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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
18/35

17話『世界が燃え尽きる日』

 冒険者。

 という俗称を使われているものの、実際に世界を冒険して回るだけが彼らの仕事ではない。

 依頼金を貰い害獣の討伐や商隊の護衛に傭兵、未開地の調査や魔物の捕獲や遺跡探索など様々な事を行う、戦士や魔法使いや僧侶等の職業の戦闘要員を指して帝都ではいう。

 帝国が冒険者という職業人口を多く持っている理由は幾つかある。

 帝国は首都である帝都以外の地方の管理が緩い為、帝都外での村や街で起こる盗賊や魔物──ダンジョン以外に出現する猛獣などだ──の事件に騎士を派遣することはあまり無い。その代わりに冒険者へ依頼が来ることが多い。と言うか国に頼んでも多くの場合は冒険者に斡旋される。その時は補助金がつくが、派遣されるのが早いか遅いかの差がある。

 また、交易ルートも多いために商隊も多く、治安がマッハ級にイマイチな帝国の領土を安全に通るために冒険者への依頼も多くある。イメージとしては下手に無防備に旅をしているとモヒカンの山賊がヒャッハーと襲いかかってきて紙幣をケツ拭く紙にもならないぜと言いながらばら撒く感じである。危ない。

 もちろん、ダンジョンに出る魔物の複製を倒して賃金を得る方法もあるために戦えさえすれば食いっぱぐれることも少ない。 

 他国からも帝都で冒険者になろうとやってくる人たちも多いのであった。


 冒険者という人は誰かから依頼を受けて賃金を貰う何でも屋的な側面も持つ。

 故に。



「ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」



 小鳥らが突発的に依頼を受けることもあるのであった。




 ********




 事の初めは帝都第一魔法学校の食堂。

 小鳥は時々デザートの作成などもアルバイトでしている場所だが、その日は暇を持て余したアサギと学食を食べていた。

 イカレさんの事を無職だと心無い人は言うが、実質ダンジョンでの稼ぎで生きているアサギも定職についているわけでは無い。貯金額は今から隠居しても余裕で暮らせる程度にあるが。

 今までの暇さえあればダンジョンに潜るという修行のような生活を延々していたアサギは、ダンジョンへ潜る頻度がパーティを組んだことにより大きく低くなり、普段はイカレさんとだらだら雑談したりプラモ作ったり魔法学校に顔を出して小鳥と一緒にお昼を食べたりしていた。


(……言っちゃあなんですが暇人の過ごし方ですよね。遊び方を知らないというか。でもまあイカレさんがそういう行動をしていたら無職極まりない不審者ですが、アサギくんは割と見た目だけは美青年なのでギリセーフに見えなくもないのです)


 そう小鳥も思う。

 とにかく、その日は昼食を一緒に食べながら雑談をしていたのであった。


「色々検討した結果、アサギくんの口癖は『オレは別にホモじゃないけど』でいいですね。他人に安心感をアピール」

「安心どころか凄くマズイよね───それ───いやホモじゃないけどさ」

「おっ早速使いましたね。あのイカレさんの決め台詞なんて『人を殺した後はションベンがしたくなるぜ』ですからね。使って1ページで無残に死にそうです。チンピラの遺言などそのようなものですが」

「君って時々凄まじい事を口走るな───あと捏造するとサイモンも怒ると思うんだ」


 などと楽しげな会話をしていると裾を引っ張られる感触に振り向いた。

 そこには身長1m半ばもない幼女──ハーフエルフ種族の18歳アクリアがいたのである。


「ねえアンタ、冒険者やってるって本当?」


 と尋ねて来たのでわたしは難しい顔をして答えた。


「本当か嘘か……それはのちの歴史が決めてくれます」

「どうなのよ!」

「まあまあそう怒らないでください。ダンディーケーキあげますから」

「ちなみに───材料は──?」

「ダンディー」


 新鮮なダンディーをふんだんに使った帝都風ダンディーケーキである。創ったはいいものの絶対口にしたくなかった。味だけは保証するが、それでも仲間内では消費されなかった。

 幼女先輩はダンディーケーキを押しのけて怒鳴り回す。


「アンタあたしを馬鹿にしてるのー!? 調子に乗るんじゃないわよー!」

「ごめんなさい」


 素直に謝る小鳥。ダンディーを拒否されたら渡そうかと思っていた秘蔵の飴ちゃんもそっと懐にしまい直した。薬局で店員に用途についてしつこく聞かれた上に魔法学校の校章まで提示しないと売ってくれないような薬物を複数適当に混ぜ合わせたら出来上がった結晶を飴の味にしたものであった。飲んだら何が起こるか、彼女にもわからない。 

 小鳥は無意味に両袖からスローイングナイフを改造して作った苦無と棒手裏剣を手品のように取り出して鋭い目で笑った。


「冒険者かどうかですって? うふふお嬢ちゃん、こちとらママゴトで得物を持ってるんじゃないですぜ」

「───まあそれで戦ってる姿は見たことないが───」


 この前片手粉砕したばかりだというのに調子に乗りながら言う彼女に、半眼でアサギが突っ込む。

 正直言って冒険者としての小鳥の役割はサポートなので、一般的な筋骨隆々ヒャッハー水だ的な冒険者のイメージとはそぐわない。罠回避と罠解除、あとメタ的視線による助言等ぐらいしかできない。戦闘はイカレさんとアサギ、補助はパル、索敵はイカレさんとパルなどそれぞれ担当している。

 ちなみに時折休みが合えば一日だけ付き合ってくれるアイスは万能である。罠は凍らせながら進み戦闘では遠近選ばず超反応と怪力と大魔法で戦うゴリラウィッチなのだ。仕事柄出番はあんまり無いが。

 とにかく、冒険者パーティの一員ということであるならば小鳥はいかに戦闘力がなかろうが冒険者ではあるのだが。

 幼女先輩はじゃあ、と前置きして言う。


「お仕事頼んでいいかしら。ちょっと手伝って欲しいことがあるの」


 彼女は椅子に座ると依頼内容を話し出した。


 今から2週間前、いつも通り朝飯前の糞以下の扱いでアイスにボロ負けしたグレフ。とうとう手段を選ばなくなったのか校庭に火薬を詰めた落とし穴を掘って爆殺する計画だったらしい。が、逆にアイスに落とし穴の底に叩きこまれて爆破された。

 おまけに「最近スパン短くて鬱陶しいのが悪いのだよ」と言いながら落とし穴の底のグレフに20トンはありそうな氷塊を落として蓋をする始末。

 流石に可哀想なので別の教師が自分の炎属性の授業時間に実習として生徒らで氷を溶かしてたが、溶けると当然氷は水になりグレフは落とし穴の底で溺死しかけて救出されることに。濡れた犬臭っとか言われて放置されていた。

 そんなこんなで負け犬モードのグレフ。

 このままではアイスに勝つことはおろか一糸報いる事も出来ないと悟り、彼が取った手段は───山ごもりであった。

 

「その発想に至る前にカウンセラーに相談したほうがいいんじゃないでしょうか」


 小鳥の提案には幼女先輩も大きく頷くところがあるようだがそれはともかく。彼は学校をサボり修行へと出て行った。本格的に空けるならば休職届でも出せばいいのにそのままで。

 ただでさえアイスに無意味な戦闘実習を挑んでは入院沙汰なグレフは職務評価が低く首になりかけ補助教員である。

 更に数日後に控えた査定審査にも参加しないとなると首が危険である。

 さほど裕福ではないグレフは現状の補助教員給与で生活保護ギリギリの暮らしをしているのに、無職になってはヒモになるか犯罪をするかしなければ一季節を越せないだろう。

 憂いた幼馴染の幼女先輩が彼を連れ戻すために学生冒険者で有名な──アイスが関わってることや、名高い剣士であったアサギがいるパーティなので一部で有名になっている──小鳥に話を持ちかけたということであった。


「なるほど、幼馴染の為ですか」

「別にそんなんじゃないわよ! ただ、アイツが後からわんわん喚いたらうるさいからやってあげてるだけよ! 勘違いしないでよね!」

「アサギくん、コメントを」

「───オレは別にホモじゃないから────報酬としてあのオスケモ野郎を女体化させていいかな─────この獣人専用性転換魔法薬『ペットショップボーイズ』で───」

「なんでそうなるのよ!?」

「リア充よりはまだ百合ケモのほうがマシだ────」


 舌打ちをしながら苦々しそうに手元の紅茶を飲み干した。

 彼のポーチにはそれこそ市販されてないような魔法薬も多く保管されている。ダンジョンの奥で見つけた貴重そうな薬などは売らずにとっておくのだという。

 とにかく、アサギはリア充男が嫌いである。イカレさんとアイスが親しげに会話してるだけで天井からぶら下がった紐相手にシャドーボクシングを始めるぐらいイライラしだす。別に、美人ではあると認めているもののアイスが好みってわけではないらしいのだが。

 青春をかなぐり捨てて修羅を選んだ男は違うのである。完全に八つ当たりだ。


「しかし連れ戻すのに冒険者なんて武装集団を雇うとはどういうことなのです」

「それはね、アイツが修行に行ったのが魔の森なのよ。南にある」

「───南の魔森──[消えぬ火災森林]か」

「知っているのか雷電」

「聞いたことがある程度だ───実際には行ったことは無い」


 アサギが解説をする。

 魔森と呼ばれる樹海はこの世界に3つある。1つは北の極寒の地にある氷に覆われていて、それでも独自の自然サイクルが発生している[永久樹氷]のと呼ばれる北の魔森。これは最近、エンシェントアイスドラゴンが滅ぼされて冷気が和らいだと言われている。

 次に大陸中央にある樹海、[妖かしの濃霧神域]。古の樹召喚士が創りだしたと言われる、常に枯渇と生育を繰り返す蠢く樹海である。上空まで覆う濃霧に覆われており正確な地図は未だに作成されていなくて、奥地に妖精の秘境があると言われている。

 そして帝都の南にある、常に森の半分が山火事となっていて火災が移動すると同時に焼き払われた森林がギャップ更新──背の高い樹木が無くなったことにより若い芽が急成長すること──を起こし再び成長。そして遠くない年月を経て再び火が迫り灰になるを繰り返している不沈火災の南の魔森[消えぬ火災森林]。

 その森に生える木は燃え尽き難いことで有名で、燃料材木として帝都の輸出品にもなっている。

 

「その魔森とやらはどういう危険が?」

「うん、年がら年中火事だから普通に炎に巻かれて危ないのと、火に強い魔物が住み着いているのよ」

「フ──もう死んでいるのではないか───?」

「しししし死んで無いわよ! 多分! っていうか死ぬ前に連れ戻さないとダメなんだから! お願い手伝って!」


 今気づいて慌てた、といったばかりに手を振り回して叫ぶ幼女先輩。体温高そうである。

 小鳥はとりあえずの事情を聞いてアサギと目を合わせて神妙な顔で頷き合った。

 そして安心させるような声で幼女先輩に告げる。






「パスで」















 *************






「はい、パス出来ませんでしたー」


 なにせ泣くのである。幼女先輩。リア充を助けたくないとはいえ、さすがにアサギも幼女にそこまで懇願されて断る事も出来ずに……これがイカレさんならば「知るかボケ」で切り捨てていたであろうが。

 そもそも、他の冒険者がなんでも屋的な仕事を請け負うのはダンジョン内に出る凶悪なモンスターとがちんこ勝負をしなくてもお金が稼げるというのもある。

 低層にでる弱い魔物ならともかく、イカレさんやアサギがあっさり倒してるランクのモンスターは一匹で並のパーティを全滅させる危険もある強さがある。一方でなんでも屋風な仕事で戦う相手の多くは害獣ランクの魔物や野盗の類。オーガ討伐など中の上ランクの依頼になるだろう。

 逆にダンジョンの割りと深い所で戦闘を繰り返している小鳥達は生活に困らない賃金を稼いでいるので他の仕事はしなくても大丈夫なのだったが。

 それでも受けおってしまったのは知り合いゆえの情とか幼女の涙であろうか。報酬のなけなしのお金は要らないからダンディーケーキとドラッグ飴を食べてもらうとかそんな条件であった。依頼人の健康被害を考えれば破格である。

 どうせダンジョンも今は入れない事情があるので暇なこともあった。

 

 

 とはいえ小鳥とアサギの独断で引き受けた依頼なので、二人で現場へ向かうことになった。というかアイスに頼むとグレフが意固地になりそうであるし、パルはライブで忙しい。

 イカレさんに至っては、


「知るかボケ」


 の一言であった。さすがである。

 一応小鳥の自作した鳩サブレと引き換えに、南の魔森まで送ってもらう巨鳥は召喚してくれた。まあ生き急いだ若者一人連れ戻すだけなので大丈夫だろうとは思われる。

 とにかく、羽を広げると6メートルはある巨大な鳥の背中に乗って南へ向かった。

 のであったが。

 

「しししししし死んじゃうわコレー! なによ鳥の背中に乗って飛行とかせめて鞍とか座席とかチャイルドシートとか無いのー!?」

「はっはっは叫んでないで羽毛をしっかり掴んでないと気流に飲み込まれて飛ばされますよアクリアセンパイ」

「───ロープだ。お互いの体に結んでいろ」


 小鳥とアサギの二人だけではなくて、依頼主の幼女もついてきた。彼女もグレフを迎えに行くと主張したのである。

 本人がいたほうが話が早く進むからそれは別に構わないと納得して連れてきているのであったが。

 とりあえず移動環境を想像してみよう。特急電車並の速度で空をかっ飛ぶ乗り物に乗っている図を。もちろん座席も風防もシートベルトも無い。

 一瞬でも油断したら落ちる。

 三人の中で一番腕力のあるアサギは、がっしりと鳥の背中の羽ではなく皮を掴んで体を固定していますが女子二人はそうは行かない。羽毛って掴んでたら結構ブチブチ千切れていく。

 アサギから流れてきたロープを掴んで、小鳥は幼女先輩へと這って近寄る。


「それじゃあ結びますからね」

「はははははやく頼むわよお願いだから」

「任せてください。せっ」


 と一時的に両手を離して勢い良く幼女の体にロープを回した。

 ほどけないように、それでいて落ちたときに体に負担が少なくなるように結ばなくてはならない。例えば首にロープを巻きつけた場合は落ちたら首吊り引き回しの刑になってしまうだろう。まるで荒野の処刑で少しばかり憧れるが、小鳥はその欲求を抑えた。大変なことだったが、頑張った。

 ロープは結構長かったので二重にして幼女の首から股に二本のラインが入るように通す。正中線は頑丈なので体重をかける基本である。

 縦から枝分かれして下腹部、腰と胸に横に縄を結び、縦のラインに絡ませながら最終的に背中に結び目を作った。


「ちょっとー!? これなんかえっちい縛りじゃないのー!?」

「なんで───亀甲縛りを──」

「はっ……アクリアセンパイに縛りを入れてたらわたしがロープを結ぶ場所が無くなりました」

「ばかああ!!」

「仕方ないのでアサギくんの足でも掴んでましょう」


 言って、彼の黒い学ランズボンに覆われた足にひしりとしがみつく。

 アサギは怪訝そうに振り向きながら、


「───何故───足───?」

「足引っ張りの自嘲的反省ですよ」


 笑顔で答えたが反応は芳しくなかった。




 五分後に幼女がとうとう鳥の背中から落下したが、意外と亀甲縛りのままロープで引っ張られて飛んでても大丈夫そうなのでそのまま目的地へ向かうことに。やはり体重が軽いからだろうか。






 *********




「目的地に付いたら……アクリアセンパイが……もう死んでて……」



「し、し、死んでたまるかああ!! あうう、山火事の暖かさが身に染みるわよアンタ達馬鹿じゃないのあの寒いのに延々放置して! しかも自分たちは鳥の背中の上であったか~いコーヒーとか飲んでたでしょ!」

「アクリアセンパイにも渡したじゃないですか~パネエっすよ~」

「何よその意味不明な言い草! それにコーヒーカップが前方から飛んできて頭に直撃したアレを言ってるなら怒るわよ!!」


 ぎゃあぎゃあと怒鳴る幼女先輩に小鳥は軽薄な謝り文句を言いながら南の魔森の入り口から森を眺めた。

 森の入口は季節──というか山火事の範囲によって変わる。今いる場所も以前炎に包まれたことがあることは、足元の灰混じりの地層でそれとなくわかった。

 山火事は遥か遠くだというのに熱い空気が流れている。上を眺めれば延々と遠くから煙、時折火の色も見えた。

 蒸し暑い空気はどこか息苦しさを感じる。実際に、森は茂っているというのに酸素が薄い。マイナスイオンなど欠片も感じない。


「元から、あのマイナスイオン発生機能付き扇風機は怪しいと思っていたのです」

「さて───」


 小鳥の主張を無視しつつアサギが地図を取り出して広げた。

 赤鉛筆でざっとラインを引く。森の半分──いや、三分の二ほどの範囲を赤鉛筆で囲む。


「広大な森だが──炎に巻かれずに獣人が生活が出来る範囲はこの程度だろう。グレフとやらも───さすがに火中で訓練するほど馬鹿ではあるまい」

「……」

「───え? 馬鹿なの──?」

「え、えーと。アタシ達の安全のためにも、グレフが常識的であることを祈りましょ」

「無駄な怪我をしたり仕事サボって山篭りで危険地帯へ来る当たり危うい気もしますが」

「……だ、大丈夫よアイツ、あれでちゃんと九九とかできるんだから。お手とお座りと待ても」


 信用のならない話ではあったが、小鳥達はともあれ山狩を開始することとなったのである。

 南の魔森は一般的にイメージされる森とは違い、下草密度は低く木々の感覚も狭くないために結構見通しの良い森である。高低差もない平地なので移動も不便では無い。

 時折風向きから熱気と火の粉が飛び散り、イカレさんが召喚しているのを見たことがある火喰い雀が飛び回っていた。

 大きく息を吸い込むと蒸せるような空気だ。小鳥は女忍者にありがちな口元を覆うマスクを付けた。コレに赤いマフラーがあれば大体女忍者である。

 

(……しかし、南半球の熱帯雨林では焼畑が森林減少を加速させていると聞きましたが)


 この森では木の成長速度が早いらしく、おおよそ500年前に発生した火災が今も続いているが樹木の総量は一定以下に減らないのだという。燃えて、灰になり、土を潤し、芽は育ちまた燃える。こういうのも循環というのだろう。

 腐葉土と言うよりも灰系の土だから足がやや沈んで歩きにくい。

 

「はっそういえばわたしは忍者なのでした」

「───いきなりどうした」

「いいですか、忍者の修行としてメジャーなものに濡れた半紙の上を破かないように走るという技術があります。それを応用すれば灰に足を取られないまま移動できるのでは」


 思い立ったら実際ラッキーデイということわざもある。

 そう思って沈んだ足を上げて、ゆっくりと改めて地面に足の裏から付く。体重と接地圧を考えながら両足で柔らかい土の上に立ち、足全体を沈ませないようにつま先に力を入れて歩いてみた。


「おお、意外と出来るものですね」

「───オレにはできないが───」

「あたしにも……忍者って器用なのね」

「厳しい修行の賜物ですよ」


 少し疲れるが、足を一々沈めるよりはマシである。いざという時に足を取られたら危ないからだ。

 余談だが、バランス感覚が非常に優れているアイスぐらいになると体術だけで水面を沈まずに走ることができる。走れるっていうか歩ける。というか水の上で仁王立ち余裕である。物理に喧嘩売ってるレベルだ。


「───! 魔物だ──!」

「いざ」


 アサギの注意を喚起する言葉。

 小鳥は後ろを歩いていた幼女を抱きかかえてさっと素早く木の影に隠れた。

 アサギが魔銃を構える。銃口の先にいるのは──大きさ3メートルほどの巨大な熊であった。しかもただの熊ではなく、全身が濃い赤色とオレンジの炎のような毛並みをしていて、口からは黒煙を上げている。


「火熊……! それもかなりおっきいわよ!?」

「熊に襲われたら木に登りましょう、いい景色が見えますからね最期に」


 小鳥は格言を思い出しながら幼女を片手に木の幹に足をかけて出っ張りと窪みを利用し4メートルほどの高さの枝まで瞬時に駆け上がる。

 鳥取県を含む中国地方では熊も多いのでいざという時に木に登る練習を子供は欠かせない。つまり、子供でも最期には綺麗な景色を楽しみたいという風流な心を表す。

 アサギに避難完了したことをテレパシーで伝わったらいいなあと思っていると、彼は一度二人を確認した後合図のように魔銃ベヨネッタで射撃した。

 反動ですら下手な人間が使うと骨が折れる強烈な散弾は、前方の広い範囲に穢れを含んだ呪いの礫を撒き散らす。

 着弾。

 とはいえ遠距離からの散弾なので大きなダメージは与えられ無いが、確実に火熊の闘争心に火をつけたようであった。  

 が、ご、といった大きな叫びを上げて3メートルの巨体が四足歩行で突進してくる。

 叫びを聞いただけで小鳥が抱きかかえている幼女はびくりと身を震わせた。こちらに殺意を持った動物というものは、想像以上に恐怖心を煽る。

 進撃する熊に照準を合わせて、ベヨネッタの第二射。

 音が届くよりも早く熊は僅かに進路をずらし散弾の直撃を防ぐ。それでも散らばった弾に当たり肩の肉が抉れるが、それぐらいでは猛獣の突進は止まらない。


「チ───ダンジョンの魔物よりは頑丈か」


 舌打ち。

 そして片手で魔剣マッドワールドを抜き放った。アサギは目を細めるとマント──超外装ヴァンキッシュがうっすらと発光する。

 起動の合図も無く装着者の意識──それすらも加速思考可能──によって筋力や反応速度を上昇させるマジックアイテム。それにより増強されたアサギの脚力が細かい粒子の地面を踏み、大きく土埃を上げながら熊に向かって走り向かう。

 相手は彼より遥かに巨体だ。暴走するヒスパニック満載のワゴン車に正面から斬りかかるような体重差があるだろう。たとえ剣が先に届いても、慣性の法則で吹っ飛ばされてしまう。

 交差。

 アサギは知覚・反応速度を数倍に跳ね上げ、頑丈なブーツでぶつかる瞬間に火熊の額に踵を叩き付け──踏み台にして跳び越える。衝突する車のボンネットを踏み越えるより難しいだろうが、生き物相手のそれを事も無げに行った。

 同時にマッドワールドを空中から、火熊の背中に突き入れる。

 絶対的な切れ味を誇る魔剣は音もなく刺さり、そしてすれ違う火熊の肩甲骨から臀部までを一直線に切る。

 一際大きな鳴き声が上がった。

 森を震わせるような声に周囲の木に止まっていた鳥などが飛び去っていく。

 アサギは熊の背後に着地して、振り返りながら片手で構えた魔剣から血を払うように振った。吸収の概念が付加された魔剣には血も埃も付いていなかったが。

 地面に転がった火熊は前足と顔を向けて伏せた体勢で、瞳に怒りと狂乱の光を灯しながらアサギを睨みつける。


「無駄だ───脊椎を断ち切った───もう動けまい」


 怒りと悲痛の篭った唸り声を上げた火熊が大きく息を吸い込んだ。

 だが、


「当然───動けないとそう来ることはわかる──」


 火熊の喉が大きく膨れた瞬間、アサギの射撃が突き刺さる。

 倒れた火熊の喉に直撃したと同時に熊の頭は吹き飛びながら爆発した。

 

「──火熊は空気と反応し高温で発火する唾を生成して吐きかける事ができる。だが──口の中で弾けさせれば問題はない」

「うーん、アサギくん日本人なのに熊と相対して冷静に戦えるなんて凄い度胸ですねえ」


 小鳥は樹の枝から地面に飛び降りて声をかけた。高さはあったが、地面が柔らかい砂地なので大丈夫だと把握している。半々ほどの確率で。

 アサギは剣を背中の鞘に納刀しながら、


「──慣れだ────君たちは大丈夫か──? あまり───気持ちの良い死体では無いが───」


 言われたので火熊の死体を見れば、喉が大きく裂け、頭が吹き飛び、脳漿は飛び散り熱気と合わさって吐き気を催す臭いを放っているグロテクスな肉になっていた。

 ふむ、と顎に手を当てて小鳥は観察する。


「ダンジョンと違って死体が残るわけですか。しかしまあ、死体は襲いかかって来ませんので平気ですよ。怖くない」

「───時々この子ほんとに女子高生か怪しくなる──」

「いやでも死体でも空飛ぶゾンビは怖いですって……アクリアセンパイ?」


 小鳥に背負われている幼女が肩を叩いたので尋ねると、彼女は苦い調子を声に乗せながら、


「う゛ぐううう……早くあの死体から離れてくれないかしら」

「あらあら、あなた、この子が気分が悪いみたいよ」

「何その───お母さんキャラ──まあいい。熊撃ちに来たわけではないからな────早々に離れるか──血の匂いで魔物が集まっても面倒だ──」


 ということで小鳥は幼女を背負ったまま忍者走りで去るのであった。


 約50mで体力が尽きて降ろしたが。



 ********




 当然のことながら奥に進めば進むほど熱気は強くなり息苦しさも覚える。 

 汗で消費した水分を、幼女が放出する水で補給する。排泄系のことを考えた方は病気なので専門の機関でカウンセリングを受けよう。

 とにかく、水属性魔法使いの幼女先輩の魔法で水を生成しながら進む。魔法で作られた水にはミネラル成分などがほぼ含まれていない純水なのでマズイ。蒸留水みたいな味がする。しかし贅沢は言え無い。

 魔物も時折襲いかかって来るが、主にアサギが退治する。アクリアの水魔法も有効ではあるのだが、攻撃に魔力を使うぐらいならば防熱と精水に使わせる為に温存している。

 小鳥は主に幼女の運搬とかをしていた。


(……ええっと、はい。だってここ罠とか無いですし)


 ともあれ。 

 三人はひいこらと疲労を覚えながらも森を前進していたのである。


「かなり厳しい環境ですね……攻撃的な魔物も多いです。グレフは大丈夫でしょうか」

「そうね……一部の獣人や亜人は魔物に襲われにくい性質があるらしいけど、グレフもそうだといいわ」

「───だが、もう会えなかった時の事も考慮しておけ。死人を際限なく探すのは───御免だ」


 ぽつりと、それでいて聞こえるように呟いたアサギの言葉である。

 幼女はぎっと彼を睨んだ。


「どうしてそんなこと言うのよ! きっと見つかるわよ!」

「───居なくなった人を探す者は皆そういうのだろうな。フ───いや、なんでもない」


 どこか遠い目をしながら彼は皮肉げに笑って話を打ち切った。

 行方不明。

 現代の日本では『浅薙アサギ』という少年は行方不明になっている筈だ。彼の家族は彼を待っているのだろうか。それとももう死んだものとして処理しているのであろうか。

 

(彼にとって帰れる──帰りたい場所である故郷が、彼を待っていて欲しいと思います)


 そして小鳥は考える。


(わたしの家族はどうなのでしょうか。居なくなって心配していますか? でも、わたしは元気ですし大抵生き延びるので大丈夫なのだと伝えておきます。そのうち帰るので心配なきよう……)


 

 その後は少しだけ空気が重くなり、黙々と探索が続いた。



 暫くして小鳥のセブンセンシズが反応を起こした。暑さとダルさで神がかり的な閃きを受けたのかもしれない。

 そこはかとなく感じた方角に先導して皆を引き連れてると──

 遠くの、木々の隙間に走っている獣人を見つけた。


「グレフ!」


 幼女が声を上げますが、ここからは届かない。

 

「何かに追われるように急いで走ってます。少し様子を見ましょう」


 小鳥が提案して、グレフの死角方向から接近し彼の様子を探る。

 すると──


「ハっ、ハっ、ハっ……!」


 走るグレフ。

 おおよそ25メートルほど一直線に全力で走り、一度しゃがんで方向を180度変え反対方向に再びダッシュ。

 25メートル区間を全力で走ることを続けている。


「次!」


 自分に言い聞かせるように彼はその場にうつぶせになり、腕立て伏せを始めた。

 声に出し回数を言い、50を数えた時に今度は仰向けになり腹筋に移る。

 腹筋運動も50こなし、彼はふらふらとしながら、持ってきた大きなリュック……そこに入っているスポーツドリンクのマークの入った水筒を口に付けてぐびぐびと美味しそうな経口補水液で水分補給をしている。

 そして口元を拭い、一回大きく深呼吸して叫んだ。


「よしっ! ワンモアセッ!」


 


「ワンモアセッじゃねえええええ!!!」



 同時に叫んだ幼女と魔剣士の飛び蹴りがグレフに突き刺さった。

 





 *************





 ボコボコにされた後に正座させられている獣人がいる。

 グレフ。

 炎属性近接系魔法使いレベル5で毛深い犬顔の獣人だ。身体能力も魔法実力もソコソコなのだが、彼が挑む相手が最強ランクなので学内では負け犬扱いされている補助教員。

 毎回ボコボコにされていてもなんとなく復活してるのはギャグ体質なのかもしれない。

 ともあれ。

 幼馴染の幼女に散々心配をかけていた彼は糾弾されている。


「あんた馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど本当に馬鹿なのかしら!? 哀れ系なの!? 予防接種するわよ!?」

「な、なんだよういきなり。おれは只山篭りの特訓をしていただけだぞ」

「その内容はどんなことしてたのよ!」

「反復横跳び100回の3セット、10kmのマラソン、25メートルダッシュ10本、腹筋50回3セット、腕立て50回3セット、スクワット100回2セット……これを毎日やった後は筋肉を回復させる為に休憩を」

「体育館でやりなさいよ馬鹿じゃないの!? なんのために山火事蔓延る危険な森に来てるのよ!」

「はっはっはアクリア、ちゃんとおれだって考えてるんだぞ。ここは山火事の関係上酸素が薄いからトレーニングには持って来いなんだ」


 爽やかに犬歯を見せながら笑って言う犬。

 確かに呼吸がしにくい場所ではあるから高地トレーニングのような効果が期待できるかもしれなかった。トレーニングもわかりやすい筋力と持久力の向上を目的としているし、適度な休憩も効果的である。

 だが、


「……なんでしょうね、この理に叶ってはいるけれど納得行かない感」

「───スポーツドリンクまで用意してる────なんか腹立つな」

「ああ、砂糖と塩を持ち込んでな、このボトルに水を作って砂糖を大さじ3杯塩を小さじ1杯入れることで水分吸収効率が10倍以上の経口補水液を作ってるんだ……ん? アクリア?」


 わなわなと震えている幼女が怒りを顕に、思いっきり手を振り上げて殴りつける。

 幼女ごときの力、普段からバットでボコボコに殴られている上に毛皮に包まれている獣人には到底通用しない。

 まあ、その身長差から拳がふぐりに直撃しなければであるが。


「ぐぬおー!」

「馬鹿犬! 馬鹿犬! あ、あ、あんたが火の森のファイアドラゴンに食べられてるんじゃないかとか連絡もしないでクビになったらどうするのよとか、散々心配させといて! 何普通のトレーニングしてるのよ! 低酸素でやりたければ風属性魔法使いにでも頼みなさいよ!」

「お……おれのふぐりっしゅ……」


 舌をだらりと口から出して倒れている犬を見下ろしながら小鳥も意見を述べる。


「せめて森なんだからゴリラとタイマンするとかそういう訓練をしてて欲しかったですねえ」

「ゴリラウィッチが相手だからってそれは───お誂え向きに、この森にはドラゴンが住むから其れでどうだ──?」

「あんた達、うちのグレフを過大評価してない? ドラゴンどころかオオトカゲ相手でも無理よ。負け癖付いてるんだもの」

「『うちの』ですってアサギくん」

「フ───早速この犬を去勢するとしよう───」

「ななななななによ別に深い意味はないわよっていうか止めなさいよ!!」


 去勢や性転換もともかく、迷い犬を見つけるという当座の目的は果たした。

 これで後は帝都に戻るだけである。何度も言うようにここは熱くて息苦しいので長居はしたくない。ぬるい風呂に入って寝たい。


(ええ、でもわかっています。お約束的に)


 帰るまでが遠足。帰宅までが学校。報酬を貰うまでが任務。

 行きは良きかな帰りは怖き。

 気を抜いたら───死ぬのが人生である。

 ドラマティックな襲撃があるというならば時は今、場所はここだと小鳥はメタな目線で予想していた。

 一度死にかけた小鳥の危険察知スキルが、先程会話に出た『ドラゴン』という単語を拾ってからビンビンと警報を鳴らしていた。

 音より先に、光より先に、脳の閃きにより。ヤバめなフラグの回収のために。

 小鳥は咄嗟に幼女を抱きかかえて後ろに向かって跳躍する。


「……アサギくん!」

「───!?」


 小鳥に遅れて彼が気づいたのは遥か遠くから炎の固まり──炎の大きさからゆっくりと錯覚しそうになるが、恐らく音速を超えた高温度の物体が炎の尾ひれを引きながら飛んできた。

 一瞬。

 本当に瞬きほどの時間であった。小鳥も、1メートル後ろに飛んだだけでは着弾範囲から逃げれなかった。

 咄嗟の判断で袖に仕込んだ符を掲げた。

 簡易詠唱を使う暇もなく、効果は下がるが省略発動。

 小鳥の眼前に氷の壁が生み出される。

 付与魔法で作られた呪符──『氷結符』……アイスの魔法の篭ったそれが発生し、強暴な熱の炸裂を遮断した。

 ただし、小鳥とアクリアの二人だけ。


「アサギくん……!」


 そして残念ながらアサギは……

 故郷へと帰ることを夢見た日本人は、突然降り注いだミサイルの如き攻撃によって、骨も残らずに吹き飛んでしまった。

 いつだって、努力が報われるのは時々である。不条理と理不尽がまかり通る世界では。

 小鳥は炎が飛んできた方向を睨みながら宣言した。

 

「……仇は討ちますん」

「────どっちだ」


 背後から声がかかる。そこには片手で頭を抑えて険しい顔をしているアサギが立っていた。

 二人の背後──つまり、防御魔法の内側に。


「おやアサギくん、いつの間に」

「これも───マジックアイテムだ────」


 彼は腰に飾りのようにつけている5センチ四方ほどのキューブを見せた。


「宝遺物『無限光路』───特殊な移動次元を通り最大で光速の876倍の速度を出し短距離を転移することができる─────ただ、使用後に頭痛がするのだが」

「876倍。またとんでもない数値が出てきましたね」 

「使ってるオレも───そう思う───くっ……静まれ、オレの頭痛──」


 本気で頭痛がきつそうな顔をしている。

 今まで使わなかったというのは、つまりこの副作用がキツイのである。外傷ならば耐えられるアサギも脳に直接フィードバックされる激痛はそう使いたいものではない。


「……ところでグレフは?」


 幼女の言葉に思い出したかのように爆心地へと視線を戻した。

 爆炎が吹き飛んで飛び散ったおかげで火の海と言うことはなかったが、小規模のクレーターすら出来ているそこに……。

 焼きあがった獣人が倒れていた。


「グ──グレフ……?」

「待ってくださいアクリアセンパイ」


 へたり込みそうになる幼女を支えて、小鳥は真面目な意見を言った。


「そうやってシリアスな弱気になったらダメです。ここはギャグで誤魔化しましょう。シリアスになると死にますが、ギャグ描写ならグレフも焦げただけで起き上がります」

「え? え? ど、どういうことよ」

「お約束です。えーとですね、それじゃあアサギくんやりますよ」

「やってみる価値は──あるか───」


 小鳥は焦げてピクリとも動かないグレフを指さしながら叫んだ。


「グレフ殿がまた死んでおられるぞー!」

「死んどる───!?」


 アサギもわざわざ乗ってくれてしかも『ガビーン』と口で発音した。今時ガビーンて。彼は90年代の男なのでそっとしておいてあげる情けが小鳥にはあった。

 

(でもまあこうやってギャグ時空に巻き込めば大体は大丈夫なはずです)


 普段ギャグっぽくアイスに殴られているグレフだからだ。常識的に考えれば彼女の持つ20キロぐらいありそうなバットどころか、普通の鉄製バットで殴られただけで骨は折れるわ障害は残るわ死ぬわの大惨事になりかねない。それでも平気ということはギャグ補正があるはずだと、小鳥は判断する。

 ふう、と汗を拭って軽い調子でグレフに近寄った。

 そして心臓に手を当てて様子を見る。


「……心臓が止まってますねえ」

「グレフー!?」

「あ、瞳孔も開いてます」

「グレフー!」

「まさかガチで死んでいるとは」

「グレフー!!」


 ギャグキャラなんだから一行ぐらいで起き上がって来て欲しいものであったが。

 アサギがゴソゴソとポーチを漁って小さな薬瓶を取り出す。


「フ──起きないなら丁度いい───性転換薬を使わせてもらおう───」

「グレフー!?」

 

 と見せかけて普通に傷回復のポーションをグレフの体に振り掛けるが、彼の反応は無い。

 

「仕方ありません。わたしがどんな怪我でも一発でスパッと治る秘孔を見よう見真似で押しましょう」

「ちょっ……それ大丈夫なの!?」

「ええ。ただし押してから三日後体が爆発して死にますが───とう!」

「グレフー!」


 ぶすりと背中の秘孔を押した。

 が、やはり呼吸は戻らず脈も動き出さない。


「……おかしいですね、いずれかの段階で『生きとるわー!』とツッコミを入れながら起き上がるのが定番ですのに」

「むう───ノリの悪いやつだ。残念だったな──」

「諦めるんじゃないわよー!? 馬鹿でしょあんた達ー!!」

「────!」


 アサギが剣に手をかけた。

 そしてマントを翻し振り向きます。すると遠雷のような雄叫びが聞こえてくる。


「先ほどの火炎───竜のブレスだ───来るぞ」

「どうしましょうか」

「オレが相対する───離れていてくれ───それと、このポーチを渡しておくから───そいつの蘇生なり逃げるなりに使ってくれ」


 そう言ってアサギは腰につけたポーチを外し──彼のとても大事なものだ。寝ている時でも腰に付けるほど──小鳥に放り投げて渡した。

 彼が剣を抜き放ち咆哮へと向かって駆け出す。正直、強い敵と戦う時は足手まといである小鳥が近くに居ないほうが彼も戦い易い。

 小鳥と幼女はとりあえず死体──この言い方はいけませんね、死亡診断書も書いて貰ってない以上法的には死体ではありませんしと思いつつ──とにかく、グレフの体を引きずって大木の陰に隠れた。


「ちょっと魔剣士大丈夫なの!? 相手はドラゴンよ!?」

「大丈夫です。大体の物語においてドラゴンは強くて恐れられていますが───」


 アサギの疾風のように走る背中を見ます。50メートルほど離れた所で、木々をへし折りながら空から赤い鱗のドラゴンが姿を現した。大きさはちょっとした家ほどもある巨体に人間どころか先程の熊を丸呑みにできそうな牙の生えそろった口。咆哮はこの距離からで心臓が止まりそうな恐怖を与える。

 村一つは軽く滅ぼせそうな竜。

 物語でしか見いたことは無い伝説の生き物。

 ただし、物語でよく見る敵の竜はいずれも、


「──ヒーローの噛ませなのですから」


 だから、アサギは負けないのだろうと小鳥は信じている。


 



「そう、この時まではそう思っていたのでした……」





「不吉なナレーション入れてないでグレフの治療するわよ!」

「はいはい」

 

 適当に返事をしてアサギのポーチを漁り始めた。

 

(なに、気にすることはない。全てはなるようにしかならないし、それでいて結構どうにかなるものなのですから)


 小鳥はいつだってそう思っている。



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