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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
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16話『玩具修理者』





「ひひうー。ひひうー」


 小鳥はそんな情け無い声と共に息を吐きながら涙目で手首を持ち上げた。

 触れただけで手首を焼いた万力で挟んで杭打機を打ち込まれるような激痛が走り、もはや、


「ひひうー」


 としか言い用が無い。彼女はなにか無闇矢鱈に謝りたくなってきた。ごめんなさいわたしが魔女です。火攻めよりは石を抱かせて湖に沈めてください。そんな感じである。

 はっきり言って土手っ腹をぶち抜かれた時より余程痛い思いをしている。

 あの時は神経がショートしてすぐさま気絶したのでそんなに痛かった記憶も無かったのだ。

 

 今はダンジョンから帰ってきての宿屋である。メンバーで反省会というか小鳥の治療タイムにあった。

 ピクリとも動かない右手首をなんとか板の上に乗せて、包帯を取り出した。

 アサギから貰った痛み止め効果のある薬を染みこませた布を左手でくるくると巻いて行く作業を自分で行う。他人に触られると恐ろしいと感じたのである。

 

「い、痛そうウサ」

「ぐすぐすーん。手首がもげそうです……唾つけたら治るってレベルじゃないですよこれ」


 まさかアサギが軽々と使っているショットガンの衝撃がアレほどだったとは思わなかったのだ。ショットガンを撃った経験が不足していた彼女の誤ちであろう。近年では実際にショットガンを撃つ女子高生の数が減っているとされている。

 そもそも彼は身体能力を魔法具で向上させているし銃も使い慣れているので、同じ日本人といえども肉体としては脆弱極まりない小鳥のスペックとは比べるべくもない。彼女の体育の成績は2だ。運動してると友人に心配される。

 包帯を軽く巻いたあと、きつくぎゅっと締めた。


「がりれふぃがろほおおお……うう、歌って誤魔化そうにも痛すぎて泣けてきました。痛くて辛い時はボヘミアンラプソディを歌えば平気になるってシェイクスピアも言ってたのに」

「自業自得だろォが」

「もう二度と戦おうなんて気は起こしません。イカレさんの背中に隠れてます」

「戦いですら無かったわけだが」


 辛辣なジト目で小鳥を見るイカレさん。

 アサギは頭を下げながら言った。


「──済まない──軽率に──持たせる武器ではなかった──」

「アサギくんが悪いわけじゃないです。わたしが州知事でもデビルメイクライでも無いというのにショットガン片手打なんてしたのが間違いだったのです。自己反省プログラム作動。反省中。反省終了」

「───それより──腕の治療をしなくては」


 この状態の右手複雑骨折では固定して放置していたところで骨が変なくっつき方をして不味いことになりかねないだろう。

 それにこれではダンジョンに行っても役立たず度が高い。授業や日常生活に支障が出てしまう。

 

「そこはほらファンタジーなので。回復魔法とかあると習いましたが」

「アイスに頼んでやってもらうかァ? 言っとくけどよォ、俺も肋骨に罅が入ったときにやって貰ったが死ぬほど痛ェからな回復魔法。魔法使いってマゾなんじゃねェのって思うぐらい。砕けた骨が周りの肉を押しつぶしながら強制的に元の形に戻る図を想像してみろ」

「ひひうー」

「……マジ泣きしながら首を振らなくても」


 アサギくんが次にマジックポーチから薬を取り出しました。


「骨折を一晩で治す薬も───あるにはある───ただ──死ぬほど不味いが──酔っ払ったおっさんのゲロゲーロを彷彿とさせる風味───」

「なんですかそれまたシリーズオッサーンヌですか」

「『オッサンーヌの唾』──だ」

「唾を付けても治らないとは言いましたから唾には頼らないですよもう嫌です凄く嫌ですそれ」


 激痛に耐えるかオッサンーヌの唾を飲むか、究極の二択を迫られる小鳥である。

 おずおずとパルが手を上げた。


「他にもうちの神様の奇跡で治すという方法もあるウサ」

「それはどのような?」

「ええと、歌神は音楽の神様でウサから、歌や演奏に関わる負傷は奉納演奏と引換に治してくれるウサ。喉を治してもらったらお礼に歌うとか、コトリさんの場合は腕だから楽器を演奏するとか」

「楽器ですか……うーん、ピアノの練習曲ぐらいなら弾けますが」

「神様からの採点もあるウサが……とにかく明日やってみるウサ?」

「一番真っ当そうですのでお願いします」


 激痛や唾よりもそれは後味が良い治し方のように思えた。

 パルは準備があるから明日の朝呼びに来る、と言い残して彼の住む教会へ帰って行った。

 残された小鳥だが、この腕では料理をつくることもできない。下手にアイスが帰ってくれば彼女が厨房へと向かう恐れもある。


「やむを得ん───オレが作るか──」

「お願いしますアサギくん。イカレさんに作らせたら温めた塩水に豆が浮いてる飢饉食みたいなのを出されますので」

「んだよ。うまかねェが腹には貯まるし安いだろォが」


 イカレさんの場合料理が得意とか下手とかではなく、ただ面倒臭がりなので最低限食べれる貧しくて簡単メニューで済ませてしまうのである。むしろ素材のままとかも多い。ヘタしたらネズミの丸焼きとか食べる。水場によってきた他の村の少年をボウガンで射殺したりする。そんなイメージすらある。

 暫くアサギが夕飯を作るまで食卓でイカレさんと二人で待っていた。

 そういえば、と小鳥が思いだしてダンジョン探索で気になったところを話し出した。


「イカレさんがやたら凄くとても多くめっちゃ引っかかる罠なのですが」

「やかましいわ」

「いえ、非難しているわけではなく。ただ、イカレさんが引っかかるにしても引っかかりそうだからわたしが回避させている罠にしても、妙に殺傷力の高い罠が多いのですよ」

「そォなのか?」

「そうなのです」


 小鳥が気になったのは、パルやアサギも引っかかりそうな無造作に仕掛けてある罠と、イカレさんがピンポイントで引っかかる罠の違いであった。

 普通の罠の効果は、火薬式ではなく魔法の込められた足が遅くなる地雷や一定時間口が聞けなくなるガス、気分が落ち込む魔方陣や転びそうな凹凸。落ちてくるタライにゴム弾の銃撃とそこまで殺傷能力の高くないものが多く見られアトラクション的に感じる。

 対してイカレさんの足元にピンポイントで転送されたり進路上に埋設されたりしているのは対人地雷やクレイモア地雷、タライではなくキニーネ系の猛毒が塗られた刃付き草履を履いた中年男性が落ちてきて襲撃したり、壁が開いて手榴弾が大量に転がってきたり前方から自動砲台ライフルで狙撃されたりと様々な致命罠に狙われているのである。

 他の冒険者の話でも、色々厄介な罠は多いけれど一撃で致命傷を負うようなものは珍しいという。

 

「つまりイカレさんはウルトラ運が悪いということです」

「そんなレベルか? それ」

「ちなみにウルトラ運が悪いの語源は、ある日いきなり宇宙人に出会い頭に衝突されて即死した挙句憑依して治してあげるから許してネと言われるような運の悪さです。その後は半強制的に異星人との戦闘の日々」

「マジかよ……宇宙人怖ェな。法律はねェのか。銀河法とか」

「人類にはロキシー・ミュージックを用意して奴らの頭を粉砕するしか残された道はありませんね……。しかしイカレさん、ダンジョンの管理人か何かに恨みでも買っているとかありませぬか?」

「知らねェよそんなこと。敢えて言うなら召喚士だからかァ? そォいや蟲のやつはどォなんだか」

「蟲召喚士さんですか。その方も冒険者を」

「あァ。五月蝿ェやつだから苦手っつーか相性が悪いっつーか。蟲と鳥だしな」


 イカレさんは嫌そうな顔をしながらそっぽ向いた。まだ小鳥はその蟲召喚士とやらには会ったこと無いが、イカレさんと相性の良い人間などレザースタイルのモヒカンぐらいじゃないかと思わなくもない。

 召喚士は髪の毛と目が虹色なので見ればわかる為、冒険者をしていればそのうち顔を合わす機会もあるだろうと予想する。

 そうこうしているとアサギが料理の盛られた皿を持って来た。

 皿には魚のフライの甘酢あんかけと刻んだエビ入りのオムレツがそれぞれ乗っている。温かい芳香がふわりと立ち上った。


「アサギくん料理上手ですね」

「一人暮らしだったからな───金も時間もあった──」

「手前ら異世界人は料理の種類が多彩でいいなァおい。アイスなんて何作らせても産廃だし」

「──さりげなくリア充自慢入れやがって────骨喉に詰まらせろ」

「なァにが自慢だなにが。あーうめェうめェ」


 がつがつと食べ始めるイカレさん。料理の味に頓着はない──自分の適当メニューでもアイスさんの黒料理でもとりあえず口にするぐらい──のだが、うまいものにはうまいと云う。

 小鳥の魚フライはわざわざ骨を取り除いている心配りがあった。料理の見た目も紅い野菜と緑の野菜で色彩よく食欲をそそる。左手でスプーンを持ち口に入れるとふわっとした白身魚の肉に酢のしょっぱくて酸っぱい味が口に広がった。程よく食感の固い野菜がかりかりとしている。熱いご飯があればその上に乗せて食べても、美味しそうであると小鳥は思う。

 また、これはフライが温かい上にじゅっと甘酢をかけている状態だが、一晩酢につけたまま寝かせると魚の身が柔らかくなり、酢の味もしみてたまらんのである。

 オムレツも中身はとろりとしていて外側がカリッと形を作っている絶妙な火加減であった。トロリ卵の中に刻んだ野菜とエビのぷちぷちがあって飽きさせない味をしている。

 小鳥が作る料理のさしすせそを悪用して押し付けがましく味覚に美味を味合わせるものとは違い、普通に美味しい料理であった。

 彼女個人的には自分で作る料理よりも、他の人が作った料理のほうが好きである。理由としては自分の料理に得体が知れない不気味さがあることを自覚しているからだ。

 

「これが三十路独身男性が食べさせる相手も居ないのについ料理に凝って上達した料理の味……凄いですアサギくん。見直しました」

「時々小鳥ちゃんの言葉から悪意のないフック系攻撃を感じるのだが───」

「うふふ、変なアサギくんですね」


 そんな感じで夕食を食べながら談話をしていた。

 実際鈍キツイ系の痛みがある右手をごまかすために小鳥は笑っていたという。



 この日はアイスは仕事が忙しくて結局宿に戻って来なかった。

 彼女から貰った氷の呪符を手に巻いて、傷んで熱を持つ右手を抱えながら一人ベッドで眠り小鳥は呻いていた。

 

「うう、ぐす。痛いです」


 痛いけれど、自業自得なので仕方が無い。

 だからその日はぐすぐす泣いて疲れて眠り、痛みで夜に起きてまた泣いて──何度か繰り返してわけが分からなくなり過ごした。

 

(骨折って痛いんですね。JK)


 常識的に考えて、女子高生はそう思った。






 *******







「ヘイ、パラライザーくん。確認だぜですよ」

「OKミス・コトリ。なんですウサ」

「わたしの腕を治すためにピアノを演奏する。OK?」

「イエァ。その通りウサ」

「それで、なんで路上パフォーマンスなんですか」


 パルの住処の教会は貧民街の一角にある。帝都における貧乏移民の大半が住み込んでいる、毎日娼婦の死体が見つかり路地裏には注射器が転がっている区画が貧民街である。

 治安の悪さは商業区や住宅区に及ぶべくもなく悪い。ともあれそんなスラムにある教会の一つが、パルが仕える歌神を信仰する教会の一つなのである。もちろん別の区にもあちこちある教会の支部の一つだが、歌神は貧しい者にも人気のある信仰である。財産も土地も力も持たない者でも歌で陽気になれる。

 その教会の前に簡易ステージとピアノが置かれていた。身なりの悪い暇な観客が地べたに座って早速集まってきている。

 小鳥は舞台袖でパルに問い詰める。


「……ここで演奏しろと?」 

「はいウサ。歌神からの評価もそうでウサが、多くの人に聞かれ心を動かしたというのも評価ポイントなのでウサ」

「ううう。わたしが弾けるのは精精練習曲なのですが。騙したな大佐。わたしを裏切ったのか」

「がんばるでウサ」


 骨折して次の日。パルに連れられてその教会の前まで来たと思ったらこれである。

 暇だからと付いてきたイカレさんとアサギも観客席に座っている。見た目が明らかに貧民拗らせて外道へ走った雰囲気のイカレさんはともかく、意外とアサギもこの辺りに潜伏している黒尽くめの殺し屋といった剣呑な空気が街に似合っていた。

 それにしても、と小鳥は軽く頭を掻く。

 てっきりこっそり演奏して神様に聴いてもらうものだと思っていたのだが、客を呼んで演奏会を開くとは聞いていなかった。

 パルに手を引かれステージの中央へ向かった。

 そして彼は小鳥の骨折した手を掴んで上に掲げる。激痛が走り息を吸い込む小鳥。


「えーそれでは歌神の弾き手治癒ライブを行いますウサ。演奏者はトリカイ・コトリさんー!」


 まばらな拍手。

 そしてパルは祈りを捧げる。


「彼の者は音を紬し奏者。神の為に音を響かせ人の為に音を奏でる。神よ、祝福を与え給え」


 詔を言い。

 そして奇跡は訪れた。

 空高くから光が降り注いで小鳥の右手に月面基地から発射されたマイクロウェーブめいて照射される。

 光に包まれて、彼女の複雑骨折した右手が──痛みが引いて、指、手首と動くようになった。

 今まで骨折していた違和感など無いほどに自在になり、小鳥はわきわきと指を動かした。

 やおら彼女はピアノの椅子に座った。

 音楽など専門的に習ったことは無いが、キーボードで演奏するゲームをプレイしていた経験と記憶はある。

 小鳥は頭のなかで上から落ちてくる楽譜をイメージしながら指を鍵盤に触れさせた。


「それでは適当に『マゼッパ』いきます」


 超絶技巧練習曲四番を弾き始めた。ネタ的に覚えたこれ以外では、48の殺人ピアノ相手に習得したピアノ拳ぐらいしか彼女は使えないだろう。

 次第に人が集まりだして彼女の独奏を聞く客が増えてきた。

 練習曲とはいえネタ的に難しい音の重なる一曲である。独特の音程が人の耳を引きやすいのだろう。

 楽譜は無いが元から見ただけで理解を拒む楽譜なので小鳥もあまり理解していない。指に染み付いた反射のみが頼りで演奏を続ける。最初は天津飯みたいに手を4つにしないと弾けないかと思ったが、練習するうちになんとかできるようになったのである。音楽の成績が良い女子高生だからこその腕前だ。まあ、五段階評価で四ぐらいあればギリギリ弾けるだろう女子高生なら。

 時折イカレさんの「なにあの指の動きキモイ」とか云う声が聞こえたが頑張って完奏し、小鳥は額の汗を拭った。

 終えたときには拍手が響いた。聴きに来た観客たちは皆物珍しい演奏を見たと喜んでいる様子だ。


(ううむ、宴会芸的に覚えた曲なのですが異世界でもウケルとは)


 目を輝かせたパルが言う。


「グッドウサ! 歌神様からも好評ウサから、利子も残傷も無くコトリさんの骨折は完治するウサ! コトリさん凄いウサ!」

「ほう。それはよかったのです。なにせこれしか弾けませんし」


 安心の吐息を吐き、完璧に治った右手をじっと見る。歪に骨が歪んでいた様子も、炎症で膨らんだ様子もなく。ただの健康な手に戻っている。

 

「よかった、よかった。神様は、こちらに加護をくれる限り偉大です。スパゲッティ・モンスターも実際に電話料金を安くしてくれたら信仰してたのですが」


 パルが手を握りながらブンブンと振って云います。


「正直にいうと演奏聞くまで侮ってたウサ! 小鳥さんがピアノ弾くっていうから戦車で踏みつけるのかと思って知り合いの死神司祭に戦車借りてこようかと悩んでたぐらいウサ!」

「まったく人を何だと思っているのですか。鳥取の女子高生が戦車になんて乗るわけ無いじゃないです。茨城県の女子高生じゃあるまいし」

「──茨城県民は乗るのか──?」

「乗りますよ?」


 ジェネレーションギャップに苦しむアサギに、小鳥はきっぱりと事実を伝えた。 

 





 ***********






 今日も今日とてダラダラと日常を送り怠惰の湯船に体を沈め腐らせている小鳥達ではない。

 その日は宿のイカレさんの部屋に小鳥とアサギが来ており、異世界人アサギを加えての元の世界へ戻ろう会議を開いている。

 テーブルにフラクタル模様の召喚陣が描かれた紙が置かれている。


「これが手前をこっちの世界に呼び寄せた、異世界召還用の陣だ。ダンジョンで魔王は何かを異世界に送ったり呼び込んだりするために色々実験してたらしィぜ」

「ふむ───しかし──オレの場合は別に召喚士に呼ばれたのでは───無かったな───こんな陣はあった気がするが──」

「ちなみにアサギくんはどんなところに現れたのです? わたしは例によってイカレさんがあっさり引っかかったトラップルームでしたが」


 閉じ込められて餓死寸前だった彼は小鳥が召喚されなかったら死んでいたのではないだろうかと思い出しながら聞いた。

 アサギはもうかなり前のことなのでやや考えてから答える。


「確か──ダンジョンの中の宝物庫のような場所だった───そこに魔剣とマントがあったから───つい装備して部屋から出た──すると戻れなくなったな───」

「躊躇わず剣とマントを装備するとは。流石ファンタジーライトノベルが全盛期だった世代は格が違います」

「正直──ちょっと興奮してた」


 まあその後10年以上も帰れないとは思わなかっただろうが。


「とにかく、誤作動しただか俺が作動させただかでこいつはこっちの世界に来たわけだが、これとは別に異世界へ転移するための陣も用意されているらしい」

「其れは──?」

「術式の開発記録ノートの切れ端だ。こんなことが書かれている」


 イカレさんは端が黒色の薄い液体で滲んで読めなくなったそれをテーブルに広げた。



 ===



 終末まであとXXX時間。

 地球世界への転異術式[保持し呼ばれる場所へ]がほぼ完成した。次元アンカーの反応良好。座標を上下誤差幅コンマ6で安定。

 通り抜ける魂の変質を防ぐために魔力の同調を試みて成功。よっしゃ。もう一回書いておこう。よっしゃ。

 これにて256分の1の確率から成功確率を2分の1まで上げた。やべえ我天才かも。絶対行けるってこれ。ダイジョブダイジョブ。

 日本に繋がったら秋葉原のメイド喫茶に行こう。メイド喫茶にメイド連れて行ったらどういう反応になるだろうか。楽しみである。

 しばらく平和な日本に不法滞在してほとぼりを冷まそう。ど■も最近アカシッ■■■■ドを読■に滅びの流れが■■■■……

 



 ===



「アキバだかなんだか知らねェが異世界を魔王が行き来してたのはそれらしィだろ?」

「……というか露骨にわたしたちの故郷に来ようとしてたみたいですけどね魔王」

「メイド──? 秋葉原にはそんなものが──?」

「90年代で情報が止まっている、秋葉原といえば電脳組なアサギくんは知りませんか。わたしも行ったことありませんが、ソフト風俗みたいなものらしく」

「ほう───個人的には元貴族なのに家が没落してメイドに見を窶したけれど元来のツンケンした態度は治らずに『なんでわたくしが給仕の真似事を……お茶が入りましたことよ!』と昔は立場が下だったオレに言ってきてメイド長に怒鳴られ涙目になるとかそういうプレイがいいんだが──可能なのか」

「思っていた以上の食いつきですね……」


 舌を回し欲望を語るアサギから約30cmほどいつもより離れる小鳥。

 イカレさんも虹色の目を光らせて、


「俺ァ今まで羽毛だけで服を着てなかったハーピィのカワイコちゃんが初めてゴテゴテしたメイド服を着て翼が出しにくいだの尾羽でスカートがめくれるだの文句を言いながらも給仕してくれるほうがいいぜ」

「慣れない服に戸惑うシチュいいな──」

「あァ」


 何やら意気投合しているオッサン二人から距離をとりつつ。


(カワイコちゃんと来ましたか。今時使わねえですよその表現)


 もうお前らこの街でコス喫茶開業しろと小鳥は思うのだが、その場合彼女もニンジャメイドとして登用されてしまうのだろうか。

 ともかく話が逸れまくって居るが、大事なのは日本に繋がるワープゲートが存在するという情報なのである。

 ここで日記は途切れているが魔王はしっかりと完成させたのだろうか。


(……?)


 唐突に小鳥の危険察知スキルが閃きを見せた。

 彼女は口の前で指を立てて、喫茶店経営を検討しているオッサン二人に声を潜めて言う。


「しっ。わたし達の密談を聞いているスパイの気配を感じます」

「何──コス喫茶開店の秘密を探ろうと───!?」

「そんな話題だったかなあ」


 別に小鳥とアサギが異世界人だろうがなんだろうが、知られてどうなるわけでもないが。

 小鳥は腰に下げた投擲用ナイフの一本を取り出した。

 古来より知られてはいけない情報を知ったものの末路は凄惨なものである。伝統に則り彼女も悪魔の儀式への生贄へ使う事へ罪悪感を覚えつつも奇妙な快感を感じていた。


「そこですっ!」


 小鳥の直感に従って投げ放ったナイフは回転しながら一直線に窓ガラスへと当たり──割れると音を立てて窓を突き破り飛んで行く。

 そして彼女は間髪入れずに窓ではなく入り口の扉へ近づき、ドアノブを捻って内側に開けた。


「うええ!?」


 ドアに耳をつけていた部外者──不審人物は転びながら部屋へと入って来た。

 イカレさんはガタっと椅子を蹴るように立ち上がる。


「ちょっと待てェ! 窓ガラスを割った意味は!?」

「その場のノリですが」

「死ね! 凄ェ勢いで死ね! なんかこォ受賞するぐらいの勢いで!」

「仕方ありませんねえじゃあメイドスパイが窓から覗いていたので先制攻撃をしたでいいですよもう。家政婦メイドは見た的な。実際居ましたよ」

「死ーねー!」

 

 イカレさんが床をガンガン蹴りながら叫び猛る。窓ガラスは後で直しておくから機嫌も直してくれると嬉しいと彼女は希望的観測をするのだが。

 ともあれ床に膝を付いたまま、二人を見上げている不審人物は少女である。小鳥に見覚えは無かった。

 ハンチング帽を目深に被っているが腰まで伸ばした長い髪が目立ち薄く光っている。服装は女子高生の制服に似たミニスカート姿だったが、色眼鏡と帽子が怪しい記者か探偵のようであった。

 アサギくんがチャキ、と魔剣の柄に手をかけた。


「何者だ───事と次第と容姿によっては───従業員になって貰う──」

「かなり意味不明な脅し文句ですねえ」


 魔剣に彼が手をかけたことで、その少女は「ひっ」と息を飲んでかさかさと地面を這って──イカレさんの足に右手でしがみついて彼の後ろに隠れた。


「まままま魔剣マッドワールド……サイちゃん! サイちゃん! 何で!?」

「んァ? ……あれェ? お前」


 イカレさんは不思議そうに少女を見下ろして、彼女の帽子をはぎ取る。

 目元まで隠していた帽子を取ると髪の毛がばさりと広がり、左右に結んでいるそれは──虹色に発光していた。

 そんな生物はイカとかカメレオンとか、召喚士ぐらいしかい無い。

 イカレさんは驚いたような色を乗せて声を出した。


「外に出るなんて珍しいなァおい。本召喚士のお前がよォミス・カトニック」

 

 本召喚士。名をミス・カトニックと云う。

 小鳥はイカレさんから存在は聞いていたのだったが──その、髪と目の色以外は日本の高校に居そうな風貌の少女はやはり警戒した眼差しをアサギに向けてイカレさんの影に隠れている。

 いきなり少女に警戒されたアサギは過剰反応の失態を悟りつつも慣れっこなのか腕を組み壁に体を預けて「フ──」と特に事情もわからないですが何か悟ったようにクールキメした。

 続けてそのミス・カトニックはテーブルに置きっぱなしの魔王の記録帳を指さして、


「あ゛ー! サイちゃん、これ何処から見つけたの!? 関係ないやつだよこれは!」

「あァ。お前ンとこでヤカンの下敷きに使ってたのを発掘してきた」

「んがあああ! もう! 魔王城地下構造図と転異術の構成式だけって言ったのに貸すのは……魔王とはいえ日記読まれたら可哀想だよっ」

「悪ィ悪ィ」


 ちっとも悪いとは思っていなそうな顔で手をひらひらさせるイカレさん。

 そもそもこの本召喚士の趣味が他人の日記や夢小説を読み耽るという嫌なものなのでどの口が言ったものやら、と考えている。

 彼女はページの切れ端を引ったくり懐に仕舞い込んだ。


「これは没収! あんまり言うこと聞かないともうサイちゃんに本出してあげないよっ!」

「ん~? 俺がどんな本をお前に頼むんだっけェ?」

「……いつも嫌だって言ってるのに召喚させてるヤツ」

「それじゃあわからんなァ~おい」

「やらしい本の事だよ! 我にそんなん召喚させんな!」

「おやァ? ミス・カトニックは中身も読んでないのにやらしい内容だってわかるのかァ? いやァ書痴のお前のことだ。きっと俺が頼んだ本もちゃんと読んでるんだろォなァケケケ」

「我が貸さないとサイちゃんがエロ本万引きして捕まるのが恥ずかしいんだよっ!」


 何やら即座に本召喚士の方にハラスメント行為を始めたイカレさん。顔を真赤にさせて彼女は怒ったように見ている。

 つまり二人の関係を計るに、発言を顧みると。

 独身成人男性のイカレさんは十代に見える本召喚士の少女にエロ本を要求してる挙句セクハラまでしている。

 

(犯罪というか……ナチュラルにクズいというか……嗜虐的な笑いまでしてますし。おまわりさんを呼ぼうか)


 そう考えたらぎゃりぎゃりと油を差していない車輪が砕けながら回るような音がした。小鳥が発生源であるアサギを見たら──


「───魔剣がオレの怒りに共鳴している───! サイモンのティンに蜜を塗って──カブトムシとかが集まりそうな木に縛り付けて一晩放置しろと───!」

「魔剣関係ない拷問ですよねそれ」


 少女からちゃん付けで呼ばれた上に許され気味なセクハラ行為をできるというイカレさんの女性関係に非モテ・リア終のアサギは怨念の篭ったオーラを全身から噴出する。

 魔剣が胎動するように、或いは本当にアサギの怒りに共鳴しているのか、おどろおどろしい音を立てている。

 その音にビビリイカレさんを盾のように前に構えるミス・カトニック。思い出したかのように指をさして云う。


「だからサイちゃん!? なんでマッドワールドなんて持った魔剣士がここにいるの!?」

「ダンジョン潜ってるっつっただろォが。その仲間──」

「貴様に仲間と呼ばれる筋合いなど無い───!」

「……えェと知り合いの面倒臭ェヤツだ」


 リア充に仲間と呼ばれることのなんという不名誉か。憤怒の吐血をしながら魂からアサギは叫んだ。

 これでも先ほどまで仲良くコス喫茶の話題で盛り上がっていた二人なのだが。

 小鳥はなんとか落ち着かせようとする。


「まあまあアサギくん。こちらはそれに対抗してわたしが頑張って描いたエロい絵をプレゼントしましょう」

「なに───小鳥ちゃん──そんなはしたない真似は─────


                                        うわあ何この強烈な生理的嫌悪感を感じる絵」

                       

 一気にオーラが消え去り、嫌そうな顔をした。


「題名は『片パイを砕かれたアイドル』なのですが」

「ありがたみの欠片もない──というか見てたら気分が悪くなってきたよ───これ」

「どれどれ……? きんめェ……夢に出そォだ……」

「うわあ……実体を持ったものと遭遇したくない……」


 中々ひどい感想を付けてきた三人。この場には絵が出ないので筆舌しがたいそれを正確に伝えることは出来ないのが残念である。

 しかし一気にテンションダウンして落ち着いた場。

 咳払いをして、イカレさんが聞いた。


「あーところでお前なにしに来たんだ? いつも自分の書庫に引き篭もってるのによォ。わざわざ目と髪まで隠して」


 ミス・カトニックは濃い色眼鏡とフードで自分の姿を隠したまま扉の外にいたのである。 

 本召喚士は国際的にも単純戦力より危険な能力──あらゆる紙媒体の情報物を召喚できる特性を持つので普段は本人の書庫に隠れて住んでいるのだという。

 場所を知るのは召喚士の一族だけで、帝国の公職に付いている宮廷召喚士でさえ彼女の居場所は誰にも教えることはない。自分勝手な性格がデフォルトな召喚士一族だが、親戚を売ることは無いのである。

 引き篭もりつつも漫画雑誌などを召喚して一人自適に暮らしているのだという。他の召喚士に頼まれた時だけ本を召喚して貸し出すこともする。イカレさんとも、好意と云うよりは親戚づきあいで親しいのだ。

 少女は言う。


「サイちゃんが異世界の人間を召喚したって言ってたから、気になって見に来たんだけど。えーと……まさかそのエセ魔剣士じゃないよね?」

「いえいえ、わたしこそが異世界人。ふっ……アサギくんは下がっていて貰いましょうか」

「なんで得意な態度なんだよ」

「初めましてこんにちは。異世界出身鳥飼小鳥です。好きな学園ラブコメ漫画は『魔界学園』」

「アレって学園ラブコメだっけ?」


 素でミス・カトニックは聞き返す。本召喚士だけあって異世界の漫画も読んだことがあるのだろう。しかしヒロイン的存在となると妖術使いのセーラー老婆になるのだが。

 小鳥が右手を差し出して握手を求めたので一応彼女も応える。


「ええ、と本召喚士のミス・カトニック……あ、ミスも名前の一部だからね──」

「──おや、右手はロケットパンチなので?」

「そうだよ、超飛ぶよ」


 差し出された手は上腕から先が無骨なガントレットと、機械作りのマニュピレーターだったので小鳥は云う。


「ちょっとデザインがアサギくんのゴッドハンドに似てますね。色は違うけど」

「チッ。シャーフーハー」

「──威嚇されてるのかオレ」

「ま、ともあれ本っていいですよね漫画とか。ミスと言えばわたし魔界学園のミス・ヴァージンって不二子ちゃん系の萌えヒロインで好きですよ」

「いや……同意求められても困るけど……」

「ヒロインて無理がある気が────」


 後ろからアサギくんが空気の読めない声を出したが、無視をする。

 握手をしてブンブンと手を振ってから離した。

 すると少しだけミス・カトニックは考えるような仕草を見せて、


「魂の因果か……」


 と小さく呟いた。モノローグ読みの術でなにを考えているか小鳥は探ろうとしたが、『おっと』という心の声と共に何もなかったように彼女は思考を切り替えたようである。

 そして小鳥は少し体を横に退けて、背後の壁に寄りかかっているアサギに手を向けた。


「そちらのアサギくんも異世界出身でして。ほらアサギくん、大事なのはコミュニケーションですよ」

「───浅薙アサギだ──」


 そう言いながら彼がミス・カトニックに近寄り──同じ速度で彼女は後退って離れました。

 アサギは足を止めて感情のない視線を彼女に向けるが、嫌悪を感じる表情で睨み返された。


「────」

「我に近寄らないで欲しいな」



「───────────」



 無言で再び壁に寄りかかって腕を組み、軽く目を閉じるアサギ。強く生きて欲しい。

 

(さすが孤高の魔剣士ですね。すました顔をしていても心はふかあく傷ついたことがわかりますよ)


 小鳥は遠近自在テレパシーでアサギに応援のメッセージを送る。彼がが受信できるかはわからなかったが。自分が送信できるかどうかと同じぐらい。

 

「つーか用ってそんだけ?」

「ううむ、まあそうだけど……でもサイちゃんも魔剣には気をつけたほうがいいよ? あれは召喚殺しなんだから……」

「そォなのか?」


 イカレさんが首を傾げる。危ないものだとは彼自身も分かってはいたのだろうが、魔剣の詳細となるとFBIにすら掴めていないのである。

 ミス・カトニックは義手を抱くように腕を組んで言う。


「魔力を切断面から吸収する性質を持つから召喚物に対して一撃で消しさることが出来る。もともとは境神の天使が持っていた世界の鍵ってやつだったんだね、別世界と繋げる為に闇魔法でブラックホールと魔改造的に混ぜて出来てるんだ。ブラックホールの中は別の宇宙に繋がっている理論を応用して。

 おまけに相手の存在階位ごと吸収することがあるから切られるとステータス全低下というかレベルダウンというか……召喚士が切られたら召喚能力が低くなるから厄介極まりないよ?」


 本召喚士ともなれば物事に詳しいのだろう。

 指を立ててイカレさんに向かって説明しているが、イカレさんは耳をほじってさほど興味無さそうに、


「ふゥん……さすが物知り博士だな。あ、帰るんだったらついでにこの前借りてたエロ漫画返すわ。ちょっと待ってろ」

「わー! だ、だから一々返さなくていいってー! 破るか燃やすかすれば消えるんだから!」

「本召喚士のお前が焚書を奨励するんじゃねェよ。ほらエロ本しっかり持って帰れよ」

「思うに……最低ですなあイカレさん」


 なんか生き生きしてるイカレ氏を見ながら感慨深そうに小鳥は云う。

 普段アイスに振り回されたり小鳥のボケに巻き込まれたりパルに発情されたりアサギと喧嘩したりで、一方的に弄れる相手がいないストレスを発散しているのだろう。

 ここぞとばかりに自分より弱い、少女相手にセクハラ炸裂。まるで会社でうだつが上がらなくて痴漢するリーマンのように。

 そう考えると小鳥はイカレさんも現代社会の哀れな被害者に思えてきた。犯罪者だが。概ね。セクハラするチンピラなのでどうしても性犯罪者という単語がちらつく。


(おまわりさんこっちです。早く来てください)


 念話で通報する。

 とにかくイカレさんからエロ漫画を渡された彼女はどこからか取り出した紙袋にそれを詰めて、アサギとなるべく関わり合いたくないような視線を時折送りつつ部屋の扉の前に立った。


「じゃあね、ええとコトちゃん。また会うかもう会わないかわからないけれど──無事日本に戻れるといいね、くふふ」

「左様でござる」

「そっちのまがい者は運命力がカスだからどうなるか知らないけどね」

「───」


 そう言って、唐突に現れた本召喚士は──小鳥を見に来たというそれだけの用事を済ませて去っていったのであった。


「ぶっちゃけ超怪しいわけでしたが。彼女。まさか───いえ、考えすぎでしょう。今は軽率に口にすべきではありません」

「久々に使ったなその無能系インテリ台詞……推理できてるのかできてねェのか」

「鳥取県民はコナンくんのおかげで推理力が向上しているのですよ」

「───まだやってるのか、コナンくん」


 事件を探偵に頼むか妖怪ポストに頼むかは県民次第。鳥取県の日常はいつだってクライムハザード。個人の感想である。



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