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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
22/35

21話『暗いところで待ち合わせ』

 夜を歩く。

 帝都の夜は決して治安は良くはない。むしろ悪い。人種を顧みない移民政策は発展の一助となったが、同時に治安も悪化した。

 異種族とは一般的に魔物と呼ばれる種族も含まれる。都民となるには一定水準の理性と能力が必要だが、世界中の真っ当に生きたいと願った種族が集まる帝都でも真っ当に生きられない帝民も多い。単一人種のみ住んでいる都市でもそうであるのだから、帝都でも当然の問題だ。

 その中で、異世界人というのは自分ともう一人だけだろうな、と思いながら彼──浅薙アサギは歩を進める。

 一人であった。宿から離れたコンビニが、気になる漫画雑誌の早売りをしているので出かけていたのだ。時刻は夜中だったが、別に明日予定があるわけでもなく暇だったので漫画と一緒に夜食を買いに出た。コンビニは主にこの世界で帝都にのみ存在する、24時間営業の雑貨店だ。ファンタジーにはそぐわないと小鳥は言ってたが、すっかりアサギには馴染みの店舗である。

 彼は熱々のうちに骨なしスパイシーチキンとポテトを食べながら歩いて帰っている。

 コンビニと宿の中間ぐらいの位置。

 アサギは立ち止まった。

 丁度そこにゴミ箱があり、食べ終わったチキンとポテトの包装を捨てるのに丁度良かったのが1つ。

 彼は背負った魔剣を抜きながら云う。


「──いつまで後をつけるつもりだ───宿に案内する気はないぞ」


 言いながら、振り返った。

 彼の向かう路地に、光点が灯る。

 緑色に輝く2つのそれは眼球だ。ゆるりと、暗闇の路地から歩み出てその目の持ち主は現れた。

 一目見て、アサギはその格好を和風の着流しだと判断した。彼の故郷である日本以外でも、この世界の東方諸国と呼ばれる島国では和装に近い服が使われていることは知っている。

 僅かな期待を含めて調べたが、気候等の関係から日本に近い衣服文化が芽生えただけで彼の故郷とは関係無いようではあった事を思いだす。実際にその国へ一年程旅をしたこともあった。

 進む。

 月明かりに照らされた追跡者はやや小柄で、顔つきが犬に近かった。ただ、犬よりもよほど鋭い目をしていたが。


「何者だ──名前と用件を言え」


 尋ねる。

 が、答えは然程期待していなかった。突然の攻撃を警戒して感覚の糸を周囲に張り巡らせる。

 だがその獣人は云う。


「……拙者、半人狼のジローと申す者で御座る。目的は貴殿に遺恨ある者からの頼みにより、アサナギ・アサギ殿を切る事にて御座れば」

「──まともに名乗る暴漢か──珍しいな」

「拙者、刺客ではあれどその前に一介の剣士でござる。己が腕を強き者と競い合うのも望み。故にこの『人斬りハーフジロー』……正々堂々、魔剣士殿を切らせて頂く」


 正々堂々。その言葉を信用したわけではないが、アサギは正面の刺客を観察するように眺めた。

 身長は彼より低い。武装は腰に差した日本刀風の作りの曲刀。それを抜刀せずに、握りながら腰だめに構えるのみだ。

 アサギはその構えに覚えがあった。


「──居合」

「左様。東国の剣技で御座る。アサギ殿も東国出身という噂が御座ったが──」


 答える必要はない。

 居合い抜き。それは納刀した状態から最小限のモーションで斬撃を放つ技法だ。

 抜く、と斬る、がほぼ同時に行われる為に相対した敵は予想外の速度に不覚を取る。

 フィクションなどでも凄まじい速度を誇る技として取り上げられることもある。実際は予め抜刀し上段に構え、振り下ろしたほうが威力も速度もあるらしい。

 だかこのペナルカンド世界ではある伝説とともに強力な武芸として知られている。魔王に狂わされた剣神が無差別に自分と居合った──視界に入る数キロ圏内全てを──居合い斬りで切り捨てながら大陸を放浪したと云う話は有名である。正気に戻らされた剣神はそれを悔み実りの神が住む楽園の番人として今も過ごしているらしいが。

 さすがにそのような特異な超常技術を相手は持たないだろうが、それよりも厄介なのは──


(……剣の長さが見えない、か)

 

 相対したアサギは思う。

 腰に下げた刀の角度をこちらの視線に合わせて、長さが測れないようにしている。アサギの目に見えるのは柄の先と鍔のみだった。

 剣を抜かないメリットが、刀の長さの誤認識だ。

 アサギがすり足をして僅かに左へと位置をずらせば、同じように相手は体の角度を変え──剣を見えないようにした。

 意識して測らせないようにしている。

 厄介だ、とアサギは思う。

 彼が狙う一撃は相手の得物──刀を魔剣と交差させ切り飛ばし、右の拳、ゴッドハンドで打ち据えて戦闘不能にすることである。

 命を狙われていても、相手を殺すつもりはない。異世界に来て13年経ち精神も摩耗したアサギではあるが、殺しを好き好んで行う程壊れては居なかった。それが相手から命を狙われていても。 

 気分の問題もあるが法的にも面倒な処理が必要になることは目に見えている。

 大底の相手は武器の破壊と素手の攻撃で事足りる。故に、遠距離から攻撃を仕掛ける弓兵や魔法使いよりも近接武器で仕掛けてくる相手には余裕がある。

 ともかく、相手の手の内が見えなくとも、彼の狙いは刀を破壊する。それだけである。


「──フ」


 息遣いを変えながら、魔剣を左手に持ち半身に構えた。

 居合には利点があるが、弱点もある。

 すなわち、最速最短の早さで斬撃を与えるには、ある程度剣筋が限定されるということだ。

 相手は左利きなのか、右腰に下げた刀を構えている。そこから予想される軌道は、真っ直ぐ体を横に斬るか、一旦軌道を変え股下から縦に斬るか。

 後者ならば攻撃前の挙動を見て回避できる。

 前者ならば、アサギが構えに置いた魔剣が障害となる。

 魔剣の切れ味は絶大だ。切っ先に当たるものを抵抗なく斬るという、使いづらくもある特性により防御自体が相手の武器破壊にも及ぶ。

 剣士、という雰囲気を持つ相手ならば、武器さえ無くせばこちらのものだ。

 アサギは相手の戦闘意欲を折るという目的からしても、とにかく必勝の構えと思っている居合を崩すべく待ち構えた。

 言葉はなかった。

 しかしアサギは嫌な予感を背筋に覚えた。

 半人狼の侍が踏み込む。

 居合は踏み込みを必要としない剣術だとも言われている。座ったままの姿勢でも相手を制することが肝要だと。

 しかし実戦に於いては、踏み込む事によりより速度を増して。

 鞘に刀を引っ掛けを溜めた一撃を放つ。それにより普通に振るよりも初速が増し。

 音もなく、ただ世界を寸断せんばかりの早さの一撃が放たれた。

 アサギは知覚・思考・反射速度を増大させた。剣を振る速度が高速のコマ送りに見える。  

 その軌道上に魔剣の切っ先を合わせる。

 撃ちあった瞬間、相手の剣は断ち切られ力を失う。この速度と勢いならば、体を掠めることはあるが致命的な事故には至らない。

 そう確信して、受け止める魔剣を構えた。

 だが。

 交差する一瞬にアサギは見た。

 魔剣に触れる瞬間──

 刀の軌道が僅かにずれた。

 最速にして最高の威力を放つには剣の軌道は一直線でなくてはならない。

 そもそも鉄を伸ばしたものである、重量物の剣を振っている最中に動かすのは常識的でも無い。普通はやれないし出来てもやらない。

 それでも。

 相手は、剣を三次元的にくねらせ──魔剣の内側へと滑り込ませた。

 奇剣。

 意表をつく事を念頭に置いた技だ。だが、見事に引っかかったアサギは舌打ちも打つ暇がなかった。

 眼前に迫る切っ先を見ながら、数十倍の勢いで地面を蹴り飛ばし後方へ飛ぶ。

 利き足である右足に数百kgの衝撃が一瞬かかり骨と関節、筋肉の軋む音が聞こえたが無視して刀の間合いから離れようとした。

 瞬間的に見た刀の長さからはギリギリで外れるが──


(……伸びる!?)


 居合い切りと同時に柄を握る手を一番長く持ち替えて、10cmほどの間合いを捏造した。

 下手をすれば刀が非ぬ方向へ飛んでいく技。

 だが、伸びた10cmは効果を現した。

 アサギの、黒い学生服──ほぼ趣味で着続けている為特殊な防御効果はない──を紙のように切り裂き、彼の体を致命的な角度で侵入し──

 消えた。

 切っ先に確かな手応えを感じたのだが、感触は消えて刀は振り切られる。

 目を見張るジローが相手を確認すると、剣の軌跡より数メートル後方で隙無くこちらを睨むアサギだった。

 いかなる移動術を使ったのか、一瞬にも満たない超速度で背後へ跳んだのだ。ジローは警戒する。

 胸元の服はベロリと割かれ、少なくない血がだくだくと黒い服へと染み込んでいた。致命傷ではないが、それなりに大きな血管に傷がついたようである。

 

「……仕留め損なったで御座るか。だが次の一撃は──」


 アサギは相手の言葉を聞かなかった。

 上体を逸らしながらマントをなるべく広い範囲の体に多いながら、知覚の加速を続けた。

 空気を切り裂く音をしながら飛来するのは、矢だ。ご丁寧に闇夜に合わせて黒く塗っている。

 ただの矢では超外装ヴァンキッシュを突破できない。それでも完全な防御ではないので、避けながら魔剣で打ち払った。認識と思考を加速させればスローボールを叩き落とすにも似た程度の早さに感じられる。

 黒塗りの矢は気付かれない利点があるが、狙撃手自身も放った矢の軌道が見れない欠点がある。つまり、移動されれば射角の修正も出来ずに連続しては打てないということだ。暗がりへと数メートル程逃げながら動く。

 脇腹からごぽり、と溢れる血に胃の奥がむかつくような不快感を覚えながら、続けて飛んできたダイスのような鉄の礫と毒の塗られた短剣の投擲もやり過ごす。

 

「な!? これはどういうことで御座るか!?」


 慌てたように叫ぶジローに最低限の注意をしながら、周囲を警戒するアサギ。

 闇夜の狙撃は、相手が動きまわった時点で賢明ではない故に途切れている。最初の狙撃地点から離れたアサギは撤退するか迎撃するかを選んでいた。

 いいじゃないか、危ない相手と戦っても得はしないぜ。逃げろよ。

 そう考えた防衛本能に苦笑を返す。今まではそれでも問題なかったがな、と。


「──残念だが──逃げたら仲間に危険が及ぶか」


 戦っても得はしないが、逃げることに損がある。

 年下を守るのも、パーティで最年長の自分の役目だ。

 自分達の敵になるやつはこの場で全て打ち倒す。

 

「ひゃっはっはー、よくも避けやがったな面倒くせえぜ魔剣士さんよお」

「ああびっくりした──サイモンかと思った」

「あん?」


 チンピラボイスと下品な笑い声につい仲間の召喚士を思い浮かべたが、他人のようである。

 暗がりから──今まで周囲の廃墟のような建物の中に潜んでいたのか複数人現れる。どれも手に凶器を持った男であった。

 急な出血で僅かに滲んだ視界にその数を収める。12人だ。これで全てではないだろう。レーダーに近いヴァンキッシュの機能を使用するに、建物の中にも狙撃手が数人隙を伺っている。

 ジロが狼狽したように云う。


「貴公ら何者で御座るか!?」

「魔剣士を殺せって依頼されたのはてめえだけじゃねえってことだよサムライソルジャー。へへへ、あんだけ怪我してりゃ楽勝だろ」

「首持ってったヤツがボーナスだからな。ついでに道具をちょろまかしても気づかれはしねえ」

「な……金!? 拙者は両親と娘と息子と叔母と叔父をファックしながら殺された恨みでアサギ殿を殺してくれと頼まれたで御座るよ!? 太ってにたにた葉巻吹かせてるヤミ金社長に!」

「──信じるなよそれ───どれだけ凶悪犯だよオレ──」


 ずびし、と一応アサギが突っ込む。チンピラはノリが悪そうだったからだ。

 ともかくニヤニヤと笑いながら緩く包囲するように暴漢らは構えた。

 

「──冒険者崩れといったところか──実力はどれも大したこと無さそうだが」


 冷めた目で見ながらもアサギは小さく笑みを作った。

 油断して怪我をし、襲われる。随分と気が緩んでいたことだ。

 仲間を持ったからか、同郷の少女と出会ったからか、帰れる希望が持てたからか。

 オレは弱くなった?

 いや、まだ上手くやれるさ。帰るまではな。そう自問自答する。


「おい──レアアイテムが欲しいならくれてやる」


 そう言ってアサギは正面に居る男へ魔剣マッドワールドを軽く放り投げた。


「!?」


 魔剣士のトレードマークとも言える世界で一本だけの魔剣マッドワールド。危険な呪いの剣だが神器に等しいそれには値段が付けられない程の価値がある。男は慌てて柄を受け止め──


「かはっ──!」


 柄に触れると即座に、己の魔力を根こそぎ呪いで奪われて気絶した。 

 彼だけが持っている魔剣の貴重性は──異世界人アサギしか装備どころか所有が不可能であると云う理由もあるのだ。

 正面の剣を受け取った一人が倒れた事に周りの連中が動揺した瞬間、アサギの背後の道を塞いでいた二人が吹き飛んだ。

 音は遅れてやってくる。空吹かししたエンジン音と壁に叩きつけられる音が、アサギから目を離した暴漢に届くのは同時だった。

 慌てて魔剣士に目をやると、そこには両手に槍のような長物を持ち、剣の間合いよりも離れた位置にいた二人を殴り飛ばしたアサギが居た。


「槍だと!?」


 自分の正面に居た仲間をやられて槍の穂先を向けられた暴漢が、慌てたように切りかかってくる。

 アサギは左手に構えたエンジン音がするスピアで暴漢の持つ市販品の剣を打ち払う。

 超高振動している槍の穂先に剣が触れると同時に、鉄を折り砕いて暴漢は衝撃に堪らず握り手を抑え動きが止まる。

 同時にアサギが右手に構えた、槍と云うよりも長い棒──仕込み杖であり、普段は刃を隠している──で殴り、三人目を戦闘不能にした。

 

「なんだあの武器は!? 剣士ではなかったのか!?」

「振動槍『シェイクスピア』に槍杖『ランス・ロッド』───昔から武器の扱いは下手でな──色んな物に手を出しどれも使いこなせんが──雑魚散らしには十分だ」


 言葉を切り右手の槍を地面に突き刺して腰のポーチから新たな武装を引き抜き、離れた二人に投げつける。

 それは2つの槌が鎖で繋がったものだ。鎖鎌のようにして扱うものだが、熟練して使えるわけでもないので思いっきり投擲するだけである。

 双槌『ハンマー・マサカー』の鎖が二人の暴漢に巻き付き、引き寄せられた双槌がそれぞれ腹と背中に当たってくぐもった声を上げて倒れた。

 

「クソッ射て射て!」


 怒鳴り声。風切り音。どちらが早くアサギの耳に届いたかはわからなかったが、それよりも早く彼はいつの間にか槍を手放した左手で新たに武器を装備。

 一瞬鉄の板のようにも見えたそれは幅広の剣斧だ。

 盾のように斧の腹を矢の飛来する方向へ向ける。

 矢が斧に弾かれる音はしなかった。ただ、当たる直前に冗談のように運動エネルギーの方向を真逆に向けて、狙撃手へと反射される。驚きの声と悲鳴が上がった。

 

「『ロートレイターアクスト』──どうした、かかってこい。オレを倒せたらくれてやる───高いぞ?」


 見たものの背筋を凍らせる光が鈍く光っている。

 それはペナルカンドでも語られる多くの終末に訪れると言われている、赤い衣を身に纏い戦乱を増大させる騎士が持つ武器だ。

 襲撃者の一人が叫ぶ。


「第二黙示の剣!? そんなものまで持ってるのか!?」


 刃に当たった飛来物を反射するという概念が込められた剣斧を軽々と片手で振る。風を押しつぶすような音に、暴漢らはビクリと身を震わせた。

 アサギは光の無い目で敵を見ながら、油断した反省にと久しぶりに武器の大盤振る舞いをしている自分に軽い嘲りを覚える。

 魔剣をいつも装備しているのは持ち運びが楽で、武装していると一目でわかる武器だからだ。魔剣の性質からポーチには入れられない事も理由の1つである。

 魔剣士と呼ばれているが剣技を専門に磨いたわけでは無い。底上げした腕力と増大させた反射神経を使って振り回しているだけだ。

 剣以外にも沢山武器を持っているが、どれも精精が振り回すのと投げつける程度しか使えない。

 もともとはただの高校生だったのだ。小学校の頃は格好良い武術に憧れて、剣槍弓棒などを同時に使うという複雑な流派の道場が近所にあったので通っていたが、中学で辞めたためにそれも別に本格的に教えを受けたり学んだのではなかった。

 だが大底は腕力と速度で十分だった。最速の一撃は小手先の技を凌駕する。

 アサギの右手がポーチから武器を引き抜いた。

 細い柄とその先に杵のような頭。見た目は大きなハンマーのようだが、それは杖に分類される武器だ。

 『メテオラスタッフ』。魔法使いの中でも高レベルしか装備出来ないものだ。

 アサギは魔法は使えないが、それを振るう。

 メテオラスタッフのハンマーヘッドが廃墟のような建物──狙撃手の居たそれを殴りつける。

 衝撃波が殴った箇所から建物全体へと伝播する。杖の特性の1つだった。魔法は使えずとも鈍器として利用は出来る。

 強烈な音を出して建物が内部にいた狙撃手諸共破壊する。死んだかもしれないが、この世界の住人は割りと頑丈なので大丈夫だろうとアサギは興味を無くしたように視線を他の敵へ向けた。

 片手に戦斧。片手に巨大なハンマーを持った血まみれの魔剣士。

 襲撃者達は闇のように黒い目を向けられ、心臓を握られたような恐怖に襲われる。

 孤高の魔剣士と呼ばれる冒険者の有名な話は幾つかある。強さとレア装備、そして襲撃者を尽く返り討ちにすることだ。死なないまでも大怪我をして帰されるので、余計にその噂は広まっている。

 ごくり、と唾を飲む。

 逃げるか、とも一瞬思うが襲撃者達は手に握った武器──安い剣や棍棒に力を込める。


「逃げてもおれ達に明日なんてねえのさ……!」

「ああ、クソみてえな日雇い銭でその日生きるのを精一杯に暮らしていく毎日で腐るか?」

「ヤダね、おれらだってリッチな生活したいぜ」

「娼館の溜まったツケを払わねえとあの娘にそっぽ向かれちまう」

「だから、狙うぜ一攫千金! うおおおおお!」


 武器を構え声を出し、一斉に襲いかかってくる冒険者崩れの暴漢。

 アサギは武器を構え迎え撃った。


「来い───夢見がちな駄中年共──!」


 戦闘が始まった。




 ********



 物事というのは始まったからには必ず終わる。人口爆発。エネルギー危機。終わりそうにないものもまあ多分終わる。

 始まった戦闘は1分で決着が付いた。

 百戦錬磨の魔剣士アサギにより暴漢達は路上に倒れ付している。

 息はある。だが五体満足であるかどうかまではアサギは気にしなかった。このまま放置して血迷った人食い種族に彼らが食われても、折れた骨を治すための医療費がなく職を失い餓死しても知ったことではないと思える程度には世間にすれている。

 冷たくなった服に染み込んだ血を感じながら、彼は幾分青くなった顔で正面を見た。

 そこにはまだ一人。

 半人狼のサムライがこちらを見据えている。


「──さて──続きをやるか」

「……このような数に任せるような遣り方は拙者の好む所では御座らぬ。アサギ殿も、拙者の切り傷を受けてから随分と時間が経つ。そちらこそ平気ではあるまい」

「──フ──問題ない」


 彼はポーチから小さな薬瓶を取り出し、一気に煽った。高級な回復の魔法薬だ。

 口の中で舌を抉るようなオッサン味を無理やり飲み干して、体に取り込む。すると引きつるような痛みはあるが、脇腹の傷が閉じて行く感覚があった。

 感覚麻酔をされてメスを突き入れられたような気持ちの悪さを顔には出さずに、彼は無造作に地面に置いていた魔剣を拾い上げた。


「──今日は気分がいい───厄介ごとは今夜で全て終わらせる」

「なれば、再び死合うで御座るよ、アサギ殿!」


 ジローは刀を居合の構えにする。

 アサギは魔剣の剣先を真横にし、地面と平行にした。

 変わった構えである。ジロは僅かに目を細める。

 剣術というのは単純に言えば先に当てたほうが勝つ。いかに相手より先に剣を当てるかが重要なのだ。力はそれなりでも構わない。無防備なところに刀と突き入れることが出来れば子供でも大人を殺せる。

 ジローが修行した剣の流派は相手の防御や回避をすり抜けたり、防御ごと破壊して必殺を放つことが奥義だった。故に、打ち合わせると見せかけて刀をくねらせて切る技名『ガー不』に片手持ちの持ち手の長さを変えて幻惑する技『バクステ狩り』を組み合わせれば対人剣術としては強力であると自負している。

 怪力を持ち、鋭い牙と爪は獣人の中でも上位に位置する狼人種族の血を継いでいるジローだが、半分は人間の血が流れている為にいずれも純粋種には劣った。故にジローは本来ならば獣人が必要としない剣術すらも馬鹿にされつつ学んだ。何かに勝つために。何かに負けない為に。

 だが、必殺の一撃を謎の移動法で回避されたことを思い出しながら警戒する。

 歩法か、技か。だが次にそれを見れば対処も出来るはずだと相手の挙動を見逃さぬように構える。鍛え上げた動体視力は、来るとわかっていれば最速の昆虫である音速の2.2倍で飛行するジェットビートルすらも見切り、斬ることが可能だ。

 間合いに入った瞬間、斬る。

 アサギは剣を握る手と反対のフリーの左手を握ったり閉じたりしながら口にする。


「──お前の技は大したものだとは思うがな」

「お褒めに預かるで御座る」

「宣言しよう───その技ではオレに勝てない」


 ジローは見逃さなかった。

 見逃すも見逃さないも無かったからだ。

 気がつけばというレベルでも早いという速度でも無く。

 突如自分の目の前にアサギが出現し、右手に構えた剣をジローの首筋に這わせ、左手で鞘に入ったままの刀を抜けないように抑えていた。


「……!?」


 意味はわからなかったが、状況は分かった。完全に詰んでいる。

 居合の利点は剣を抜いていないということだが、同時に欠点もそれだ。

 鞘に入ったままの刀は威力を発揮しない。

 抜かなければならないのに、押さえられて抜かせないようにされれば為す術がない。岩に押されたように力を込めても刀は抜けなかった。

 同時にジローは片手で鞘を押さえ、もう片方の手で刀の柄を握っていて両手が塞がっている。手を離せば刀がもぎ取られる。

 足もいつの間にか頑丈なブーツで踏みつけられている。後ろにも下がれない。それよりも、首にあらゆるものを断ち切る魔剣がそえられている。動けば死をやすやすと連想された。

 

(……拙者の負けで御座るか……!)


 アサギは腰につけた宝遺物『無限光路』の発動による頭痛をこらえながらも悔しそうに歪む狼の顔を見た。

 見逃さないように警戒していたジローだったが、見逃さないというのが無理である。無限光路により光速を超える速度で瞬間移動したアサギはゼロ時間で相手の目の前に出現して剣を抑えたのだった。

 相手が抜き身の剣や銃などを持っていれば出現地点での衝突などに対する警戒が必要だが、居合という性質を持つ相手は完全に無効化してしまったのだ。

 魔剣士であるアサギが殺す気で攻めに回った時──その超光速の移動と全てを奪い断つ魔剣の前に殺せない相手は存在しない。それは魔王でも千年生きた竜でも神代の魔物でも万の命を持つ帝王でも、条件次第ではそうだ。


「───何か云うことはあるか」

「くっ……」


 悔しそうにジローが顔を歪めたその時、新たな投擲物をアサギは感知してその場から飛び退る。命を握っていた体勢から離れるが、幾らでも相手を追い込めるチャンスは存在するために未練は無かった。

 飛んできたのは鎖分銅であった。一瞬前までアサギが居た地面に重量ある分銅が突き刺さり、石畳を砕く。


「!? ユーリ殿!?」

「名を呼ぶな、そして名乗るな。暗殺者なのに」

  

 言いながら上から飛び降りてきた新たな影は口元をマスクで隠し、赤いストールを靡かせた鎖鎌を持った女忍者である。

 すぐに女と分かったのが、彼女はパンツ一枚だったからだ。

 月明かりしか無い薄暗い中ではぼんやりとしか見えないが──胸の膨らみなどもはっきり見える、露出狂めいた女だ。くノ一ではなくパン一だった。

 

「───新手か」


 しかし、童貞だが刺客の色仕掛けには掛からない事に定評のあるアサギはまったく気にした様子は無く、ユーリと呼ばれた鎖鎌忍者へ向き直る。

 馬鹿みたいな格好なのに目つきは鋭く、にわか忍者の小鳥とは桁違いの雰囲気を纏っている。


「ちっ……」


 彼女は舌打ちのような呼吸をして今度は鎖鎌の鎌側を投げつけてくる。

 不可思議な軌道を描きながら性格に自分を狙う鎌であったが、アサギはポーチから異なる剣を取り出して当たる直前に切り払った。

 赤銅色をした細身の長剣だが、切れ味は凄まじく鎌の刃が分断される。


「──手を離した方が良いぞ」

「なに……? これはっ……」


 ぼそりと忠告の言葉を放つと同時に、剣が触れていない鎖の部分まで次々に切断されていく。鎖を伝って切断の連鎖が忍者の手元にまで伝わりかけて、慌てて彼女は分銅を投げ捨てるとそれも両断された。

 巨人殺しの神剣『ネフィリムドゥーム』──かつてこの世界で勇者が地枯らしの巨人を倒した時に使っていた剣である。秘められた能力は切断力の伝播。一部を切っても繋がる部分に切断力を伝えて凄まじい範囲を切ることが出来る。

 ダンジョンで拾ったこれもまた伝説の剣であった。


「ユーリ殿! ユーリ殿唯一の取り柄かつ武器の鎖鎌を失ってしまったで御座るか!?」

「お前もう黙れよせめて敵の前では」


 仲間らしいジローから無意味に戦力の喪失を報告されて冷たくユーリは返した。

 アサギは二人組を睨みながら云う。


「まだやるか──?」

「いや、今回は依頼人が嘘の依頼をしてジローを雇ったからな。私達は金で動かず、義に背く悪を討つのが役目だ。あんたには今は関わらない」

「──なんかその割には──鎖鎌飛んできたが──」

「挨拶代わりだ」

 

 きっぱり云うパン一女忍者に呆れるアサギである。

 一方のジローは「そうだったんで御座るか! 嘘だったんで御座るか!」と騒いでいる。馬鹿なのだろう。

 アサギはマントを靡かせて振り向き、道具を回収しながら歩み去る。


「ならば───もうオレには構わないことだな。次に襲いかかってくるようならば───いいか、サムライ。お前の剣術はオレより上だが──お前を殺す手段は幾らでも思いつく」

 

 強烈な殺気を放ちながらアサギはジロから離れる。なお、日本人の彼は殺気と言われても好き勝手放てるものではないのでこっそりとアイテム『殺気出しマシーン』を使用しながら。

 かつかつ、と淀みない足取りで去るアサギ。

 残された二人のうち、ジローは大きく息を吐きながら座り込んでしまった。

 刀を杖のように立てて闇夜に溶けて消えた黒衣の魔剣士を目で追いながら、呟いた。


「あれには勝てないで御座るなあ……全然本気では無い様子で御座った」

  

 アサギが暴漢と戦う際に使用した武器の数々。

 ジローは剣士として雇われ、剣士であるアサギに戦いを挑んだ。それでも負けた。それに、彼が槍や斧、槌を自由自在に振り回しているのを見て、それと戦うのはいささか不利であることを認める。

 奇剣で一撃を入れただけ。

 そこで仕留めきらなかった時点でジローは負けである。おまけに相手はこちらを殺さないことを念頭に戦ったのだ。

 感嘆のため息をついた。

 

「世の中にはああいう御仁もいるんで御座るなあ……今度は普通に会うことにするで御座る」

「と言うか余計に話をややこしくしやがって。馬鹿め」

「だって……拙者嘘を見抜くのは苦手なんで御座るもんユーリ殿」


 言い訳を云うと、身体能力を増すために獣化していた身体が元の半人狼──狼の耳と尻尾の付いた妙齢の女性へと戻りながらジローはゆっくりと立ち上がって、女忍者とふらふらと帰路へついた。


「しかし夜中にユーリ殿と歩きたくないで御座るなあ。まるっきり痴女で御座る」

「黙れ。これは私の流派の正装だ」

「忍者への風評被害の一端を担っている気がするで御座るよ、裸忍者」





 **********






「はい6マス進んでーイカレさんのマスは……ああーまた『振り出しに戻りたい』ですねー」

「なんだよこのスゴロク!? なんでこんなに『振り出しに戻りたい』があるんだよ!? 後ろ向きで意味ねェし!」

「人生台無しゲームですからねー次アイスさん」

「ふむ……『親戚の夫妻が無理心中して残った子供を預かる』妙に重くないか!?」

「はい、子供ピン追加で」

「旦那が出てこないのに子供だけ3人目なのだが……」

「さて、アサギくんの辺境開発に行ったままのコマはわたしが代わりに進めておきましょうか……っと?」


 宿『スライムもりもり亭』にて人生ゲームに興じている三人が居た。ぶっちゃけ暇だったのだ。

 小鳥が辺境開発マスで借金漬けになっているアサギのターンを動かそうとした時、宿の扉が開いた。

 コンビニに出かけていたアサギが戻ったのだろうと視線をやる。

 そこには、切り裂かれた学ランを血で染めたアサギがやや青い顔で立っていた。

 がたり、と小鳥が立ち上がって尋ねる。


「アサギくん!? 漫画を買いにコンビニに行っただけでその重症を!?」

「──まあそうだが」

「コンビニヤバすぎだろォ……それ」


 なにか誤解がありそうな気もしたが上手く説明出来ないのでいいか、とアサギは思う。

 慌てて近寄ってくる小鳥。


「大丈夫ですかアサギくん。弁護士を呼びます?」

「そこで即座に弁護士に行くのがなんだかなあ───」

「とりあえず座って下さい」


 と小鳥に手を引かれて椅子に座らせられる。口調はいつもどうりだが、少し急いでいるような様子だった。

 そして血で濡れた学ランと、その下のシャツを脱がされてアイスが持ってきた濡れたタオルで小鳥はアサギの脇腹をそっと触った。


「傷は塞がってるみたいですね……痕が残ってますが」

「すぐ回復薬飲んだからな───大丈夫だろう」

「よかったです」


 血で汚れた肌を小鳥が拭う。

 年頃の少女に上半身裸を拭かれているという状況はアサギにはちょっと居心地の悪さを感じてタオルを受け取って大丈夫だから、と小鳥を離れさせた。

 

「しっかしアサギを殺るたァ中々危ねェコンビニもあったもんだなァおい」

「───ポテトは美味かったがな──あと胸元に買った雑誌を入れていたのだが」


 と彼は学ランの中に入れていた無傷の雑誌を取り出した。

 

「──漫画のように胸に入れてたから命拾いした───とはならなかった。露骨に反対側を切られた───」

「残念です」

 

 アサギの後ろに回って傷跡をぺたぺた触りながら小鳥が同意する。

 それにしても、と初めて見たアサギの裸体を観察して思ったことを口にした。


「アサギくん、結構傷跡多いですねえ」

「おや本当だ。大きなものも残っているが」

「───あんまり見るな」


 女性からジロジロと見られることに気恥ずかしさを覚えて椅子から立ち上がり離れる。

 彼の身体には大小の傷跡が無数に残っていた。これまで戦い続けて生き延びていたのだが、怪我を負うことも少なくなかったのだ。

 

「傷は男の勲章っていうじゃないですか。わたしのお父さんも傷痕多めで銃創とか残ってましたし」

「───何故銃創が」

「お父さん刑事ですからねー犯人に撃たれまして。まあそれはそうと、アサギくんもいい男に見えますよ」


 にっこりと笑って告げる小鳥にどう反応すればいいのかわからなくなったアサギは顔を逸らして意味を持たない唸り声をもごもごと口の中で出した。

 彼は年齢30才童貞なので基本的に女性が苦手だ。可哀想に。


「学ランは洗濯して縫っておきますよ。その間代わりの服でいいですか?」

「ああ──済まない。学ランは勝手に直るから別にいいが───シャツを頼む───しかし血を流しすぎて喉が渇いたな」

「ほう。ならば夕食に作ったのだが誰も手を付けなかった私作のスープとかどうだろう」

「──無理」

「あんな欲にかられて息子を毒殺しようとしたお母さんが出しそうな紫スープはダメですよ。日曜の朝から子供の顔が曇ります。何か簡単なものでも用意しましょう。血が足りないルパンが食べそうなミートボールスパとか」

「あれをがっつくのは──子供の頃からの憧れだったんだ──」

「俺の分も頼む……ってあァ? 鳥類剣士アンドロマリウスが打ち切り展開になってんぞ。アンケ送るか」

「──先に漫画読むなよサイモン──買ってきたのオレなのに」

 

 ぼやきながらもアサギは。

 少し前まで殺し合いの雰囲気に浸かっていたというのにどこか温かいものを感じていた。

 一人で暮らし生きていた時はこうでは無かった。襲撃を受けたら数日は警戒の為にピリピリとしていた。

 仲間を持つのは面倒だと思っていた。孤高の魔剣士浅薙アサギからすれば、他の冒険者は皆盗人か取るに足らないものだった。

 今はそうでもない。


(……オレは弱くなったか?)


 自問しても答えは曖昧で。


 曖昧でもいいと思いながら、彼の異世界生活は平常運行だ。

 



 


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