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第04話 ホテル・グランドシャロンにようこそ(4)


「シャンちゃん、一緒にご飯食べてくれないかしら?」


 しわがれた老婦人の声がグランドシャロンの一室でかけられた。

 配膳の仕事でシャンシャンと共に客室へと入っていたアルトは驚いた顔で婦人を見やる。


「えっ? いいんですか? いつも悪いですぅ。わふふー」


 誘われたシャンシャンも、言葉では悪いと言いつつもちょこんとテーブル横の椅子に腰掛けた。


「えっと、シャン先輩?」

「あ、シャンシャンはここでタトルお婆ちゃんとご飯食べてますんで、アルトくんは仕事しててくださいー」


 ひらひらと手を振られ、アルトは「はぁ」と返事をした。老婦人の部屋へのルームサービスが2人前というのは不思議だったが、はじめからシャンシャンと一緒に食べるつもりだったのだろう。


 メイド服を揺らしながら、それじゃあと一礼してアルトは部屋から出ていった。



「……んー?」


 部屋から出ても、どこか納得がいかないようにアルトは首を傾げる。

 お客様の頼みなので別にサボっているわけではないのだろうが、そこだけでなく、ここ一月ほどのシャンシャンの仕事ぶりにアルトは眉を寄せた。


「どうしたアルト少年。難しい顔をして」

「あ、メイド長さん」


 首をひねりながら廊下を進んでいると、低く格好のよい声がアルトにかけられる。

 顔を上げれば、帳簿を片手に持ったメイド長がアルトの顔を見下ろしていた。


「いえ、シャン先輩のことなんですけど……」


 言い掛けて、アルトはどうしようかと口を噤む。いくらシャンシャンと言えど彼女は自分の教育係で、メイド長はシャンシャンの上司だ。チクることになってしまうのではとアルトは悩むように口を結んだ。


「ふむ、なるほどな。……そうだな。そろそろお昼だし、休憩にしようか」


 メイド長は廊下の柱時計に目を移し、悩める新人の肩をポンと叩くのだった。



 ◆  ◆  ◆



「シャンシャンが気になるか?」

「えっ? あ、はい。まぁ」


 両手でサンドイッチを持ちながら、アルトは横で昼食を食べるメイド長を眺めた。

 身体が大きいからか食べるのも速い。ものの三口で平らげられたサンドイッチにアルトは目を丸くする。


 そんなアルトのメイド服姿を、メイド長は「こいつ、可愛いな」と見下ろした。


「アルト少年から見て、シャンシャンのことはどう思う?」


 ごそごそと二つめのサンドイッチを取り出し始めたメイド長の言葉を聞いて、アルトはうーんと唸った。


「……正直、なんでこのホテルにいるんだろうって思ってます」

「ははは! 本当に正直に言ったな。あれでも君の教育係だぞ」


 メイド長が笑い、けれどそれを咎めることは彼女はしない。アルトの言うことも尤もだからだ。


 ここホテル・グランドシャロンはオスーディア王国の中でも最上級の宿泊施設である。宿泊客は貴族や豪商だけに止まらず、他国の王族や重鎮も数多く足を運ぶのがこの場所だ。


 当然、スタッフは全国から集められた一流が集っている。姦しいメイドの先輩方も、元は有名な貴族の邸宅でメイド長や班長を張っていたような豪傑揃いだ。


 そんな中で、ある意味自分よりも異彩を放っているシャンシャンをアルトは珍獣のように見つめていた。


「なにか言いたげだな?」

「えっと、そうですね。なんか、最初はとんでもない先輩だなって思ったんですけど……なんていうか、ひと月横で見てて、あれはあれで凄いのかなって」


 上手く言えない。言えないが、なんとなくアルトはシャンシャンがこのホテルにいる意味が分かったような気がしていた。けれど、それが何なのか上手く言葉にできない。


 首を傾げるアルトにメイド長は微笑むと、帳簿のページをペラペラとめくり始めた。とあるページで指を止め、そこをアルトに見てみろと開いてみせる。


「私たちメイドは、お客様から指名されればその担当になることは知っているな?」

「あ、はい。結構大変ですよね。割と無茶を言うお客様もいらっしゃいますし」


 メイドの仕事は掃除や配膳だけではない。お客様の要望は全て受けるのが基本姿勢だ。レストランの予約や送迎、郵便物の手配、ときには子守なんかも頼まれる。

 無論メイドに不埒なことをしようものなら手痛い鉄拳制裁が待っているのだが、幸運なことにアルトはその手の輩にはまだ出会っていない。


 激務の仕事を思い出しつつ、アルトはメイド長の手元の帳簿を見つめた。


「……あれ?」


 そこには、誰がどのお客様にどれだけ指名されたかのデータが事細かに記されていた。

 別に指名されたからといってボーナスが出るわけでもないので、特にその数字を気にしたことはなかったのだが……。


「えと、これって?」

「ふふふ、凄いだろう。我がホテルの指名の三分の一ほどはシャンシャンが取っている」


 そんな馬鹿なとアルトはもう一度帳簿を見つめた。確かに、数字だけ見れば圧倒的大差でシャンシャンに指名が入っていることになっている。

 しかし、アルトはシャンシャンが荷馬車の手配などの面倒な仕事をしているところなど見たことがない。


「あ、いやでも……確かに、今日みたいにお客様とご飯食べたり、子守なんかはよくしてますね」

「ははは! またお客様と食べていたのか! まったく、あの子らしい。……だがな、アルト少年。あの子の凄いところはそういう些事じゃあないんだよ」


 帳簿を閉じ、メイド長はサンドイッチを頬張った。これで3つ目だ。どれだけ食べるのだろうというアルトの視線は無視をして、メイド長は話を続ける。


「シャンシャンの指名のリピーター率はほぼ100パーセントだ。それなのに、お客様はあの子になにを頼むわけでもない。そもそもあの子は難しい仕事はできないからな。それでも、お客様はシャンシャンを指名する。なぜだか分かるか?」

「え? い、いえ」


 分かるわけがない。いや、分かる気はするが、それを言っては元も子ももない気がした。

 しかし、メイド長は誇らしげに新人に言って聞かせる。3つ目のサンドイッチは、とっくに平らげてしまっていた。


「あの子のことが好きだからだ。指名をすれば、あの子が笑顔で出迎えて客室まで案内してくれる。ベルで呼べば料理を持って来てくれる。ただそれだけのために、お客様はあの子をわざわざ指名する」


 元気がいい。愛想がいい。人から好かれる。文字にすれば簡単なことの、なんと難しいことか。


「指名をするお客様だけではない。投書箱の内容の何割かは、常にシャンシャンに対する好意的なご意見だ。言わばムードメーカなわけだが、あそこまで周囲の空気を変える存在は稀だよ。……本人は気づいてはいまいがね」


 手のパンくずを払いながら、メイド長はふふふと笑った。自分も、初めは理解できなかったものだ。ただ、どこか嫌いになれなかったのを覚えている。


「事実、あの子が流行病でひと月休勤したときは、ホテルの売り上げが一割ほど傾いたらしい。噂話だが、私はあながち嘘ではないと思っている。ふふ、あのときはお見舞いの品が凄くてな」


 嘘か誠か、アルトはメイド長の話を口を開けて聞いていた。

 にこりと笑うメイド長の表情に、アルトは頬を染めて視線を手元に落とす。


「凄い人……なんですかね?」

「ふふふ、さぁな。ただ言えることは、皆がみなあの子ではホテルは回らんということだ。君は真面目に励みたまえ」


 メイド長の言葉を、それもそうだとアルトは思った。適材適所、自分は自分の仕事をすればいい。


「さて、と。そろそろ休憩時間も終わりだな。それ、早く食べてしまいなよ」

「あっ!?」


 メイド長が立ち上がり、アルトの手元のサンドイッチを指でさす。


 ひとくちも食べていないサンドイッチを見下ろして、アルトはしまったと声を上げた。



 ◆  ◆  ◆



「アルトくん! これ見てくださいよほら! お客様からもらったんです!」


 夕方、鼻の穴を広げて興奮しながら胸いっぱいのコルク栓を抱えている自分の教育係を、アルトはなんだかなぁという瞳で見つめるのだった。



お読みいただきありがとうございます。先日、本編である『異世界コンシェルジュ~ねこのしっぽ亭 営業日誌』の最終巻となる第6巻が発売されました。もう全国の書店さんに並んでいると思います。

デビュー作が当初から予定していたエンディングを迎えられたということは、作家としてとても幸福なことだと思います。本当にありがとうございます。応援してくれる皆様のおかげでここまで来れました。

これからも頑張って参りますので、今後ともどうぞよろしくお願い致します。


天那 光汰

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