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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
19/35

18話『ロストワールド』

 ドラゴンについて。

 この世界にはドラゴンがいる。アサギは男の子として純粋な興味で調べたことがあるが、種類としては成長によって姿を変えるものを除き32種確認されている。

 例えば普通に火を吐き、空を飛ぶ羽の生えた太ったトカゲの王様のようなスタンダードなのが、鱗の色の違いはあるが種族名『ドラゴン』という名称であり世界中に生息している。

 これが基本となる種族でそれ以外は亜種か固有亜種に位置づけられる……が、分類としては地球とは違う基準なのか、全然生態が違うものもドラゴンとして含まれることもあって実質よくわからない。

 ドラゴンの強さは脅威だ。種族値としての生態ピラミッドでは頂点近くに位置し、野生ではおおよそ人間以外に天敵は居ないとされる。


 人間に弱い、というわけではない。幼体のドラゴン一匹現れれば小さな村ならば滅ぶし、普通の鉄製武具で武装した冒険者ならば全滅する恐れもある。

 だがこの世界での人間の強さはピンからキリまである。それこそ高位の魔法使いや魔法の武具を持った騎士の中には単体でドラゴンを倒す者もいるし、訓練を積んだ騎士団ならば被害を出しながらも討伐できる。

 中には『アイスドラゴン』種の中でも最強のエンシェント級──ブレスを吐く度に寒冷期が世界規模で訪れ、周辺一国をこの先百年は氷の世界に閉ざすような強大な竜を、たった二人で打倒する異常な能力者も割と知り合いに存在するが、それは流石にイレギュラーすぎるので例外だ。

 ここ南の魔森では炎に強い『ファイアドラゴン』種が主に生息している。炎の魔法力を体に蓄えたドラゴンだ。口から吹く灼熱のブレスの他に、全身からの放熱で生物を近寄らせない厄介な竜。

 奥地に生息するエンシェント級に至っては地表を蒸発させる温度を常に纏っているという。この森の消えない山火事が移動するのも、エンシェントドラゴンが時折住処を変えるのが原因だという説もある。


 ともあれ。

 アサギは中級のファイアドラゴンと対峙している。空から地面に降り立っただけで大きく砂状の地面が巻き上がった。まだ何メートルも離れているというのにストーブを突きつけられたような熱を感じる。

 ファイアドラゴンと戦うのは初めてではない。

 ダンジョンには広い部屋などもあり、そこには大型のモンスターが発生することもある。その中にドラゴンがいた事もあり、冒険者も竜が出れば即時撤退をするほどに恐れられている。

 とはいえ、ダンジョンの魔物に対して一撃必殺の特性を持つ魔剣マッドワールドならば巨体のドラゴンでも、魔剣を刺せば消滅させることが出来た。

 だがここは違う。相手は野生のドラゴンだ。


「───!」

 

 ドラム缶のような太さの尻尾が薙ぎ払われるのを飛び上がって避ける。

 超外装ヴァンキッシュの一部が変形しスラスターとなって爆発的な加速を生んだ。ある程度直線的な機動に限るが、空中ですら高速移動出来る手段だ。

 反応速度と知覚速度と思考速度の三点を最善にオートで増幅させる。これが無くては日本人──常人程度のアサギでは何も出来ないまま死亡してしまう。

 避けた尻尾は風を押しつぶす音を立てながら、人間の胴体よりも太い木を何本も殴り倒し勢いを留めず振り切られた。

 剣を突き刺せば勝ち、という状況ならば多少無理をしてでも特攻し即殺を狙えるのだが、下手に実体が相手ならばいかによく切れる剣でも運動エネルギーまでは消せない。正面から車の突進に剣を突き立てるようなものだ。避けるしか無い。

 次に竜の前足が振り上げられたのを、後ろ足側に前進しながら避ける。腕には可動範囲があり、巨体を保つバランスから右方向に振られた尻尾と攻撃する右手を使っている状態では右後ろ足は動かせない。竜の前足が地面を叩いた激しい地響きを感じる。

 後ろ足を切り落とす為に剣を構え──咄嗟に後ろに飛んだ。

 竜は自分の腹を焼くようにうつむきき、体の下にいるアサギを睨んで炎のブレスを吐いた。自身の鱗肌は自らの炎でも焼かれないと知っているからだ。

 迂闊に近寄れない。

 牽制がわりに呪いが篭った魔銃ベヨネッタを胴体に打ち込む。

 鱗が弾けるが、さほど損傷はないようだ。だが二撃、三撃と同じ箇所に瞬時に連射した。すると強力な酸が溶かしたような音と共に、竜の肌に血傷を負わせる。

 魔銃に込められた呪いは被弾箇所の劣化だ。撃てば撃つほどその部分は柔らかく、脆くなる呪いが浸透する。

 竜の怒りの咆哮が届く瞬間ヴァンキッシュで電磁フィールドを張り、咆哮に含まれる恐慌作用を打ち消しながら、竜が完全にこちらを敵と認識した事に小さな満足を覚えた。

 急に後ろの少女二人に襲い掛かられても困るからだ。

 竜と対峙しながら、二人の様子は大丈夫か声を一瞬だけ遠くから聴覚を増幅し探った。



「うーん中々グレフ生き返りませんね。よし、このダンディーケーキを口に突っ込んでみましょう」

「うわっ死に顔がダンディーになっただけじゃない!」



 ……

 平気なのだろうが、オレは何をしているのだろうという迷いが浮かび、アサギは頑張って無視をすることにした。

 戦闘は続く。だがそう長くはない。彼の魔剣が竜の首か脳を切れば終わる。

 魔剣を構えて牽制しながら竜の隙を狙う。それだけだ。




 **********




(忍法メタ視点ジャックの術で戦っているアサギくんを意識しつつ医療行為を続けます)


 そこはかとないダンディな様子のグレフを頑張って心臓マッサージする幼女である。


「えーとなんでも心肺停止してから5分経つと加速度関数的にすげえ赤信号ゾーンへ突入するのだとか。死亡率的にはもう4人グレフがいたら3人は死んでるような時間ですけどね。やだ、グレフったら死にすぎ」

「死なせてたまるかあああ!」


 とにかく、幼女に心臓マッサージを継続するように指示を出して小鳥はアサギの道具袋の中から使えそうな蘇生道具を探している。

 命名神の眼鏡を着用して道具の名前と効果を確認していく。


「使えそうなの、使えそうなの……もう、アサギくんってば荷物の整理をしてないから困ります。ソートで種類と名前順に並べ換えて道具の名前と効果一覧を作り……」

「急いでー! お願いだからー!」

「薬、装飾品……食べ物まで入ってますね。はっ──これは」


 小鳥は目についたアイテムを取り出した。

 白い粒が200グラムほど透明の袋に入れられている。

 

「それは!?」

「お米です」

「なんで!?」

「これをグレフのお腹に詰めて『えのころ飯』とかどうですかね」


 えのころ飯とは薩摩に伝わる料理で、内臓取り出した犬の腹に米を入れて縛り、そのまま犬を火にかけて中のご飯を炊きこむ料理のことだ。ご飯におめでたい色がつくし精も付きそうな味なので珍重された。

 容赦なく小鳥は幼女にブン殴られた。

 命の灯火が消えまくってるグレフを助けるアイテムを素直に探す。

 心肺停止を復活させるにはどうするか。オッサンーヌ系列の薬は傷を治すことは出来るが心臓を駆動させる能力は無いので除外。

 正直なところ小鳥は医療の専門家ではないし特別な訓練を受けていないので、簡単なことしかわからない。

 女子高生程度が知っている心肺蘇生法は、心臓マッサージ、そして──


「──道具名『ミニ雷公鞭』分類はスタンガンで効果は電流発生……これです」


 AED──電気ショックによる心臓活動の復活。

 さてこの戦闘か護身用の道具、小鳥は初めて見るので出力もわからない。そもそもAEDは死人を蘇らすわけではなく、これで生き返るか不明だ。問題は山積みにある。

 

(でもいいや。やっちゃえやっちゃえ。やらんで死なすよりやって殺そう。鳥取県警広域緊急援助隊のスローガンです。マジ頭おかしい)


 たたた、と快音を鳴らしスタンガンが青い電流火花を出す。小鳥は不安そうに見る幼女に親指を立てて安心させながら、グレフの心臓らへんにエレクト触った。


「!!!?!??!」


 電流によって全身の筋肉が誤動作的に暴れ回りのたうつグレフである。

 

「───げほっ」


 そして、奇跡的か偶然か息を吹き返した。心筋に入った電撃がショックを与えたのである。

 小鳥はスタンガンをオフにして彼の心臓に正しいリズムで心臓マッサージをくれてやった。開胸しなくてよかった、と安心している。

 次第に呼吸が安定し、脈も戻り始める。

 脳に障害が残っているかどうかは奇跡次第だが、多分大丈夫なんじゃないかなーって無責任に思う小鳥である。

 多少荒くも呼吸をしているグレフを見て、幼女はへたり込みながら彼の手をとりボロボロと涙を流した。


「グレフ……! よか、よかったあ……」


 さすがにすぐには目を覚まさないようだが、人まずは安心だろう。。

 小鳥はとりあえず場を幼女に任せて、大樹の陰から気配を消しながら顔を出して戦場を確認した。

 アサギとファイアドラゴンの戦いだ。

 ひたすら攻撃を回避し飛び回り、地道な銃撃を繰り返すアサギが有利なようである。竜の攻撃は当たらず──当たれば人間は死ぬが──アサギの、魔銃での傷は多く付いている。  

 それでも無尽の体力を持つ竜には致命打は中々与えられ無い。彼のメインウェポンの魔剣ならば切り裂けるのであるが、ファイアドラゴン特有の放熱により接近にはリスクが伴う。

 一撃で相手を仕留めるならば首か頭を切断することが望ましいが、竜もそれがわかっているように中々弱点を無防備にはせずに、アサギの接近を許さない。

 

(ふむ……)


 小鳥は戦闘で役に立つ能力はあまり持っていないし、手持ちの武器では竜に傷付けることもできないだろう。

 地道にダメージを稼いでいるアサギがそのうち動きの鈍った竜を仕留めるまで待つのが普通だ。

 しかしどうにか彼を援護したいとも思った。

 小鳥が側に居ないほうが有利に戦えるという元ソロ冒険者のアサギの方針には彼女も大いに頷くことができる。所詮、戦闘方面においては足手まといの女子高生なのである。

 

(でも、戦っている仲間を出来る範囲で助けたいです。それが仲間というものなのですから。あ、今友情のペンダントとかが光るシーン)


 思いながらポーチを探ると道具が見つかった。使い捨てマジックアイテム、その名も『レターボックス・チンクエチェント』。効果は目的の人物に物品を飛行して送りつける。重さ制限あり。

 これを使うことにした。

 小鳥は腰に巻いているポシェットから銃弾を取り出して中に全部詰め込む。


「いつものダンジョンのノリで持ってきましたが、こんな暴発欠陥銃弾なんてこの火災現場ではぞっとしませんね」


 蓋を糊付けし送り先は『南の魔森にてアサギ氏と戦闘中のファイアドラゴン様』。品名は『銃弾』。持ち主保管用のシールをはぎ取り、手を離しす。

 左上に魔力消印が印字され、高速飛行して目標へ向かう。

 レターパックにかけられた伝神の秘跡効果により、銃弾を入れた紙製の器は高速で竜へと接近。

 

「───!?」


 アサギの戸惑いを尻目に、レターボックスは竜の───口へとぶち込まれまた。どこに当たるかは運次第だったが、最も投函しやすい口へ入ったのは嬉しい誤算である。

 小鳥はキメ顔で言った。


「熱暴発って知ってるか?」


 竜の口腔で猛烈な熱によりレターボックスの中に詰め込まれた欠陥弾丸は次々に起爆して、ライフリングによる回転や指向性を持たないけれども四方八方に弾けて飛び散る。

 竜の鱗を貫けるような弾丸ではないが、口の中で爆竹を噛み付いたようなものだ。いかに強靭な体でも衝撃は伝わる。

 その隙を見逃すアサギではなかった。

 一直線にスラスターで竜の首へと飛び、すれ違いざまに首を魔剣で鉄よりも硬い鱗を音も無く食い込む。

 市場に出回る名刀レベルでは鱗で弾かれ、重い斧なども腱や筋で受け止める竜の身体だが──この剣の特性により太陽質量の千万倍はある質量物体でなければ重力作用で切断してしまう。

 刃が食い込んだ瞬間。不意に、アサギの切り裂いたファイアドラゴンの『全身が』何も無かったかのように掻き消えた。

 まるでダンジョンの魔物のように。

 或いは───召喚された魔力複製物のように。


「──! これは──!?」

「……普通のドラゴンではなかったようですね」


 竜が消えた戦場へと小鳥は駆け寄りながら言う。

 アサギが手応えを確認するように剣を握りながら、


「だが───銃で撃つ分にはダンジョンに居るやつよりは頑丈だった。魔剣で切るまでは……」

「聞いたことがあります。『召喚したものにどれだけ魔力を注ぐかで、その召喚物の耐久性が変わる』……つまり、これは」


 予感を口にした瞬間。馬鹿笑いが森に響いた。



「ひゃ~っはっはっはっはっはっは~!! うぎゃぎゃキキキ!! 小生の竜召喚術を破るとは中々の賊でありませればああ!」


 

 小鳥とアサギが視線を声の発生源にやる。

 そこには──ドラゴンにまたがって空に浮かんでいる、きっちりとした制服のようなものを着た、小鳥と同じぐらいの年頃の少女がいた。

 その少女の髪の毛は夢幻のように虹色に輝き──歯をむき出しにして笑う笑みの瞳は、同じく異常のように虹色であった。 

 召喚士。

 竜召喚士が、こちらを見下ろしていた。






 ********





 ぐるぐると光る目で竜召喚士の少女は叫ぶ。



「最近この森であっやしィ事してるやつが居るってさあー竜たちから報告あったんだけど───」



 竜召喚士はずびし、とアサギを指さす。


「お前だよなああああああ!! 曲がりなりにも小生の召喚した竜を倒すとかチョー怪しい危険度MAXエクストラ! 帝国直轄地のここでそんな怪人はどうなるか知ってるよね? 知ってて下さいお願いしまヒャッハー」

「───いきなり人を犯罪者扱いとは───腹に据えかねるな」

「フヒヒ、疑わしきはバッせよ。つーまーりー、バッてすれば大体許される的世界ー? バっ! バっ!」

「……なんか変な子ですね」

「──君に言われると哀れだが───あのテンションは異常だな───腕の痕からも薬物中毒者の可能性が高い」

 

 言われて少女の二の腕を見れば、紫色になるほど注射痕が付いていた。

 目が驚くほど見開いているのに口はにたあ、と横に開き二人を見下ろしている。

 一応小鳥が問う。


「き……貴様一体何者……」

「なんで───悪役っぽい聞き方かなあ──」

「んー? 小生の事聞きたいのー? マジー? やだ恥ずかしい、小生はー宮廷召喚士のー御薬箱兼最ッ恐兵器ィィィのドラッガーたんDEATH! よろしくね☆」


 宮廷召喚士。

 帝国が管理している国家公務員の召喚士の名称である。一人が一軍に匹敵する能力を持ついずれも劣らぬ魔人揃い……そんな感じの集団だと小鳥はイカレさんから聞いている。

 本来他者の下に付くことを嫌う召喚士一族を、凄まじく緩い首輪と旨い特権で釣って何人かを帝国は確保しているという。

 なにせ、戦争の時だけでも召喚士が戦場に出てくればその能力は最高クラスの魔法使いや一騎当万の強者をも凌駕する、ほぼ無限の軍勢を作り出せるのだ。それだけの価値はある。

 ヤク中は続けて云う。


「オウケイ……宮廷召喚士独立治安維持部隊な小生は残酷な裁判権を行使しまくりれます。我々の武器は2つ! 唐突の恐怖とちょっとアレ系な狂気! そして後先考えない適当を合わせて3つ……クソッ、トチった! あ? 知ってる? トチったの語源知ってる?」

「はあ。確か栃の実を使って作る麺ですが急いで作らないと硬くなって失敗するので、急ぎ慌てること、そしてそれで失敗することを[トチる]と云うように」

「せぇかああああい! まあ判決とは何ら関係がないけど。判事キレます! 罪人剣士。罪人忍者。判決。死・刑───! ひゃっほおおおおお!!」

「いえあの待ってくださいわたし達は別に犯罪者ではなくて」


 小鳥の意見も聞かずに竜召喚士は手を叩きながらハイテンションで叫びまくる。

 完全に脳髄がイケない世界へトリップしているようだった。


「ひひひひひひひひ行っきますよおお多重召喚術『竜軍超征服ドラグ・コンクエスト』おほおお!!」

「おほおおって言われても」


 小鳥がげんなりと涎をだらだら垂らしびくんびくんと震えているドラッガーに云うが、ともあれ上空には無数に巨大な──イカレさんが鳥を召喚するよりも遥かに巨大な召喚陣が幾つも描かれた。

 そこから召喚される無数の飛行型ドラゴン。 

 現れ──幾度も現れ。

 地面から見上げる空には───単純に判断して百を超える多種多様なドラゴンが埋め尽くしている。


(いえいえいえ。これはマズイ)


 さすがの小鳥もドラゴン大乱舞な状況に危機感を覚える。

 

「ええと、ドラッガーたん? イカレてないで落ち着いてお話をしましょうよ」

「小生はイカレてぬええええ!! 小生はチョーダウナー系キメてるっつーのおおお!!」

「うわあ……既に脳が半分溶けてそうな子ですね」

「───流石にヤバイ───逃げるか?」


 アサギが冷や汗を垂らしながら剣を構えた。

 いくら彼の持つ剣が召喚された竜に対して一撃必殺でも、数が数である。攻撃力はそのまま再現されている竜から一撃でも食らえば人間など即死するだろう。

 小鳥は袖口からタクトを取り出した。なぞの骨で出来た魔法の杖である。あんまり使わないので忘れがちだが彼女は見習い魔法使いでもあるのだ。

 アサギに話しかける。


「……作戦としては闇を発生させてわたしが奇襲。ジャンキーを直接無力化します。この数の竜では逃げるのも難しいでしょう。幼女と犬もそのへんに居ますし。ですから、アサギくん。囮になって貰えますか」

「────」

「危険ですが。無理そうなら別の案を考えましょう」


 彼はフ、と笑って小鳥に預けていたポーチを掴んだ。

 そこから何種類かのポーションや薬を取り出す。

 勇敢になる薬『英雄ヒーロー一日これ一本! 略してヒロポン!』を飲み干す。それにより竜相手に死にそうな恐怖を感じることも怯えることもなくなるのである。明らかに名前からして成分があっち系だが。

 小鳥には、一定時間気配が薄くなる薬『バニシュです』を渡した。此方は市販されておらずダンジョンで見つかる貴重な薬である。


「相手がヤク中なら───こちらも薬で対抗する」

「頑張りましょう。努力は時々報われます」


「うぉーい♪ 作戦タイム終わったー? まだー? へいへーい!」


 気楽そうに上空で竜に跨った少女はブンブンと手を振りながら声を上げている。

 小鳥は手を振り返しながら、


「あと5分待ってくださーい。飴ちゃんあげますからー」

「ききききき、しょうがないなあ……いいよっ! 許可ぁぁぁぁ!」

「──許可するんだ」

「いやあ、謎の薬品を煮込んで出来た飴の処分先が決まって良かったです」


 飴がゴロゴロと入った小袋をレターボックス・チンクエチェントに詰めて送りつけた。

 ヤク中少女は「わひょーい☆ あとで食べよう! 皆にも分けたれりー! お兄ちゃんにもー」などと無邪気に喜んでいるが其れを口に放り込んだら何が起こるか神でも予想付かぬ領域にあるだろう。

 ともかく、稼いだ時間を使う。


「闇系術式『ダークナイト』」


 煙々と黒煙を撒くように、闇の空間を杖の先から発生させる。

 じわりじわりと闇を広げます。竜百体と戦闘になるであろう範囲全てを闇で覆うことは小鳥の実力では不可能なので、闇がまだら模様になるようにあちこちに暗黒空間を配置する。

 さながら空中に黒いボールをいくつも浮かべたように魔法を展開させた。僅かでも隠れられる空間を作っておくのだ。

 更にバレないように、後方で待機している幼女と獣人の周辺も闇に隠した。

 

「わわわっ、なんか凄ェ! 黒い! マジ黒い!」

「うふふ、この闇に触れたら死ぬので注意してくださいね」

「怖ぇ! チョー気をつけます! わざわざ教えてくれるなんて君っていい子だNE! 友達になろう! まーずーはーえーとほら、あのお互いに日記を渡して書き合うやつなんだっけ? そう! ゴーカン日記から!」


 馬鹿でヤク中なので騙されている。 

 無視しながら小声でアサギに簡単な戦いの方針を伝える。

 ただ、アサギは冷たい声で言った。


「1つ言っておく。なるべく殺さないように無力化するという方針だが──」


 無感情な吐息を漏らして続け、


「──出来ないと思うならやるな。失敗するからだ。どうしようもないならオレがどうにかする。いいか、君が危険だと思うのなら、やめろ」

「……しかしその場合の、どうにかするというのは結構残虐系なのでは」

「率直に言えば──オレが殺そうと思って殺せない相手は存在しない。異世界での荒事は慣れているし───君は未成年でオレは大人だ。君を死なさず──手を汚させず──元の平和な日本へ戻すのも大人の役目だ」


 アサギの目は本気であった。

 今まで誰も能動的に殺したことの無い、元日本人だったが目の前の同郷の少女を守るためなら罪だろうが背負う覚悟がある。

 

(だけれどもダメですよ。あなたのことを大事に思っている人もいるのだと、それを無視した──或いは下位に置いた考えなのですから)


 だから適当に軽薄な事を言って和ますことにした。シリアスな空気ダメ絶対作戦である。


「ヒュー、格好良いことを言わないでくださいよ。ノボリが立ちますよ?」

「──ノボリ?」

「あ、フラグでしたか」

「フラグをノボリ!?」

「ま、とにかく大丈夫ですよ。たかがこの程度の危機で殺人童貞を散らす程の事件ではありません。親や子供に誇れるように綺麗な身体で元の世界へ帰るその時まで……わたし達は負けないのであった……以下エンディングソング」

「ナレーション!?」


 まあ、彼が見ていない間に小鳥はグレフをうっかり感電死させかけたのだったが。彼女もそれは秘密にしておく。


(大丈夫、陪審員に言い訳が立つような死なせ方ならわたし、立ち直れます。賠償金的な意味でも)


 漫才をしていると暇だったのかリズムを刻んでいたヤク中が、とうとう飽きたのか宣言した。


「ハイ時間切れー! それでは攻撃を開始するであります! ファイアブレスファイア! あれ? ブレスファイアブレス? とにかくどっかーん!」


 言葉と同時に。

 上空を浮遊する竜の群れの半分程から炎が吐かれた。

 火炎弾もあり火炎放射もあり、地上へと一斉に降り注ぎ地表を焼き尽くす。一発ごとが民家程度なら消し飛ばす威力を持つそれは決して人間二人に向けて放たれる火力では無い。表層の土を大いに巻きあげて硬い地質を沸騰させていく。

 召喚士の無慈悲な命令は続く。


「サンダードラゴン、雷の吐息! ポイズンドラゴンは猛毒の唾! 音速竜はソニックブラスト! ヒャッハー戦場は地獄だずえええ!」


 雷が、嵐が、猛毒が。

 地表を吹き荒らし捲る。この戦場が帝都ならば一瞬で半分は破壊されるのではないかといった火力が集中的に降り注いでいく。

 竜の中でも巨大種を多数使役する事ができる竜召喚士。いつだったか、小鳥がイカレさんに聞いた話では召喚士の中でも最大火力を持つという。それこそ世界を焼き尽くす事すら可能な程に。

 

「どんどんイキます! トびますトびます! いきますわよメギドラゴン!」


 竜の中でも一際目立つ、青白く輝いた直線的なフォルムの竜が前に出た。

 口が光ったかと思うと、一直線にレーザーが地表に向けて発射される。

 レーザーが地面に当たった瞬間。白い蛍火のようなものが地表に広がり大量に膨れ上がり──爆発、と云うよりも静かに地表を消滅させていった。




 ********



 

「メギドラゴン───図鑑で見たことがあるが───殆ど伝説の生き物だ───!」

「万能属性っぽいヤバイビーム吐いてますね。おおテリブル」


 そう言う二人は顔を顰めながら竜の飛ぶ更に上に居た。

 吹き荒れる風がここにまで伝わり、小鳥はアサギの体にしがみつきながらぞっとしない地面の状況を見下ろしている。

 単純そうな竜娘の思考を読んで、恐らく上空からのブレス連発が来ると判断したために移動したのである。

 というか上空からのブレス連発が一番ヤバくて効率的な定石である。いかなる防御手段を持っていてもあの火力には耐えられないと思わせるには十分な威力を感じた。

 初撃のファイアブレスをアサギの宝遺物『無限光路』のワープ機能により空に飛んで回避。

 短距離転移しか出来ないので一度に竜の上までは行けなかったが、幸い闇を撒き散らしたり最初の攻撃で埃が舞い上がって視界が悪くなっていたので、ヴァンキッシュの飛行能力でブレスを避けながらワープと飛行を繰り返し、竜の上に出た。


「とにかく第一段階は成功です。アサギくん、頭痛は大丈夫ですか?」


 距離と転移人数に比例して使用者たるアサギに負担が超増加していく転移を心配して声をかける。

 普段使いたがらない無限光路ですが、実際に耐え難い頭痛があるのだ。


「──最高に強力な鎮痛剤を飲んだから何とか。脳を湯につけたような朦朧とした感触が今はある。でもこれ効果が切れた時に『あの時死んどけば良かった』って副作用の激痛が襲ってくるんだよなあ」

「ご臨終様です」

「掛ける言葉違うからそれ──」

「ともあれ作戦通りこれから竜の群れに突っ込んで無双しちゃって目を引いて下さい。気休めを言えばマッドワールドの効果でどこでも切れば一撃ですから、小さい相手よりも或いは戦い易いかもしれません──わたしは別れて気配遮断しながらドラッガーたんを仕留めます」


 本当ならば無限光路で一気にヤク中の場所へ転移できればいいのだったが……。

 目標のドラッガーはドラゴンに乗って無意味に飛び回っているので点から点へ、慣性もなく移動する無限光路ではうまく捕捉出来ないのである。下手をすれば衝突したり、失敗すればワープに警戒されて更に距離を取られる可能性もある。連続はアサギの体調的にもきつい。

 或いはアサギが問答無用で接近し無力化するという方法も取れなくは無いが、逃げまわるのはともかく攻撃を避けながら目的の場所へと飛ぶにはヴァンキッシュは細かい動きは出来ない上に、彼の武器からして殺害、という手段になりかねない。彼の持つ他の無力化手段である夢杖『ドリームキャスト』は召喚士特有の七曜防護でキャンセルされてしまうだろう。

 故に飛行──と言うよりも浮遊の魔法を使って小鳥が接近し一撃で仕留める。アサギが派手に戦うところを見せれば馬鹿なのでそっちに集中するだろうと予測済みだ。

 なにせ召喚士というのは基本的に無警戒の油断しまくりなのである。


「無系術式『ザ・フライ』」


 無属性魔法の基礎、自身を念動力で浮遊させる。無属性は所謂ジャンル分けされていない魔法が詰め込まれている属性で、念力や鍵開け、魔力探知など便利な魔法がほぼ本人の属性に関係なく使える。

 自身を浮かせて高速飛行しようとすれば属性が複合されたりして魔法の難易度は遥かに跳ね上がるが、小鳥程度の術者でもなんとか自分を浮かせて移動することぐらいは出来た。


「それではご武運を」

「──ああ。君も本当に大丈夫なのだな」

「ゴブーンていうとなんかゴブリンの語尾みたいですよね」

「なんで今それを──!?」


 クスクスと笑いながら小鳥は気配が薄くなる薬を飲んで離れた。

 アサギが薬物によって齎された恐怖を感じぬ獰猛な笑みを浮かべて剣を肩に担いで自由落下を始める。

 先に竜へと突撃を開始したのだ。

 竜は体の構造から上方への視線があまり向かない。空を飛んでいてブレスを地表に撃つのですから自然と首は下を向いている。

 アサギが一番上にいた竜をすれ違いざまに引っ掻くように剣を振りぬいた。

 いかに切れる剣でもその程度では竜にとってはカスリ傷──だが彼の持つ剣は魔力を寝こそぎ奪う魔剣。

 浅い切り口から全ての魔力を吸い尽くし、音も悲鳴もなく召喚竜を消し飛ばす。 

 竜召喚士や他の竜が気づく前に──アサギは高速でスラスターを吹かし他の竜に接近。必殺を食らわせ数体を消滅させる。

 体が大きいということは死角が大きいということと、被弾可能面積が広いということ。

 竜はその防御力と体力でそのデメリットをカバーしているのだが──召喚されたそれらは魔剣士との相性は悪い。


「ウヒャオウ!? いつの間にやら切り込み隊長!? 小生の竜がー! ええい竜共クセモノですよー!」


 気づいたヤク中が指示を出すが、アサギは縦横無尽に飛び回り乱戦に持ち込む。竜の吐いたブレスが他の竜を掠めて動きを制限したり、爪によって掴みかかろうとした竜が一撃のもと切り裂かれて消される。

 相手が巨体の竜だからこその空中で細かく飛び回る魔剣士が有利だ。召喚殺しの魔剣とミス・カトニックは称したが、まさに相性が悪い。

 これがもし相手するのがイカレさんならば彼は大人気ないから竜より密度の高い数万羽の殺人級魔鳥をけしかけてくるだろう。そうなればアサギも対抗し切れないし竜に乗ったヤク中も防御しきれず……


(あれ? イカレさんって地味に超強くないですかね?)


 移動しながらなんとなくそんなことを考えた。閉所で戦うダンジョンでも充分強い鳥召喚士だが、開けた場所となると更に能力への制限が無くなるだろう。

 とにかくアサギは頑張っているが、


「うわー! 凄い凄い! 格好良いなあのお兄さん! キャー頑張ってー! ドラゴン100体追加ー!」


 ぞっとする戦力を鼻歌交じりに追加する。

 アサギが消し飛ばしてもその努力を無為にする如くヤク中はドラゴンの再召喚を続けていた。

 これが召喚士の脅威。物量である。

 いくらアサギが有利でもドラゴンの攻撃は一撃でも当たれば死に至る怪我をする。

 常人なら耐え難い緊張感と恐怖を感じているはずだが、彼の飲んだヒロポンのようなものでアサギは恐怖感を麻痺させて戦っている。


(早く何とかするのがわたしの役目)


 浮遊速度は決して早く無い。どうやって飛び回ってるヤク中を捕まえるかというと、


「わっ! こっちにも闇!? 即死やべェにゃん!」


 ……馬鹿は小鳥がばら撒いた闇が危険だと思っているのでそれで誘導している。

 気配を消しながら。自分に意識が向かれないように。忍び忍んで。

 浮遊。


「イ~ヒッヒッヒ!! じゃあもっと凄いヤツいくでなー! エンシェントドラゴン級より2種同時召喚『ダブルドラゴン・ザ・リベンジ』イイイイ!!」


 ヤク中は楽しそうに笑っている。どれだけ魔力があるのだろうか。超ヤバヤバ系の巨体がゆっくりと魔方陣から姿を表しつつある。エンシェントドラゴンはそれこそ一匹で都市を壊滅させ環境を激変させる凶竜なのである。そんなもの気軽に召還していいものではない。

 存在が出現しかけている今でさえ、周囲の気候が異常な変化を齎している。周りの他のドラゴンも暴れ回り、吹雪に灼熱、放電に雨嵐が吹き荒れる。おおジーザスと小鳥は嘆いた。

 急ぎ接近。

 近づいていく。

 悟られないように気配も、心も消して一撃で仕留める覚悟を持つ。

 一撃で人間を仕留める方法など、銃を失った今延髄にナイフを突き立てるか、魔法かだ。延髄ナイフは3日ぐらい落ち込みそう──特にアサギが──なので遠慮したいが。

 イカレさん曰く、召喚士は死んだり強制的に意識を失わされたりすると召喚したものも消えるのだという。


(だから行きます)

 

 やらんで死なすよりやって殺そう。決意を固めるのは一瞬。進路希望調査用紙には警察と書いておこうと決める。アサギにはさんざん殺すなーと言っておいて、自分でそれを守る事が出来るかは怪しいものなのである。なにせ彼女は嘘つきだ。

 

「でもさ、故意にじゃなくて魔法の暴発とかそんな事故ならわたしは明日へと乗り越えていけると思うんだ。くたばりやがれ」


「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ!! ぎゃ?」


 タクトを背中に突きつけて、


「闇系術式『ゴケミドロ』」

  

 高位闇系術式を暴発気味で発動させた。 





 ***********




「ううう。魔法失敗」


 呻くが、作戦は成功した。

 召喚士の生命力と魔力をごっそり減らした魔法の効果により意識を失い、彼女が乗っていた竜もアサギが戦っていた竜も全て消滅した。

 闇系術式『ゴケミドロ』は相手から魔力と生命力を吸収する魔法なのだが……

 未熟な小鳥が一か八かで発動させたので上手いこといかず、相手どころかこっちの生命力も削り取られる始末である。

 より深刻に失敗したならばミイラ2つが灰になって消える結果になっただろう。


「しかしここで上手いこと行くのが日頃の行ないと前世で積んだ徳に手足が生えているわたしの幸運」


 仲良く落下した小鳥と竜召喚士はアサギがなんとか助けた。

 小鳥は地面に降りて体の内側に感じる魔力の乱れと異常な吸収した要素により、木陰で盛大に吐瀉して涙目になりながら云う。


「ふう、分の悪い賭けでした」

「───むう」


 なんかもう疲れたのでぐったりと座り込む二人であった。

 魔の森の一角はドラゴンのブレスにより消し飛んで荒野となっている。帝国直轄地であるが気にしてはいけない。それを破壊したのは宮廷召喚士であって自分たちではない。

 とにかくもうさっさと帰りたいわけだったが。

 どうしたものかと思うのがこのヤク中竜召喚士のドラッガーである。

 一応無力化はしたわけだが、彼女は宮廷召喚士という公務員をしている。誤解からとはいえ襲いかかってきた公務員を返り討ちにした小鳥達は法的にマズイ気もした。公権力への反逆だ。革命の炎はここより灯された。いやそういうテンションではない。

 ここに放置して逃げても、彼女の同僚や上司への報告次第で犯罪者へクラスチェンジしてしまうかもしれない。

 そんな訳で彼女の体をロープで縛って身動きができなくし、説得を試みるのである。眠っているとただの小鳥と同年代の少女に見えるのだが。


「あぎゃ?」


 目を覚ましたドラッガーがきょろきょろと首を振って状況を確認した。

 ちなみに何か召喚しようとすれば一瞬でアサギが対応する算段である。

 小鳥と目が会った。


「くっくっく目を覚ましたようですね……どうですか、今の気分は」

「だから──なんで悪役っぽい──」


 ドラッガーはポカンと口を開けた後に「ニヒヒ」と笑って笑みを作った。


「うおー負けたー! ねえねえお二人様ちゃん名前なんてゆーの!?」

「とり……鳥居元忠です」

「あさ───朝倉義景だ」


 つい適当に歴史上の人物から取って偽名を名乗ってしまう小鳥とアサギ。危ない人に本名とか教えたくない。

 彼女は嬉しそうに、


「じゃあトリちゃんとアサくんだね!」

「微妙にあだ名があってるから困りますねえ」

「うへへ友達が出来たよ! やったねお兄ちゃん!」

「友達にされてる……」


 げんなりとしながらも小鳥は言う。


「それよりドラッガーちゃん、わたし達が死刑とかどうとか言う話ですが」

「お友達を死刑にするなんて小生にはとても出来ないですネ! あれ? っていうかなんで小生達争ってたんだっけ? 忘れた忘れたイヒヒヒヒ!」

「ううむ──」


 頭痛がするのは無限光路の副作用がまだ残っているからだろうかとアサギが軽く頭を圧える。

 

「あーでも久しぶりにあんな一杯召喚したら疲れちゃりおん。超強いんだねアサくん! 素敵! 抱いて!」

「……朝倉義景くん、モテてますよ、抱いてあげたらどうですか」

「いやあ───ヤク中はちょっとどーかと思うよ鳥居元忠ちゃん」

「しししし失礼な! 小生は用法用量を奇跡的なバランスで守った合法薬物しか使用してませんなあ! あああ゛あ゛禁断症状があああ」

「やだこの子怖い」

 

 だらだらと涎を垂らしながら震えだしたドラッガーを見て異口同音にアサギと小鳥は言う。

 彼女は暫く首をぐりんぐりんと動かした後思い出した様に、


「あ! 禁断症状と言ってもお薬のじゃなくて! 甘いものが食べたいなって! そうだ皆で帝都のカフェに行こうか! あーでもその前に飴! さっきくれた飴舐めたい!」

「はあ……」

 

 小鳥はドラッガーの懐にしまわれていた自作の飴を動けない彼女の代わりに取りだした。


「本当にいいんですか? これ」

「くひひ甘い飴ちゃんペロペーロ」

「ううう」


 嫌ーな予感もしますが仕方なく飴玉を1つ、彼女の口に入れる。

 ころころと口の中で転がしていた。


(大丈夫かなあ……)


 と思った瞬間無形の衝撃波に小鳥とアサギは吹き飛ばされた。



「!?」


 

「あ……ああああ゛! ぐげ、ぐぎゃぎゃぎゃぎぎぎぎぎごごごごご!? が、っっがああ!?」



 笑い声と悲鳴が混じったような叫びをドラッガーが上げる。顔が苦悶に濁り空を仰いだ。

 そしてその髪の毛が──虹色から銀色へと変化し、瞳からは金の輝きが生まれた。

 白光防護フォロウ・エフェクト

 召喚士の特殊能力の1つ───イカレさんがその状態になったときは圧迫感が生まれた程度なのに、ドラッガーの体から放出される魔力は近寄れないほどである。


「やはりあの飴はダメでしたか……」

「なに作ってるんだ───!」

「じゃが儂は見てみたかった」


 アサギが怒鳴るが、終ってしまったことは仕方無いと小鳥は振り向かない。

 奇跡的バランスで用法用量を守っていた彼女の薬物バランスを完全に崩してしまったようである。

 なにが起こるのか、と対応に困りアサギも迂闊に近寄れない状態であったが、完全に正気を失っているドラッガーの口から彼女の甲高い声ではない、不気味な重低音で呪文のようなものが発せられ出した。



『Ph'n狂■ui mgル■w'na■ C*2ulhu R'l\h  wgah'na㌘■  蓋gn!!111???』



 ぞくり──と、寒気ではなく背筋に刃物を突き刺され粘液で舐め回された感覚が現出した。

 本能レベルでヤバさを感じ───膝が震え出す。

 嫌な汗がだらだらと吹き出て喋ることも動くことも出来ずに、異様で現実的でない恐怖に吐き気すら覚える。

 マズイ事が起こる確信があった。

 アサギも似たような状態だったが、彼の魔剣から錆び付いた車輪を動かすような音が聞こえてくる。


「────魔剣が勝手に──!?」


 彼は握っている魔剣を抑えるようにしながら耐えている。こんな時に中二演技はいらないですってと小鳥はマジ焦りしてるアサギに目を向けた。高周波を唸るように出している闇の剣の刀身に生まれた銀線が脈動している。

 そして、呪文を唱え終わったドラッガーはにたりと狂貌をこちらに向けた。心臓が口から飛び出るような気持ちの悪さに正気でいられない。壊れたほうが楽だと脳髄が呼びかけて来る。来る、くる、狂ると意識が廻る。一秒も気を抜けず、一秒で魂が抜けそうだ。自己が自己で有るための何かを侵食させられていく。思考することだけが唯一の抵抗にして苦痛なのだ。

 ひび割れて現実離れした嫌悪感を感じる謎の声で彼女は叫んだ。


『馬鹿め! 貴様らは死んだわ!』


 彼女は両手を大きく上げて、


『神域召喚術【妬みの九頭竜───



「アホかァァァァ!!」

 


 上空から銀髪の人が降ってきてドラッガーに重力加速キックを入れた。

 頭の色がイカレてないverイカレさんであった。




 **********




 あらゆるダメージを軽減し、強力な術者が使えば近づけすら出来ないフォロウ・エフェクトだが、同じくエフェクトを展開している召喚士には効かない。

 ともかく参戦したイカレさんの蹴りで首が「ゴキン!」といい音を立ててぶっ倒れたドラッガーであったが、更にイカレさんに口に手を突っ込まれて、


「オウェベゲボボボ……」


 とゲロまで吐かされていた。彼女の吐瀉物に溶けきっていない飴も含まれている。

 イカレさんはぐったりとして聞いているのか居ないのかわからない彼女相手に説教を始める。


「体が薬漬けなんだから勝手に変な薬飲むなつってるだろォがボケ! つゥかいきなり神域召喚術使おうとするとか何考えてやがるアホ! 使うたびに相手どころか自分も頭パーになる術なんだから使うなって言ったよなァおい! 聞いてんのか愚妹!」

「あばばばばば」

「そォいやここの管理してたのお前だったっけと思って見に来たらなァに馬鹿してんだよ! コラ!」

「うべべべべべ」


 ガクガクと肩を揺らしながらイカレさんは怒鳴るが、彼女の目の焦点は合っていない。

 しばらくしてぐるりと目玉が回転して、ドラッガーはイカレさんを見た。


「……おにーたん?」

「たんじゃねェよ」

「お兄トリァン?」

「なんだよトリァンって」

「無敵戦車オニイチャリオッツ!」

「意味わかんねェって!」


 ドラッガーは顔をぱぁっと明るくしてイカレさんに抱きついた。


「うわーいお兄ちゃんだ久しぶりのお兄ちゃんだヒャッハーお兄ちゃんだー!」

「うぜェ……」

「お兄ちゃんスメル! くんくん! 匂いから判断してお兄ちゃんだ! おにいちゅああん!」

「心底うぜェ……」

「はっ! お兄ちゃんどうしたのおみぐしが真っ白!」

「イカレさんは死の灰が迫る中シェルターにはどう詰めても二人までで外に残ったのです」

「パネエ! お兄ちゃん素敵!」

「でも死の灰が影響で変わってしまった兄は『暴力はいいぞ』などと言いながら木偶相手に秘孔の開発を」

「何故変わったお兄たん……あれ? お兄たんもともと外道だった!」

「手前は会話に加わるな! ウザさ二倍だろォが!」


 小鳥に怒鳴りながらエフェクトを消し元の虹色ヘアーに戻りつつ、無理やり抱きついている彼女を引き剥がしながらイカレさんは苦々しい顔をした。

 薄々小鳥とアサギも気づいていたが、何度か話題に出たイカレさんの妹のようである、このドラッガーという少女は。

 彼女は頬を緩めうれしそうにバタバタと暴れている。


「兄妹仲がよろしいようで」

「うんそうなんだよ! あ、お兄ちゃん聞いて聞いて! お友達のトリちゃんとアサくん」

「うわ……お前らコイツと友達なの? うわァ……」

「何自分の妹の友達を残念そうに見てるんですか」

「仲良くしてやれよォ? うん、なるべく俺の遠くで」


 押し付けるように引き剥がしたドラッガーをこちらに渡して来た。

 なんか酸っぱい臭いがしたので更に隣にいるアサギにパスする小鳥。

 彼は微妙な表情でドラッガーとイカレさんを見た。


「───兄妹か」

「実の兄妹じゃねェがな。兄貴分ってところだ」

「フン───どちらにせよ、妹は大事にしろ」


 アサギは手持ちのハンカチでドラッガーの口元を拭いてやり、イカレさんに返した。

 ドラッガーは瞼をぱちぱちと開閉してイカレさんに訪ねる。


「あーれーお兄ちゃんアサくんと知り合い?」

「あーそんなところだ」

「うぇへへアサくんってちょっと格好良くない?」

「……」


 イカレさんの脳内で──妹を押し付けて嫁がせるチャンス!──と──でもアサギが身内ってすげェ嫌──という感情が混ざり合い口を噤む。

 しかしアサギも何か思うところがあるのでしょうか、義妹と仲睦まじいイカレさんに嫉妬の念を覚えずに遠くを眺めるキメポーズで黙っている。

 まあともあれ、ドラッガーの暴走も収まり危機は去った。一件落着である。



「おや、何か忘れているような」





 *******








 ドラゴンブレスの爆風に吹っ飛ばされた幼女と獣人は重なりあうようにして息を引き取っていた。

 最初に吹き飛ばされたので離れたところに死体があった。

 跡形も残らず消えなかっただけ運が良かったのだろう。

 

「フォーエバー幼女先輩……」

「あァあ殺っちまったなァ愚妹」

「うにゅにゅ……人を殺した後はションベンがしたくなるねお兄ちゃん」

「───妹のほうが使うんだ───その決め台詞」

「イカレさんのほうは『へっ体だけァ最高だったぜェ』でしたっけ」

「死ね」




「ししししs死んでたまるかー!!」



 幼女先輩が叫びながらボロボロでも起き上がってきた。


「実はギャグ補正あるの幼女のほうだったとは」

「うるさいわね! なに!? 最終戦争でも始まったわけ!? いきなり吹っ飛ばされて意味分かんないわよ! ほら、グレフ! 折角生き返ったんだから起きなさい! ……グレフ?」


 幼女は一度蘇生に成功した獣人の体を揺する。

 しかし、


「……死んでる」


「まぁたグレフ殿が死んでおられますなあ」





 まあ、もう一回ミニ雷公鞭でなんとか生き返らせた。



「その蘇生法見てアサギくんとか微妙に引いてました。ひゃっはースタンガンダンスだー」






 *******






「ところでドラッガーちゃんは何故ここに来たのでしたっけ」

「そうそう、小生に監視役のファイアドラゴンから連絡があってね、怪しい人影がウロウロしてるから調査して欲しいって」

「怪しい人影?」

「なんか犬臭い獣人がハアハアしながら何日もはしゃいでるとか超怪しいよね! 密伐採者の可能性もあるからさ!」

「なるほど……それでドラゴンをけしかけてアサギくんとわたしと幼女先輩は死にかけたのですか」


 復活したグレフがダンディーに腕を組んでポーズつけながら渋い声で言う。


「やれやれお嬢さん(フロイライン)。もう少しエレガントに事件に当たるべきだったかな?」


 勝手に国家の管理地に山篭りに来て不審者丸出しだった元凶の言い分に対して。ついでに無駄にダンディーな声にイラっとして。

 キレた幼女と魔剣士がまた彼をボコボコにした挙句簀巻きで鳥の足に吊るして帝都まで帰還することになったのだがまあ自業自得ではある。














 *******




「ぐ───薬が切れてとんでもない頭痛が───!」

「はっアサギくんが思い出したかのように頭を抱えてうずくまりましたなう」

「大変大変! アサくん! 赤と青のカプセル剤を渡すけど青い薬を飲めば楽になれるよ!」

「赤は?」


 後に聞くと頭蓋骨を直接割って脳みそを取り出したくなるような痛みが襲っていたのだが。暫くは一歩も動けず痛む頭を掴む以外の行動が不可能な激ヤバ状態になるらしい。

 すがるようにドラッガーから受け取った青い薬を飲むとアサギの顔色がすっと戻り始めた。

 そして小刻みに彼は震え出す。そして震える唇で紡ぐ言葉は、


「ねえ本当にびっくりするほど痛みが消えてるっていうか顔に感じる風も太陽の温かみも何もかも感触が消えてるんだけど───」

「げぎゃぎゃ! 小生特製の新薬『何かを犠牲に痛みがわからなくなる薬』ッ! だよッ! 終末医療の患者にオススメDEATH!」

「あっぶないなあ───んもー本ッ気であっぶないなああああ───!!」


 アサギはソッコー虹色のゲロをジオングみたいに吐き出した。そのゲロはキラキラと空高くから飛散し、美しい虹を作って見る人を感動させるだろう。世界は美しくなんか無いけれど、それ故に美しい。



 

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