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イカれた小鳥と壊れた世界  作者: 左高例
10/35

10話『スローターハウス5』

「かつて死の淵から蘇ったわたしの渾名はフェニックス小鳥。嘘です。特技は農薬一気飲みの小鳥ですこんにちは。


 地球世界でのわたしの家庭はお父さんとお母さんとの三人暮らしでした。刑事のお父さんは家に居ないことも多いですが、元医者だったお母さんが仕事を「飽きた」といって辞め、主婦になったので寂しいこともなく暮らしています。

 記憶に朧気なそれまで何人か居た元親の人達と比べ、二人はいい夫婦ですし優しい親となってくれています。

 故に。

 異世界へと居なくなったわたしのことも心配してくれているはずですなあ、と時々思うわけです。鳥取県でいくら行方不明者が多いとはいえ、子供が居なくなった親がどう思うか想像する程度は出来ます。


 不審船に拉致されたか。言わずと知れた日本海の脅威。鳥取でもよく『おおほいほい、おおほいほい』の掛け声で拉致られてます。掛け声からして岩手県民。遠いなあ。

 或いは島根県民へと変貌したか。神隠しにあった人は大体これです。洗脳されて島根県民に。おのれ出雲大社。

 鳥取砂丘に十字陵を作ろうとする聖帝に攫われたか。ああこれは鳥取のモヒカン勢力の1つです。何故か食料を強奪すると毒が入っているので注意。


 とにかく、あの生真面目なお父さんがわたしを探そうと奔走しているのが逆に心配です。モヒカンを片っ端からぶっ飛ばして無ければいいけど。

 そんな訳で時々は念話でわたしの無事を送信するのです。気合の声を込めて。とるるるる。はい、ボス。小鳥です」


 虚空を見つめてぶつぶつ呟いていた小鳥を、酷く可哀想なものを見る目でパルが眺めていた。


「ウサぁ……なにウサあの独り言ちょっと怖いウサ」

「気にすんな。そのアホは時々電波系の送受信やってるメンタル系なだけだ。独り言に反応してたら自分の精神もやられるぞ」


 呆れたようにイカレさんが助言した。

 ぎゅるりと首を捻って二人に視線を合わせる小鳥の挙動にパルが背筋をビクリとさせる。


「まあわたしもちゃんと送信出来ているかはジーザスのみぞ知るわけですが。ほらほら、こう気合入れるとアンテナ毛が立つので多分出来てる気がしなずんば」

「ずんば?」

「お父さんはともかくお母さんはリアル魔女なので怪しげな道具か何かでわたしの無事を把握している可能性も、絶望しない程度には高いのです。わたしの身体に発信機とか爆弾とか外科手術で埋め込んでいると言われても『さすが』と尊敬しちゃいますよ」

「親の顔も見たくねェな」

 

 イカレさんがげんなりと呻く。

 明らかに気が触れている腫れ物的な扱いを受けていても、小鳥は拝むように電波を今日も飛ばすのであった。


(お父さんお母さん、わたしは今日も元気です。

 そのうちちゃんと帰ってくるのでどうか心配しないでください。

 死亡フラグも立っていませんし。ええ、マジで。あれ? 今立った?)




 ******





 そのような事を小鳥が考えながら今日も今日とてダンジョンの道を進んでいると、扉を見つけた。

 白い装飾がされた石造りの扉が、細まった洞窟の目の前を塞いでいる。

 怪しいと判断し小鳥の危険察知スキルが警戒レベルをひとつ上げる。

 しかし何も気にせずにずかずかとイカレさんは扉に近寄って開けようとしたので、小鳥は慌てて止める。


「ステイステイ。イカレさん何普通に進もうとしてるんですか」

「あん? 扉なら開けるだろ普通」

「そんなのだから罠に引っかかりまくるんですよイカレさん。露骨に怪しいんですからちょっと待ってください。冒険の書にでも記録して」

「いや、記録はしねェが」

 

 罠や仕掛けを見抜く目がない事は自覚しているイカレさんは仕方なく扉の前から退く。

 罠があるとしたら、扉を開ける際に罠が発動するか、扉の向こう側が罠かの二択だ。

 触れたら発動する。熱で発動する。動作で発動する。小鳥はさて、どれだろうかとじっと眺めて考える。

 

「……過激派テロリストじゃないんですから、ドアごと木っ端微塵になる爆薬を仕掛けてるとかは無いでしょう」


 冒険者が通る度にドアが吹っ飛んだら修繕が大変だ。常識的に考えて。

 扉は横にスライドして開閉するようだ。小鳥は近づいて溝を確認する。

 爆薬やスイッチ、糸に油染みなどは確認できない。呪いの文も書いていなければ扉が実は立体絵だったという地味な罠でもない。


「うーん、警戒するに開いたと思って中に入ったら閉まって出れなくなるタイプ臭いですねえ。パターン的に」

「そうなんでウサか?」

「よく考えたら帝都期待の暴力装置イカレさんが居るのです。ドアを吹き飛ばしちゃいましょう」

「おォ。そりゃわかりやすい」


 ダンジョン内ならば器物破損で訴えられることも無いだろう。いや、起訴の事を考えるともうひとつ確認が必要だと小鳥は指示を出す。


「パルバスバウくん、扉の向こうから音は?」


 パルは耳をじっと扉に向けて首を振りました。

 

「音は通じているみたいですけど、何も向こうからは聞こえてきませんウサ」

「あやしい……オビワンが崖っぷちでぶら下がってるぐらいヤバイ臭いがプンプンしますね」

「それヤバイのぶら下がってる奴じゃねェの?」

「いえ地の利を得た状態の彼に余裕ぶっこいて近づいたが最後。フォースでどこからとも無くセイバーを引き寄せられズンバラリです。ともかくイカレさん、くれぐれも指示に従ってください。夕飯でプリン作ってあげますから」

「プリンってアレだろォ? アイスが作ったの食わされたことあるけど翌日の便所の中でもまだ動いてるやつ」

「食べたんだアレ……」


 小さな驚愕を覚えながら、三人ともドアから結構離れた位置まで戻った。灯りは扉の前に残しているため離れていても白い扉が見える。

 イカレさんは軽く手を上げて構えた。


「えェと『デススターリング』はすれ違わねェと衝撃波が十分に伝わらねェし『破壊隼』なら壊せるか? いや扉の材料もわかんねェから……うし、召喚『爆撃ペリカン』」


 言葉と同時に虹色の魔方陣が発生。そこから口の大きなペリカンが大きな羽音を立てて飛び出す。

 扉へ向かってゆっくりとした速度でばさばさと飛行していく。


「耳塞いどけよ。あのペリカンの口に溜まった唾液は強力な液体爆薬で周囲の気体と化合して爆発する」

「ウサー!?」

「自然界の脅威ですねえ」


 慌てて顔の横についた耳をパルは塞ぎ、続けてぴんと立っていたウサ耳を動かしてパタリと閉じた。

 2つ余計に耳があるということは、やはり頭蓋骨にももう二箇所穴が開いてるのだろう。少し考えながら小鳥も耳を塞ぎ、体勢を低くした。

 轟音。

 爆発と同時に召喚複製だった爆撃ペリカンは消滅するが、爆発したという結果は消えない。大気を振動させる衝撃が離れたところで炸裂した。

 爆発の被害は爆風や熱もあるが、破片などが飛んで来ることによる殺傷が危険だ。爆風や熱をもろに浴びるほど近くにいれば、心配するまでもなく大体は死ぬが。

 だが目を凝らしたところ、扉は崩れ去っていたがダンジョンの壁や床などは焦げた後が残っているだけで破壊はされなかった。先ほどの爆発でダンジョンが崩れたりしたら、あんまりといえばあんまりだったのだが。


「おォ、開いた開いた」

「まだ警戒を緩めないでくださいね。中に入ったら閉じ込められるタイプの罠は、つまりその扉の内側に侵入者を逃したくない罠が待ち構えているってことなのですから」


 中は広間のようだった。暗くて広さは不明だが。待ち構えているのは中ボスか何か……と小鳥は思う。

 ダンジョンは無数に枝分かれしているのでこの先に何があってもまだ誰も潜っていない場所なのだ。どんな罠が残っているかわからない。

 部屋の中に灯りの鳥すら入れずに、扉のあった境界へ近寄る。


「念のため──えーと向きはこっちですね」


 部屋の中へ向けてこの前拾ったクレイモアも仕掛けた。

 小鳥の持っていたワイヤーとも組み合わせて、紐を引っ張ると炸裂するように簡単に作り替えている。家庭科の授業を受けていればこの程度は容易いと彼女は主張する。

 

「いいですか、とりあえず中に何がいても通路に誘い込んで戦います。相手から襲いかかられる方向を一つにする為です。幸い、扉があったので狭くなってますし」

「……妙に手馴れてんな手前」

「頼りになりますウサ」


 そうして、部屋の前にイカレさんを先頭に立てた。先は深い闇が広がっている空間で、夜光鳥の灯りでは全く周囲を見渡せないぐらいがらんとしていた。

 声の反響からかなりの広さがある大部屋だということはパルから伝えらる。

 イカレさんに合図をして、夜光鳥を部屋の中に進ませる。

 部屋の中を十歩分ほど先行しただろうか。

 おおよそそれぐらい夜光鳥が進んだ瞬間、闇に包まれた部屋に白光が灯り部屋中を明瞭に照らした。

 部屋の中を見てパルが悲鳴を上げる。


「魔物が一杯ウサ!?」


 轟。空気の振動。部屋に異物が侵入したことにより一斉に魔物の群れが目を覚まし、咆哮を上げた。

 様々なモンスターが部屋にひしめき合い、一目では把握出来ない程だ。

 ダンジョン内の広間に時折発生する魔物の大量待機現象──モンスターハウスかスローターハウスと呼ばれる罠である。中に誰かが入るまで目を覚まさない魔物の群れが一斉に襲いかかる仕掛けになっていて、冒険者に最も恐れられる場所の一つであった。

 部屋の中には無数の獣や巨大鎧魔人、空飛ぶ骸骨や背中に毒棘のついた大鰐にイルカ人間などが一斉に入り口を見る。

 イカレさんが口を釣り上げて叫ぶ。


「上等だ纏めて掃除して──」

「イカレさん、通路に戻るということを思い出してください。何が居るかわかりません。うふふヤバい雰囲気がプンプンしますよイラクやレバノンで感じたときと同じように」

「──ちっ! どこだよイラクとかレバノン!」


 告げて、魔物が殺到するより前に三人は部屋の入口からダッシュで下がる。兵隊上がりのハリウッダーみたいな台詞だが小鳥は別にイラクもレバノンも行ったことは無い。対馬や白兎海岸ならあるが、まあ危険度はそう変わらないだろう。

 魔物が追いかけて入り口めがけて突進してきて──


「クレイモア」


 言葉に出す必要は無かったが、小鳥は言いながらワイヤーを引いてクレイモア地雷を発動させました。

 バ、という一瞬の音と共にC4爆弾の爆発力により加速を受けた700個の鉄球が左右60度上下16度の角度を付けて部屋の中を蹂躙する。

 一発の威力は中型野生動物を仕留めれるか微妙なところだが、数も多ければ殺傷範囲も広い。閉所なので跳弾も起こる。少なくとも行動を阻害するには十二分なはずである。


「思うに対人地雷だったコレや散弾銃を大きくしたからといって対ロボット用にするのは有効性が微妙な気がしなくもないですよねえ。散弾では少し射程と威力が不安で」

「んなことよりもう攻撃すっぞ!」

「入り口に姿を現した魔物を次々に鴨撃ちでお願いします」

 

 イカレさんを盾にしながら小鳥は指示を出す。 

 このような集団もイカレさんの弾幕を抜けられないかと懸念する厄介な相手ではある。広間に留まれば四方から襲いかかる魔物にやられていただろう。彼が一々視界の外で襲われている仲間を気にするとも思えない。

 自衛の手段が小鳥には少ないのだ。銃は持っているが、そんなものそうそう当たるものではない。

 パルも息を吸いながら聖歌を唱えた。


「ボクもやりますウサ! 聖歌『時告げる空神の軍楽隊』より『猛き御雷』!」


 パルの歌と共に部屋に続くまでの通路の床や壁、天井にあたり跳ね回りながら青紫色の稲妻が進んで敵の群れを電撃で貫く。

 聖歌は補助だけではなく範囲攻撃の歌も存在するのである。数節に一度ずつ雷が前方へ投射される。


「ついでに闇系術式『ダークナイト』」


 杖を取り出して闇を発生させる。これにより三人と広間までの通路に闇色の薄い封鎖壁が出来上がった。

 見えないというだけで何らかの影響があるわけでもないが、魔物からすれば見えない通路から盲撃ちで雷や魔鳥の突撃が次々と飛来して向こう側からは小鳥達に狙いを付けられぬまま一方的に打たれるのである。これも、イカレさんが無制限に打ち込める能力を持っているからであった。

 視界不良に回避不能の無差別遠距離攻撃という必勝パターンである。

 暗黒の空間で閉ざされた通路に魔物の群れは、こちらに向かってくるもののイカレさんの使い捨て上等な魔鳥攻撃と雷の貫通攻撃で次々と魔鉱となっていく。


「経験値と魔鉱大量にゲットですね。モンハウで通路で戦うのは基本ですよ」

「そォかァ? あの部屋ぐらいの広さだったら高位の魔鳥を召喚できたんだが」


 イカレさんが小鳥を見ながら不満そうに言う。彼は堅実な戦法よりも蹂躙するのが好きなタイプで、自分一人ならばよほど危険な状況以外は打破できる。

 ──この時、彼が前線から視線を逸らしたのが悪いのではなく。

 きっと召喚士の視覚すら奪う闇を発生させたのが悪いのだと小鳥は後から思った。

 或いは部屋の広さを利用して、イカレさんだけ広間に残して好き放題暴れさせ二人は下がっていれば別だったのかもしれない。

 経験足らずの後悔は先に立たず。



「イカレさん一人ならともかく、わたしとか危険ですからね─────」



 言う。

 彼女がそう言った瞬間に。

 小鳥は吹き飛んだ。

 腹部の奥に熱い感触と口に苦い死の味がする。

 まっすぐ背後に吹き飛びながら、彼女は顔を下に向けて見た。腹に、一羽の流線型をした鳥が顔をうずめて──嘴を、はらわたに突っ込んでいた。 


(一応は考えていたんですが……)


 イカレさんの召喚する魔鳥の中には、銃弾よりも早く飛ぶ鳥がいることを彼女は知っていた。

 ここダンジョンでは、魔物が再現されるということは、イカレさんの召喚できる強力な魔鳥も敵として出てくるということがあると予想も出来た。

 そんな敵なら、自分が避けることもできないまま致命傷を与えてくることも。

 

「───あ、死にますね」


 熱い。

 強烈な衝撃だった。腹を思いっきりハンマーピックで殴られて潰されたも同然だ。

 口に臭いものを感じる。血だ。口と鼻に血が溢れて酸欠の症状が急速に表れ、脳が痺れる。

 時間が徐々にゆっくりと引き伸ばされて感じられた。

 


「コト──この──!」



 誰かの声が聞こえる。


 滲む視界に虹色が浮かんだ。召喚陣が、見える。


 もはや天井を見ているのか床を見ているのかわからない。背中が冷たい。腹は熱い。だが、やがて熱は冷える。


 げぼ、と口から胃液と血が吐き出された。


 空を黒い影が飛ぶ。嘴の先に、真っ赤な血がこびり付いている。彼女の一部だ。


 喉に上がってきた血が粘りつく。


 意志とは無関係に体がびくりと動いて、肺の空気が漏れた。


 腰から下がぐにゃりとしている。腰骨か恥骨が砕けたか、力が入らない。


 内臓の一部が食いちぎられている。子宮とか腸とか、多分その辺りがぐちゃぐちゃに潰れている。


 下着が冷たい。失禁か、血か、恐らく両方だ。


 痛みは感じなかった。ただ、昼寝の途中で微睡んで起きたような気分の悪さがあった。


 死がある。


 きっと誰にでもあるように。当然のように唐突に訪れる。


「コ───ん───歌を──」


 涙目のパルが見えた。


 体力が回復する程度の歌では治るまいに。

 

 残念なことだが。


 だけれども当然のように彼女はここで死ぬようだった。


 いつだって人は理不尽に死ぬ。それは異世界でなく鳥取でも同じ事だ。



 

「ざん……ね、ん    わたしっごほっごへっ 

                          ぼうけ──


                                 ここでおわって……しま」   



「──ないでコトリさ──!!」



 パルの声。


 滲んだ視界に。


 涙が偶然ピントを合わせて視界が晴れ渡った。

 

 覆いかぶさるようにしているパル。


 その背後に、鳥が──彼女の腹を貫いた、鳥が再び狙っていた。



(声は出せるか?     いえ、無理でしょう。

 テレパシーは使えるか? 恐らく不可能です。

 パルは気づいているか? こっちばかり気にして気づいていません。

 最後に動けるか?    筋肉が躍動します)



 自問自答を繰り返すと上半身と下半身が泣き別れになることなど、もう何も怖くなかった。


(Goodbye everybody……I've got to goって……あれ、確か昔にもこんなことが……)


 走馬灯が小鳥の頭に浮かんだ。





 *****





 鳥飼小鳥が現在の親に引き取られるまでの生活は酷いものであった。


 最初の親だった実の両親は幼い小鳥と共に心中をしようとした。理由は不明で、ある日突然だったから余計に周りのものは気味悪がった。

 生き残った小鳥を引き取ったのは怪しげな新興宗教に入れ込んでいる親戚だった。彼女を餓死寸前まで追い込んで他の信者に自慢するというあからさまに邪教である。

 それが逮捕されて次に回され、謎の心中に邪教の偶像扱いされていた娘を引き取るとなると酷く気味悪がった保護者は小鳥を物置に仕舞いこんで決して外には出さなかった。

 やがて救出されて、今度引き取ったのは遠縁でしかも他の親族から縁を切られていた今の母親だ。監禁されていた小鳥を助けたのはその夫で警察官だった。


 顔が怖く真面目で苦労人だが優しい父と、美人で不真面目で苦労を他人──主に夫──にかけるが娘には優しい母であった。まだ若いのだが夫婦間で子供が出来ない体質で、小鳥は身の不幸を憐れまれながらも鳥飼夫妻の間で実の娘のように扱われた。

 そこでようやく彼女は普通の子供らしい扱いを受けるようになった。


 しかし引き取られてから再び彼女を不幸が襲った。

 小学校の下校途中に同級生と共に誘拐にあったのである。

 営利目的ではなく、女子小学生が苦しむ姿を見たいというサイコ気味な変態の犯行であった。

 そこで小鳥は友人を逃がす代わりにと犯人の提案を受けてすぐに死にはしない農薬をコップで何杯も飲まされたのである。

 致死量前に刑事であった父が現場に駆けつけて小鳥を助け、病院に搬送されて医者だった母が緊急手術を行って助けられた。

 病院で目が覚めたら、強面な顔を泣きそうにしている父と皮肉げな笑みに涙を浮かべている母が居た。

 とりあえず、小鳥はそれで自分が死んだら悲しむ人が居るのだと心ではなく知識で理解するようにはなったという。

 それからは父がやや過保護になったが、親子三人で仲良く暮らしてハッピーエンドといった様子であった。

 

 だから、先に死んで両親を悲しませたくは無いとは思っていたのだが。



 

 

 *****




 最後の力をこの手に込めて──小鳥は射線上にいるパルの体を横に押しのけた。


(死にたくないなあ、お父さんお母さん) 


 魔鳥が加速し襲い来る。パルはまだ気づかずに布切れで傷口を抑えている。


(ああ、嫌だ嫌だ。でもまあそれなりに頑張ったのです……あ、ここでイヤボーン能力とか目覚めないかな)


 イカレさんが悪態を放ちながら迎撃の鳥を向かわせるものの、召喚術は召喚陣を生み出してから鳥を呼び出す余計な手間が掛かり一手遅い。


(……嫌だなあ。死にたくない。しにたく、ないのに)


 此方に死が向かう。黒く、嘴だけが紅い色だけが眼に写った。

 

 

「──ッ!」



 舌打ちの音と風を感じた。


 眼の前を、黒い壁──後ろから飛び出してきた誰かの背中が覆う。


 硝子が砕け散るような音がした。続けて見えたのは知らない黒髪の青年が、漆黒の剣で魔鳥を両断しているところであった。


 視界が薄れる。意識が遠のく。暗転する回る回る蠢く消える。世界が壊れ崩れ消失していく。

 

 最後に掠れる声を出した。





「この期に及んで新キャラ──ですか」





 そこからは、彼女は覚えていない。或いは、また目覚めるとは思わなかった。

 

 小鳥はこれが一生の終わりだと思った。


 そしてこれが一章の終わりである。

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