プロローグ
少女は走っていた。
ザワザワと気味の悪い唸り声が耳に逆らい、この暗闇を強調させる。遠くからは彼等男達の低く大きな罵声が聞こえる。そして、激しい火花を散らす子統・火術弾丸が横を、上を、時には生えている雑草を焦がしていく。
「どこだ!何処にいる!!」
「相手は子供だ、くまなく探せ!」
休憩を忘れた火術弾丸はどんどんどんどん辺りを真っ赤に染めて枯葉や雑草を燃やし、樹木に当たって穴をあけていった。少女の三倍はあるだろう太い樹木をも火術弾丸は通過していった。
十歳ほどの少女の額には、冷たくてヒヤリッとした嫌な汗が滲み、滴となって頬を伝っていく。喉はカラカラ、一歩進むごとに重石と成り果てる脚。
彼等は確実に私を追いこみ、捕らえにかかるだろう。連行された後に処刑するという流れなのだろう。でなければもっと威力の大きい…それこそ公、侯統ぐらいの魔術を用いるはずだ。
「ハァ…ハァ……」
体力は限界に達していた。このまま闇雲に疾走しても無駄に体力をすり減らし、命を削るだけだ。だが、今どこにいるのかもわからない。この道を駆けていることが正解ではないかもしれない。
一か八。でも、何があろうと生きなければならない。
私の所為で犠牲となり、殺された王妃の為。十年前、私を選んでくれた王妃の為。生きて、と最後に願った――母のために。母の死を、人生をコケにしたくない。
「いたぞ!あの繁みの向こうだ!」
マズい、見つかった!
彼等から姿をくらませられるほど、体力に自信がない。
意を決し、その場に立ち止まる。息が上がり、喉が押しつぶされそうになり、吐きそうになる。
(大丈夫、あれならいける)
右手の指先にまで神経を集中させて――
彼等の大体の位置を予測して――
「泥濘、並びに粘着!」
男統・土術泥濘。続けて白統・土術粘着。
効果を確かめる間もなく、逃げる。
「うわっ、何だ!?」
「足が抜けないぞ!!」
成功したようだ。けれど、そう長いこと足を止められないだろう。同じ手は通用しないだろう。
少女は暗闇を走って行った。