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第03話 ホテル・グランドシャロンにようこそ(3)


「あの……これは……?」

「うわああ、可愛いですぅうっ!」


 自分の身体を見下ろして、アルトは困惑したように眉を寄せた。

 隣でシャンシャンが目を輝かせているが、アルトからすればわけが分からない。


 現在アルトの肉体はふりふりのメイド服に包まれていた。


「うむ、寸法はちょうどいいな。サイズがあってよかった」


 メイド長が頷き、アルトはちらりと備え付けの姿見に目を向ける。

 そこには、なんというか、すごく可愛らしい姿の自分が映っていた。


 これといって服装に詳しいわけではないが、どう見ても女性向きの制服である。

 アルトの訴えかけるような視線に、メイド長は不思議そうに首を傾げた。


「どうした? キツいところでもあったか?」

「いえ、着心地は……多少スースーするくらいで問題ないんですが」


 どう訴えたものか。とりあえず性別を伝えようとアルトは口を開いた。


「僕、その……男なんですけど」


 男物の制服がないわけではない。事実、ホテルを移動している最中にネクタイを締めた男性従業員をアルトは見ている。きっちりしていて、それはそれは格好よかった。


 しかし、それは分かっているのか、メイド長は仕方がないと腕を組む。


「言いたいことは分かる。分かるが、君の役職はメイドだ。オーナーからの通達書にもそう書いてある。メイドである限りは、規定に沿った服装をしてもらわなくてはならん」

「な、なるほど……?」


 つまりは、そもそも男のメイドを想定していないのだ。けれど自分はメイドとして雇われて、そしてメイドには定められた制服がある。


 郷に入っては郷に従え。アルトは苦渋の決断を迫られた。


「大丈夫ですよ。めちゃくちゃ似合ってますぅ。どこからどう見ても女の子ですよぉ」

「そ、そうかな?」


 シャンシャンに褒められて、思わずアルトは照れてしまう。村でも華奢だ女顔だと言われて馬鹿にされてきたが、こうして都会の女の子に褒めてもらうと悪い気はしない。


「まぁ、オーナーには深い考えがあるのだろう。あの方のすることをイチイチ全て理解するというのも無理な話だ」

「は、はぁ」


 そうは言っても、自分がメイド服を着ることにどんな意味があるというのだろう。そんなことを思ったアルトだが、ここで食いついても意味がない。

 せっかく貰えたお仕事だ。ひとまずは頑張ってみようと、アルトは気合いを入れ直すのだった。



 ◆  ◆  ◆



「それじゃあ、今日からシャンシャンがアルトくんの教育係ですぅ。ちゃんとお仕事覚えてくださいね」

「は、はいっ!」


 ホテルの廊下。大理石の床にびっくりしながらも、アルトは胸を張るシャンシャンに元気よく返事をする。

 なんとなくメイドたちの中では抜けて見えるシャンシャンだが、それでもグランドシャロンの集めた精鋭の一人だろう。緊張した面もちでアルトはシャンシャンの教えに耳を澄ました。


「シャンシャンたちの仕事は大きく分けて二つ。接客とお掃除ですぅ」

「ふむふむ」


 仕事自体はイメージ通りのようだ。アルトは納得したようにメモを取る。初めての仕事だ、覚えることは覚えなければ。


「お客様をお相手するのはアルトくんにはまだ難しいので、まずはお掃除を覚えてもらいますぅ」

「はいっ!」


 言いながら、シャンシャンは箒を両手に構えた。一本はアルトの分だろう。渡された箒を握りしめ、アルトは先輩の動きに注目する。


「わふふ、アルトくんは運がいいですよ。シャンシャンに教えてもらえるなんて」


 得意げなシャンシャンの顔。表情からして掃除は得意なようだ。ホテル・グランドシャロンの精鋭の技を見逃さまいと、アルトは頭を前に出した。


「まずここ、彫刻を飾ってる台。この後ろに埃を隠してたらとりあえずは大丈夫。1週間くらい経ったら溢れてくるんで、そのときにでも回収すれば」

「……。」


 シャンシャンの尻尾が揺れる。アルトはこのとき「あ、これはダメな先輩だな」と何もかもを察した。


「あと、メイド長の見回りの時間。ずらして来やがりますけど、曜日によってパターンがあるです。見回りのときに気合い入れておけば、ひとまずは大丈夫なんで」

「あ、はい」


 鼻高々に、メイド長の出現パターンの解説をし始めるシャンシャン。苦節四年、ついにメイド長の見回りの時間を完璧に予測できるようになったらしい。


「ふふふ、凄いでしょう。シャンシャンだけですよ、そんなことが出来るのは」

「でしょうね」


 他に努力するところなどいくらでもある気がするが、言われてみれば確かに凄い。そこは素直に尊敬して、しかし真似はしないでおこうとアルトは思った。


「とりあえず今日はもう休憩ってことで。心配しなくても、後32分は見回りもないんで。それまでは、解散」


 そう言い残し、シャンシャンはホテルの廊下に消えていく。ご機嫌な尻尾の揺れを見送りながら、アルトは苦笑しつつ頬を掻いた。

 あの人はあの人で、シャンシャンを気にかけてくれているのだろう。さてどうしたものかと、アルトは腕を組んで考える。


「……とりあえず、ちりとり持ってくるか」


 控え室にあった掃除用具を思い出して、アルトはてくてくと歩き出した。

 なにせ休憩時間だ。掃除をしてもいいだろう。



 ◆  ◆  ◆



「あっ」


 台の裏、溜まった埃をちりとりに回収していたアルトが声を上げる。

 廊下で偶然すれ違うとは。見間違えようもない単眼に、アルトは慌てて姿勢を正した。


「しゃ、シャロンさん! ご苦労様ですっ!」


 頭を下げるメイドの姿を見て、シャロン・ロプスは歩みを止めた。

 訝しげに、彼女にしては珍しい表情で固まる。


「……えっ?」


 きょとんと見返してくる姿。

 シャロン・ロプスは怪物だ。若くして、四大貴族の一角を治める能力。当然、一度見た人物の顔と名前は忘れない。


 そんな彼女が、一瞬「こんなメイドいたかしら?」と首を傾げた。

 そしてすぐに、なにが起こっているかを理解して言葉を漏らす。


「えっと……アルトさん?」

「はい! おかげさまで! 頑張ってます!」


 元気の良い返事。見てみれば、掃除の最中だったらしい。教育係が横にいないのは問題だが、本人は真面目に頑張っているようだ。


(なんでメイド服着てるのかしら……)


 疑問が沸いたが、似合っているようなので「まぁよいか」とシャロンは微笑む。

 普通にスーツを着ればいいのにと思いながら、シャロンは深くは考えないことにした。これはこれで需要がありそうだ。


「頑張ってくださいまし。期待していますわ」

「はい! 頑張ります!」


 キラキラとした瞳で宣言するアルトに「よろしい」と微笑みながら、シャロンはにこやかにその場を後にした。

 背後から、気合いを入れているアルトの様子が伝わってくる。


(……趣味なのかしら?)


 人には色々あるものだ。世界の真理に思いを馳せながら、シャロンは自慢の廊下を歩いていくのだった。



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