錯誤されながらもレシピを作成していっている。料理クラブではなく、研究会なので未知の料理を解析し研究するのも活動の一部なのである。
小鳥も呼ばれればそれの手直しや採点をして、最終的には完成品の料理と同じ物を作らせる。
しかし、フライング好きな人はいるもので、
「……はい、先生できましたー!」
『キシャアアアアア!!』
既に作り終えたアイスが皿を持ってきた。
耳を塞ぎ、目を逸らす。何故か彼女の皿の上で怪獣ビオランテが暴れている。
ニコニコとしたままアイスはその皿をイカレさんの目の前のテーブルに置いた。異臭に天井近くに備え付けられたガスのマジカル警報装置が鳴り始める。
調理室に居た全員が静まり返って、ぎょっとした様子でその生け贄召喚が必要な感じの触手をぐねぐね動かしているクリーチャーを注視している。
恐る恐る、というか椅子ごと体を引きながらイカレさんが尋ねた。
「おいィなんだコレ。いや、食いもんじゃねェのはわかるが」
「『カニ玉』つまり料理だ! 活きがいいな!」
「あー薄々思ってたがお前とは食品の概念が違うよォだ」
異星人と会話するようにうんざりしながらイカレさんは、目の前で威嚇行動を繰り返す『カニ玉』を睥睨した。
「……というか何を材料にこの薔薇にG細胞を植え込んだような怪獣が作成されたのですか」
「うん、ディアファック先生は私の分の材料を用意してくれなかったものでな。仕方ないから冷蔵庫にある材料を適当に使って料理を再現」
「再現って言って欲しくないなあ」
「こんなもんが出来る冷蔵庫はソッコー爆破しろ」
近づいたら食われそうな料理?を長箸で突っつきながら呟くイカレさん。微妙にズブズブと箸が刺さっていくのがむしろ嫌な感覚であった。
つかつかと怒り顔で、アイスに近づいてくるのは──ディアファックだ。
彼は怒鳴り声を上げた。
「ファアアアアアック! アイス・シュアルツ! これはどういうことだ! 貴様は調理に参加するなと言わなかったか!?」
「え……で、でもディアファック先生。私だってりょうき会のOBで……」
気圧されたように、両手のひらを見せながら弁明をするアイスだが怒り心頭のディアファックには通じない。
「黙れ《ピー》頭の《ピー》女が! まともな料理1つ作れんくせに材料だけは一端に消費しやがって! とんだバッドエンドプ《ピー》だ! いいかよく聞け《ピー》眼鏡! 食事というのは限られた回数しかこなせん人生の楽しみの1つなのだ! 人間長生きして8万か9万回ぐらいしか食えん大事な食事の1つをお前のファッキン残飯で彩ってどうするんだ《ピー》崩れのヒ《ピー》が!
ガキ同士の《ピー》じゃあないんだぞ! 今回失敗したけど次がんばろうねと傷を舐めあうのはケ《ピー》までだ《ピー》! 貴様が《ピー》の《ピー》に捨てた材料とて、ああなるために収穫されたわけじゃない! 《ピー》に謝って《ピー》に突っ込んで《ピー》になって来い《ピー》が!
わかったらとっとと遺書書いてその《ピー》を《ピー》に流しこんで《ピー》《ピー》! 聞いてんのか《ピー》女! 《ピー》詰まってんのか《ピー》!」
怒られすぎである。そしてディアファックは口悪すぎである。彼の後ろに立っている助教授の女性が伝神の言語規制スピーカーを使っていて、あんまりな表現は「ピー」と規制音が入った。もはや慣れたものであるが。
一応だが、彼がここまで発狂したように罵るのもアイスの親戚で昔から付き合いがあったからという理由もある。彼の髪の毛もくすんだ灰色に僅かに青が混じっていて、アイスと少しばかり似た色素を持つ。
彼女が小さい頃は指導を励んだというのにマッハで追いぬかれた恨みがあるのだろう。
すっかりしゅんとなったアイスに小鳥は慰めるように囁きかける。
「アイスさん、アイスさん。まあその、カニ玉?とやらもイカレさんが『ちっ仕方ねェな』とか言いながら一緒に食べてくれるかもしれないじゃないですか。ツンデレで」
「……いいかコトリくん。ツンデレは衆人環視のもとでは発揮されないのだ。きっときついツンが待っている。見ていてくれ」
彼女はおずおずとイカレさんに近寄り、
「サイモンくん……一生懸命作ったのだけど……一口でいいから、食べてくれないかな」
美人が巨乳を寄せるような体勢でもじもじと手を組みながらやや上目遣いに懇願するわけだが。
イカレさんはシケ顔で手をしっしとさせます。
「はァ? あのセンセーの言うとおり自分で食ってくたばれっつーの。クソ製造女」
「ほら!」
どやあっと何故か得意満面するアイス。彼の反応は見越していたぞ、と言わんばかりである。
「……いえ、満足ならそれでいいんですが。ビオランテはちゃんと片付けてくださいね」
諦めたように小鳥は言った。
そうこうしていろんな人の作った料理をみんなで味見したり批評したりしあうのは結構楽しいものだ。
いつの間にか参加していたヴァニラウェアが作った茶碗蒸しと見せかけて鶏肉と椎茸の入ったプリンに引っかかった生徒が微妙な顔をしている。何故かおいしいのが逆に厭だ。
応用して蟹と餡入りのオムレツと、和風出汁オムレツをそれぞれ作り上げているディアファック。趣旨は違うが、器用だ。
見た目は悪いが一生懸命作った感じがして逆にそれが良いアクリア。味は微妙なので犬にでも食わせておけと言われていた。
そんなこんなで小鳥は料理教室を楽しく開くこともあるのであった。
「え? 話の進展……? ありませんが」
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また、ある日である。
「そんな訳で、わたしたちの中で一番画力あるアサギくんと協力して漫画を作りましたイエー」
生原稿をテーブルに置きながら、ハンチング帽を被った小鳥は宣言する。
頬杖をついているイカレさんが三白眼を半目にさせて彼女を見てげんなりと声を出した。
「つーかまだ諦めてなかったのか漫画で一儲け計画」
「それはもう。諦めた人間にハッピーエンドなど訪れないのですよう」
「フ──そうだな」
アサギは自嘲気味に笑いながらも同意する。
作画はアサギ。原作は小鳥である。
画力が一番あるとはいえアサギも素人。登場キャラの顔の向きが不自然なほど同じだったり、女キャラの顔の輪郭の尖りや目の大きさが90年代特有のラインだったりするがまともに漫画絵をかけるのは彼だけであった。
ちなみにイカレさんは鳥類のスケッチだけは得意。アイスはコメントしづらいけどネタにもしづらいラインのヘタさ。パルに自由に絵を描かせたらティンとオパイしか描かなかった。
ともあれ。
「そんな訳でわたし達二人が創り上げた読み切り作品。爽やか萌え系スポコンものです。元の世界のヒット作品のテイストを入れつつオリジナリティを出しました」
「ほォ」
「ジャンルは野球にしました。この世界野球やってますからね。なんか炎の付いた球投げたり雷を纏った打球を放ったりファックボール投げたりしてますけど」
「ま、人気な競技だな。俺ァツバメがマスコットのチームを応援してるが」
「わたし達が野球界に一石を投じる人気作品と為る漫画のタイトルは『規制対象野球娘』です」
「規制されてんじゃねェか!?」
早速ツッコミが入った。イカレ編集長厳しい。
しかし最近の漫画はキャラ商売である。内容はともかくキャラが受ければ売れると小鳥は信じている。試しに萌え4のキャラで島耕作ストーリーをゆるい百合テイスト混ぜて出せば売れてアニメ化だと思っている。
だからイカレ編集長にキャラを紹介する。
「これが主人公、名前は『<<自主規制>>』です」
「もう駄目だろそれ!?」
「台詞でキャラ付けを固めます『ピー……ピー』」
「規制音しか入ってねェ!?」
「『ピピッピー……』」
「会話すんな!」
イカレさんは怒鳴りながら原稿を捲って、一瞬間を置いてテーブルに叩きつけた。
「キャラの首から下とか効果線まで全部黒塗りじゃねェか!!」
「アサギくんの画力の限界を読者の想像で埋める画期的な手法です」
「フ──コミックス版では黒塗りが取れると噂を流して売る作戦だ──」
「知るかァァァァァ!!」
「メンバーはやはりこれもデザイン力の問題で、他の人気漫画の女キャラをそのまま顔だけ登場させますが目に線を入れてるので平気です」
「レギュラーすらか!?」
「マスコットは黒丸を3つ、水分子のように並べて逆さまにしたわたし達が用意できる限界のミキです」
「よく知らんがアウト臭ェ!」
「うふふ新人賞はいただきですねアサギくん」
「──ぶっちゃけ──描いたオレが云うのも何だがどうかと思う──」
アサギくんは少し悩ましげな顔をしつつ言った。
パクリで作品を作るという行為にまだ罪悪感を感じているようである。
「でも大丈夫ですよアサギくん。某先生も言ってました。新人が人気作をパクって描いても下手すぎて別の作品にしか見えないからセーフという裏技があると」
「そうか──? まあ別の案だった『もし高校野球の女子マネージャーがヤク中だったら』よりは──違法性が少ない気はするが──」
「あれはドラッガーちゃんに許可取ってないですからね」
「パクリのくせに図々しいなコイツら……」
イカレさんはジト目で睨んでいる。
しかし小鳥とアサギの、ひとつの作品を形にしたという達成感は自信に繋がりテンションが上がっていた。
読み切りで大賞を取り連載が決まってアニメ化、DVDの売上もよく映画版ではロンドンとか行く。社会現象になって缶ジュースの缶にイラストを印刷しただけの商品にプレミアが付く。輝かしい未来を想像しながら二人は手を取ってくるくるとその場で回る。おお、いざグルービー。
二人が夢広げているのを見てイカレさんは大きな溜息を付いた。
「……ツッコミどころが多いだけで肝心の本編が面白くねェぞそれ」
「あいたー」
そのダメージを負う言葉に、薄々気づいていた作者は膝を付くのであった。
そんなこんなで日常を送っていた。
「そう、この平和で皆して馬鹿をしていた日常がかけがえのないものなのだと、後のわたしは実感するのでした……」
「何が──?」




