14話『アイ・アム・ナンバー4』
眼前から氷河が迫る。地面を凍りつくす悍ましき冷気が生み出され周囲のあらゆる分子運動を停滞させる高位氷系術式『アイス・クエイク』だ。
硝子を勢い良く叩き割ったような連続した快音を立てながら進む魔法の速度はアサギの目算、時速にして200km程だ。超外装『ヴァンキッシュ』の能力を使い己の反応速度を高めた。
速度が感覚上では鈍くなった広がる氷に、魔剣『マッドワールド』を背中から抜き打ちする。地面を凍らせられるというのは相手のフィールドを作られるということで見逃せることではない。
マッドワールドは禍々しい黒い刀身をした長さ150cm程の剣だ。それを神篭手『ゴッドハンド』を装備した右手で握り、迫り来る氷の先端に叩きつけた。
瞬間、氷に込められた魔力を剣が吸収。吸収の範囲は繋がっている全ての氷に及ぶ。連鎖するように魔力により生み出された氷は消し去った。
勢い良く振られた魔剣の斬撃力が地面を割る。刀身をめり込ませたが一瞬にして、篭手により強化された腕力で引き抜いた。もとより、冗談のような切れ味を持つこの刀は氷や地面を刃で断っても感触は殆ど無く切断できる。
続けて別の方向から氷の槍が八本、こちらに飛来してくる。
反応速度を更に拡張。腰につけた魔銃『ベヨネッタ』を取り出し──銃撃。連射し呪いの篭った散弾が槍を五本撃ち落とした。
残りの三本は地面を蹴りその場を離れることで避ける。撃ち落とした五本は自分が避ける退路へ向けて放たれたものだった。
どちらにせよ、悪夢のような速度で魔女──アイス・シュアルツがバットを構え接近している。同じ場所に留まるのは危険だ。
ロングレンジからの人外な速度での接近。初速からトップスピードを生み出す歩法を心得ているらしいが、明らかに地球人の限界を何倍も超えた速度だ。迎え撃つように彼女が脇構えをしたバットを受け止め──切り飛ばすべく魔剣を構える。
それを読んだ魔女の杖はアサギの剣ではなく、足元の地面を穿った。
跳ね上げるような杖の挙動。殴りつけられた砂利や小石が半ば凍りつきながらも──少なくとも当たれば戦闘に支障が出る勢いで飛来してくる。
拡大された知覚には小石の一つ一つさえ見える。剣で打ち払えば逆方向から回避不能の追撃が来るだろう。マントで防ぐにしても、背中を向けるなどぞっとしない。
ヴァンキッシュの身体能力向上機能を増幅。生身で新幹線並の速度を出す異世界人と比べれば、強化しているとはいえ虚弱な日本人の体だ。無理をすればガタが来るが──回復するためのポーション類は捨てるほど持っている。
ほんの二歩だ。アサギは足にかかる踏み込みの速度を数十倍にしてアイスの背後に回った。急激な加速により一瞬見失うはずである。
間合いが近すぎて剣や銃が正確に振れるかは疑問だが──武器はそれだけではない。
アイスの背中──背中に張り付くように回ったので僅かな隙間で全威力を込めた拳を突き出す。
強化された素手での格闘能力は確かな──深刻なダメージを齎す一撃を叩き込む。相手は決して見た目からは筋肉や脂肪の鎧に包まれていない、胸以外は華奢な体だ。当たれば腰椎がへし折れる威力を確信。
だが、拳が当たる寸前。避けれるタイミングではなかったのだろうが、アイスが掌を拳と体の間に滑り込ませた。
拳は掌で包み込まれ──アイスは打撃の衝撃を受け流しながら空中に打ち上げられた。
殆ど体にダメージは無かったように見える。感心した顔で空から見下ろす相手に、アサギは無表情で銃を向ける。
散弾ゆえ、この距離なら致命傷は与えられないがもとより殺す気はない。
撃鉄の音と怨嗟の悲鳴のような発射音を立てて散弾がアイスへと向かうが、彼女は杖を構えた。
「水系術式『オープンウォーター』」
撃つが早いか、彼女とアサギの間の中空に直方体の水の固まりが現れ──貫通力の低い散弾を受け止めた。氷ならば打ち砕き銃弾が届いたかもしれないが、粘度のある水に包み込まれては無力化されてしまう。
迷わず追撃をアサギは選択する。
ヴァンキッシュの効果は意識しただけで発現する。マントの一部が変形し、スラスターを形成した。
そこから排出される超文明的推進力を用いて飛行能力を得て、空中の距離を詰める。
早さに乗せて剣を振るう。
音速を超えた切っ先が空気の壁を切り裂き大気に白い筋を出しながら、真っ直ぐに空間を裁断しつつ黒の魔剣はアイスの生み出した水の壁を消し飛ばした。
更に距離を詰め、返す刀で杖を切り飛ばすべく振るった。
にやり、とアイスが笑った。
「せい!」
迫った魔剣──その刃は魔王も切り裂くそれを、あろうことか彼女は杖で打ち払った。
打つ場所は無敵にしてあらゆるものを吸い尽くす恐るべき刀身ではない。アサギの持ち手のやや先、鍔の部分を──高速で、刃は眼前に来ているというのに、正確に打ち据えて剣を上空へ打ち上げた。咄嗟に離さなければ持っている手が曲がりそうな威力だった。
アサギのように魔道具で知覚・反応を加速させているわけでもない生身の人間だというのに。
(バケモノか──)
戦っているアサギもそう思う。
魔剣を打ち上げた反動で、魔女は自然落下よりも早く地表へ向かう。
「ぐわー!」
「グレフー!」
「おっと、すまない」
落下地点にいた獣人を踏みつけながら地面に降り立った。でも幼女と一緒に親しげにいたリア充なのでまあいいかともアサギは思う。
位置を確認してアサギもスラスターで加速してアイスの着地硬直を狙う。
流星のような落下速度で放つアサギの蹴りを、彼女はあっさりと、それでいて正気を疑うような速度でその場を離れた。
アサギの加速は急には止まらず、地面にクレーターを作る威力の蹴りは潰されていた獣人にめり込んだ。
「ぐえー!」
「グレフー!」
「───悪い」
一応謝りつつまあいいかとも思う。
ともかくアイスが僅かに離れた距離はほんの1メートル半ほど。
飛び蹴りを終えて着地した隙のあるアサギに、魔杖のフルスイングが待ち構えていた。
だが。
先ほどの獣人を踏みつぶして反動で跳ね上がった、彼が持っていたのか棍棒のような杖を反射的に掴んだアサギは対抗するように振りかぶる。
お互いの杖が、本塁打を狙う勢いで撃ちあった。
激音と共に刹那の均衡。
そしてアサギの持っていた杖の粉砕が結果だった。
「俺の杖ー!」
「ちょ、離れてなさいってグレフ!」
地面から起き上がれないままの獣人が元気よく叫んだが、二人は無視。
お互いに杖を振り抜いて──先に手が自由になったのは杖を捨てたアサギだ。
判断。そして攻撃。ゴッドハンドの力を込めた強烈な右ストレートを放つ。踏み込みは地面にめり込むほどに力を込めて。
だがそれは、バットから片手を離した魔女の手に受け止められる──が、本命はそれではない。
バットを振りつくし、かつ片手でストレートを受け止めたアイスだったが、受け止められたと同時にアサギは腕を払って相手の体を崩し、万全の体勢でないに彼女向けて踏み込み回し蹴りを打ち込む。
相手が巨漢でも凄まじい勢いで吹き飛ばすことが可能な威力の篭った蹴りだ。ゴッドハンドの効果で格闘では追加威力が発揮されるため、ありえないぐらい殴ったり蹴ったりした相手が吹っ飛ぶこともよくある。
だが、アイスは身体を宙に浮かせながらも強引に自分の足を地面に擦り付ける。一度、二度と地面を逆方向に蹴ることで僅か数メートルで止まった。地面に触れた瞬間に絶妙な体重移動を行い勢いを殺したのだろう。
追撃。即座に駈け出して飛び蹴りを狙う。だがこれは相手も読んでいたようで、
「フ……!」
と気合の声と共によろめきながらも片手を鞭のように振るい、蹴り足のズボンの裾を僅かに掴んだ。
同時に蹴り足に予測のつかない方向へと力が加えられバランスを崩す。それに踏ん張ろうとすれば、それすら考慮していたのか余計に身体を捻られた。
足を捕まれ空中で回転を加えられながら投げられた。相手は体勢を崩していたというのに、一瞬の判断で攻勢を逆転させられる。
アサギが思い出すにこのゴリラウィッチは帝都格闘大会でも、打撃より投げ技主体で戦闘をしていた。
相手の力を利用して、バランス感覚による力の加減による投げ。掴まれたら終わりという評判で身長3メートル体重1トンのロックオーガすらぶん投げていたのだから侮れない。
そんなことを一瞬で思考完了しつつ自分も顔面からきりもみ回転して地面へと叩きつけられるコースを把握。ヴァンキッシュのスラスターを微噴射させて無理やり手指を引き剥がす。
掴まれた足を引き剥がしながら放った強烈な蹴りは岩を蹴り飛ばしたような感覚と共に、それをガードした魔女は更に後ろへと下がった。再び数メートルの位置で対峙する。
そしてアサギは空も見ずに手を右に伸ばして──落ちてきた魔剣を受け止めた。超感覚の中にあれば回転しながら落ちてくる剣の柄を掴むことなど容易い。
口笛を吹いたのはお互いのどちらだったか。
どちらにせよ得物を構えて再び戦闘が始まった。
********
などということが起こっているのを遠くから見ている小鳥が居た。
「うあ。戦闘が激化しちゃってますよう」
「どうしたんじゃ?」
魔剣士と魔法使いの勃発した戦闘を眺めながら困っていたところに話しかけてきたのはヴァニラウェアである。
ここは魔法学校の校庭。普段から魔法の実習が行われる場所とはいえ、最強レベルの戦闘が始まったので多くの見物人が集まって来ていた。
もちろん戦っているのはアサギとアイス。常人が巻き込まれたらミンチより酷いことになりそうな戦闘をしている。
小鳥はヴァニラウェアに事情を説明した。
「ええと、今日はアサギくんが学校を見学に来たのですが。うっかりお弁当を一人分しか用意してなかったのでして、どっちがお弁当を食べるかでアイスさんと争ってます」
「迷惑な話じゃのう」
「この場合はカテ公みたいに勝った方を全身全霊で愛してやんようふふと悪女ぶればいいのでしょうか」
「しかしそれでは愛などいらぬと主張する聖帝にズバーっとやられそうじゃし。まあ面倒が無いように儂がぶっ殺しておくかの」
ヴァニラウェアは杖を掲げた。
「闇系術式『ダークナイト』」
発動の声。
同時に──少しも前触れもなく、校庭を闇の巨大な球体が包んだ。小鳥が使えば墨を広げていくようなゆっくりした闇の発生だというのに、ヴァニラウェアが使えば一瞬で光を吸い込む闇の空間を作り出す。
視界が消された二人──闇の中から声が聞こえる。
「くっだが音を辿れば!」
「──チッ──魔剣でも消せない闇か──」
「そこだ!」
「甘い───電磁波の流れを読めばいい──」
「あのお弁当を食べるのは私だっ!」
「小鳥ちゃんの手料理を譲れるか──!」
「あって間もないのに女の子をちゃん付けとは!」
「五月蝿い──! こっちがくん付けで呼ばれてるだからちゃん付けで呼び返して青春的な思いに浸ってもいいだろう──! 大体オレは女の子の手料理に飢えているんだ──!」
「だから代わりに私がしっp……作成した料理を贈呈しようと言っている!」
「騙されて食ったサイモンが──『死にたくなった』とかいいながら寝こむ料理なんざ食えるか──!」
「ツンデレだ!」
「間違ってる──! っていうかお前女の『子』──?」
「死になさい」
視界の無い空間でも何やら超人バトルをしている音──大気の爆発や凍結、地面を吹き飛ばす音などが聞こえる。
あるいは闇の範囲に巻き込まれたギャラリーも騒ぎ出している。かなり広い範囲に展開されているのだ。
小鳥がヴァニラウェアに顔を向ければ彼はやれやれと肩を竦めた。
「闇に包まれたというのに目の前の敵しか気にせんのはいかんのう人間。闇系術式『ゴケミドロ』」
それは生命力吸収の魔法術式である。
普通に放てば触れた相手から吸収するのだが自分の魔力で作成した闇の空間ならば、そこに居る全てから生命力を吸い取ることができる。
くくく、とヴァニラウェアが笑い出す。
「愚かな……人類どもめ……! 生命を吸わせる為によくぞ集まった……! 素晴らしいぞこの力! 体に……魔力が溢れる……!」
禍々しい瘴気が吹き荒れ空は曇天に包まれる。
闇が吸血鬼の体から溢れ周囲の光を、音を、エネルギーを、存在を吸収して真の能力を取り戻しつつある。
校庭にはアイスとアサギを初めとして、見物していた生徒も止めようと呼びかけていた教師も全てが──抜け殻のように倒れ伏していた。
小鳥はか細い声で生命を吸う魔物へと呼びかけた。
「ツッコミ役、みんな倒れてますよ」
「なんじゃつまらん」
飽きたようにしゅんといつも通りの老人へと戻った。
******
勝利したヴァニラウェアに一般人が食べたら多幸感を出す脳内麻薬を分泌しすぎて廃人になりそうな試作品の弁当を渡したあとで、小鳥とアサギは食堂へと向った。余談だが弁当の内容物にニンニクが入っていたためにヴァニラウェアは研究室で灰になっているところを後で発見されることになる。
校庭で倒れていたアサギは死にそうな顔をしながら腰に下げたマジックポーチ──中にある特殊な空間に物が沢山入れられるこれ自体がレアな道具だ──から薬を取り出してがぶ飲みして復活。
アイスはなんとなく復活した。ガバッと立ち上がって「オット授業に遅れる」といつも通りにダッシュで去っていった。
「オレは小鳥ちゃんと同じ地球人だから、装備で強化しているとはいえ素の身体能力とか回復力はそう高くないんだ。この世界の連中に比べれば打たれ弱いといっても過言ではない」
「アイスさんは本当に体の構成が同じ人類なのか疑問なぐらい超人ですしねえ……他の観客は全員まだ昏睡状態ですからあの人が特別なんだと思いますけど」
彼女は事もなげに、
『お互い本気では無かったとはいえアサギくんもかなりやるほうだな! これならばコトリくんの安全も守れるというものだ』
とか言ってアサギを評価していた。この争いも、ダンジョンに連れて行く仲間にして護衛役として確かめたようである。
一応アサギに聞いてみた。
「……全力じゃなかったですか?」
「いやまあ──アレ以上になると、投薬強化をやらないと危ないなあ。装備の効果も限界まで発動させると後でキツイ──」
ドーピングすればもっとヤバイ戦闘が出来るといいながら──それでも嫌そうにアサギは呟いた。
彼は高価な魔法薬を大量に持っている。腕力が上がるとか怯えなくなるとか気配を掴まれにくくなるとか、怪しげな副作用もありそうな薬だがそういうものに頼らざるをえない状況もこれまで何度もあったという。
「RPGで圧倒的にステータスの高いボスに、主人公組が勝てる理由の一つが便利なアイテムの使用ですしね」
「しかし経験上、あの程度の攻撃は対処できる相手だと思って戦った──じゃなきゃ人間相手にショットガン乱射するなどありえん───」
「当たれば死んじゃいますしねえ」
「流石肉弾戦帝都4位だな──」
「あれで4位て。1位とかどんだけですかね」
「決勝戦は──ドラゴンボールの戦闘みたいだった。なんか気っぽいエフェクト出て──あと前回までのあらすじが戦闘前に入った」
「ちょっと見たかったなそれ」
そんなことを話しながら食堂に入り、日替わりのAランチを二人共注文した。
メニューは柔らかいパン大盛り、ジャガイモ玉ねぎベーコンを細切りにしてマヨネーズをかけたもの、ブイヨンっぽいスープ、サラダだ。
値段は、日本円にして290円ぐらいなので気軽に頼める。
「お金持ちのアサギくんには合わないかもしれませんが」
「そうでもない───というか外食より自炊が多かったから」
「そうなのですか?」
「外食をする時は毒を盛られてもすぐ回復するポーションを用意しなくてはいけない」
「そこはかとなく気の毒な今までの生活が垣間見えますね」
毒を盛られたり夜道を襲われたり寝こみを襲われたり……アサギが軽く人間不信になるのも仕方は無かった。
なにせ持っている装備にポーチを奪えばその後の人生ボーナスゲームの如き大金で売り払えるのだ。襲いに来る方も真剣である。
しかし、
「夕飯はご馳走にするので、楽しみにしていてくださいね」
「──ああ」
アサギは仲間になってから──小鳥らが住んでいる『スライムもりもり亭』に移り住んできた。
これまでも宿を転々として定住していなかったのであっさりと引越しは済んだ。彼の貯金からすると庭付きの家を建てることさえ出来るのだが──以前に持ち家を放火されて以来宿屋生活なのであった。
そんなこんなで小鳥は彼の分まで──お小遣いをくれるので──料理を用意しているのであった。
「そういえばアサギくんは、魔法学校に通おうと思ったことはないのですか?」
「いや───」
彼は否定するにも軽く憂いを帯びたポーズを決めながら言った。
「一応──試してみたのだが──どうやら魔力自体が無いようでな。異世界人だから仕方ないが──そういえば小鳥ちゃんは何故魔力が?」
「わたしは召喚されたものですから、召喚士からの魔力が供給されているらしく」
「供給──聞いたことがある。パスを通すとか粘膜接触がどうとか──つまりエロ系」
がたっと立ち上がって宿の方角を睨む。
「──ちょっとサイモン殴ってくる」
「だからエロ系は無いですって」
押しとどめる小鳥であった。
彼は女性関係に恵まれた男を憎む心だけは見事に異世界で育んできたのだ。
「イカレさんはアレですから。草食系とか童貞とかそんな感じの男子ですのでエロ系とは程遠く。草食とはいっても主食が大麻とかそんなのが似あってますが」
「かたや僧職系のパルはエロ系丸出しなのはどういうことだろうな──まったく嬉しくないが」
そんな会話をしているとキンキンと高い声が食堂に響いた。
「ちょっとアンタ!」
声に振り向くと──そこにはこちらに指を突きつけた、身長1メートルほどの幼女がいる。
いや、見た目は幼女に見えるが実年齢は18歳。半エルフ種族の魔法生徒、確か名前は──
「アクリアちゃん──でしたっけ」
「そうよ! っていうか後輩じゃない! 先輩をちゃん付けしていいと思ってるの!?」
「うっへっへそりゃあ、どうも済みませんでしたねアクリアセンパイ」
「それでいいのよ」
満足したらしい幼女先輩に、小鳥は詫びの印の飴玉──見たこともない材料の煮凝りを味付けしたもの──をあげるところころと口の中で転がせ始めました。
話は済んだらしいと判断して、アサギくんとどうでもいい雑談を続けます。
「ええと、話を戻しますと全に女の子しか出ない日常ほのぼの系は確かに人気です。しかしそれは女の子が可愛いという視覚上のインパクトがあってこそなのです。つまり、漫画やアニメですね。
ライトノベルなどの媒体ではやはり読者の主人公に対する自己投影か自分の存在を都合良く紛れ込ませられるハーレム系がまだ根強い人気を誇っています。
しかしそこには親友ポジションだとしても、ヒロインを寝取られる可能性のある雄キャラは扱いが難しいのです。いても1巻分ほど男で、次からは消えてもらうか魔法なり薬なり手術なりで女体化でもしてもらったほうが」
小鳥の意見に一拍置いて彼は首肯した。
「なるほど──男同士だった距離感と──異性になった事による照れは味わえるわけだ───」
「さすがらんま1/2世代はTSに対する理解が早いですね」
「フ───良牙に一時的に惚れたらんまには──ウっちゃん派のオレも参るさ──」
「世間のあざとい漫画がるーみっくわーるどを落とし込んでいるに過ぎないとの意見すらありますからね。しかしここでバトル系のメインも女性キャラになることで新たな需要が浮かびます。すなわち……」
「ボロボロの女の子萌え──つまりリョナ──か」
「そうです。つまりわたしが前線にわざわざ赴くのもリョナ描写を期待させて人気を取る秘訣」
「──? 誰からの人気だ──?」
「おかしなことを聞くアサギくんですねえくすくす」
「──って違ーう! なに普通にっていうかなんの会話再開してるのよ! アンタに用があって話しかけたのよ!」
飴を飲み込まないか心配になりそうな大声で指を向けたのは、他の人が近くにいることにより格好つけた口調を開始したアサギにであった。
彼は胡乱気にアクリアを見る。
「──何か用か」
「アンタ、勝手にグレフの杖使って壊してくれたじゃない! どうしてくれるのよ!」
そう言って彼女が持ちだしたのは木片である。
恐らく、先ほどの戦闘でアイスの杖と撃ち合い、容赦なく粉砕した欠片である。
アクリアの後ろから困ったような顔の獣人──グレフが声をかけました。
「なあアクリア……そんなに責めなくてもいいじゃないのか? ええと……その……孤高の魔剣士に」
「なに言ってるのよ! この杖はアンタがアルバイトをしてやっと買ったんでしょ! マグロ拾いの!」
「ううう、でも孤高の魔剣士ってアレだぞ。気に食わない奴は正騎士でも打ちのめし、逆らう冒険者は皆殺しとかそういう噂だし……」
「……そうなのですか?」
声を潜めてアサギに聞いてみる小鳥。
彼は心外そうな顔で、
「オレの装備目当てで不条理な検挙を行おうとした騎士を打ち据えただけだ──裁判でもオレが勝った──あと故意に人を殺したことはない」
「故意に、というと」
「殺さないように相手をしているが──気絶している間に魔物にやられたとか──腕がへし折れたせいで仕事も出来ずに野垂れ死んだとかは流石に責任取れないな──なにせ向こうから襲ってきたわけだから」
ヒソヒソと話した後、やはり彼はキメ顔で、
「どういう噂かは──知らないが───フ、虚構に怯えるようでは──あの氷の魔女は倒せん──」
と格好つけるとグレフはうう、ともう一度唸った。
しかし緊急時だったからといってアサギがグレフの杖を使い粉砕させたのは事実である。
例えばヒーローが、逃げる悪役を追うために「ちょっと借りるぞ!」と他人のバイクや車を奪って走り追跡するシーンがある。
良くてバイク放置。悪ければ悪役の攻撃を受けて爆発炎上するだろう。その後律儀にヒーローが返しに行くシーンは少ない。
(あまり気分の良いことではない──か)
そんな事をアサギも思って、弁償を申し出た。
「──新しい杖を──用意すれば──いいんだな」
「い、いいのか?」
「正直に言えば幼女に心配された挙句文句をつけるのも幼女任せにしている腐れヘタレケモホモ野郎に一銭足りとも渡したく無いどころかダンジョンで拾った獣人専用TS薬でケモ娘にしてやろうかと思うわけだが──」
「うわああこの人早口で何かヤバイこと言ってるぞアクリア」
「ががが頑張りなさいよ! 男でしょ!」
「女にさせられちゃう……!」
何かエロ漫画みたいなセリフを履いているグレフはともかく。
「リア充に負い目──というか──貸しを──作るのも嫌だからな──」
「ううん……太っ腹なようなそうでないような」
ちなみに彼の貯金は魔法の杖などグロス単位で購入できる余裕がある。感覚的には殆ど買い物をしないで物語終盤まで来たRPGの所持金のような感じである。
しかし買うよりも何か心当たりがあったのか、腰に下げたマジックポーチを漁り始めた。
「確か──ダンジョンで──拾った杖が───」
言いながら取り出したのは、白い樹脂製のようにも見えるスマートな形の杖である。渦巻き模様が側面には描かれている。
「名称は夢の杖『ドリームキャスト』───だ」
「セーガー」
「なにが──?」
小鳥は思わず口に出してしまったが、不思議そうな顔をするアサギ。
グレフはそれを手にとって振ってみたりしながらやや苦い顔をしました。
「もうちょっと頑丈な奴は無いか? おれって振り回したり殴ったりして使うし」
「そうか───では──これだ」
続けて取り出したのは──明らかに腰に下げている袋よりも容量が大きなものであった。四次元ポケットのようにぬるりと取り出すことができる。
その杖の柄は細く、先端は左右に出っ張っている。杖というよりもハンマーか杵に見えた。
「──星壊杖『メテオラスタッフ』──打撃時の衝撃伝播が追加効果だ───使い手によっては地面に巨大なクレーターを作る」
「う、うおおおこれすげェ!」
殴りつければそれこそ岩でも砕けそうなハンマーを見てグレフは目を輝かせた。
そして片手で持っているアサギからひょいと渡されて、
「ぐおー!」
「グレフー!?」
受け取って体ごとそれの重さで床にめり込まされた。
泡を吹きながらハンマーの柄を抱きしめて床にへばり付くグレフ。涙目でアクリアがメテオラスタッフをどけようとするが、ピクリとも動かない。
ひょいとアサギは杖を持ち上げて、またポーチの中へ戻した。
「無理か──やれやれ」
「ちょ、ちょっと! グレフは自分を過大評価しがちで理由も無く『おれなら出来る!』とかいいがちだけど並の魔法使いなんだから装備制限のあるものを渡さないでよ!」
「装備制限?」
聞きなれない言葉に小鳥尋ね返す。
「知らないの? 一年生は習ってないのかしら……あんまりに強力な魔力の篭った道具は使う方も能力や精神力が必要なのよ。自分の力不相応なものを無理やり使おうとしても、グレフみたいに持ちあげられなかったりするわ。悪い効果までつく装備は呪われてるって言われるのよ。
アイス先生の魔杖アイシクルディザスターもそうね。普通持てないわよあんなの」
「ほう。物知りですねセンパイ。ご褒美に飴ちゃんをもう一つあげます」
「やったこれあみゃくておいしい──って子供扱いするんじゃないわよ!」
うがーっと吠える幼女先輩。可愛いらしいので小鳥も和む。そして犯罪臭がする。
ちなみに小鳥も魔剣を装備することはできるのだが、それを持っていると魔法が使えなくなる。本来そのような高度な魔道具を装備できるのはそれによる魔力汚染を魔力運用技術で抑えられるか、凌駕する莫大な魔力で無理やり呪いを無効化するなどなのだが、小鳥やアサギは「魔力が無くても平気」という異世界人特有の体質で平気なのである。
まあ、呪われないからといって魔杖アイシクルディザスターやメテオラスタッフはそのものが重すぎて小鳥には使えないが。
アサギの杖コレクション──拾い物や襲ってきた相手から奪ったものらしいが──の中で一般魔法使いグレフが使えるものを探した結果。
「これぞ魔杖『ブサイクスレイヤー』───」
「布団たたきに見えますが」
「もういいじゃん───なんで男の武器を真摯に選んでやらにゃならん───」
「ああもう面倒になってる」
そうしてグレフは布団たたきを片手にとぼとぼと去っていったのであった。
……一応見た目は布団たたきだけど、謎の物質で出来ていて壊れないという特性があるので良い物といえば良いのだが。
幼女には帰り際にお菓子を持たせてあげたら懐いた。チョロい。知らない人についていかないように注意した。
後日。
「喰らえアイス・シュアルツ! おれのニューハイブリット杖『ブサイクスレイヤー』の一撃を!」
「誰がブサイクかー!!」
アイスに襲いかかって一撃でホームランされているグレフを見かける小鳥であった。