表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
20/35

19話『あるいは酒でいっぱいの海』

「……じゃあ古今東西、凄いどうでもいい低俗な話」

「アイドル年鑑にちゃんと処女か非処女か明記してくれないと困るウサー」

「利権ってやつを貪ってみてェんだがどこ行きゃ食えるんだ利権」

「そうですかちなみにわたしの夫の年収は5600万です」



「──暇だからってそんな最悪な古今東西ゲームを始めなくても──」



 異世界言語だというのに妙に通じ合っている四人組を見ながら、浅薙アサギはため息を吐いた。

 この世界──世界の名前か、惑星の名前か定かではないが観測者は『ペナルカンド』と呼ぶ──に於いては、言語の壁は旅神によって統一されているので読みや意味が異なろうが通じる。通じるからといって低俗な話まで合わせなくてもとは思うが。

 彼ら冒険者パーティが暇そうに宿屋でぐだぐだとしているのも、今日この日は全員暇ではあったのだが半年に一度行われるダンジョンの構造変化期間によって入れなくなっているからだった。

 

「最初あたりの階層以外ガラっと変わるからな───この日にダンジョンに入ると意味がわからないことになる」

「といわれますと」


 この中では一番のベテランダンジョン探索者であるアサギに、同郷の小鳥が問いかけた。

 彼は思い出すように、


「空間転送がしょっちゅう発生していて───オレもこっそり潜ってみたことはあるが────翌日何故か萌え絵Tシャツを着て紙袋を持ったままフィギュアショップに居た───」

「それはまた意味のわからない」

「別の時は───いつの間にか映画館でD級最低映画を延々視聴している自分に気づいてびっくりしたり───とにかく今は潜らないほうがいい」


 後悔するように目を伏せて頭を振る。

 空間が歪んでいるという状態を知り、或いは元の世界へ戻れるかもしれないと思ってチャレンジしたのだが失敗に終わったのだった。

 長い月日をかけて、ようやく同郷の少女と出逢い、帰れる道を提示されたのは諦めなかったおかげとも言えるが、時折これまでの生活を思い返すと無性に悲しくなるアサギである。 

 ともあれ。

 この日は暇なので皆で集まって、心配になるぐらい不自然に美味なツマミと酒で時間を潰しているのだった。

 パルが温かい褐色の液体を飲んでいる小鳥のカップを覗き込みながら問う。


「コトリさんは飲まないウサー?」

「わたしは未成年なので。未成年が飲んでいたらアニメ化されたときに描写に困るじゃないですか。ですから紅茶を。ユリアン、ブランデー抜きで」

「───何を言ってるんだろう──この子」


 時折意味不明な言動を口にする女子高生に微妙な表情をアサギは向けた。

 少しばかり浮世離れした性格をしている、とでも言えばいいのか、彼は長らく日本に戻っていないので女子高生ってこんなんだったかなあ違うよなあ少し変な子だよなあと思いつつも確信には至れない。

 むしろ自分が故郷に戻ったときに日本人がこんな性格になっていたらどうしようかと思う。これが平成生まれ、ゆとり教育……!

 アサギが脅威に思っている時でも、彼の対面に座るアイス・シュアルツは手元の杯に浮かんだ氷を混ぜながら、麦の蒸留酒をちびりちびりと飲んだ。


「まあ深酒は確かに良くないが私もたしなむ程度にしようか」

「あァ。俺も普段飲まねェがたまにゃいいだろ」


 アイスの右手側に座るイカレさんも水割りにした酒を飲む。

 彼は金があろうがなかろうが、基本的に貧しい生活が染み付いているので酒や煙草は習慣づいていないのだ。

 小鳥に言わせれば、


「イカレさんは朝から酒を呷り部屋の窓ガラスがヤニで汚れ、稼ぎよりも多くギャンブルに金を突っ込んだほうが似合うのですが」


 とのことではあったが。


「ウサウサ、さあアサギさんも飲むウサ」

「待て───オレは酒をやらん──」


 ニコニコとして酒を注いで回るウサ耳♂シスターだが、アサギは拒否をする。

 アルコールは冷静な判断力を失う為に控えているのだ。以前に酒で酔わせて装備を掻っ払おうとした輩が居たからだが──

 どん、と叩きつけるように酒杯をテーブルに置いて、酒臭いような甘いような息を漂わせながら座った目でパルは怒鳴る。


「ボクの酒が飲めないウサ!? 口移しするウサよ!?」

「なんで──逆切れ──」


 既に酔っ払って絡み酒入っているパルから渋々と酒杯を受け取る。

 口移しされても困るのである。

 いくらパルの見た目がセミロングの金髪少女シスターに見えるからとはいえ、股には『怒張』とか『隆起』とかいった形容詞が似合うブツが生えている男なのだ。 

 初キスを男で失うなど負け組人生である。

 そんな負け組は指差して笑うと心の底で決めた決して消えない重要な誓いがあるために、彼は誰かしら殺人してでも男との口付けは拒否するだろう。

 彼の思惑はともあれ、酒宴がこの日は行われているのだった。




 ********




 約2時間後。



「うう、えぐっ……サイモンくん……無視しないでよ……」


「ひゃははっ! もっと酒ねェのかよう! パル助ェ注げ注げィ!」


「ウササー♪」


「─────」



 弱気になって涙目でイカレさんにひっついているアイス。

 テンション高くフレンドリーになっているイカレさん。

 延々他の人の酒杯を満たして飲ませているパル。

 無口に延々と注がれた酒を飲んでいるアサギ。

 特にアイスとイカレさんの変化に顔を強ばらせながら、小鳥は元気に酒を給仕しているパルに目をやる。


「……パル太郎くん、まさか」

「あれあれ? どうしたウサ? コトリさんも飲むウサ! 飲んで酔いつぶれても、ボクが介抱してあげるウサ!」

「……絶対全員酔い潰れたらエロいことしますよね君」

「はぁ!? 当然しますがそれがなにか!? 隠語で言えば睡眠スクールですが!?」


 隠す気もなく何故か逆切れ気味のパルに呆れながら。

 小鳥は無表情に──いつも無表情気味ではあるのだが──蒸留酒をどこからか取り出した注射器で吸った。


「パラドックスくん、ちょっと腕を」

「ウサ? ウサー!?」


 そしてパルの静脈に直接注入する。

 いくら普段から飲みなれているとはいえ血管に直接分解もされていないアルコールが入ったパルは瞬時に昏倒した。危険なのでやってはいけない。殺意を陪審員に認められてしまう。

 彼女が仲間のためならば罪をも背負う尊い覚悟で悪は去った。

 

「……散々あれですが、なんでこの見た目だけはロリショタの性犯罪者が仲間なんでしょうね。誰が仲間に引き入れたのですか全く」


 などと憤慨しながら小鳥は仰向けに倒れて痙攣するパルの顔が火照らないように、そっと濡れた布巾を広げて顔全体に被せた。

 ともかく残された酔っぱらい達。テンション高いイカレさんに泣き系アイス、ダウナーアサギを見ながら唯一酒を飲んでいない小鳥は思う。

 酒で酔うということは別段悪いことではないと。

 なにせ気持ちが良い状態になるのだから人は飲むのであって。悪いはずはないと思う、多分。

 たまに父親が飲んだと思ったら飼っている兎に向かって熱心に話しかけたり、母親が珍しく口にしたと思えば父親に絡み酒しつつも実は全然本人は酔っていなかったり、まあそんな光景を彼女は思い出した。実年齢の割に見た目若い夫妻だったがいつまでラブラブなのだろう。

 つまり、酒を呑むと口が軽くなる。彼女はそう認識しているので普段聞けない裏設定とかを聞き出すことにした。暇つぶしの雑談とも言う。


「という訳でイカレさん」

「んー? なんだァコトリ。変なあだ名じゃなくてサイモンって呼べよう!」

「うわ気持ち悪いイカレさん気持ち悪いかなりマジで」


 早速心挫けそうな小鳥。

 実は彼に名前を呼ばれるの初めてだったりするのだが、重要なイベントでもなんでも無い場面な上に違和感というか気色悪さしか感じない小鳥も少々あれである。

 酒はキャラを崩壊させる。

 けらけらと──頬をやや赤らめて笑いながら酒を飲んでいるイカレさんを見ながらうんざりとそう思った。普段のイメージ的にはニタニタと笑って気の抜けた安ビールなどを缶のまま飲んで欲しいと小鳥は祈りながら。

 そこにいつもの凛とした顔を崩して、イカレさんの肩に顔をくっつけながら涙目のアイスが呟く。


「ううう、コトリくんには彼女が居ないところではちゃんと名前で呼んでるというツンデレ要素があるのに……なんで私にはデレてくれないんだサイモンくん……」

「うわあ……あんまり知りたくなかったなあそんなデレ。というかデレじゃないと思いたい。心底」


 うまく言葉に出来ないけれど吐き気を催す寒気がする。

 決して小鳥はイカレさんを嫌っているわけではない。むしろ過去に彼女に農薬を飲ませた犯罪者とどこか似た顔つきの彼には親近感も覚えるほどなのだが。小鳥を殺人未遂した男は法廷で舌を噛んで自殺するというロックな死に様だった。


「とにかくお話を伺いましょう。義理の妹のドラッガーちゃんとはどのような関係で?」

「あァん? ドラッガーか? あァ、俺の親が早く死んだからアイツの親に養ってもらってたんだよ。そんとき確かドラッガーが4歳ぐらいだったからお兄ちゃんお兄ちゃんってなァ」


 あの頃はまだマシだったんだけどなァと酒を飲んでため息を吐きながらイカレさんは述懐した。

 思い出すように、当時から幼馴染だったアイスがおどおどと付け足す。


「その頃はサイモンくんも私をお姉ちゃんとかアイスちゃんと……」

「言ってなかったなァひゃはは! なんか近所に住んでる眼鏡って印象しか! 渾名は眼鏡だった!」

「うああ、ひどいようサイモンくん……」

 

 泣きながらしがみつくアイスにひゃはひゃはと笑うイカレさん。

 酒の影響で気は良くなったが別段幼馴染に気を遣うという事はしないようである。

 小鳥は確認するように、

 

「……ともかく、ドラッガーちゃんは宮廷召喚士なわけですね」

「あァ。親から受け継いだ最強の竜召喚術と本人は召喚士最高レベルの魔力を持ってるエリートだからなァ。大規模破壊型でマジで国壊せるっつーか。

 メギドラゴンのブレスなんて相性無視特大ダメでよ、本気になったら魔力ブースト4回溜めて撃てば帝都ぐらいは消し飛ばせるらしィが……なんつったか?『まかかじゃよんのめぎどらごん』とかミス・カトニックが名付けてたが。おまけにドラッガーは神域召喚術を持ってるから超やべェぜェ」

「神域……召喚術ですか、それは?」


 小鳥はあの時ラリったドラッガーが使いかけた術を思い出した。

 発動前段階のフォロウ・エフェクトで既に近寄れなくなり、呪文を唱えられるだけで本能的なおぞましさを感じて動けなくなった。

 空飛ぶゾンビ映画の恐怖どころではない。全身の毛穴から血が吹き出て胃が飛び出し肺が潰れるような──命に関わる恐怖であった。もし自分の正気度が少なければどうなっていたか、小鳥は危機を思い出してほっとする。

 一般的尺度から言えば、であるが小鳥の恐怖や危機を感じる感性はやや逸脱している。

 自分とそれを取り巻く環境を傍観者のように見ているフシがあり、それ故に正気を保つことが比較的得意ではあった。周りから見て常態で正気に見えないことがあるのが難点だが。

 ともかく、あの召喚術が発動すればどうなるのか……イカレさんは言う。本来ならば神代召喚術は召喚士一族の秘密ではあるのが、酒の影響で舌も回る。


「神代の魔物を実体で呼び出す召喚術の1つだ。特別な召喚士にしか使えねェ。ドラッガーが使うのは『妬みの九頭竜』っつってな、名前の通り9つ頭の竜なんだが───持ってる特性がエゲツねェんだ。悪魔やアンデッドが持つ『恐慌作用フィアー・エフェクト』のハイエンド、発狂神域『宇宙級恐怖コズミック・ホラー』を周囲にばら撒く。

 生物だと正気を失うどころか自分の体も見失い、うす気味悪ィ肉塊へと変化させる最悪の効果を出す。俺の召喚した鳥もほぼ全部無効化されるから半端ねェ」

「うわぁ……」

「平気なのが七曜防護か白光防護付きの召喚士なんだがな。だから召喚されたが最後だが……まァ普段は絶対使うなって言ってるんだ。アイツ自身の正気度も下がるからな。アイツがあんなにラリってるのは家系もあるが昔九頭竜を召喚したせいだし」


 わたし作の飴でかなりヤバイことになってたんだなーと小鳥は思った。

 後からドラッガー自身が飴の成分を分析したところ──彼女は薬屋の経営者でもあり、薬剤師でもある──暴走気味に魔力を超ブーストする効果のある薬効が認められた。

 効果だけならば凄い物とも思えるのだが、魔力が爆発的に増加するなど一般の人間が使用すれば増幅した魔力に耐え切れずにパンクするような危険物である。常に魔力を放出できる召喚士のドラッガーが服用したから高出力フォロウ・エフェクトと神域召喚術の暴走発動で済んだのであるが。

 アイスが涙目弱気な顔を難しそうな顔をしている小鳥に向けた。


「コトリくんは、ドラッガーくんと知り合いなのかね……?」

「一応友達という分類に」

「うう、いいなあ。私など散々嫌われているからね……」

「そうなのですか? 何故?」

「アイスがあいつの切り札の1つ、エンシェントアイスドラゴンをぶっ殺して杖にしたからだろォ?」


 そう言えば彼女の杖はドラゴンの背骨が材料なのだということを小鳥は思い出した。イカレさんと協力して、ドラゴン類の中でも最強ランクのそれを打倒し、魔法の杖に加工したのだと。

 召喚士の基本召喚術は『複製召喚』だ。これはこの世界に居る生物の魔力複製を生み出すものだが──それ故にこの世界に居なくなった存在は生み出せない。

 それが通常の鳥や虫など、種族として存続しているものであれば個体値はさほど変わらないから一括召喚契約で特に問題はないのだが……

 ドラゴンは個体差が年齢などによって大きく違うため、おおよそ年代ごとに召喚する相手と契約を結ばなくてはならない。

 故に、種族の頂点であるエンシェント級などは単体でしか存在しないために殺されたら召喚不可能になるのだ。

 おまけにドラゴンは生態ピラミッドの頂点に位置することから個体数も少なく、下手に討伐されると召喚士が困るという背景もある。

 自身の強力な手駒──それにドラッガーは竜族と仲が良い──を殺された恨みから、ドラッガーがアイスに対して嫌う感情を持っていてもおかしくはないだろう。

 アイスは弱気に言う。


「サ、サイモンくんだってノリノリだったじゃないかあ……私の強力な杖を作るためにサイモンくんが提案した竜退治だったのに……ちょっと嬉しかったけど」

「はァ? 竜殺しイベントが嬉しィとかとんだウォーモンガーだなおい。ひゃはひゃは」

「こ、怖かったんだからな! 本当は! でもサイモンくんも一緒に戦ってくれるから頑張って……うう」

「顔を真赤にさせているところ悪いのですが話を戻すと。神域召喚術とやらはイカレさんは使えないのですか?」


 体を押し付けているアイスの頭をぐしゃぐしゃ撫でているイカレさんに質問を続ける。イチャつきを見せられているようであった。

 ふと小鳥がアサギに意識を向けてみると暗い顔で酒を飲みながらブツブツと「バシュウウ──リア充抹殺光線発射──カップル一組撃墜──バシュウ」などと悲しい妄想を呟いているのを聞いたが、無視する慈悲は彼女にもあった。

 イカレさんは首を振り否定の意思を伝える。


「俺ァできねェな。神域召喚術の場合、馬鹿みてェな魔力と神代召喚物と契約しねェとそもそも使えねェから。ドラッガーは親から受け継いでるし本人が歴代でも顕著な魔力持ちだからいいが──」


 そして指を折り数えながら、


「えェと何体居たっけ神代召喚物。全部で7つあるんだったか? 確かミス・カトニックに聞いた話だと……


・『妬みの九頭竜』[ヴァースキ=クトゥルフ=ヒュドラ]

・『喰い荒らし角獣』[ガラガラドン=シュブニグラス=ベヘモス]

・『驕る絶光鳥』[ヴェルヴィムティルイン=バイアクヘ=ソルバルウ]

・『淫秘妖蛆』[ベルゼビュート=ミステリアスワーム=バアルゼブル]

・『強欲世界樹』[イルミンスール=ンカイ=ユグドラシル]

・『怒りの炎精』[ヒノカグツチ=クトゥグア=ジャバウォック]

・『渾沌怠惰』[コントン=ニャルラトホテプ=ブラックドッグ]


 で七体だっけかァ? 俺も驕る絶光鳥こと『ヴェルヴィムティルイン』を取っ捕まえにダンジョン潜ってるわけだ。

 どっちにせよ、今ンとこ神域召喚を使えるのは知り合いじゃドラッガーだけっつーか。属性的に合ってても見つけて契約しないといけねェからな」


 小鳥はふと気になって考えこむ素振りを見せた。

 特別な7つの召喚術。それによって召喚される特殊な対象。


「なぁんかどっかで聞いたことのある名前が揃ってますねえ」

「さァ? なんでも異界に記された化け物を召還する際に、似た属性の奴らが知名度を融合させて存在を格上げしつつこっちに現出してるらしィが。お前ンとこの化け物なのか?」


 様々な異世界の吹き溜まりに似た世界ペナルカンドでは、他の世界の物質や神に魔物の伝承が持ち込まれることも少なくないのだ。

 神格を持つ概念存在ならば世界間の壁を乗り越えてやってくることも可能であり、神域召還術はその入口を広げこじ開けて本来の──或いは統合された複数の化け物の力そのものを召喚する特殊な術法なのである。


「地球世界に居所を無くしたからといって出張しまくりですね、彼ら。それにしても割とドラッガーちゃんと戦ってるとピンチだったかもしれないです」

 

 召還の途中でキャンセルされたものの、生み出されたものに直面したならば正気で居られなかったかもしれない。


「おォ。アサギの召喚殺しの魔剣様様だな。とはいえ、九頭竜召喚は実体召喚だから魔剣の効果もそんなに無いが……それにありゃ『宇宙級恐怖』だけでなく『縷流癒ルルイエ』つって自己回復する流体神殿まで形成するからそのデカさヤバさときたら世界で一番だか二番だか。

 俺の狙う絶光鳥も常時白光防護フォロウ・エフェクト使ってて崩壊神域『地朽光』は人間や人工物を分解しまくる光を下手すりゃで惑星地表全土にバラ撒くらしィ。

 マジで神域と云うだけあって全力を出せば世界滅ぼし系っつーか。まあドラッガーはいい子だから、んなこたァしねェが」

「いい子。いい子て」


 小鳥は神域召喚のヤバさよりも、イカレさんが他人──妹だが──をいい子と評価したのが吐き気を覚えるほどに奇妙さを感じた。

 彼女はどれだけ彼を人非人だと思っているのだろうか。もはや病気である。

 とはいえもちろん素面では口が両断されようがいい子などと言わないので貴重な本音ではあった。

 苦い唾を飲み込んだ小鳥は、ウマそうに酒を飲み干したイカレさんから追撃の精神攻撃を食らう。


「だからァ……ふあァ……仲良くやれよォ? あいつ、友達少ないんだからよォ。兄貴の俺もちっと心配で……あァ眠ィ」

「ヒイ」


 イカレさんの妹を思う言葉で息を詰まらせる小鳥。

 彼女としては「うちのビッチ妹と百合ファックしてもいいぜェ」ぐらいは言ってくれないとという勝手な願望があったのだが、勝手すぎるのでどうでもいい。

 大あくびをしたイカレさんはテーブルに突っ伏して「あーなんかグラグラすっわ」と声を漏らした。

 日頃から飲んでいないので、久しぶりの酒にダウンしたようである。

 ふう、と小鳥は冷や汗の浮かんだ額を拭った。話を聞いたのは彼女からだが、あまりに意外な一面を見せられるとダメージを負う事を知ったのだ。

 ぐったりと机に倒れたイカレさんの背中に抱きついたまま、頬ずりをするようにしているアイスが嘆く。


「ドラッガーくんやコトリくんには優しいのに……サイモンくん……」

「あ゛ーもうなんだうっせェ眠ィ。今更お前に優しくしたらキモいだろォが」

「うう、でも一緒に映画に行くぐらいは……明日私も休みだから、たまには……」

「わーったわーった……だから寝かせろォ」

「えへへ、約束だよ」

 

 アイスが意識も朦朧としているイカレさんに約束を取り付けて、彼の意識は濁って途絶えた。

 泣き顔だったのが今度は機嫌良さそうに、鼻歌を歌いながらイカレさんの背中に抱きついているアイス。

 どちらにせよ、いつものクールで飄々としたアイスとは随分と壊れた姿に小鳥は野次のような口笛を吹きながらリア充を憎むアサギに目線をやった。


「サイモンの息子がもげる・サイモンのケツが爆発する・サイモンのふぐりが対消滅する・サイモンの息子がもげる……」


 どこから取り出したか、108も花弁のある花を使って占いを始めていた。

 古来に置いて占いと呪いは起源を同一としている。彼のマジックフラワーを使った占いも或いは成就するのだろうか。

 実質は呪いの方法としては間違っておらず、彼のティンがモゲルか肛門がバーストするか玉玉が消し飛ぶかする呪詛は放っているのだが──呪いの類をシャットアウトする七曜防護で無効化されているのであった。

 まあそれはそうと、一転して上機嫌に変わったアイスは頬を朱に染めながら飲酒を続行している。

 小鳥が声をかけた。


「大丈夫ですか? 飲み過ぎでは?」

「んふふー。だってサイモンくんに初めて一緒にお出掛けの予約が取れたのだぞう?」

「初めてですか」

「うん。今まで37回ぐらい誘ったことがあるけど、全部『面倒ォ』『行かねェ』『一人で行け』『今暇つぶしで忙しい』とか言われて拒否られて……サイモンくんから避けられてるのではないかと薄々思ったり」

「それ露骨に避けられて……いや、なんでもないですから涙目にならないでください」

 

 一瞬顔を曇らせたものの、再びアイスはにんまりとした笑顔になる。

 

「サイモンくんと出かけるのだから綺麗にしていかないとー。まず映画を見て……明日公開の『ジョセフィーヌVSカトリーヌⅢ』がいいかな。映画を見て……映画を見て……」


 彼女ははっと目を見開いて疑問を口にした。


「一般的なお出かけって目的の映画を見てからどうするのだろう? 現地解散?」

「うわあ……アイスさん、今まで男の人とええとその、お出かけとかしたことないのですか」

「無い……」

「実はわたしもですが……」

「……」


 若干負け組オーラを出し始めた小鳥とアイスだ。

 一般高校生ではあるがレズこじらせた幼馴染が居るために近づく男子は刃物系をチラつかされて追い払われる。ただでさえ頭と言動があれな上に友人関係も酷く完全の地雷物件扱いである。精々そのレズの双子の兄ぐらいなら親しいが、必ずレズ同伴というレズ状況だ。小鳥はまったく同性愛趣味は無いので最悪だ。

 それはともかく、小鳥は閃いて尋ねる相手へと向いた。


「そうだ、アサギくん。女の子と遊びに行ったらどういう場所へ行くべきだと思いますか?」

「それは───アイスとサイモンのデートプランを考えろということか──? 三十路のオレが恨むべきリア充の憎むべき行為を支援しろと──?」

「まあそうなりますか。ロマンティックアゲアゲでお願いします」


 アサギは渋面を作って即座に答える。


「中央通りで脱法屠殺博物館と世界の処刑記念館が合同イベントを行ってるからそこに寄ればいいんじゃないか」

「ロマンティックは?」

「施設の中で軽食が食べられる。挽き立て残虐ミートスパとか。おどろおどろしいざくろパフェとか。かなりオススメ。割引券もあげよう」


 そう早口で言って彼は何故か持っていたペア券をポーチから取り出してアイスに渡した。

 チケットには赤黒い肉片と怨嗟の書き文字が記されている、魔道書の栞と言っても信じられそうなものだったがアイスはとりあえず受け取った。

 それを大事そうに財布にしまい、来るべきイカレさんとのお出かけを想像して頬を緩める。

 リア充のロマンティックなど粉々になってしまえと思っているアサギの嫌がらせではあった。そもそも彼女いない歴30年童貞のアサギに上手なデートプランなど期待するだけ無駄ではあるが。

 小鳥は気味が悪そうに質問する。


「というかアイスさん、彼のどこが気に入っているので?」


「う、あ、あの……その、ね。一杯あるんだけれど、多分主観的に、私がいいって思ってるだけのところも多いと思うんだ。私から見てもサイモンくんちょっとアレな性格だから。

 だけれどね……美味しくない私の料理を頑張って食べてくれたり、疲れて仕事の愚痴を言っても最後まで文句を言いながら聞いてくれたり、殴ったり蹴ったりする時はお腹は避けたりしてくれるし」


「最後がスゲェ最悪DVっぽくてきゅんきゅん来ますね」


 と眠っているイカレさんの手を持って、とろけた顔で頬ずりするアイス。

 

「えへへ、時々しあわせ」

「うわあ……アサギくん?」


 やや幼児退行したような酔っぱらいのイチャつき行為を見て顔をどす黒くしていたアサギの顔が、蒼白になっていた。

 彼は立ち上がると背中を向けた。


「怒りのあまり──シモから血が出てきた───風呂場で治療してくる」

「え、ええ。その、血の付いたパンツは別に洗ってくださいね」

 

 過度のマッハストレスにより下血した魔剣士は颯爽クールにマントをなびかせながら食堂から立ち去る。

 その雄姿を見送った小鳥が再びアイスに視線を戻したら、イカレさんと手を絡めて抱きつくように酔いつぶれて眠っていた。

 部屋に運ぼうかとも考えたが翌日起きた時が楽しみでもあるので放置することに彼女は決めたが、


「それには問題がありますね」


 ゆらり。

 とでも音が出そうに立ち上がったのは狂気の赤い目をしたウサ耳シスター、パルだ。

 血管に酒を注射されたのにもう復活したらしい。


「ウサウサ、コトリさんは兎が長年薬物の実験動物だった歴史を舐めすぎウサ。いつまでも薬殺に甘んじるわけには行かないウサ。今ではこの程度の状態異常、すぐに回復するウサよ」

「むう……確かに兎を実験に使う話はよく聞きますが」

 

 例えば兎は涙腺が未発達なので眼球に薬品を垂らしても涙で洗い流すことができない。

 その性質を利用して、粘膜に作用する薬品や化粧品を兎の眼球に付け、どれほど時間を置けば眼球に影響が出るのか、正常な隣の眼球との変化の違いなどを目がダメになるまで続けられる実験がある。おまけに鳴き声もそんなに出さないので便利なのである。

 それとアルコール耐性は全く別の話であるが、細かいことはいいのだ。

 パルが酒にやたらめったら強いということが問題なのである。

 つまりここで寝ているイカレさんやアイスを放置したら、かの男女平等主義者にどんな目に合わせられるか……

 小鳥は恐ろしい想像に、乾いた口を紅茶で潤しながらパルに座ることを促した。


「まあまあ、お話でもしましょうよパルーンファイトくん。そうですね、今度は宗教系で」

「ほほう……聞いたら眠くなると評判の神話でも聞きたいウサ?」

「そうなのですか?」

「実際にボクは修行中の頃、毎回の神話朗読とかの時居眠りぶっこいてエロい夢見ながら涎垂らしてたら戦神司教から飛び膝食らったウサ」

「それは君が悪い」


 痛みを思い出したかのように頬を撫でながらパルは続ける。両方って何だとか小鳥は思いつつも、追求はしたくなかった。


「そういえばコトリさんは東国出身でしたウサね。あそこは確か神じゃなくて精霊信仰ウサからあんまり大陸の神様には詳しくないウサ?」

「ええそうなのです。精霊を祀った像が散々並べられている水とか木とかがしげってるロードもありましたし」


 怪異が発生しまくって年間の怪死・失踪者の数が3桁に及ぶ鳥取の某通りを思い出しながら小鳥は答える。

 パルは指を立てながら説明を開始した。


「とにかく、この世界では広く神様が信仰されているウサ。神話の時代は地上に住んでいた神々ウサが、神代の魔物の跋扈と人間の出現によりその所在を天上境に移し、人間を見守っていたウサ」

「過去形ですね」

「そうウサ。今では天上境を管理していた境神が魔王によって殺神されたので、天にあった次元空間は崩壊したらしいウサ。神々は再び地上に来ることになったウサが、その概念を薄めて世界中に偏在する事としたウサ。

 その世界中に散らばった神の力を集めて奇跡を行使し、神への信仰と祈りを奉納する役目の神職が教会を立てまくってるのが概ね神らしい神の一級神信仰ウサね」

「ほう」

「ちなみに二級神様も居るウサが、こっちは主に神に成り上がった存在で、概念体の一級神と違って実体で世界に存在しているウサ。信仰しても秘跡は使えないけど、代わりに天領って言う自分の土地で住む人に直接恩恵を与えたりしながら暮らしてるウサ」


 相槌を打ちながら小鳥はいつの間にかパルに注がれていた紅茶を、注意深く匂いを嗅いだ後に飲んだ。

 

「神様というのはどれほど種類がおらっしゃるので?」


 おらっしゃるが尊敬語として正しいのか微妙な気もしたが、ともかく。


「そうウサね……今では名前も失った神も多いウサが、教会の多い神だと、


・歌神:ボクが信仰してる。歌で補助とかライブとかメジャーデビューとか

・旅神:言語統一した神。旅の安全祈願や移動補助系など。二級神だけど一級神の能力を渡されて持ってる

・戦神:冒険者や傭兵に多し。リアルモンク。身体強化系

・癒神:回復系。病院代わり教会

・空神:天候操作系奇跡。一次産業関係者に人気

・死神:死と転生を司る。葬式屋


 二級神だと有名なのは、


・実りの神:作物の種や苗ならなんでも出してくれるビュリホー女神。大陸の隅っこに住んでる

・剣神:実りの神の土地を警護してる最強剣士。怖い

・機神:機甲都市の守り神。アニメ化もされてるメカマシーン


 また、通常は無理なんでウサが、何らかの特殊な方法で明確に殺されたり封印されたりした神もいるウサ。


・蘇神:魔王に封印された復活の神

・境神:魔王に殺された次元と境界の神

・魔神:魔女に殺された魔法と条理の神


 一度殺されたら──まあ普通死なないんでウサが──神といえども復活は出来ないっぽいウサね」


「どうせ全部は登場しないのにまあ……」


 聞いたはいいがそこまで関わり合いになるわけでもない神様一覧に紅茶を飲みながら呟く小鳥。

 とりあえずパルとの会話は時間を引き伸ばしてアサギが戻ってくるまで安全を確保するための行為なのであった。

 会話で気を紛らわせれば鬱屈した性欲を開放してパルが襲いかかってこないといいなあという思いがある。小柄な小鳥よりも少しだけ小さい程度な体格のパルだが、襲い掛かられたら不利は否めない。銃をこの前銃弾を捨てた為に自衛手段はほぼ無いのだから。

 仮にも仲間なのに現実的問題として貞操の危機を感じるのは如何なものなのだろうか。

 ともかく会話を続ける。


「神殺しなんてのもあるんですね」

「そうウサ。恐ろしい所業ウサ。有名なのがさっきも言った、魔王と魔女ウサね。魔王は言わずもがな、蘇神の加護を受けた勇者を殺しまくってとうとう面倒になって神を封印したウサ。復活の神だから殺せないウサからね。 

 更に天上境の壁を崩壊させ境神自体も殺害してパワーアップしたとか。1級神を2柱もやっちゃった魔王は超有名な神殺しウサ。

 魔王の影に隠れてるけれど、それよりもずっと昔に神を殺したのが縮退の魔女ウサ。一説には魔女が秩序を守る魔神を殺したことから神々が天上境に閉じこもったとも言われているウサね」

「神様意外と殺されまくってしょっぱくないですか?」

「ショボくないウサよ? 全然ショボくないウサよ?」


 目を泳がせながら顔をぶんぶんと横に振るパル。

 魔女に追いやられて天上に行ったり魔王に巻き込まれて世界に堕ちてきたりとせわしない印象の神ではあるが、そんなのでも世界管理概念の一種なので信仰はされるのである。

 そういうものですか、と納得しながら紅茶を口に含む小鳥。


「……?

 ええ、と……あれ? なんか頭がぽわっとしますね」

「ウサウサ」

「紅茶を飲んで目を覚まし……あら」

「ウサウサ♪」


 小鳥は急に脳が圧迫されるような、得体のしれない思考の濁りを感じた。

 心臓がどくどくと早鐘を鳴らし、耳の後ろから血流が聞こえる。

 無意識に体がゆらゆら揺れた。

 嬉しそうにニコニコと邪悪で可愛らしい笑みを浮かべているパルに、いつの間にか半分閉じていた目を向ける。


「パ……パールプレゼントくん……?」

「濃い目に入れた紅茶には魔法の蒸留酒が合うウサよね~♪」

「このウサギ……やってくれまひたね……」


 パルの持つ紅茶に混ぜてもわからないような色合いの、高濃度アルコール飲料──質量よりもアルコール分が大きいという魔法の酒[濃縮アルコール2000%]を見ながら体の力が抜けていくのを感じる。

 いつから飲まされていたのか。

 思い出そうとするも思考がぼやけてしまう。


「マズイでふ……このままじゃエロ漫画みたいな目に……」

「はいウサ♪」

「最悪ですなあこの兎……!」


 意識を朦朧としながら正気度再チェック繰り返しで酩酊感を打ち消そうとする小鳥。

 所詮アルコールに寄る酩酊など思考の鈍化が原因だ。ならば意思によって思考をクリアにしておけば平気である──と酒未経験者である彼女は思っている。無理だ。

 どう見ても旗色が悪い。

 そんな時に、ワクワクと目を赤く輝かせていたパルの後頭部に軽い音を立てながら当たる杖のようなものがあった。

 パルの背後に立っていた──下血の処理から戻ってきた──アサギが振り下ろしたのは、夢の杖『ドリームキャスト』だ。秘められた魔力により、パルは「しーまーん!」と叫びながら昏倒した。


「──女子高生がエロ漫画の趣向に詳しいのもどうかと思うが」

「うう……助かりまひた」

「この杖で殴ればパルも昼まではぐっすりだろう──君も部屋に戻りなさい」

「はい……しょうします。うあ、呂律がビミョーにまわりませんよー……ある意味おもしろ」

「お酒は二十歳になってから──だ」

「あーい」


 ため息混じりに告げてくるアサギに、ふらふらと小鳥は立ち上がった。一瞬よろけたが忍者で鍛えたバランス感覚を利用して三回転ほど床を転がって立ち上がった。


「酔ってるこの子……」

「いえ、まらダイジョーブですよ」


「マラ!? いまエロ系の単語が出なかったウサ!?」


 がばっと起き上がったパルにもう一度、今度は強めにドリームキャストを叩きつけると「しぇんむー!」と叫びながら意識を深層へと閉じ込めた。

 階段を登らせるのも心配だったのでアサギが手を貸して部屋まで送ることにした。

 他人に体を預けると力が抜けたように小鳥はぐったりとして、アサギの肩に寄りかかりながら進む。

 火照った顔で彼女は「そういえば」と尋ねた。


「どうしたんだ──小鳥ちゃん」

「ええとですね聞きたいことが……確か、そう。リア充に嫉妬すること橋姫の如しのアサギくんですが、ドラッガーちゃんが妹っていうのにはあんまり嫉妬してなかったなあーって」

「ああ──ヤク中だし」

「うふふ、すっごい単純な理由」


 笑いながらかアサギの顔を見ると、彼も少しだけ笑っていた。だけれどもどこか寂しそうだった。


「それに──日本の実家にはオレにも歳の離れた妹がいるんだ。13歳年を重ねたとすれば──今17ぐらいかな。丁度君やあの子ぐらいだから──想像しちゃって──元気にしてるかなって」


 ぽつりと零した、郷愁の色が篭ったアサギの呟きを咀嚼して、小鳥はうまく言葉が考えられなかったが一言、


「それはつまり……わたしかドラッガーちゃんのどちらかが生き別れの妹フラグ」

「いや全然違うからねマジで──悪い意味でむせび泣くからねそんな事になったら」


 全力で否定するアサギ。あの可愛い、イムホテープと叫びながらミイラの真似をするのが持ちネタの幼き妹がこんなちょっと頭おかしい女子高生とか大分頭やられている少女になっていたら残酷すぎる。実際にそんな事は無いので安心して欲しい。

 嫌な想像を打ち払いながら、肩に感じる小鳥の少し眠そうな吐息と共に吐き出される言葉を聞いた。


「……早く帰れるといいですね、日本」

「ああ──君もな」

「うふふ、わたしも一緒に帰れたら、アサギくんに東京案内とか頼みましょうか。日暮里とかです」

「何故──日暮里?」

「ことわざにもあるじゃないですか。『ニッポリを見てから死ね』」

「それニッポリじゃなくて──ナポリだから」

「うふふー楽しみだなあ本場のスパゲッティニッポリタン」

「それもナポリだから───」


 そう言って小鳥はよろよろと部屋のドアを開けて、ベッドに向かい歩き、倒れこんだ。

 

 アサギはしっかりとした足取りで食堂のテーブルへと戻る。そこには腹が立つほどくっついて眠っているアイスとイカレさん、昏睡しているパルが居た。適当に担いで部屋に叩きこんでおくかどうか一瞬考えたが、やめる。

 開いているソファーに半分寝転ぶように座ってポーチから読みかけの文庫本を取り出した。別に一晩ほど寝なくても問題は無い。それに寝ていても小さな物音ですぐ起きるのは、こっちの世界に来てから身についた癖だった。

 摂取したアルコールは既に薬を飲んで分解した。意識をニュートラルに保たなくては自衛できなくなる。


(──ヤク中など、あの娘には言えないな)


 苦笑を僅かに漏らす。

 アサギも様々な種類の薬を大量に服用してきた。どんな副作用が後から発生するか分かったものではない。それもこれも生きるため、そして故郷へと戻るためだった。

 最近では血が粘膜から滲むようになったようで、ストレスも原因だが薬による副作用もあるかもしれない。 

 異世界で関わりを作りすぎると、帰ることを諦めそうで今まで仲間も特に親しい友人も作らなかったのだが。

 仲間に勧誘してきた他の冒険者や、誘惑してくる女性も居ないではなかったが全て突き放した。信じたこともあったが、裏切られた。

 それでも、今同郷の小鳥と手を組んで、その仲間と毎日馬鹿をやりながら生活するのも、


(──悪くはないのだが……)


 と思いながら文庫本を開く。タイトルは『ダンウィッチボールKAI』。ジャンルはホラー系熱血インフレバトル漫画。作者はMis.K。「名状しがたいハチャメチャが押し寄せてきてオラわくわくしてきたぞ! 窓から! 窓から!」という唐突に発狂エンドになるのが特徴だ。

 作者が時折突っ込まれても居ないのに罪悪感からか逆切れ気味に「パクリじゃないって! パクリだっていうならパクリもとの原作を出してみろよおらあああ!!」と後書きなどで叫んでいるが、基本的に意味不明だ。

 とにかく。ぼんやりとページを目で追いながら故郷に思いを馳せた。

 妹は元気にしているだろうか。自分が居なくなっても家族は健在だろうか。帰ったときになんて言おうか。高校の頃の友人はもう30か。懐かしい事を、久しぶりに思い出しながら。

 長年異世界で暮らしていると、だんだん元の世界への記憶が朧気になるのが耐えがたかった。

 今は小鳥の出現により、再び帰れる兆しが見れてアサギは渇くような望郷を覚える。

 

(──帰る場所へと帰る為に)


 ただその思いだけは忘れないように、強く思い浮かべながら静かな夜を過ごしていた。



「ぐかー……内臓ぐしゃー……ぐかー」

「すー……むにゃむにゃサイモンくん……」

「ウサ……人面魚プレイらめええウサ……」



 訂正。寝言であんまり静かではなかった。


 





 **********






 翌朝──と言っても昼に近い程度の時間だが、小鳥が若干の頭痛をこらえて一階に降りて来ていた。アルコールはやはり未成年者にはよくないと思いながら。いつも書いている日記──本人はセーブデータとか冒険の書と言っている──も書き忘れてしまっていた。

 階段を降り切ると同時に声が上がった。


「えええええあああれ!? ななななななんで私とサイモンくんがくっついて寝ているのだー!?」


「がああああ!! うっせェボケェ! 頭に響くだろォがカス! 叫ぶなクソ!」


 酒の影響の残り方は大別される。

 二日酔いになる人、ならない人。

 記憶が残っている人、忘れている人。

 がんがんと痛む頭を抑えて冷たいテーブルに額を押し付け痛みを和らげようとイカレさんはしている。

 一方で目が覚めたらすぐ隣に彼の顔があったアイスは大慌てで枕とヤカンを持ちながら落ち着きなく食堂をウロウロ歩いていた。枕とヤカンは由緒正しき慌てた時の様式である。

 

「何があった何があった何があった……」

「おはようございますアイスさん。ははーん忘れるが仏ですなこれは」

「何があったというのだ小鳥くん! お酒を飲み始めたころまでは覚えているのだが……さっぱり思い出せん!」

「残念というか何というか。まあ素面のアイスさんが知ったら悶死しかねませんから秘密です」

「そんな痴態を!? うぬぬ……」


 難しい顔をしながら眉間にシワを寄せるが、さっぱり思い出せないようだった。

 

「いい雰囲気になったのは間違いないはずだ……なにせサイモンくんとの接近距離が近年でベスト1位だったのだから。くっ……覚えていないのが歯がゆい! リプレイを要求する!」

「うっせェから……黙れっつってんのが聞こえなかったのかァ? 喰らえ召喚『ゴキ鳥』」

「きゃあああ!? そ、それ禁止ー!」


 プーンと不快な羽音を立てながら焦茶色をした小型の足がトゲトゲ全体がヌメヌメしてそうで細い隙間に入れそうなフォルムの頭に触覚が二本付いた不快害鳥がアイスへと飛行。

 女子供に最大不人気のゴキ鳥に追われ悲鳴を上げながらアイスは逃げまわった。冷静ならば凍らせて撃墜するのだが、寝起きであるし混乱しているので対処が出来ない。

 小鳥が寝起きの頭で他にキョロキョロと見回すと、縛って天上から吊るしたパルの股間に輪ゴム鉄砲を集中砲火しているアサギが居た。思ったよりも早く起きだして半脱ぎで誘惑してきたのでムカツイて縛ったのだった。


「来てます! 来てますウサ!」


 何が来ているのかはわからないが割り箸を改造したアサルトゴム銃も用意してバスバスと打ち込む。

 見なかったことにして小鳥は、まだ想い出そうと頑張っているアイスの顔の位置を変え顎をテーブルに付けているイカレさんに話しかけた。


「大丈夫ですか? イカレさん」

「大丈夫じゃねェー」

「頭が痛いのならば頭の病院などいかがでしょう。傷んだイカレさんのヘッドをまるごと改造です」

「はっはっは殺すぜ手前」


 いつも通りの彼にやや安心する小鳥。起きてもテンション高めの性格だったらそれこそ頭の病院へ送る所存だった。

 イカレさんは不機嫌そうな顔でアイスへと呼びかけた。


「おいアイス。つーかとっとと準備しろ。映画行くんだろォが」

「……はっ!? えっ映画!? 誰が!? 私とサイモンくんが!?」

「お前が言い出したんだろォ? 行かねェなら別に」

「い、いやいや行く! すぐ行く! ああ寝起きだったううう、ちょっとだけ待っていてくれ!」


 慌ててダッシュで部屋へと戻るアイスは宝くじがあたったかのような笑顔だったという。

 覚えている者、覚えていない者。どちらにせよ約束は残るのである。どちらかが忘れても、それだけは。

 





 なお、イカレさんは映画より屠殺&処刑記念イベントのほうが楽しんでいたという。映画の途中で爆睡したアイスを映画館に置いて一人で見て回ったそうだが。




 そんな日常の間話。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ